記憶喪失で目覚めたら、不思議ちゃんの安心毛布と化していた件について   作:みそすうぷ

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六話

 

僕が別室で着替え終わると、近くに少女たちの姿はなかった。

少し歩き、目についた若い男性スタッフに声をかける。

「あの、すみません……」

「あー! あなたですね! お腹痛くなったエキストラさん!」

「いや、僕は……」

「や〜っと、トイレから出てきた! もう始まっちゃいますよ! 入って入って!」

「いや、ちがくて……」

「いやいや、もうほんとはじまっちゃうんで!」

 

やたらガタイのいいスタッフは僕の言い分を聞こうともせず、どんどんスタジオに押し込んでいく。

最終的に僕はエキストラの群れに紛れてしまった。なぜかエキストラたちもガタイがよく、一度群れの内部に入ったらどんどんアリの巣のように飲み込まれてしまう。

集団から抜け出そうと、タキシードの男の群れでもがいていると、撮影が始まった。

 

 

 

 

僕の決死の叫びは、大音量の音楽に飲み込まれて誰にも聞こえない。エキストラたちがダンスを始めたので、僕も群れの奥の方で見よう見まねで踊らざるを得ない。

 

そして、ハリボテの奥から金髪の少女が登場。遠目だったが、その主役らしさは確かに本物のアイドルのようだった。

突如、群れの陣形が変わる。はけていくマッチョたち。

僕はあろうことか、カメラの真ん前に飛び出てしまった。

ポーズをとっていた少女が僕に気づく。

僕がカメラの前でたじろいでいると、彼女は僕の胸に飛び込んできた。

「そこにいたんですね! 白うさぎ!」

 

 

 

撮影は大成功だったらしい。

本来はマッチョたちのなかで一番のマッチョが主役である金髪の少女をかつぎ上げて最後のポーズを決めるはずだった。しかしボスマッチョは腹を壊してトイレにこもっており、僕と入れ替わってしまう。

カメラの前に僕が現れてオドオドしていたときは、業界トップの監督がブチギレるのではないかとスタッフ全員がヒヤヒヤしたらしい。

しかしとびきりの笑顔で僕に抱きつく少女を見て、監督は号泣。

これこそが自分の取りたかった映像だと咽び泣き、僕たちに拍手を送ったのだった。

 

「本当にどうなるかと思ったわよ」

「なんでタキシードを着たら、監督が号泣するんだか……」

僕は半笑いで山下に返事する。

「まあ結果オーライね。アリスも頑張ったわね」

「オーライです!」

 

 

 

「一緒には寝ない」

「また逃げる気ですか! アリスのベッドは大きいです!」

「うるさい、一人で寝ろ」

なんで水筒の間接キスで顔を赤らめていたやつが、男をベッドに誘うんだか。全く理解に苦しむ。

 

最初、山下は僕が事務所の一室で寝てもいいと言った。山下は僕がもう逃げなそうだと信じたからだ。実際僕も逃げる気はない。しかし例のごとくうるさい金髪女はごねた。

そこで少女の自宅だというだだっ広いマンションで三人で泊まることになった。山下はまだ少女のことは警戒している。

山下は一日中仕事をして疲れたのか、ソファで寝てしまっていた。

僕は床なり椅子なりで適当に寝ようと思っていたのだが、少女はそれに納得がいっていなかった。

 

「アリスは白うさぎから目を話すことはできません〜!」

いーっと歯をみせて、少女は抵抗する。ものの散らかった少女の寝室で、僕は頭を抱える。

「白うさぎはアリスと一緒に寝るべきです!」

「貞操観念いかれてんのか?」

「難しい言葉使わないでください! 理解不能です!」

「こっちの方が理解不能だわ」

「なら!」

少女は床に散らかっていた無数のぬいぐるみを拾い出した。

「これで防波堤を作ります!」

 

結果、僕たちは数体のクマだのサルだのサメだのを挟んで寝ることになった。

布団をめくると、甘い匂いがした。

「それじゃあ、おやすみなさい! 見張ってますからね!」

「はいはい」

僕も一日動き回って疲れていた。すぐに睡魔が襲ってきた。眠りから醒めたら元通りの日常、なんてことだと助かるんだが。

僕は布団をたっぷり自分の方へ引っ張り目を閉じた。

 

