俺は陸八魔アルを絶対に許さない。
私──荻野レンゲには一人の相棒がいる。
「サオリ、そっちに何かあった?」
「ううん、ガラクタだけ。そういうレンゲの方は……あ、こら! 気になるからって口に入れないの! 赤ちゃんじゃないんだから毎回食べて確認するのはやめて!」
名を錠前サオリ。
私と違ってしっかりしていて頭も良い、とても頼りになる女の子。たまにぶたれるのが痛いけど、大体は私のせいだからあまり気にしてない。少し口うるさい時もあるけど、私の事をいつも気にかけてくれる自慢の相棒だ。
今もいくつかちょっと怪しげな缶詰の入った箱を見つけたら一つだけ食べてみたら、サオリが慌てて取り上げた。
ちょっとぐらい食べても大丈夫なのに……サオリは心配性なんだから。何か新しい食べ物を見つけると全部私が毒味してるけど、今までお腹を壊したことなんて一度もないし。
「何かあってからじゃ遅いの! 私が匂いとかチェックするから、何か見つけても食べないこと! いい?」
「ええー……」
「返事は『はい』か『イエス』で答えて」
「いえす、まむ!」
とりあえずこの缶詰は大丈夫だったから、持ってきたカバンの中に放り込んだ。なんのお肉かはあまりの分からなかったけれど、美味しかったから多分大丈夫。
今私たちは、真っ暗な倉庫の中を探索していた。
辺り一面埃だらけで電気も通っておらず、廃棄されてからそれなりの年月が経っているのが分かる。それでも缶詰は残っているんだから、保存食って凄い。
当然夜の探索になるから、窓から差し込む月の光が唯一の道標だ。
夜目になれば見えない事もないけれど、サオリ曰くみんなが私のように五感が人間離れしていないとのことで(まるで私が人間じゃないみたいで心外だ)、移動する時はピッタリとサオリが私の腕にくっついて移動している。
これは暗いところで移動するのは危ないっていう理由もあるけど、一番の理由は実は別にある。
「こ、こっちで本当に合ってるのかな……ねぇレンゲ、何かいる……?」
「何もいないと思うけど」
「も、物陰とかにも何かいたりしない……? お、お化けとか……」
何度かこういった倉庫を探索してるうちに気づいたけど、サオリは見ての通り暗いところが苦手だった。どうも暗闇から何かが出てきそうで怖いらしい。
私は目が良いから何か出てくるかなんて見れば分かるから、あまりそういう恐怖は感じない。でもサオリみたいな普通の人には暗闇って怖いところらしい。
「ひっ……! 今、何か聞こえなかった!?」
「ぐえ、待ってサオリ、抱きついてくれるのは嬉しいけど急にだと息できなくなるから。これじゃ私がお化けになっちゃうから」
どんな小さな物音でもビックリしちゃうから、まるで猫ちゃんみたいだ。これはこれで可愛いけど、抱きついてくる時の力があまり可愛くない。
何度か同じようなやり取りを続けているうちにようやく次の部屋に辿り着いた。ついでに私も何度かお化けになりかけた。
重そうな鉄製の扉が目の前に広がる。
上部分に貼られたプレートに何か書いてあるけど、私もサオリも文字が読めないからここが何の部屋なのかも分からない。これでどちらか一人が文字が読めると食糧庫とかがすぐ見つかるんだけど……。
新たな部屋を見つけ、サオリも仔猫ちゃんモードから真面目モードに切り替わる。それでもまだ怖いらしいけど、それ以上にご飯を見つける方が大事だから我慢してるらしい。それでも結構頻繁にSOSが飛んでくる。
そもそもお化けなんているはずがないのに、サオリは怖がりなんだから。
「うんしょ……重い〜」
「うぅ……早く月が見たい……」
錆と劣化で重くなった扉をなんとかこじ開けて、二人揃って部屋へ足を踏み入れる。サオリの望み通りこの部屋には窓があったようで、月明かりにより大分明るく照らされている。サオリも安心したように大きく息を吐いた。
「ここは……誰かが住んでたのかな?」
「毛布が他と比べてまだ新しい。それに、最近食べたような空き缶もある。多分、最近まで誰かがここに住んでたんだと思う。レンゲ、何も口に入れないようにね」
「も〜! 分かってるよ」
空き缶を一つ手に持った瞬間、またサオリから睨まれてしまう。
もしかして私、自分が思ってるほど信用されてない?
