アリウス生徒の奮闘記   作:ハァン

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密かに目標にしていた20話投稿をようやく達成できました。
まさかここまで続けられるとは自分でも思っていませんでしたが…。

記念に後書きにレンゲのキャラプロフィールのようなものを書いてみました。

今後も30話目、40話目と投稿できるように頑張ります!


トリニティ偵察任務(2)

 

 

「ねぇ、黙ってちゃ分からないでしょ? お名前教えてくれると嬉しいかな! あ、私は聖園(みその)ミカ! 高等部の一年生だよ⭐︎」

 

 目の前のヤバそうな人──聖園ミカと名乗った女の子を前に、私は滝のように冷や汗を流していた。

 眩しすぎる笑顔を浮かべながらこちらに問いかけてくる姿は、見慣れない子を遊びに誘うような優しさに見える。でも、これは間違いなく()()だ。

 

 それもそうだ。見慣れない生徒がスコープ越しに自分の自治区を覗いていたら、誰だって怪しむ。ただでさえリュックとか背負ってていかにも「偵察に来てます」って見た目をしてるのに。

 

 でも私に焦りはない。ここは冷静に対処し、穏便に帰って貰おう。

 

「こここここここんなところで会うなんて奇遇ですね! いやぁ、こんな山奥に私以外の人がいるとは思わなくてちょっとビックリしちゃいました。よ、よく来るんですか?」

「ううん、今日はちょっと気分転換も兼ねてお散歩がしたくなったの。で、貴女は誰で、ここで何してるの?」

 

 話題転換もダメ。にっこり笑ってるけど、目つきが「お前を逃すつもりはない」と如実に語っている。

 でも、さっきこの子は高等部の一年生って言ってた。つまり進学したばかりで、まだ同級生の顔も全員把握できてないはずだ。それなら上手く誤魔化せそう……なんだかあまり頭が良く無さそうな雰囲気してるし。

 

「実は私、今年からトリニティに転校して、まだ右も左も分からなかったんですよ! だからこうして高いところに登って自治区全体を見てみたくなって」

「すごーい、今年から転校したんだね。トリニティの生徒って大体が初等部からいる子が多いから、転校生って珍しいかも?」

「そ、そうなんですよ! いやぁ、それにしてもトリニティはとても広くて綺麗ですね──」

「じゃあ()()()()転校してきたか教えてくれるかな⭐︎」

「…………」

 

 まずい、ミカの話に乗ってみたは良いけど、私トリニティ以外の学園なんて知らない……トリニティのことばかり気にしていたせいで、授業で習った気がする他の学園のことなんてすっかり頭から抜け落ちてる。

 

 だからといってバカ正直にアリウスって答える訳にも行かないし、トリニティ以外の他の自治区といえば……。

 

げ、ゲヘナ! 私、実はゲヘナから転校してきたんですよー!」

 

 トリニティと同じく、アリウスにとっては復讐対象であるゲヘナ。

 あまり名乗って気分の良い学園ではないけど、今はこれで切り抜けるしかない。なんだかめちゃくちゃ嫌な予感がするけど、きっと気のせいだろう。

 

「……へー、貴女ゲヘナから転校してきたんだ」

 

 しかし、その学園を口にした瞬間、私は猛烈に後悔することになった。

 

 『ゲヘナ』というたった三文字を伝えた瞬間、それまで表面上は友好的な笑顔を見せていたミカから一気に感情が抜け落ちた。能面のような無表情を浮かべ、金色の瞳から光が消える。そして何より、声のトーンが一段低くなった。

 

 その姿を見て、私の直感がこう告げた。

 

──あ、これ地雷踏んだ奴だ。

 

 徐々に体が震え始める私を他所に、ミカは特に何かする訳でもなく、後ろで手を組んで山の上からトリニティを見下ろしていた。

 

「……お名前は?」

「タカシです」

「あはは、もう少しマシな偽名を名乗ろうよ。でも、今はもう貴女の名前なんて関係ないよ」

 

