アリウス生徒の奮闘記   作:ハァン

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今回は短めです。
いわゆる『曇らせ』のタグをいい加減つけた方がいいのか悩む今日この頃。



幻想の巡礼者

 

 

「み、ミサキさん……どうすればいいのでしょうか……」

「……姉さんたちがいない以上、こっちで勝手にやるしかない」

 

 不安げに自身を見上げるヒヨリに、ミサキはため息を漏らす。

 これがサオリやレンゲなら気の利いた言葉の一つでも掛けられるだろうに、残念ながらミサキは自分に誰かを安心させられるような言葉が思い浮かぶほどの語彙力が無いと自覚している。

 

 「うわぁぁぁん!」といつものごとく泣き声を上げるヒヨリは一旦無視し、隣で同じく自身を見上げるアツコへと視線を向ける。仮面に隠された顔からは感情は読み取れない。

 

「姫もそれでいい?」

『大丈夫。今日はみーちゃんがリーダーだね』

「私には荷が重いけどね……後、みーちゃんって呼ばないで」

『でも可愛いよ』

「かわっ……!? そ、そういう問題じゃないから……」

 

 レンゲからは散々「みーちゃん可愛い!」と言われているのに、改めてアツコに言われるとこそばゆい。

 自身の顔が熱くなるのを務めて無視し、ミサキは再度大きくため息を吐いた。

 

 徐々に慣れてきた朝の訓練だが、いつも一番最初に来ているはずの姉の姿がなぜか見当たらない。直前までアツコと一緒にいたのを唐突に大人に呼び止められ、そのままどこかへと連れられてしまった。そのためアツコは珍しく一人で宿舎を後にする羽目になった。

 

 レンゲに関してはいつも一番最後に訓練場に来るものの、必ず訓練開始前には間に合っていた。それが定刻になっても姿を現さないのだから異常と言わざるを得ない。

 

 頼れる(レンゲは若干怪しいが)姉二人の失踪に、流石のミサキも不安を隠しきれない。

 

「とにかく、訓練を始めないと大人の方々に怒られますよね……でも、どうすればいいんでしょうか……」

 

 そんなのこっちが聞きたいとミサキは嘆きたかった。

 朝は近接戦闘の訓練がメインとなっているが、肝心の教官役の副隊長(レンゲ)は行方知らずで、この場にいるのは小動物にしか見えないお姫様となぜかレンゲ限定で猛獣になる図々しいスナイパー。

 

 あわあわとこちらを見つめるヒヨリと不思議そうに首を傾げているアツコを見て、ミサキは決意した。

 

「射撃でも練習しようか。少なくとも私たちが出来るのはこれぐらいだし。ヒヨリ、頼んだよ」

「わ、私ですかぁ!?」

 

 幸いにもヒヨリは天性の射撃スキルを持っているため教官役には困らない。

 

「うぅ……私なんかがお二人に何かを教えるなんて……もういっそ私が隊長になります……」

「自信があるのか無いのか……」

『頼もしい』

「頼もしいかな……?」

 

 時々アツコのセンスが分からなくなる。

 

 だが、なんだかんだやる気(?)を見せて銃を構えたヒヨリの背後から、小さな人影がこちらに向かってくるのが見えた。

 

 背中まで届く焦茶色の髪を揺らしながら走る少女は、この場にいる三人にとっては見慣れた顔。

 

『レンちゃんだ』

「ごめんごめん! えへへ、ちょっと寝坊しちゃって」

 

 ようやく姿を表したレンゲに心なしかアツコも嬉しそうにしている。やはり姉コンビのうち一人はいないと纏まりがないな、とミサキは改めて実感した。リーダーの役割は自分には似合わない。

 

「もしかしたらどこかに行ってしまったのかと……うわぁぁぁん!」

「ッ……! あ、あはは……そんな泣くほどじゃ無いでしょー? 私はどこにも行かないってば」

 

──この時、ミサキは小さな違和感を覚えた。

 

