「へ? 英字くん? って七葉くん? えっ? なに? どういうこと?」
香織の歓喜に満ちた叫びに、隣の雫が混乱しながら香織と英字を交互に見やる。どうやら、香織は一発で目の前の白髪で、黒と赤を基調としたロングコートの人物が英字だと看破したようだが、雫にはまだ認識が及ばないらしい。
しかし、それでも肩越しに振り返って自分達を苦笑い気味に見ている少年の顔立ちが、記憶にある七葉英字と重なりだすと、雫は大きく目を見開いて驚愕の声を上げた。
「えっ? えっ? ホントに? ホントに七葉くんなの? えっ? なに? ホントどういうこと?」
「落ち着け八重樫。お前の売りは冷静沈着さの筈だろう?」
香織と同じく死を覚悟した直後の一連の出来事に、流石の雫も混乱が収まらないようで痛みも忘れて言葉をこぼす。そんな雫の名を呼びながら諌める英字は、ふと気配を感じて頭上を見上げた。そして、落下してきた金髪の女の子と白髪の兎人族の女の子を重力操作でゆっくりと地面に降ろす。
最後に降り立ったのは全身黒装束の少年、遠藤浩介だ。
「な、七葉ぁ! おまっ! 余波でぶっ飛ばされただろ! ていうか今の何だよ! いきなり迷宮の地面ぶち抜くとか……」
文句を言いながら周囲を見渡した遠藤は、そこに親友達と魔物の群れ、そして誰かは分からない鎧の戦士がいて、硬直しながら自分達を見ていることに気がつき「ぬおっ!」などと奇怪な悲鳴を上げた。そんな遠藤に、再会の喜びとなぜ戻ってきたのかという憤りを半分ずつ含めた声がかかる。
「「浩介!」」
「重吾! 健太郎! 助けを呼んできたぞ!」
〝助けを呼んできた〟その言葉に反応して、光輝達も女魔人族もようやく我を取り戻した。そして、改めて英字と二人の少女を凝視する。だが、そんな周囲の者達の視線などはお構いなしといった様子で、英字はユエとシアに手早く指示を出した。
「ユエはあそこで固まっている彼等の守りを、シアは向こうで倒れている騎士甲冑の男を、頼んだぞ」
「ん……任せて」
「了解ですぅ!」
ユエは周囲の魔物をまるで気にした様子もなく悠然と歩みを進め、シアは驚異的な跳躍力で魔物の群れの頭上を一気に飛び越えて倒れ伏すメルドの傍に着地した。
「え、英字くん……」
香織が再度、英字の名を声を震わせながら呼んだ。ありとあらゆる感情が飽和して、今にも溢れ出しそうなのを必死に抑えているかの様な声音だ。再会の歓喜は言わずもがな、募りに募った恋慕の情が切なさを伴って滲み出ている。
尤も、その熱いマグマの様な熱情とは裏腹に、凍える様な悲痛さも英字を呼ぶ声には含まれていた。それは、この死地に英字が来てしまったが故だろう。どういう経緯か香織には分からなかったが、それでも直ぐに逃げて欲しいという想いがその表情から有り有りと伝わる。
英字はチラリと香織を見返すと、肩を竦めて「心配するな」と頭を撫で短く伝えた。そして、直ぐ側で倒れていたデストリームに近付くと、声をかける。
「無事、ではないな」
「はぁ、はぁ、もっ、申し訳、ございません。英字様」
「謝らなくても良い、今は少し休め」
「……了解しました」
デストリームはそう言うと、英字の影に入っていった。