「あれ、奥にもう一つ部屋がある……なんだろ、ここ?」
乱雑に置かれた毛布の中を調べるサオリを背に、部屋の奥へと進んだ私はもう一つの扉を見つけた。今までは部屋の中にもう一つ部屋があることなんて無かったから、思わず扉に耳を当てて中の様子を窺ってみる。
「これは……ロープが軋む音……? それに混じって何かが聞こえるような」
サオリを呼ぶことすら忘れ、私は鉄製の扉のドアノブを恐る恐る回した。外の扉とは違いすんなりと回ると、ゆっくりと扉を開ける。
中は物置のようだった。
先程まで月明かりのある場所にいたせいか、暗闇に目が慣れずまだあまり見えない。でも、いくつかの棚のようなものだけは微かに見える。
そして先程から響いている、明らかにロープのようなものが軋む音。
両目が暗闇に慣れ始め、中の様子が徐々に鮮明になってくる。
目の前に両足がぶら下がっていた。
「……へっ?」
最初は意味が分からなかった。
なんで目の前に足が見えてるの? 普通足って浮いたりしないよね?
でも目の前には誰かの足がある。足があるということはその持ち主もいるはずで……。
恐る恐る、私は視線を上に移した。
二つの赤い瞳と目が合った。
「みぎゃああああああああ!?」
おそらく人生で一番大きな悲鳴と共に、私は生まれて初めて恐怖で失神した。
●
「レンゲ!?」
ずっと静寂が続いていた倉庫に、今まで聞いた事のないような大きな悲鳴が響いた。慌てて後ろ振り向くと、奥にもう一つ部屋があったようで、既に扉が開けられた状態になっていた。
もしかしてレンゲの身に何か……!
ハンドガンを抜き、私は慌てて奥へと走り寄った。
「れ、レンゲ……? 大丈夫……?」
なんと、レンゲが泡を吹いて倒れていた。
銃で何発も撃たれても気絶しなかったあのレンゲが気を失っているなんて、中に一体なにが……?
意を決して、私は銃を構えた状態で中を覗き込んだ。
「なッ!?」
「うぅ……けほっ……」
その光景に思わず目を見開く。
天井から吊り下げられたロープに誰かが首を通した状態でぶら下がっていた。一瞬死体だと思ったけれど、苦しげに歪む赤色の瞳とその頭上に浮かぶヘイローがこの人が生きた人間だと物語っていた。
「早く助けないと……!」
銃をロープの根元へ向ける。
微かな月明かりを頼りに狙いを定め、私はなけなしの銃弾を数発ほど天井に撃ち込んだ。
「うっ」
元々が古びた建物だったおかげでロープが吊るされていた箇所はあっさりと崩れ、ロープごと首を吊っていた人物が重力に従い落ちてきた。
途端に呼吸が復活し、落ちてきた人物が激しく咳き込む。
「ゴホッゴホッ! ハァ……ハァ……」
「だ、大丈夫?」
よく見たら、その人物は私たちと同じ子供だった。
短い黒髪の上に赤いヘイローが浮かんでいて、弱々しく点滅していたそれが段々と輝きを取り戻す。
良かった、命に別状は無いみたい。
「どうして……」
「え?」
背中を摩りながら女の子の顔を覗き込むと、突然鋭い目つきで私を睨みつけてきた。
「どうして止めたの? あと少しで死ねたのに……この肉体から解放されたのに……」
女の子の声は、覇気というものがまるで無かった。
この世の全てに疲れ切ったかのように弱々しくて、今にも消えてしまいそうなほど物静かで。それでも、その声色は明らかに私を非難していた。
「苦しみしかないこの世界に生きる意味なんて無いんだから。大人しく自由にさせて」
「で、できるわけないでしょ! 目の前で人を見殺しにするなんて間違ってる!」
少し前の私では考えられないセリフが思わず口から溢れてしまう。
どうやら思ったより私はレンゲに毒されているらしい。それこそ、目の前の見ず知らずの女の子を放っておけないと思えるほど。
「随分と酷いこと言うね。私に生きて苦しみ続けろって言うの? 肉体という器に閉じ込められていろって言うの? そんな事、初対面の人に言われる筋合いは無い」
「ッ……!」
それはまるで鏡の中の自分を見ているようだった。
Vanitas vanitatum
あの日、アリウス生徒に言われた言葉。
世界はただ虚しく、どこまで行こうと救いなんて無い。
ずっと頭の片隅に引っ掛かり続けたその言葉が、目の前の女の子の言葉で一気に込み上げてきた。
確かに、彼女の言う通りだ。
私もレンゲも、ただ当てもなく毎日スラムを彷徨うだけ。食料を見つけることすらままならず、生きるだけで精一杯の日々。
