自由を貫くミスターシービーのまま恋が成就する話です

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求婚ミスターシービー

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 恋って何なんだろう。

 私にとって大きな疑問の一つだ。

 

 年頃の女の子なら月並みな話題だけど、多分私のそれは少し角度が違う。

 誰それが好きだとか何だっていうんじゃなくて、恋愛というものに疑念を持っている。

 

 考えれば考えるほど、恋は自由とは相いれない。

 自由に生きようとした時、恋の感情はどうやってもその邪魔をする。

 する方もされる方も、自由じゃなくなっていく。

 

 でも、お母さんとお父さんはまさしく恋に生きたような二人だ。

 あの二人を見て恋が悪いものだなんて思うはずがない。

 それでも、ただ恋愛は良いものだと鵜呑みにすることができない。

 

 

「シービー? 溜め息なんて、何かあったの?」

 

「ううん。この積みあがったチョコの山を見るとちょっとね」

 

 

 無意識に溜め息をついていたようでトレーナーが心配そうな顔を向けてくる。

 表に出さないようにしていたんだけど、思ったよりナイーブになっていたみたい。

 

 

「そっか……シービーは持て余してしまうかもしれないね」

 

 

 それで察してくれたのか、トレーナーは深くは聞いてこなかった。

 トレーナー室にうず高く積みあがった大量のチョコレートもそうだけど、それに乗せられた想いなんて私にはどうにもできない。

 

 

「トレーナー、食べるの手伝ってよ。とても一人じゃ食べきれないから」

 

「そうだね……分かった。半分ずつなら送った人も許してくれるかな」

 

「いいの? やった♪」

 

 

 甘いものは嫌いじゃないけど、流石に多い。

 トレーナーと一緒に食べても何日もかかりそう。

 

 

「あむ……」

 

 

 だからこれは口実にすぎない。

 ただ一緒に食べたかっただけ。

 二人で一つずつ味見をして感想を言い合う。

 他愛のないことだけど、こういう時間が大好きだったりする。

 

 

「美味しい?」

 

「うん。甘さが控えめでちょうど良いと思う」

 

「本当?」

 

「個人的にこのくらいが好きだな」

 

「ふふ……そっか」

 

 

 トレーナーの言う通り、確かに美味しかった。

 普段あんまり甘いものを食べないトレーナーがどういう味が好きなのかも知れたし安心した。

 

 

「……どうかした?」

 

「ん~?」

 

「なんか嬉しそうだから」

 

「なんでもなーい」

 

 

 トレーナーの好みを知ることが嬉しい。

 お母さんとお父さんに贈り物を選んでいるときのような温かい気持ちになる。

 もっと知りたい。もっともっと、トレーナーのことを。

 

 ふと、机の脇に置かれた紙袋が目についた。

 いつもトレーナーの使っている鞄の横にある見慣れない紙袋からはラッピングされたチョコレートが覗いていた。

 

 

「ねえ、その紙袋って?」

 

「え? ……ああ、これか」

 

 

 彼はどこかバツが悪そうに視線を落とす。

 

 

「毎年同期の方やたづなさんから頂いているんだ」

 

「ふぅん……」

 

 

 そんなの、初めて聞いた。

 でも考えてみれば当然だ。

 彼も学園で女性と接する機会はあるし、付き合いのある人からバレンタインにチョコを貰っていても不思議ではない。

 

 

「……」

 

 

 紙袋を抱えて照れくさそうに微笑む彼の姿に眉を顰めそうになるのを意識的に押し留める。

 耳をしぼったり、尻尾で叩くなんてことはしない。 

 

 トレーナーが自分以外の女性から贈り物をされているところを見たら面白くないと思ってしまった。

 そのことに違和感を覚える。

 

 

「……シービー? 大丈夫?」

 

「え? うん……」

 

 

 いけない。

 顔に出さないようにしていたら黙りこくってしまったようだ。

 

 

「ごめんね。チョコが喉に詰まったのかなって思って」

 

「ぷっ……ふふ……!」

 

 

 トレーナーの冗談を聞いて思わず吹き出してしまった。

 こんなことで悩んでいる自分がバカらしくなった。

 

 

「もう! 酷いよ、トレーナー」

 

「あはは、ごめん」

 

 

 笑いながら抗議するとトレーナーもつられて笑う。

 ひとしきり笑った後、彼が私の顔をじっと見つめていることに気付いた。

 

 

「どうしたの?」

 

「やっぱり、シービーは笑顔が一番似合うね」

 

「……へぇ」

 

 

 自然にそんなことを言う彼に心臓が大きく跳ねる。

 無自覚なんだろうけど、不意打ちはずるい。

 

 

「そういうことサラッと言えるようになったんだね、トレーナー」

 

「……あ」

 

 

 指摘されて気付いたのか、慌てて目を逸らす姿が可笑しくてまた笑いそうになった。

 それならこっちからやり返してもいいよね。

 

 

「私以外の前で言っちゃ駄目だからね」

 

 

 そう言って唇に人差し指を押し付けてやる。

 赤くなって慌てるトレーナーの反応が可愛かったから満足する。

 他の女の子にも同じようなこと言ってたら、どうしようかな?