そして英字は懐からセルメダルを数枚取り出すと、それ割り、地面にばら撒く。すると、割れたセルメダルを中心に全身を包帯で身を包んみ肩や胸などにプロテクターを付けたミイラの様な怪物、『屑ヤミー(強化)』を生み出し、香織と雫の周りに護衛の様に配置した。
突如割れたメダルから生み出された数体のミイラの様な存在に、目を白黒させる香織と雫。そんな二人に背を向けると、英字は元凶たる女魔人族に向かって傲慢とも言える提案をした。それは、魔人族の女が、まだ『英字の敵』ではないが故の慈悲であった。
「そこの女魔人族、何故彼等を狙ったのか。その理由を吐けば、大人しく見逃してやる」
「……何だって?」
尤も、魔物に囲まれた状態で普通の人間のする発言ではない。なので、思わずそう聞き返す女魔人族。それに対して英字は、呆れた表情で繰り返した。
「情報を吐いて大人しく帰れと言ったんだ。何度も言わせるな」
勝手に納得した様子で溜息を吐く英字に、女魔人族はスっと表情を消した。そして、「殺れ」と、ただ一言英字を指差し魔物に命令を下した。
この時、あまりに突然の事態――――特に虎の子のアハトドが正体不明の攻撃により一撃死したことで流石に冷静さを欠いていた女魔人族は、致命的な間違いを犯してしまった。
英字の物言いもあったのだろうが、敬愛する上司から賜ったアハトドは失いたくない魔物であり、それを現在進行形で踏みつけにしている英字に怒りを抱いていたことが原因だろう。
あとは、単純に迷宮の天井を崩落させて階下に降りてくるという、ありえない事態に混乱していたというのもある。とにかく、普段の彼女なら、もう少し慎重な判断が出来たはずだった。しかし、既にサイは投げられてしまった。
「……やれやれ、残念だ」
英字がそう呟いたのとキメラが襲いかかったのは同時だった。英字の背後から「英字くん!」「七葉君!」と焦燥に満ちた警告を発する声が聞こえる。しかし、英字は左側から襲いかかってきたキメラを意にも介さず左手の義手で鷲掴みにすると苦もなく宙に持ち上げた。
キメラが、驚愕しながらも拘束を逃れようと暴れているようで空間が激しく揺らめく。それを見て、英字が呆れたような眼差しになった。
「何だ? この半端な固有魔法は。大道芸か何かか?」
気配や姿を消す固有魔法だろうに動いたら空間が揺らめいてしまうなど意味がないにも程があると、英字は思わずツッコミを入れる。
英字は今までにも、気配や姿を消す能力を持つ敵と戦った事があるが、どいつもこいつも厄介極まりない敵だった。それらに比べれば、動くだけで崩れる隠蔽など、英字からすれば余りに稚拙だった。
数百キロはある巨体を片手で持ち上げ、キメラ自身も空中で身を捻り大暴れしているというのに微動だにしない英字に、女魔人族や香織達が唖然とした表情をする。
英字は、そんな彼等を尻目に、観察する価値もないと言わんばかりに、キメラを地面に叩きつけた。
ズバンッ!!ドグシャ!!
そんな生々しい音を立てて、地面にクレーターを作りながらキメラの頭部が粉砕される。そして、ついでにとばかりにオンインバスター50を抜いた英字は、一見、何もない空間に向かって光弾を続けざまに撃ち放った。
ドパンッ! ドパンッ!