果たしてこれは、胸を張って生きていると言えるのだろうか。
少なくとも、足元で呑気に気絶している彼女に出会う前の私なら、この問いに答えられずにいたかもしれない。
「苦しみしかないこの世界に生きる意味なんてあるの?」
「無いかもしれない」
「は?」
「生きる意味があるかなんて分からない。もしかしたら今まで積み上げてきたものは全部無駄だったかもしれないし、結局生きて続けても最期まで何も成し遂げられず、誰にも記憶されないまま果ててしまうかもしれない。でも──」
レンゲと共に過ごす日々。
食料を探しに自治区の色んな場所へ行ってみたり、時には敵と遭遇したり。そこで今まで食べた事がないご飯を見つけて二人で騒いだりして。見た事がない景色を見つけて二人で目を輝かせたり。
毎日が同じ事の繰り返しだけど、その中で常に新しい発見がある。
「──『生きる』のって、最高に楽しいよ?」
この子はきっと、まだそれを体験できていないだけ。
「だから、私たちと一緒に来る?」
ポカンと口を開けている彼女に向かって手を差し出す。
あの日レンゲが私にしてくれたように、今度は私が誰かを助けたい。
「この世界に意味は無くても、毎日のちょっとした奇跡を見つけるだけで『生きてて良かった』って思えるはず。もし見つけられなかったら、私たちが一緒に探してあげる。私たちが一緒に生きる意味を考えてあげる」
「……あなたたち二人に、見ず知らずの私にそこまでする理由なんてある?」
「無いよ。だからこれはただのお人好し。それに、そこで呑気に寝てる
「随分と信頼してるんだね、その子」
「言うと調子に乗るからあまり口には出せないけどね」
横目で未だ気を失ったままのレンゲを一瞥すると、大きくため息を吐いた。まるで自分の口から出そうになった言葉を覆い隠すように。
「……縁とか繋がりとか、そんなのまやかしに過ぎない。人は孤独に生まれて、孤独に生きて、孤独に死ぬ。結局あなたとその子との繋がりも、いつかは切られて消えるだけ。だからあなたのその信頼も、いつかは無駄になるはずだよ」
「たとえいつかレンゲと離れ離れになっても、今まで一緒に過ごした時間は消えない。思い出は無かった事にならない。『繋がり』ってそういうものだと思うよ」
「そんな仮初の繋がりなんて──」
「でも私は断言できる。私はずっとレンゲと一緒にいるし、レンゲもずっと私と一緒にいてくれる。決して見捨てないし見捨てられない。そしてそれは貴女も同じ」
決して目を逸らさず、真っ直ぐ彼女を見つめる。
そしてあの日、レンゲが私に言ってくれたように、私もその言葉を告げた。
「私を信じて」
初対面で言う言葉ではないし、目の前の女の子がこの言葉に頷くなんて思えない。それでもこれが、今の私にできる精一杯だ。
「ッ……! どうして……!」
今まで無表情を貫いていた女の子の顔が、歪んだ。
「いつもこうなる……! 肉体から解放されようとするといつもこの世界は逃してくれない……! だから今回は漸く自由になれると思ったのに、こんな時にあなたみたいな人と会ってしまう……!」
ポタポタと、雫が落ちる音が響く。
声を震わせながらこちらに体を預けてくる彼女を、私は黙って抱き止めた。
「寂しかった……!」
「うん」
「この世界には私一人しかいないんだと思った……! 痛くて……苦しくて……もうこれ以上生きる理由なんて無いんだって思った……!」
「大丈夫、私も同じ気持ちだったから。でも、これからは私たち3人は家族だよ。一緒に生きる意味を探せばいい」
「うん……!」
何度も頷く女の子の頭を、私はずっと撫で続けた。
──これが3人目の家族、
●
「……んぁ? あれ、私どうして……」
どこか重苦しさの残る頭を摩りながら、私はフラフラと起き上がった。体についていた埃を払いながら、辺りを見回す。
そもそもなぜ私は倒れていたんだろうか。
サオリと一緒に倉庫の中の部屋を探索していたところまでは覚えてる。部屋の中でもう一つドアを私が見つけて、開けて中を覗いて──ダメだ、その後が思い出せない。
でも、確か恐ろしいものを見たような……。
「あ、起きた」
「全く……随分とぐっすり寝てたね。探索中に寝落ちするってどういう事?」
「あー、サオリか。ごめんね、なぜか知らないけど気を失ってたみたいで──」
聞き慣れた相棒の小言が聞こえその方向へ視線を向けている途中、どこか違和感があった。あれ、声が一つ多くない?
