アリウス生徒の奮闘記   作:ハァン

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今回は難産かつ短め。



動き出すアリウス(1)

 

 

 

「……ふぁぁぁ」

 

 パチリと目が覚め、私は大きく背伸びしようとして……出来ない。

 視線をすぐ隣へやると、やはりというべきか、サオリが毛布越しに私の体をガッチリとホールドしていた。あどけない表情を浮かべながら、良い夢でも見ているのか口許が少しニヤけている。

 いつもは頭上に浮かんでいるヘイローもまだ姿を現していないから、どうやらまだ夢の世界にいるらしい。

 

 なんとなく目の前のサオリの顔を覗き込む。

 

「こうして見ると、サオリも子供っぽくて可愛いのにね」

 

 まぁ、サオリはいつでも可愛いけど。

 

 どうにか抜け出そうと体を捻ると、機嫌悪そうにサオリが身じろぐ。

 良い加減離してくれないとご飯の準備ができないんだけど……。

 

「わぷっ」

 

 さらに強く体を捻って無理矢理抜け出そうとすると、なぜかさらにそれ以上の強さで引っ張り込まれて今度は頭が思いっきり抱き抱えられてしまった。これ絶対起きてるでしょ。

 でも、相変わらずヘイローはまだ姿を表していない。

 

 寝るたびに()()なるから一度サオリに文句を言った事があるけど、曰く「レンゲは体温が高いから気がつけばこうなっちゃう」とのこと。私は湯たんぽか何かかオイ。

 

「サオリー、いい加減起きる時間だよー? 寝坊助さんはご飯抜きだよー?」

「ん……?」

 

 ツンツンと顔を突っつきながら声をかけると、頭の上でヘイローが徐々に点滅しながら浮かび上がる。無駄にもっちりしたほっぺをしやがって、このまま食ってやろうか。

 

 ゆっくりと瞼を上げ、サオリの綺麗な青色の瞳がようやく姿を表した。まだ意識自体は覚醒しきれていないのか、どこかポワポワした雰囲気を醸し出している。可愛すぎる。

 

「おはよ、サオリ。もう()だよ」

「ふあ……おはよう、レンゲ」

 

 やっとサオリの抱擁からも解放され、大きく背伸びをして体を解す。背中越しで分からなかったけど、ミサキも同じようにサオリに抱きついて寝ていたらしい。つまりミサキ→サオリ→私という状態。私にも誰かに抱きつかせてくれ。

 でも、ミサキはサオリにこそ懐いているみたいだけど私とはまだ少し壁を感じる。姉さんとも呼んでくれないし、話しかけても反応がイマイチ。かと言って何か反応をくれても、あのダウナーな雰囲気の中に少し棘が見え隠れする。これが私とサオリの人望の差とでもいうのか。

 

「ミサキも起きて。外もすっかり真っ暗になっちゃてるし、早くご飯食べて移動しないと」

「ん……大丈夫、もう起きてる」

 

 サオリの背後で寝ていたミサキにも声を掛けると、少し遅れて返事が返ってくる。

 声はまだ眠そうだ、と思いたいけどミサキは起きてる時もずっと眠そうにしてるからあまり違いが分からない。

 

 街灯一つ機能していないアリウス自治区は夜になると月の明かりが唯一の道標になる。幸いにも今日は満月のおかげで、絶好の探索日和と言える。

 

 私たちの活動時間は基本的に夜だ。

 身を隠しやすく、人が少ない時に行動するのは、私たちのような子供にとっては必要不可欠。一人二人ならまだしも、スラムでは集団で行動する年上たちも少なくない。そんな人たちと鉢合わせしてしまったら、武器も人数も少ない私たちはなす術もなくやられてしまう。だから基本的には、今のように昼夜逆転した生活を送っている。

 

 二人が起きたのを確認すると、毛布を回収してきちんと畳んでから丸めてカバンの中に突っ込む。そして代わりに缶詰とフォークを三つ取り出すと、サオリとミサキにそれぞれ渡す。

 

 渡された缶詰見て、サオリは僅かに眉を顰めた。

 

「また缶詰……缶詰は貴重なんだから、もっと大事に使わないと」

「だって寝起きであのレーション食べると口の中の水分全部持ってかれるんだもん。(あさ)ご飯ぐらい良い気分で過ごそうよー。ミサキもそう思うでしょ?」

「別に。ご飯なんてお腹の中に入れば一緒」

「ほら、ミサキも缶詰食べたいって言ってる!」

「勝手に解釈しないで! ミサキもダメな時はちゃんとダメって言わないと。甘やかすとレンゲの教育に悪いから」

「サオリ姉さんがそう言うなら……レンゲ、めっ」

「うぅ……裏切り者ぉ!」

 

 そもそもミサキは大体サオリの言うことを聞くからこういう時はいつも私が負ける。多数決なんて横暴だ!

