俺は陸八魔アルを絶対に許さない。
「み、ミカ……嘘だよね?」
対峙する二人の少女。
一人は真新しいセーラー服に身を包んだ焦茶色の髪の少女、レンゲ。目に涙を浮かべながら、まるで縋るように少女を見つめている。
だが、もう一人の少女であるミカは、そんなレンゲを嘲笑うかのように一歩前へ踏み出す。
「レンゲちゃんが悪いんだよ? 今まで散々ひどいこと言ってきて、あんなに私をからかってきたんだから……」
「ひっ……」
息を引き攣らせて悲鳴を漏らすレンゲ。
「ダメだよミカ! そんなことされたら私死んじゃうよぉ……」
「それでも……私は迷わないよ」
「お願い、許してぇ……今までのこと全部謝るからぁ……」
「だ〜め⭐︎ 罰だから」
不敵な笑みを浮かべながら、ミカは手を伸ばした。
「お仕置き確定だよ、レンゲちゃん」
●
遡ること数時間前。
ベッドに横たわるレンゲは小鳥の囀りにより穏やかに意識を覚醒させた。アリウスで時折感じていた頭痛や眩暈なども無い、久しぶりの気持ちの良い目覚め。昨日あれほど感じていた体の重さも消え、一言で言うならば『完治』したと言っても過言ではない。
流石はトリニティが誇る救護騎士団だと、レンゲは素直に感心した。
大きく背伸びをしてゆっくりと瞼を開ける。
「おはよー、レンゲちゃん!」
二つの黄色い瞳が目の前に飛び込んできた。
「みぎゃあああああ!!??」
どこかデジャヴを感じながらベッドから飛び上がり、部屋の隅まで後退する。当然とも言うべきか、下手人は昨日同様の桃色の髪の少女。
クスクスと笑うミカを、レンゲはジト目で睨みつける。
「わお、今日は元気だね」
「お陰様でね! ていうか、私に寝起きドッキリを仕掛けるのはやめてってば! こういうのに弱いんだから!」
「ごめんね。でもレンゲちゃんがとても気持ち良さそうに寝てたから我慢出来なかった⭐︎」
サオリといいミカといい、なぜ周りの人間はこうも自分をイジメたがるのだろうか。トリニティでもアリウスでも変わらない理不尽な扱いに思わずため息を吐きたくなる。これがアリウスの大人たちと違い悪質ではないのがせめてもの救いか。
自分を納得させるように首を振り、レンゲは改めて自分の体に視線を移した。
「痛いところは無い……体が重いってわけじゃない……うん、まぁ予想通りかな……」
顔を上げてミカを見つめたレンゲは、思わず苦笑してしまう。
「
レンゲの言葉にミカは首を傾げるも、レンゲは「なんでもない」と肩をすくめた。
「もしかして、まだどこか痛いの?」
「ううん。大丈夫、どこも変な感じはしないよ。まぁ、変な感じがしないからこそちょっとショックを受けてるんだけど」
「……?」
「要するに気にしなくていいって事だよ。うん、私は健康そのもの!」
どこか釈然としない様子のミカから視線を逸らし、レンゲは両手を上げて笑みを浮かべた。少なくとも今の状態なら昨晩ミカが言った『デート』とやらにも付き合える。
訝しげな眼差し向けてくるミカをなるべくスルーしながら、硬くなった身体を少しずつほぐす。そして最後に日課の背伸び。両腕を突き上げて全身を伸ばすこの体操をやればいつかサオリの身長も抜かせると、ヒヨリが以前読んでいた雑誌に書いてあったのだ。
「私だってサオリみたいに大きくなる……!」
「でもレンゲちゃん私とあまり変わらないよね? 十分大きいと思うけど」
唸るレンゲの頭に手を置きながら、ミカは自分の身長と比較する。
