殺してやるぞ陸八魔アル…
──これは夢だ。
目の前を二つの人影が横切った瞬間、私はこの光景が現実ではないと漠然と理解した。
自分自身は実体が無いのか、体が見えない。でも、目の前の光景だけは映像のように鮮明に映し出されている、不思議な感覚だった。
人影たちがいるのは、見覚えのない廃校の中だった。
荒れ果てた教室、粉々に破られた窓、崩れ落ちた天井。
かつて子供たちで賑わっていたであろう場の無惨な姿は、あまりにも痛々しい。
人影の一人は見覚えの無い、黒い帽子を被った少女だった。帽子のせいで表情は見えなかったものの、両手で構えたアサルトライフルと身のこなしから只者ではない事は分かる。
もう一人の人影は、腰まで届く焦茶色の髪を揺らしながら懸命に走っていた。見慣れない学校の制服を着た少女の顔は恐怖で引き攣っており、必死の形相で黒い帽子の少女から逃げている。
そして、その顔は自分にとってはあまりに見慣れたものだった。
──レンゲ?
私──錠前サオリにとって唯一の相棒、荻野レンゲの姿だった。
自分が知るレンゲよりずっと年上のようだけど、面影は強く残っていた。今のレンゲの10年後ぐらいの姿と言われれば間違いなく頷ける。
そんな彼女が、謎の黒い帽子の少女から必死に逃げていた。
しかし、やがて彼女は廊下の突き当たりまで辿り着いてしまい、逃げ場を失ってしまう。振り向いたレンゲはスカートのポケットから銃を取り出し帽子の少女へ向けようとするが、帽子の少女が構えた銃から放たれた弾丸により彼女の右手ごと銃を弾き飛ばした。間髪入れずもう一発の銃弾がレンゲの足を打ち抜き、レンゲは苦痛で表情を歪ませながら床に倒れ込んだ。
後ろは行き止まり、前は襲撃者。逃げ場は無い。
二人は何か話しているようだが、なぜか声が聞こえない。
まるで音だけが意図的に抜き取られたような、奇妙な光景。しかしレンゲの足から流れる赤い液体が嫌に生々しく、夢だと分かっていながら私は恐怖で全身が震え上がった気がした。
立ち上がれないレンゲは襲撃者から逃れようと必死に這って移動しているも、そのささやかな抵抗も虚しくすぐに背後の壁に阻まれてしまう。
壁にもたれながら力無く笑うレンゲ。
そんなレンゲを見て、帽子の少女の体が一瞬大きく震えた。
そして、これまでずっと俯いていたその人物が漸く顔を上げた。
──そんな……なんで……。
あらわになった顔を見た瞬間、私は言葉を失った。
──なんで『私』がレンゲを……?
その人物は紛れもなく私だった。
大粒の涙を流しながらレンゲに銃を向けている私。その視線には怒り、憎悪、殺意といった、あらゆる負の感情が込められている。そんな視線が他でもないレンゲに向けられているという事実に、私は訳が分からなかった。
満身創痍のレンゲに近づくと、『私』はレンゲの額に銃口を押し付けた。
──待って、やめて、レンゲが死んじゃう!
目の前の『私』に向けて叫ぶ。
でも、声が届いている気配はない。まるで録画された映像のように、目の前の光景は無情にも進む。
レンゲが何かを言っている。
その瞬間、『私』が吼えた。頭を抱え銃口を震わせ、それでもなお狙いをレンゲから狙いを外さない。
顔を歪めて取り乱す『私』に向けて、レンゲは優しく微笑んだ。
──やめてッ!
