アリウス生徒の奮闘記   作:ハァン

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過去最長になりました。
ついでに今回を最後にしばらく日常(?)回はお留守に。


スクワッドの日常

 

 

 

「サオリ、この作戦に関して少し聞きたい事がある。この状況に陥った場合、どう行動するのが正解なんだ?」

「見せてみて。あぁ、この作戦ね。こういう時は──」

 

 アズサが第八分隊に加入してから既に……何日経ったんだっけ。最近曜日の感覚が薄れてきて困っている。とにかく、それなりの時間は経っているはずだ。

 

 急遽部隊を移したアズサは私たちともそれなりに仲良くやってる……とは言い難い。やはり家族と比べるとアズサは壁を感じるし、決して私たちにも心を開こうとしない。『家族』ではなく、ひたすら『部隊員』としての関係を徹底させている。それが少し寂しく感じるけど、無理矢理家族にするのは流石に良くない。

 

 ただ、一つ不満があるとすれば──。

 

「なんで私よりサオリの方に懐いてるの……!」

「懐くって……あれは少し違うと思うけど」

 

 隣でミサキが呆れたように首を振ってる。

 

 そう、何を隠そうアズサは私を差し置いてサオリにばかり話しかけている。やれ「このポジションの敵を奇襲するにはどうすればいい?」とか「この期間だけ籠城する場合に必要な物資について」など小難しいことを延々と話している。サオリも長年スラムで培った知識を広めるのを悪く思っていないのか、結構ノリノリでアズサに教えている。

 

 非常に面白くない。

 

 そもそもアズサと最初に知り合ったのは私なのに! なんでサオリの方が仲良くなってるのさ!

 

「ね、ねぇアズサ! 私も色々と知ってるよ──」

「レンゲ、今はサオリと大事な話をしてるんだ。後にしてくれ」

「んなぁ……」

 

 絡みに行っても今みたいに冷たくあしらわれてしまう。

 やっぱりこの世は虚しい……ばにたすばにたーたむ。

 

「うぇぇぇぇぇみーちゃん慰めてぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 隣のミサキに思わず抱きつく。

 もう私に残されたのはみーちゃんだけだ。

 

「みーちゃんは私の味方だよね……みーちゃんしか勝たん……」

「チッ……」

「ほら、今もチューしてくれた!」

「今のは舌打ちだと思いますが……」

 

 ヒヨリから告げられる残酷な現実を受け入れられない。サオリを寝取られた今、もう私に残されたのは家族だけだ。

 

『大丈夫だよレンちゃん。サッちゃんは新しいお友達ができて喜んでるだけだよ。やっぱりサッちゃんにとってレンちゃんが一番だから』

 

 しかし、そんな哀れな私にも救いの女神はいる。

 

 アツコはクスクスと笑いながらも、私の頭を撫でながらメモを見せてくれた。姫からの優しい言葉にボロボロに破壊されていた私の脳も修復されていく。

 

 妹からの優しすぎる言葉に、私は思わずがっちりとアツコに抱きつく。未だ鬱陶しそうにしながら私から逃げようとしていたミサキごと。

 

「うわぁぁぁん! やっぱり姫ちゃんだけは私の味方だぁぁあぁああ!」

「耳元でヒヨリみたいな泣き声出さないで……! ヒヨリも見てないで助けて──」

「サオリ姉さんとレンゲ姉さんが喧嘩してしまったら、私たちはどうなってしまうのでしょうか……うわぁぁぁん!」

「お前もか」

 

 最近ミサキのツッコミが辛辣になってきてる気がする。

 理由はまるで心当たりが無いから、きっと反抗期なんだろう。

 

「はぁ……これだけ騒いでたら訓練にならないでしょ……みんな、休憩はもう終わり。移動するよ」

 

 ギャーギャーと騒ぐ私たちを見て深いため息を吐いたサオリは、アズサとの会話を一旦区切ると荷物をまとめ始めた。私たちもそんなサオリを合図にじゃれ合いは一旦やめ、それぞれ武器や物資を背負い歩き始める。