ヒールの高い靴を履いているためか若干レンゲよりは高いものの、素の身長はおそらくほぼ同じ。幼馴染のナギサより少し小さい程度か。
「ぬふぅ……私だってお姉ちゃんなのに……今じゃミサキにもアツコにも抜かされちゃったし……」
「あはは、でも今の方が私は好きだよ? こうしてくっつきやすいし!」
「うへぇ!?」
項垂れるレンゲを思いっきり抱きしめると、腕の中で素っ頓狂な声を上げる。まるで仔犬のようにポカポカと暖かい体温が心地よく、思わずさらに強く抱き締めてしまいそうになる。ナギサとはまた違う、どこか癖になる抱き心地だった。
「ぬおー離せい! 私をハグしていいのは家族だけだ!」
まるで軟体動物のようにヌルリとミカの腕から脱出すると、歯を剥き出しに威嚇するレンゲ。
「むぅ、ケチ」
「そもそも君だと背骨へし折られそうだから怖いの……」
そんな事ないと反論したかったミカだが、幼少期に力加減を間違えてナギサを絞め殺しそうになった苦い記憶がそれを妨害する。ちなみにあれ以来、ナギサは一緒に寝てくれなくなった。
「で、そもそも君はなんでこんなに朝早くからここにいるの? 授業はどうしたのさ」
「あれ、知らないの? 今日は日曜日だから学校は休みなんだよ?」
「生憎とうちの学校は休みとは無縁のところでね。24時間365日ずっと『お勉強』なの」
「でもその割にレンゲちゃんってあまり頭良くなさそうだよね」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげようか?」
一瞬見つめ合った二人の少女は、弾けるように笑い声を上げた。
こうして
ほんの一日前は死闘を繰り広げていたというのに。
「じゃあ、お出かけしよっか! あ、でもその前に……」
ようやく本題を切り出したミカは、なぜか満面の笑みを浮かべながら手を合わせた。いつの間にか壁に立てかけてあった紙袋に手を伸ばすと、ガサゴソと何かを取り出している。
「ちゃんとこれに着替えてね!」
ミカの取り出したそれに、思わず苦笑するレンゲ。
差し出されたのは白を基調としたセーラー服にターコイズブルーのスカート、そして黄色のリボン。ミカの着ているものとは大きく違うものの、歴としたトリニティ総合学園の制服だった。
「えぇ……」
困惑を隠しきれないレンゲは、ただただ苦笑するしかなかった。
アリウスの生徒である自分がトリニティの制服に袖を通すなど、なんて皮肉なことか。ミカに対する偏見は消えたものの、やはりトリニティに対して複雑な感情を抱いているのは否めない。だからか、彼女は素直にトリニティの制服を手に取る事ができなかった。
「サイズは私と同じぐらいのを選んだけど、多分入るよね? ちなみにレンゲちゃんのスリーサイズってなんだっけ?」
「打率.310、5本塁打、27打点」
「野球の話は聞いてないよ」
なんとか誤魔化そうとするレンゲを一言で切り捨てるミカ。制服を手にジリジリと滲み寄る。
「まぁ落ち着け。そんな怖い目で見られちゃビビって話もできやしない。別に制服なんて着なくてもお出かけぐらいできるでしょ?」
「うーん……でもトリニティってよそ者は結構目立つ陰湿なところだからその格好だと目立っちゃうよ? こっちの事なんか気にしないでもいいのに、みんな暇人ばかりみたいで口うるさくちょっかい出してくるし」
「自分の自治区なのにそこそこ口悪いね……」
少なくともレンゲがスコープ越しに見た光景はそんな雰囲気は無かったが、これがトリニティの実態なのだろうか。