 

 ま、その時は思いっきりからかってやろう。

 

 

 

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 トレーナーとは校門のところで別れ、私は一人で帰路に就く。

 いつもなら気の向くまま散歩に行こうかなと考えていたのだけれど、最近は彼と別れた後に感じる寂しさに違和感を覚える。

 前までこんなものなかったはずなのに。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 小さくため息をついてしまう。

 らしくない。

 これはきっと、あの約束のせいだ。

 

 

『アタシは何があってもキミの夢見るミスターシービーで居続ける』

 

 

 自由を貫くと決めた私を受け入れてくれたトレーナーに、そして私自身に向けた言葉。

 自分の決意を誰かに伝えるなんて家族以外にやったことなかったけど、なぜかトレーナーには聞いてほしかった。

 

 トレーナーと一緒に居ると不思議な感じがする。

 どれだけ自由に振舞ってもそれを許してくれるから、私はレースを愛している。そして散歩も。

 トレーナーといる時は当然そういう完全な自由とはいかないけれど、自分をそのまま出しても不自由がないような不思議な心地よさがする。

 私の欠けた部分が起こす摩擦がなくなっているような言葉にしづらい感覚。

 

 それが傍にいて落ち着くから、散歩についてくるのも止めはしなかったし、彼をおんぶして同じ目線に立ってもらったりした。

 きっと彼をトレーナーに選んだのも、今考えればその予兆を感じていたからだろう。

 

 けれど最近トレーナーを見ていると不自由な感情が湧いてきて、喉につっかえるような違和感がする。

 彼の行動を咎めたくなるような理不尽な感情が突然湧いてきたり、一人で居るときも姿を探して思考が引きずられたりするようになった。

 この変な感情が自由を制限している感じがして、約束を破っているように思えてしまう。

 

 

「まいったなあ……」

 

 

 私は自由に生きたい。

 それを奪おうとする何かは全部切り捨てていくと決めている。

 誰かに期待を向けられても、私は応えない。

 きっと恋の感情を向けられても同じように応えない。

 

 なのに、自分が誰かにそんな不自由な感情を向けてしまう時が来るとは思ってもいなかった。

 それも、よりによって自由でいる事を肯定してくれたトレーナーに対して。

 

 

「本当に、どうしたんだろうね……アタシ」

 

 

 腑に落ちない違和感を抱えながら呟いた独り言が、夕暮れの街の中に消えていった。

 

 

 

 

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「はぁい、そこのカワイ子ちゃん浮かない顔してたらもったいないゾ!」

 

「あはは……おはようマルゼンスキー」

 

「シービーちゃんが悩んだ顔してるなんて珍しいわ。お姉さんにバーンと相談してみない?」

 

 

 通学路でマルゼンスキーとばったり出会う。

 普段なら逃げるところだけど、今日はそういう気分じゃなかったので話を聞いてもらうことにした。

 

 

 

 

「やっぱりアタシがおかしいのかな?」

 

「ん~……難しいところね」

 

 

 歩きながら今の悩みを打ち明けると、マルゼンスキーは真剣に話を聞いてくれる。

 

 

「アタシは今まで自由に生きてきた。それを邪魔する他人に何を言われても気にせず自由にね」

 

「そうね。貴女のレースを見ていれば分かるわ」

 

「だから、自分が誰かに好意を寄せるっていうのがいまいちピンときていないんだよね」

 

「ふぅむ」

 

 

 顎に手を当てて考える彼女。

 

 

「でも、トレーナーが誰かから贈り物をされてモヤっとするとか、そういうのは初めてなんだ」

 

「あら、もうそこまで行ったら答えが出ているようなものじゃない?」

 

「なんとなくわかるけど、これに縛られるの嫌なんだ。自由に生きれないと飽きちゃって我慢ならないと思う」

 

「確かに、シービーちゃんはそういうタイプかもしれないけど……」

 