 くるりとお上品にスカートを翻しながら振り返るミカ。

 

 その手にはいつの間にか、キラキラと輝くサブマシンガンが握られていた

 

「ねぇ、知ってる? トリニティの中にはゲヘナを良く思わない人が沢山いるの。中には『今すぐゲヘナと戦争しよう!』って思ってる人も少なくないの」

「へ、へぇ。それは物騒ですね。私も気をつけるようにしま──」

「ちなみに私は『ゲヘナなんて潰しちゃおう』派の筆頭だよ⭐︎」

「…………」

「あれ、どうしたの? あはは──顔が青いよ?」

 

 ゆっくりと掲げられる銃口。

 ただのサブマシンガンのはずなのにまるで戦車の主砲のような威圧感を持つそれは、真っ直ぐ私へと向けられた。

 助けてサオリ。

 

「もう一つ言うと、ここはトリニティ自治区内でもカタコンベの入り口があるって噂されてるから立ち入り禁止なの。もちろんトリニティの生徒なら誰でも知ってる校則だし、入学する時にも進学する時にも鬱陶しいぐらい強く言われるから知らないはずがない。わざわざ()()ゲヘナから転校してきたんだし、これぐらい分かるよね?」

「……忘れてました。ちゃんと入学式の時に注意されました」

「あはは、見え透いた嘘だね。ちなみに実はそんな校則なんて無いし、立ち入り禁止区域なのは本当だけどそもそも誰も立ち寄らない場所だから、わざわざ学園も注意したりはしないよ」

 

 訂正、この子普通に頭良いわ。

 

「それじゃあ──とりあえず一緒にナギちゃんのところに行こっか⭐︎」

「謹んでお断りさせて貰うよ!」

 

 ミカがトリガーを引くより先に、私は手に持っていたライフルを構えて躊躇なく指に力を込めた。

 7.62ミリの弾丸は真っ直ぐミカへと向かい、無防備な額を容赦無く撃ち抜く。

 

 そしてこの銃撃を合図に、私の長い長い一日が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっかけは幼馴染との些細な喧嘩だった。

 今となってはなぜ喧嘩したのかも、どういう内容だったのかも思い出せないが、とにかくミカは幼馴染のナギサと喧嘩してしまった(今思えばティーパーティーの補佐になったナギサが自分に構ってくれなくて不満を抱えていたのかもしれない)。

 結果、ミカはそのままトリニティ自治区の郊外へ飛び出した。

 

 ちょっとした気分転換も兼ねて自然に満ち溢れた山道を歩き、新鮮な空気を存分に楽しみ、いつしか幼馴染に対する怒りも消えていた。やはりたまには行った事のない場所へ足を運んでみるものだ、と彼女は満足げに頷く。立ち入り禁止区域を散歩しているという事実は、彼女にとってはどうでも良い事だった。

 

 目の前の怪しげな少女と遭遇したのは、そんなお散歩の最中だった。

 

 背中まで届く程度の長い焦茶色の髪に、トリニティでは見かけない白いコートに袖を通している。その隣には大きなサイズのリュックが置かれ、いくつかのサバイバル道具が取り付けられているのが見えた。

 その上、立ち入り禁止区域で銃に取り付けられたスコープ越しにトリニティ自治区を見下ろし、何かを熱心にメモしている。少なくともトリニティの生徒が間違え迷い込んでしまったとは思えない。

 

 ミカが迷わずその怪しげな少女に声を掛けると、その少女はあっさりとボロを出した。どうやら根本的に嘘が苦手な人物らしい。

 

 あたふたと慌てた様子で言い訳を並べる少女を横目に、ミカは考えた。

 

 彼女自身、自分をゲヘナからの転校生だと語っていた。バレない嘘を吐く時は一部だけ真実を織り交ぜるのが一番良いと、以前ナギサが得意げに語っていた気がする。

 その説を信じるならば、彼女はゲヘナのスパイか何かだろう。

 