 

 そもそもこれだけ騒いでなぜ大人にぶん殴られないのか。

 理由は、今私たちがサバイバル訓練を行なっているからだ。

 

 それぞれ部隊ごとに分けられ、限られた物資だけ持たされて荒れ果てたアリウス自治区に放り出される。両手足に付けられた枷によって居場所は特定されているものの、大人たちの監視から解放される数少ない訓練だ。

 

 「生き延びろ」以外に指令らしきものは出されていないこのサバイバル訓練は本来なら食料の確保などでかなり過酷な訓練のはずだけど、そこはスラム出身者がほとんどの第八分隊。探索や食料の確保はお手のものだ。だからそんな私たちにとって、このサバイバル訓練は()()()()()貴重な時間でもある。

 

「これから○○地区に向かう。あそこは元々内戦の激戦区で不発弾がたくさん残されてるから、きっと物資もかなり残されてるはず。今回のサバイバル訓練はそこで凌ぐよ」

「はーい。ただ、地雷踏まないように気をつけてね。あれ踏むと結構痛いから」

「うぅ……昔間違えて踏んでしまった時の事を思い出します……あの時は姉さんたちにもご迷惑をおかけしました……」

「ヒヨリが初めて大怪我したからね。サオリ姉さんもレンゲもあんなに慌ててたのは珍しかった」

 

 かつての懐かしい記憶に、私も思わず苦笑してしまう。

 今となっては失敗すら良い思い出に感じる。

 

「サオリたちはスラム出身なのか?」

 

 アズサが首を傾げながら聞いてくる。

 

「アツコ以外は全員スラム出身だよ。みんな一人ぼっちだったところをちょっとずつ増やしていってね。今は全員家族になっちゃった」

「そうだよー家族はいいぞ〜! だからそんなアズサも私たちの家族になろう!」

「……考えておく」

 

 絶対に考えてなさそうな無表情で答えるアズサ。

 これは手厳しい。

 

 世間話もそこそこに、私たちは一列に並んで行進を再開した。先頭は地雷探知用に私が、その後ろですぐ指示が出せるようサオリが控えている。あとはアズサ、ミサキ、アツコ、ヒヨリの順。先頭は家族を守っている感じがして好きだ。いざとなれば私が矢面に立てるし。

 

 徐々に会話も減り、ピリピリとした緊張感が場を支配する。

 

 静かなアリウスの街並みに響くのは、私たちの足音だけ。

 

「──前方二時の方角から不審な音を確認。おそらく足音で、数は6、距離は80メートル程度。このままだとあの交差点で鉢合わせになるよ」

「了解。各位その場で待機」

 

 でも、この静けさのおかげで僅かな音も把握する事ができる。

 

 私たちの足音に混じって響く別の方角からの不審な音を即座に伝えると、サオリはすぐさま停止を指示した。

 

「敵は私たちにまだ気づいていない。ここは奇襲を仕掛けるよ」

 

 そう、これは()()()()()訓練だ。当然他の部隊の子供も参加している。そして、他の部隊と遭遇した場合は戦闘する事が義務付けられている。いわば子供同士で行う擬似的なゲリラ戦だ。

 

 幸か不幸か、今回も私たちは別の部隊と遭遇してしまったらしい。

 

「ヒヨリはあの建物の中から敵部隊を狙撃。攻撃開始のタイミングは任せる。ヒヨリの狙撃と同時に私たちも行動を開始する」

「りょ、了解です……」

「大丈夫。ヒヨリならやれる。今までもそうだったでしょ?」

 

 不安げに頷くヒヨリの頭をサオリが撫で、ヒヨリも覚悟を決めたのかそのまま一人でサオリが指差した建物の中へと入って行った。彼女も決める時はきっちり決める子だから、心配は無い。銃だって昔のような劣悪品ではなく、ちゃんとしたアリウス製のライフルを支給されてる。

 

