「うそ……だろ? 光輝が……負けた?」
「そ、そんな……」
意味の無い言葉が零れ落ちる。流石の雫や香織、鈴も言葉が出ない様で、その場に立ち尽くしている。そんな戦意を喪失している彼等に、女魔人族が冷ややかな態度を崩さずに話しかけた。
「ふん、こんな単純な手に引っかかるとはね。色々と……舐めてるガキだと思ったけど、その通りだった様だね」
雫が蒼褪めた表情で、それでも気丈に声に力を乗せながら女魔人族に問いかける。
「……何をしたの?」
「ん? これだよ、これ」
そう言って女魔人族は、未だにブルタール擬きに掴まれているメルドへ視線を向ける。その視線を辿り瀕死のメルドを見た瞬間、雫は理解した。メルドは、光輝の気を逸らす為に使われたのだと。知り合いが瀕死で捕まっていれば、光輝は必ず反応するだろう。それも、かなり冷静さを失って。
恐らく前回の戦いで、光輝の直情的な性格を魔人族の女は把握したのだ。そしてキメラの固有能力でも使って、温存していた強力な魔物を潜ませて光輝が激昂して飛びかかる瞬間を狙ったのだろう。
「……それで? 私達に何を望んでいるの? 態々生かしてこんな会話にまで応じている以上、何かあるんでしょう?」
「ああ、やっぱりアンタが一番状況判断出来るようだね。なに、特別な話じゃない。前回のアンタ達を見て、もう一度だけ勧誘しておこうかと思ってね。ほら、前回は勇者君が勝手に全部決めていただろう? 中々アンタ等の中にも優秀な者はいる様だし、だから改めてもう一度ね。で? どうだい?」
女魔人族の言葉に何人かが反応する。それを尻目に、雫は臆す事無く再度疑問をぶつけた。
「……光輝はどうするつもり?」
「ふふ、聡いね……。悪いが、勇者君は生かしておけない。こちら側に来るとは思えないし、説得も無理だろう? 彼は自己完結するタイプだろうからね。ならこんな危険人物、生かしておく理由は無い」
「……それは、私達も一緒でしょう?」
「勿論。後顧の憂いになるって分かっているのに生かしておく訳無いだろう?」
「今だけ迎合して、後で裏切るとは思わないのかしら?」
「それも勿論思っている、だから首輪くらいは付けさせてもらうさ。ああ、安心していい。反逆出来ない様にするだけで、自律性まで奪うものじゃないから」
「自由度の高い、奴隷って感じかしら。自由意思は認められるけど、主人を害する事は出来ないっていう……」
「そうそう。理解が早くて助かるね。何より、勇者君と違って会話が成立するのがいい」
雫と女魔人族の会話を黙って聞いていた他のメンバーが、不安と恐怖に揺れる瞳で互いに顔を見合わせる。女魔人族の提案に乗らなければ、光輝すら歯が立たなかった魔物達に襲われ十中八九殺される事になるだろうし、だからといって、魔人族側につけば首輪をつけられ二度と彼等とは戦えなくなる。
それはつまり、実質的に"神の使徒"ではなくなるという事だ。そうなった時、果たして聖教教会は、何とかして帰ってきたものの役に立たなくなった自分達を保護してくるのか。……そして、元の世界に帰る事は出来るのか……どちらに転んでも碌な未来が見えない。
しかし……
「わ、私、あの人の誘いに乗るべきだと思う!」
誰もが言葉を発せない中、意外な事に恵里が震えながら必死に言葉を紡いだ。それに雫達は驚いた様に目を見開き、彼女をマジマジと注目する。必死の提案をした恵里に、龍太郎が顔を怒りに染めて怒鳴り返した。
「恵里、てめぇ! 光輝を見捨てる気か!」
「ひっ!?」
「龍太郎、落ち着きなさい! 恵里、どうしてそう思うの?」
龍太郎の剣幕、怯えた様に後退る恵里だったが、雫が龍太郎を諌めた事で何とか踏み留まった。そして深呼吸するとグッと手を握りしめて、心の内を語る。
「わ、私は、ただ……皆に死んで欲しくなくて……光輝君の事は、私には……どうしたらいいか……うぅ、ぐすっ……」