 ならば、五体満足で帰す理由など欠片も無い。

 

 彼女とてトリニティの生徒会──ティーパーティーの一員。政治には疎くても、持ち前の『強さ』でトリニティに貢献できる。

 

 結果的にミカの予想は、自身の額を撃ち抜かれたおかげで確信へと変わった。

 

 衝撃で仰け反りながらも、その口元は獰猛な笑みを浮かべている。

 ゲヘナが相手なら、完膚なきまで叩き潰しても良心は痛まない。捕まえるのは両手足をへし折って、動けなくしてからでも問題は無いはずだ。

 

──目の前の少女が一体誰を敵に回したのか、骨の髄まで思い知らせる。

 

 そして仲直りの印として、このスパイの身柄をナギサに引き渡そう。

 

 そんな想いを胸に、ミカは愛銃のセーフティを外した。

 

 

 

 

 

 

 

 先手必勝とばかりに、私はミカの頭を撃ち抜いた。

 狙いは寸分の狂いもなく、手応えも十分。脳を揺らされた彼女はこのままなす術もなく昏倒するはずだ。

 

「いったーい⭐︎ もう、急に撃つからビックリしちゃった」

 

 しかし返ってくるのは、まるで痛がっているように聞こえない明るい声。

 

「えぇ……」

 

 まるで効いてないんですけど……。

 

 私の渾身の一撃を軽く流した彼女は、仰け反った状態からゆっくりと身を起こした。額には確かに銃弾が叩きつけられていたようで、少しだけ赤くなっている。でもその表情は、まるで獲物を見つけた捕食者のように、歪に歪んでいた。

 

 背筋を冷たい汗が流れる。

 

 サオリ、この子ただのヤバい奴じゃなくてめっちゃヤバい奴っぽいよ。

 

「それならッ!」

 

 ハンドガンに持ち替え、彼女に肉薄する。

 急接近する私を牽制するように彼女のサブマシンガンから銃弾が襲いかかってくるものの、()()()()()()()()()()()()。弾は当たる事なく背後の木々に命中し、数本ほど薙ぎ倒したのか何かが崩れる音が聞こえる。サブマシンガンが出して良い威力じゃない。

 

 目の前で驚いたように目を見開く彼女の表情が見えた。彼女の鳩尾にハンドガンの銃口を押しつけ、迷わずトリガーを引いた。

 

「うっ……!」

 

 ようやくミカから苦悶の声が漏れる。

 しかし彼女もただではやられないようで、目の前に綺麗な拳が迫ってくる。咄嗟に首を逸らすと、凄まじい速度で振るわれた拳が頬を掠めた。その拳自体が既に弾丸のような威力と速度を持っていて、思わず冷や汗が流れる。

 これは一発でも喰らったら確実にノックアウトされそうだ……!

 

 口角を釣り上げたミカと目が合う。

 挑発的な笑みを浮かべているミカの目が「それで終わり?」と語っているのが分かる。

 

「んな訳ッ!」

 

 ミカの伸ばされた腕を抱え、関節を逆方向へ曲げようと力を込めた。本来ならここで腕を折れるというのに、ミカの細腕はまるで鉄骨のような硬さでびくともしない。

 

 こんな華奢な腕のどこにこんな力があるんだ。

 

 だったら!