 いつも通り泣きながら自身に抱きつくヒヨリを受け止めた時、普段なら喜んで受け止めるはずのレンゲの顔が一瞬歪んだ気がした。しかしそれはほんの一瞬の事で、瞬きする間には既に普段の人懐っこい笑みを浮かべていた。

 

 果たしてこれは見間違いだったのか。

 

 だがそれ以外は彼女に特に変わった様子はなく、今もワシャワシャとヒヨリの頭を撫で回している。いつもと変わらない、ちょっと頭が残念なのになぜか頼れる姉だ。

 

「気のせい、かな。レンゲ、いい加減訓練を始めないとまた大人連中に殴られるよ」

「……そうだね。あれ、サオリは? てっきりもうとっくに来てるものだと思ったけど。もしかしてサッちゃんもついに寝坊助さんに?」

「いや、サオリ姉さんは大人たちと一緒にどこか行った。すぐ戻るとは言ってたけど」

「連れて行かれた? 一人で?」

 

 ミサキの言葉にレンゲの表情が険しくなる。どうやら副隊長のレンゲにすらサオリの行き先は伝えられていないらしい。

 

 レンゲの見慣れた人懐っこい笑みが一瞬にして能面のような無表情へと変わり、ミサキたちに緊張が走る。彼女が腰に下げているハンドガンの黒色の光沢が妖しく光り、今にも牙を剥きそうだった。

 

 だが、レンゲは一度大きく息を吸い、首を振った。

 

「……安心して、サオリならきっと大丈夫だよ。なんせ私たちのリーダーなんだから」

「……『安心して』って言ってるレンゲが一番安心してないみたいだけど」

 

 てっきり銃を片手にサオリを探しにアリウス自治区を暴れ回るのかと思ったミサキは、レンゲが矛を収めたのを見て思わず冷や汗を流した。以前なら確実にそれを実行していたはずだ。

 

 あの時のように怒りに我を忘れない辺り、この姉も成長しているのかもしれない。

 

「あはは……ごめんね、私すぐ顔に出ちゃうから。でも、きっと今後の予定とかについて大人連中に呼ばれただけだよ。すぐ戻ってくる。うん、絶対大丈夫……大丈夫だから……」

「…………」

 

 まるで自分に言い聞かせるように何度も呟くレンゲ。

 その様子を訝しげに見つめるミサキに気づく事もなく、彼女は再度大きく首を振り、元の笑顔を貼り付けた。

 

「さ、とりあえず射撃場に行こうか! ここに残ってても仕方が無いし、サオリもそのうち来るよ。いやー今日の教官役はヒヨリだから楽しみだなー! 宜しく頼むよ!」

「わっ、引っ張らないで下さい〜!?」

 

 そのままヒヨリを連れて射撃場へと向かうレンゲを見て、ミサキは眉を顰めた。

 

 やはり、明らかに様子がおかしい。

 

「レンゲの遅刻とサオリ姉さんが連れて行かれたのに何か関係があるのかも……姫はどう思う?」

 

 アツコにも意見を聞こうと振り向くと、アツコはまだレンゲの背中を見つめていた。表情が読み取れない仮面の奥から、見定めるように姉を見つめている。

 

「……姫?」

 

 もう一度声を掛けようとしたミサキへ、一枚のメモが差し出される。

 

 そこに書いてあった言葉を読んだ瞬間、ミサキは思わず息を呑んだ。

 

『レンちゃんの体にアザがあった』

 

 

 

 

 

 その日、サオリは朝の訓練に向かっていたところを呼び止められ、一人自治区の奥へと連れて行かれた。せめてアツコ達に一通り訓練内容を伝えようとする事すら聞き入れて貰えず、大人に連れられ奥へ奥へと進み続ける。

 

 そこかしこにガスマスクを装備した生徒たちが屯している。

 子供の自分とは違う、アリウスの正規の生徒だ。

 

