キタローとハム子の戦争 作:ハーイヨールニャル
矛盾を抱える人の心が
完全なものとして進化することができるのか
いつしか人は、己の存在意義を知る
完全な存在になれるだろう
エリザベスの一撃により戦いの狼煙が上がり、呼応するよう有里湊と汐見琴音の戦いも始まっていた。とはいえ、あちらのようにいきなり殴り合うという形ではなく、まずは舌戦、いや琴音の一方的な口撃が繰り出されていた。
「だいたいさ、ありえないっていうか、信じられないっていうか、わかるでしょ? 君だってゆかりと風花と美鶴先輩とはコミュがあって絆結んでるんだからさ。なのに、その三人相手に3股かけるとか何考えてんの?」
「……」
「特にゆかりはさ、ああ見えて本当は臆病で乙女なんだよ。こんなことされたら傷つくってわかんないかな。わかるよね!?」
「……」
「風花にしたって大人しいからって何やってもいいとか思ってるんでしょ。処刑だよ、処刑。こんなのって、なんで美鶴先輩まで落ちてるの!! ほんと意味わかんない……!」
「……」
身振り手振りを加えて存分に怒りをぶつける琴音の言葉を湊はただ黙って聞いていた。だが、内心は穏やかではない。無表情を装いながらも時に頬がピクピクと引き攣り、握りしめた拳からは血がでそうになる。
湊自身、自分がやった事が最低だなんてことはとっくに知っていた。だから、それを責める人がいるのならそれはすべて負うべき咎だと覚悟は決めていた。
それでもふつふつと湧き上がってくる怒りを抑えられない。どうやら固めた覚悟はティシュ一箱分くらいの防御力しかなかったようだ。いや、他の相手なら固めた覚悟がティシュに変わることもなく、怒りなど覚えることはなかっただろう。なにせ責め立てている相手は別世界の同一存在、自分ではないが自分自身と言ってもいい。だからこそわかるのだ。
──寮の中で3股かけてるのは君もだよね……!
琴音が気づいたよう湊も気づいていた。しかしながら、湊はそれを責めるつもりはなかった。初めこそ言い返してしまったが、本当に自分と同じであるのなら、そうなってしまった原因にもなんとなく心当たりがあるからだ。それに自分のことを棚にあげて批判するような真似はしたくなかった。
にも関わらず、関係ないとばかりに琴音は責め立ててくる。同一存在とはいえ名が異なり性別が違い人格までもが同じである筈もなく、あくまで同じ人生、同じ経験を歩んだに過ぎない。そう、結論づけながらもここまで違うものかと半ば呆れを抱き嫌悪感が酷くなる。
この違いは性別の差なのか、性格の差なのか、あるいは処刑されていないからなのか、考えてもわからずため息が出た。それを目敏く察知した琴音の顔が更に熱を帯びる。
「ため息!? 今ため息吐いたっ!? ため息付きたいのはこっちだよっ!!!」
「……」
「無視ですか。また無視ですか!? 君、そればっかりだね! 言いたいことあるなら言いなよっ!! こっちだって聞きたいことがあるんだから!! 君さ、ゆかりや風花のことほんとに好きなの!!?」
「ゆかりは……」
「ゆかりって呼ぶな!! この女たらし!!」
「……岳羽は」
「はぁ!? なに呼び方変えてんの!? ゆかりのこと好きじゃないって言うの!? ぶっとばすよ!!」
「…………」
湊は再び無言に戻り、奥歯を砕かんばかりに噛み締めた。おそらく何を言っても話は通じない。女が怒っている時に口答えをするなというのは、そのゆかりに一番教えられたことだが、琴音はそれよりひどい。
そろそろ湊の我慢も限界だった。喧嘩を買った形だが、なんとか話し合いで終わるならそれでいいという、殊勝とも弱気とも取れる考えが消えてなくなるくらい箱の中のティシュはすり減っていた。
湊からすればそれこそ恥晒しとも言える琴音の言動だが、琴音はそんなこと一切考えていない。
そもそも視点が違うのだ。
湊には特別課外活動部の男性陣のコミュがない。これに早い段階で琴音は気づいていた。ゆかりや風花のことは琴音と変わらない、下手すれば上回るくらい詳しいのに順平や真田となると途端に多いとも言えない口数が減り、相槌のみを打つことが多くなった。