 

「うぉりゃッ!」

「わっ──」

 

 勢いそのまま、私はミカを背中に背負うようにして持ち上げると、抱えていた腕ごと地面に叩きつけた。体重だけは見た目通りの女の子らしい軽さだったのが幸いだ。

 

 投げられながらもしっかりと受け身を取っているミカだが、今の彼女は無防備にも体を曝け出している。仰向けに倒れた彼女の額に銃口を押し付けると、今度はマガジンが全て空になるまで引き金を引いた。

 

 乾いた音と共にいくつもの銃弾が打ち込まれ、ミカの頭が大きく仰反る。

 

 最初に急所に打ち込んだ上に、頭にマガジン一本分吐き出したんだ。流石の彼女ももう立ってはいられな──。

 

「ぐぁ……!?」

 

 勝利を確信した私の目の前にあの金色の瞳が飛び込んできたかと思ったら、鈍い衝撃と共に私は地面を転がった。

 

「まさか弾を避けられるなんて、凄いね! でも、それだけ?」

 

 私を嘲笑うように、目の前の怪物は額から流れる血を手で拭き取りながら立ち上がった。多少の血は流しながらも疲れどころかダメージ一つ負っている様子はない。

 

 ふむ。

 

 なるほど、理解した。

 

「こいつまともに戦ったらダメなタイプだ……!」

 

 咄嗟にスカートのポケットからグレネードを一つ取り出し、迷わず目の前の怪物に投げつける。そのまま爆発を見届けないまま置いていたリュックを回収し、全速力で走り始めた。

 

「無理! 無理無理カタツムリだよこんなの!」

 

 あの子はきっと絵本の中から間違えて出てきちゃった魔物に違いない。若しくはヒヨリの雑誌で特集されてた地球外生命体とか。いや、じゃなきゃ説明が付かない。

 

 しかし背後から迫ってくる足音が、全力で現実逃避するそんな私を無情にも現実世界へ引き戻した。

 

「あはは、鬼ごっこは私も好きだよー! 頑張って逃げてね? 絶対に逃がさないから

 

 あの子にとってグレネードは水風船でも投げつけられたようなものなんだろうか。背後から恐ろしい言葉が聞こえてくる。

 

 幸いにもそれほど足が速いわけではないみたいで、リュックを背負った状態でも適度に距離を離せている。あるいはわざと追い付かない程度に走って私が逃げ惑うザマを楽しんでるか。荷物という重りがある以上、私でも完全に振り切ることは難しそうだ。

 

「うわっ、うへっ、ひえっ、狙いも、正確すぎる、でしょ!」

 

 しかも走りながら撃っているというのに、彼女から飛んでくる銃弾はどれも的確に私を狙っている。サブマシンガンという銃の性質上、精密射撃なんてできないはずなのに……しかもどういう原理か威力がライフル並みだ。

 

 徐々に山を降りてトリニティ自治区へ戻っているというのに、背後から飛んでくる銃弾を勘と気合いで避けながら、私はなおも全速力で足を動かし続ける。捕まったら八つ裂きじゃ済まない。

 

 自然に溢れていた山中から古びた建物が並ぶ街並みに入ってもなお、この鬼ごっこは終わる兆しがない。

 

「待てー⭐︎」

「ハァ……ハァ……誰が待つか……てかなんであの子は疲れてないの……?」

 

 そろそろ息も上がり始めた。

 向こうはまだまだ余裕があるみたいで足を緩める気配もない。捕まるのも時間の問題か。

 

「……こうなったら!」

 

 近くに並ぶ古い建物を見つめ、私は覚悟を決めた。

 

「よっこい……しょ!」

 

 目の前の壁を蹴り上げ、勢いよく飛び上がり屋根を掴んだ。

 古いながらも大きい作りになっているのが幸いしてか、ただジャンプするだけでは届かない位置にある屋根の上になんとか体を引っ張り上げることができた。

 

 逃げても逃げても追ってくるなら、届かない場所まで逃げればいい。

 

 実際、ようやく立ち止まった追跡者(ミカ)はキョトンとした表情を浮かべながら私を見上げていた。流石にこの身軽さは真似できないだろ!