 年上たちに囲まれて少なくない居心地の悪さを感じるも、肝心のアリウス生徒たちはまるでサオリの事を気にする様子が無い。それどころか存在すら認識されているか怪しい。

 

 ただ機械的にその日自分に振り分けられた役割を遂行するだけ。

 

 改めて見るアリウス生徒たちの実情に、サオリは一人冷や汗を流す。

 

──いつか私たちもこうなってしまうのだろうか。

 

「おい、遅れてるぞ。もっと早く歩け」

 

 前を歩く大人に急かされ、彼女は慌ててアリウス生徒たちから視線を外した。

 足に付けられた足枷を鳴らしながら、周りのアリウス生徒から逃げるように大人の背中を追う。

 

 やがてサオリの目の前に飛び込んできたのは、聳え立つ巨大な建造物。どこか教会のような見た目でありながら禍々しい空気を纏っていて、今にも自分を飲み込んでしまいそうな感覚が襲ってくる。他の建築物の例に漏れずこの建物も多くの部分が瓦礫と化しているが、それすらこの禍々しい雰囲気に拍車をかけていた。

 

 ここがアリウス分校の校舎。

 

 彼女たちの住む宿舎とは違う歴史ある建物に、サオリは既に圧倒されていた。

 

 そんなサオリなど眼中にない大人は迷うことなく扉を開け、サオリに中へ入るよう促す。内装も教会のように作られたこの校舎はかつて学舎としてはさぞ栄えていただろうに、今となっては武器の製造や物資の保管、生徒たちの宿舎程度にしか使われていない。

 

 『学校』なんて知らないサオリにとってはそれほど違和感は無いが。

 

 校舎へ入ってからもさらに深部へと連れられたサオリは、やがて一つの大きな扉の前までたどり着いた。荒れ果てた内装とは打って変わり真新しい木材で作られ塗装まで丁寧に施されている。

 

 本能的にサオリは「あぁ、()()がいる部屋だ」と理解した。

 

「マダム、例の子供です」

 

 二度のノックの後、扉越しに大人が伝える。

 そして答えを聞かぬまま、大人はサオリを残して一人歩き去ってしまった。

 

「え……?」

 

 まさか一人にされるとは思っていなかったサオリは思わず固まってしまう。

 

「……もしかして中に入れってこと?」

 

 この扉の反対側には間違いなくあの異形がいる。

 自分たち家族をこの世界に閉じ込めた、()()が。

 

「ッ……」

 

 意を決してサオリは大きく聳え立つ扉をゆっくりと開けた。

 

「待っていましたよ、錠前サオリ」

「マダム……」

 

 予想通り、部屋の中でサオリを出迎えたのは赤色の人外。

 広げられた扇子の奥からいくつもの瞳を覗かせながら、ベアトリーチェはサオリを見下ろしていた。

 その姿に思わずサオリは息を呑んだ。

 

「アリウス分校へ()()して既に1ヶ月。随分と大人しいようですね?」

「暴力で従わせておいてよく言う……! レンゲの噂を流したのも貴女でしょ……!」

「おや、新入生の素性の確認を怠らないのも生徒会長の役目ではなくて? あれほどの危険人物が入学してきたのなら教員に周知させるのは当然です」

「そのせいでレンゲがどれだけ大人たちから目の敵にされてると思って──」

「過去の行いは常にその人物に付き纏う。あの境遇も全て荻野レンゲ自身の『責任』ですよ。言うならば身から出た錆、あるいは自業自得とでも言いましょうか」

「ふざけないでッ! 私たちも……レンゲも……ただ必死に生きてただけだ!」

 

 キッと睨むサオリにも取り合う事なく、ベアトリーチェは肩をすくめた。

 

()()の貴女にはこの件に関する問答は無駄と見ました。本題へ入りましょう」

 

 広げていた扇子を畳み、全ての瞳がギョロリとサオリを睨みつける。

 

