ありふれぬ欲望の魔王はやはり世界最強   作:エルドラス

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今回はあの武器が出ます。


第六話 ベヒモス

橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。

 

小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物〝トラウムソルジャー〟が溢れるように出現した。

空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。

 

しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対の通路側の方がヤバイとハジメは感じていた。

 

十メートル級の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現したからだ。

もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。

ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが……

 

メルド団長が呟いた〝ベヒモス〟という魔物は、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

「ッ!?」

 

その咆哮で正気に戻ったのか、メルド団長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も……」

「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

メルド団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる光輝。

 

どうにか撤退させようと、再度メルドが光輝に話そうとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。

 

そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――〝聖絶〟!!」」」

 

二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ!

 

衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにもかかわらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。

 

トラウムソルジャーは三十八階層に現れる魔物だ。今までの魔物とは一線を画す戦闘能力を持っている。前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態だ。

 

隊列など無視して我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく。騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。

 

その内、一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げると、眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

 

「あ」

 

そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされた。

 

死ぬ――女子生徒がそう感じた次の瞬間、

 

『スタンプバイ』『オーイングストライク』

 

謎の声と共にエネルギーの様なものが女子生徒の横を通過しトラウムソルジャーを爆殺した。

 

エネルギーが放たれた先を見ると英字が妙な形をした武器を手にしていた。

 

「道は私が作る。君は早く前へ」

 

英字はそう言うと手にしている武器『オーインバスター50ガンモード』でトラウムソルジャーを次々と撃ち抜いていく。

 

それを見ていた女子生徒も次の瞬間には「うん! ありがとう!」と元気に返事をして駆け出した。

 

英字は周囲を見ながらトラウムソルジャーをオーインバスター50ガンモードで撃ち抜いていく。

 

誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔法を振り回している。このままでは、いずれ死者が出る可能性が高い。騎士アランが必死に纏めようとしているが上手くいっていない。そうしている間にも魔法陣から続々と増援が送られてくる。

 

「あまり任せたくないが、聞き分けの悪い勇者にやってもらう他ないな!」

英字は走り出した。光輝達のいるベヒモスの方へ向かって。

 

ベヒモスは依然、障壁に向かって突進を繰り返していた。

 

障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。既にメルド団長も障壁の展開に加わっているが焼け石に水だった。

 

「ええい、くそ! もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」

「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

メルド団長は苦虫を噛み潰したような表情になる。

 

この限定された空間ではベヒモスの突進を回避するのは難しい。それ故、逃げ切るためには障壁を張り、押し出されるように撤退するのがベストだ。

 

しかし、その微妙なさじ加減は戦闘のベテランだからこそ出来るのであって、今の光輝達には難しい注文だ。

 

その辺の事情を掻い摘んで説明し撤退を促しているのだが、光輝は〝置いていく〟ということがどうしても納得できないらしく、また、自分ならベヒモスをどうにかできると思っているのか目の輝きが明らかに攻撃色を放っている。

 

まだ、若いから仕方ないとは言え、少し自分の力を過信してしまっているようである。戦闘素人の光輝達に自信を持たせようと、まずは褒めて伸ばす方針が裏目に出たようだ。

 

「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

雫は状況がわかっているようで光輝を諌めようと腕を掴む。

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」

「龍太郎……ありがとな」

 

しかし、龍太郎の言葉に更にやる気を見せる光輝。それに雫は舌打ちする。

 

「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

「雫ちゃん……」

 

苛立つ雫に心配そうな香織。

 

その時、一人の男子が光輝の前に飛び込んできた。

 

「天之河!」

「なっ、七葉!?」

「七葉くん!?」

 

驚く一同に英字は光輝に話しかける。

 

「撤退だ、じゃなきゃ皆死ぬ」

「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない! ここは俺達に任せて七葉は……」

 

「……そんな事を言っている場合か!」

 

英字を言外に戦力外だと告げて撤退するように促そうとした光輝の言葉を遮って、英字は今までに彼らが見たことのない乱暴な口調で怒鳴り返した。

 

「あれが見えるか! 皆混乱しまるで統率が取れてない! 導く者がいないからだ!」

光輝の胸ぐらを掴みながら指を差す英字。

 

その方向にはトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。

 

 訓練のことなど頭から抜け落ちたように誰も彼もが好き勝手に戦っている。効率的に倒せていないから敵の増援により未だ突破できないでいた。スペックの高さが命を守っているが、それも時間の問題だろう。

 

「この状況を打破するには皆の恐怖を吹き飛ばす貴様の様な存在が必要なのだ。お前は勇者、リーダーなのだろうならば前だけでなく後ろにも気を配れこのバカが!」

 

呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る光輝は、ぶんぶんと頭を振ると英字に頷いた。

 

「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長! すいませ――」

「下がれぇーー!」

 

〝すいません、先に撤退します〟――そう言おうとしてメルド団長を振り返った瞬間、その団長の悲鳴と同時に、遂に障壁が砕け散った。

 

「全くいつもいつも世話が焼ける連中だな!」

 

すぐに立ち上がり走るとメルドの目の前で止まり新たな障壁を張る。

 

「グラビティシールド!」

 

新たに作り出された障壁は黒と白の色をしたものだった。

そしてその障壁は向かってくるベヒモスを吹き飛ばしてしまった。

 

「メルド!」

「!」

「私がしばらく時間を稼ぐ。その間に彼らに指示を出せ」

その言葉を受け、メルドは直ぐ様行動に移る。

「香織! 治癒を頼む!」

「はい!」

メルドの指示で香織は直ぐに詠唱を始める。その様を見た英字は、視線を正面にいるベヒモスへと戻す。

 

ベヒモスは低い唸り声をあげターゲットを完全に英字一人に絞り込んでいた。

「チッやはり防がれたぐらいでは動じないか」

 

すると光輝と龍太郎、雫が立ち向かおうと英字に近づく。そこへどうにか動けるようになったメルドも駆け寄ってくる。他の騎士団員は、まだ香織による治療の最中だ。

 

「七葉今のは一体なんだ⁉︎」

「今は悠長に話している暇などない!」

 

その様なことを話している間にベヒモスは跳躍しようとしていた。

それを見て光輝が飛び出して聖剣を構えようとするが、英字がそれを手で制した。

 

「な、おい!」

 

光輝は抗議しようとしていたが

そんな暇はない英字は光輝を無視して手に持っていたオーインバスター50をガンモードからアックスモードに切り替える。

 

「何あの武器⁉︎」

 

困惑する周囲を他所に、オーインバスター50アックスモードに『バリットレックスバイスタンプ』をセットして必殺技を放つ。

 

『スタンプバイ』『必殺承認』『Here We Go』『Here We Go』『バリットレックス!』『スタンピングスラッシュ!』

 

「少しの間凍っていろ」

 

刃から強力な冷気を発生させながらベヒモスの足に切り付けるとベヒモスの足が凍り出した。

 

『メルド、耳を貸せ。少し頼みがある』

そのまま英字がメルドに向けて念話を送る。

それにメルドは黙って耳を傾ける。

『───。以上だ、判ったか?』

その言葉に、メルドは頷く。それに英字も頷き、今度は声で指示を出す。

「あのサイズではそう長くは持たない。今の内だ」

「感謝する!」

「きゃっ!」

「ちょっ、メルドさん!?」

英字の言葉を受け、メルドは光輝と香織を担いで駆け出した。雫と龍太郎がそれに追従する。それと同時に、ベヒモスは氷の拘束を抜け出そうと身動ぎするが、英字き肩を切り付けられ怯んでしまう。

 

「よそ見とは余裕だな、今は私との遊びの最中なのだ他のものには手出しはさせんぞ!」

 

英字はベヒモスに挑発をしながら手招きをした。

 

その間に、メルドは回復した騎士団員を呼び集め、光輝達を担ぎ離脱しようとする。

トラウムソルジャーの方は、どうやら幾人かの生徒が冷静さを取り戻した様で、周囲に声を掛け連携を取って対応し始めている様だ。

 

「待って下さい! まだ、七葉くんがっ」

 

 撤退を促すメルド団長に香織が猛抗議した。

 

「彼の作戦だ! ソルジャーどもを突破して安全地帯を作ったら魔法で一斉攻撃を開始する! もちろん彼がある程度離脱してからだ! 魔法で足止めしている間に彼が帰還したら、上階に撤退だ!」

「なら私も残ります!」

「ダメだ! 撤退しながら、香織には光輝を治癒してもらわにゃならん!」

「でも!」

 

 なお、言い募る香織にメルド団長の怒鳴り声が叩きつけられる。

 

「彼の思いを無駄にする気か!」

「ッ――」

 

 メルド団長を含めて、メンバーの中で最大の攻撃力を持っているのは間違いなく光輝である。少しでも早く治癒魔法を掛け回復させなければ、ベヒモスを足止めするには火力不足に陥るかもしれない。そんな事態を避けるには、香織が移動しながら光輝を回復させる必要があるのだ。

 

「天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん――〝天恵〟」

 

 香織は泣きそうな顔で、それでもしっかりと詠唱を紡ぐ。淡い光が光輝を包む。体の傷と同時に魔力をも回復させる治癒魔法だ。

 