ポロポロと涙を零しながらも一生懸命言葉を紡ぐ恵里。そんな彼女を見て他のメンバーが心を揺らす。すると一人、恵里に賛同する者が現れた。
「俺も中村と同意見だ。もう、俺達の負けは決まったんだ。全滅するか、生き残るか。迷う事も無いだろう?」
「檜山……それは、光輝はどうでもいいってことかぁ? あぁ?」
「じゃあ坂上、お前はもう戦えない天之河と心中しろっていうのか? 俺達全員?」
「そうじゃねぇ! そうじゃねぇが!」
「代案がないなら黙ってろよ。今は、どうすれば一人でも多く生き残れるかだろ」
檜山の発言で、更に誘いに乗るべきだという雰囲気になる。檜山の言う通り、死にたくなければ提案を呑むしかないのだ。
しかしそれでも素直にそれを選べないのは、光輝を見殺しにて自分達だけ生き残っていいのか? という罪悪感が原因だ。まるで、自分達が光輝を差し出して生き残る様で踏み切れないのである。
そんな雫達に、絶妙なタイミングで女魔人族から再度提案がなされた。
「ふ~ん? 勇者君の事だけが気がかりというなら……生かしてあげようか? 勿論、アンタ達にするものとは比べ物にならない程強力な首輪を付けさせてもらうけどね。その代わり、全員魔人族側についてもらうけど」
雫は、その提案を聞いて内心舌打ちする。
女魔人族は、最初からそう提案するつもりだったのだろうと察したからだ。光輝を殺す事が決定事項なら、現時点で生きている事が既におかしい。問答無用に殺しておけばよかったのだ。
それをせずに今も生かしているのは、正にこの瞬間の為だ。恐らく、女魔人族は前回の戦いを見て、光輝達が有用な人材である事を認めたのだろう。だが会話すら成立しなかった事から、光輝が靡く事は無いと確信した。しかし、他の者はわからない。なので、光輝以外の者を魔人族側に引き込む為策を弄したのだ。
一つが、光輝を現時点では殺さない事で反感を買わない事。二つ目が、生きるか死ぬかの瀬戸際まで追い詰めて選択肢を狭める事。そして三つ目が、“それさえなければ”という思考になる様に誘導し、ここぞという時にその問題点を取り除いてやる事だ。
現に光輝を生かすと言われて、それなら生き残れるし罪悪感も無いと、魔人族側に寝返る事を良しとする雰囲気になり始めている。本当に光輝が生かされるかについては、何の保証も無い。殺された後に後悔しても、もう魔人族側には逆らえない。それでも、ただ黙って死ぬよりはマシだと。
雫もまた、リスクを承知で提案を吞む側へと心の天秤を傾けていた。今、この時を生き残りさえすれば、光輝を救う手立てもあるかもしれないと。
女魔人族としても、ここで雫達を手に入れる事は大きなメリットがあった。
一つは言うまでもなく、人間族側に齎すであろう衝撃だ。なにせ人間族の希望たる"神の使徒"が、そのまま魔人族側につくのだ。その衝撃……いや、絶望は余りに深いだろう。これは魔人族側にとって、極めて大きなアドバンテージだ。
二つ目が、戦力の補充である。女魔人族がオルクス大迷宮に来た本当の目的、それは迷宮攻略によって齎される大きな力だ。ここまでは手持ちの魔物達で簡単に一掃できるレベルだったが、この先もそうとは限らない。幾分か魔物の数も光輝達に殺られて減らしてしまったので、戦力の補充という意味でも雫達を手に入れるのは都合がよかったという事だ。
このままいけば、雫達が手に入る。雰囲気でそれを悟った魔人族の女が微かな笑みを口元に浮かべた。しかしそれは、突然響いた苦しそうな声によって直ぐに消される事になった。
「み、皆……ダメだ……従うな……」
「光輝!」
「光輝君!」
「天之河!」
声の主は、宙吊りにされている光輝だった。仲間達の目が一斉に光輝の方を向く。
「……騙されてる……アランさん達を……殺したんだぞ……信用……するな……人間と戦わされる……奴隷にされるぞ……逃げるんだ……俺はいい……から……一人でも多く……逃げ……」