「アリウススクワッド。今でこそ『第八分隊』の形式を取っていますが、いずれはアリウス分校唯一の特殊部隊としての運用を計画しています」

「特殊部隊?」

「主に秘匿性の高い潜入任務や危険地帯への強襲任務。一般的なアリウスの生徒では遂行できない作戦をこなすのがスクワッドの役割です」

「つまり……その任務を完璧にこなせば、私たちは解放されるって事?」

「フフフ……ええ、その通りです。もっとも、貴女たち自身がアリウス分校を離れることを選べば、ですが」

「……何が言いたい?」

 

 揶揄うように口を三日月に歪めるベアトリーチェを、サオリは忌々しく睨み付けた。

 そもそも彼女たちがアリウス分校へ()()したのも、アツコを守るためだ。お役御免となれば彼女たちが残る理由など無い。それはベアトリーチェとて理解しているはずだ。

 

 なのに、目の前の異形は心底可笑しいと言わんばかりに嗤っている。

 

「貴女だって今も忘れられないのではなくて? 今までの苦しみが全てトリニティによってもたらされたものだと。貴女の中のトリニティに対する憎しみが消えたとは言わせません。私はそんな貴女たちに復讐の機会を与えられます」

「ッ……!」

 

 図星だった。

 ベアトリーチェに真実を伝えられたあの日から、サオリの中で渦巻く一つの感情が彼女の心を大きく蝕んでいた。

 

──今まで家族が味わってきた不幸は全て、トリニティに原因がある。

 

 顔も知らないトリニティを激しく憎悪してしまう自分がいる。

 だが、彼女はそのメラメラと燃え上がる憎しみの炎を必死に押さえつけていた。

 

「……トリニティなんて関係ない。全てが終わったら私たちは出て行く」

 

 一言だけ言い残し、サオリはベアトリーチェに背を向け部屋を後にした。これ以上ここに居ると彼女の中で何かが変わってしまいそうだった。

 

──復讐なんかより、私は家族を守りたい。

 

 相棒(レンゲ)と交わした約束がそんな彼女の心を繋ぎ止めてくれている。

 

 退出したサオリを見届け、ベアトリーチェもまた大きくため息を吐いた。

 

「まだ自らの運命を受け入れていないとは……やはり精神的支柱は荻野レンゲですか。全く……問題児が()()とは、厄介な」

 

 彼女が施している()()に真っ向から反発する生徒が、現時点では荻野レンゲを含め二人いた。どちらも彼女にとっては現状最も大きな悩みの種となっている。

 特に荻野レンゲに関してはサオリだけでなくあの『家族』全員に影響を与えている。

 

「早急に処分したいところですが……」

 

 だが、あの戦闘能力を手放すのが惜しい。

 低い耐久力を補うような高い身体能力に加え、こと『戦闘』に関しては多くの知識を一瞬にして吸収してしまうほどのセンス。

 

 荻野レンゲはアリウスの最高傑作になり得る。

 

「フフフ……これはどうやら『再教育』の必要がありそうですね」

 

 彼女の中で描いていた計画に修正を加える。

 思いの外あの家族の掌握するペースが遅いのなら、強硬手段に出る他ない。

 

 子供は黙って大人に搾取されるべき弱者。

 

 しかしそんな弱者の僅かな抵抗を踏み躙る時こそ、『大人』としての己を一番強く実感出来る。

 

「全ては崇高へ至るために……」

 

 そのためにも、危険分子は排除しなくてはならない。

 

 彼女の手に握られた端末に表示された二人の少女。

 人懐っこい笑みを浮かべた焦茶色の髪の少女と、感情が読み取れない無表情を浮かべた白髪の少女。

 

 どれほど抵抗を続けたところで、結局は大人に利用されるだけの子供に過ぎない。

 

 笑みを深めたベアトリーチェは、そのまま端末を停止させた。

 

 

 




ベア「お前、変わらんかったな」

3回ほど丸ごと書き直した今までで一番の難産。
GW中は投稿頻度を上げたいです。


主人公の名前どうする?

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