アリウス生徒の奮闘記   作:ハァン

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いつの間にか今回も1万文字を超えてしまった。
個人的な理想は7000文字前後なんですが、キリの良いところまで進めようとするとなかなか上手く行きませんね…


トリニティ偵察任務(1)

──その日は唐突に訪れた。

 

 訓練したり、勉強したり、演習したり。

 変わり映えのない毎日は退屈な時もあったし、アリウスに来てからは苦しい時の方が多い。大人からの理不尽な扱いを我慢して必死に耐えて、来るべき出動の日に備え続けた。

 

 そんな毎日も家族と一緒なら乗り越えられる。

 いつか皆でアリウスを抜け出して、外の世界を肌で感じようと夢を見ながら、目の前の困難に立ち向かい続けた。全てはサオリの夢を叶えるために。

 でも変わらぬ毎日を過ごしていくうちに、いつしかそれは新たな日常と化していた。

 

 今思えば、アリウスでの日々に()()()()()()()のが間違いだったのかもしれない。

 

 私がマダムから呼び出されたのは、そんな変わり映えしない一日だった。

 

 

 

 

 

 

「入学の時以来でしょうか。見違えましたよ、荻野レンゲ」

「そういうマダムも元気そうで良かったよ」

「眉を顰めながら言う言葉ではないでしょうに。何を考えているか手に取るように分かりますよ?」

「おっと、ごめんごめん。ほら、私って顔に出やすいから。それに昔の私ならマダムからのお誘いなんて無視してるんだから、少しは成長を喜んで欲しい」

 

 アリウス自治区の奥地に聳え立つアリウス分校の校舎。

 その一室でレンゲはマダム──ベアトリーチェと対峙していた。

 

 アリウスへ入学して数年。少しは態度が軟化していると期待していたベアトリーチェの前に現れたのは、初対面時と変わらず敵意を隠そうともせずこちらを睨みつける二つの琥珀色の瞳。しかしその視線から感じる殺気はあの時のレンゲと比べても、より鋭く洗練されている。

 

 その僅かな変化に人知れず扇子の奥で口元を歪めながら、ベアトリーチェは目を細めた。

 

「あ、そういえばずっと言いたかったんだけど、()()()()()をしてくれてありがとね。私もアズサも熱いおもてなしを十二分に味わえてとても満足したよ」

「一体何のことなのか分かりかねますね。私はあくまで生徒たちに()()()()()の存在を教えたまでですよ? そこからどのように対応するかは生徒たち次第です」

「自主性の尊重ってやつ? 責任を取りたくない『大人』が使う常套句だね。反吐が出る」

「責任を自覚しない『子供』の相手をするのはこちらも苦労します」

 

 一触即発。

 二人の間で交わされる言葉の応酬を一言で表すなら、まさにその言葉通りだった。

 

 普段の人懐っこい笑みも隠し、アリウスの最高権力たるマダムを前にして敵意を見せつけるレンゲ。そんなレンゲを見下すように笑みを浮かべながら見つめるベアトリーチェ。二人の間に『友好』の二文字が塵ほども存在しないのは明白だ。

 

 肩をすくめたレンゲはこれ以上は無駄だと言わんばかりに首を振る。

 

「お互い悪口を言い合っても日が暮れるだけだよ。で、わざわざ私をこんなところまで呼び出した理由は? 早くミサキの成長記録を更新しないといけないんだけど」

「ふむ、貴女との問答を続けるのも悪くはないと思っていましたが」

「私にとっては時間の無駄だから。君と話すぐらいならその辺の石ころと雑談する方がマシだ」

「フフフ……貴女がそこまで言うのなら、私も本題に入らなくてはなりませんね」

 

 ベアトリーチェは広げていた扇子を畳むと、その先をレンゲへと向けた。

 

「荻野レンゲ。貴女に()()()()を命じます」

「偵察任務?」

 

 予想外の言葉に首を傾げるレンゲに、ベアトリーチェは続けた。

 