「レンゲとアズサは左から、ヒヨリが撃つまでその場で待機して。ミサキとアツコは私と一緒。あのことについても相談したいし

「了解。さ、景気良く行こうね、相棒」

 

 私もサオリからの指示に頷くと、サオリに向けて拳を突き出した。

 

 いつもと変わらないルーティン。

 なのにサオリはしばらく私の事をジッと見つめると、ゆっくりと拳を合わせてくれた。普段は凛とした表情に今は緊張が目立つ。

 

「……無茶はしないでね」

「のーぷろぶれむ。安心して」

 

 いつまで経ってもサオリは心配性なんだから。

 少しは私を信用してくれてもいいと思うんだ。

 

 そのままアズサを連れて、私たちは道路の反対側へと渡った。

 建物の影に隠れながら気配を殺し、いつでも発砲できるようにアサルトライフルのセーフティも外してある。

 

 サオリに指示されたポジションに到達すると、そのまま息を殺して待つ。ヒヨリが撃つまで姿を隠しておかないといけない。まるで木の中で寝てるナマケモノのように、気配を消さなければ……。

 

「……足音が近づいてくる。距離は50メートルってところかな。そろそろ姿が見えるかもね」

「よく分かるな。私には何も聞こえない」

「耳が良いからね。私のレンゲレーダーの射程距離は1キロもあるよ!」

「い、1キロもあるのか……私もまだまだという事か」

「……っていうのは流石に冗談だけど、大抵の相手なら姿が見える前に音で居場所が分かる程度かな」

 

 最近は聞こえる範囲がなぜか低下してるけど。

 

「つまり、レンゲさえいればこうしたゲリラ戦は圧倒的に有利に立ち回れる訳か。凄いな」

 

 まぁ、銃と身一つで放り出されるこのゲリラ戦想定のサバイバル訓練で、私たちだけレーダーを持ってるようなものだからね。他の部隊からしたら溜まったものじゃない。

 

 あれ? もしかして私って結構凄い?

 

「私がただのお喋りネタキャラお姉さんだと思ったら大間違いだよ! どう、見直した?」

「ああ。ただ、私には真似できない」

 

 苦笑しながら言うアズサは、少し落胆気味に肩を落とした。

 こればっかりは技術云々以前に、生まれ持った感覚の問題だからコツとかを教える事もできない。私のレンゲレーダーは一子相伝だ。

 

「まぁ、サオリから他にも色んな事を教わってるんだから、私なんかよりもサオリに頼った方がいいよ。最近仲良いみたいだしぃ〜?」

「……? 最近サオリとはよく話すが、それはゲリラ戦や戦闘技術についてだ。特別仲が良いとは思っていない。それにサオリはいつもレンゲの話ばかり──」

「シッ! 声を落として。そろそろ接敵するよ」

 

 なぜか若干ジト目でこちらを睨んでくるアズサを無視して、私たちは姿勢を低くし息を殺した。あっという間に静寂が支配する空っぽな街並みから、複数の足音がこちらに近づいてくる。

 足音のパターンかた人数は先程と同じ6人。ちょうど部隊一つ分の足音だから伏兵の可能性もない。

 

 やるなら今だ。

 

「ッ!」

 

 一発の銃声が響くと同時に、私たちは一斉に隠れていた場所から顔を出した。

 既に最初のヒヨリの一撃で倒されているのか、私たちと同じ黒いパーカーを着た子供がヘイローを消した状態で地面に横たわっていた。残りの五人は突如倒れた仲間に動揺は見せているものの、それぞれが近くの物陰に伏せている。スナイパーに襲われた時の教本通りの動きだ。

 

 目の前に私たちがいなければ話だけど。

 

「エンゲージ!」

 

 遠くから響くサオリの号令に、私とアズサも一斉にアサルトライフルのトリガーを引き絞る。単発のセミオートではなく、一斉掃射のフルオートで銃弾の嵐を叩き込む。

 

 残りの五人はセオリー通り高所に構えた狙撃手(ヒヨリ)から身を隠そうと地面に伏せた。しかし、そんな状態はすぐ近くに地上で待ち構えていた私たちにとっては格好の餌食だ。無防備になったその背中に遠慮なく無数の銃弾をプレゼントする。

