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「あのクソガキ……ふざけやがって……!」
愛銃に新しくマガジンを装着しながら、ガスマスクの少女は小さく舌打ちした。
目の前のボロ小屋の中に飛び込んだあの忌々しい少女の事を考えると、今にも腸が煮えくり返りそうな怒りが込み上げてくる。それこそ、あの生意気な少女を自分の手で縊り殺さなければ治らないだろう激情。
穴だらけの扉に小銃を向けながら、一瞬でも顔を出せば眉間をぶち抜けるようトリガーに指をかけておく。
そもそも、なぜ彼女のようなアリウスの生徒がスラムにまで来ているのか。
そのきっかけは、彼女にとってはあまりにも屈辱的なものだった。
もう既に空が夜に染まりきった時間。
アリウス自治区の外からかき集めた物資を仲間から受け取った彼女は、そのまま物資をトラックの荷台へ載せて自分達の司令部へ向けて発進させた。
積まれているのは武器や弾薬の他にも、アリウスでは貴重な食料など。内戦を戦う自分達にとっては必要不可欠なものだ。
しかも今は、
車両を運転しながら脳裏に浮かぶのは、司令部で自分の帰還を待っているであろう異形の姿。
突如現れた彼女は自分たちを導く『大人』であると名乗り、様々な知識を授けた。これまでただがむしゃらに戦うだけだった自分たちに『戦術』と『統率』を教え、拮抗していた戦場は一気に傾いた。
長く続く内戦に摩耗しきっていたアリウスにとって、彼女はまさしく救世主だった。
そして、そんな彼女をアリウス生たちは敬意を込めて『マダム』と呼んだ。
マダムはこの内戦を終わらせると告げた。しかし、そのためにはいくつか必要なものがあるとのこと。
一つは、物資。
内戦が終わればアリウスは統一される。統一されれば面倒を見る必要がある生徒が一気に増えるため、物資は最優先で必要らしい。
もう一つは、兵力。
内戦が終われば対抗していた勢力が一気にマダムの元に降ることになるが、それまでは手持ちの戦力で戦うには限界がある。だからマダムは物資の調達と共に戦える者を集めるよう、各地でバラバラになっていた勢力を続々と取り込んでいる。
最初は連中も抵抗していたが、マダムに会えばその全員が嬉々と加わっていった。
そして最後一つが、彼女たちアリウス生にとっては一番の悩みの種だった。
それは、今アリウス自治区に身を潜めているであろう『ロイヤルブラッド』を捕らえること。
そもそもロイヤルブラッドが具体的になんなのか、どんな人物が該当するのかはマダムは言わない。
ただ、マダム自身は目星が付いているようで、「時が来れば教える」と告げるだけだった。
『その時が来たら、私たちはただ従うだけだ』
トラックを走らせながら、彼女は一人呟いた。
この内戦さえ終わらせてくれるのなら、どんな素っ頓狂な命令であろうと従うつもりだ。そしてそれは彼女だけでなく、マダムに忠誠を誓っている仲間全員の認識でもある。
だが今はまず、目先の物資を届けることが最優先だ。
思考の海から抜け出し、改めてハンドルを握り直す。
トラックの速度を速めながら、ふと彼女は何気なくバックミラーから荷台を覗き込んだ。
『なッ!?』
ミラー越しに映った光景に、思わず自分の目を疑った。
置かれた弾薬や銃器の影から、一人の幼い子供が一心不乱に何かを鞄の中に詰め込んでいた。
目を凝らしてそれを見れば、鞄の隙間からプロテインバーやレーションなどの外装がはっきりと分かる。間違いなく自分が司令部に届けるはずの食料だった。
『お前、そこで何をしている!』
『うわぁ!? 見つかった!』
窓から身を乗り出して荷台に座る子供へ向かって叫ぶと、子供は驚きの声を上げて彼女を見上げた。
『我々の物資を盗もうなど……許さないッ!』
懐に手を入れ拳銃を引っ張り出すと、セーフティを外して子供へ向ける。あのようなコソドロなど、生かしておけない。
自身に向けられた銃に一瞬身構えた子供だが、突然子供が目を見開いてアリウス生を見つめた。いや、視線の先はむしろ彼女というよりも彼女の後方へ向けられているようで──。
『ば、バカ! ちゃんと前見て運転してよ!』
『へっ……? あっ』
何事かと思わず彼女も後ろを振り向く。
目の前に大きな壁が広がっていた。