「アリウスの目的はただ一つ──トリニティへの復讐。しかしそのためにはまず敵の戦力をある程度把握する必要があります。それが今回の偵察任務です」

「……私一人で?」

「今のアリウスに貴女以上の適任はいません」

「サオリたちはどうするのさ。わざわざ同じ部隊で教育しておいて使うのは私一人なの?」

「偵察任務は少人数で行うのがセオリーです。それに、『スクワッド』を動かすにはまだ準備が足りない」

「で、使い捨てにもできる私を向かわせるのが一番だと?」

「使い捨てなどとんでもない。入学時に錠前サオリと(わたくし)が交わした()()を忘れたのですか?」

 

 無論、レンゲとて忘れてなどいない。

 アリウス入学時に条件としてサオリが突きつけた、『全ての役目を終えれば彼女たちスクワッドは解放される』という約束。この日までベアトリーチェはその約束を破ることなく、スクワッドに衣食住を与え今日まで生かし続けた。

 

 思わず舌打ちを漏らすレンゲ。

 事実、その点のみに限れば、彼女もベアトリーチェに感謝していた。

 

「貴女がこの任務を断れば、それは我々が交わした()()へ真っ向から違反する事になります。そうなれば一番苦しむのは貴女の家族ではなくて?」

 

 口元を歪め、嘲笑うように目を細めるベアトリーチェにレンゲは言葉に詰まった。

 明確な脅し。しかし言っている事は彼女が正しい。スクワッド全員がベアトリーチェと契約を交わしている以上、彼女に従う他ない。

 

 目の前の大人を睨みつけながら、レンゲはゆっくりと首を縦に振った。

 

「……私がいない間、家族には絶対手を出すな」

「フフフ……ええ、約束しましょう。この私、崇高の探求者ベアトリーチェの名に誓い、スクワッドへ一切手出ししません」

 

 ベアトリーチェの言葉に一先ずは納得できたレンゲは、深いため息を吐いた。仮にもここまで約束を守り続けたベアトリーチェだ、少なくとも自分の留守中にスクワッドが謂れのない扱いを受ける心配は無い。

 

「いいよ。トリニティでもゲヘナでも、どこへでも行ってあげるよ」

「むしろ喜ぶべき事ではないですか? 貴女たちが夢見た()()()()()()へ送ろうというのに──」

黙れッ!

 

 遮るようにレンゲはハンドガンを抜き、銃口をベアトリーチェへ向けた。血管が浮き上がるほど強く握られたグリップが軋む音が響き渡り、今にも銃弾を吐き出そうと震えている。息を荒げて目の前の大人を睨みつけながらも、引き金を引こうとする自分の右手を僅かに残った理性で押さえつけている。

 

「お前がサオリの夢を語るなッ……!」

「これは失言でしたね。謝罪しましょう」

 

 まるで悪びれる様子もなく告げるベアトリーチェに、レンゲは渋々銃を下ろし、腰のホルスターへと戻した。これ以上この大人と話していると自分の精神が保たない。

 

 踵を返し、入口のドアへと手を掛けた。

 

 

「期待していますよ? 荻野レンゲ」

「……君のためじゃないよ、マダム」

 

 

 

 吐き捨てるように言い残し、レンゲは彼女の部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

「──というわけで、私だけ仕事を任されちゃった」

 

 あの怪物のような大人の部屋から出て私が一直線に向かったのは、愛する家族たちが待つ訓練場。かつてアリウスがまだトリニティから迫害される前に使っていた校舎の跡地を再利用した、なかなか趣のある遺跡だ。

 

 トリニティへの単独任務を告げられたと家族へ報告すると、当然のように反応は宜しくない。ミサキやアズサは神妙な表情を浮かべ、アツコは心配そうにこちらを見つめ、ヒヨリはあからさまに視線を泳がせている。

 

 しかし誰よりも動揺を見せたのは、やはりと言うべきかサオリだった。

 

「ど、どうしてレンゲだけなの……? 私たちはずっとスクワッドとして訓練してきたのに……」

 

 今にも泣き出しそうな表情で詰め寄ってくるサオリは普段の凛々しくてカッコいい姿とは正反対。最近ようやく目の下のクマが取れたというのに、こんなに悲しい表情をされると私も行きたく無くなってしまう。

 

「マダムに聞いてみれば? どうせ『まだ戦う顔をしてない』とかよく分からない理由で誤魔化されると思うけど」

「そ、それでも! レンゲ一人じゃ危険すぎるよ!」

 