「そうなの! みんな私のこと『トリニティの生徒らしくない』っていつも文句言ってくるんだよ? ナギちゃんに言われるならまだ分かるけどあいつらってただ単に私が気に入らないってだけで色々と言ってくるし。あはは、他にする事ないのかな? だからレンゲちゃんも下手に目立たない方がいいと思うよ。立ち場的にも、ね?」
そこまで言われるとレンゲにこれ以上反論する余地は無かった。
確かに彼女の今の立場上、なるべく目立たないように行動しなければならない。そういう意味では、トリニティ自治区内ではこの制服は完璧な迷彩服になり得る。
渋々といった様子でレンゲは差し出された制服を手に取った。
「あ、折角だしおめかしもしよっか! レンゲちゃんは今も可愛いけど、きっともっと可愛くなれるよ!」
「え、いやちょっと待って。流石にそこまでされるのは申し訳ないというか──おい、服を脱がそうとするな離せあああぁぁぁぁ……」
圧倒的パワーのゴリ押しでなす術もなくミカに弄くり回されるレンゲ。先の戦闘で汚れていた仕事着は脱がされ、着方が分からない制服を着せられ、最後に背中まで届く長い髪も梳かされた。
ぶつぶつと文句を垂れるレンゲだが、鏡の前に立たされた瞬間思わず「うわ」と声を漏らしてしまった。
「ほら、もっと可愛くなったよ⭐︎」
「ミカ……これってミカが手に付けてた──」
「いいの。他でもないレンゲちゃんだから使って欲しいの」
真新しい綺麗な制服に身を包み、長い髪も黒色のシュシュで一つ結びに纏められている。それはミカが常に身に着けていたもので、大切なものだと昨晩のお喋りの時に語っていた。
それを自分に渡したという事実にレンゲはギョッとする。
「大切にしてくれると嬉しいな」
優しく微笑むミカに。レンゲは恐る恐る着けられたシュシュに触れる。とても柔らかく、触れているだけで心が暖まる気がした。
「ありがとう、ミカ。絶対に大事にするね」
「うん!」
それは家族以外から貰った、初めてのプレゼントだった。
●
「わぁ……凄い、周りが全部綺麗だ。うわ、まぶしっ……」
「あはは、そんなに凄いの? いつも見てる景色だからあまり自覚がないなぁ」
トリニティの制服に身を包んだ私こと荻野レンゲは、そのあまりの光景に思わず目を覆った。
見渡す限りの綺麗な街並みと、ところどころ顔を覗かせている豊かな自然。街中に立つ木の一本から手入れが届いていて、まるで絵本の世界に迷い込んだ気分だ。
ここがトリニティ自治区。
私たちアリウスにとっては憎むべき場所なのに、心を奪われている自分がいる。
「あそこにお店も、色んなパンも売ってる……! あっちにはお菓子もあるし、こっちには可愛いアクセサリーまで……ね、ねぇ? ここってトリニティの中心部みたいな場所なの?」
「ううん。ここは校舎からちょっと離れたところで、生徒が少なめな場所なの。最初は人が少ない方がレンゲちゃんも楽かな〜って思って。中心部のトリニティ・スクウェアはもうちょっと歩いた場所だよ」
ここだけでも十分圧倒されてるのに、まさかまだ中心部じゃないとは。この部分だけでもアリウス自治区全体より栄えてる気がする。
周りの景色に目を奪われながらも、前を歩くミカになんとか着いていく。油断するとずっと眺めていそうだ。それぐらい、トリニティという場所は私の想像を遥かに超えていた。
こんな場所にいられたら、どれほど良かったか。
サオリたちと一緒に学校に行って、帰りにお菓子とか買って行ったりして、夜はみんなで洗いっこしながら一緒のお布団で寝る。これほど贅沢な生活があって良いのかな?