声の方向へ体を向けると、予想通り呆れたように首を振るサオリの姿があった。
そして、その隣に座る赤い目の女の子の姿も。
徐々に蘇る、あの時物置の中で見た光景。
私はその場でひっくり返った。
「うにゃあああ!? お化け!?」
「は?」
「お化けなわけ無いでしょ!」
「痛い! あ、でも確かにちゃんと床に座ってて浮いてない……」
「当たり前でしょ……サオリ姉さん、この子はほんとに話の中の人と同一人物なの?」
「い、一応ね……」
思わず悲鳴を上げた私に向かってゲンコツが振り下ろされ、私は否が応でも現実に引き戻された。
よく見ればこの赤い目の女の子の頭の上には同じ色のヘイローが浮かんでいる。生きている証拠だ。でもなぜかさり気なくディスられた気がするするけど、それも多分私の気のせいだ。
「あれ、『サオリ姉さん』?」
「レンゲが寝てる間に色々あってね。これからはこの子……ミサキも一緒に行動する事になった」
「へぇ! いいねいいね! 『家族』は沢山の方がいいから! 私、荻野レンゲ!」
「私は戒野ミサキ。レンゲの事はサオリ姉さんから大体聞いて──」
「ねぇ、ミサキって何歳!? 好きな食べ物は!? 最近はあまり美味しいものとか見つけられてないけど、欲しいものがあればなんでも言ってね! 私のレンゲレーダーで探してあげるから!」
「あの──」
「ずっとここに住んでたの!? 一人で寂しかったでしょ! でも、もう大丈夫! これからはずーっと一緒だから!」
「えっと──」
「そうだ! 折角だし、今日はご馳走様にしよっか! 最初だし、きっとサオリも許してくれるよ! 私が長い間蓄えたとっておきの缶詰を大盤振る舞いしちゃうぞ〜!」
「…………」
「諦めて。テンション上がったらいつもこうだから」
いそいそとカバンの中から缶詰を取り出そうとすると、なぜか二人から白い目で見られてしまった。
折角家族が増えたのに何もないのは寂しいと思ったから……。
渋々一袋ずつレーション(エナジーバーのような棒状の食べ物。とてもパサパサしてて美味しくない)を取り出して、それぞれサオリとミサキに渡す。宴はまた今度。
三人並んで窓から夜空を見上げながら、もそもそとクッキーみたいな食感のレーションを食べる。やっぱり缶詰が良かった。
「あ、見て! お日様が見えてきたよ! 綺麗〜」
いつの間にかもう夜明けの時間になっていたようで、建物の影からゆっくりと太陽が顔を見せた。暗闇に包まれていたスラムの街並みに徐々に光が差し込み、いつもの風景がどこか幻想的に見える。
「ねぇ、ミサキ! 一人で見る夜明けも良いけど、こうして家族と見るともっと綺麗でしょ!」
思わず隣に立つミサキに抱きつくと、ミサキは困ったように小さく笑みを浮かべる。今でこそサオリもよく笑うけど、その仕草はどこか昔のサオリを思い出す。どうも二人は似ているらしい。
でも、慣れない手つきで頭を撫でてくれるのはサオリより優しい。
「うん、そうだね」
もう一度朝日を見上げると、ミサキは小さく呟いた。
「悪くない、かな」
「そういえばサオリの事は姉さんって呼ぶのに私の事は姉さんって呼んでくれないの?」
「なんで歳下を姉さんって呼ばないといけないの……」
「え? 私サオリと同い年だけど」
「「え……? 嘘でしょ?」」
「二人揃ってぶっ飛ばすぞこの野郎」
ミサキの絆ストーリーが良すぎて脳が破壊されました。
・レンゲ
実はこれ以降暗いところが少し苦手になった。
・サオリ
サオリお姉ちゃん誕生。自分が思っていた以上に主人公の影響を受けていた。幼い彼女はそれが依存だと自覚していない。
・ミサキ
ちっちゃい頃から捻くれてそう。
主人公の名前どうする?
-
変更なし
-
改名するべき