 

 一瞬にして全員のヘイローが消え、五人の子供は動かなくなる。

 

「射撃中止! 敵の沈黙を確認」

 

 再び響くサオリの指示に全員が銃を下げた。

 敵は指一つ動く気配が無いし、何よりヘイローが消えている。これ以上にないほど完璧な奇襲だ。

 

「流石サオリ、鮮やかなアンブッシュだったよ! ね、アズサ?」

「ああ。いつも教わっている事を実際に目の当たりにして、参考になった」

 

 勤勉なアズサらしい褒め方だ。

 でもサオリも満更じゃないのか、少し頬を赤く染めてそっぽを向いた。

 カッコいい姿から一変、あまりに可愛い姿に私も自然と頬が緩む。

 

「……私はただ、レンゲが見つけた敵を狩ってるだけだよ」

『サッちゃん可愛い。みーちゃんもそう思う?』

「そ、そこで私に振らないで! あと、みーちゃんじゃないから」

 

 アツコからのまさかのキラーパスに珍しく顔を赤くして慌てるミサキ。なんだ、ここには可愛い奴しかいないのか?

 

「み、皆さん無事で良かったです! あれ、どうしたんですか?」

 

 そこへやってくる何も知らないヒヨリさん。

 不思議そうに首を傾げているのがこれまた愛らしい。どこぞの浮気者じゃなくてやっぱり我が妹たちが一番だ。

 

「なんでも無いよーヒヨリー!」

「わふっ。えへへ、くすぐったいですよレンゲ姉さん」

「私も巻き込むな」

 

 隣に立ってるアズサごとヒヨリに抱きつき、頭をワシャワシャと撫でる。さっきも見た気がするジト目をアズサはこちらに向けてくるけど、近くにいた君が悪い。

 

 こういう時こそアレよ!

 

「はい、笑ってー!」

 

 愛用のカメラを取り出して、レンズを自分たちに向ける。唐突に取り出したカメラにアズサは困惑しているものの、隣のヒヨリは苦笑いのまま控えめにピースサインを作ってくれた。そのままパシャリと一枚。ヒヨリの雑誌でも書いてあった、いわゆる『自撮り』って奴だ。

 

「うーん、良い写真だ」

「いや、私はなんとも言えない表情のままだけど……」

「こういうのはありのままの姿が良いんだよアズサ。これが分からないんじゃアズサもまだまだだねぇ」

「…………」

「ちょいちょいちょ! 拳をパキパキするのやめてー。照れ隠しがサオリに似てきてるよ」

 

 サオリも恥ずかしくなるとすぐ手が出るんだから。

 呆れたように首を振ってるよ、突然ヌッと背後から両手が伸びてきて、私の頬を摘んだ。

 

 あっ、これは……。

 

「へぇ、誰に似てるって?」

「いひゃひゃひゃひゃ!? ひょういうとこらよサッちゃん!」

 

 でもこのじゃれあいもなんだか久しぶりな気がする。

 大人連中のあの理不尽な折檻じゃなくて、こういうのでいいんだよこういうので。

 

『お餅みたいだね』

「成る程、こういう制圧方法もあるのか。だが対象の両腕が自由なのが気になるな」

『レンちゃん限定の制圧だよ。サッちゃんの得意技で、スクワッドのみんなもできるよ』

「そうなのか。アツコ、後で私にも教えて欲しい」

 

 いや、冷静に分析してないでそろそろ助けて欲しい。このままじゃほっぺちぎれるって。

 

 結局私は愛するべき妹たちからの生暖かい視線を受けたまま、サオリが満足するまでお仕置きを受け続けた。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、やっと帰ってこれた。こんなクソったれな場所でも住めば我が家って感じがするね」

「……私は寝るためだけに帰ってるから、あまり実感が無いな」

 