衝撃音、そして鮮血。
血溜まりに沈む相棒を、私はただ見つめる事しか出来なかった。
「──ッ!? はぁ……はぁ……」
次の瞬間、私は凄まじい勢いで
ボロボロに朽ち果てた天井、そして壁から吹き込む肌寒い隙間風。そして何より、震えが止まらない自分の身体。
あの恐ろしい悪夢からようやく逃げ出す事ができたと自覚した瞬間、私は大きく息を吸った。
動悸が止まらない。胸が苦しくて、心臓はこれでもかと激しく鼓動している。あの光景を振り払うように首を振り、私はもう一度ゆっくりと天井を見上げた。
今でも鮮明に覚えている。
他でもない私自身が大切な相棒を手にかける光景。
あの夢は一体なんだったんだ。どうしてあんな夢を私は見たんだ。
隣でまだ寝息を立てている家族の姿を食い入るように見つめる。
普段の仏頂面とは違って穏やかな寝顔を浮かべているミサキ。そんなミサキに抱きついて寝ているヒヨリ。いつの間にか二人は随分と仲が良くなったみたいだ。
「ふへへ……汚物は消毒ぅー……」
そして反対側では、同じく気持ち良さそうに眠っているレンゲ。
寝言が意味不明だけど、いつもと変わらない様子。
「…………」
あの時の、恐怖で歪められた表情を浮かべていたレンゲが脳裏を過ぎる。今の彼女からはまるで想像が付かない。
人懐っこくて、初対面だろうと誰にでも友好的に接するレンゲ。
そんな彼女に負の感情を向けられるなんて、想像するだけでも耐えられそうにない。
「人の気も知らないで……」
あんな夢を見て震えが止まらないというのに、この子がこうして気持ち良さそうに眠っているのがなんだか腹が立ってきた。
もちろんレンゲは何も悪く無いんだけど……八つ当たりしたくなる気持ちが抑えられない。
「ん……」
硬い床に寝転ぶと、私はレンゲの身体を抱きかかえた。
一瞬身じろぎしたレンゲだけど、すぐにまた寝息を立て始める。
いつもはこうすると文句を言われるから我慢してるけど、今日ぐらい良いよね?
心地よい暖かさが身体を包み込む。
止まらなかった動悸も徐々に収まり始め、身体の震えも消えていく。
レンゲは生きてるんだ。
あんな光景なんてただの夢だ。私がレンゲを……家族を傷つけるはずがない。
徐々にまた眠気が顔を見せる。レンゲを抱きしめ、ミサキ側にも少し寄りながら、ゆっくりと瞼を閉じる。
「……お休み、サオリ」
視界が暗転する寸前、隣から優しい声が聞こえた気がした。
●
「うおおおおお完全復活!」
「ちょっと、まだ傷が全部治ったわけじゃないんだからあまりはしゃがないで!」
自由になった身体を伸ばしながら、私は拳を突き上げた。
後ろからサオリの呼ぶ止める声が聞こえるけど今は関係ない。
やっと……やっっっっっっと私は蘇った!
アリウスの部隊丸々一つ相手に大立ち回りを演じたあの夜。
あの時受けた傷のせいで私はサオリからしばらく絶対安静を言い渡されていた。
特に左足の治りが遅く歩く事すらままならなかったせいで、移動する際はサオリに肩を貸して貰いながらゆっくりと移動していた。いつもは二、三日すれば大体の傷は治ったのに、今回に関しては妙に治りが遅かったのだけは謎だったけど。
でも、そんな日々も終わる。
あの日からどれほど時間が経ったかは覚えていないけれど、ついに左足がまともに動くようになった。
もう一人で探検しに行けるし、お手洗いに行く度にミサキに「どこ行くの?」って詰め寄られる事も無くなる。今思えばミサキが監視役だったのかもしれない。
「よ、良かったです……レンゲ姉さんの傷がちゃんと治って……うわぁぁぁん!」
「ヒヨリ〜!」
泣いて喜んでくれるヒヨリをぎゅっと抱きしめる。
あぁ、やっぱりヒヨリだけが私の味方だ。
「でもサオリ姉さんの言うことはちゃんと聞いて下さいね?」
「あ、はい」
訂正、我が妹もサオリチームだったらしい。
「まだ包帯も全部取れてないんだから、そんなに無理しないで。私も何回も貸せるほど包帯を持ってる訳じゃないから」
ゾッとするような無表情で私を見上げていたヒヨリに固まっていると、横からため息を吐きながらミサキが言う。
ジトっとした目で見つめてくる彼女にも、私は頷くしかない。
あれ、いつの間に妹二人がサオリ側に……?
