アリウス生徒の奮闘記   作:ハァン

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投稿が大変遅れてしまい申し訳ございません。

数年ぶりの重い風邪を喰らって死んでいましたが、ユウカの献身的な看病でなんとか復活しました。



お節介は受けるもの

 

 

 

 今日も今日とて訓練日和〜……とまでは行かず、相変わらず空はネズミのように薄暗い雲が覆っていた。

 ここ最近悪天候が続いていて、屋外訓練も何度か中止されている。その時は一日中暇になるのかというとそうでもなく、主に座学などを重点的に教わる。まぁ、座学とは言っても人体の急所とかサバイバル知識とか、色々と物騒な事しか学ばない。

 頭が悪い私でも分かるぐらい偏った内容の歴史の授業(主にトリニティの悪いところや私たちにしてきたこと等)もあるけど、私は話半分に聞き流してる。

 

「顔も知らない連中の事を恨めって言われてもねぇ……」

 

 トリニティに対して何か思うところは確かにある。

 でも、だからって直接見たこともない人たちの悪いことを沢山言われて「こいつらを恨め」って言われてもちょっと無理がある。まぁ、これは私の性格の問題だけど。

 だからって「真面目に聞け」って殴るのはやめて欲しい。

 

「もう十分殴られてるんだし……」

 

 初めて『反省部屋』に放り込まれてから、定期的に同じような()()を受けるようになった。頻度は週に一度か二度ぐらいで、ぶっちゃけ大人連中の気分次第。気絶するまでボコボコに殴られるのは嫌だけど、正直サオリたちに隠すのが一番大変だ。

 

 今も昨晩ボコボコにされてフラフラになった足取りでサオリたちの待つ訓練場へ向かっている。アズサにも一緒に行こうって誘ったけど誘う前にどこかに行ってしまった。

 一人は寂しい。

 

「ククク……随分とマダムから歓迎を受けているようですね」

「うん?」

 

 訓練場ってどこだっけ、と頭の中の地図を思い出していると、突然背後から声を掛けられた。サオリからは知らない人とは話しちゃダメって言われてるのになぁ……。

 やれやれと首を振りながら後ろを振り向くと、私は言葉を失った。

 

「貴女も興味深い神秘をお持ちで……一目見ようとお伺いさせて頂きましたが、なるほど……マダムの『計画』が貴女の神秘にどのような影響を及ぼすのか実に気になりますねぇ」

「ッ!?」

「おっと、これは失礼致しました。ですが私は貴女に危害を加えるつもりは一切ありません。ククク……」

 

 『黒い人』。

 その異形を説明するのにこの三文字でしか言い表せない。

 

 黒いマネキンに申し訳程度に目のようなものが描かれていて、上品な黒いスーツを着ている。口調も声色も丁寧なのに、その異形はこちらを見定めるような……()()()()()()()()()()()視線を送ってきていて全身に鳥肌が立った。

 

 何より、頭上に何も浮かんでいないところが、この異形がキヴォトスの存在ではない事を語っている。

 

 構えたハンドガンの銃口が震えている。

 

 間違いない、こいつはマダムと同類だ

 

「オマエ……マダムのお友達か何か?」

「ふむ……『お友達』という概念は我々には少々理解し難いものでして。『同志』とでも言った方が宜しいでしょうか。もっとも、マダム本人はそうは思っていないようですが──」

 

 異形の言葉を遮るように私の銃から一発の銃弾が放たれる。

 しかし、寸分の狂いもなく異形の頭を撃ち抜くはずだった銃弾は、まるで()()()()()に阻まれたかのように、異形の目の前で弾かれた。

 

 半ば予想していた光景に思わずした舌打ちをこぼしてしまう。

 

 マダム同様、こいつに銃は効きそうにない。

 

「仮にも『同志』なら仲良くしなきゃダメだよ? まぁ、マダムの性格じゃ他人と仲良く、なんて天地がひっくり返ってもできなさそうだけど」

「ククク……私に銃弾を打ち込みながら何事も無かったように話を続けるその胆力。やはり貴女の神秘も興味深い……質問に対する答えですが、誰もが貴女の『家族』のように他人同士で仲睦まじく過ごせる訳ではありません。時には思想や価値観がまるで相入れない人物と肩を並べなければならない事もあります。『大人』であればあるほど、それが顕著になる」