 

「ハァ……ハァ……バァカバァカ! ザマァみろ! もう君は私を追ってこれないでしょ! あはは! いい気味だ!」

 

 恐怖とストレスでなんだかテンションがおかしい事になっているせいか、気がつけばそんな暴言が口から飛び出してくる。これでも長時間も死の鬼ごっこに付き合わされたんだ、文句の一つも言いたくなる。

 

 しかし、ミカは私の言葉が耳に入っていないのか、表情を変えず建物の壁を触り、なんどかトントンと叩いている。ていうか、いつの間にか完全に無表情になっていて、これはこれでなかなか怖い。

 

 どうするつもりか分からないけど、後は屋根伝いに逃げれば晴れてこの化け物から解放される。

 

 あばよ、通りすがりの怪物さん!

 

 意気揚々と、私は彼女に背を向け一歩踏み出した──。

 

「えいっ⭐︎」

「は?」

 

 下からそんな気の抜けた声が聞こえたと思ったら、突然建物が大きく傾いた。思わずバランスが崩れそうになるのをなんとか耐えながら、私は慌てて視線を下に向けて──絶句した。

 

 壁の一部が崩れていた。

 

 砂埃が舞い、綺麗な石造りだった壁が見るも無残な姿で崩壊していた。

 

 その隣で拳を振り抜いた姿勢で停止している少女を見れば、誰がこれをやったかは一目瞭然。

 

「いやいやいやいやいや! そんなのおかしいでしょ! いくらなんでも素手で壁壊すなんて──」

「えいっ⭐︎ えいっ⭐︎ よいしょ⭐︎」

「ああああちょっと待って! タイム! トリニティの生徒なのにそんなにほいほい建物壊しちゃいけないでしょ! うぉぉぉっ!? く、崩れるあああああああッ!?」

 

 必死の引き留めも虚しく、私を支えていた建物はあっという間に壁を壊され、瞬く間に崩落してしまった。

 

「ぐへっ」

 

 瓦礫と共に地面に叩きつけられ、肺の中の空気を吐き出してしまう。

 

 不審者一人を捕まえるために躊躇なく自分の自治区の建物を壊すなんて……頭おかしいんじゃないの……?

 

「す、すぐに逃げないと……」

逃がさないって言ったでしょ?

 

 そんな私の耳元で、ゾッとするほど冷たい声が響いた。

 

 顔に拳がめり込んだと感じた次の瞬間には、私は隣の建物の壁を突き破って倒れていた。

 

 意識が飛びかけた。いや、実際数秒ほど気絶していたと思う。

 気が付けば私は見知らぬ建物の床に倒れていて、ようやく私はミカに殴られたんだと実感した。実際はトラックに撥ねられたような衝撃だったけど。

 

 殴られた左半分の視界が暗く閉ざされている。

 身体中が激痛で悲鳴をあげていて、身じろぎ一つするだけでも思わず悶絶しそうだ。それでもなんとか自分の体に鞭を打ち、フラフラと立ち上がる。

 

「はは……こっちは何発も銃弾を叩き込んだっていうのに、向こうは一発殴るだけでここまでなんてね……」

 

 ポタポタと頭から流れる赤い雫が木製の床にシミを作る。

 

 幸いにも骨はどこも折れていないようで、まだ両手足は動く。それなら、まだ戦える。

 

「ッ!?」

 

 おそらく私が突き破ったであろう壁の大きな穴から、ダメ押しのように銃弾が嵐のごとく殺到する。咄嗟に近くの柱に身を隠すと、先程まで立っていた場所をいくつもの銃弾が抉った。

 

「いってぇなぁ……」

 

 乱れた息をなんとか整えながら、私は唯一見えている右目で外にいるであろう怪物を睨みつける。大穴の外にはあのピンクの怪物がいて、それ以外の出口は見当たらない。

 袋の鼠って訳か。

 

「どうしよっかねぇ」

 

 まだ任務も終わらせていないし、何より捕まれば捕虜としてティーパーティーに引き渡されるのは明らか。いくらアリウスが忘れられつつある存在でも、ティーパーティーのホストがその存在を知らないはずがない。つまり、捕まればアリウスのスパイとしてトリニティの独房にぶち込まれてしまう。

 

 何より、マダムが失敗を許すはずがない。

 

 サオリたちに……家族(スクワッド)に迷惑を掛けることになる。

 

「それだけは死んでも嫌だなぁ……」

 

 なら、どうする?