息も絶え絶えに取引の危険性を訴え、そんな取引をするくらいなら自分を置いて一か八か死に物狂いで逃げろと主張する光輝に、しかし檜山が頭を振った。
「……こんな状況で、一体何人が生き残れると思ってんだ? いい加減、現実をみろよ! 俺達は、もう負けたんだ! 騎士達の事は……殺し合いなんだ、仕方ないだろ! 一人でも多く生き残りたいなら、従うしかないだろうが!」
檜山の怒声が響く。この期に及んでまだ引こうとしない光輝に怒りを含んだ眼差しを向ける。檜山は、兎に角確実に生き残りたいのだ。最悪、他の全員が死んでも香織と自分だけは生き残りたかった。一か八かの逃走劇では、その可能性は低いのだ。
魔人族側についても、本気で自分の有用性を示せば重用してもらえる可能性は十分にあるし、そうなれば香織を手に入れる事だって出来るかもしれない。勿論、首輪をつけて自由意思を制限した状態で。檜山としては、別に彼女に自由意思がなくても一向に構わなかった。兎に角、香織を自分の所有物に出来れば満足だった。
檜山の怒声により、より近く確実な未来に心惹かれていく仲間達。と、その時。また一つ苦しげな、しかし力強い声が部屋に響き渡る。
小さな声なのに、何故かよく響く低めの声音。戦場にあって、一体何度その声に励まされて支えられてきたか。どんな状況でも的確に判断し、力強く迷い無く発せられる言葉、大きな背中を見せて手本となる姿のなんと頼りになる事か。皆が兄の様に、或いは父の様に慕った男。メルドの声が響き渡る。
「ぐっ……お前達……お前達は生き残る事だけ考えろ! ……信じた通りに進め! ……私達の戦争に……巻き込んで済まなかった……お前達と過ごす時間が長くなる程……後悔が深くなった……だから、生きて故郷に帰れ……人間族の事は気にするな……最初から…これは私達の戦争だったのだ!」
メルドの言葉は、ハイリヒ王国騎士団団長としての言葉ではなかった。唯の一人の男、メルド・ロギンスの言葉。立場を捨てたメルドの本心。それを晒したのは、これが最後と悟ったからだ。
光輝達がメルドの名を呟きながらその言葉に目を見開くのと、メルドが全身から光を放ちながらブルタール擬きを振り払い、一気に踏み込んで女魔人族に組み付いたのは同時だった。
「魔人族……一緒に逝ってもらうぞ!」
「……それは……へぇ、自爆かい? 潔いね。嫌いじゃないよ、そう言うの」
「抜かせ!」
メルドを包む光。一見、光輝の"限界突破"の様に体から魔力が噴き出している様にも見えるが、正確には体からではなく首から下げた宝石の様な物から噴き出している様だった。それを見た女魔人族が、知識にあった様で一瞬で正体を看破し、メルドの行動をいっそ小気味よいと称賛する。
その宝石は名を"最後の忠誠"と言い、魔人族の女が言った通り自爆用の魔道具だ。
国や聖教教会の上層の地位にいるものは、当然それだけ重要な情報も持っている。闇系魔術の中には、ある程度の記憶を読み取るものがあるので、特にその様な高い地位にある者が前線に出る場合は、強制的に持たされるのだ。いざという時は、記憶を読み取られない様に敵を巻き込んで自爆しろという意図で。
メルドの正に身命を賭した最後の攻撃に、光輝達は悲鳴じみた声音でメルドの名を呼ぶ。しかしそんな光輝達に反して、自爆に巻き込まれて死ぬかもしれないというのに女魔人族は一切余裕を失っていなかった。
そして、メルドの持つ"最後の忠誠"が一層輝きを増し、正に発動するという直前に一言呟いた。
「喰らい尽くせ、アブソド」
魔人族の声が響いた直後、臨界状態だった"最後の忠誠"から溢れ出していた光が猛烈な勢いでその輝きを失っていく。
「なっ!? 何が!」
よく見れば、溢れ出す光はとある方向に次々と流れ込んでいる様だった。メルドが必死に女魔人族に組み付きながら視線だけをその方向にやると、そこには六本足の亀型の魔物がいて、大口を開けながらメルドを包む光を片っ端から吸い込んでいた。