 そんなサオリを落ち着かせようと、私はサオリの頭に手を置いた。いつの間にか抜かされてるぐらい身長も大きくなったのに、心配性なのは治る気配が無い。そういうところも含めて大好きなんだけどね。

 

「大丈夫だって! トリニティなんて所詮キヴォトスのお嬢様学校に過ぎないんだよ? 私たちが毎日戦闘訓練に明け暮れてる間、向こうは紅茶キメながらお菓子食べてるような連中なんだから。『正義実現委員会』とか『シスターフッド』とかもどうせお飾りだし! トリニティにヤバい奴なんて絶対いるわけないよ!」

「あわわわ……レンゲ姉さんが全力でフラグ構築してます……み、ミサキさん! どうにかならないんですか!?」

「ならない。今の私たちにできるのはサオリ姉さんを少しでも安心させる事ぐらいだよ。見て、姉さんのあの表情。あのままじゃレンゲを拉致監禁してでも引き止めようとするよ」

 

 そ、それは流石にやめて欲しいかな……。

 初めて痣の事がバレた時に完治するまで監禁されたけど、あれ軽くトラウマになってるんだからね? てか、君らも割とノリノリだったでしょ。

 

「大丈夫だヒヨリ。あれでもサオリは私たちの隊長なんだ。きっとレンゲの言葉も信じて送り出してくれるに違いない。私たちはレンゲがいない間も訓練を積んで、次の任務の手助けになれるようにすればいい」

「アズサちゃん……」

 

 そんなヒヨリを励ますようにアズサが声を掛ける。アズサもうちの部隊に入ってからヒヨリの扱い方に慣れてきているようで、手慣れた様子でヒヨリの頭を撫でている。肝心のアズサは……心配しているようには見えないけど、どちらかと言うと『悔しい』という表情を浮かべている。勤勉なアズサだから、自分が任務に呼ばれていないのを気にしているのかもしれない。

 

 でも、ある意味これは私にとっても好都合だ。

 アリウスの外がどうなっているか、家族を危険に晒す事なく自分の目で確かめられるし、これからの敵がどういう存在なのかも見れる。

 

 それに……外の世界を見れることに気分が高揚していないと言えば嘘になる。

 

「あ! せっかくだしみんなで写真撮ろうよ! もしかしたら外の世界なら現像も出来たりするかもしれないし!」

「観光しに行く訳じゃないんでしょ? そんな暇があるの?」

「甘いねみーちゃん。時間が無ければ無理矢理作るのがプロだよ」

「なんのプロなの……あと、みーちゃんじゃないから」

 

 なんとかサオリの気分を落ち着かせようと、全員に集まるよう手招きする。なんだかんだ全員集合してる写真って撮った事ないからね。

 

「折角だし姫ちゃんも仮面外しちゃいなよ。姫ちゃんの可愛い顔がないと寂しいから!」

『怒られちゃう』

「へーきへーき! どうせ誰も見てないよ。ほら、没収ー」

 

 てこてこ歩いてきたアツコの顔から仮面を外すと、ほんのり頬を赤く染めながら彼女ははにかんだ表情を浮かべた。

 うん、仮面が無い方が百倍可愛い。

 

「ほら、アズサも何してるの。早くこっち来て」

「……いや、私はあくまでスクワッドの一員だ。サオリたちの家族写真に入る訳には──」

「私、アズサにも一緒に写って欲しいな。サッちゃんもきっと喜ぶ」

「なっ、アツコ!?」

 

 一歩離れた位置で私たちを見守っていたアズサを、アツコが腕を掴んで引っ張り込む。アツコも仮面を取って吹っ切れたらしく、そのままぎゅっとアズサの腕を抱きしめた。逃がさないという強い意志を感じる。

 

「よーし、これで全員揃ったね」

「あれ、でもレンゲ姉さんが撮ってしまうとレンゲ姉さんが写りませんよ? レンゲ姉さん無しの家族写真は……寂しいです……」

「えへへ、安心してヒヨリ。なんとこのカメラ、実はタイマー機能が付いてるのについ最近気づいたの! 設定すればグレネードみたいに一定の時間が経過してから撮影できるみたい」

「わぁ……凄いです!」

「何年も使っといて最近気づいたの……」

 