命を奪われる危険もなくて、突然誰かに襲われる心配もなくて。
なんて、思考の海に囚われて完全に油断しきっていた私は──。
「あ、ちょっと待ってレンゲちゃんッ!」
「……ん? え゛っ!?」
横から発進してきた黒塗りの高級車に撥ねられた。
「ぐへぇ」
「レンゲちゃーん!?」
地面を無様に転がり、思わず汚い声を漏らしてしまう。
油断してた……突然襲われる心配は無いって思ってたけど、なるほどこれはトリニティのやり方なのか。
幸いにも法定速度を守って走っていたのか、40キロぐらいしかスピードが出てなかったおかげで私に怪我は無い。ミカに殴られた時と比べたらこんなの仔猫に頭突きされたようなものだ。
フラフラと立ち上がり、服についた汚れを払う。
「だ、大丈夫ですか。私ったら、なんて事を……!」
「あはは……大丈夫だよ。車に撥ねられたぐらいで怪我なんてしないって」
「それでも、もしかしたら痣になっているかもしれません! もし宜しければ救護騎士団の方を呼びに──」
「あーっと! 別にいいよ、怪我も無いし!」
放心状態に陥っていた運転手が慌てて車から降りてきた。
なんだか目はぐるぐるで軽くパニック状態になっているみたい。電車ならまだしも、車に轢かれたぐらいで怪我をする人なんていないのに。
危ない、ここで救護騎士団を呼ばれたら身元の説明をしなくちゃいけなくなる。ミネならまだしも、他の騎士団の人もあれほど救護に人生を捧げているとは思えないし。
「もう、ダメだよレンゲちゃん! 赤信号はちゃんと止まらないと!」
なんとか運転手さん落ち着かせようと手で制していると、ミカも慌ててこちらに歩み寄ってきた。頬を膨らませ、両手を腰に当てながら私をジト目で見つめている。
いや、信号なんてどこにも無かったような……。
「ほら! ちゃんと信号が赤になってるでしょ? 赤は止まるって意味なの!」
「あ、そんなところに信号が……」
ミカは私から見て左手側の街灯の上に設置されていた信号を指差していた。
うん、確かに見やすい位置にあった。
「ごめん、見えてなかった」
「ちゃんと注意しないとダメだよ? じゃないとこうやって──」
「ミカさん?」
これまでパニック状態だった運転手はミカが現れた瞬間、目を丸くさせながら驚いていた。もしかして顔見知りなのだろうか。よく見れば着ている制服もミカとおなじ、ティーパーティーのものだ。
「あれ、ナギちゃん?」
「ナギちゃんって……じゃあこの子がミカが言ってた……」
同じティーパーティーに所属する、桐藤ナギサさん。
ミカの幼馴染だ。
まさか交通事故に遭った相手がミカの幼馴染なんて、世間は意外と狭いものだ。
腰まで届く長い髪に、気品を感じさせる立ち姿。
パニック状態ではなくなった今だからこそ分かるけど、同じティーパーティー所属でもミカとは全然違うタイプの人だ。
ミカはお転婆なお姫様って感じだけど、この子は気品溢れるお嬢様って感じがする。
「こんなところでどうしたのナギちゃん?」
「いえ、今日は私がお迎え役で……そういうミカさんも、こちらへはどういったご用件で? それにこの方は……見たところティーパーティー所属ではないようですが」
「新しくできた友達とデートしてたの⭐︎」
「お友達、ですか?」
怪訝そうに視線を私に移すナギサ。
私と目が合った瞬間、その表情が一瞬険しく歪んだのを私は見逃さなかった。
「見覚えのない方ですが、普段はどちらにいらっしゃるのですか? ティーパーティー所属として少なくとも同級生は全員把握していたつもりですが、どうも私の記憶に無いようで」
「……もう、ナギちゃんったら! いくらナギちゃんでも見覚えのない生徒の一人や二人はいるでしょ。急に変なこと言うね」
ミカが誤魔化してくれなければ、正直ボロを出していたと思う。
こちら側を品定めするような冷たい視線。それがあまりにもマダムに似ていて、全身から冷や汗が吹き出すのが分かった。あいつみたいに滲み出る悪意は感じられなかったけれど、その瞳の奥から見え隠れする敵意は変わらない。
もしこの場にミカがいなかったら、私はナギサに襲いかかっていただろう。
「──失礼致しました。ティーパーティーに所属していると、初対面の方はどうしても……非礼をお詫びします」
「……私こそ、初対面の方にはまず挨拶するべきだったね。荻野レンゲです。ミカさんとは……お、お友達をさせて貰っています」
「ええ、そのようですね。ミカさんが他人に自分のアクセサリーを譲るなんて、初めて見ました」
彼女の視線が私の髪に着けられたミカのシュシュへ向けられる。
ミカがくれた、大切な贈り物。それがなんだか褒められている気がして、思わず顔が熱くなるのが分かる。
「これからもミカさんを宜しくお願い致します」
頭を下げるナギサに私も慌てて頭を下げる。
礼には礼で返すのがトリニティの流儀だった気がする。その裏にはどす黒いものが無数に渦巻いているはずだってアリウスの教官は言ってたけど。
「あはは、なんだかナギちゃんがお母さんみたい」
「こんなに手の掛かる子供を産んだ覚えはありません」
「ぶーぶー、ナギちゃんのいけず。ちゃんと認知して」
「ど、どこでそんな言葉を覚えたのですか……!」
二人の軽やかな応酬を眺めながらも、私は思わず首を傾げた。
『にんち』ってなんだろう?