六足亀の魔物、名をアブソド。その固有魔法は"魔力貯蔵"。任意の魔力を取り込み、体内でストックする能力だ。同時に複数属性の魔力を取り込んだり、違う魔法に再利用する事は出来ない。精々、圧縮して再び口から吐き出すだけの能力だ。だが、その貯蔵量は上級魔法ですら余さず呑み込める程。魔法を主戦力とする者には天敵である。
メルドを包む"最後の忠誠"の輝きが急速に失われ、遂にただの宝石となり果てた。最期の足掻きを予想外の方法で阻止され呆然とするメルドを、突如衝撃が襲う。それ程強くない衝撃だ。「何だ?」とメルドは衝撃が走った場所、自分の腹部を見下ろす。
そこには、赤茶色でザラザラした見た目の刃が生えていた。正確には、メルドの腹部から背中にかけて、砂塵で出来た刃が貫いているのだ。背から飛び出している刃にはべっとりと血が付いていて、先端からはその雫も滴り落ちている。
「……メルドさん!」
光輝が血反吐を吐きながらも、大声でメルドの名を呼ぶ。メルドがその声に反応して、自分の腹部から光輝に目を転じ、眉を八の字にすると「すまない」と口だけを動かして悔しげな笑みを浮かべた。
直後、砂塵の刃が横薙ぎに振るわれメルドが吹き飛ぶ。人形の様に力を失ってドシャ! と地面に叩きつけられた。少しずつ血溜りが広がっていく。誰が見ても致命傷だった。満身創痍の状態で、あれだけ動けただけでも驚異的であったのだが、今度こそ完全に終わりだと誰にでも理解出来た。
咄嗟に、間に合わないと分かっていても香織が遠隔で回復魔術をメルドにかける。僅かに出血量が減った様に見えるが、香織自身もう殆ど魔力が残っていないので傷口が一向に塞がらない。
「うぅ、お願い! 治って!」
魔力が枯渇しかかっている為に、酷い倦怠感に襲われ膝を突きながらも必死に回復魔術をかける香織。
「まさか、あの傷で立ち上がって組み付かれるとは思わなかった。流石は王国の騎士団長、称賛に値するね。だが今度こそ終わり……これが一つの末路だよ。アンタ等はどうする?」
女魔人族が赤く染まった砂塵の刃を軽く振りながら、光輝達を睥睨する。再び目の前で近しい人が死ぬ光景を見て、一部の者を除いて皆が身を震わせた。女魔人族の提案に乗らなければ、次は自分がああなるのだと嫌でも理解させられる。檜山が代表して提案を呑もうと女魔人族に声を発しかけた。だがその時、
「……るな」
未だ馬頭に宙吊りにされながら力なく脱力する光輝が、小さな声で何かを呟く。満身創痍で何の驚異にもならない筈なのに、何故か無視できない圧力を感じ、檜山は言葉を呑み込んだ。
「は? 何だって? 死に損ない」
女魔人族も光輝の呟きに気がついた様で、どうせまた喚くだけだろうと鼻で笑いながら問い返した。光輝は俯かせていた顔を上げ、真っ直ぐに女魔人族をその眼光で射抜く。女魔人族は、光輝の眼光を見て思わず息を呑んだ。
何故なら、その瞳が白銀色に変わって輝いていたからだ。得体の知れないプレッシャーに思わず後退りながら、本能が鳴らす警鐘に従って馬頭に命令を下す。雫達の取り込みに対する有利不利など気にしている場合ではないと本能で悟ったのだ。
「アハトド! 殺りな!」
「ルゥオオオ!!」
馬頭改めアハトドは女魔人族の命令を忠実に実行し"魔衝波"を発動させた二つの拳で宙吊りにしている光輝を両サイドから押し潰そうとした。
だがその瞬間、カッと爆ぜる様な光が光輝から溢れ出し、それが奔流となって天井へと竜巻の如く巻き上がった。そして、光輝が自分を掴むアハトドの腕に右手の拳を振るうと、ベギャ! という音を響かせて、いとも簡単に粉砕してしまった。
「ルゥオオオ!!?」
先程とは異なる絶叫を上げ思わず光輝を取り落とすアハトドに、光輝は負傷を感じさせない動きで回し蹴りを叩き込む。
ズドォン!!
