ありふれぬ欲望の魔王はやはり世界最強   作:エルドラス

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火山と海底遺跡と親子の別れ編
第八十一話 愛子と雫


光輝達が、宿場町ホルアドにて、再会によって受けた衝撃と別れによる複雑な心情を持て余していた夜から三週間程経った。

 

現在、光輝達は王都に戻って来ていた。理由は唯一つ。光輝達の致命的な欠点──"人を殺す"事について浅慮が過ぎるという点を克服する為だ。魔人族との戦争に参加するなら、"人殺し"の経験は必ず必要となる。克服できなければ、戦争に参加しても返り討ちに遭うだけなのだから。

 

尤も、考える時間はもうあまり残されていないと考えるのが妥当だ。ウルの町での出来事は既に光輝達の耳にも入っており、自分達が襲撃を受けた事からも、魔人族の動きが活発になっている事は明らかだ。それはつまり、開戦が近いという事。故に光輝達は出来るだけ早く、この問題を何かしらの形で乗り越えねばならなかった。

 

そんな光輝達はというと、現在、ひたすらメルド団長率いる騎士達と対人戦の訓練を行っていた。龍太郎や近藤達、永山達も、ある程度の覚悟はあったものの、実際、英字が女魔人族を殺す瞬間を見て、自分にも出来るのかと自問自答を繰り返していた。時間はないものの、無理に人殺しをさせて壊れてしまっては大事なので、メルド達騎士団も頭を悩ませている。

 

 

そんなある意味鬱屈した彼等に、その日ちょっとした朗報が飛び込んできた。

 

 

愛子達の帰還だ。普段なら光輝のカリスマにぐいぐい引っ張られていくクラスメイト達だったが、当の勇者に覇気がないので誰もがどこか沈みがちだった。

 

手痛い敗戦と直面した問題に折れてしまわないのは、雫や永山といった思慮深い者達のフォローと鈴のムードメイクのおかげだろうが、それでも心に巣食った深い靄を解決するのに信頼出来る身近な大人の存在は有難かった。誰もが、いつだって自分達の事に一生懸命になってくれる先生にとても会いたかったのだ。

 

愛子の帰還を聞いて、真っ先に行動したのは雫だ。雫は、色々相談したい事があると先に訓練を切り上げた。英字に対して何かと思うところのありそうなクラスメイト達より先に会って、愛子が予断と偏見を持たない様に客観的な情報の交換をしたかったのだ。

 

英字から譲り受けた漆黒の鞘に収まる、これまた漆黒の刀身に片刃造りの妖刀を腰のベルトに差して、王宮の廊下を颯爽と歩く雫。そんな彼女の姿に、何故か男よりも令嬢やメイドが頬を赤らめている。世界を超えても雫が抱える頭の痛い問題だ。自分より年上の女性に「お姉様ぁ」と呼ばれるのは本当に勘弁して欲しいのだ。

 

雫はウルの町で、英字が色々暴れた事を聞いていたので、愛子から英字についてどう思ったかも直接聞いてみたかった。愛子の印象次第では、今も考え込んでいる光輝の心の天秤が、あまり望ましくない方向に傾くかもしれないと思ったからだ。どこまでも苦労を背負い込む性分である。

 

「きっと、ウルでも無茶苦茶して来たのでしょうね……こんな刀をポイッとくれちゃうくらいだし……まったく、何が"ただ硬くてよく切れるだけ"よ。国宝級のアーティファクトじゃない」

 

そんな事を独り言ちながら、そっと腰の刀に手を這わせる雫。愛子の部屋を目指しながら、この刀のメンテナンスについて相談する為、国直営の鍛冶師達の下へ訪れた時の事を思い出す。

 

 

 

この刀、雫は単純に"黒刀"と呼んでいるが、黒刀をこの国の筆頭鍛冶師に見せた時の事。

 

最初は"神の使徒"の一人である雫を前に畏まっていた彼だったが、鑑定系の技能を使って黒刀を調べた途端、態度を豹変させて雫の肩を掴みかからんばかりの勢いで迫って来たのだ。そして、どこで手に入れたのか、誰の作品なのかと、今までの態度が嘘の様に怒涛の質問、いや、尋問をして来たのである。目を白黒させる雫が、何とか筆頭を落ち着かせ、何事かと尋ね返した。