 

 抗議の意味を込めて二人を睨んでいると、しばらくしてサオリが深いため息を吐きながら首を振った。

 

「はぁ……今回だけだよ?」

「やったー! サオリ大好きー!」

 

 私の粘りの泣き落としのおかげでなんとか快適なご飯を手に入れる事ができた。こうして偶には私の意見も聞いてくれるところが憎めない。

 

「……サオリ姉さんが一番レンゲを甘やかしてる」

 

 ミサキも何かを小さく呟いてから缶詰に手を伸ばした。

 表情は相変わらずの無表情だけど、きっと内心狂喜乱舞しているに違いない。

 

 るんるん気分で鼻歌を歌いながら、私たちは缶詰の蓋をゆっくりと剥がす。中からなんとも言えない匂いと茶色の物体が顔を見せる。匂いはともかく味に関しては美味しいはずだ。

 

 外の絵を見ず適当に選んだけど、今日の缶詰は何かのお肉みたいだ。少し硬くて食べづらいけど、私が一番好きな奴だ。

 

「うへへ〜大好物〜」

「食べ終わったらすぐ出発するよ。ここにはもう何も無いみたいだし」

 

 ウキウキでお肉にフォークを突き刺す私を他所に、サオリは既に食事を済ませて荷物をまとめていた。

 既に探索を終えているこの空き家に長居する理由なんてない。だからサオリのようにさっさと食べて移動するのがベストなんだけど……ご飯ぐらい味わって食べたい。

 

「まったく……ゆっくり食べないとちゃんと育たないよ?」

「レンゲが遅すぎるの」

「フッ、これじゃあ将来どっちがナイスボディな大人のお姉さんに育つか明白だね」

「そういうのは私より身長が高くなってから言った方がいいよ」

「こいつ、超えちゃいけないラインを超えやがったな……!」

 

 これは立場を分からせる必要があるみたいだ。

 お肉を掻き込み、サオリに飛び掛かろうと立ち上がると、視線の端で未だに缶詰を握ったままの黒髪ダウナー系女の子が目に入る。

 

「あれ、どうしたのミサキ? ちゃんと食べとかないと体力持たないよ? 毎日のご飯は元気の源! ミサキもしっかり食べて大人のお姉さんになろう!」

 

 ご飯にも手を付けずジッと私たちを見つめているミサキに、思わず首を傾げて声を掛けてしまう。

 それはミサキ本人も無意識だったようで、慌てて視線を私たちから外してご飯を食べ始めた。

 

「……別になんともない。ただ、誰かとご飯を食べるのがまだ慣れないだけ。今までずっと一人で生きてきたから」

「えへへ、でもこういう賑やかなのも楽しいでしょ?」

「……分からない」

「そっか」

 

 黙々とご飯を食べ始めるミサキをなんとなく眺めてみる。

 決して多くは語ろうとしないけど、彼女も彼女なりに私たちとの生活に思うところがあるらしい。

 

 それを良いことか悪いことか決めるのは、ミサキ自身だ。

 

 でもいつかはミサキ自身の口から「楽しい」っていう言葉が聞けると、私もサオリもきっと嬉しい。

 

「しっ、二人とも静かに」

 

 穏やかな雰囲気を貫くように、突然サオリから発せられる鋭い呼び声。次の瞬間、私とミサキは同時に息を潜めて姿勢を低くした。こういう時に考えるより先に体が動くのは、スラムに住む子供の悲しい習性だ。

 同じく姿勢を低くしながら窓の外を警戒していたサオリは、険しい表情を浮かべている。どうも外に嫌なものが見えたらしい。

 

 足音を響かせないようジリジリとサオリが覗き込んでいた窓へ近づくと、外に見えた光景に思わず顔を歪めた。

 

「アリウスの生徒があんなに……戦線から離れた地域なのに」

「わお、凄い数だね。こんな夜中に何してるんだろ? きもっ」

 