乾いた破裂音を響かせながら、二条の閃光が空を切り裂き目標を違わず問答無用に貫く。すると、空間が一瞬揺ぎ、そこから頭部を爆散させたキメラと心臓を撃ち抜かれたブルタール擬きが現れ、僅かな停滞のあとぐらりと揺れて地面に崩れ落ちた。
「な、なんで分かったのさ……」
女魔人族が、自分でも自覚が無いままに疑問を口にした。英字は鼻を鳴らすだけで何も答えない。
英字からすれば、例え動いていなくても、風の流れ、空気や地面の震動、視線、殺意、魔力の流れ、体温などがまるで隠蔽できていない彼等は、ただそこに佇むだけの的でしかなかったのである。
瞬殺した魔物には目もくれず、英字が戦場へと、いや、処刑場へと一歩を踏み出す。これより始まるのは、殺し合いですらない。敵に回してはいけない化け物による、一方的な蹂躙だ。
あまりにあっさり殺られた魔物を見て唖然とする女魔人族や、この世界にあるはずのない兵器に度肝を抜かれて立ち尽くしている永山達。そんな硬直する者達をおいて、魔物達は、女魔人族の命令を忠実に実行するべく次々に英字へと襲いかかった。
黒猫が背後より忍び寄り触手を伸ばそうとするが、英字は黒猫の頭を鷲掴みにするとそのまま握りつぶした。
頭を潰された仲間の魔物には目もくれず、左右から同時に四つ目狼が飛びかかる。が、英字に近づくと、先の黒猫と同じ様に頭を潰された。
次の瞬間、絶命した四つ目狼の真後ろに潜んでいた黒猫が英字の背後から迫るキメラと連携して触手を射出するが、何事も無いかの様に進む英字の足は止められない。近づく度に重力操作で潰されて肉塊と化す。
「グルァアアアアアッ!」
「オォオオオオオッ!」
雄叫びを上げて、左右からブルタール擬きが挟撃を仕掛けてくる。死神の鎌の如く一切合切を叩き潰しそうなメイスが風を唸らせて迫るが、メイスが当たる前に二匹とも潰されて肉塊となった。
すると、英字があまりの手応えの無さに溜息を吐いたタイミングを見計らってか、四つ目狼とキメラが懲りもせず突進してきた。……勿論、直ぐに潰され、肉塊と化したが。
その時、「キュワァアア!」という奇怪な音が突如発生した。
先程、ゲムデウスクロノスの力で蘇ったアブソドが、口を大きく開いて英字の方を向いており、その口の中には純白の光が輝きながら猛烈な勢いで圧縮されているところだった。
それは先程デストリームに放った物と同じだった。その強大な魔力が限界まで収束され、次の瞬間英字を標的に砲撃となって発射された。
しかし、デストリームにすら通用しなかったのに、さらに格上である英字に通用するはずもなく、英字は即座にアイテムボックスから純白の大きな盾『神織盾』を取り出すと左手に装着し、どっしりとかざした。地に根を生やした大樹の如く、不動の意志を示す英字の瞳に焦燥の色は微塵もない。
魔力の砲撃が直撃した瞬間、凄まじい轟音が響き渡り、空気がビリビリと震え、その威力の絶大さを物語る。しかし、直撃を受けた本人である英字は、その意志の示す通り一歩もその場を動いておらず、それどころか、盾に角度をつけて砲撃を受け流し始めた。
逸らされた砲撃が向かう先は……
「ッ!? 畜生!」
女魔人族だ。英字があっさり魔物を殺し始めた瞬間から、危機感に煽られて大威力の魔法を放つべく仰々しい詠唱を始めたのだが、それに気がついていた英字が、アブソドの砲撃を指示したであろう魔人族の女に詠唱の邪魔ついでに砲撃を流したのだ。
予想外の事態に、慌てて回避行動を取る女魔人族に、英字は盾の角度を調整して追いかけるように砲撃を逸らしていく。壁を破壊しながら迫る光の奔流に、壁際を必死に走る女魔人族。その表情に余裕は一切ない。
しかし、いよいよ逸らされた砲撃が直ぐ背後まで迫り、女魔人族が、自分の指示した攻撃に薙ぎ払われるのかと思われた直後、アブソドが蓄えた魔力が底を尽き砲撃が終ってしまった。
冷や汗を流しながらホッと安堵の息を吐く女魔人族だったが、次の瞬間には凍りついた。
ゴシャッ!