 既に日が暮れ、夜の帷がおりたアリウス自治区。

 丸一日を要したサバイバル訓練を終えたレンゲとアズサは二人で宿舎への帰路を進んでいた。先程までシャワーを浴びていたせいか、火照った体に当たる冷たい風が心地良い。普段は鬱陶しいはずのアリウス特有の冷たい風に感謝し、レンゲは上機嫌に鼻歌を歌いながら宿舎の扉を開けた。

 

 今回の訓練で彼女たち第八分隊の成績は上々。3部隊を倒した上で被害らしい被害もなく(強いて言うならサオリからの折檻ぐらいか)、ゲリラ戦をほぼ理想的に戦い抜いたと言える。

 忌々しげに自分達を見つめる他の部隊や大人たちの視線も無視し、レンゲたち第八分隊は堂々と帰還した。

 

「みんなと一緒にシャワー浴びれなかったのは少し残念だけど……」

「いつまで隠すつもりなんだ? こんな姑息な方法だといつか必ずバレるよ」

「いや、まだまだ大丈夫でしょ。サオリたちも今日は全然怪しんでなかったしね。後は大人連中が飽きるまで我慢すれば何も問題は無い。それに、サオリたちと洗いっこできなくてもアズサと一緒にできるからね!」

「……レンゲが勝手に押しかけてきただけだろ」

「一人で寂しく済ませようとしてもそうは行かない。へっへっへ、私から逃げられると思うなよ」

「その言葉、そっくりそのまま自分にも当て嵌まるぞ」

 

 最近は一人寂しくシャワーを済ませている自分を棚上げにするレンゲに、アズサは呆れたように首を振った。

 多少強引なレンゲのアプローチも、今となってはそこまで苦ではない。「そういうもの」だと受け入れられる程度には彼女も慣れきってしまった。

 

 だが、レンゲがいつまでも大人たちからの()()を他のスクワッドのメンバーに隠し通せるとは思えない。むしろアズサの見解では、既に8割程度はバレている。

 

──あれほど血走った目でレンゲを見つめてたからな。

 

 ふと思い出す他のスクワッドの面々の表情。

 特にサオリに関しては「怪しんでいる」というレベルを通り越した表情でレンゲを見つけていた。敵の気配には敏感でもスクワッドの仲間からの視線にはまるで気がつく様子がないレンゲもレンゲだが。

 

 歪だ、とアズサが感じた。

 

 アツコを除くスクワッド一人一人が互いに依存し合っている状況。それが特に顕著なのがレンゲの存在だった。

 バカで抜けたところだらけなレンゲだが、歪な共依存で構成されているスクワッドを上手くまとめ上げている。本人にそんな自覚はまるで無さそうだが。

 

 逆に言えば、(レンゲ)が崩れた瞬間、このスクワッドは一気に決壊するかもしれない。

 

 この『家族』に決して心を許さず取り入ろうとしないアズサだからこそ分かる。今のスクワッドの状態は危うすぎる。

 

「レンゲはスクワッドの中での自分の責任を自覚するべきだ」

「自覚してるつもりなんだけどなぁ……だって私は一応副隊長なんだから!」

「そういう意味ではないんだが……」

 

 不思議そうにコテンと首を傾げるレンゲを他所に、アズサは自室の扉に手を掛けた。彼女からレンゲに伝えてもきっと無駄だろう。

 

「あれ、そこ私の部屋なんだけど」

「いや、私の部屋でもあるだろ」

「……もしかしてずっと謎だった私のルームメイトってアズサ?」

「気づいてなかったのか……」

 

 今更のように目を見開くレンゲ。

 

 だが確かに部屋の中で会話した記憶はアズサの中では無かった。

 自主練や反省部屋で夜遅く帰ると既にレンゲは間抜けな表情を浮かべて寝ていたし、朝起きて自主練に行く時もレンゲは寝たまま。最近では反省部屋で一緒に一夜を明かす事も増えたため、部屋に戻る回数も少ない。

 

「言われてみれば気づく要素は無かったな……」

「水臭いじゃんアズサ! それならそうと言ってくれればいいのに」

 

