「……遠藤?」
英字の呟きに、"!"と某ダンボール好きな傭兵のゲームに出てくる敵兵の様な反応を見せた遠藤は辺りをキョロキョロと見渡し、それでも目当ての人物が見つからない事に苛立った様に大声を出し始めた。
「七葉ぁ! いるのか!? お前なのか!? 何処なんだ七葉ぁ! 生きてんなら出てきやがれ、七葉英字ぃ!!」
あまりの大声に、思わず耳に指で栓をする者が続出する。その声には、単に死んだ筈のクラスメイトが生存しているかもしれず、それを確かめたいという気持ち以上の必死さが含まれている様だった。
ユエ達の視線が一斉に英字の方を向く。英字は未だに自分の名前を大声で連呼する遠藤に、頭をガリガリと掻くと「何をしてるんだアイツは……」という表情をしながらも声をかけた。
「遠藤、ちゃんと聞こえてるから大声で人の名前を連呼するのは止めてくれ」
「!?七葉!どこだ!」
英字の声に反応して、グリンッと顔を英字の方に向ける遠藤。余りに必死な形相に、英字は思わず顔を引いた。
「お、お前……七葉……本当に?」
「あぁ、そうだ。正真正銘七葉英字だ」
上から下までマジマジと観察し、記憶にある英字の言動や雰囲気の余りの違いに半信半疑の遠藤だったが、その顔や声に漸く信じる事にした様だ。
「お前……生きていたのか」
「さっきからそう言っているだろうが」
「何か、えらく変わってるんだけど……雰囲気とか口調とか……」
「こっちが素だ、慣れろ」
「え、マジ? いやでも、そうか……ホントに生きて……」
地球にいた頃のは違う英字の態度に困惑する遠藤だったが、それでも死んだと思っていたクラスメイトが本当に生きていたと理解し、安堵した様に目元を和らげた。
いくら香織に構われている事に他の男と同じ様に嫉妬の念を抱いていたとしても、また檜山達のイジメを見て見ぬふりをしていたとしても、死んでもいいなんて恐ろしい事を思える筈もない。英字の死は大きな衝撃であった。だからこそ遠藤は、純粋にクラスメイトの生存が嬉しかったのだ。
「っていうかお前……冒険者してたのか? しかも"金"って……」
「まぁ、色々あったからな」
英字の返答に遠藤の表情がガラリと変わる。クラスメイトが生きていた事にホッとしたような表情から切羽詰ったような表情に。改めて、よく見てみると遠藤がボロボロであることに気がつく英字。一体、何があったんだと内心首を捻る。
「……つまり、迷宮の深層から自力で生還できる上に、冒険者の最高ランクを貰えるくらい強いってことだよな? 信じられねぇけど……」
「まぁ、そうだな」
遠藤の真剣な表情でなされた確認に肯定の意を英字が示すと、遠藤は英字に飛びかからんばかりの勢いで肩を掴みに掛かり、今まで以上に必死さの滲む声音で表情を悲痛に歪めながら懇願を始めた。
「なら頼む! 一緒に迷宮に潜ってくれ! 早くしないと皆死んじまう! 一人でも多くの戦力が必要なんだ! 健太郎も重吾も死んじまうかもしれないんだ! 頼むよ常磐!」
「ちょっと待て、まず落ち着け。状況が全く理解が出来ないんだが。勇者とメルドはどうした?」
英字が、普段目立たない遠藤のあまりに切羽詰った尋常でない様子に、困惑しながら問い返す。すると、遠藤はメルド団長の名が出た瞬間、ひどく暗い表情になって膝から崩れ落ちた。そして、押し殺したような低く澱んだ声でポツリと呟く。
「……んだよ」
「何だ? はっきり喋れ」
「……死んだって言ったんだ! メルド団長もアランさんも他の皆も! 迷宮に潜ってた騎士は皆死んだ! 俺を逃がす為に! 俺のせいで! 死んだんだ! 死んだんだよぉ!」
「……そうか」
癇癪を起こした子供の様に「死んだ」と繰り返す遠藤に、英字はただ一言そう返した。
英字が天職を隠し、クラスメイト同士の鍛錬にも参加しなかった為に、英字とメルドとの接点はそれほど多くなかった。
しかし、それでもメルドが気のいい男であった事は覚えているし、英字が奈落に落ちた時、混乱しながらも自分の指示を正確に受け取った事を覚えている。ウルで会った優花達や、遠藤が英字の生存を知らなかった事もその証拠だろう。そんな彼が死んだと聞かされれば、少なからず残念とは思う。
「で? 何があったんだ?」
「それは……」
尋ねる英字に、遠藤は膝を付き項垂れたまま事の次第を話そうとする。そこで、しわがれた声による制止がかかった。
「話の続きは、奥でしてもらおうか。そっちは俺の客らしいしな」
声の主は、六十歳過ぎ位のガタイのいい左目に大きな傷が入った迫力のある男だった。その眼からは、長い年月を経て磨かれたであろう深みが見て取れ、全身から覇気が溢れている。