何かが潰れた様な音が轟くと同時に右頬を衝撃が襲い、パッと白い何かが飛び散ったからだ。
その何かは、先程まで女魔人族の肩に止まっていた白鴉の魔物の残骸だった。久しぶりに、使っていなかった邪眼『死滅の邪眼』と『歪曲の邪眼』の二つをテストしようとアブソドと白鴉に対して使用したのだ。
アブソドは何が起きたか認識する事も出来ずに、その身体は散り散りとなり、意識を永遠の闇に落とした。
白鴉の方も胴体を握りつぶされる様に丸い肉塊となり、一瞬で絶命し、その白い羽を血肉と共に撒き散らした。その余波を受けた女魔人族は、衝撃にバランスを崩し尻餅を付きながら茫然とした様子でそっと自分の頬を撫でる。そこには白鴉の血肉がべっとりと付着しており、同時に衝撃によって浅く肉が抉れていた。
後僅かでもずれていたら……そんな事を考えて背筋を粟立たせる。
今も視線の先で、強力無比を謳った魔物の軍団をまるで戯れに虫を殺すが如く駆逐している男は、いつでも自分を殺す事が出来るのだ。今この瞬間も、自分の命は握られているのだ!
その事実が、戦士たる強靭な精神を持っていると自負している女魔人族をして震え上がらせる。圧倒的な死の予感と、あり得べからざる化け物の存在に理性が磨り潰されるかの様だ。
あれは何だ? 何故あんなものが存在している? どうすればあの化け物から生き残る事が出来る!?
女魔人族の頭の中では、そんな思いがぐるぐると渦巻いていた。
それは、光輝達も同じ気持ちだった。彼等は少年の正体を直ぐ様英字とは見抜けず、正体不明の何者かが突然自分達を散々苦しめた魔物を歯牙にもかけず駆逐しているとしか分からなかったのだ。
「何なんだ……彼は一体、何者なんだ!?」
光輝が動かない体を横たわらせながら、そんな事を呟く。今、周りにいる全員が思っている事だった。香織と雫にしか顔を見せていないから当然と言えば当然かもしれない。その答えを齎したのは、先に逃がし、けれど自らの意志でこの戦場に戻ってきた仲間、遠藤だった。
「はは、信じられないだろうけど……あいつは、七葉だよ」
「「「「「「は?」」」」」」
遠藤の言葉に、光輝達が一斉に間の抜けた声を出す。遠藤を見て「頭大丈夫か、こいつ?」と思っているのが手に取る様にわかる。遠藤は「無理もないなぁ~」と思いながらも、事実なんだから仕方ないと肩を竦めた。
「だから、七葉だよ。七葉英字。あの日、橋から落ちた七葉だ。迷宮の底で生き延びて、自力で這い上がってきたらしいぜ。ここに来るまでも、迷宮の魔物が完全に雑魚扱いだった。マジ有り得ねぇ! って俺も思うけど……事実だよ」」
「七葉って、え? 七葉が生きていたのか!?」
光輝が驚愕の声を漏らす。そして他の皆も一斉に、現在進行形で魔物を返り討ちにしている化け物じみた強さの少年を見つめ直し……その顔を見て愕然とした。
雰囲気は変わっているが、間違いなくあの七葉英字だった。
そんな心情もやはり手に取る様にわかる遠藤は「まぁ、そうなるよな。あの強さじゃ信じられないけど、ステータスプレートも見たし」と乾いた笑みを浮かべながら、彼が七葉英字である事を再度伝える。
誰もが信じられない思いで英字の無双ぶりを茫然と眺めていると、酷く狼狽した声で遠藤に喰ってかかる人物が現れた。
「う、嘘だ。七葉は死んだんだ。そうだろ? 皆見てたじゃんか。生きてる訳ない! 適当な事言ってんじゃねぇよ!」
「うわっ、なんだよ! ステータスプレートも見たし、本人が認めてんだから間違いないだろ!」