 

そして、詳しく調べた結果、黒刀は魔力を流し込むことで、最大六十センチほど風の刃で刃先を伸長したり、刀身の両サイドに更に二本の風の刃を形成したり、更にはその刃を飛ばすことも出来るということが分かった。

 

また、鞘の方にも仕掛けがあり、同じく魔力を流し込むことで雷を纏わせることが出来たり、その状態で鯉口付近にある押し込み式のスイッチを押すことで鐺こじり(鞘の先端部分)から高威力の針を射出できたりすることもわかった。

 

刃の部分はアザンチウム製なのでまず欠けることもなく、メンテナンスも殆どいらないという。強いて言うなら、消費した針を補充するくらいだ。

 

ただ、問題があるとすれば、魔力を流し込むための魔法陣がないことである。これに関しては理由がある。この黒刀を製作したのはイラなのだが、英字曰く、あの再会した日の夜、イラは寝ずに徹夜して作ったらしいのだ。

 

だが、徹夜でかなり眠い中で作った為か、あろうことか、魔法陣を組み込み忘れてしまったのだ。

 

そして、これだけの機能を備えていて、『何故か魔力を直接』扱えでもしない限り、起動出来ないという不可解な黒刀に(鍛冶師達からはそう見える)、王国直属の鍛冶師達は闘志を燃やした。

 

これほどの機能性・精密性をもった武器は作れないが、使えるようにするくらいはしてみせる! と。要は、何とかして使用者の魔力を流し込めるようにしようというわけだ。結果、三日三晩一睡もせず、筆頭鍛冶師を中心に国直属の鍛冶師達が他の仕事を全てほっぽり出して総出で取り組んだ結果、何とか魔法陣を取り付けることに成功した。

 

これで、雫も詠唱を行うことで黒刀の能力を引き出すことができるようになった。その後、ほとんど全ての鍛冶師達が魔力を枯渇させて数日間寝込んだが、彼等の表情は実に晴れやかだったという。

 

因みにこれを後から聞いたイラは自身のミスにかなり落ち込んでいた。

 

職人魂の凄まじさを思い出して遠い目をしていると、目的地である愛子の部屋に到着した。ノックをするが、反応はない。国王達への報告をしに行っていると聞いていたので、まだ、戻ってきていないのだろうと、雫は、壁にもたれて愛子の帰りを待つことにした。

 

愛子が帰ってきたのは、それから三十分程してからだ。廊下の奥からトボトボと、何だかしょげかえった様子で、それでも必死に頭を巡らせているとわかる深刻な表情をしながら前も見ずに歩いてくる。

 

そして、そのまま自分の部屋の扉とその横に立っている雫にも気づかず通り過ぎようとした。雫は、一体何があったのだと訝しそうにしながら、愛子を呼び止めた。

 

「先生……先生!」

「ほえっ!?」

 

奇怪な声を上げてビクリと体を震わせた愛子は、キョロキョロと辺りを見回し漸く雫の存在に気がつく。そして雫の元気そうな姿にホッと安堵の吐息を漏らすと共に、嬉しそうに表情を綻ばせた。

 

「八重樫さん! お久しぶりですね。元気でしたか? 怪我はしていませんか? 他の皆も無事ですか?」

 

今の今まで沈んでいたというのに、口から飛び出るのは生徒への心配事ばかり。相変わらずの"愛ちゃん先生"の姿に、自然と雫の頬も綻び、同時に安心感が胸中を満たす。暫し二人は再会と互いの無事を喜び、その後情報交換と相談事の為愛子の部屋へと入っていった。

 

 

 

 

「そう、ですか……清水君が……」

 

雫と愛子、二人っきりの部屋で、可愛らしい猫脚テーブルを挟んで紅茶を飲みながら互いに何があったのか情報を交換する。そして、愛子からウルの町であった事の次第を聞き、雫が最初に発した言葉がそれだった。

 

室内にはやり切れなさが漂っている。愛子は悄然と肩を落としており、清水の事を気に病んでいるのは一目瞭然だった。雫は、愛子の性格や価値観を思えばどんな事情が絡んでいても気にするのは仕方ないと思い、掛けるべき言葉が見つからない。

 

しかし、このまま落ち込んでいても仕方ないので、努めて明るく愛子の無事を喜んだ。

 