英字は先程の受付嬢が傍にいる事からも、彼がギルド支部長だろうと当たりをつけた。そして遠藤の慟哭じみた叫びに、再びギルドに入ってきた時の不穏な雰囲気が満ち始めた事から、この場で話をするのは相応しくないだろうと判断し大人しく従う事にした。
恐らく遠藤は、既にここで同じ様に騒いで、勇者一行や騎士団に何かがあった事を晒してしまったのだろう。ギルドに入った時の異様な雰囲気はそのせいだ。
ギルド支部長と思しき男は、遠藤の腕を掴んで強引に立たせると有無を言わさずギルドの奥へと連れて行った。遠藤はかなり情緒不安定な様で、今はぐったりと力を失っている。
きっと、話の内容は碌な事じゃないんだろうなと嫌な予想をしながら英字達は後を付いていった。
「……魔人族……か」
冒険者ギルドホルアド支部の応接室に、英字の呟きが響く。
対面のソファにホルアド支部の支部長ロア・バワビスと遠藤が座っており、遠藤の正面に英字が、その両サイドにユエとシアが、シアの隣にティオが座っている。ミュウは英字の膝の上だ。
遠藤から事の次第を聞き終わった英字の第一声が先程の呟きだった。魔人族の襲撃に遭い、勇者パーティが窮地にあるというその話に遠藤もロアも深刻な表情をしており、室内は重苦しい雰囲気で満たされていた。
……のだが、英字の膝の上で幼女がモシャモシャと頬を栗鼠の様に膨らませながらお菓子を頬張っている為、イマイチ深刻になりきれていなかった。ミュウには英字達の話は少々難しかった様だが、それでも不穏な空気は感じ取っていた様で、不安そうにしているのを見かねた英字がお菓子を与えておいたのだ。
「つぅか! 何なんだよ! その子! 何で、菓子食わしてんの!? 状況理解してんの!? みんな、死ぬかもしれないんだぞ!」
「ひぅ!? パパぁ!」
場の雰囲気を壊すようなミュウの存在に、ついに耐え切れなくなった遠藤がビシッと指を差しながら怒声を上げる。それに驚いてミュウが小さく悲鳴を上げながら英字に抱きついた。
当然、英字から吹き出す人外レベルの殺気。パパは娘の敵を許さない。
「おい……何、私の娘に八つ当たりしてるんだ。ぶん殴るぞ」
ミュウと同じような悲鳴を上げて浮かしていた腰を落とす遠藤。ソファに倒れこみガクブルと震える遠藤を尻目にミュウを宥める英字に、ロアが呆れた様な表情をしつつ埒が明かないと話に割り込んだ。
「さて、英字。イルワからの手紙でお前の事は大体分かっている。随分と大暴れしたようだな?」
「全部成り行きだがな」
成り行き程度の心構えで成し遂げられる事態では断じてなかったのだが、事も無げな様子で肩をすくめる英字に、ロアは面白そうに唇の端を釣り上げた。
「手紙には、お前の〝金〟ランクへの昇格に対する賛同要請と、できる限り便宜を図ってやって欲しいという内容が書かれていた。一応、事の概要くらいは俺も掴んではいるんだがな……たった数人で六万近い魔物の殲滅、半日でフューレンに巣食う裏組織の壊滅……にわかには信じられんことばかりだが、イルワの奴が適当なことをわざわざ手紙まで寄越して伝えるとは思えん……もう、お前が実は魔王だと言われても俺は不思議に思わんぞ」
ロアの言葉に、遠藤が大きく目を見開いて驚愕をあらわにする。自力で【オルクス大迷宮】の深層から脱出したソウゴの事を、それなりに強くなったのだろうとは思っていたが、それでも自分よりは弱いと考えていたのだ。
何せ英字の天職は〝錬成師〟という非戦系職業であり、元は"無能"と呼ばれていた上、"金"ランクと言っても、それは異世界の冒険者の基準であるから、自分達の様に召喚された者とは比較対象にならない。なので精々、破壊した転移陣の修復と戦闘のサポートくらいなら出来るだろう位の認識だったのだ。
元々遠藤が冒険者ギルドにいたのは、高ランク冒険者に光輝達の救援を手伝ってもらう為だった。勿論深層まで連れて行く事は出来ないが、せめて転移陣の守護位は任せたかったのである。
駐屯している騎士団員もいるにはいるが、彼等は王国への報告等やらなければならない事があるし、何よりレベルが低すぎて、精々三十層の転移陣を守護するのが精一杯だった。七十階層の転移陣を守護するには、せめて"銀"ランク以上の冒険者の力が必要だったのである。
そう考えて冒険者ギルドに飛び込んだ挙句、二階のフロアで自分達の現状を大暴露し、冒険者達に協力を要請したのだが、人間族の希望たる勇者が窮地である上に騎士団の精鋭は全滅、おまけに依頼内容は七十層で転移陣の警備というとんでもないもので、誰もが目を逸らし、同時に人間族はどうなるんだと不安が蔓延したのである。
そして騒動に気がついたロアが遠藤の首根っこを掴んで奥の部屋に引きずり込み事情聴取をしているところで、英字のステータスプレートをもった受付嬢が駆け込んできたという訳だ。