 腰に手を当てて頬を膨らませるレンゲに、流石にアズサも申し訳ない気持ちになる。

 

「……すまない」

「いーや許さないね! 罰としてアズサには今夜私の抱き枕に──」

「レンちゃん」

 

 なんだか恐ろしい事を言い出そうとするレンゲの声を、突然何者かが遮った。夜空に消えてしまいそうなほど小さなそれは、しかし確実に自分達へ……否、レンゲへ向けられていた。

 

「レンちゃん」

「むむ……この独特な心地よさで脳がとろけそうになるウィスパーボイスは……」

 

 二人は声がする方向──自分達の部屋の直ぐ隣の部屋の入り口へ視線を向けた。

 

「ひっ……!」

「あ、姫ちゃん!」

 

 思わず小さく悲鳴をあげるアズサを他所に、レンゲは笑みを浮かべた。

 

 半開きになった隣の部屋から、見慣れた紫色の髪の少女が顔を半分覗かせていた。普段は付けている仮面も外し、赤色の瞳が妖しく輝いている。

 

 普段は独特な感性を持つ心優しい少女なのに、なぜかアズサはなんとも言えない寒気を感じた。

 

「声出してるなんて珍しいじゃん。どうしたの?」

「レンちゃん、サッちゃんが呼んでるよ」

「え、サオリが? こんな夜中にどうしたんだろ」

 

 おいでおいでと手招きするアツコに何の疑いも抱かず、レンゲは身体の震えが止まらないアズサを置いて隣の部屋へと向かう。

 

 いや、待て。明らかにアツコの様子がおかしいだろ。あの目は捕食者の目をしてる。

 

 そうレンゲに伝えようとするも、アズサは口をパクパクとさせる事が精一杯だった。恐怖で固まっているアズサのことなど露知らず、レンゲは満面の笑みでアツコへと歩み寄った。

 思い出したように振り返ると、笑顔のままアズサに手を振る。

 

「ごめんアズサ、先に寝といていいよ。罰ゲームはまた明日だからね!」

 

 そんな言葉を最期に、レンゲはアツコと共に隣の部屋へと消えた。

 

 場を支配する静寂。

 呆然と立ち尽くすアズサ。

 

「……寝よう」

 

 とりあえず見なかった事にして、アズサも自室へと戻り頭から布団を被った。

 

 

 隣の部屋からどったんばったんと悲鳴が木霊したのは、言うまでもない。

 

 

 

 

「来たよサオリ。こんな夜中にどうしたの?」

「待ってたよレンゲ。姫、二人きりで話したいからミサキたちの部屋に行っててくれる?」

「うん、分かった。サッちゃん、頑張って」

 

 アツコに言われるがままに私はサオリとアツコの部屋に来た。

 呼び出した張本人のサオリは窓から夜空を眺めていて、表情が分からない。ていうか、頑張れってなんだ?

 

 そのままアツコが部屋を出て行くと、この場には私とサオリだけになった。

 

「……サオリ? どうしたの?」

 

 でも、サオリはこちらに背を向けたままそれっきり一言も喋らない。

 開いた窓から肌寒い風が吹き、サオリの長い髪を揺らしている。こういう沈黙は苦手だからなんとか言って欲しい。

 

「サオリ?」

 

 沈黙に耐えきれなくなった私は、思わずサオリに歩み寄って肩を叩いた。

 

「ひぇ……」

 

 ゆっくりと振り返ったサオリの表情を見て、私は思わず後退りしてしまう。

 

 笑ってた。ただ目がまったく笑ってない。それどころかこちらを覗き込む目にはハイライトさんが留守だった。

 

 これはまさか……ブチギレモードのサオリ!?