「清水君の事は残念です……でも、それでも先生が生きていてくれて本当よかったです。七葉君には本当に感謝ですね」

 

愛子は微笑みかけてくる雫に、また生徒に気を使わせてしまったと反省し、同じく微笑みを返した。

 

「そうですね。再会した当初は、私達の事も、この世界の事も全部興味がないといった素振りだったのですが……八重樫さん達を助けに行ってくれたのですね。それに小さな子の保護まで……ふふ、頼もしい限りです」

 

そう言って遠い目をする愛子の頬は……何故か薄らと染まっている。雫は「一生徒を思い出すにしては、何だか妙な雰囲気じゃない?」と訝しみ、「ふふっ」と時折思い出し笑いをする愛子を注視した。

 

その視線に気がついた愛子が「コホンッ!」と咳払いをして居住まいを正す。しかし取り繕った感は消せなかったので、何となく感じる嫌な予感に頬を引き攣らせつつ、雫は少し踏み込んでみる事にした。まさか、いくらなんでもそれはないだろうと半ば自分に言い聞かせながら。

 

「……先生? さっき、危ない状態から助けられたと聞きましたけど、具体的にはどの様に?」

「えっ!?」

「いえ、死んでいたかもしれないと言われては、やはりどうやって助かったのか少し気になりまして……」

「そ、それはですね……」

 

雫は瀕死のメルドをごく短時間で治癒してしまった秘薬や、自分達の傷や損傷を全快させた英字の術の存在を思い出し、それではないかと当たりをつけていたが敢えて知らないフリをして聞いてみた。すると、先程よりも一層、頬を赤らめ始めた愛子。視線は泳ぎまくり、ゴニョゴニョと口ごもって中々話しだそうとしない。……実に怪しい。

 

雫は剣士らしく、一気に切り込んだ。

 

「……先生。七葉君と……何かありました?」

「あ、ありませんよ? な、何かって何ですか? 普通に、私と彼は教師と生徒ですのよ!」

「先生。落ち着いて下さい。口調がおかしくなってます」

「!?」

 

激しく動揺している愛子。必死に「私は教師、私は教師……」と呟いている。本人は心の中だけで呟いているつもりなのだろうがダダ漏れだ。雫は確信した、程度はまだ分からないが、愛子が英字に対して他の生徒とは異なる特別な感情を抱き始めている事に!

 

雫は恐る恐る自身の陰に潜んでいるイラに話しかける(テレパシー的なものなので愛子には聞こえない)

 

(……イラ君)

(……はい)

(貴方のご主人様はいつもいつも、あんな感じに女の子を口説きまくってるの?)

(いっ、いえ決して、と言うか、そんなことは絶対にありえません!)

(じゃあ何で愛ちゃん先生がこんなになっちゃってるのよ!)

(それはー、そのー、…私にもよくわかりません)

 

今回の件に関しては、イラの方が聞きたいくらいだった。

 

(七葉君! 貴方って人は! 愛ちゃんに何をしたのよ!)

 

最早誰が見てもわかるくらい頬を引き攣らせた雫は、心の中で絶叫する。もう英字もフラグ建築については光輝の事を言えないレベルだ。光輝と異なるのは、相手の好意に対して鈍感という訳ではなく、はっきり答えを出すところなのだろうが……愛子に関してはそれも微妙だろう。

 

思わぬところに、親友のライバルが潜んでいたことに、雫は引き攣る頬を手で隠しながら天を仰いだ。何だか、無性に英字の事が憎らしくなり、いっそイタイ二つ名でも広めてやろうかと危険な考えが過ぎったが……何とか思い止まる。

 

愛子と雫は、二人して咳払いを繰り返して気を取り直すと、先ほどのやり取りなど何もなかったように話を続けた。

 

「それで、先生。陛下への報告の場で何があったのですか? 随分と深刻そうでしたけど」

 

雫の質問に、愛子はハッとすると共に、苦虫を噛み潰したような表情で憤りと不信感をあらわにした。

 

「……正式に、七葉君が異端者認定を受けました」

「!? それは! ……どういうことですか? いえ、何となく予想は出来ますが……それは余りに浅慮な決定では?」

 