物は試しにと大げさに誇張したり小さな嘘を混ぜてみれば、湊は軽く考え込んだ後でやはり相槌を打った。この時点で琴音は湊に不信感を抱いていた。
なぜならば、彼らは戦ってきた。影時間という非日常の世界で、文字通り命を賭けて。
その命を預ける仲間のコミュがないのだ。
まるで意味がわからない。
そりゃ男女の違いがあれば絆を結ぶ相手が違うことはあるだろう。結びたい相手でも上手く発生しないなんてことも理解できる。しかし、荒垣も含めて4人が4人ともないなんて、まずありえない筈だ。共に戦う仲間なのだ。その癖、しっかり女性陣はコンプリートときてる。
つまり、これは女の敵、間違いない。そして、その言葉の前に琴音の罪は含まれない。感情の爆発と共に琴音は召喚器の引き金を引く。
「美鶴先輩に代わって処刑してやるっ!! "アリラト"!! マハブフダイン!!」
「くっ……"ジャックフロスト"!」
豊穣の女神の御神体たる黒い石柱より氷塊と冷気の嵐が吹き荒れる。僅かに遅れて湊も引き金を引いたが戦力差は明らかだった。処刑の想い出が湊の精神をかき乱して出てきたのは可愛らしくも凶暴な雪精霊。二度と氷結地獄はごめんだと言わんばかりに無効耐性だけはあったが、直撃を防いだだけで消えていった。
次の瞬間には薙刀を振りかぶり柄の辺りで湊の頭を叩かんと飛び込んできた琴音。湊も咄嗟に小剣を具現化して受けようとしたが、その直前で薙刀の軌道が変化する。掲げた小剣をすり抜けるよう薙刀は湊の横っ腹を叩いた。
「……ッ!」
「ゆかりの仇は私がとる!!」
悶絶する湊を睨む琴音の怒りを更に駆り立てているものが先程より連呼しているゆかりの存在である。
岳羽ゆかりは汐見琴音にとって自他共に認める親友である。
勝ち気で負けず嫌い。でも、本当はとても脆い所のある女の子。過去のトラウマを隠すように形成されたゆかりの性格は琴音と共感する所があり、最初からウマが合った。もし自分が男だったら付き合ってると言ったらウゲ―という顔をされたが、けして嫌そうではなかった。
だから本当に男である自分という存在、有里湊が現れた時、その恋愛は何処に向かうのか。琴音には非常に興味が湧くものだった。ゆかり一筋であればそれで良し。風花ならそれも良し。美鶴なら喝采を贈っただろう。
しかし、どうだ。
(こいつ、寮の中で堂々と三股かけてない……!?)
それに気づいた時、琴音は自分の罪を忘却の彼方に追いやり内心激怒した。
なおアイギスは琴音の中ではちょっと愛が重いロボ子の友人という扱いであり、そもそも恋愛相手として認識していない。仮にアイギスが男性にちょっかいをかけていたのなら、ロボであろうが恋は成立するのだと認識を改めていたであろうが、自分にべったりだった為、その機会はついに訪れなかった。
(大体何処がいいのよ……)
まだ悶絶している湊を見下ろして内心で愚痴る。
顔立ちは整っているし、長い前髪の割には謎の清潔感もある。スタイルも悪くはなく、好みはあるだろうが、一般的な同年代の少女にはウケがよいと言えるだろう。しかし、その程度であのゆかりが落ちたのか、と思うと何かモヤっとする。デレっとしたまま彼を気遣うゆかりの姿。見てみたいようで想像すらできない。けして自分には見せない女としての顔。
「なんかムカつく……"スカアハ"!」
また琴音が引き金を引いては影の国より女王が現れる。宙に浮かびながら奇妙に正座している姿とその前で屈んでいる湊の姿は親がいけないことをした子を叱るようにも見え、繰り出した技はこれ以上ないくらいに琴音の気持ちを表していた。
──せつなさみだれうち。
疾風を纏った剣戟が湊を襲った。
「ッ……!」
「遅いよ」
脇腹の痛みを放棄して湊は後方へと跳ね跳ぶ。しかし、そこはまだ範囲内。頭を庇うよう固めた両腕に無数の切り傷が増えていく。そして、がら空きの胴には再び琴音の一撃が見舞われた。悶絶して膝を付く湊に見下ろす琴音と、同じ構図が繰り返された。
(なんか……弱くない……?)