大砲の様な衝撃音を響かせて直撃した蹴りは、アハトドの巨体をくの字に折り曲げて後方の壁へと途轍もない勢いで吹き飛ばした。轟音と共に壁を粉砕しながらめり込んだアハトドは衝撃で体が上手く動かないのか必死に壁から抜け出ようとするが、僅かに身動ぎする事しか出来ない。
光輝はゆらりと体を揺らして、取り落としていた聖剣を拾い上げると、射殺さんばかりの眼光で女魔人族を睨みつけた。同時に、竜巻の如く巻き上がっていた光の奔流が光輝の体へと収束し始める。
"限界突破"終の派生技能『覇潰』。
通常の"限界突破"が基本ステータスの三倍の力を制限時間内だけ発揮するのに対して、"覇潰"は基本ステータスの五倍の力を得る事が出来る。
但し、唯でさえ限界突破しているところで、更に無理やり力を引き摺り出すのだ。今の光輝では発動は三十秒が限界、効果が切れた後の副作用も甚大だ。
だがそんな事を意識する事も無く、光輝は怒りのままに女魔人族に向かって突進した。今光輝の頭にあるのは、メルドの仇を討つ事だけ。復讐の念だけだ。
女魔人族が焦った表情を浮かべ、周囲の魔物を光輝に嗾ける。キメラが奇襲をかけ、黒猫が触手を射出し、ブルタール擬きがメイスを振るう。しかし光輝は、そんな魔物達には目もくれない。聖剣の一振りで薙ぎ払い、怒声を上げながら一瞬も立ち止まらず女魔人族の下へ踏み込んだ。
「お前ぇ! よくもメルドさんをぉっ!!」
「チィ!」
大上段に振りかぶった聖剣を光輝は躊躇い無く振り下ろす。女魔人族は舌打ちしながら、咄嗟に砂塵の密度を高めて盾にするが……光の奔流を纏った聖剣は容易く砂塵の盾を切り裂き、その奥にいる彼女を袈裟斬りにした。
砂塵の盾を作りながら後ろに下がっていたのが幸いして、両断される事こそ無かったが、女魔人族の体は深々と斜めに切り裂かれて、血飛沫を撒き散らしながら後方へと吹き飛んだ。
背後の壁に背中から激突し、砕けた壁を背にズルズルと崩れ落ちた女魔人族の下へ、光輝が聖剣を振り払いながら歩み寄る。
「まいったね……あの状況で逆転なんて……。まるで三文芝居でも見てる気分だ」
ピンチになれば隠された力が覚醒して逆転するというテンプレな展開に、女魔人族が諦観を漂わせた瞳で迫り来る光輝を見つめながら、皮肉気に口元を歪めた。
傍にいる白鴉が固有魔法を発動するが、傷は深く直ぐには治らないし、光輝もそんな暇は与えないだろう。完全にチェックメイトだと魔人族の女は激痛を堪えながら、右手を伸ばし懐からロケットペンダントを取り出した。
それを見た光輝が、まさかメルドと同じく自爆でもする気かと表情を険しくして一気に踏み込んだ。女魔人族だけが死ぬならともかく、その自爆が仲間をも巻き込まないとは限らない。故に発動する前に倒す! と止めの一撃を振りかぶった。だが……
「ごめん……先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」
愛しそうな表情で手に持つロケットペンダントを見つめながら、そんな呟きを漏らす女魔人族に、光輝は思わず聖剣を止めてしまった。覚悟した衝撃が訪れない事に訝しそうに顔を上げて、自分の頭上数ミリの場所で停止している聖剣に気がつく女魔人族。
光輝の表情は愕然としており、目をこれでもかと見開いて女魔人族を見下ろしている。その瞳には何かに気がつき、それに対する恐怖と躊躇いが生まれていた。その光輝の瞳を見た女魔人族は、何が光輝の剣を止めたのかを正確に悟り侮蔑の眼差しを返した。その眼差しに光輝は更に動揺する。
「……呆れたね。まさか今になって漸く気がついたのかい? "人"を殺そうとしている事に」
「ッ!?」
そう。光輝にとって魔人族とは、イシュタルに教えられた通り、残忍で卑劣な知恵の回る魔物の上位版、或いは魔物が進化した存在くらいの認識だったのだ。実際、魔物と共にあり魔物を使役している事がその認識に拍車をかけた。
自分達と同じ様に誰かを愛し、誰かに愛され、何かの為に必死に生きている。そんな戦っている“人”だとは思っていなかったのである。或いは、無意識にそう思わないようにしていたのか……
