書きたい場面は沢山あるのにいざ書こうとすると全然筆が進みません。
「……よし、ここなら大丈夫。レンゲ、ミサキ、ヒヨリ、こっちだよ」
「さ、サオリ姉さん……大丈夫でしょうか……?」
「しっ。声は小さく。もう少し頭も低くして」
「わぁ、凄い行列だねー。まるでお祭りみたい」
「レンゲは少し黙ってて」
「『黙れレンゲ』。略して黙レンゲだねっ」
「…………」
「ちょいちょいちょい! 無言で殴ろうとしないで! ごめんって、静かにしてるから」
「姉さんたちが一番うるさい……」
今日も今日とて物資探しに勤しむ私こと荻野レンゲと愉快な家族。重苦しい空気をなんとか明るくしようと軽い冗談を言ったつもりがリーダーに怒られちゃった。今も空気読めって言いたそうに私を睨んでる。だからごめんて。
でも、ここで私たちが騒いだところで気にする人なんていない。原因は私たちのすぐ横にある。
瓦礫と化した廃屋の隙間から大通りを覗くと、ゾロソロと十人ものガスマスクが行進している。部隊丸々一つのようで、相変わらず動きが同じで不気味だ。
「……オッケー、ここまで来れば安全だよ。もう普通の声で話していいよね?」
「はぁ……もう話してるでしょ」
呆れながらも、サオリも抑えていた声をいつも通りに戻している。
やっぱり気持ちよくお喋りさせて貰えないともどかしい。
「それにしても、あれは一体なんなんでしょうか? なんだか雰囲気がピリピリしてます……」
「さぁ? 今はまだ内戦中だからパトロールでもしてるんじゃないの? みんなおっかない顔してるし」
「いや、顔見えないでしょ──姉さん、中央に誰かいる」
ミサキの言葉に全員の視線がアリウス生たちをかき分けて中央へと注がれる。
ガスマスクの集団に混じって、確かに
「わぁ、とても綺麗な人ですね……」
ヒヨリの言葉に私も頷いた。
綺麗な洋服に身を包んだ一人の少女がアリウス生たちに混じって歩いていた。艶のある薄紫色の髪はまるで花のようで、肉付きも至って健康的。
薄汚れたスラムの人間しか知らない私たちは、その子に思わず見惚れてしまう。
「本当だ。スラムの人間じゃないのかな?」
首を傾げるサオリ。
確かに、スラムを出て直ぐの大通りに入っただけなのに、こんなに住んでいる人が違うものなのかな?
そもそも内戦状態だったアリウス自治区でこんなに綺麗でいられるなんて、まるで誰かに守られていたみたい──。
「あ……」
「どうしたの、レンゲ?」
「あの子、もしかしたら噂の『ロイヤルブラッド』なのかもしれない」
いつかの部隊長さんが教えてくれた言葉が頭を過ぎる。
「ロイヤルブラッド……聞いたことない。サオリ姉さんは?」
「私も知らない。少なくともスラムでは聞かない言葉だよ」
「なんでも昔のアリウスの生徒会長の血を引いてるんだって。要するにお姫様って感じじゃないの?」
「お、お姫様!? お姫様なんているんですか!?」
適当に分かりやすく例えたつもりが、なぜか随分と食いついてくるヒヨリ。
「あ、あくまで例えだから。本当にあの子がお姫様とは──」
「きっと飢えたりしなくてボロ小屋でも寝たりしないんですね……底辺の私たちとは違います……」
ヒヨリは感銘を受けたように目をウルウルさせていた。
底辺で悪かったね……。
「痛くて苦しいだけのこの世界でも幸せに暮らせる人がいるなんて……私なんだか感動しました……うわぁぁぁん!」
「なんでそこで泣くの! わ、私たちだって家族一緒なら同じぐらい幸せだよきっと」
「はい……私には勿体なさすぎる幸せです……でも違った形で幸せな人を見つけられるなんて……うわぁぁぁん! うわぁぁぁん!」
「二人とも静かに! バレちゃうでしょ!」
幸せな人を見て感動で泣くというよく分からない理由で騒ぐヒヨリを宥めようとしていると、私たち二人揃ってサオリに怒られてしまった。今回ばかりは私悪くないと思うんだ。
「でも、案外幸せっていう訳では無さそうだよ」
そんな風に騒ぐ私たちを横目に、ミサキが目を細めながら呟いた。
「アレ、お姫様を守るパレードっていうより捕虜を護送するためのものだよ」
言われて初めて、私もあのお姫様の両腕に枷が付けられているのに気づいた。小柄な身体に取り付けられた大きな鉄の塊は、綺麗な女の子にはあまりにもミスマッチだ。
「多分敵側の偉い人だったんだろうね。内戦が終わるから、きっと敵側に引き渡されるんだと思う。これからは独房に入れられて残飯でも貰えればラッキーな人生を送るはずだよ」