 メルド団長は、香織の肩をグッと掴み頷く。香織も頷き、もう一度、ベヒモスと戦っている英字を振り返った。そして、光輝を担いだメルド団長と、雫と龍太郎を担いだ騎士団員達と共に撤退を開始した。

 

トラウムソルジャーは依然増加を続けていた。既にその数は二百体はいるだろう。階段側へと続く橋を埋め尽くしている。

 

だが、ある意味それでよかったのかもしれない。もし、もっと隙間だらけだったなら、突貫した生徒が包囲され惨殺されていただろう。実際、最初の百体くらいの時に、それで窮地に陥っていた生徒は結構な数いたのだ。

 

それでも、未だ死人が出ていないのは、ひとえに騎士団員達のおかげだろう。彼等の必死のカバーが生徒達を生かしていたといっても過言ではない。代償に、既に彼等は満身創痍だったが。

 

騎士団員達のサポートがなくなり、続々と増え続ける魔物にパニックを起こし、魔法を使いもせずに剣やら槍やら武器を振り回す生徒がほとんどである以上、もう数分もすれば完全に瓦解するだろう。

 

生徒達もそれをなんとなく悟っているのか表情には絶望が張り付いている。先ほど英字が助けた女子生徒の呼びかけで少ないながらも連携をとり奮戦していた者達も限界が近いようで泣きそうな表情だ。

 

 誰もが、もうダメかもしれない、そう思ったとき……

 

「――〝天翔閃〟!」

 

純白の斬撃がトラウムソルジャー達のド真ん中を切り裂き吹き飛ばしながら炸裂した。

 

橋の両側にいたソルジャー達も押し出されて奈落へと落ちていく。斬撃の後は、直ぐに雪崩れ込むように集まったトラウムソルジャー達で埋まってしまったが、生徒達は確かに、一瞬空いた隙間から上階へと続く階段を見た。今まで渇望し、どれだけ剣を振るっても見えなかった希望が見えたのだ。

 

「皆! 諦めるな! 道は俺が切り開く!」

 

そんなセリフと共に、再び〝天翔閃〟が敵を切り裂いていく。光輝が発するカリスマに生徒達が活気づく。

 

「お前達! 今まで何をやってきた! 訓練を思い出せ! さっさと連携をとらんか! 馬鹿者共が!」

 

皆の頼れる団長が〝天翔閃〟に勝るとも劣らない一撃を放ち、敵を次々と打ち倒す。

 

いつも通りの頼もしい声に、沈んでいた気持ちが復活する。手足に力が漲り、頭がクリアになっていく。

実は、香織の魔法の効果も加わっている。精神を鎮める魔法だ。リラックスできる程度の魔法だが、光輝達の活躍と相まって効果は抜群だ。

 

治癒魔法に適性のある者がこぞって負傷者を癒し、魔法適性の高い者が後衛に下がって強力な魔法の詠唱を開始する。

前衛職はしっかり隊列を組み、倒すことより後衛の守りを重視し堅実な動きを心がける。

 

治癒が終わり復活した騎士団員達も加わり、反撃の狼煙が上がった。チートどもの強力な魔法と武技の波状攻撃が、怒涛の如く敵目掛けて襲いかかる。凄まじい速度で殲滅していき、その速度は、遂に魔法陣による魔物の召喚速度を超えた。

 

 そして、階段への道が開ける。

 

「皆! 続け! 階段前を確保するぞ!」

 

光輝が掛け声と同時に走り出す。

 

ある程度回復した龍太郎と雫がそれに続き、バターを切り取るようにトラウムソルジャーの包囲網を切り裂いていく。

 

そうして、遂に全員が包囲網を突破した。背後で再び橋との通路が肉壁ならぬ骨壁により閉じようとするが、そうはさせじと光輝が魔法を放ち蹴散らす。

 

クラスメイトが訝しそうな表情をする。それもそうだろう。目の前に階段があるのだ。さっさと安全地帯に行きたいと思うのは当然である。

 

「皆待って! 七葉くんを助けなきゃ! 七葉くんがたった一人であの怪物を抑えてるの!」

 

香織のその言葉に何を言っているんだという顔をするクラスメイト達。そう思うのも仕方ない。何せ、英字は"無能"で通っているのだから。

だが、困惑するクラスメイト達が、数の減ったトラウムソルジャー越しに橋の方を見ると、そこには確かに英字の姿があった。

 

「なんだよあれ、何してんだ?」

「あの魔物、下半身が凍ってる?」

次々と疑問の声を漏らす生徒達にメルド団長が指示を飛ばす。

 

「そうだ! 彼がたった一人であの化け物を抑えているから撤退できたんだ! 前衛組! ソルジャーどもを寄せ付けるな! 後衛組は遠距離魔法準備! 彼が離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」