 素晴らしいと目を輝かせるヒヨリとは対照的に、隣のミサキはジト目をこちらに向けてくる。

 気づかなくて悪かったね。でもマニュアルとか何も無いから許してくれ。

 

 全員の準備が完了したのを確認すると、私はカメラのタイマー機能を設定し、近くの瓦礫の上に置いた。そのまま慌ててサオリたちの元へ戻り、カメラに向かってピースサインを作る。

 

「はい、3、2、1!」

 

 パシャリと一瞬眩い光が目を照らす。

 

「オッケー! 向こうで現像できたらみんなにもあげるね!」

 

 カメラに記録された写真を確認すると、私は自然と笑みをこぼしてしまった。

 

──どこか気まずそうに佇むアズサ

 

──そんなアズサの腕を抱きながらもう片方の手でピースサインを見せるアツコ。

 

──二人のすぐ後ろで、ミサキとヒヨリを抱き寄せながら微笑むサオリ。

 

──サオリに肩を抱かれてほんのり頬を赤く染めながらも、いつも通り仏頂面なミサキ。

 

──控えめにピースサインを作りながらも、嬉しそうに笑顔を浮かべているヒヨリ。

 

──最後に、アツコの隣で満面の笑みを浮かべながら両手でピースしている自分(レンゲ)

 

 

 きっとこれ以上の一枚は撮れないであろう、大切な家族を写した最高の写真。眺めているだけで胸の中がポカポカしてくる。

 

 同時に、私は心の中で決意した。

 

「何がなんでも絶対無事に帰る……!」

 

 家族を守るために、絶対に。

 

 

 

 

 

 あれからまたサオリが引き止めようとしてきてもう一波乱あったけれど、なんとか指定された自治区の出口へと辿り着く事ができた。というより、あの演習場のすぐ近くだった。

 

 いつも教官たちの目があって気がつく事が無かったけど、こんなところに()()()()()の入り口があったなんてね。

 

「よっこい……しょ!」

 

 重たいマンホールを持ち上げ、カタコンベへ続く道を開放する。

 

 アリウス自治区が長年その存在をキヴォトスから隠し通す事ができた最大の理由が、このカタコンベだ。

 

 迷宮のように幾つもの道筋が入り組んだ地下通路であるカタコンベは、なんと時間経過でその内部構造が変化する。どんな原理でどんな風に変化しているかは全くの謎。でも変化する度に入口と出口も当然のように別の場所に変わるから、内部の構造や変化のパターンを把握していないと一生彷徨い続ける事になる。

 

 つまり、アリウスの人間以外は決してアリウス自治区に入る事ができないし、それどころかアリウスの人間ですら補助がなければとてもではないけど行き来する事なんてできない。

 

 流石の私もここでふざけられるほど図太くない。

 

 体の中からじわじわと湧き上がってくる緊張感を押さえつけながら、今一度自分の装備を再確認する。

 

 メインアームはオーソドックスなアリウス製のアサルトライフル……ではなく『バトルライフル』。アサルトライフルとの違いはあまりよく分かってないけど、サオリとアズサ曰く「簡単に言えばアサルトライフルとスナイパーライフルを足して2で割ったような銃」らしい。

 サオリの銃と比べると確かにバレルが長いしスコープも付けられているから、その説明で割と納得できた。どちらの性質も持っているから、単独任務にはピッタリな銃かもしれない。

 

 サイドアームは黒色の塗装がされたアリウス製のハンドガン。

 特に変わったところは無い、アリウスに来てから使ってるものだ。

 

 弾薬も十分持ってきているし、いざという時のグレネードも数種類リュックに詰め込んでいる。

 

 そして初任務という事もあって、いつもの黒一色の服からも着替えている。というよりあんな格好じゃお嬢様学校のトリニティでは目立って仕方がない。見つかるつもりは無いけど、見つかった時にせめて言い訳ができる格好でないといけない。だったらトリニティの制服ぐらい用意してくれよって話だけど。

 白色のワイシャツに黒色のスカート、そして黒色のネクタイ。その上からアリウスの証である白色のコートに袖を通している。初めて選べた自分の()()()で、結構気に入ってる。ちなみにあのガスマスクも貰ったけど流石に断固拒否した。多分リュックの奥底に押し込まれたままだと思う。

