オラリオに響けハーモニー! 作:虹の協調
「アオイデー様!」
「お疲れ様〜。……その目、どうしたのかしら?」
1曲高らかに歌い戻ってきた私をアオイデー様が出迎えてくださいましたが、私的にそれどころではありません。始まりを歪めよう、とか思ったのは正直オタクとしてあんまり褒められたことではないのですが、成功するとは微塵も思っていなかったのです。なんかこう、あると思うじゃないですか、原作の強制力、とかそういうもの。
「いえ……すいません、アオイデー様。気になることがありまして。速やかに確認すべき事柄なので帰りにダンジョンへ潜りたいと思っています」
「え〜。じゃあなにぃ、私ひとりで帰るのかしら?」
「大変申し訳ないのですが……そういうことに」
「ん〜……ま、行ってきなさい? 貴女のたまのわがままだもの、親としては叶えてあげたいわよね〜!」
この辺、アオイデー様はお話が早くてなによりです。唯一の眷属に対する愛情がある意味において放任的な母親になっているのは本当に人柄……神柄? の出る部分ですね。
もちろん「速やかに確認すべき事柄」はベル・クラネルの無事です。八つ当たりではない分限界になる前に何事もなく戻ってくるとは思うのですが……不安ですので。強制力がないことが分かった今は特に。
「あぁ、でも〜……絶対に無理はしないでねぇ? 私としては貴女をここで失う訳にはいかないの。貴女が強いにしても、命を狙われれば脆く儚い……覚えておきなさいね?」
「はい。明日の朝までに必ず戻りますので!」
さあ、見に行きましょう。ベル・クラネル最初の冒険を。あと1時間ほど後に。……まずはショーですよ! 当たり前じゃないですか!!?
「アオイデー・ファミリア、アルシエル・ハルモニアです。この度はこのような席に我々の歌をというご依頼、ありがとうございました」
「いやこちらこそ。来てくれてありがたいと思っているよ、
公演終了後、【ロキ・ファミリア】団長たるフィン・ディムナさんたちのテーブルにご挨拶に伺っています。ちなみに【謳歌姫】は私の2つ名ですね。読みはどうやら歌手を意味するようです。
「【勇者】さんにそのような事を言われるとは、光栄です!」
「ウチもフィンに同意や。これっきりはな……さすが
主神、ロキ様からもお褒めの言葉を頂き、一般オタク、感涙に咽びそうですが一旦置いておいて。
「以後もこのような催しなど行うようでしたらお呼びください。あなた方冒険者が歩みを止めないように我々の歌もまた進み行くものと自負しておりますので!」
「あぁ。次があれば是非お願いさせてもらうことにするよ」
「ありがとうございます!」
「ロキ、子供たち、ありがとう〜。また会いましょうね〜!」
別れを告げ、店の外にアオイデー様と共に出て、アオイデー様に一礼する。
「では……」
「えぇ」
走り出す……のが面倒で、その場で足を素早く2度打ち鳴らしてぴょんっとジャンプ。
「行ってまいります!」
「相変わらず『それ』便利そうでいいわね……」
8分音符に飛び乗って、地面に小節線を敷設。8分音符を路面電車のごとく扱って、すいーっと滑るように移動を開始した私なのでした。本当に無駄に便利なんですよね、この魔法……。消費も少ないし。
ダンジョンに向かい、8分音符くんから飛び降りて走り、何事かと驚いているギルド職員を尻目にノータイムダンジョンイン。
「……螺旋階段を降りるのが面倒!!」
そう叫び、中央の大穴に飛び降りる。空中に敷設された小節線が、今度は四分音符の縦棒にしがみつき丸部分に足を置いている私をエレベーターのごとく素早く降ろし、途中で見つけた穴からとりあえず5階層へ飛び込む。
「【響け歌声、遍く地平までも!】」
短すぎる詠唱ですがこれは短縮詠唱というやつです。そしてこれによって発現する魔法はと言いますと。
「【エコーズ・ボイス】!」
ええ。名前通り声を響かせる魔法です。しかしながらこれが有効極まりない。ダンジョンでこれを発動すれば、幾度となく使い込んだ私なら周辺の地形把握と生命存在の感知くらい容易く行えます。音が出るのが偵察としてはあまりにもデカすぎる弱点ですが、それ以外は完璧なスペックだと思いません?
「この階層じゃ、ない。下かな?」
サーチの結果、少年のような反応は無いので下に。もう1発、6階層でぶっぱなしてみて、初めて1つの反応を掴んだ私は……
「やっぱり、便利すぎる……」
8分音符くん、本当にありがとう……このままだと太るかな……? とにかく、滑っていく。時折襲いかかるウォーシャドウなどをガンスルーして、後ろに貯めていきます。このままだと別の冒険者に会えばトレインですが、もちろんサーチの結果安全が担保されているがゆえですね。
さて、いい加減たまりすぎですから……
「パーティのクライマックス! 【アルシエルソング・レッド『BURN』】! その耳で聞き、その目に焼き付け、その身体を炭にするといいです!」
指パッチンで8分音符の中に収納していたエレキギターをコール! ……便利すぎる。ついでにエレキギターの電源は最初から接続済み! ……便利すぎる! アンプは8分音符くんが担当! ……便利すぎる!!