「あ、あぅ……」
「やめなよミサキ! ヒヨリが怖がってるでしょ!」
物騒な事を言うミサキにサオリが声を上げる。
捕虜と言われると、あの時の部隊長の言葉を思い出す。
件のマダムって人が追っているらしい、ロイヤルブラッド。
目の前の女の子がそのロイヤルブラッドなら、彼女はこのままマダムのところへ連れていかれるかもしれない。
かつてのヒヨリの扱いを見れば、そのマダムって人が彼女を丁寧に扱うとは思えない。
「レンゲが何考えてるのか分かるよ。あの子を助けたいんでしょ?」
「ッ……!」
見透かされたような視線を送ってくるサオリに、私は言葉を返せなかった。
「ああいう子を放っておけないもんね、レンゲは」
「で、でも……」
「『私たちを危険に晒したくない』って言いたいの? どうせそうやって私たちを置いて一人で助けに行くつもりだったんでしょ。それはいくらレンゲでも許さないよ」
「ぬふぅ……」
完全に思考を読まれている。
私ってそんなに顔に出やすいかなぁ……。
何も言い返せない私はサオリから視線を逸らすしかない。
「うへぇ」
「こっちを見て」
でも、サオリに頬を掴まれて無理矢理目を合わせられた。
綺麗な二つの水色の瞳が真っ直ぐ私を射抜く。
「レンゲがいつも言ってるでしょ。私たちは『家族』なんだ」
「でも今回は完全に私の自分勝手な──」
「自分勝手でも関係ない。それが『家族』のやりたい事なら、私たちはそれを助ける。苦しみしかないこの世界で私たちが決めた事でしょ?」
「サオリ……いひゃい!」
唐突にぐいーっと私のほっぺを引っ張るサオリ。
なんとか引き剥がそうと抵抗するも、なぜか妙に力が強くて外せない。よく見たら、彼女は良い笑顔を浮かべている。
これは私をいじめて楽しんでる時の顔……!
「あばばばばば。いひゃいってば! ゆるひて!」
私の命乞いもなんのその、私の頬をいじくり回している。
ミサキとヒヨリにも助けを求めようと視線を送ったら露骨に目を逸らされてしまった。薄情者め。
最後に一際強くぐいーっと伸ばされ、ようやく私は解放された。
ちぎれるかと思った。
おそらく赤くなってるであろう頬を摩りながらいじめっ子を睨むと、当の本人はクスクスと笑っていた。鬼だ。
「これで許してあげる。だからレンゲももう泣かないで」
「な、泣いてなんかないやい……ありがと」
そもそもこれは頬を引っ張られて泣いてるだけだ。
それでも、心はなんだかスッキリした気がする。
「わぁ、サオリ姉さんが凄く楽しそうです……」
「レンゲがあんなしおらしくなってるのも初めて見た。アレ、楽しいのかな?」
「なんでそこで私を見るんですかぁ!? わ、私を虐めても楽しくないですよ……? ひえ、ミサキさんの目が獲物を狙うようなものに……!」
妹二人にもカッコ悪いところ見せちゃったなぁ。
「ほら、そこの二人も遊んでないでこっち来て。作戦会議するよ」
なぜかジリジリとヒヨリに詰め寄っているミサキを呼び寄せ、四人で静かに会議を始めた。ヒヨリは涙目で私の背中に隠れたけど、まぁいつものことだから特に気にならない。
「どこかの荻野さんが勝手に突っ走ろうとしたけど、ひとまずアイツらを襲う方法を考えようか」
「君、意外と根に持つタイプでしょ」
ごめんってば。
「あの人数相手に勝算はあるの?」
「元々襲うためにここまで来たんだから。勿論あるよ」
ミサキの疑問に、サオリは自信ありげに答える。
「相手には護衛対象がいるから下手に動けない。だからそこを狙えば一気に叩ける」
「いつも通り私が突っ込んで残りの三人で後ろから奇襲する方が簡単だと思うけど」
「今回は相手にバレてないんだから無理に囮を使う必要はないよ。そもそもそんなに簡単に囮作戦を使おうとしないで。あれは本当にどうしようもない時しか使わないから」
「にしては頻度が多いような」
「なにか言った?」
「ナンデモアリマセン」
不安げに私は懐から一丁のハンドガンを取り出した。
我が家を手に入れる時に先住民のお姉さんから盗ん……譲って貰った念願の銃。普段ならとても心強い武器なのに、小銃で武装したアリウスたちを見ているとこれがオモチャに見えてきてしまった。
旧式だけどスナイパーライフルを装備したヒヨリと、ハンドガンを装備した残りの三人。本当にこれでアイツらを倒せるのかな……?