 

「あ、そういえばあれも貰ってたんだっけ」

 

 いざカタコンベへ足を踏み入れようと一歩前へ出ようとしたその時、マダムの部屋から出た時にアリウスの生徒からインカムを貰っていたのを思い出した。確か作戦開始時には絶対付けておけってかなりキツく言われてた気がする。

 

「危ない危ない。開幕早々にガバをやらかすところだった」

 

 カバンの中にガスマスクと一緒に押し込んでいたインカムを取り出し、ヘッドセットのようになっていたそれを耳に当て、マイクを口元まで引っ張る。あとは電源を入れて……。

 

《やっと電源入れやがったなクソガキ。お前絶対忘れてただろ》

「うひぃ!? な、なに!?」

 

 回線が開通した瞬間、不機嫌そうな声が耳元で響いた。

 しかも、その声は随分と聞き覚えのあるものだった。

 

「もしかして脇見運転のお姉さん? 流石に色んな仕事受けすぎじゃ無いの? あ、運転関係以外は、だね」

《いい加減私の運転ネタを擦るのやめろ。それに今はお前のカタコンベ突破のサポートだ。あまり舐めた口をきいてると……一生カタコンベから出れなくするぞ

「ひえっ……」

 

 ごめんて。

 いつかの脇見運転兼部隊長兼看守のお姉さんの声に、思わず笑みを浮かべてしまう。特に仲が良いというわけでもないのに、知った声を聞くだけでなんだか嬉しくなってしまう。

 

《とりあえず私の指示に従って動け。カタコンベは12時間前に変動したばかりだ。しばらくはそのままのはずだが、万が一もある。迅速に行動することを心がけろ》

「ラジャー。私死ぬほど方向音痴だから誘導はしっかり頼むよ」

《こっちが不安になる事を言わないでくれ……ほら、さっさと中に入れ。いつまでもカタコンベの入り口を開けておくわけには行かない》

「了解っと」

 

 最後に一度、アリウス自治区を眺める。

 苦しい記憶しかない場所なのに、改めて離れるとなるとどこか感慨深いものがある。

 

 未練を断ち切るように首を振り、私はゆっくりとカタコンベへ続く梯子を降り始める。途中で入口を塞いでいたマンホールも元に戻したせいで、辺りは一気に薄暗くなった。まさに洞窟の中という感じだ。

 

《フラッシュライトは点けておけ》

「いや、これぐらいなら無しでも見える。電池は節約しておかないとね」

《そ、そうか……なら、そのまま真っ直ぐ進め。30メートル先の分かれ道を西の方角だ。カタコンベはアリウスでもまだ全てを把握できた訳じゃ無いから、慎重に──おい、どこへ向かってる! 真っ直ぐって言っただろうが! そっちは反対方向だ!》

「真っ直ぐって言ったのはそっちじゃん!」

《だーもうめんどくせぇ奴だな! 北だ! 北の方角に進め!》

 

 方角で言ってくれないとこっちもわからないでしょうが。

 

 コートのポケットからコンパスを取り出し、指針を頼りにゆっくりと進む。カタコンベは人どころか動物一匹といないはずなのに、その異様な雰囲気は思わず息苦しさを感じるほどの緊張感がある。自然と足取りも重くなり、額に微かに汗が滲む。

 あまりの重苦しい雰囲気にこちらが先に参ってしまいそうだ。

 

「ねぇ、しりとりしようよ」

《ぶん殴るぞクソガキ》

「えー……暇なんだもん。あ、それかいつかの時に言いそびれた私オススメの缶詰の紹介を──」

《黙れ。今回ばかりは私も遊んでられないんだよ。なんせ、アリウスにとって()()()()()()()()()なんだぞ》

「……それを君の言うクソガキな私に任せていいの?」

《今のアリウスでお前より強い奴はいない。だからお前以上に適任がいないんだよ……癪な話だがな》

「ねぇ、スカートって初めて履いたんだけど足がなんだかスースーするね。でも女の子!って感じがするしアツコも可愛いって褒めてくれたから好きになりそうかも」

《会話のキャッチボールぐらいしろ。私はバッピじゃないんだぞ、話題を場外ホームランしてどうする》

 