 

 私は無茶なことを言ってるのだろう。

 マルゼンスキーが困った顔をするところなんて滅多に見たことがない。

 

 

「でも最近になって思うようになったんでしょう? それより前はどういう風に思ってたの?」

 

「どうって?」

 

「貴女がトレーナーとして選ぶくらいだもの。何か理由があったはずよ」

 

「……」

 

 

 額に手をあてて考える。

 

 周囲と摩擦を起こしてでも、私は自由に生きたいと願った。

 だから周りにいい影響を与えなかったことはむしろ当然だ。

 それは自由と引き換えともいえるものだから、私は納得している。

 

 トレーナーは、私の考えを知っても私を変えようとしなかった。

 本心を伝えても、その私と関係を続けようとしてくれた。

 

 本心を示しても態度を変えずに接してくれる人がいる。

 思ったままに振る舞っても受け入れてくれる人がいる事はとても有難いことだと知った。

 そのうえで、トレーナーは私の走りに夢を見れると言って申し出てくれた。

 

 

「そっか……」

 

「思い当たる節があるみたいね。なら後はどうするかだけじゃないかしら?」

 

「ありがとう、マルゼンスキー。ちょっとスッキリしたよ」

 

「ふふっ、恋する乙女のお役に立てて何よりだわ! それじゃ、アタシはトレーニングあるからこれで。また会いましょうね~♪」

 

 

 小さく手を振りながら去っていく彼女の背中を見て、彼女の自由さが少し羨ましくなった。

 

 

 

 

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 トレーナー室に行くと、ちょうど顔なじみの記者がドアから出てくるところだった。

 軽く会釈をして入れ替わるように部屋に入ると、トレーナーが悩んだ顔で机の上の資料を片づけていた。

 

 

「お疲れ様、トレーナー」

 

「あ、シービー……」

 

 

 トレーナーはこちらに気付くとそそくさと資料を片づけていく。

 見られたくない物を隠す子どもみたいで可愛いなと思ったけれど、ちらっと見えた雑誌の表紙とさっきの記者の姿からなんとなくどういう話をしていたのか予想できてしまう。

 最近ルドルフにすごい勢いで注目が集まっているから、そういう話はどこにいても聞こえてくる。

 

 

「ふふ、また私のことで何か言われたの? ごめんね、迷惑かけて」

 

「迷惑なんかじゃないよ。……ごめん、あまり気分のいいものじゃないのに」

 

「……」

 

 

 いつも通りの会話。

 彼は私が何か言われると自分の責任のように感じてしまう。

 優しいし真面目なのだろうけど、そんなに気に病む必要なんてないのに。

 

 

「アタシは大丈夫だよ。慣れてるし」

 

「……そうだね。君は強い子だから」

 

 

 そう言って苦笑するトレーナー。

 それでもまだ彼の表情に陰りが見える。

 分かっていても、私が辛くないか心配してくれているんだろう。

 

 

「今更誰かの評価で自分を変えたりしないよ。それよりトレーナーこそ大丈夫?」

 

「え?」

 

「私はこれからも好きなように走るけど、そのせいでキミまで色々言われてるでしょ。キミには口をはさむ権利があるんじゃない?」

 

 

 もう何度も経験してきたことで、今さら誰かの評価を気にして走りに影響させることなんてない。

 ただ、周囲の評価がトレーナーにも及んでしまうと思うと、どうしようもないことだけど少し心苦しさを感じる。

 

 

「シービーが自由に走っていれば僕はそれで満足なんだ」

 

「……そっか」

 

 

 トレーナーはそんなことにへこたれたりしないと分かってはいたけど、心配してしまうのはまた別の問題だ。

 彼もこんな気持ちなのだろうか。

 

 

「ねえトレーナー、もしさ」

 

「?」

 

「私がもう少し頭が柔らかかったら、ルドルフやマルゼンスキーみたいに何かのために走れるウマ娘だったら、キミのために走れたのかな」

 

「……」

 

 私の言葉を聞いて、トレーナーが驚いたような顔をする。

 そしてすぐに申し訳なさそうにするから、彼が悪いわけじゃないのにと思ってしまった。

 

 

「あぁ、違うよ。今のはただの独り言。気にしないで」

 

 

 自分で言っておきながら、少し考えて無理だろうなと思ってしまう。

 それでも、もしそうすることができたなら彼にこんな顔をさせずに済んだのかなと考えてしまった。

 

 

「きっと変わらなかったと思う」

 

「変わらない?」

 

 