「心配しないで、今回は
不敵な笑みを浮かべながら、サオリは懐から見慣れた球体を出した。
ミサキもヒヨリも驚いたように目を見開いている。反対に私の心はウキウキに盛り上がっていた。
今までずっと節約してきた『アレ』がついに使える。
「痛い出費だけど背に腹は代えられない。まぁ、いざという時は
「サオリもなかなか分かってきたじゃん」
サオリに向かって拳を突き出すと、サオリも満面の笑みで自分の拳を合わせてくれた。
「アリウスの人たちに
今日は花火大会だ!
●
『こちら
「
報告を受けたアリウスの生徒は無線を切ると、大きく息を吐いた。
現在周囲を警戒している9人もの部隊員を率いる隊長として、随時状況報告の連絡が彼女に向けて飛ばされている。瓦礫が崩れてきた、物音がした、不発弾が落ちていた、等々。重要な報告から些細な報告まで、全てが彼女へと送られる。
休む暇もなくそれを精査している彼女は部隊長としての自身の腕を存分に発揮しているものの、やはり精神的にかなり疲弊する作業でもあった。
銃を構えながら周囲に展開している部下は頼もしい。
護衛対象も今回は一人だけ。
これが普段と変わらぬ任務だったならばどれほど楽だっただろうか。
「ロイヤルブラッド、ねぇ……」
マダムから直々に命じられた今回の任務。
内容は『一人の少女の護衛』という至ってシンプルなもの。
しかしその護衛対処を目にした瞬間、彼女自身を含め部隊全員に緊張が走った。
紫色の髪の少女。
噂に聞くロイヤルブラッドを初めて見た彼女たちアリウス分校の生徒たちは、言葉を失った。
綺麗な洋服に身を包み、優しい眼差しで自分たちを見つめてくる。これから
そして何より、その目はあまりに強かで、希望に満ち溢れていた。
「……? どうかしたの?」
「…………」
今もこうして自分に話しかけてくる護衛対象のお姫様。
首を傾げながら不思議そうに自分を見つめる少女をなんとか無視しているが、彼女にとってはその視線すら居心地が悪かった。
この世界は虚しく、生きる意味などない。
マダムに教えられた真理に真っ向から背く少女の存在を、彼女自身が心の底で拒絶している。
──今は少しでも早くこいつをマダムへ引き渡したい。
『1-1、こちら1-7。応答願います』
もう一度口を開きかけた少女の声を遮るように、無線が慌ただしく鳴り響く。
今ばかりはこの喧騒に感謝しながら、部隊長はインカムへ話しかけた。
「こちら1-1。状況を報告しろ」
『前方の廃屋から不審な音を1-6が確認しました。指示を願います』
「1-5を連れて1-6と確認しろ。残りは全員待機」
『了解。1-7向かいます』
前方を歩く三人の部隊員が正面の建物へゆっくりと近づいていく。
残りの隊員たちへ停止を告げ、彼女は扉に手を掛けた仲間を静かに見守っていた。
どうせまたネズミなどの小動物だろうと、その時は深く考えていなかった。
『ッ!? ブービートラップだ! 戻れ──』
無線越しに悲鳴が上がり、目の前の家から耳をつんざくような爆発音と共に衝撃が襲い掛かる。その瞬間、部隊長の楽観的思考は文字通り消し飛ばされた。
仲間三人が一瞬にして爆風に吹き飛ばされ、意識を失ったのかヘイローが消えている。
「
慌てて叫ぶも、既に状況は最悪の方向へ転換しているのだと思い知らされた。
『前方にグレネード! 退避を……ってこっちにも!?』
『周りトラップだらけだ! いつの間にこんなに──』
続け様に響く爆発音に、仲間からの通信が一つずつ消える。
「やられた……! こちらの進路を予測し、先回りして罠を仕掛けるなんて……内戦は終わったんじゃないのか!?」
頭を抱えたくなる部隊長だったが、彼女は嘆きの声をなんとか飲み込んだ。
今彼女の隣にはマダムから直々に任された護衛対象がいるのだ。
アリウスの生徒として、マダムの命に背くなどあってはならない。
「おい、お前! 私の側から──って、いない!? おい、誰だお前!?」
「ふぅー、奇襲成功! あはは!」
「馬鹿! 煽ってないでさっさと逃げるよ!」
なんとか体勢を立て直してロイヤルブラッドへ視線を向けると、ほんの数秒前まで立っていたはずの少女が消えていた。
聞きなれない声を耳にし後ろを振り向くと、見慣れない二人の幼い少女が猛スピードで走り去るのが見えた。そのうち、焦茶色の髪の少女の腕の中には、件の護衛対象がキョトンとしながら抱き抱えられている。