 

全く眠れなかった。当然だ。となりで同種生物の異性が寝ているのだから。

この女、一晩中目を光らせているとか豪語していたくせに一瞬で寝やがった。向こうは全く僕を意識していないらしい。意識してくれとは言わないが、それはそれで腹がたつ。

 

少女は眠っていることだし、変な気を起こす前にリビングに戻ることにした。

布団がなるべくずれないように体を動かし、ベッドから出る。

カーテンの隙間から、月光がさしていた。

僕はベランダのある方へ歩いていくと、音が鳴らないようにゆっくりカーテンを開けた。

綺麗な満月だった。空は快晴で、月は東京の夜景に負けないくらい輝いている。

 

もっと近くで見たいと思った。

 

僕は窓を開けて、裸足のままベランダに出る。

ひんやりと地面の温度が足の裏に伝わる。夜風が気持ちいい。

 

少女の家はマンションの高層階にあり、街を一望できた。

「たっか……」

 

僕は地面とどのぐらい離れているのか気になり、ベランダの柵から顔を出してみる。

しかしマンションの敷地に生えている木のせいで、頭を出しただけでは真下はよく見えない。

少しだけ身を乗り出してみる。

並木の内側にコンクリートの地面が見えた。思わずぞくりとする。

 

強めの夜風が前髪を乱す。

「ダメ!!!」

ハッとして後ろを振り返ると、少女がベッドの上で膝立ちになってこちらへ身を乗り出していた。布団はみだれ、彼女の表情は真っ青になっていた。

目は見開き、今までなら想像もしなかったような真剣な顔になっている。

 

僕は柵から手を離す。

「な、なんだよ……」

 

少女は急に我に帰って気まずそうに笑う。

「あ、あぶない……です……」

 

僕はベランダから部屋に戻り、彼女の訴えるような顔に引っ張られてベッドに座る。

彼女の声と表情を反芻して、シーツを軽く握る。

理性は納得していなかったが、心のどこかは不思議と心配してもらえたことが少し嬉しかった。

 

僕は布団をかけずに、少女と反対側を向いて横になる。

 

ギシリとベッドが軋む。少女が動くのがわかった。

腰に少女の肘があたり、思わず胸が縮む。

彼女は何も言わずに僕と背中を合わせる。

 

何か言おうか迷っているうちに、僕は眠ってしまった。

 

 

目が覚めてすぐ、ベッドからでた。

一緒に寝ているのを山下にみられたら、何を言われるかわからない。

 

リビングで少しぼーっとしていたら、山下が目を覚ました。

「おはよう。よく眠れた?」

僕は彼女と目を合わせてうなずく。

「ああ」

僕は短く返事する。

「どうしたの? 何かいいたげね」

「何かできることないですか?」

「え?」

「記憶が戻るまで、しばらく一緒にいなきゃいけない。帰る場所もわからないし、どこかへ帰りたいわけでもないからそれ自体はいいけれど。でも自分がここいる対価を払いたいんです」

「そういうことね……」

山下は少し思案して、俺に千円札を二枚渡した。

「これは?」

「とりあえず朝ごはんでも買ってきて」

「朝ごはん?」

「あなたもあの子のマネージャーになってよ。彼女の担当になって長いけど、ひどい激務よ。それなのに上は他に人を雇ってくれないし」

「マネージャー……か……」

「それとこれからは敬語じゃなくていいわ。わたしたちは同僚になるわけだからね」

「わか……った」

僕は玄関に向かって歩き出す。

「あー、あと……!」

山下がリビングから廊下に顔だけ出す。

「彼女を連れ出したとか疑って悪かったわね。どう考えてもそんなふうには見えないし……」

急に黙ってしまう山下を僕は待った。

「落ち着いてよく見てみたら君、善人面だわ」

僕は意外な言葉を頂戴し、思わず眉毛を上げる。

「そりゃどうも」

夏の朝の空気は少し照れ臭い生温かさだった。

 

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