 

 まるで私の事を知っているかのような口振り。

 当然のように語るその異形に私はもはや驚きもしない。きっとマダムから聞いたのだろう。こんな辺境の自治区の小娘一人に興味を持つなんて、マダムといいこいつといい、何が目的なのかさっぱり分からない。

 

 それがあまりにも不気味すぎる。

 

「で、そのマダムの『同志』さんが私に何か用?」

「いえ、先程申しました通りキヴォトスでも()()な神秘を持つ貴女と直接お会いしてみたかっただけですよ。本来なら貴女も私の『計画』へ組み込みたかったのですが、マダムの『計画』に支障をきたすのは私も本意ではありません。それに……ククク、『暁のホルス』の方が私の計画に都合が良いようです」

「はえー、そうなんだ。なんだかよく分からないけど頑張ってね」

 

 黒い人は色々と話してくれているけど、私の頭が悪いからなのか子供には分かりにくい話だったのか、あまりよく分からなかった。そして黒い人本人も私があまり理解できていないのを知っているのか、特に気にする様子は無い。

 

 要するに、私に「こんにちは」って言いにわざわざアリウス自治区まで来たって事? 大人ってすごい。塵ほども歓迎したいとは思わないけれど。

 

「ふむ……どうやら我々に対してあまり良い感情は抱いていないようですね。ククク……その銃口から貴女の恐怖が手に取るように分かりますよ?」

「むしろ良い感情を抱くと思ってたの? 問答無用でその変な頭をぶち抜かなかった事を感謝して欲しいぐらいだよ。大人ってみんなオマエやマダムみたいな人なの?」

「いえ、我々に対する貴女の憎しみはご尤もでしょう。『大人』と『子供』は決して相入れぬものなのですから。支配者と隷属者では立場があまりにも違う」

 

 ナチュラルに子供(わたしたち)を奴隷みたいに思ってる時点で、こいつも丁寧なのは口調だけのようだ。そういうところまでマダムに似ている。

 

「ふむ。では最後に『大人』として、一つ貴女に助言を与えましょう」

 

 黒い人もこれ以上の言葉は無駄だと悟ったのか、肩を一度竦めると一本の指を立てた。

 

「『名』とは他者より与えられた記号に過ぎません。多くの場合は名に意味はありませんが、時として『名』は対象の生き様そのものとなり得る。まるで写真のように、そのものの特徴となる。貴女はご自身の名──蓮華(れんげ)の意味をご存知ですか?」

 

 黒い人の言葉に、私は思わず銃を下げた。

 

「……アツコから聞いた覚えがある。花の名前なんでしょ?」

 

──レンちゃんはとても綺麗なお花の名前なんだよ。

 

 アツコは花が大好きで、よく色んな花の話をしてくれる。

 だからそんなアツコが大好きな花と同じ名前だと知って、とても嬉しかったのを覚えている。

 

「ええ、その通りです。ですが花にはそれぞれ意味があるのはご存知ですか?」

「意味……?」

「誰が作ったのか、いつ頃作られたのか、正確な詳細は不明です。ですが、全ての花にはその名に込められた『言葉』があります」

 

 でも黒い人はそれ以上は語らず、こちらに背を向けて歩き始めた。

 

「ククク……自らの名に取り込まれないよう、どうかご注意を」

 

 そんな意味深な言葉を残して、黒い異形は文字通り姿を消した。

 まるで初めからそこに何もいなかったような静けさが、無人になったアリウスの街を延々と木霊している。白昼夢かと思いたくなったけれど、震えが止まらない全身があの異形が現実の存在だったという事を如実に語っている。

 

 マダムの関係者。

 本人すらあのザマというのに、その仲間は勝らずとも劣らず不気味で規則外だった。

 

「自分の名前の意味……」

 

 考えた事もなかった。

 でも黒い人は結局詳しくは教えてくれなかったから、自分で調べろという事だろう。親切なのかそうじゃないのか。

 

「できれば良い意味であって欲しいなぁ」

 

 なんとなくそんな事を漠然と考えながら、私は再び歩き始めた。

 ていうか、早く訓練場に行かないとマダムにまた怒られちゃう!

