オラリオに響けハーモニー! 作:虹の協調
私は俗に言うところの知識持ちの転生者、というものだ。前世ではそこそこ歌が上手くて、それ以上に踊れて、笑いを作るのが苦手な夢見がちな女。前職、劇団員。サブカル文化が大好きで、『ダンまち』が最高の作品だと思っていた。
原始にして輪廻を司る神と名乗る老爺にまんまそれを言ったらその世界へ飛ばされた。行くのはごめん極まるのだが、という文句を飛ばされる寸前に述べたところ、いくらかのトンデモナイ力を頂けたので良しとはしている。
さて、迷宮都市とも呼ばれるこの街、オラリオは迷宮から採れる素材やら何やらを主な生産とし、その他作物等の生産なども行う大規模都市だ。街中には日々2種類の働き手(あるいは戦う者)を求める声が木霊している。
「私たちのファミリアに入らないかー!?」
「お客様、こちらの売り物はいかが!?」
とまあ、そういう街だ、ここは。
素晴らしい街かと言われると、正直よく分からないところはある。自分で言うことでもないが、この見た目では危ないこともと考えることが多い。最も、もうあしらうことにも、荒事にもすっかり慣れてしまったので問題は無いのだが。さて、そんな私の外見だが。
「前世の時はそれなりに見た目に気を使っていたはずなのに気を使う余裕が無い今が前世の1番の舞台の時よりかわいくないですか? はーなんですか、それ?」
と正直に鏡の前でボヤいたことがあったくらいにはいい外見をしている。ツーサイドアップの形でまとめたさらりとした(今は黒の)髪とクリクリな目。口もとは笑わなければ目に反するクールさを、笑えば目と合わせたかわいさを有している。とても、いい。語彙力が死ぬ。
老神に与えられたありがたい手入れ不要の身体の他、いくつかの「トンデモナイ力」と共にこのオラリオに生きる私は、ここではとある神様にお世話になっている。
「ただいまですよ〜!」
「あらあら……おかえりなさぁい、お疲れ様ぁ」
「ありがとうございます、アオイデー様!」
とろけるような声で出迎えてくださったあらあらうふふ系神様。この神様こそは芸術を司る「ムーサ」と呼ばれる姉妹の中で「古きムーサ」と呼ばれた3柱の長女にあたる、『アオイデー』様である。仰いでーとかそういう高圧的な神ではないし、扇いでーっておねだりとかそういうわけではない。由緒正しきギリシャ神話の歌唱を司る神であり、私にとっては最高の神である。
あ、でも下からは仰ぎ見たい。そのこの世界最高峰だろうという点においては硬いだろう山脈を。えぇ。
「むー……」
「失礼なことぉ、考えてなぁい?」
「あ、すいません! 出てました? 顔に」
「バレバレよ〜、もぅ!」
かわいい。とにかく、このアオイデー様を主神と仰ぐ、戦闘、治療、公演の3つができる私一人の小規模ファミリア。それが、この私『アルシエル・ハルモニア』(命名原案・私 監修・転生の神様)が所属する【アオイデー・ファミリア】である。
私一人のファミリアだけど、依頼はひっきりなしにやってくる。ただし、公演の方向なので大喜びあいあいさーでやってはいる。理由は様々だ。慰労、治療、娯楽。数々ある訳で、それらに合わせて歌劇の公演は行っている。
あと、原作キャラとすごく関われる。それはもう純粋な役得。今日は【ディアンケヒト・ファミリア】さんにお邪魔してディアンケヒト様に小言をボヤかれつつ1公演。その後【戦いの野】とかいう【フレイヤ・ファミリア】の拠点に赴き戦士たちの慰労。さらにその後はギルドからの依頼で帰り際の冒険者たちをターゲットにもう一公演。しめて3公演もしたわけだが、有名人の皆さんと会えるだけで疲れも飛ぶ。
あのツンツンのキワモノみたいなアレンさんに「……また来いよ、楽しみにしてるぞ」なんて言われるのは本当の役得もいいところすぎるというもの。
ですが、今日の仕事は終わってはいないのです。
「では、アオイデー様。ナイトショー、行きましょうか!」
「えぇ。ロキがあれだけ頼み込んできたのだもの〜、私も出なきゃね〜」
そう、遠征から帰還したので【豊穣の女主人】という場所で宴会を行うという【ロキ・ファミリア】からのご依頼で、夜のライブを行うことになったのです。
お気づきだろうか。このタイミング、おそらくかの有名な「トマト野郎事件」(命名・私)が起きるタイミングだと言うことに。私にベートくんを釘付けに出来れば、あるいはあの始まりですら変えることができるのか……? と。ふとそう思った私を、否定できる人はいるのだろうか?