 目の前の怪物は今の満身創痍な自分で止められるのか?

 万全の状態で戦っても勝てるか分からないのに?

 

 今までアリウスの生徒や教官とは何度も戦ってきたのに、()()()()()()()()()()()と戦うのは初めての経験だった。

 

 家族もいないし、援軍も来ない。

 

 こんな状況でどうすれば……。

 

──殺せ

 

 ナニカの声が頭に響く。

 

──トリニティの生徒に復讐しろ。

 

 なんとなく、それはマダムの声なんだろうと思った。

 

──眼球を抉れ。心臓を握り潰せ。喉を掻っ切れ。ヘイローを破壊しろ。

 

 語りかけるように、頭の中でマダムが命令する。

 

──アリウスが味わった苦しみを、トリニティに思い知らせろ。

 

 うるさい。

 

──アリウスの憎しみを忘れるな。

 

 うるさいうるさいうるさいッ!

 

「私は違う……! 人殺しになんかならないッ……!」

 

 誰かを手にかけたら、私はきっと家族と同じ場所に居られなくなる。サオリの夢を自分の目で見れなくなる。

 

 今まで積み上げてきたものが全部無駄になってしまう。

 

 マダムの言葉を振り払うように、私は肩に掛けた愛銃を強く握った。念のためマガジンを抜き、新しいマガジンを装填する。セレクターもセミオートからフルオートに変えた。

 

 同時に、目の前の大穴からゆっくりと人影が現れる。

 

「鬼ごっこはもうおしまい? それとも、もう諦めたの?」

「ふざけんな……」

 

 柱から顔を出し、渾身の力を込めてトリガーを引く。

 

「くッ……!?」

 

 それまで余裕を持って銃弾を受けきっていたミカの表情が初めて歪む。慌てて大穴から外に出て、建物の外壁へと身を隠した。

 

「私には帰りを待ってる家族がいるの……! 君に捕まってる訳には行かないんだよ……!」

「家族……?」

「トリニティに住む君には一生分からないだろうけどねッ!」

 

 柱の影から飛び出し、矢のようにミカへと駆け出す。

 飛び出してくるとは思っていなかったのか、ミカが銃を構え直すのに一瞬だけ遅れが生じる。

 

 でも、その一瞬でも十分だ。

 

「うォォォォッ!」

 

 銃床でミカの頭を殴りつけると、彼女は小さく呻き声を零して地面を転がった。しかし、彼女もただでは転ばないらしい。身を起こした時には、既に銃を構えていた。

 

 互いの銃が同時に火を噴く。

 

「うぅ……!」

 

 まったく同じタイミングで放たれた銃弾は容赦なく互いの身体に襲いかかった。

 ミカは口の端から僅かな血を流し、苦しげに顔を歪めた。

 

 でもそれ以上に、私の体が限界だった。

 

 凄まじい威力の銃弾を全身に受けた私は、抱えていたはずの愛銃が力を失ったように地面に落ちる。もう銃をまともに持つ力すら残っていない。

 

「ごめんね、サオリ……」

 

 愛銃が転がる無惨な光景を見届けて、私の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 ようやく気を失ったレンゲを見下ろし、ミカは険しい表情を浮かべていた。

 敵の前では余裕を見せるようにしていたが、彼女とて歴とした生身の人間。体力は無限ではないし、正直に言えば今も疲労困憊と言っても過言ではない。

 

「痛いなぁ……」

 

 口から溢れた血を手で拭き取り、銃撃された箇所に視線を送る。

 そのほとんどが彼女の急所を的確に撃ち抜いていて、最後の一撃だけが心臓を辛うじて外していた。

 