便利すぎる音符くんに改めてドン引きつつ、走りながらもギターを力強く弾く。
「今日はサビだけね! と言っても……2度聞ける幸運はないでしょうが! 『焔灯す者たちよ! 歌え! 叫べ! 限りなどなく!! 闇の傀儡たちよ! 歌え! 騒げ! 死ぬまで燃やし続けろ!!』」
声が伝播して、小節線が彼らを取り巻き、小節線が発火する。炎に巻かれたモンスターたちが辿るのは歌い騒ぎ死ぬことだけ。……いつ見ても不思議な現象です。魔法って不思議です。
最後に飛びかかってきたモンスターをやっぱり魔法で生み出したト音記号を盾代わりに全力でバッシュ。
「甘いんですよ……っと。この先に人の反応1、ウォーシャドウ複数!」
やはりというか、なんというかその反応はベル・クラネル、主人公その人でした。救援は要るでしょうか、と思いましたが、彼は疲れを見せつつもウォーシャドウを捌いていますから問題は無いでしょう。彼の後ろから迫るようなものがあればぶちのめせば良いのです。
「はぁっ!!」
身がしっかり入った攻撃を入れられていますね。情熱がすごくあるようで。……と。無粋なやつですね?
「!!?」
「残念ながらそれはちょっと……遠慮して貰えますか?」
「えっ!?」
その不意を打ってきたウォーシャドウがラスイチのようで、戦闘は終了。ベル・クラネルが何度も頭を下げてくるのでこちらとしても恐縮しきりだが、ひとまず挨拶をすることにします。
「はい、こんばんは。先程は私の歌を聴いてくれてありがとう。アルシエルです、どうぞ宜しく……あ、好きに呼んで構いませんよ」
「えーっと……やっぱり、アルシエルさんですよね……べ、ベル・クラネルです。こちらもお好きにどうぞ!」
ベル呼び許可みたいなもんですよねこれ。躊躇いなく呼びますよ私。あと不安なのは体力面ですからここで回収したいところですが……さぁどうします?
「では、ベルと。さて早速ですけど……身体の体力の方は大丈夫ですか?」
「その……はっきり言って、アルシエルさんに助けられてしまったような状態なので……限界は、近そうです」
「うんうん、よく自分の見極めもできてますね。無謀と冒険は違う……貴方も耳にタコができるくらいもう聞きました? あの人の言葉」
「あはは……」
エイナ。ギルド職員のハーフエルフの女性で、ベルの担当である人。また、ストーリーが進む事にベルへの恋心が加速する女でもある。無謀と冒険は違うとよく言うのだ、あのハーフエルフ。
「じゃ、帰りましょう。……乗ってくださいね」
「えっなんですかこれ!!?」
「新鮮な反応……見ればわかるでしょう、音符です」
「なんで音符なんですか……というかその先の轍みたいなものは「小節線ですね」……小節線!?」
新鮮な反応にニコニコしながら彼を8分音符の後ろ側に乗せ私が前に。レッツゴー! 地上まで5分の快適超特急、アルシエル急行です!
「ベル君はどこに行ったんだろう……?」
ボクはボクの今は唯一の眷属たるベル君を探しに出ていた。いつまでたっても帰ってこない事に不安を抱くのはどの神もだろうけど、ボクのそれは他の神のそれよりも大きい。竈とはすなわち団欒を示すのだから。
「本当に……まだダンジョンの中、か?」
不安でどうしようもないボクは外に出た。待っていればいいとかそんなことを考える余裕は無かったから。教会の外に出ようとした、その瞬間。こちらに向かって、音符が滑ってきた。
「お! あなたはー! 神ヘスティア! ヘスティア様とお見受けしました! お噂はアオイデー様よりかねがね伺っております!」
音符上から掛けられた声。そこには少女がいた。アオイデーの名を知るものはこの街にひとり。ボクと同じように唯一の眷属を持つアオイデーの、眷属。すなわちそれは。
「【謳歌姫】くん!」
「ヘスティア様は私の名前をご存知なのですね……嬉しいなぁ……」
噛み締めるように頷くこの少女が、なんの用でボクに声をかけたのか。分からないが後にしてくれと、不安に駆られる心を原動力に、彼女に告げる。
「その……ボクはちょっと気になることがあってこれから人探しに出るんだけど……」
「あの、人ってこの子ですか?」
「え?」
彼女の肩越しに、白い髪が映っていた。彼女はそれを指さしていたのであった。
「その……アルシエル急行です。ベル・クラネルをお届けに来ました……」
「本当かいアルシエル君!? あぁ、ありがとう! 本当に! 君は本当にいい子だなぁ! アオイデーもこんな眷属を迎えて!」
全力で彼女を褒めつつ、ベルくんを降ろしてもらい、ベッドに寝かすところまでを済ますと、アルシエルくんはこちらを向いて言った。
「彼、強くなりたいんだそうです。……神として、親として。その願い、どうか寄り添ってあげてください。人造でも神造でもない、彼なりの道に導くのは貴女しかできない役目でしょうから!」
「君が何を言いたいのかはボクにはあんまり分からないけれど、ボクがしてあげられることは全部してあげるつもりだよ。ベルくんは大事なボクの家族さ!」
「そうですか。そのお言葉が聞けてまず安心です。では、いずれ……っとこれ、名刺です。良かったら保管して何かあった時や宴をやる時にでもご連絡ください。駆けつけますので」
彼女は最後にそう言い残しつつ、名刺として小さな長方形の紙を残して帰って行った。
ゆったりと扉を閉じつつボクは思ったことを口にして、固めていく。
「強くなりたい、か。男の子らしい、純粋な願い……叶えて、あげたいな。いいや、叶えられると、信じようか! ボクは導きの灯火だ! 頑張るぞぉ……!」
眠る兎に、覚悟を決めた女神。見るものが見れば、収まるべきところに収まった形だ。
だが、それは確実に異なりつつある。物語は歪む。物語を最後に謳う英雄を物語に加えた、白兎の英雄譚は、ひとつずつ進んでいくのだった。