「なにをぼーっとしているのかしら〜? 行きますよ、行っちゃいますよ〜?」
「あ、あぁすいません! 今行きますので! お待ちください!!」
「そんなに慌てないで〜。ね?」
いざ向かって、その扉を裏側から潜れば、【豊穣の女主人】の中にいる冒険者たちのすでに酒が入り始めた陽気な声が聞こえる。乾杯はもう済ませたのだろうか? 済ませたのだろう。アイズと呼ばれた少女が酒を飲ませて貰えないくだりが聞こえてくる。
さて、ステージ整いまして、始めます。どうなるかは……この場所では神すらも知らない、運命への小さな、されど大きな干渉への挑戦! と気取ってみましょうね!!
「ここにいるお客さんにすまんがお知らせや! ウチらが呼んだ最高の歌姫がおるんで、今からちとやってもらおうと思うんやが、どうやろか!」
そう神様……ロキ様、というのだろうな。ロキ様が叫んだ。店内の、ロキ・ファミリアが来ても席を立たなかった剛毅な冒険者たちが声を上げ賛成する。僕は店の角だし、特に声を上げて見つかるのを恐れる気持ちもあって、静かにしていようと誓っていた。
普段はない、組み上げられた特別なステージに、一人の女の人が姿を現す。ゆったりとした、動けばひらひらと舞うようなドレスがゆらめく。
その人は、両手を重ねて、胸の前まで上げて。何かに祈るように、歌い出した。
「『夢を見よ 友よ 同胞よ 夢の彼方へ』……」
そこから、不思議な歌姫の1幕が始まった。泡、だろうか。泡のようなものが舞い始め、彼女は歌を謳う。英雄の詩を。
「『彼の名は先導の錨 英雄の船の先立ち その者降りしところに 英雄は生まれ来る』『雷電纏いし牛頭 愚にして凡なれど 彼は友と共にありて 討ち払い原初の英雄となる』」
女の人が歌い出したのはアルゴノゥトの詩だった。僕は小さな頃から、この詩に出てくるアルゴノゥトがなんだか好きだったような気がする。英雄と名のつくものはなんでも好きだった僕だけれど。
「『彼は英雄の先駆け 彼に特別はなかった 彼にあったのは 賢しき機転 優しき心 それだけが彼を 始まりと定めた強さ』」
そうだ。アルゴノゥトは、英雄らしくない英雄。色々なものに助けられたアルゴノゥトが、助け出すはずの姫様にすら助けられ、ついに魔物を討つ話だった。しかし、それだけではないと、歌は彼が有していた武器として機転と心を挙げた。
「『狼の獣人 ドワーフの豪傑 エルフの詩人 精霊の鍛冶 全て船に乗る英雄 黄金の船 誇れよ船頭 世界は煌めく 新たな朝に 時代の夜明けに』」
アルゴノゥトの最期については、英雄譚好きの間では語られないことが多い。それはなんでかというと、はっきりしないからだ。あっさりと次の冒険で助けもなく死んだと言う人も、余生を姫と謳歌したという人もいる。根拠はない。ただ、その方が彼らしいという理由でみんな主張しているから面白いと、おじいちゃんが言っていた。
「『英雄とは得てして 死して完成する なれど決して死してはならぬ かの黄金の船は 今も 何処かで 新たなる友を待ち受ける 次に乗り込む この歌を聴いた誰かの たった一人だけでいい』」
歌姫の女の人はそこまで勢いよく歌い上げて、そこでなぜかこちらを見据えた。その目からは、深い感情が伝わってきて、咄嗟に目を離す。
すぅっ、と息継ぎをする音が聞こえる。最後の締めなのだろう。
「『彼の者のように 優しく 彼の者のような 機転で以て いつかその船の船頭を 託されるものが 現れて 新たな夜明けが訪れんことを 今を往く者たちに 黄金の船の祝福よ あれ!』」
高らかに謳い上げて、彼女はすっと一礼する。爆発するような拍手が辺りを支配する中で、同じくらい爆発しそうな心を胸に抱えて、そっと会計を済ます。
「(今のままじゃあ、ダメだ。強く、ならないと……! 強く、強く。機転を効かせろ、心から勇気を捻り出せ! ……あのミノタウロスにだって、いずれは勝つべきなんだぞ、ベル・クラネル!)」
少年は拳を握り締めながら、会計を済ませたことでこちらを静かに送り出してくれるエルフの店員に会釈を交わして扉をできるだけ静かに開き、疾走を開始する。
その背を追う目線が、ふたつある事には気づかないままに。