その認識が、女魔人族の愛しそうな表情で愛する人の名を呼ぶ声により覆された。否応なく、自分が今手にかけようとした相手が魔物などでなく、紛れもなく自分達と同じ"人"だと気がついてしまった。自分のしようとしている事が"人殺し"であると認識してしまったのだ。
「まさか、あたし達を"人"とすら認めていなかったとは……随分と傲慢な事だね」
「ち、ちが……俺は、知らなくて……」
「ハッ、"知ろうとしなかった"の間違いだろ?」
「お、俺は……」
「ほら? どうしたのさ? 所詮は戦いですらなく唯の"狩り"なんだろう? 目の前に死に体の一匹・・がいるぞ? さっさと狩ったらどうだい? お前が今までそうしてきた様に……」
「……は、話し合おう……は、話せばきっと……」
光輝が聖剣を下げてそんな事をいう。そんな光輝に、女魔人族は心底軽蔑した様な目を向けて、返事の代わりに大声で命令を下した。
「アハトド! 剣士の女を狙え! 全隊攻撃せよ!」
衝撃から回復していたアハトドが女魔人族の命令に従って、猛烈な勢いで雫に迫る。光輝達の中で、人を惹きつけるカリスマという点では光輝に及ばないものの、冷静な状況判断力という点では最も優れており、ある意味一番厄介な相手だと感じていた為に真っ先に狙わせたのだ。
他の魔物達も一斉に雫以外のメンバーを襲い始めた。優秀な人材に首輪をつけて寝返らせるメリットより、光輝を殺す事に利用すべきだと判断したのだ。それだけ女魔人族にとって光輝の最後の攻撃は脅威だった。
「な、どうして!」
「自覚のない坊ちゃんだ……私達は"戦争"をしてるんだよ! 未熟な精神に巨大な力、アンタは危険過ぎる! 何が何でもここで死んでもらう! ほら、お仲間を助けに行かないと全滅するよ!」
光輝は自分の提案を無視した女魔人族に疑問を口にするが、女魔人族は取り合わない。そして女魔人族の言葉に光輝が振り返ると、丁度雫が吹き飛ばされ地面に叩きつけられているところだった。
アハトドは、唯でさえ強力な魔物達ですら及ばない一線を画した化け物だ。不意打ちを受けて負傷していたとは言え、"限界突破"発動中の光輝が圧倒された相手なのである。雫が一人で対抗できる筈が無かった。
光輝は蒼褪めて"覇潰"の力そのままに一瞬で雫とアハトドの間に入ると、寸でのところで"魔衝波"の一撃を受け止める。そしてお返しとばかりに聖剣を切り返し、腕を一本切り飛ばした。
しかしそのまま止めを刺そうと懐に踏み込んだ瞬間、先程の再現かガクンと膝から力が抜けそのまま前のめりに倒れ込んでしまった。"覇潰"のタイムリミットだ。そして最悪な事に、無理に無理を重ねた代償は弱体化などという生温いものではなく、体が麻痺した様に一切動かないというものだった。
「こ、こんな時に!」
「光輝!」
倒れた光輝を庇って、雫がアハトドの切り飛ばされた腕の傷口を狙って斬撃を繰り出す。流石に傷口を抉られて平然としてはいられなかった様で、アハトドが絶叫を上げながら後退った。その間に雫は、光輝を掴んで仲間の下へ放り投げる。
光輝が動けなくなり、仲間は魔物の群れに包囲されて防戦するので精一杯。ならば……「自分がやるしかない!」と雫は魔人族の女を睨む。その瞳には間違い無く殺意が宿っていた。
「……へぇ。アンタは殺し合いの自覚がある様だね。寧ろ、アンタの方が勇者と呼ばれるに相応しいんじゃないかい?」
女魔人族は白鴉の固有魔術で完全に復活した様で、フラつく事も無く確りと立ち上がり雫をそう評した。
「……そんな事どうでもいいわ。光輝に自覚が無かったのは私達の落ち度でもある、そのツケは私が払わせてもらうわ!」
雫は、光輝の直情的で思い込みの激しい性格は知っていた筈なのに、本物の対人戦が無かったとはいえ認識の統一──即ち、自分達は人殺しをするのだと自覚する事を、今の今まで放置してきた事に責任を感じ歯噛みする。
雫とて、人殺しの経験など無い。経験したいなどとは間違っても思わない。だが、戦争をするならいつかこういう日が来ると覚悟はしていた。剣術を習う上で、人を傷つける事の"重さ"も叩き込まれている。