『『うわァァァ!?』』
慌ててハンドルを握るも時既に遅し。
幼い子供と共に悲鳴を上げながら、トラックはトップスピードで壁に激突し一瞬にしてスクラップと化した。
そして、車外に投げ出されるガスマスクの少女とコソドロの幼女。
『うぐぅ……!』
『あばばばば』
体に染み付いた訓練の成果か、ガスマスクの少女は咄嗟に体を丸めて受身を取る。対する子供の方は大きなリュックを背負っていたこともあり、珍妙な鳴き声を上げながら地面を転がった。
建物が崩れ落ちる音と、トラックのエンジンが停止する間の抜けた音がスラムに響き渡る。
『けほっけほっ……もう! 運転中によそ見するからこうなるんだよ!』
『……は?』
幼女の言葉を聞いた瞬間、彼女の中で何かがキレた。
『──へ?』
ズドンという音と共に、何かが幼女の頬を掠める。
『この……クソガキィ……!』
あまり頭が良くないことを自称する幼女──レンゲでも、この時ばかりは一瞬で察した。これはやばい。
ガスマスク越しからでも分かるほどの殺気をぶつけられ、レンゲは一目散に背中を向けて走り始めた。背中に自分の身の丈ほどもありそうなリュックを背負っているというのに、その動きは異様に機敏で素早い。
『ご、ごめんなさいー!』
『謝って済むならヴァルキューレもSRTもいらないんだよ! 待ちやがれッ!』
夜のアリウス自治区に響き渡る情けない悲鳴と怒号。
7.62ミリの弾幕を合図に、二人の鬼ごっこが始まった。
──そして今に至る。
自身の身の丈はあるであろうリュックを背負いながらも驚異的な速さで逃げ続けたレンゲを、ついに目の前のボロ小屋まで追い詰める事ができた。
本来ならこのまま突入しあのメスガキを蜂の巣にしたいところだったが、彼女とてマダムの教育を受けたアリウスの生徒。子供であろうと、銃を持った相手が潜んでいる建物に無策で突っ込むなど愚の骨頂。
幾分か冷静さを取り戻した彼女は燃え上がる怒りを抑え込み、レンゲがボロ小屋から出てくるのを待ち続けている。食料を盗んだ挙句、貴重な物資と車両を破壊した子供に年上の怖さを刻み込むために。なお、自分の前方不注意による事故という事実は棚上げされた。
先程まで微かに小屋から聞こえていた話し声が止み、再び静寂が訪れる。あの子供もいよいよ覚悟を決めたらしいと、改めて小銃を握りしめた。
出てきた瞬間が、あの子供の最後になる。
しかし、小屋から出てきたのは、彼女が予想だにしない物だった。
確かに、何かが小屋から飛び出してきた。だがそれは、明らかに幼い子供ではない。
彼女の頭ひとつ分以上は大きい木製のボディに、中心から横へ少しズレた位置に取手が付けられている。幼い子供特有の色白の肌でもなく、どこか薄汚れた腐りかけのグレーの色合い。
「な、なにィ!?」
明らかにあのボロ小屋のドアが、真っ直ぐ自分に向かって飛び出してきた。
●
「えぇ……」
「何ぼーっとしてるの! ほら、行くよサオリ!」
それは外にいるアリウス生だけでなく、私ですら言葉を失う光景だった。
いざ覚悟を決めて扉を蹴破ったレンゲだが、その扉が文字通り
スラムの片隅で同年代の子供がボール遊びをしているのを見かけた事があったが、まさにその時のボールのように扉が金具から外れ吹っ飛んでいった。しかも、進路上には丁度あのアリウス生徒が。
「うぉ!?」と声を上げながら地面を転がるように扉を避けた敵が、もはや不憫にすら思えてしまう。
「なんて馬鹿力なの、もう!」
同じ年頃の子供とは思えないイカれた光景に思わず頭を抱えそうになるも、私も慌ててレンゲの後に続いて外へ飛び出した。
レンゲは向かい側の空き家の影に、私は目の前の廃車の後ろにそれぞれ身を隠した。
しかし、アリウス生も最初こそ驚いていたものの既に体勢を立て直していたようで、小銃をこちらへ向けていた。
その狙いは私──ではなく、家の影から顔を覗かせていたレンゲ。
「うわぁ!?」
嵐のように放たれる銃弾に咄嗟にレンゲは顔を引っ込めると、体を丸くして耐え忍んでいる。私なんて眼中にないようで、執拗にレンゲを狙っている。
心当たりは……あり過ぎて分からない。
「昼間ならともかく夜中に銃をぶっ放すな! 非常識だよ!」
「コソドロが常識を語るな!」
「確かに!」