 声色からして明らかに強張っていたお姉さんの緊張をほぐそうと私なりの頑張りだったのに、お姉さんはあまりお気に召さなかったらしい。でも緊張自体はちゃんと解けたのか、お姉さんは深いため息を吐いて普段の気だるげな口調で続けた。

 

《こんなんでこの任務は大丈夫なのかよ……》

「安心しなって。私以上の適任者はいなかったんでしょ?」

《その肝心の適任者がお前だから不安なんだよ》

「酷いなぁ。私ってそんなに信用できない?」

《普段の自分を振り返ってみろ》

「ぬふぅ……」

 

 自覚があるせいでお姉さんからの正論パンチがボディブローのように突き刺さる。

 

《にしてもネクタイは邪魔じゃないのか?》

「フフフ、お姉さんもまだまだだね。こういうのが仕事ができる女って感じがするってヒヨリの雑誌に書いてあったんだよ。職を転々としてるダメ女なお姉さんには分からないだろうけど」

《うるさい、人が気にしてることを気安く言うな。そもそもネクタイの結び方なんて知ってるのか?》

「勿論……アツコにやって貰ったよ!」

《だろうな》

 

 なんだかんだ雑談を続けながら、私たちはゆっくりとカタコンベの奥へと進み続けた。こうして見てみると、なんだか絵本に出てくるダンジョンみたいでちょっとテンションが上がる。

 

《止まれ。そこから半径5メートル以内に梯子があるはずだ。そこを登れば外に出られる。位置的には……今回の出口は少し山の上にあるみたいだな》

「……そっか、漸くかぁ」

 

 探すまでもなく、目的の梯子は目の前にあった。少し錆びついたそれは天井まで伸びていて、アリウスから出た時と同じようにどうやらマンホールのようなもので塞がれているらしい。

 

 一歩ずつ、梯子に足をかけて登る。徐々に、しかし確実に……外の世界へと近づいている。

 

「ん……よっこらせっ……!」

 

 出口を塞いでいたマンホールを退かすと、眩い太陽の光が薄暗いカタコンベの中を一気に照らす。どんよりとした雲が覆う日が圧倒的に多いアリウスの空とはまるで違う、見惚れるほどの綺麗な青空だった。

 

 銃を肩に下げ、足に取り付けたホルスターからハンドガンを取り出し申し訳程度に周囲を警戒する。

 

 ようやく重たい身体を引きずってマンホールから這い出ると、すぐさま両手にライフルを握り周辺を見回す。見る限り立派な木々が立ち並んでいて、人の気配はしない。荒廃したアリウスではまず見かけない、緑豊かな自然の中にいる。

 

「……クリア。無事カタコンベを突破した」

《よくやった、クソガキ。すぐに偵察任務に当たれ。トリニティの地形、戦力、情勢……あらゆる情報を持って帰るんだ。偵察任務中は痕跡を残さないために無線も切れ。次に接続するのは帰投する時だ。分かったな?》

「了解。これより任務を──」

 

 ふと何気なく木々が途切れたスペースへ視線向けた瞬間、私は言葉を失った。

 

 

 

「──綺麗……」

 

 

 その一言しか思い浮かばなかった。

 山の上で自治区を見下ろすような形になった私の目の前に広がっていたのは、美しいトリニティの街並みだった。

 

 豊かな自然に囲まれたおとぎ話のような街並み。

 

 周囲一帯を透き通るように青い湖が囲んでいて、上空の青空を鏡のように映している。

 

 そんな自治区を歩く、アズサと同じような綺麗な翼を持った生徒たち。

 

 何もかもがアリウスと違いすぎて、本当にかつては同じ学校だったのかと信じられないぐらいで──。

 

──私たちが味わった苦しみを思い知らせてやる。

 

「ッ!?」

 

 待って、私は今()()()()()

 

 初めて目にするトリニティの姿を前に、何かが脳の奥底から湧き上がってくる。まるで自分が自分じゃないようで、思わず一歩後退りしてしまう。

 

《あまり取り込まれるなよ》

 

 そんなお姉さんの言葉に、ようやく我に帰る。

 そうだ、今はトリニティに魅了されている場合じゃない。

 