アリウスに帰ったらサオリに聞いてみよう。
「そういえばナギちゃん、今急ぎじゃなかったっけ?」
「──は!? わ、私としたことが、時間を忘れるなんて……! 申し訳ございません、失礼します!」
そんなミカの何気ない一言に目を丸くさせたナギサは、慌てて乗ってきた車に戻っていった。
そういえば急ぎっぽいところを私に追突したんだった。あの脇見運転のお姉さんといい今回のナギサといい、私は交通事故と縁があるのかもしれない。そんな不穏な縁よりも美味しい缶詰との縁の方が欲しいけど。
閑話休題。
車に乗る寸前で一礼したナギサは、そのままスピードを上げて車と共に走り去っていった。
なんというか、ミカの幼馴染って聞いてたからもっとお茶目な人だと思ってたけど、ミカとはまるで正反対な人だった。これはミカとの馴れ初めが気になるところだ。
「うーん、最近のナギちゃんはなんだか忙しないね。私と違ってちゃんとティーパーティーのお仕事も頑張ってるみたいだし」
忙しないとは言っても、生徒会に所属している幼馴染が得体の知れない奴と仲良くしてたら誰だってあんな反応をするだろう。私だって、例えばアツコがどこの馬の骨かも分からない奴とデートなんてしてたら発狂する自信がある。
「それより……」
突然ガバっとミカが私に抱きついてくる。
不意打ち気味のスキンシップに、アツコが寝取られるのを想像して脳が破壊されかけていた私の頭が一気に覚醒する。
毎回この子はスキンシップが激しい!
「私のことお友達って言ってくれるなんて、嬉しい⭐︎」
「お友達……? 私たち、お友達なの……?」
思わず首を傾げる私にミカは「当然!」と両手に腰を当てて胸を張った。
「アクセサリーを渡し合ったり、一緒にお出かけしたり、もうレンゲちゃんは私の大切なお友達だよ!」
「そ、そっかぁ……私たち友達なんだね……えへへ」
なんだか改めて言われると少し恥ずかしい。
でも、考えてみれば『友達』なんてできたのは初めてかもしれない。
サオリ達は家族だから友達とは違うし、アリウスの人で
「それじゃあ、もっといっぱい遊ぼっか!」
「あ、待ってよ!」
「あはは、私はこっちだよ〜⭐︎」
私を置いて駆け足で進み始めるミカを慌てて追いかける。
自然に囲まれた自治区の中を、お姫様が軽やかに走り抜ける。まるで絵本の中の場面のような幻想的な光景に、またしても目を奪われてしまう。
唯一持つことを許されたカメラをポケットから取り出し、パシャリと一枚。
どうやらトリニティには、私が知らない風景がまだ沢山あるらしい。
●
「ふぅ……疲れた……」
どれほど歩き回っただろうか。
ミカに連れられトリニティの隅から隅まで見て回ったレンゲは、その多くをカメラの中に収めていた。
中央広場の噴水の前で二人で撮った写真。
可愛いアクセサリーを見つけては二人で撮り合った写真。
歴史を感じさせる大きな図書館外観の写真(この時は図書委員らしきダウナー系の生徒に追い出され長居は出来なかったが)。
何もかもが輝いて見えた。
これこそ、本来あるべき学園都市なのだと深く理解できた。
「だからこそ、アリウスの惨状が悲しくなってくるけど……」
全てにおいて対極に位置するアリウスを思い浮かべ、思わず苦笑してしまうレンゲ。一度この輝きを知ってしまった自分は、果たしてアリウスに従うことができるのだろうか。そんな漠然とした不安が今になって押し寄せてくる。
「ごめんね、待たせちゃったかな?」
「ううん、まだ注文した奴が届いてないから」
レンゲの座るテーブルの向かい側に腰を下ろすミカ。
休憩も兼ねて喫茶店へと足を運んだ二人だが、先程までミカは数分程度席を外していた。何か取りに行った訳でも無さそうだが、ほんのわずかな間の離席だったため、レンゲは深く考えなかった。