壁の裏から抗議の声をあげるレンゲをアリウス生は一言で切り捨てる。
いや、なに敵に論破されてるの。
「さ、サオリ! へるぷみー!」
言われるまでもない。
今のところ敵はレンゲを目の敵にしているようで、私の存在にすら気づいていないようだ。
今もなお銃をぶっ放し続けるアリウス生に気づかれないようゆっくりと車の影から出ると、ハンドガンの銃口を向ける。
「的が小さい……人に当てるのってこんなに難しいんだ……」
始めて
あんなに小さく感じていたハンドガンは思った以上に大きくて重いし、少ししか離れていないはずの
でも、
「ッ!」
力強い反動と共に、数発の銃弾が発射される。
「ぐぅ! そこにもいたかッ!」
一発目は狙いを外れアリウス生の後方へ抜けたけれど、残りはしっかりと腹部へ命中したらしく、相手は小さく呻き声を上げた。
でも、彼女が身に纏うコートは見かけだけではないらしく、それほど大きなダメージが入ったとは思えない。
小銃の銃口がようやくレンゲから外れ、今度は私へと向けられる。
慌てて車の影に身を隠すと、追いかけるように車体へ叩き込まれる激しい銃撃。背中越しに揺らされる車体が、今は私の生命線だ。
「体に当てても効果は薄い……狙うとしたら頭かな」
ガスマスクしか防具らしいものは無いし、少なくとも体に当てるよりは効果はありそうだ。
的は小さくなってしまうけれど、一度撃ったおかげで感覚もなんとなく
次は外さない。
地面を転がりながら車の影から出ると、即座にアリウス生のガスマスクに向けて照準を合わせる。
もう一度スラムに響き渡る、9ミリの発砲音。
「がッ!? こいつ、なんて精度をして……ッ!」
よし、今度は全弾命中した。
二発の弾丸は狙いを外れる事なくガスマスクに直撃すると、アリウス生は頭を大きく仰け反らせてよろめいた。
今ならハンドガンも手に馴染む。
「クソがッ!」
もう一度私に銃口を向けようとするアリウス生。
でも、どうも彼女は忘れているらしい。
この場にいるのは私だけでは無いという事に。
「隙ありィ!」
「ッ!?」
突如彼女の目の前に現れる、小柄な茶色い人影。
既に懐深くまで入っていたレンゲは、強烈なタックルでアリウス生を押し倒した。アリウス生も完全に不意を突かれた形で、なす術もなく二人は揃ってゴロゴロと地面を転がる。
『結構強い』と自称するのも頷けるほどの、子供離れした馬鹿力だ。
それに今の衝撃で小銃も手放してしまったようで、今の相手は完全に無防備だ。レンゲはポケットに仕舞っていた自分のハンドガンを取り出すと、呻き声を上げて動かないアリウス生へと向けた。
これで勝負アリ。
私も後を追うように車の影から出て、二人の元へと歩き始めた。
しかし、この時私たちは思い知らされた。
結局私もレンゲも、まだ子供だという事に。
「──舐めるなァ!」
「かはッ……!?」
パンッという乾いた銃声と共に、苦しそうに表情を歪めるレンゲ。
お腹を抑えて蹲るレンゲを他所に、アリウス生はフラフラと立ち上がる。その手に握られているのは、一丁の拳銃。
この人、もう一丁銃を隠し持ってた……!
「所詮は戦場慣れしていない子供か。相手が完全に再起不能になるまで油断しないよう教わらなかったのか?」
「うぐっ!」
「レンゲ!?」
蹲るレンゲの頭が容赦なく蹴り飛ばされる。
鈍い音と共に地面を転がるレンゲ。苦痛に顔を歪ませた彼女はもはや抵抗する気力すら無いようだった。
そして、ダメ押しのように彼女に向けられる銃口。
「うぅ……」
「マダムの崇高な行いを妨げたその行為、後悔しろ」
「や、やめてッ!」
このままじゃレンゲが……!
慌ててハンドガンをアリウス生徒に向けると、ありったけの銃弾を浴びせるように放った。
「戦場で毎回落ち着いて敵を狙えると思わない事だ。咄嗟のエイムで敵に当てられなければ、
「な、なんで……さっきまで外さなかったのに……」
しかし、銃弾は一発もアリウス生に当たる事なく、全てが見当違いの方向に飛んでいった。アリウス生もそれを予測していたのか、避ける素振りすら見せず私を嘲笑うように見下ろしている。
──このままじゃレンゲが危ない。
それなのに、何度トリガーを引こうとハンドガンから銃弾が出てくる事はなかった。
どうして……こういう時に限ってどうして……!