「えへへ、道端に捨てられたお菓子の包装紙みたいな私でも、何かお役に立てる事があったんですね……」
「役に立つとか立たないとか、関係ない。結局は最終的な結果が全てなんだから、過程なんて意味はない。こうしてレンゲも大丈夫だったんだし、ヒヨリももう気にしない方がいいよ」
「私はミサキさんと違って強くないですから……」
相変わらず偏屈な事を色々と言ってるミサキと、今日も可愛いヒヨリ。なんだかこの二人を見てると全力で抱き締めてあげたくなっちゃう。
この前我慢できず抱きついたらミサキに凄く鬱陶しがられたけど。
「いてっ」
ミサキの言葉にアワアワしてるヒヨリを眺めながら適当な瓦礫に腰を下ろすと、唐突に髪を引っ張られた。何事かと後ろを振り返ると、ちょうど瓦礫の隙間に髪が挟まれていた。
そういえば、もうずっと髪切ってないっけ。
いつもは肩ぐらいの長さに切ってたけどサオリと会ってからはそんな暇も無かったし、最近は身体も満足に動かせなかった。そのせいか、気がつけば普段は肩までしかない髪が腰辺りまで届いている。
「そろそろ髪も切らないとなぁ」
「似合ってると思うけど」
「長すぎると弾避けるのに邪魔になるでしょ?」
「いや、そんな『普通分かるでしょ?』って顔されても私は弾避けられないから分からないよ……」
それに長いと色んな物に絡まっちゃいそうで怖い。
近くにちょうど良さそうなガラスがあれば即席のナイフで切れるんだけど、こういう時に限って周りは瓦礫ばかりでガラスが見当たらない。
「でも、なんだかサオリ姉さんと似てますね。サオリ姉さんも髪が長くて綺麗ですし」
「え!? 私がサオリとお揃い? えーそうかなぁ……? えへ、えへへ……」
「うわ、凄くだらしない顔してる」
そっかぁ、サオリとお揃いかぁ。
髪を伸ばすのもなんだか良い気がしてきた。
「サオリはどう? 私も髪伸ばした方がいいかな?」
「ッ! 私は昔の方が好き……かな」
サオリにも意見を聞いてみると、なぜか顔を逸らされてしまった。
どうも今日は様子がおかしい。
夜中目が覚めた時は震えながら私に抱きついてたし、朝起きてからも何故か異様に視線を感じる。かと言って目を合わせれば直ぐに視線を逸らされるし、なんだか釈然としない。
「うぅ……ヒヨリ〜! サオリがなんだか冷たいよー!」
「わふっ。あぅあぅ……」
八つ当たり気味に隣にいたヒヨリの頬をこねくり回す。ミサキはめんどくさい空気を感じとったのか、既に避難していたせいですぐ隣にいたヒヨリに矛先が向く。近くにいた君が悪い。
ひとしきり妹の頬を堪能してから、もう一度空を見上げた。
雲一つ無い綺麗な
「それにしても、まさか内戦が終わるなんてねー」
「元々この自治区が内戦状態なのすら、私たちスラムの人間からすればあまり実感が無いけど。サオリ姉さんもレンゲも、実際の戦場は見た事ないんでしょ?」
長く続いたアリウス自治区の内戦が終わる。
それこそが、私たちが夜中ではなく日中に行動を始めている理由だ。
最初に聞いたのはまったくの偶然だった。
いつものように真夜中に探索を始め、周囲を動き回るアリウス分校の生徒から隠れていた時。何人かの生徒の話し声が聞こえてきた。
敵対勢力がついに降伏した。
ようやくアリウスは統一される。
これも全てマダムの力だ。
最後はともかく、物心ついた時から続いていた内戦が終わるという事実に、私たち四人は耳を疑った。スラムに住む私たちにとって戦場なんて関係のない遠い存在だったけれど、この内戦が自治区を蝕んでいるという事実はなんとなくだけど理解できた。
内戦のせいで私たちは毎日お腹を空かせている。
内戦のせいで私たちは身を寄せ合いながら、外敵に怯えて暮らさなくちゃいけない。
それがようやく終わるというのだ。
そして、そのニュースは私たちだけでなく、スラム中にも広がっていたようだ。他人を襲うことしかしてこなかった年上たちは私たち子供を気にしなくなったし、毎晩のようにスラムを巡回していたアリウス分校の生徒たちもいなくなった。もう真夜中に行動する必要が無くなったんだ。