英字の力は強大だ。たった一人で六万以上の魔物の大群を殲滅した。英字の仲間も、通常では有り得ない程の力を有している。にも関わらず、聖教教会に非協力的で場合によっては敵対する事も厭わないというスタンス。王国や聖教教会が危険視するのも頷ける。

 

しかしだからといって、直ちに異端者認定するなど浅慮が過ぎるというものだ。

 

異端者認定とは、聖教教会の教えに背く異端者を神敵と定めるもので、この認定を受けるという事は何時でも誰にでも英字の討伐が法の下に許されるという事だ。場合によっては、神殿騎士や王国軍が動く事もある。

 

そして、異端者認定を理由に英字に襲いかかれば、それは同時に英字からも敵対者認定を受けるという事であり、あの容赦無く苛烈で理解不能な攻撃が振るわれるという事だ。その危険性が上層部に理解出来ない筈がない。にも関わらず、愛子の報告を聞いて、その場で認定を下したというのだ。雫が驚くのも無理はない。

 

雫が、そこまで察していることに、相変わらず頭の回転が早い子だと感心しながら愛子は頷く。

 

「全くその通りです。しかも、いくら教会に従わない大きな力とはいえ、結果的にウルの町を救っている上、私がいくら抗議をしてもまるで取り合ってもらえませんでした。七葉君は、こういう事態も予想して、ウルの町で唯でさえ高い〝豊穣の女神〟の名声を更に格上げしたのに、です。護衛隊の人に聞きましたが〝豊穣の女神〟の名と〝女神の剣〟の名は、既に、相当な広がりを見せているそうです。今、彼を異端者認定することは、自分達を救った〝豊穣の女神〟そのものを否定するに等しい行為です。私の抗議をそう簡単に無視することなど出来ないはずなのです。でも、彼等は、強硬に決定を下しました。明らかにおかしいです……今、思えば、イシュタルさん達はともかく、陛下達王国側の人達の様子が少しおかしかったような……」

「……それは、気になりますね。彼等が何を考えているのか……でも、取り敢えず考えないといけないのは、唯でさえ強い七葉君に〝誰を〟差し向けるつもりなのか? という点ではないでしょうか」

「……そうですね。おそらくは……」

「ええ。私達でしょう……まっぴらゴメンですよ? 私は、まだ死にたくありません。七葉君と敵対するとか……想像するのも嫌です」

 

雫がぶるりと体を震わせ、愛子と、雫の影に身を隠しているイラはその気持ちは分かると苦笑いする。

 

そして、国と教会側からいい様に言いくるめられて英字と敵対する前に、愛子は光輝達に英字から聞いた狂った神の話を話す決意をした。証拠は何もないので、光輝達が信じるかは分からない。なにせ今まで、魔人族との戦争に勝利すれば神が元の世界に戻してくれると信じて頑張ってきたのだ。

 

実はその神は愉快犯で、帰してくれる可能性は極めて低く、だから昔神に反逆した者達の住処を探して自力で帰る方法を探そう! 等といきなり言われても信じられるものではないだろう。

 

光輝達が話を聞いた後、戯言だと切って捨てて今まで通り戦うか、それとも信じて別の方針をとるか……それは愛子にも分からないが、とにかく教会を信じすぎない様に釘を刺す必要はある。愛子は今回の事で、それを確信した。

 

「八重樫さん。七葉君は、自分が話しても信じないどころか、天之河君辺りから反感を買うだろうと予想して、私にだけ話してくれたことがあります」

「話……ですか?」

「はい。教会が祀る神様の事と、七葉君達の旅の目的です。証拠は何もない話ですが……とても大事な話なので、今晩……いえ、夕方、全員が揃ったら先生からお話したいと思います」

「それは……いえ、分かりました。なんなら今から全員招集しますか?」

「いえ、あまり教会側には知られたくない話なので、自然に皆が集まるとき、夕食の席で話したいと思います。久しぶりに生徒達と水入らずで、といえば私達だけで話せるでしょう」

「なるほど……分かりました。では、夕食の時に」

 

その後、雫と愛子は雑談を交わし、程よい時間で分かれた。夕食の約束は守られないと知る由もなく……




『ありふれぬ欲望の魔王がやはり世界最強』を何時もご覧になっている皆様、エルドラスです。

今回、私エルドラスは……新しい作品を投稿いたしました。知っている方もいらっしゃると思いますが、どうか、一度ご覧になってみてください。

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