 

ビリビリと腹の底まで響く様な声に気を引き締め直す生徒達。中には階段の方向を未練に満ちた表情で見ている者もいる。

 

無理もない。ついさっき死にかけたのだ。一秒でも早く安全を確保したいと思うのは当然だろう。しかし、団長の「早くしろ!」という怒声に未練を断ち切るように戦場へと戻った。

 

その中には檜山大介もいた。自分の仕出かした事とはいえ、本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。

 

しかし、ふと脳裏にあの日の情景が浮かび上がる。

 

それは、迷宮に入る前日、ホルアドの町で宿泊していたときのこと。

 

緊張のせいか中々寝付けずにいた檜山は、トイレついでに外の風を浴びに行った。涼やかな風に気持ちが落ち着いたのを感じ部屋に戻ろうとしたのだが、その途中、ネグリジェ姿の香織を見かけたのだ。

 

初めて見る香織の姿に思わず物陰に隠れて息を詰めていると、香織は檜山に気がつかずに通り過ぎて行った。

 

 気になって後を追うと、香織は、とある部屋の前で立ち止まりノックをした。その扉から出てきたのは……英字だった。

 

檜山は頭が真っ白になった。檜山は香織に好意を持っている。しかし、自分とでは釣り合わないと思っており、光輝のような相手なら、所詮住む世界が違うと諦められた。

 

しかし、英字は違う。自分より劣った存在(檜山はそう思っている)が香織の傍にいるのはおかしい。それなら自分でもいいじゃないか、と端から聞けば頭大丈夫? と言われそうな考えを檜山は本気で持っていた。

 

ただでさえ溜まっていた不満は、すでに憎悪にまで膨れ上がっていた。香織が見蕩れていたグランツ鉱石を手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなってあらわれたからだろう。

 

その時のことを思い出した檜山は、たった一人でベヒモスを抑える英字を見て、今も祈るように英字を案じる香織を視界に捉え……

 

ほの暗い笑みを浮かべた。

 

「ふん。……ほぅ思っていたよりも早く準備ができたみたいだな」

 

チラリと後ろを見ると、どうやら全員撤退出来た様である。隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。

ベヒモスは相変わらず藻掻いているが、氷の拘束にはまだ余裕がある。その間に距離を取るには充分時間がある。

 

そしてベヒモスは氷を叩き割ると再度、怒りの咆哮を上げ英字を追いかけようと四肢に力を溜めた。

 

だが、次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。

 

夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。

 

しかし次の瞬間、無数に飛び交う魔術の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ……英字の方に向かって。

明らかに英字を狙い誘導されたものだ。

 

(チッそう来たか)

 

防ぐのは簡単だが英字は敢えて防がなかった。

 

英字の眼前に、その火球は突き刺さる。着弾の衝撃波をモロに浴びるが、英字は小動もしない。

すると背後で咆哮が鳴り響く。

振り返ると再び角を赤熱化させたベヒモスの眼光が確りと英字を捉えていた。

そして、赤熱化した頭部を盾の様に翳しながら英字に向かって突進する。

 

それを英字は無抵抗で受けたがやはりこれでもダメージは皆無だ。

 

直後、怒りの全てを集束した様な激烈な衝撃が橋全体を襲った。ベヒモスの攻撃で橋全体が震動する。

受け止めた英字を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。

そして遂に……橋が崩壊を始めた。

 

度重なる強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂に耐久限度を超えたのだ。

 

「グウァアアア!?」

 

 悲鳴を上げながら、崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。

 

(さて、この後はどうするか)

このまま帰るのはいいがそれでは面白くない。

どうせ戻っても暇を持て余すくらいならクラスメイトとは離れて行動する方が、英字的にも都合がいい。

 

チラリとクラスメイト達の方を見ると香織が飛び出そうとして雫や光輝に羽交い締めにされているのが見えた。

他の生徒は青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。メルド達騎士団の面々も悔しそうな表情で英字を見ていた。

 

(奴らと過ごした学園生活は退屈ではあったが、悪い気はしなかったな)

そして英字は、先程自身を狙った犯人に視線を向け、

 

(今は貴様の思惑に乗っかってやるとしよう……さてと、)

 

まずは香織の影に向かって『9枚の緑色のメダル』を投げ入れる。

 

次にメルドに念話を送る。

 

『メルドよ。私は暫く離れる、彼等を導いてやってくれ』

「なっ、何故!ですか?」

『な〜に愚か者の思惑に乗ってやろうと思ってな、くれぐれも他の者には他言無用で頼むぞ?』

 

そして伝えるべきことを伝えると、英字は奈落へと姿を消した。

 

 

 




戦闘描写が難しい。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
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