 

 気持ちを切り替えて、先程の黒い人のことは忘れよう。

 

 そもそも『教育』明けのボロボロな時でも訓練に遅刻するなって理不尽な話だ。ダメ押しも良いところでしょ。

 

「急げ! 急げ! いててて……」

 

 気持ち早めにダッシュしながら歩こうとするも、全身に走る激痛によりそういえば私は教育されたばかりなんだと思い出す。早く行きたいのに走れないというもどかしさ。今回ばかりは虐待お姉さんたちを恨むぞ。

 

 えいさほいさと未だ荒れ果てたアリウス自治区の街中を走る。

 マダムはアリウス自治区のために動いてるって言ってるくせにこういいところは直そうとしないんだから、本当に仕事してるのかも怪しい。これを口に出そうものならヘイローが壊れるまで集団リンチ刑に処されそうだけど。

 

 角を曲がり訓練場まで一直線となったその時、視界の隅に真っ白な何かが落ちているのが見えた。

 

「おっとっと」

 

 その存在があまりに見知った存在で、咄嗟に急ブレーキして、Uターン。

 

「アズサ、こんなところで寝てたら訓練に行けないよ?」

「うぐっ……うるさい……!」

 

 野生の綺麗な白髪と翼を持った女の子が生き倒れていた。

 なんとなく顔を覗き込んでみると、二つのアメシストの瞳に睨まれる。でも本人がとても可愛らしいせいであまり迫力はない。マダムに比べればこんなの仔猫に睨まれたようなものだ。

 

「綺麗な目だねー、まるで宝石みたい。私もよく目が宝石みたいって言われるから、お揃いだねっ!」

 

 琥珀(アンバー)紫水晶(アメシスト)でまるで違うけど。

 

 でもサオリは綺麗だってよく褒めてくれたし、私もなんだかんだ気に入ってる。何気にヘイローとも色がお揃いだ。

 

「わ、私に構わないで……」

「でもそんな状態じゃ立てないでしょ。ほら、肩貸してあげるから起きて」

「来るな……!」

「ほーら捕まえたー! さ、一緒に行こっか」

 

 彼女も私同様にマダムからの熱烈な挨拶を受けたのか、既に満身創痍といった様子だった。大方一足先に外へ出たものの気力が持たず、ここで行き倒れのような状態になっていたんだろう。まったく、こんな子供にも容赦ないなんて、マダムも酷いことするよ。

 

 地面を這いながら逃げようとするアズサの体を抱き上げ、彼女の腕を自分の肩に回す。支えてみて実感したけど、彼女は恐ろしく体重が軽い。こんな小さな体でアリウスの虐待紛いの訓練に耐えれているなんて信じられないぐらいだ。

 

 そんな彼女を抱き上げた時点で私の全身からも悲鳴が上がっているけれど、なんとか顔には出さず我慢できた。私も身体の貧相さは人の事を言えないからね。

 

「最近食堂でも見なくなったけど、ちゃんと食べてるの?」

「……お前には関係ない」

「そんな君に私からのプレゼント!」

 

 ちょうどポケットに入っていた昨日のご飯の残り物のエナジーバーをアズサに手渡した。これあまり美味しくないから好きじゃないんだよね。スラムにいた頃はそんな贅沢も言ってられないから食べてたけど。

 

 しかしアズサは特に苦手意識は無いのか、目を白黒させながらそのエナジーバーを見つめている。心なしか目が輝いて見える。

 でもなんとかご飯の誘惑に打ち勝ったのか、プイと顔を逸らした。

 

「ッ……いらない……」

「私のご飯が食えないっていうのかァ!」

「む、無理矢理食べさせようとするな! あ、待って──」

 

 めんどくさい事を言う口を塞いでやる。勿論エナジーバーで。

 

 ようやく観念したアズサはそのままムシャムシャと咀嚼し始めた。

 素直になれない子には強引に行かないといけない。

 