しかし、いざその時が来てみれば、覚悟など簡単に揺らぎ、自分のしようとしている事の余りの重さに恐怖して恥も外聞もなくそのまま泣き出してしまいたくなった。それでも雫は、唇の端を噛み切りながら歯を食いしばって、その恐怖を必死に抑えつけた。
そして、神速の抜刀術で魔人族の女を斬るべく"無拍子"を発動しようと構えを取った。だがその瞬間、背筋を悪寒が駆け抜け本能がけたたましく警鐘を鳴らす。咄嗟に側宙しながらその場を飛び退くと、黒猫の触手がついさっきまで雫のいた場所を貫いていた。
「他の魔物に狙わせないとは言ってない。決意は立派だけどね、アハトドと他の魔物を相手にしながらあたしが殺せるかい!?」
「くっ!」
女魔人族は「勿論あたしも殺るからね」と言いながら魔法の詠唱を始めた。"無拍子"による予備動作の無い急激な加速と減速を繰り返しながら魔物の波状攻撃を凌ぎつつ、何とか女魔人族の懐に踏み込む隙を狙う雫だったが、その表情は次第に絶望に染まっていく。
何より苦しいのは、アハトドが雫のスピードについて来ている事だ。その鈍重そうな巨体に反して確り雫を眼で捉えており、隙を衝いて女魔人族の下へ飛び込もうとしても、一瞬で雫に並走して衝撃を伴った爆撃の様な拳を振るってくるのである。
雫はスピード特化の剣士職であり、防御力は極めて低い。回避か受け流しが防御の基本なのだ。それ故に、"魔衝波"の余波だけでも少しずつダメージが蓄積していく。完全な回避も受け流しも出来ないからだ。そして、とうとう蓄積したダメージがほんの僅かに雫の動きを鈍らせた。それはギリギリの戦いにおいては致命の隙だ。
「あぐぅうっ!!?」
咄嗟に剣と鞘を盾にしたが、アハトドの拳は雫の相棒を半ばから粉砕しそのまま雫の肩を捉えた。
地面に対して水平に吹き飛び、体を強かに打ち付けて地を滑った後力なく横たわる雫。右肩が大きく下がって腕がありえない角度で曲がっている。完全に粉砕されてしまった様だ。体自体にも衝撃が通った様で、ゲホッゲホッと咳き込む度に血を吐いている。
「雫ちゃん!」
香織が焦燥を滲ませた声音で雫の名を呼ぶが、雫は折れた剣の柄を握りながらも蹲ったまま動かない。その時香織の頭からは、仲間との陣形とか魔力が尽きかけているとか自分が傍に行っても意味は無いとか、そんな理屈の一切は綺麗さっぱり消え去っていた。あるのはただ"大切な親友の傍に行かなければ"という思いだけ。
香織は衝動のままに駆け出す。魔力が殆ど残っていないため、体がフラつき足元が覚束ない。背後から制止する声が上がるが、香織の耳には届いていなかった。ただ一心不乱に雫を目指して無謀な突貫を試みる。当然無防備な香織を魔物達が見逃す筈も無く、情け容赦無い攻撃が殺到する。
だが、それらの攻撃は全て光り輝く障壁が受け止めた。しかも、無数の障壁が通路の様に並べ立てられ香織と雫を一本の道で繋ぐ。
「えへへ。……やっぱり、一人は嫌だもんね」
それを成したのは鈴だ。蒼褪めた表情で右手を真っ直ぐ雫の方へと伸ばし、全ての障壁を香織と雫を繋ぐ為に使う。その表情に淡い笑みが浮かんでいた。鈴は内心悟っていたのだ、自分達はもう助からないと。
だから、大好きな友人達を最期の瞬間まで一緒にいさせる為に自分の魔法を使おうと、そう思ったのだ。当然その分、他の仲間の防御が薄くなる訳だが……鈴は内心で「ごめんね」と謝り、それでも香織と雫の為に障壁を張り続けた。
鈴の障壁により、香織は多少の手傷を負いつつも雫の下へ辿り着いた。そして、蹲る雫の体をそっと抱きしめ支える。
「か、香織……何をして……早く、戻って。ここにいちゃダメよ」
「ううん。どこでも同じだよ。それなら、雫ちゃんの傍がいいから」
「……ごめんなさい。勝てなかったわ」
「私こそ、これくらいしか出来なくてごめんね。もう殆ど魔力が残ってないの」
雫を支えながら眉を八の字にして微笑む香織は、痛みを和らげる魔法を使う。雫も、無事な左手で自分を支える香織の手を握り締めると困った様な微笑みを返した。
そんな二人の前に影が差す。アハトドだ。血走った眼で寄り添う香織と雫を見下ろし、「ルゥオオオ!!」と独特の咆哮を上げながら、その極太の腕を振りかぶっていた。