ミカが戻ってくると同時に店主(毛並みが素敵な老猫だった)がケーキと紅茶を二つずつテーブルに置いた。どうやらミカが戻ってくるまで気を遣わせたらしい。二人で一緒に軽く会釈すると、店主も満足げに頷きカウンターの奥へと消えた。
「えっと……これってなに?」
「これはロールケーキっていうケーキなの。とってもふわふわしてて甘くて美味しいよ!」
まるで小さな丸太のような形状のケーキに思わず困惑しているレンゲを見て、ミカはクスクスと笑みをこぼした。
ミカのお気に入りのスイーツだが、確かに初見からすれば少しおかしな見た目なのかもしれない。
「い、いただきます」
あまりにも小さすぎるフォークを使って恐る恐るケーキを切り分けると、そのあまりの柔らかさにレンゲは目を見開いた。
切り分けた小さな切れ端を口の中へと運ぶ。
「〜ッ!?」
口の中に一気に広がる優しい砂糖の甘さに加え、濃厚なクリームのまろやかさ。味覚の情報量の暴力が、スイーツなんてチョコレートでしか経験していないレンゲに襲い掛かる。
「お、おいひぃぃぃぃ……」
幸せそうな笑みを浮かべながら、ケーキどころか肉体まで崩れ落ちてしまいそうになるレンゲ。今まで味わったことのない未知の甘さ。彼女の貧相な語彙力では決して表すことができないが、一つだけ確かだとレンゲは確信した。
自分はこれが好きだ。
一瞬にしてスイーツの魅力に取り憑かれたそんなレンゲを、ミカは楽しげに眺めていた。ただひたすらロールケーキを口運ぶ彼女の姿を見つめながら、自分は紅茶を楽しむ。
しかし、そんな彼女の脳裏を過ぎるのは、今朝ミネから告げられたいくつかの信じ難い事実。
──慢性的な栄養失調です。今回ミカさんから受けたダメージだけでなく、今まで酷使してきたであろう身体の負担が一気に押し寄せてきたのです。
──こ、酷使?
──きっと我々にとっては想像もできないほど過酷な環境で彼女は育ったのでしょう。私にもっと力があればそんな方々も救護できるというのに……!
悔しさに拳を握りしめるミネの姿がひどく印象的だった。
目の前で幸せそうにケーキを頬張っているこの少女が、あの時どんな想いでトリニティを見ていたのだろうか。
果たして自分は本当に彼女の友人で居られるのだろうか。笑顔の裏で、そんな不安がミカに押し寄せてくる。
「んなぁ……美味しかった。やっぱりトリニティは凄いや」
「あはは、これぐらい他の自治区にもあるよ。美味しさはここが一番だけどね!」
「でも、友達と一緒に食べると更に美味しくなってる気がする。ありがと、ミカ」
思わずテーブル越しにレンゲを抱きしめたくなるも、寸前で我慢する。ここでお店のものを壊してしまったらまたナギサから小言を言われてしまう。
「そうだ! せっかくだし、少しゲームでもしてみよっか」
言うや否や、カウンターの奥でグラスを磨いていた店主へ駆け寄るミカ。しばらくすると、店主は快く棚の奥から箱のようなものをミカへ手渡した。
「じゃーん! チェスでもやろっか!」
「ちぇす?」
テーブルに小さな箱を広げると、幾つもの小さなマスで覆われた盤面が姿を現した。袋からは白と黒の小さな物体が取り出され、それぞれが盤面に並べられていく。
これが幾度となく雑誌で見た『ゲーム』なのか、とレンゲは一人関心していた。
「ルールは結構簡単だからレンゲちゃんもすぐにできるようになるよ。まずは──」
それぞれのコマの動かし方、どうすれば勝ちか、さらには一部のコマの特殊な能力についてなど、大まかなルールがレンゲへ伝えられていく。途中で頭が噴きそうになるも、なんとか最低限コマの動かし方までは把握できることに成功した。