そう考えると、内戦を終わらせた『マダム』って人も案外良い人なのかもしれない。
「私たちもついにお腹いっぱいご飯を食べられる日が来るんでしょうか……辛くて苦しい毎日も終わるといいですね……」
「きっと終わるよ! そしたら毎日美味しいものが沢山食べられるし、ヒヨリが好きな雑誌とかも毎日読めるかも!」
「ま、毎日ですか!? この前読めなかった『キヴォトスの美味しい屋台特集』とか『この夏きっと流行るグレネード型花火ベスト10』も……?」
「そりゃもちろん!」
「うぅ……やっと私たちも平穏に暮らせるんですね……うわぁぁぁん!」
「まだそうと決まってる訳じゃないから……」
盛り上がる私たちを冷めた目で見つめるミサキ。
そんなこと言うと君をグレネード型花火の餌食にしてやるぞ。
「でも、私たちが平穏に暮らすにはまずこの行き当たりばったりなその場凌ぎの生活をどうにかしないとね。いい加減お家が欲しい!」
探索している時に倉庫とかで一晩泊まることはあっても、そこで永住しようとはあまり思わなかったからね。物資を集め終わった時点でそこはもう用済みだし。
でも、良い機会だしそろそろ永住できるような家を探したい。
「サオリはどう思う? やっぱり家は欲しいよね?」
「私の住んでた家はレンゲに爆破されたけどね」
「たかがグレネード一発で壊れるボロ家が悪い」
「…………」
なんだその、『お前のせいで爆破する羽目になったんだろ』とでも言いたげな表情は。
「……でも、うん。確かにそろそろ私たちも住む場所を探した方がいいかもしれない」
ずっと難しい顔をしていたサオリがようやく私たちへ向き直ってくれた。まだ表情は少し硬いけど、いつもの頼れるリーダーに戻っている。
「この先に川がある。そして川沿いなら、きっと住めるような家があるはず。そこを狙うよ」
「もし誰か住んでたら?」
期待を込めた視線を送ると、サオリはニヤリと口を吊り上げた。
「引っ越してもらう。もちろん拒否権は無い」
ヒャッハー! そうでなくちゃね!
●
スラムから外れた遺跡地帯。
かつてまだアリウス自治区がトリニティの分派の一つに過ぎなかった頃の建物がいくつか並ぶその地域には、アリウスでは数少ない小川が流れている。
スラムから外れた街並みの中を静かに流れる川は、知る人ぞ知る貴重な水資源。
そんな街の中を、四つの小さな人影が移動していた。
「前方に家発見。今回は住めそうな雰囲気してるかも?」
先頭を歩くのは、未だ腕や頭に包帯を巻きながらもその探索能力に衰えを感じさせないレンゲ。
「周囲にも人影はいないよ、姉さん。いるとしたらあの家の中だけ」
そのすぐ後ろで銃を構えながら周囲を警戒しているミサキ。
「了解。ヒヨリ、あの家の中に誰か見える?」
「すみません、窓に板か何かが打ち付けられているみたいで、ここからだと中の様子が分からないです……」
前二人からの情報をもとにサオリは最後尾を歩くヒヨリへ指示するも、ヒヨリから返ってくるのは難しい声のみ。唯一長距離の射撃ができるライフルを持っているものの、スコープ越しでも目に入るのは塞がれた窓のみ。
一瞬考え込み、すぐさまサオリは前方で進み続けるレンゲとミサキへ指示を出した。
「突入するしかない。まずは私とミサキが家の中に入る。その後でレンゲが続いて、ヒヨリは玄関から私たちをサポート。全員敵の可能性に気をつけて。特にレンゲ! まだ傷も治ってないんだから、絶対無理はしないこと!」
「心配しなくても大丈夫だってばー。それにアリウス分校の連中じゃなけりゃ素手でも十分だよ。いい加減銃も欲しいけど」
ドアまでたどり着いた四人はそれぞれ位置へ着く。
全員が頷き、正面に立っていたミサキがゆっくりとドアノブを捻った。
「あれ……開かない……!」