「嘘だ! 何か細工でもしたんだろ! それか、なりすまして何か企んでるんだ!」
「いや、何言ってんだよ? そんな事、する意味何にも無いじゃないか」
遠藤の胸ぐらを掴んで無茶苦茶な事を言うのは檜山だ。顔を蒼褪めさせ、尋常ではない様子で英字の生存を否定する。周りにいる近藤達も檜山の様子に何事かと若干引いてしまっている様だ。
そんな錯乱気味の檜山に、比喩ではなくそのままの意味で冷水が浴びせかけられた。檜山の頭上に突如発生した大量の水が小規模な滝となって降り注いだのだ。呼吸のタイミングが悪かった様で、若干溺れかける檜山。水浸しになりながらゲホッゲホッと咳き込む。「一体何が!?」と混乱する檜山に、冷水以上に冷ややかな声がかけられる。
「……大人しくして。邪魔になる」
その物言いに再び激昂しそうになった檜山だったが、声のする方へ視線を向けた途端思わず言葉を呑み込んだ。何故ならその声の主、ユエの檜山を見る眼差しが、まるで虫けらでも見るかの様な余りに冷たいものだったからだ。
同時に、その理想の少女を模した最高級のビスクドールの如き美貌に、状況も忘れて見蕩れてしまったというのも少なからずある。
それは光輝達も同じだった様で、突然現れた美貌の少女に男女関係なく自然と視線が吸い寄せられた。鈴等は明から様に見蕩れて「ほわ~」と変な声を上げている。単に美しい容姿というだけでなく、どこか妖艶な雰囲気を纏っているのも見た目の幼さに反して光輝達を見蕩れさせている要因だろう。
とその時、女魔人族が指示を出したのか、魔物が数体光輝達へ襲いかかった。メルドの時と同じく、人質にでもしようと考えたのだろう。普通に挑んでも英字を攻略できる未来がまるで見えない以上、常套手段だ。
鈴が咄嗟にシールドを発動させようとする。度重なる魔法の行使に、唯でさえ絶不調の体が悲鳴を上げる。ブラックアウトしそうな意識を唇を噛んで堪えようとするが……そんな鈴をユエの優しい手つきが制止した。頭をそっと撫でたユエに、鈴が「ほぇ?」と思わず緩んだ声を漏らして詠唱を止めてしまう。
「……大丈夫」
ただ一言そう呟いたユエに、鈴は何の根拠もないというのに「ああ、もう大丈夫なんだ」と体から力を抜いた。自分でも何故、そうも簡単にユエの言葉を受け入れたのかは分からなかったが、まるで頼りになる姉にでも守られている様な気がしたのだ。
ユエが視線を鈴から外し、今まさにその爪牙を、触手を、メイスを振るわんとしている魔物達を睥睨する。そしてただ一言、魔法のトリガーを引いた。
「──"蒼龍"」
その瞬間、ユエ達の頭上に直径一メートル程の青白い球体が発生した。それは、炎系の魔法を扱うものなら知っている最上級魔法の一つ、あらゆる物を焼滅させる蒼炎の魔法〝蒼天〟だ。それを詠唱もせずにノータイムで発動など尋常ではない。特に、後衛組は、何が起こったのか分からず呆然と頭上の蒼く燃え盛る太陽を仰ぎ見た。
しかし、彼等が本当に驚くべきはここからだった。なぜなら、燦然と燃え盛る蒼炎が突如うねりながら形を蛇のように変えて、今まさにメイスを振り降ろそうとしていたブルタール擬き達に襲いかかるとそのまま呑み込み、一瞬で灰も残さず滅殺したからだ。
宙を泳ぐように形を変えていく蒼炎は、やがてその姿を明確にしていく。それは蒼く燃え盛る龍だ。全長三十メートル程の蒼龍はユエを中心に光輝達を守るようにとぐろを巻くと鎌首をもたげた。そして、全てを滅する蒼き灼滅の業火に阻まれて接近すら出来ずに立ち往生していた魔物達に向かって、その顎門をガバッっと開く。
ゴァアアアアア!!!