「……美味しい」

「あはは、ただのエナジーバーだってば。ほら、全部食べちゃって。どうせ碌にご飯も食べてなかったんでしょ?」

 

 もう一度エナジーバーをアズサの口元に持っていくと、アズサは一瞬それに視線を奪われかけるも、じっと私の方を見つめている。

 

「どうして私に構うんだ……ずっと邪険にしてたのに……」

「んー? なんでだろうね。なんというか、君が私に少し似てるからかな。それで放っておけないのかもね」

「自分の事なのに分からないのか?」

「むしろ自分の事だからこそ分からないんだと思う。自分で見る自分っていうのは、案外大きなバイアスが掛かってて本質が分からないかもしれない。他人に客観的に見てもらって初めて、『自分』っていうのが何者か理解できるんじゃないかな」

「…………」

「で、私から見た君はどこか見覚えのある雰囲気でね。だから鬱陶しいかもしれないけどお節介を焼かせて貰ってるよ」

「……随分とお人好しだな」

「世の中には見ず知らずの他人を心配してくれるようなお人好しが沢山いるんだよ。私然り、どっかの相棒(バカ)然り」

「そういうものなのか?」

「そういうものなの。だからまぁ、面倒だとは思うけど、たまには人のお節介を素直に受けてみるのも悪くないよ」

「……そういう考えもあるんだな」

 

 アズサは何も答えず、顔を背けてしまう。

 ただ、隣から聞こえたポリポリという咀嚼音が、なんとなく嬉しかった。

 

 やっぱりこの子は根は良い子なんだろう

 

「……レンゲは他のアリウスの生徒とは違うな」

「あはは、よく言われるよ。まぁ、結果が()()なんだけどね」

 

 痣だらけになった体を見せながら、思わず苦笑する。

 

「んー、自分では特に変わり者って自覚は無いんだけど。でも、他の人から見たら私ってやっぱり変なのかな? あの大人連中も私をボコボコにする時よく言ってくるし──」

「Vanitas vanitatum」

 

 それはアリウスの生徒なら誰もが知っている言葉。

 顔を顰めながらそれを口にするアズサは、どこかアツコと似ている。心底この言葉が嫌いという意味で。

 

「全ては虚しいのかもしれない。私たちの毎日も、結局意味なんて無いのかもしれない。その言葉に逆らえない自分がいるし、そんな自分が悔しいといつも思ってしまうんだ」

 

 肩越しに、アズサの綺麗な瞳が私を見据える。

 

「たとえ全てが虚しくても、なぜレンゲは前を向けるんだ?」

「たとえ全てが虚しくても、今日を頑張って生きない理由にはならない」

 

 そんなアズサを、私もまた真っ直ぐ見据えた。

 

「たとえ全てが虚しくて、この世界(アリウス)がどれだけクソッタレでも、私は抗うのをやめないしずっと戦い続ける。だって、この荒れた世界から出られるのは自分から行動した人だけなんだから」

 

 かつてアツコが教えてくれた言葉を、自分はただ実行しているだけだ。

 

「……そうか」

「アズサもきっと心の中ではそう思ってたんだね。だから大人連中ともずっと喧嘩してるんでしょ?」

「……レンゲにだけは言われたくない」

「なにおう、生意気な! 怪我人じゃなかったらくすぐりの刑にするところだけど……今日は許してあげる」

 

 私自身、アズサのことなんてまだ全然知らない。

 でも、そんな私でも送れる言葉があるとすれば──。

 

「今日まですっごく頑張ったんだね。凄いね、アズサは」

 

 家族がいた私とは違い、アズサはずっと一人でアリウスに抗い続けた。それがどれだけ辛くて寂しいことなのか、今の私には想像もつかない。

 

 だから、今の私に送れるのはこんな気休めにもならないバカみたいな言葉。

 

 なんとなく頭に浮かんだ言葉をそのまま伝えたんだけど、アズサはそのままぷいっと顔を逸らしてしまった。

 

 うぅ、やっぱり私の貧相な語彙力はアズサからしたらバカバカしいのかな……。

 

「……ありがとう」

「え?」

 