「
呆然としながら自分の銃を見つめる私を鼻で笑うと、アリウス生は銃口を私へと向けた。
「ひッ……」
私と変わらないハンドガンを持っているはずなのに、今はそれがとてつもない凶器にすら感じられる。
逃げたいのに、体が縫い付けられたように動かない。
「まずはお前からだ」
初めて肌で感じる明確な殺意。
心の奥底まで支配される、「死」への恐怖。
──あぁ、自分はここで終わるんだ。
なんとなく、そう思った。
「ッ!?」
でも、凶弾は私に届く事はなかった。
突然視界がひっくり返ると、気がつけば私は地面を転がっていた。一瞬撃たれて倒れたのかと思ったけれど、痛みはない。
そして、視界の隅に映る焦茶色の髪。
「ひえー、危ない危ない。あの人、意外と力あってビックリしちゃった」
「れ、レンゲ……!? 大丈夫なの!?」
「いてて……大丈夫だよ、多分」
倒れていたはずのレンゲがいつの間にか私を抱えて、私が先程まで身を隠していた車の影まで連れてきてくれていた。お腹を撃たれて頭を蹴り飛ばされたというのに、信じられない身のこなしだ。
先程まで苦痛で歪んでいたはずの顔が、最初に出会った時のような人懐っこい笑みへ戻っている。
「ん、まだ普通に見えてるし、体も動く。モーマンタイ!」
「でも、頭から血が……」
「ヘーキだよ、あまり痛くないし」
そう言いながらサムズアップしているものの、レンゲの頭から流れる血に混じって大粒の脂汗が流れている。息遣いも心なしか荒い。明らかに痩せ我慢だ。
そんな状態で、レンゲは私を抱えながら最初に隠れていた廃車の影まで戻っていたのだ。
私はそれが理解出来なかった。
なぜ会って間もない自分を身を挺してまで庇った?
あのまま私が撃たれていれば、自分が逃げ出せる隙ができたのかもしれない。私を囮に使って、あのアリウス生に攻撃出来たかもしれない。なのに彼女はそのどちらも選ばず、身を挺して私を助けた。
──私を信じて。
ドアを蹴破る前にレンゲが告げた言葉を思い出す。
最初は軽く考えていたけれど、今なら分かる。
レンゲは本気で初対面の私を信頼している。二人一緒に戦えばあのアリウス生を倒せると。だからあの時も私を助けてくれた。
異常だ。
どこまでも単純で、どこまでも無防備。
そしてそれは、自分一人のためにスラムで生き続けた私にとっては眩し過ぎた。
「……私たちが別々で戦ってもあの人には勝てない」
「悔しいけど、そうだね……ちくしょー、あんな銃を隠し持ってなきゃあのままボコボコにしてやったのに」
考え込むレンゲを他所に、私は既にどうするべきかは頭の中に浮かんでいる。でも、それを口に出すことができない。
それはある意味、レンゲが私を信頼していること前提だから。
後はそれを私自身が認めるだけ。
「うっ……はぁ……はぁ……」
「ッ!」
流血する頭を押さえ、息が荒くなるレンゲ。
その姿を見た瞬間、私の中の迷いが消えた。
レンゲを助けたい。
「レンゲ、一つ頼んでいい?」
「ん?」
「レンゲの銃を貸して欲しいの」
意を決して、私はレンゲに頼んだ。
キヴォトスの住人にとって銃は欠かせない存在。中には自分の半身とすら扱う人もいる。
その銃を私は「渡せ」と告げたのだ。
まだ出会ったばかりの少女に対して。
「うん!」
でも、レンゲは一瞬も考えることなく自身の銃を渡してくれた。
今までの私の迷いはなんだったんだと笑いそうになる。
もう使えなくなった自分の銃を投げ捨てると、私は銀色の光沢を放つそれを恐る恐る受け取った。
なんだか、さっきまでの自分の銃以上に手に馴染む気がした。
「じゃあ、私の仕事は決まってるね。よーし、もうひと頑張りするぞー! 任せたよ、サオリ」
そして、そんな私にレンゲも瞬時に自分の役割を理解する。
既に負傷しているレンゲに一番酷な役割を任せる事実に震えそうになる。でも、絶対無駄にはしない。
一刻も早くあのアリウス生を倒して、レンゲを助ける。
だから──。
「──
「……えへへ、もちろん!」
生まれて初めて、私は誰かのために生きたいと思った。
今開催中のイベントが美味しすぎてずっとやっていたい。
・レンゲ
記念すべき初怪我。初対面なのにめっちゃ懐いてくるワンコみたいなもの。
・サオリ
無条件に信頼してくるワンコに困惑している。
・アリウス生
前方不注意ネキ。免許返納しろ。でも残念ながら治安が世紀末なアリウスでは免許なんていう概念はない。
主人公の名前どうする?
-
変更なし
-
改名するべき