「ごめんね、お姉さん。もう大丈夫」

《……そうか。なら私はもう行く。幸運を祈るぞ、クソガキ》

「そこはレンゲって呼んでよ」

《アホ、百万年早いわ》

 

 そんな辛辣な言葉を残してプチっと通信を切ったお姉さんに、私は思わず苦笑する。最後ぐらい優しさを見せてくれてもいいのに。

 

 頭に付けていたインカムを外し、リュックの奥に押し込む。

 

「さてさて、改めてトリニティ自治区の様子は、っと」

 

 その場でうつ伏せに寝転がりライフルに取り付けられたスコープからもう一度自治区内の様子を覗き見る。

 

 スコープによってより鮮明になったトリニティの姿は、やはり目眩がするほど眩しい。徐々に速くなる鼓動を抑えながら、確認できる内容をできる限りメモに残す。

 

「自治区全体が湖の上に作られてるみたいだ……入り口は二箇所で、当然のように正実の生徒が監視……外からの侵入はなかなか難しそうだ……となると、無理にでもカタコンベを突っ切って中から攻めるのが最善かな……」

 

 うーん、頭を使うというのはどうにも慣れない。

 ここからトリニティと全面戦争になった場合の敵の戦力の振り分け、防衛拠点、作戦司令部の場所などを全部自分で予測して、書き記す必要がある。特に戦力の見極めが重要で、こればかりは山に篭っているだけでは限界がある。つまり、トリニティの内部に侵入する必要がある。

 

 敵の本拠地に単身乗り込むという考えるだけで震えそうな任務だけど、どうにも思ったほど緊張感が無い。

 

 というのも、中央の広場に集まっているトリニティの生徒たちを見る限り、誰も戦闘訓練を受けている様子がない。笑顔を浮かべながら友達とお話するばかりで、銃すらろくに撃った事が無さそうな子しかいない。今朝サオリに言ったように、やっぱりトリニティに戦えそうな人なんている気配がない。

 

 平和ボケ、と呼べばいいのだろうか。

 いや、ただ単純に私たち(アリウス)がおかしいのだろうか。

 

「私たちも何かが違えば、ああやって過ごせたのかな……」

 

 明日を迎えられるかに怯える事もなく、大人の理不尽な暴力に曝される事もなく、家族と一緒に毎日を生きる、そんな生活が──。

 

「あれー、こんなところで何してるの?」

「くぁwせdrftgyふじこlp!?!?!?!?!?」

「あはは、変な声! ごめんね、驚かせるつもりは無かったの」

 

 突然スコープいっぱいに広がる、綺麗な金色の瞳。

 

 思考の海に囚われていた私の脳が一気に覚醒し、思わず声にならない悲鳴を上げながら飛び起きてしまった。

 

 こんなに接近されてるのに気づかないなんて……なんだかトリニティに来てから変な気分になってる。

 

 問題は目の前のお客さんだ。

 

 広場にいたトリニティ生が着ているものとはどこか趣が違う、白を基調にした見慣れない制服。背中から顔を覗かせている大きな翼はアズサのそれに勝らずとも劣らずの綺麗さ。そして何より目を惹くのは、綺麗に整えられた桃色の長い髪。

 

 綺麗な人だと素直に思った。

 

「で、あまり見かけない顔だけど、こんなところで何してるのかな⭐︎」

 

 笑顔を浮かべているのに圧倒的な威圧感をぶつけてこなければ、どれほど安心できたことか。

 

 

 

 ごめんサオリ、やっぱりトリニティにもヤバい人いたよ。

 

 

 

 




別名、トリニティボスラッシュ編。

果たしてレンゲは無事生還できるのか。


・レンゲ
ボスラッシュにチャレンジする人。なお、初っ端からラスボス級に遭遇してしまう不運。愛銃のモデルはHK417。
設定も段々と出せてきたので、近いうちにキャラ設定を投稿するかも。

・ベアトリーチェ
自分の名に誓ったので、レンゲの留守中はきっとスクワッドには手出ししないでしょう。

・アリウススクワッド
監督に「戦う顔をしてない」と言われたため今回の任務はスタメン落ち。素晴らしいマダム。

主人公の名前どうする?

  • 変更なし
  • 改名するべき
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