 すぐ隣から聞こえた言葉に、私は思わず聞き返してしまう。

 しかし、アズサは顔を逸らしたままで、これ以上は何も教えてくれない。多分、聞いても無駄なんだろう。

 

 微かに震えるアズサの肩に気づかないふりをしながら、私たち二人は並んで歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

「──ふぅ」

 

 息を吐き、狙いを定める。

 視野が一気に狭まり周囲の音も消え、意識の全てを目の前の的へ振り絞る。人体を模したそれの狙うべき場所は……頭、心臓、ヘイロー等──急所と呼ばれる命を奪うための場所。

 

「ッ!」

 

 トリガーに掛けた指を引く。

 まだ幼い身体には少し大きいアリウス制式採用のアサルトライフルから放たれた弾丸は吸い込まれるように的へ命中すると、さらに続け様にトリガーを何度も引く。マガジン一本を撃ち切ってようやく、彼女は銃を下ろした。

 

「そこまでッ!」

 

 監視していた教官からも射撃中止を伝えられ、少女──アツコはその場から一歩下がった。

 

 アツコを置いて的を確認しに行った教官は、その惨状に息を呑む。

 

 全ての弾痕が頭と心臓の部分に集中していた。

 

 まるで引き寄せられたようにそれ以外の部位には汚れ一つと見つけられず、三十発分の弾丸を全て人間にとって最大の急所となる部位へ叩き込んでいた。一切の非の打ち所がない、理想的と呼べる結果。

 

「ちッ……隊のところへ戻れ」

 

 コクリと頷き背を向ける仮面の少女に、教官役の大人は不機嫌さを隠そうともせず舌打ちをする。

 

 新設されたという第八分隊。

 

 マダムからの特例で独自に訓練を行う事を許されたその部隊は、教官の不在に反してメンバー全員が高い能力を発揮していた。

 

 抜き打ちで行った今回の射撃試験などそれが顕著に表れている。

 

 先程のアツコ以外にテストを行ったのは部隊員のミサキとヒヨリ。

 その二人もアツコと大差無い結果を叩き出している。

 

「私たちは必要ないって言いたいのか?」

 

 だがそれは彼女たち教官役の大人からすれば、『生意気』と見えてしまう。しかし結果を残している以上、介入できる余地は無い。

 

 非常に面白くない。

 

 そんな苛立ちを胸に、その教官は次の部隊を呼び出そうと歩みを進めた。

 

──一方、そんな件の第八分隊(スクワッド)のアツコも、試験を難なく突破したというのに、仮面の裏に隠された表情は優れない。

 

 同じ隊の家族も、そんな彼女の様子に直ぐに気づいた。

 

「お帰りなさい、姫ちゃん。試験は……も、もしかしてダメだったんですか!? うぅ……きっと辛いですよね、苦しいですよね……で、でも! 何があっても姫ちゃんは私たちが守りますから──」

『試験は大丈夫だった』

 

 先走っていつものネガティブ思考を発揮するヒヨリを見て、アツコは慌ててメモを見せた。途端に「良かった……」と深いため息を吐くヒヨリに、彼女は思わず苦笑を浮かべる。スクワッドには心配性が多い。

 

「私たちと一緒にサオリ姉さんに教えられてるんだから、姫なら心配いらないでしょ」

「で、でも、もしかしたら今日は体調が優れなかったり、たまたま教官が意地悪な方かもしれないじゃないですか! そしてそのまま理不尽な減点をされて、公園の蟻みたいにめちゃくちゃにされるんです……うわぁぁぁん!」

 

 なんだかよく分からないが泣き始めたヒヨリを、アツコはヨシヨシと撫でる。こういう時はとりあえず撫でればいいと他の家族から学んでいた。ミサキはそんな二人を見て呆れたように肩を竦めている。

 

『レンちゃんはまだ?』

 

 いつの間にかふにゃっと柔らかい表情を浮かべているヒヨリを撫でるのもそこそこに、アツコはメモをサオリへ渡した。

 

 メモを受け取ったサオリもまた、大きくため息を吐いた。

 