 外をゾロゾロと歩くのは、ガスマスクを被ったいくつもの集団。見慣れてしまった分厚いコートに、統率された動き。私とサオリが遭遇したくない敵堂々の第一位に居座っている、アリウス分校の生徒たちがすぐ目の前で十数人ほど闇の中を蠢いていた。

 全員が銃を抱えながらゾロゾロと歩き回っている。

 

「戦ってるっていうより、何か探してるみたい。普段と様子が違う」

 

 同じく外を覗いたミサキが呟いた。

 確かに彼女たちの動きはどこか忙しなく、まるでしらみつぶしに空き家を一つ一つ探索しているようだった。

 つまり、何か──もしくは誰か探している。

 

「早くここを出るよ。私たちは関係ないと思うけど、見つかったら面倒な事になりそう。レンゲ、先行できる?」

「当然。しっかり着いてきてね」

 

 缶詰の残りをミサキが掻き込むのを見届けてから、私は部屋の隅に置いていたリュックを背負った。ズッシリとした重さが背中から伝わるけれど、この程度なら動くのに問題はない。

 

 三人の中で私の役目は荷物持ちと索敵。大きなカバンを背負いながら動き回れるのが私しかいないから、役目は自然と決まった。いち早く敵を発見し、後ろのサオリとミサキに伝えるのが仕事だ。

 

 そもそも銃を持っているのがサオリとミサキだけで、私はサオリに持っていた銃を渡してから一度も拾えていない。銃ぐらいそこら中に落ちてそうなのに、運の巡り合わせが悪いのか未だに私は丸腰だ。

 

 早急に銃を拾いたいところだけど、今は無いものねだりしても仕方がない。今は自分の役割をきっちりこなすだけだ。

 

 二人にここに待っているよう告げ、アリウス生徒たちがいた方角とは反対側に位置する窓枠に手を掛ける。

 

「よいしょ……うん、ここは大丈夫」

 

 窓から外へ出ると、五感全てを集中させて周囲に誰かいないか確認する。

 人の気配は無し、足音や呼吸音も無し。暗闇に紛れた人影も見当たらない。確認事項を一つ一つ消し、全て問題なしと確認が取れ、私は家の中で待っているサオリたちに合図を送った。

 

 これぞ名付けてレンゲレーダー。

 

「ミサキ、銃のロックは外しておいて。いざという時は私たちでレンゲを守らないといけないから」

「分かってる」

 

 背後から銃を構えながら窓から出てくるサオリとミサキ。

 ただ、場慣れしているサオリはまだしもミサキは少し表情が硬く動きもぎこちない。いつもの仏頂面だけど、どこか雰囲気も不安そうだった。

 

 初めてのアリウスとの遭遇に、あの子もあの子で緊張しているようだ。初々しくて可愛いねぇ。

 

「安心してミサキ、その気になれば銃弾ぐらい避けられるから」

「普通の人に出来るわけないでしょ……レンゲやサオリ姉さんじゃあるまいし」

「私だって出来ないよ! レンゲがおかしいだけ」

「人を変人みたいに言うのやめてー」

 

 マトモな奴は私だけのようだ。

 

「でもなんだか、さっきから見られてるような気がするんだよねー」

「ちょっとレンゲ、怖いこと言わないでよ」

 

 軽口を叩き合いながらも確かに感じる何者かの視線。

 さっきも確認した通り周囲に人影なんていないはずなのに、背中を刺すように突き抜けてくる言いようのない()()()

 

 その刹那、凄まじい悪寒が私の中を駆け巡る。

 

──二人とも伏せて!

 

 私は力の限り二人に向かって叫んだ。

 サオリは咄嗟に姿勢を低くするも、隣のミサキは反応が遅れているのか目を丸くしたまま動かない。

 

 まずい、このままじゃ()()()()……!

 

「いッ!? いってぇ!」

 

 無我夢中でミサキに飛び掛かり、勢いそのまま地面に押し倒した。

 同時に、車で撥ねられたような衝撃が脇腹を襲い、痛みで思わず顔をしかめる。

 

 悲鳴を上げる体に鞭を打ち、未だ状況が把握しきれていないミサキを引きずって近くの建物の影に放り投げた。短く呻き声を上げるのを見届け、私も慌てて近くの物陰に身を潜める。

 隣では既にサオリも同じように隠れていた。これでどうにか三人の安全が確保できたみたいだ。

 

 それにしても、撃たれた脇腹がまだ痛い……。

 