爆ぜる咆哮が轟く。と、その直後、たじろぐ魔物達の体が突如重力を感じさせず宙に浮いたかと思うと、次々に蒼龍の顎門へと向けて飛び込んでいった。突然の事態にパニックになりながらも必死に空中でもがき逃げようとする様子から自殺ではないとわかるが、一直線に飛び込んで灰すら残さず焼滅していく姿は身投げのようで、タチの悪い冗談にしか見えない。
「なに、この魔法……」
それは誰の呟きか。周囲の魔物を余さず引き寄せ勝手に焼滅させていく知識にない魔法に、もう光輝達は空いた口が塞がらない。それも仕方のないことだ。なにせ、この魔法は、〝雷龍〟と同じく、炎系最上級魔法〝蒼天〟と神代魔法の一つ重力魔法の複合魔法でユエのオリジナルなのだから。
ちなみに、なぜ〝雷龍〟ではなく〝蒼龍〟なのかというと、単にユエの鍛錬を兼ねているからという理由だったりする。雷龍は、風系の上級である雷系と重力魔法の複合なので、難易度や単純な威力では〝蒼龍〟の方が上なのだ。最近、ようやく最上級の複合も出来るようになってきたのでお披露目してみたのである。
当然そんな事情を知らない光輝達は、術者であるユエに説明を求めようと"蒼龍"から視線を戻した。
しかし背筋を伸ばして悠然と佇み蒼き龍の炎に照らされる、いっそ神々しくすら見えるユエの姿に息を呑み、説明を求める言葉を発する事が出来なかった。そんなユエに早くも心奪われている者が数人……特に鈴の中の小さなおっさんが歓喜の声を上げている様だ。
一方、女魔人族は遠くから"蒼龍"の威容を目にして内心「化け物ばっかりか!」と悪態をついていた。そして次々と駆逐されていく魔物達に焦燥感を露わにして、離れた所で寄り添っている二人の少女に狙いを変更する事にした。
しかし女魔人族は、これより更なる理不尽に晒される事になる。
シアに襲いかかったブルタール擬きは、振り向きざまのドリュッケンの一撃で頭部をピンボールのように吹き飛ばされ、逆方向から襲いかかった四つ目狼も最初の一撃を放った勢いのまま体を独楽のように回転させた、遠心力のたっぷり乗った一撃を頭部に受けて頭蓋を粉砕されあっさり絶命した。
また、香織と雫を狙ってキメラや黒猫が襲いかかった。殺意を撒き散らしながら迫り来る魔物に歯噛みしながら半ばから折れた剣を構えようとする雫だったが、それを制止するように、英字が生み出し護衛に付けていた、屑ヤミー(強化)が一体、スっと雫とキメラの間に入る。
自分を守る様に動いた謎のミイラに雫が若干動揺していると、突然、ミイラが手に持っていた、包帯が巻かれた剣、『セル・ブレード』で、黒猫を全て切り伏せた。雫が「ホントに何なの!?」と内心絶叫していると、その隙を狙ってか別方向からブルタール擬きが迫る。しかしその攻撃に雫が気付く前に二体の屑ヤミー(強化)がそれぞれ、包帯が巻かれた大鎌、『セル・サイズ』と同じく包帯が巻かれた槍、『セル・ランス』で、ブルタール擬きを瞬殺する。
「ホントに……なんなのさ」
力無くそんな事を呟いたのは女魔人族だ。何をしようとも、全てを理解不能の力でねじ伏せられ粉砕される。そんな理不尽に、諦観の念が胸中を侵食していく。最早魔物の数も殆ど残っておらず、誰の目から見ても勝敗は明らかだ。
女魔人族は、最後の望み! と逃走の為に温存しておいた魔法を英字に向かって放ち、全力で四つある出口の一つに向かって走った。英字のいる場所に放たれたのは"落牢"だ。
英字は迫る灰色の球体に何の脅威も見出せず、その歩みを止める事は無い。直後、英字の直ぐ傍で"落牢"が炸裂し、石化の煙が英字を包み込んだ。光輝達が息を飲み、香織と雫が悲鳴じみた声で英字の名を呼ぶ。動揺する光輝達を尻目に、女魔人族は遂に出口の一つに辿り着いた。