 

「ちょいちょい待てって。そんな怒ってどうしたのさ? 別に前回みたいにサオリのチョコを勝手に食べたりしてないでしょ?」

 

 あの時もブチギレモードになったサオリは私(とついでに共犯者のヒヨリ)を地獄の果てまで追いかけてきて粛清した。あれは完全に私が悪かったけど、今回に関しては本当に心当たりがない。

 

 一歩、また一歩と後退する私と、そんな私を追いかけるように一歩ずつ近づくサオリ。ちなみにまだサオリは一言も喋ってない。

 

「うぇ!? か、壁?」

 

 しかしこんな狭い部屋でスペースなんてあるはずもなく、あっという間に私は壁際まで追い詰められてしまった。目と鼻の先まできたサオリの薄暗くなった両目が真っ直ぐ私を見つめる。

 

 そのままサオリはドン!と両手で私の顔の横の壁を叩いた。

 

「ぴっ」

 

 思わず情けない声を出してしまう私。

 

 こ、これは……ヒヨリの雑誌に載ってた壁ドンってやつ!?

 

「ど、どうしたのさ? ほ、ほら、そんな怖い顔してちゃビビってはにゃしもできやしない」

 

 怖すぎて声が震えてるのにこの状況にちょっとワクワクしてる自分がいる。いや、私は人を振り回すタイプだからこんなの何ともないのに──。

 

「脱げ」

「ふぇ!?」

 

 ようやく口を開いたサオリから発せられた一言に私は思わず声を上げた。

 

 ちょちょちょ待って欲しい。え? もしかしてそういうこと? もしかして私襲われようとしてる? ヒヨリの雑誌に載ってた大人のえっちなこととかされちゃうの? いやいやいや私たちまだ年齢が二桁になったばかりなんだからまずいでしょ。まずいですよ! 相手がサオリなら私も満更じゃないというか全然オッケーというか一番嬉しいけどもっと雰囲気とかシチュエーションとかあるだろうが。しかも壁薄いから隣の部屋の妹たちに聞こえちゃうかもしれないけどサオリってそういうこと気にしなさそうだよね。あ、でもこうやって半ば無理矢理なシチュエーションもちょっと良いかも。私もいよいよサオリと一緒に大人になる時が来たんだばっちこいサッちゃん自分がリードすると思ったら大間違いだよ私は反撃もするからね──。

 

「あざ」

「……へ?」

 

 しかし、一人脳内で興奮する私とは裏腹に、サオリから続け様に放たれた言葉に私は一気に青ざめてしまう。

 

「あざ、出来てるでしょ? 見せて」

 

 な、なぜバレた……身体に付けられたあざは全部服で隠してたし、痛がる素振りも極力見せなかったはず。ならなぜ……?

 

「どうして?って顔してるね。鏡で見てないの? 髪に隠れて見えにくかったけど、()()()()()()()()()()()()()()()

「あっ……」

 

 失敗した……!

 身体に付けられたあざには注意してたけど、首の方は髪に隠れて見えなかった。何度もあの教育を受けてるはずなのに、一度も気づかないなんて……。

 

「あ、もしかしてあの時私の頬をぐいーってやってたのも……?」

「うん、あざが無いか確認してた。本当は姫が先に見つけたんだけどね」

 

 まさかの姫ちゃんが策士だった。

 

「で、レンゲ。どういう事か説明してくれる?」

「あわわわ……」

 

 半ば確信めいた問いかけに、私は返す言葉は見つからない。

 観念した意味も込めて、私は両手を挙げた。

 

「降参、全部話すよ」

 

 もう誤魔化す意味も無いし、私は包み隠さず全てを話した。

 ここ最近ずっと大人連中から教育という名の暴力を受けていること、私がスラム時代にやらかした事に対する報復であること、そして連中がマダムの命令で動いてる事。

 話してる間も壁ドンされたままだし、目の前にドス黒いサオリの両目があるから怖いったらありゃしない。

 

「……成る程、わかった。それがマダムのやり方なんだね。なんで黙ってたの?」

「そ、それは……サオリたちに迷惑掛けたくなくて……それに告げ口すればサオリたちにも同じことするって言われて……」

 

 正直に言うと何度も助けを求めようと思った。

 でもサオリたちが理不尽な暴力で蹂躙されるのを想像しただけで足がすくんでしまった。家族が自分のせいで苦しむと考えるだけで自分の喉を掻き切ってヘイローを破壊したくなる。