「大丈夫レンゲ!?」

「めっちゃ痛かったけどモーマンタイ。それより気をつけてサオリ、向かい側の交差点の奥から右手3番目の建物にスナイパーがいる。撃たれた時の痛さから多分7.62ミリぐらいのライフル弾」

「あの一瞬でそれだけ分かるなら大丈夫そうだね……」

 

 矢継ぎ早にある程度把握できた情報をサオリに伝えると、サオリは呆れたような安心したような、なんとも言えない表情で頷いた。

 ただ、残念ながら敵があの建物の何階にいるかまでは把握できなかった。撃たれた時の銃弾の角度を考えれば、多分3階か4階辺りだろう。地の利で言えば、こちらが圧倒的に不利だ。

 

「レ、レンゲ……私のせいで……」

「今は言ってる場合じゃないよミサキ。それより、早くあいつをどうにかしないとまずい。今の銃声を聞いたのは私たちだけじゃないはず」

 

 顔面蒼白といった様子で声を震わせるミサキを手で制す。

 今は泣き言を言ったところで意味はない。そもそもこの程度痛いだけで重傷でもないけど。

 

 それにしても、まんまと嵌められた。

 家の向かい側で多くの人員を配置して、いざという時に反対側に監視用のスナイパーを置いておく。そして相手が油断したところを奇襲するというわけだ。

 その銃声を合図に、そこら中のアリウス生徒が集まってくるはず。

 

「ここからだとハンドガンじゃ狙えない。迂回しないと──」

「レンゲ、何分でやれる?」

「五分ぐらいかな」

「分かった。それまで持ち堪える」

 

 狼狽えるミサキを他所に、私とサオリの中では既にどうするべきかは決まっている。階数は分からなかったけれど、建物の位置さえ分かれば十分だ。

 背中に背負っていたカバンをサオリに渡し、軽く準備運動をする。

 

「さ、サオリ姉さん……?」

 

 どうするつもり、と言いたげにミサキはサオリを見つめている。

 まぁ、これだけじゃ流石に分からないか。

 

「今からレンゲがあのスナイパーを倒しに行くから、私とミサキはあいつの注意を引きつけるよ。いくらレンゲでもライフルを何発も避けるのは難しいから」

「というわけでよろしくねー。大丈夫、すぐにあいつの息の根を止めてくる!」

「は?」

 

 これはある意味レースのようなものだ。

 銃声を聞いたアリウス生たちが集まってくるのが先か、私がスナイパーを倒して道を切り拓くのが先か。

 怖くないかと聞かれれば怖いに決まってる。私が間に合わなかったらサオリたちはアリウス生たちに捕まってしまう。

 

 だから、今の私は全力で進むしかないし、怯えてる暇なんてない。

 準備運動を終え、私は大きく背伸びする。

 

「レンゲ一人で大丈夫なの?」

 

 まだ一緒に戦った事がないミサキは、半信半疑で私を見つめている。

 本当に任せて大丈夫なのか、という不安がここからでも感じられ、思わず苦笑してしまう。

 

「私、そこまで頼りなさそうかなぁ?」

「今までの行いを振り返ってみればいい」

「ぐふっ……」

 

 ミサキからの正論が、さっき銃で撃たれた時よりも痛い……。

 

「安心して、絶対三人でここを切り抜ける。だから、私を信じて?」

 

 気を取り直して、どうにか安心させようと精一杯笑みを浮かべる。

 これ以上は何を言っても無駄と悟ったのか、ミサキは深いため息を吐き頷いた。

 

 さて、かっこいいところでも見せちゃいましょうか。

 

「……そういうレンゲも気をつけて」

 

 意気揚々と出発しようとする私の袖を掴むサオリ。

 (ミサキ)がいても、心配性なのは変わらない。

 

「えへへ、ありがと。少しの間だけ辛抱しててね」

 

 そんなサオリに向かって拳を突き出す。

 絶対に約束を破らないという、私とサオリだけの合図。

 

 サオリも不安げな表情を引っ込めて、凛々しく頷いてくれた。

 

「──頑張ってくるよ、相棒(サオリ)

 

 

 突き合わせた拳を合図に、私たち三人は飛び出した。

 

 

 




スナイパー……一体誰なんだ。

・レンゲ
特技は撃たれた時の銃弾の種類を当てること。二人からはドン引きされてる。

・サオリ
なんだかんだ身内には甘い人。

・ミサキ
初実戦で緊張気味。

主人公の名前どうする?

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