しかし……
「はは……既に詰みだったわけだ」
「そうだな」
女魔人族の目の前には英字が追加で生み出した屑ヤミー(強化)が立っており、包帯が巻かれた斧、『セル・アックス』を向けていた。あの時、きっと英字に攻撃を仕掛けてしまった時から既に自分の運命は決まっていた事に今更ながらに気がつき、思わず乾いた笑い声を上げる女魔人族。そんな彼女に背後から憎たらしい程平静な声がかかる。
女魔人族が今度こそ瞳に諦めを宿して振り返ると、石化の煙の中から何事もなかった様に歩み寄ってくる英字の姿が見えた。そして、石化の煙が英字の能力の一つ、『グラ』で口の中に吸収されていくのを見て、自分の手札の全てが通用しない事を痛感する。
「……この化け物め。上級魔法が意味をなさないなんて、アンタ、本当に人間?」
「それをこれから死ぬ者に話す必要がどこにある」
そんな軽口を叩きながら少し距離を置いて向かい合う英字と女魔人族。
チラリと女魔人族が部屋の中を見渡せば、いつの間にか本当に魔物が全滅しており、改めて小さく「化け物め」と罵った。
英字は、それを無視してオンインバスター50の銃口をスっと女魔人族に照準する。眼前に突きつけられた死に対して、女魔人族は死期を悟ったような澄んだ眼差しを向けた。
「さて、普通こういう時は何か言い遺す事は、とでも訊くんだろうが、生憎私も暇じゃない。それより、魔人族がこんな場所で何をしていたのか……あの魔物を何処で手に入れたのか……吐いてもらおうか?」
「あたしが話すと思うのかい? 人間族の有利になるかもしれないのに? バカにされたもんだね」
英字は、溜息を吐きながら再度、女魔人族に話しかけ、自身の推測を話す。
「まぁ、大体の予想はつく。ここに来たのは、〝本当の大迷宮〟を攻略するためだろ?」
魔人族の女が、英字の言葉に眉をピクリと動かした。その様子をつぶさに観察しながら英字が言葉を続ける。
「あの魔物達は、神代魔法の産物……図星みたいだな。なるほど、魔人族側の変化は大迷宮攻略によって魔物の使役に関する神代魔法を手に入れたからか……とすると、魔人族側は勇者達の調査・勧誘と並行して大迷宮攻略に動いているわけか……」
「どうして……まさか……」
英字が口にした推測の尽くが図星だったようで、悔しそうに表情を歪める女魔人族は、どうしてそこまで分かるのかと疑問を抱き、そして一つの可能性に思い至る。その表情を見て、英字は、女魔人族が、英字もまた大迷宮の攻略者であると推測した事に気がつき、視線で「正解だ」と伝えた。
「なるほどね。あの方と同じなら……化け物じみた強さも頷ける……もう、いいだろ? ひと思いに殺りなよ。あたしは、捕虜になるつもりはないからね……」
「あの方……か。魔物は攻略者からの賜り物と言うわけか……」
捕虜にされるくらいならば、どんな手を使っても自殺してやると魔人族の女の表情が物語っていた。そして、だからこそ、出来ることなら戦いの果てに死にたいとも。
英字自身、最初から女魔人族を殺す気はなく、ある程度情報を吐かせたら、逃がしてやろうと考えていたのだが、女魔人族にとって、それは侮辱と同義、ならば、なるべく苦しまずに殺すのが、せめてもの情けと言うものだろうと、考えていた。
女魔人族は、道半ばで逝く事の腹いせに負け惜しみと分かりながら英字に言葉をぶつけた。
「いつか、アタシの恋人がアンタを殺すよ」
その言葉に、英字は少し考え、答える。
「そうか……安心しろ。直ぐに『同じ場所』に送ってやる」
互いにもう話すことはないと口を閉じ、英字は、オンインバスター50を持っている手とは反対の手を上げる。