ドアノブこそ回ったものの、まるで前に壁があるかのようにびくともしない扉。鍵もかかっている様子は無い扉に、ミサキは思わず首を傾げた。
「もしかしたら板か何かが打ち付けられてるのかも。姉さん、ここは違う入り口を探して──」
「レンゲ、
「よし、待ってました! 諸君、派手に行こう!」
「は?」
険しい表情で扉から離れるミサキを他所に、レンゲへ一言のみ送るサオリ。
満面笑みを浮かべながら扉の正面に立つレンゲに、ミサキは嫌な予感がした。これはまためんどくさくなるパターンだ。
「おりゃあ!」
勇ましい掛け声と共に、扉が蹴り飛ばされる。
「やっぱりそうなる……!」
「ひえっ、突入ですか……?」
「ヒヨリは言われた通りそこで待機。私は姉さんたちをサポートしてくる」
短く悲鳴を上げるヒヨリを横目に、ミサキは既に突入している姉二人の後を追う。本来ならレンゲはミサキの後に突入する予定だったが、久々の突入にテンションが上がったのか「ヒャッハー!」という言葉を残して家に飛び込んでいった。
「ッ! 敵襲!」
「なんだお前ら!?」
中では既にサオリが交戦していた。設置されていた家具を使って身体を隠しながら、部屋の奥に向けて銃を撃っている。
数は三人、全員がガスマスクは被っておらず、この自治区では珍しくアリウス分校所属ではないらしい。装備も心許無く動きもぎこちない。
なら、恐れる事は何もない。
「ちっ、もう一人──」
「邪魔」
一人に銃を向けられるも、既にミサキは矢の如く駆け出していた。
銃口を掻い潜り懐へ潜り込むと、持っていた拳銃をそのまま無防備になっていた腹部へ押しつけた。
「かはっ……」
三発の銃弾が撃ち込まれる。
腹部を襲う凄まじい衝撃と共に意識を手放し、一人が倒れる。
これで残りは二人。
「ガキめ──うわぁ!?」
「やらせません……!」
あっという間に仲間の一人を失った残りの二人が慌ててミサキへ銃を向けるも、突如と飛来してきたライフル弾が額に叩き込まれ、ミサキを狙った銃弾は大きく狙いを逸れて天井に突き刺さった。
「ナイスだよヒヨリ! ゴラァ! うちのみーちゃんに何してくれてんだお前!」
「みーちゃんって呼ばないで」
生まれた隙を見逃さず、すかさずレンゲが身を隠していた物陰から飛び出して敵の一人に飛びついた。
銃を未だに持たない彼女には素手で立ち向かうしかないのだが……ミサキはその心配はすぐに無用だと気付く。
腹部に強烈な膝蹴りを叩き込んで強制的に姿勢を低くさせると、続け様に腕を大きく振りかぶって肘を首に振り下ろした。一呼吸置き、倒れ込んだ相手の頭に止めの蹴り。
まさに瞬きした時には既に終わっていた、と言わんばかりの猛攻。
ブランクすら感じさせない一連の鮮やかな流れに、ミサキは改めてこの姉の規格外な戦闘能力を実感した。
「レンゲ、残りの一人を抑えて! ミサキ、用意!」
「へい、リーダー! おら、今度は君の番だ!」
サオリの指示と共に、間髪入れずレンゲは呆然と立ち尽くしていた最後の一人にも飛び掛かった。
後ろに回り込んだ小柄な少女に慌てて振り返ろうとするものの、それ以上の速さで握っていた銃ごと両腕を抱え込む。
完全に無防備になった敵に、ミサキは慌てて銃口を向けた。
「ぐっ、がっ、やめ──」
一発、二発とハンドガンから9ミリの弾丸が放たれ、敵が苦しげな声を上げる。しかし、弾倉を一つ撃ち尽くした頃には最後の一人も意識を手放していた。
「ふぅ……クリア」
全ての敵の沈黙を確認し、ミサキは大きく息を吐く。
視線の先には気絶した敵を放り投げてブイサインをしているレンゲ。
鮮やかな一連の流れを完治していない身体でやってのけたレンゲに、ミサキは改めてその身体能力の高さに感心した。まだ身体が痛むはずなのに表情一つ変えずサオリの指示を聞き、遂行している。
──こういう時は頼りがいのある姉さんなんだけど……。
「ふぅー! やったぜ! やっと良さげな家が手に入ったよ! もう適当な道端で寝る生活ともおさらば──」
一発の銃声が歓喜に湧くレンゲを遮る。