「知らない。昨日の夜から見てないよ。きっとまたどっか行ったんでしょ……一人で」

 

 最近レンゲの単独行動が増えている。

 

 それは彼女たちスクワッドにとって最近の悩みの種だった。

 

 朝に部屋を覗きに行っても既におらず、かと言って訓練場には一番最後に来ている。理由を聞いても「散歩」や「冒険」のような言葉で誤魔化され、そのまま一日の訓練をこなす。夜、一緒にご飯を食べたらみんなでシャワーを浴びるのが彼女たちスクワッドにとって唯一の楽しみだというのに、そのシャワーすらも彼女たちとは別で済ませている。ご飯だって一緒に食べない日も珍しくない。

 スラム時代はあれほど食い意地の張っていたあのレンゲが。

 

 明らかに何かを隠している。

 

 そしてそれは十中八九、以前アツコが見つけたという身体のアザが関係しているはずだ。

 

「どうせまた私たちの知らないところで傷ついて、知らんぷりして私たちに隠してるんでしょ……」

 

 サオリの口から出たとは思えない棘のある言葉に、アツコは思わず面食らってしまった。あれほど家族想いの長女が苛立ちを隠そうともせず、もう一人の長女に対する不満を露わにしている。

 

 帽子から覗く目の下には相変わらず、色濃くクマが残っている。

 

「落ち着いて、姉さん。今日こそあのバカに問いただすんでしょ?」

 

 微妙な空気になりつつあるこの場をミサキが宥める。

 すかさずアツコもメモを書き、サオリの前に掲げた。

 

『大丈夫。レンちゃんにもきっと事情があるんだよ』

「……うん」

 

 それでもサオリの中での不満は大きいのか、渋々といった様子で頷いた。

 

「うぉぉぉい! みんなお待たせー!」

「耳元で叫ぶな!」

 

 噂をすれば、と言わんばかりに遠くから聞き慣れた声が訓練場に木霊する。

 

 ようやくターゲットお出ましだ、とサオリは指をポキポキと鳴らした。特に殴ったりするつもりは無いが、なんとなく雰囲気でそうした。

 

 片手を振りながらこちらへ歩みを進めるレンゲと、そんなレンゲの肩を借りている一人の白髪の少女。サオリはそれが食堂で見た例の少女だと直ぐに気がつき、思わず首を傾げた。接点は無いはずのこの二人がなぜ一緒にいる?

 

「いやー遅れてごめんね。道端で行き倒れの猫ちゃんを拾っちゃってさ」

「それは私の事なのか?」

 

 関係性は……一目では判断できない程度。レンゲは相変わらず馴れ馴れしくしているが、白髪の少女の方にはまだ壁を感じる。傷だらけの身体のせいで仕方なくレンゲの力を借りているという様子だった。

 

「この子はアズサっていって、口はちょっと悪いけど根はとても良い子なの。まぁ、ミサキっぽい子だよ」

 

「おい」「ちょっと」

 

 レンゲの言葉にアズサとミサキ双方から抗議の視線を送る。

 だがそんな視線もどこか吹く風で無視し、レンゲはサオリに向けて笑みを浮かべた。屈託のないいつも通りの人懐っこい笑みに、サオリは先程まで自分の中で沸々と湧き上がっていた毒気が抜けるのが分かった。

 

 やはりこの相棒には敵わない。

 

「ねぇサオリ、しばらくこの子の──」

「お前たち! 今までどこで何をしていた!」

 

 だが、レンゲの言葉は突如飛来した怒声により一瞬にして掻き消されてしまった。

 

 あまりにいつも通りの様子だったためサオリすら忘れていたが、レンゲたちは『遅刻』してきたのだ。

 

 そんな()()を、アリウスが見逃すはずがない。

 

「ぐッ……!」

 

 レンゲたちの姿を発見するや否や、先程まで射撃試験を監視していた教官が大股で二人に近づくと、すかさず無防備になっていたレンゲの身体を蹴り飛ばした。呻き声を上げ、アズサごと崩れ落ちるレンゲ。

 

「うぅ……いってぇ……」

「れ、レンゲ……?」

 

 普段のレンゲなら軽口の一つでも零しながらすぐ立ち上がっていたのに、今は表情を歪ませて倒れたまま動かない。大量の脂汗を流し、歯を食いしばって痛みに耐えている。

 

 そんな姿に、サオリは思わず目を見開いた。

 

──こんなに弱ってたなんて……!