 人体を弾丸程度が貫通するはずがないが、それでもミカは冷や汗を流さずにはいられなかった。最後の最後まで、目の前の少女は全力で抗い続けたのだ。

 

「家族、かぁ……」

 

 指一本動かす気配がないレンゲを眺めながら、ミカはどうしたものかと唸る。

 

 まず、ゲヘナのスパイという可能性は完全に消えた。彼女はあまりにも()()()()()()()()。誰よりも憎んでいるからこそ誰よりもゲヘナの特徴を理解しているミカだからこそ、目の前の少女はゲヘナの生徒ではないと確信できた。

 

 ならば他の学園のスパイか?

 

 一年生ながらトリニティでも指折りの実力者であると自負している自分と、仮にも真っ向から戦うことができたほどの相手だ。あの身のこなしは少なくとも()()()の生徒だとは思えない。

 

 しかし、キヴォトス最大級の規模を誇るトリニティ総合学園に敵対する勢力など、それこそゲヘナ学園以外に存在しない。それに他の学園のスパイなら素直に投降すれば、精々尋問を受けてから母校へ強制送還されるはずだ。勿論、その学園からたっぷりと賠償を貰いながら。

 

 だが、彼女は文字通り『死に物狂い』に抵抗した。

 

 そこまでして投降を拒否する理由、それに『家族』に対する異様なこだわり。かなりの()()()に違いない。

 

 この子をこのまま捕まえちゃダメ。

 

「あはは……ごめんね、ナギちゃん?」

 

 バレたら小言では済ませないであろう幼馴染に謝りながら、彼女は懐からスマホを取り出した。幸いにもここまでの戦闘でも壊れていない。

 

 政治からも距離を置いていて、それでいてレンゲを治療できる人物なんて、彼女の知り合いの中では一人しかいない。

 

 連絡先の中から蒼森(あおもり)ミネの番号を探し出し、通話ボタンを押した。

 

「あ、急にごめんね⭐︎ ちょうど()()が必要な子を見つけたからミネちゃんに頼もうかと思って──あ、すぐ来てくれるの? ありがとっ!」

 

 二つ返事どころか言い終わる前に了承してくれた知人の変わらない様子に、ミカも思わず苦笑してしまう。でも、今はこれでいい。

 

「元気になったその時は、いっぱいお話できるといいな⭐︎」

 

 気を失ったままのレンゲに向かって、ミカは楽しげに笑みを浮かべながらそう告げた。

 

 それは先程までの獰猛な笑みではなく、まるで友人に語りかけるような、優しい笑みだった。

 

 

 

 




あまりにもミカとの相性が悪すぎたレンゲ。
ゴr……強靭な肉体を持つミカと身体能力と速度で翻弄するレンゲではタイプが違いすぎた。例えるなら某格ゲーの聖帝vs拳王。




キャラプロフィール

名前──荻野(おぎの)レンゲ
学園──アリウス分校
部活──アリウススクワッド
年齢──14歳(20話時点)
誕生日─9月4日
身長──153cm(20話時点)
趣味──写真撮影、家族の成長記録の作成

アリウススクワッド副隊長。リーダーとして部隊を纏め上げるサオリと違い、言動は基本的に軽く、自由奔放。軽率な発言でよくサオリからも制裁を受けているが、部隊の精神的支柱としてアリウス自治区での生活を支えている。
ヘイローはいくつもの小さな十字が一つの大きな十字を形成している、ようはヒヨリのヘイローを○から+にしたような見た目。

なお、スクワッド内の身長は以下の通り。
サオリ>ミサキ>アツコ>レンゲ>ヒヨリ>アズサ

名前の由来は作中で言及した通り花の蓮華。
苗字の元ネタは作者が千葉の某球団のファンなので、一番の推し選手から取りました。偶然にも怪我しがちなのも似ている(ファン的には複雑ですが…)

ちなみに作者の推しはヒヨリです。

主人公の名前どうする?

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