「ふぇ……?」
「はぁ……こういうところが詰めが甘いんだから」
笑みを浮かべたまま固まるレンゲを他所に、大きくため息を吐くサオリ。
煙が立ち上る銃口の先では、見知らぬ一人の少女がゆっくりと倒れ込んだ。
「最後の伏兵を警戒するのは当然の事だよ。ミサキも注意してね」
「う、うん」
「すみません、もう一人の存在に気づいた時にはもう死角に入ってしまって……」
へなへなと力なく座り込むレンゲを横目に、ヒヨリが慌てて三人へ駆け寄る。伏兵の存在に気づいていたのはサオリとヒヨリの二人だけのようだった。
その事実に、ミサキは人知れず歯を食いしばる。
レンゲはともかく、バックアップとして入っていたはずの自分は気づくべきだった。しかし心のどこかでレンゲの戦闘力に甘え、確認が疎かになっていたのかもしれない。
そんなミサキの様子に気づいてか、サオリはミサキの頭をポンと一度撫でると、そのまま申し訳無さそうに佇むヒヨリの頭にも手を乗せた。
「ううん、大丈夫。流石にもうこれ以上伏兵はいないよ。ヒヨリもよくやった。やっぱり射撃の腕に関しては私たちの中で一番だね」
「そ、そうですか……? えへへ……」
頭を撫でられへにゃ、と笑うヒヨリを見て、サオリとミサキからようやく緊張が無くなる。愛嬌があって小動物じみた仕草が可愛らしい。
レンゲがヒヨリを溺愛している理由がなんとなく分かった気がした。
「ミサキもありがとう。ミサキのサポートが無かったら誰かが怪我してたかもしれない。おかげで完璧な突入ができた」
「別に。私はただサオリ姉さんに言われた通りにやっただけ」
頭を撫でようと手を伸ばすサオリの手を振り払い顔を逸らすミサキ。
子供扱いするなと言わんばかりに顔を顰めているものの、ほんのり顔を赤く染めているその姿はどこか満更でも無さそうだった。その愛らしい姿に、サオリはクスリと小さく笑みをこぼした
最後に、ぺたりと床に座り込んだままのレンゲへと視線を向ける。
期待のこもった琥珀色の瞳が真っ直ぐ自分を見つめていた。
「この人たち運び出すよ」
「私も褒めてよぉ!」
「最後に油断して一人見逃してた人は褒められない」
「うぐぅ……」
自覚があるのか、唸るだけで反論しようとしないレンゲ。
呆れたように肩を竦めながら、サオリは立とうとしないレンゲの両脇に両手を差し込んだ。
「ほら、早く立って。このままじゃこの人たちも目が覚めちゃうよ」
「あ、あはは……ちょっと腰が抜けちゃって」
「弾なんていつも避けてるでしょ」
「反射で避けても怖いもんは怖いの! 顔面スレスレに銃弾が飛んできたらビビるに決まってるでしょうが!」
「大丈夫、レンゲなら避けてくれるって信じてたから」
「えぇーそうかなぁ? えへへ……」
「チョロすぎるでしょ……」
一瞬にしてサオリに言い包められたレンゲにミサキは思わず本気で心配してしまう。これでも純粋な戦闘能力で言えば四人の中でトップなのだからタチが悪い。
なんだかんだで直ぐに立てるようになったレンゲと共に、四人はゆっくりとかつての住人たちを外へ運び始めた。
「……安心して、家族は私が守るから。絶対に」
そんなサオリの呟きは、誰に聞かれる事もなく虚空へ消えた。
おうちができたよ、やったね!
2周年pvに出てきたあの家です。
・レンゲ
抱き締めると湯たんぽみたいな気持ちよさがある。でも本人は嫌がる。
・サオリ
家族が増えてリーダー感が出てきた。レンゲとの意思疎通はばっちり。
・ミサキ
苦労人枠が徐々に自分に移りそうになっているのに危機感を覚えてる。
・ヒヨリ
現時点では末っ子みたいな立ち場。家族全員から可愛がられてる。
主人公の名前どうする?
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変更なし
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改名するべき