 

 だが、それで止まってくれるほど、アリウスの大人は生優しくなかった。

 

「……ふざけないで。誰のせいで遅れたと──」

「お前ッ!」

「待って!」

 

 大人がもう一度拳を振り上げようとした瞬間、サオリは既に走り始めていた。

 

 両手を広げ、レンゲとアズサを守るように二人と大人の間に立つ。

 

「ヘイローを壊す気なの!? これ以上やるとこの二人が死ぬよ!」

「黙れ! 歯向かうならお前も同じ目に遭わせるぞ、第八分隊長!」

「兵士を減らすのはアリウスも不本意のはずでしょ!」

 

 なおも矛先を収めようとしない大人に必死に食い下がる。このままでは本当に二人のヘイローを破壊しかねない勢いだった。

 

「うぅ……もうやめてください……このままじゃ本当にレンゲ姉さんが……」

 

 背後から聞こえるヒヨリの啜り泣く声。

 その声を聞き、サオリはより一層気持ちを高めた。ここで自分が折れるわけには行かない。

 

「──私が指導する」

「なに?」

「ミサキもヒヨリもアツコも、私が指導した。みんな成績が良いし、問題行動も起こしてないでしょ? だからその子……アズサも私が指導すれば、これ以上問題行動を起こすことは無くなるはず。レンゲに関しても、私たち四人が徹底的にストッパーになる。それでいいでしょ?」

「…………」

 

 サオリとアリウスの幹部。両者睨み合ったまま動かず、緊迫した空気が場を包み込む。

 

「……良いだろう。ただし、次問題行動を起こしてみろ。この部隊全員分の罰をお前自身に受けさせると思え」

「望むところだ」

 

 だがそんな硬直状態も一瞬、アリウスの大人は踵を返して立ち去った。

 

 緊張が解け、サオリは大きく息を吐いた。

 これでしばらくは幹部たちも大人しくなるはずだ。

 

「レンゲ、しっかりして。ほら、今指何本立ててるか分かる?」

「うぅ……みそスープ……」

「うん、大丈夫そう」

『あなたも大丈夫?』

「メモ……? これぐらいなんともない」

 

 背後ではミサキがレンゲを、アツコがアズサを介抱していた。

 レンゲは少し言動が怪しかったが、ミサキが大丈夫と言うのならきっと問題ないのだろう。

 

 アズサからの視線を感じ、サオリは苦笑を浮かべた。この警戒心も初めてミサキと出会った時のような、どこか懐かしいものだった。

 

「私は錠前サオリ。この第八分隊の隊長をやってる。レンゲとは……顔見知りみたいだね」

「本当に顔見知りなだけだ。むしろ助けて貰える理由が理解できない」

「目の前で誰かが殺されるのを見たくないだけだよ」

「……人殺しを作ろうとしてるアリウスの人間の言葉とは思えないな」

「そこで転がってる相棒(バカ)の影響だよ。でもおかげで、私たちはまだ人殺しじゃなくてただの人で居られる」

 

 地面に座り込んだままのアズサに、サオリは手を差し伸ばした。

 

第八分隊(スクワッド)へようこそ」

 

 成り行きとはいえ同じ部隊所属となったのだ。

 サオリなりの歓迎の意味として、彼女はアズサの手を握った。

 

 そのまま素直に引っ張り上げられたアズサはジッとサオリを見つめると、観念したように首を振った。サオリもまた、レンゲと同じ人種なのだと理解したのだ。

 

「あいつの言う通り、お人好しというのは案外いるものなんだな」

 

 呆れたようにスクワッドを見回すアズサ。

 

 

 

 だがその表情は、どこか困ったような苦笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 




アズサが原作より早めにスクワッド加入。

なおこのイベントのせいでレンゲのアザ追及イベントは有耶無耶になった……と思いきや、次回やります。

主人公の名前どうする?

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