僅か二度の攻防だが、琴音はそんな感想を抱き、それが更に怒りを増すことになる。
湊と琴音の世界の一番の違い、それは荒垣真次郎が死んでいることだ。その原因はなにかと考えた時、どうしてもコミュがないせいでは、ということに行き着いてしまう。だが、状況を考えれば、もしもがあってもおかしくないことはわかる。しかし、その考えを排したのは湊の性格と言動が原因である。
まだ会って間もないが、口数は少なくクールだとは言えるが、明るいとは言えない性格。能動的でうるさいとも言われた琴音とは対象的に物静かでどちらかと言えば受動的に思える。そして口癖は、どうでもいい。
どうでもいい……。
きっとこれが原因だ。琴音からすれば湊は男性陣とのコミュを積極的に作ろうとした所か、友好を深めようとさえしなかったのではと疑っている。そしてそんな湊が別世界の自分自身だということに一番腹が立っていた。戦う前までは。
「"キュベレ"」
冷淡な声で琴音が呟き、妖艶な女神が現れては双剣を薙ぎ払った。放ったのはまたしてもの、せつなさみだれうち。先程よりも威力を増した刃は琴音の心情の昂りを表している。
二度目ともなれば湊もまともに受けはせず、直ぐに範囲外へと退いたが、やはり威力を増した琴音の薙刀が縦横無尽に襲い来る。
「……ッ!」
「もう一発。"キュベレ"」
三度襲い来る攻撃を避けながら湊は考えを巡らせる。
対人戦となるとストレガ戦くらいの筈で、経験はさほど変わらないはずだった。なのに押されている。これはコミュの差ではない。
ペルソナは精神の戦いでもある。湊は冷静さを主軸として攻撃を組み立てるタイプであり、相手にペースを著しく狂わされたままではおのずと力も落ちる。逆に琴音は自分の感情に精神力を上乗せしていくタイプなのだ。
(のせると不味い……)
そう結論を出して置きながらも湊は自分がやろうとしていることに乗り気ではなかった。なにせ琴音に男性陣の中で本命は誰だ? と聞いて揺さぶることは自分が女だったら誰を好き? と聞くことと同義なのだから。正直考えたくもない。親愛ならまだしも恋愛だ。
しかし、このままでは琴音の火力に押し切られるだろう。わざと負けてやるという考えは最早ない。嫌々ながらに湊は質問を開始する。
「僕ばかり責められてるけど……そっちはどうなの? ずいぶん遊んでるみたいだけど……」
「……っ!!!!」
やはり有効だった。攻め込んでいた筈の琴音がぎくり、と動きを止めた。湊のようにポーカーフェイスもできず目が完全に泳いでいる。その無様な姿に恋愛のアルカナ、キュベレも何処かしょんぼりとしながら消えていった。
「……何で黙ったの? まさか気持ちもないのにもて遊んでたってこと?」
「……違いますぅ。黙秘しているだけですぅー。乙女の秘密ですぅー」
ぷぅーっと頬を膨らませた琴音の顔は一般的に見ればとても可愛いらしいものだ。だが、湊は只々いらっ、とした。握った小剣で軽く斬りかかる。自分と同じというのなら、これくらい躱すのは簡単な筈だと。
「荒垣先輩……」
「……っ!」
咄嗟に琴音も薙刀で受けるもその表情には混乱と気不味さがありありで、先程までの苛烈さは一切見られない。
「真田先輩……」
「わっ……」
続いての二撃目。首辺りを雑に狙った一撃を琴音は何とか躱すが、申し訳なさからなのか明らかに精細を欠いた動きであった。
「天田……」
「そいやっ!」
あ、天田は違う。反撃に転じてきた姿に湊はそう確信すると共にショタコンはいなかったんだと安堵する。天田には悪い気もしたが。
両者の距離が開いてから少し落ち着きを取り戻した琴音が再び湊を睨んだ。
「……汚いよね。動揺を誘うにしても先輩たちの名前を出すなんて……」
「……君がやってたことだけどね」
「…………」
自覚がないというよりは一つのことに集中すると周りも自分も見えなくなるのだろうと湊は琴音の性格を分析する。琴音はぐぬぬ、とでも言いたげに歯を食いしばっていた。