しかし、いざ振り下ろそうという瞬間、大声で静止がかかる。
「待て! 待つんだ、七葉! 彼女はもう戦えないんだぞ! 殺す必要はないだろ!」
「……」
英字は腕を上げたまま、「正気か?」と訝しそうな表情をして肩越しに振り返った。光輝は、フラフラしながらも少し回復したようで何とか立ち上がると、更に声を張り上げた。
「捕虜に……そうだ、捕虜にすればいい。無抵抗の人を殺すなんて、絶対ダメだ。俺は勇者だ。七葉も仲間なんだから、ここは俺に免じて引いてくれ」
余りにツッコミどころ満載の言い分に、英字は聞く価値すらないと即行で切って捨てた。そして、無言のまま……腕をスッと下ろした。
次の瞬間、女魔人族は糸が切れた様にその場に倒れ込んだ。光輝達は理解した。『英字が殺した』と。
そして、英字の手には、『青白い塊』が握られていた。
静寂が辺りを包む。光輝達は今更だと頭では分かっていても、同じクラスメイトが目の前で躊躇い無く人を殺した光景に息を呑み、戸惑った様にただ佇む。そんな彼等の中でも、一番ショックを受けていたのは香織の様だった。
人を殺した事にではない。それは香織自身、覚悟していた事だ。この世界で戦いに身を投じるというのは、そういう事なのだ。迷宮で魔物を相手にしていたのは、あくまで実戦『訓練』なのだから。
だから殺し合いになった時、敵対した人を殺さなければならない日は必ず来ると覚悟していた。自分が後衛職で治癒師である以上、直接手にかけるのは雫や光輝達だと思っていたから、その時は手を血で汚した友人達を例え僅かでも、一瞬であっても忌避したりしない様にと心に決めていた。
香織がショックを受けたのは、英字に人殺しに対する忌避感や嫌悪感、躊躇いというものが一切無かったからである。息をする様に自然に人を殺した。香織の知る英字は、どの様な険悪なムードでも争いを諫め、他人の為に渦中へ飛び込める様な優しく強い人だった。
その"強さ"とは、決して暴力的な強さを言うのではない。どんな時でも、どんな状況でも"他人を思いやれる"という強さだ。だから無抵抗で戦意を喪失している相手を、何の躊躇いも感慨も無く殺せる事が、自分の知る英字と余りに異なり衝撃だったのだ。
雫は親友だからこそ、香織が強いショックを受けている事が手に取る様に分かった。そして日本にいる時、普段から散々聞かされてきた英字の話から、香織が何にショックを受けているのかも察していた。
雫は涼しい顔をしている英字を見て確かに変わり過ぎだと思ったが、何も知らない自分がそんな文句を言うのはお門違いもいいところだということもわかっていた。なので結局何をする事も出来ず、ただ香織に寄り添うだけに止めた。
だが当然、正義感の塊たる勇者の方は黙っている筈が無く、静寂の満ちる空間に押し殺した様な光輝の声が響いた。
「何故、何故殺したんだ。殺す必要があったのか……」
英字は、掴んでいた青白い塊をアイテムボックスの中にしまい、シアの方へ歩みを進めながら、自分を鋭い眼光で睨みつける光輝を視界の端に捉え、一瞬、どう答えようかと迷ったが、次の瞬間には、「そもそも答える必要はない」と考え、さらりと無視することにした。
もっとも、そんな英字の態度を相手が許容するかは別問題である……
屑ヤミー(強化):英字が生み出す戦闘員。他のグリードが生み出す屑ヤミーよりも、遥かにパワーアップしてしている。(強さは大体、仮面ライダービルドのハードガーディアンくらい)
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