鈴の障壁が、いつの間にか接近を妨げる様にアハトドと香織達の間に張られているが、そんな障壁は気にもならないらしい。己の拳が一度振るわれれば、紙屑の様に破壊し、その衝撃波だけで香織達を粉砕できると確信しているのだろう。
今正に放たれようとしている死の鉄槌を目の前にして、香織の脳裏に様々な光景が過ぎっていく。「ああ、これが走馬灯なのかな?」と妙に落ち着いた気持ちで、思い出に浸っていた香織だが、最後に浮かんだ光景に心がざわついた。
それは、月下のお茶会。二人っきりの語らいの思い出。自ら誓いを立てた夜の事。困った様な笑みを浮かべる今はいない彼。いなくなって初めて"好き"だったのだと自覚した。生存を信じて追いかけた。
だが、それもここで終わる。「結局また、誓いを破ってしまった」。そんな思いが、気がつけば香織の頬に涙となって現れた。再会したら、先ずは名前で呼び合いたいと思っていた。その想いのままに、せめて最後に彼の名を……自然と紡ぐ。
「……英字くん」
その瞬間だった。
ビリビリビリ‼︎
突然、香織の影から『緑色の稲妻』が放たれ、アハトドに命中し、その命を絶った。
「……は?」
光輝達だけではなく女魔人族も驚いていた。
次の瞬間、香織の影から『男性』が出て来た。年齢は香織達と同じくらいで、服は緑と黒を基調としたロングジャケットを羽織っており他にもズボンも緑と黒を基調とした物になっていた。髪型はニュアンスパーマで所々に緑色のメッシュが入っている。
そんな人物が香織の影から出て来たため、全員が驚愕していたが、雫が言葉を発する。
「貴方、何者?」
男は雫と香織の方を横目で見ると、すぐ様女魔人族に話しかける。
「そこの魔人族の貴女、大人しく捕まっていただけませんか」
「……なに?」
「ですから、大人しく捕まってください。そうするなら命までは取りません」
しかし女魔人族はそんな彼の提案を笑った。
「はっ、アンタ、この状況がわからないのかい?アンタ一人を殺すことなんてわけ無いんだよ」
確かに普通ならそうだろう。彼の周りには凶暴な魔物がウジャウジャいる。それこそ、光輝ですら勝てない様な魔物もだ。
だが、男は少し哀しそうにため息をつくと言葉を発する。
「そうですか……残念です」
すると男は懐から赤を基調とし、両サイドに青いカバーの様なものが取り付けられた何かを取り出すと、それを腰に巻きつける。
次に男は手に持っていたヘラクレスが描かれた『スタンプ』の天面のスイッチを押した。
ヘラクレス!
次のに男はそのスタンプを腰に巻きつけた『デスドリームドライバー』の天面にある『バイスタンプパッド』に押印する。
Contract!
次の瞬間。音楽と共に男の背後には『WARNING!・CONSTRUCTION IN PROGRESS・ ACCESS TO AUTHORIZED PERSONNEL ONLY』と、書いてあるウィンドウが浮かび上がっていた。
次に男はスタンプを両手で構え、切腹をする様に真正面にある『オンインジェクター』にスタンプを押印す。あの言葉を叫びながら
『変身!』
Spirit up!
次の瞬間、男は生物じみたカラに包まれ、さながら『ヘラクレス男』のような姿を経由した後、背中にある6本の足がカラをかち割って下から『仮面ライダー』としての姿が現れる。
Slash!
Sting!
Spiral!
Strong!
仮面ライダーデストリーム!
カラが割れるとそこに居たのは、虫であるヘラクレスの様な装甲に、赤・青・白のトリコロールカラーの仮面の戦士がいた。
「アンタ、何者だい?」
女魔人族が問いかけると仮面の戦士は女魔人族に対して名乗った。
「……私は、仮面ライダーデストリーム」
オリジナル要素を入れるとどうしても駄文になってしまう。
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主人公の設定は、必要か。
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必要
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不要