今の僅かな攻防だけでは荒垣と真田のどちらかはわからなかった。いや、けして知りたいわけではない、と湊は頭を振って誰に対するものなのかわからない言い訳を振り払ってまた前を向く。
最初のことを考えれば荒垣だとも思えたが、確定とするには少し足りない気がした。ともすれば、あちらでエリザベスに派手にぶっ飛ばされて宙を舞っているテオだろうかとも考えるが、流石にあそこまで可哀想なやられっぷりを晒しては同情は引いても恋心は抱かないかと除外する。
特別課外活動部や影時間に関わらなかった人間は考えない。自分と同じというのなら、きっと彼女もそれ以外の人間にすべてを曝け出して身を委ねることは怖いだろうから、と。
そうすると、もう一人しかいないのだが、
「まさか……順平……?」
「はぁ!? なんでそこに順平が出てくるのよ!?」
「…………嘘だろう?」
今まで一番大きなリアクションになぜか湊の方がダメージを受けた。
「い、いや、いや、違うからね!! 順平はそういう対象じゃないからっ! だいたい順平にはチドリちゃんがいるでしょうーが!!」
「報われない恋って線もある……だから、その寂しさを埋めたくて手当たり次第に……」
思考の海に沈んでしまった湊は気づかなかった。自分を見る琴音の瞳から怒りの色が消えうせ、代わりに失意の色が灯ったことを。
「君……ほんと腹立つね……。だいたい私とあんたが同じなら、寂しさを埋めたがってたのは一緒でしょうが……っ!! "オルフェウス"!!」
「くっ……!? "オルフェウス"!!」
同時に二人より現れるは幽玄の奏者オルフェウス。色違いにして男と女を模した奏者が弾いた旋律は衝撃波となって宙でぶつかり合い、僅かな拮抗すら保つことなく一方的に湊を打ちのめした。
転がり、視界が目まぐるしく変わる中で琴音の冷たい声が耳に届く。
「フンっだ! 順平は本当にただの友達だよ。そりゃ男友達の中じゃ一番かもしれないけど恋じゃない。何でわからないかな……同じだって言うのなら……」
同じペルソナ、同じオルフェウス。しかし、湊は完全に打ち負けた。それ自体は良い。咄嗟ではあったが彼我の戦力を確かめるには必然の召喚だった。だが、それで済まされないことがある。膝を付いて軽く血反吐を吐いてから湊の中に疑問が浮かぶ。
──彼女の……順平への信頼はいったい何だ……?
有里湊にとって伊織順平は扱いに悩むことが多い少年だった。
直情的で距離を詰めてくると思えば一線を引いて心の奥底は見せない。それは湊自身にも同じことが言え、だからこそ湊は無理に踏み込もうとはしなかった。
友達かと言われればそうだ、と答える。しかし、親友かと問われれば違う、と答えざるをえない。美鶴と真田のような戦友という括りが一番近いかもしれない。何かと自分に突っ掛かってきた姿をウザいと思ったことがないと言えば嘘になる。
本当に分かりあえたと思えたのはニュクス戦の直前だった。こんな特殊な状況下でなければ友達という枠でさえ、いつか消えていたかもしれない。
しかし、琴音はそうじゃないのだろう。
自分にはできなかったコミュを築き上げ、順平の信頼を勝ち取り、また彼女も信頼した。恋じゃないというのはたぶん本当だ。安堵は覚えなかった。ただ代わりに何かもやっとしたものが心の中に吹き溜まる。
この違いは男女の差。そう言ってしまえばきっと楽なのだろう。
だけど、それを認めることは──
「ほんとうに……気に入らない……」
気に入らないの琴音か、湊自身か。
立ち上がれば赤の視線と青の視線が再び交錯する。
「こっちの台詞だよ」
まずは緒戦。
肉体があれば互角、精神のみの状態ではポジテイブに溢れるハム子が基本スペックは上。その差の幅はその時の精神状態による。
次、クソ重いのでP3大好きな方はご注意ください。