 結局、私は家族が傷つくのを根本的に恐れているんだ。

 

 口をつぐみ俯いていると、ふわりと優しい匂いが花を抜けて全身を心地よい暖かさが包み込んだ。サオリが私の背中に手を回して抱き寄せてくれたおかげで、サオリのサラサラした髪が頬を擽る。

 

「大丈夫だよ、レンゲ。一人で傷つく必要は無いし、私たちも一緒にいる。一緒に傷ついてあげる。だから、自分で抱え込もうとしないでね? そのための『家族』なんだから」

「……そうだね」

 

 やっぱりサオリには敵わないなぁ……。

 

「これからはもっと私たちと一緒にいること。私たちが一緒にいれば大人連中も手を出しにくくなるでしょ?」

「うん……」

「あと、何かあればすぐ私たちに言って。自分一人で我慢しようとしないで」

「うん……」

「ついでに傷が治るまでこの部屋から出さないから。大人たちには感染症にでもなったって上手く納得させるから、ずっとここにいる事。言っておくけど、逃すつもりは無いよ」

「うん……うん?」

 

 ちょっと待って、最後変なのが混ざってた気がするんだけど。

 もしかしてそっちパターン?

 

「あの、サオリ? 別にそんな事しなくても私は全然普通に動けるから──」

「ダメ。どうせまた無理して傷ついて、傷の治りが遅くなるんだから。ただでさえ最近のレンゲは傷の治りが遅いのに」

「いやいや、そんなの偶々だって。アズサも待ってるんだし、もうそろそろ帰るね──いや、力つよ!? ちょ、離せコラ!」

 

 抱きしめたままのサオリの腕を外そうにも、ガッチリ私を抱きかかえていて全く外れる気配がない。しかも、絶妙な力加減のおかげでなぜか痛くもないのが逆に怖い。

 

「姫、ミサキ、ヒヨリ、ミッション達成。これよりフェーズ2に移行する」

「お疲れ様、サッちゃん」

「やっとレンゲが白状したんだね……姉さん、準備は万端だよ」

「えへへ、ちゃんと完治するまでお世話するので安心して下さい」

 

 いつからスタンバってたのか、サオリの合図で続々と入ってくる妹たち。てか、ヒヨリの表情も最初のサオリに負けず劣らず怖いんだけど。

 

 ジタバタと暴れる私を他所に、まるでゾンビのように私に群がってくるアツコたち。

 

「ちょっと待って! 離せコラ! やめろ何すんだお前ら!」

「ほら、暴れないでレンゲ」

「なんだかお泊まり会みたいでワクワクする。久しぶりにみんなで一緒に寝られるね、サッちゃん」

 

 普段は優しいはずのアツコが今では悪魔に見えてしまう。ていうか、一番ノリノリだ。こういう時はストッパーになってくれるミサキですらちょっと楽しそうにしている。

 この場に私の味方はいない。

 

「だ、誰か……アズサ、助け──」

「大丈夫ですよレンゲ姉さん。先程アズサさんにもお話ししたところ、それは良いと喜んでくれましたよ? きっとアズサさんも心配だったんですね」

 

 天使はいなかった。

 

「みぎゃああああああ!!!」

 

 

 結局サオリの許しを得るまで、私は出して貰えなかった。

 

 でも昔みたいにみんなと一緒に過ごせてちょっと嬉しかったのは、自分だけの秘密だ。

 

 

 

 




この後めちゃくちゃ(ry
どんな『お世話』をされたのかはいつか番外編にでも書きます。

・レンゲ
何がとは言いませんが受けタイプ。最近サオリのお仕置きがクセになってきた。

・サオリ
だが奴は弾けた。傷が増えるばかりのレンゲについに怒りが爆発。

・アズサ
あくまで部外者としてスクワッドと接しているつもり。


主人公の名前どうする?

  • 変更なし
  • 改名するべき
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