 首を傾げる私に、トレーナーは少し考えて言葉を続ける。

 

 

「シービーの自由に生きるって姿勢は口先だけのものじゃない」

「損をしても、辛い目にあってもその志を譲れないから……軽んじることなんてできないから」

「やはり誰かのために走らなかったんじゃないかな」 

 

 

 ずっと近くで見てきたからそう思う、と付け加えるとトレーナーはこちらを向いてほほ笑んだ。

 

 

「いつも夢を見せてくれてありがとう。どうかこれからも僕たちに自由に生きる姿を見せてほしい」

 

「……」

 

 

 不思議な感じがして、目を見開いてしまう。

 自分の欠けた部分は何も変わってはいないのに、その摩擦がなくなっているような感じがした。

 それがしっくりきて、ここしばらく別の感情に振り回されていたから尚更そう思えてしまう。

 

 私はここにいてもいいんだという感覚。

 

 

「……キミは本当に、私の予想外のことばかり言うね」

 

「え?」

 

「ううん、なんでもない。……ありがとう」

 

 

 傷の痛みが消えているような感覚を確かめながら改めてトレーナーに感謝する。

 彼はなぜ感謝されるのかよく分からないという顔をしていたが、分からなくてもいい。

 私が勝手に救われただけだ。

 

 

「アタシ、やっぱりキミがトレーナーでよかったな」

 

 

 私は自由に生きたい。

 自由を貫こうとすると時に孤独を避けられない。

 それを承知で背負っていく覚悟はできているけれど、それでも生きているから、孤独に苦しさを覚えることはある。

 

 本音で接して、ありのまま受け入れてくれる人がいた。

 自分の居場所はここにあるという感覚がした。

 私は私のままここにいていいんだと、キミのくれた物はこれからも心の真ん中で私に勇気を与え続けてくれる。

 

 いつの間にか、違和感を覚える不自由な感情はなくなっていた。

 

 

 

 

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「シービー……冷蔵庫の中身チョコしかないのはどうなのかな」

 

「トレーナー室の冷蔵庫もチョコでぱんぱんじゃない。気にすることないよ」

 

「いや気にするよ。これじゃご飯も作れないじゃないか……」

 

「大丈夫デリバリー頼めばいいからさ」

 

 

 トレーニングも終わり、あの後二人で帰り道で話していたらいつもより話すことが増えて結局家まで着いてしまった。

 折角なので夕ご飯でも一緒に食べようとそのまま買い物をして帰宅すると、トレーナーが冷蔵庫の中身を見て肩を落としていた。

 

 

「それだと栄養が偏っちゃうから……」

 

「じゃあトレーナーが作るから偏らなくて済むね」

 

「え? あ、ああ、そうだね?」

 

「ふふ。お腹がすいたにゃーご飯はまだかにゃー?」

 

「はいはい今作りますよ……」

 

 

 わざとらしく猫の真似をしながら甘えると、トレーナーは苦笑しながらキッチンに向かった。

 こういう冗談を言うといつもトレーナーは困った顔になるけど、最近は少し反応が違う気がする。

 気のせいでなければ、前よりも優しくなったように感じる。

 前はもっと大人の余裕みたいなものがあったけど、今はそこに可愛げが加わったような……。

 

 キッチンに立つ後ろ姿を眺めながらそんなことを考える。

 誰かを家に上げることは滅多にないので、キッチンから料理の音が聞こえてくる久しぶりの感覚を楽しみながらその姿を見つめていた。

 

 

 

「はい、お待たせ」

 

「わぁ!オムライスだ!」

 

「卵は半熟にしてみたんだけど、食べられるかな?」

 

「もちろん。いただきまーす」

 

 

 トレーナーが自信なさそうに差し出してきたオムライスを一口食べる。……美味しい。

 

 

「どう?」

 

「ん、おいしいよ」

 

「よかった。実は結構練習したんだよ」

 

「そうなの? 忙しいのに料理頑張ったんだね」

 

「ちょくちょくお邪魔させてもらっているからね。ちょっとくらいできるようにならないとと思って」

 

 

 そういってスープの入ったカップを差し出してくる。

 今までも何度か来てもらったことがあったが、私はあまり作らないのでトレーナーが作ることにしたらしい。

 一人暮らしをしていると、誰かの手料理がとても嬉しい。

 

 

「ごちそうさま。すごくおいしかったよ」

 

「喜んでもらえて何よりだよ。でも一人暮らしならちゃんと栄養バランスには気を付けてね」

 

「はーい」

 

 