一瞬、思考がフリーズする。
「……あのガキ二人を追えェ! デッド・オア・アライブじゃない! デッドだ! 絶対に逃すな!」
未だ耐えず巻き起こる爆風を避けながら、彼女はなけなしの隊員全員を引き連れて二人を追い始めた。これほどの失態、マダムに許されるはずがない。
血走った目で銃を抱え、アリウスにとっても命運とも呼べる少女の奪還に向かう。
ここに、アリウスのお姫様誘拐作戦(命名 荻野レンゲ)が幕を開けた。
「サオリ姉さんたち、合流ポイントとは逆方向に行ってしまいましたね……」
「あの二人なら大丈夫。それより、早く後を追うよ。万が一のことがあれば、私たちが姉さんたちを助けに行かないといけないんだから」
あっという間に視界から消えていったサオリとレンゲを見届け、瓦礫の影に身を潜めていたミサキは大きくため息を吐いた。
隣で心配げにこちらを見つめてくるヒヨリの頭を撫でながら、彼女は思考する。
サオリとレンゲ──二人の姉が揃っているのなら、余程の事が無い限り大丈夫だろう。作戦とはまるで違う方向へ走り去ってしまったが、元々彼女たちの作戦が上手く決まったことなんてない。
「み、ミサキさんは二人を信頼しているんですね……」
「……分からない」
あの二人に対する感情は未だに自分でも理解できていない。
二人の言う『家族』がなんなのか、まだよく分かっていない。
「えへへ、私だとどうしても不安になってしまって……姉さんたちが捕まってしまって、雑誌に書いてあるような辛くて苦しい事をされないか心配で……二人は無事に戻ってくるのでしょうか……?」
「戻ってくるよ、絶対に」
震える声で俯くヒヨリの言葉に、気がつけばミサキは即答していた。
「サオリ姉さん達は絶対に帰ってくる。私たちを置いてどこかに行ったりはしない」
約束したのだ。
あの夜、サオリに拾われた瞬間から。
もう決して自分に
「行くよ、ヒヨリ。まだそう遠くには行ってないはずだから」
力強く立ち上がったミサキは、未だ不安を感じているヒヨリを引っ張りあげる。
銃を構え周囲を警戒しながら、ミサキとヒヨリはゆっくりとサオリたちが走り去った方角へ向けて進み始めた。
起爆された無数のグレネードにより地面が抉られ、多くの気絶したアリウス生が地面に横たわっていた。改めて見ると、たった四人で凄まじい戦果だ。
「……これは」
そんな中、ミサキは倒れ伏すアリウス生の隣に転がっている
「み、ミサキさん? どうしたんですか?」
「これも武器みたい。今まで見たことがないくらい大きいけど」
「わぁ……私たちが持っている銃より大きいですね。まるで自分の人間としての小ささを見せつけられているようです」
相変わらず後ろ向きな発想をするヒヨリをスルーし、ミサキは筒のような形状になっているそれを肩に担いだ。
ズッシリとした重さを感じさせる。どんな武器なのか分からないが、きっと重さに見合った威力の高さを持っているのだろう。
そして何より、この武器がどこか
長年使ってきたハンドガンよりも、初めて触れ合うこの武器が驚くほど馴染み深さを感じさせる。
「これなら……サオリ姉さん達を助けられるかも」
「も、もしかして持っていくんですか?」
「当たり前。ヒヨリも運ぶの手伝って」
流石に持って歩くには大きすぎたのか、ミサキは先端部分を肩に乗せ、反対側の取っ手の部分を返答を聞くまでもなくヒヨリの肩に載せた。
一瞬呻き声を上げ傾きかけるも、「ふんす!」という掛け声と共に体勢を持ち直すヒヨリ。
「重い……でも、私なんてこれよりもっと足枷ですし、そう考えればへっちゃらですね……」
「重いのか重くないのか……とりあえず、先を急ぐよ。このままじゃ姉さん達に追いつけない」
新たな武器を手に入れ、ミサキとヒヨリは再び歩き始めた。
今度は姉二人に守られるのではなく、守る側として。
幼女が幼女を誘拐する事案。
・レンゲ
念願の銃を手に入れた。射撃の腕はまた次の機会に。
・サオリ
珍しくレンゲに頼って貰えてテンションが上がってる。
・ミサキ
自分でも知らないうちに家族に情が移っていた。
・ヒヨリ
本物(?)のお姫様に出会えてウキウキ。ミサキ以外のスクワッド全員変なテンションになってる。