そんな訳で遠藤は、自分が英字の実力を過小評価していた事に気がつき、もしかすると自分以上の実力を持っているのかもしれないと、過去の英字と比べて驚愕せずにはいられなかった。
遠藤が驚きのあまり硬直している間も、ロアと英字の話は進んでいく。
「お前、私の天職欄を見てないのか?」
「ん? どれどれ……」
そう言って英字のプレートを覗き込んだロアは、直後その天職を見て硬直する。
「正真正銘、私は欲望の魔王だ。自分の世界では、国一つを率いている」
「何と、これは大変なご無礼を。……だが、それが本当なら俺からの、冒険者ギルドホルアド支部長からの指名依頼を受けて頂きたい」
「敬語は不要だ。それと依頼と言うのは……勇者達の救出か?」
遠藤が救出という言葉を聞いて、ハッと我を取り戻す。そして身を乗り出しながら、英字に捲し立てた。
「そ、そうだ! 七葉! 一緒に助けに行こう! お前がそんなに強いなら、きっと皆助けられる!」
「……」
見えてきた希望に瞳を輝かせる遠藤だったが、英字の反応は芳しくない。呆れた様な表情で遠くを見ている様だ。遠藤は当然、英字が一緒に救出に向かうものだと考えていたので、即答しない事に困惑する。
「どうしたんだよ! 今、こうしている間にもアイツ等は死にかけているかもしれないんだぞ! 何を迷ってんだよ! 仲間だろ!」
「……」
『仲間』という言葉に少しばかり考えている英字。
光輝達を助けるのは別に構わない。だが、その魔人族の裏に『奴』が控えているのなら迂闊に動くことはできない。一応こっそり『ボディーガード』を付けておいたが、戦闘はなるべくしない様に、と言ってある。だが、『彼』の性格上放ってはおけないだろう。
英字はそっと目の前にあるティーカップを見る。そこでふと、何か思い出した様に遠藤にポツリと尋ねる。
「白崎は……彼女はまだ、無事か?」
いきなりの質問に「えっ?」と一瞬疑問の声を漏らすものの、遠藤は取り敢えず何か話をしなければ英字が協力してくれないのではと思い、慌てて香織の話をしだす。
「あ、ああ。白崎さんは無事だ。っていうか、彼女がいなきゃ俺達が無事じゃなかった。最初の襲撃で重吾も八重樫さんも死んでたと思うし……白崎さん、マジですげぇんだ。回復魔法がとんでもないっていうか……あの日、お前が落ちたあの日から、何ていうか鬼気迫るっていうのかな? こっちが止めたくなるくらい訓練に打ち込んでいて……雰囲気も少し変わったかな? ちょっと大人っぽくなったっていうか、いつも何か考えてるみたいで、ぽわぽわした雰囲気がなくなったっていうか……」
「……そうか」
聞いてない事も必死に話す遠藤に、英字は一言そう返した。そして一拍。英字は「はてさてどうしたものか……」とティーカップを置くと、傍らで自分を見つめているユエを見やる。
「……英字様のしたい様に。私は、どこでも付いて行く」
「わ、私も! どこまでも付いて行きますよ! 英字さん!」
「ふむ、妾も勿論ついて行くぞ。ご主人様」
「ふぇ、えっと、えっと、ミュウもなの!」
ユエがまたアピールを始めたので、慌てて自己主張するシア達。ミュウはよく分かっていない様だったが、取り敢えず仲間外れは嫌なのでギュッと抱きつきながら同じく主張する。対面で愕然とした表情をしながら、「え? 何このハーレム……」と呟いている遠藤を尻目に、英字は仲間に己の意志を伝えた。
「……まぁ、クラスメイトを放っておくのもしのびないしな。出向いてやるとしよう」
実際クラスメイトを見捨てるのは少しばかり悪いと思っているので、助けに行くことにした。
危険度に関しては特に気にしていない。遠藤の話からすれば、ウルの町で戦った四つ目狼が出た様だが、キメラ等にしても奈落の迷宮で言うなら十層以下の強さだろう。何の問題もない。
「え、えっと……結局、一緒に行ってくれるんだよな?」
「ああ。……ロア、一応対外的には依頼という事にしておいてくれ」
「上の連中に無条件で助けてくれると思われたくないからですな?」
「そうだ。それともう一つ、帰ってくるまでミュウの為に部屋を一つ貸してくれ」
「分かり……分かった」
結局、英字が一緒に行ってくれるという事に安堵して深く息を吐く遠藤を無視して、英字はロアと嘖々話を進めていった。
流石に迷宮の深層まで子連れで行く訳にも行かないので、ミュウをギルドに預けていく事にする。その際、ミュウが置いていかれる事に激しい抵抗を見せたが何とか全員で宥めすかし、序に子守役兼護衛役にティオも置いていく事にして、漸く英字達は出発出来る事になった。
「さて、では行くとしよう。遠藤、案内頼むぞ」
「あっ、あぁ、分かった」
英字に頼まれ遠藤は、前に出て疾走しながら英字達を連れて行く。
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