 後片付けを始めるトレーナーを手伝いながら、居心地のよい距離感に戻ったことに安心する。

 気持ちの整理がついて私の中にあった違和感もなくなった。

 これでまたこれからも同じように走れるようになるだろう。

 

 

 しかし

 

 

(この居場所も……いつかなくなる時がくるんだね)

 

 

 それは当然のことだ。

 いつまでもこのままではいられない。

 トレーナーだっていつかは別のウマ娘を担当する日がくる、その時はここにもう自分の居場所はない。

 そう考えると、胸の奥が痛んだ。

 

 依存したくはないし、してはいけない。

 自由に生きる以上、この別れを避けることはできない。

 その生き方を曲げるつもりはない。

 

 それでも、この居場所もいつかなくなって別の誰かの物になってしまうんだと思うと哀愁を感じずにはいられなかった。

 

 

「シービー?」

 

「……ん、なに?」

 

「ボーっとしてたから。どうかした?」

 

「なんでもないよ。ただ、この居心地のいい所もいつかなくなってしまうんだなって思っただけ」

 

「……」

 

 

 洗い物の手を止めたトレーナーは、私の言葉を聞いて何かを考えるように黙ってしまった。

 

 

「キミの傍は居心地がいい。前はなぜだか分からなかったけど、今は分かる」

「私に居場所をくれたキミに感謝してる。その居心地のいい所も、アタシが卒業したらもう戻ってこれないんだって思った」

 

「そうかな? 卒業しても会いに来ていいんじゃない」

 

「そうじゃないよ……きっと卒業してからもキミに会いに行くことはできるけど、その時は今のようにはいかない」

「キミにも指導を受けに来た新しい担当ができて、キミの隣は今私がいるこことは別の物になっている」

「同じようにキミと接する事はきっとできない」

 

 

 トレーナーは優しい。私が無理を言えば、自分を削ってでも譲歩しかねない。

 私はそんな相手を縛るような関係はまっぴらだった。

 

 

「そんなことないと思うよ」

 

「……どうして?」

 

「担当契約が終われば僕たちに社会的な繋がりはなくなるけど、僕はミスターシービーという個人を尊敬しているし、君との縁が続いて欲しい。いつでも会いたいって思う」

「僕だけが望んでも仕方ないけど、お互いが縁を望めばいつ会ってもきっと今の続きみたいに話せるよ」

 

「……」

 

 

 トレーナーは時々、無自覚でこういうことを言う。

 

 

「キミがずっと望んでくれるから、アタシ次第ということ?」

 

 

 その時はもう担当ではないし、トレーナーでもない完全にフラットな関係。

 縛られるようなルールもないし、会わなきゃいけない理由もない。

 本当に、お互いの希望だけで繋がっているような自由な関係。

 

 だけどそれは……

 

 

「キミは……それを待ってくれるというの?」

「いつ来るか、そもそも来るかどうかも分からないアタシと会いたいと望んでくれるの?」

 

「ああ、もちろんだよ。いつ来てもいいように待ってるよ。もし来てくれるなら遠慮なくきてね」

 

「ふふふ、そっか」

 

 

 即答だった。

 迷いのない返事に思わず笑みがこぼれる。

 

 

「じゃあ、その時はよろしくね?」

 

「こちらこそ」

 

「約束だからね」

 

「うん。指切りでもしようか?」

 

 

 疑いのない目で手を差し出してくるトレーナーに笑みが深くなる。

 

 

「ふふ……ねえ、気付いてる? それってプロポーズみたい」

 

「え?」

 

「そんなことを言われたらもう求婚するしかないよね」

 

 

 固まってしまったトレーナーの手を取って小指を結んで離す。

 これって婚約なのかなと笑いかけると、トレーナーの顔が真っ赤になった。

 

 

「なんてね」

 

 

 少し意地悪をしてしまったが、このくらいは許してほしい。

 だってこんなことを言われたら期待してしまうじゃない。

 

 自分がまたこの場所に戻って来られることを。

 またトレーナーと一緒に時間を過ごせることを。

 

 

 

 結局その後、片付けが終わって帰るまでトレーナーは見てわかるくらい動揺していた。

 その様子が面白くてついからかってしまう。

 

 私が望めば、離れていても縁は切れない。

 いつだって私の居場所はここにある。

 

 

 そう考えると、先程までの憂鬱さが嘘のように晴れやかで、なんだかとても楽しくなった。

 

 

 

 

「ねえ、これだけは言わせて」

「次の担当の娘に同じようなことを言っちゃダメだよ」


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