「サオリが好きそうなゲームだなぁ」
戦略を立てながら的確にコマを動かすサオリの姿が目に浮かぶ。
一通りの説明を終え、ようやく二人はゲームを開始させた。
最初ということもありミカからの助言や解説なども挟みながら、ゆっくりと動かされる盤面。
そして──。
「やった! 勝った!」
初勝負はまさかのレンゲの勝利で終わった。
「わぁ、レンゲちゃん凄い!」
「でもミカに手伝って貰って勝てたみたいな感じだから。次は真剣勝負にしよ!」
意気揚々と盤面を戻し始めるレンゲに、ミカはクスクスと笑みをこぼした。すっかりゲームの楽しさにも虜にされている。
そのまま始まる第二ラウンド。
今度はミカからの助言もなく進められたが、しばらくすればまたしてもレンゲの勝利で終わっていた。
「えへへ、もしかして私は天才なのかもしれない」
「初めてなのに凄いね! ナギちゃんともたまに遊ぶけど、もしかしたらレンゲちゃんが一番かも?」
「えー、そうかな? えへ、えへへ……」
「それじゃあ、最後はもうちょっと楽しくしよっか!」
得意げに腕を組むレンゲだが、ミカの目が一瞬光ったことに気付く事ができなかった。
「勝った方が負けた方の言うことを一つ聞く、っていうのはどうかな?」
「え、いいの? じゃあ私が勝ったらどうして貰おっかなぁ〜」
ここまで順調に勝っていたレンゲはこれを快諾した。
その判断に直ぐに後悔する事になるとも知らずに。
「やったー、クイーン貰っちゃった⭐︎」
「あれ?」
「はい、ルークとビショップもゲット⭐︎」
「え、あの……」
「ポーンが端っこまで辿り着いたから、クイーンに昇格するね⭐︎」
「なにそれ知らない」
あれよこれよという間に次々とコマを取られるレンゲ。
そして僅か数分後。
「お願い、許してぇ……今までのこと全部謝るからぁ……」
「だ〜め⭐︎ 罰だから」
泣きながら命乞いをするレンゲを、ミカは冷たい笑みを浮かべながら見下ろしていた。
「お仕置き確定だよ、レンゲちゃん。チェックメイト⭐︎」
「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……」
圧倒的戦力差により蹂躙されたレンゲは、気がつけば机に突っ伏していた。
「……謀ったね、ミカ」
「んー、なんのことかな?」
レンゲから一言だけ小さく抗議されるも、ここまでの対戦でミカが手加減していたという事実を見抜けず条件を飲んだ自身の自業自得だったためか、それ以上は追求することはなかった。
レンゲは深いため息を吐くと、両手を上げた。
「降参。もう煮るなり焼くなり、なんでも言ってくれていいよ」
「やったー。それじゃあ──」
ミカに悩む要素はなかった。
対戦が始まる前から──否、今日のお出かけが始まる前から決めていたお願いを、ミカは淀みなく告げた。
「私と一緒に
「……大聖堂?」
聞き慣れない場所に、レンゲは首を傾げた。
その場所が彼女の中の
実際のレンゲのチェスの腕前はクソ雑魚ナメクジ。
そこら辺の小学生にも劣るレベル。
・レンゲ
まるで海外初体験の観光客。実際似たような状況ですが。
銃弾も避けられるはずなのになぜ今回の車には反応が遅れたんでしょうか。
・ミカ
最初は飴を与えてから自分に有利になるよう進めるトリニティムーブ。
毎日ロールケーキ健康生活は流石にやばい。
・ナギサ
一年の頃はまだ落ち着きが無いイメージ。どこの馬の骨かも分からない人間がいつの間にかミカの友人になってて怪しんでいる。後に自分も似たような事を123にもする事になる模様。
主人公の名前どうする?
-
変更なし
-
改名するべき