キタローとハム子の戦争 作:ハーイヨールニャル
お前たちはひとつ大きな事を学んだぞ
どうにも出来ないこともあるという、世の理をだ!
互いに出会い、その奥底を知った時の顔
最高の見ものだったぞ!
もっと喜べ!! 矛盾しているぞ!!
『湊、君は結局一番誰が好きなの?』
『…………』
『ほーう。今更この琴音様に黙秘が通じると思っているんだ?』
『僕の一番の大切は……あなたの側にいることであります……』
『それは逃げだね。私が聞きたいのはあなたの部分なんだけど。と言うか、アイギスはその中に入るの?』
『どうだろう……』
『また誤魔化した。私の世界じゃアイギスは私にべったりだし、告白みたいなものも受けたけど、それがアイギスの恋愛感情かって言われると疑問なんだよね』
『僕の方だってまあ……べったりだよ』
『いやらしい』
『これ、僕が悪いの……?』
『当たり前だよ。気持ちがないならちゃんと距離を取る』
『君の世界のアイギスを引き離してみてから物を言いなよ』
『帰れないから無理だね』
『そうだね……』
『……』
『……』
『よし、決めた!』
『何を……』
『次の戦いの勝者は敗者から誰か一人への気持ちを聞き出す権利を与えます』
『また強引な……』
『なお相手の指定は勝者側に委ねられることとします。というわけで私は美鶴先輩にします』
『……岳羽じゃないんだ』
『ゆかりは大分聞いたからね。ってか、ゆかりって呼びなよ。ゆかりが泣くよ』
『そう呼んだら怒ったのは琴音だよね……』
『あの頃は若かった……』
『今と変わらないよ』
『過去は振り返らないの……』
『いま現在振り返っているよね』
『だって私達には過去しかないもの……っ!!』
『すごいよね……そういうこと言えるメンタル……』
『てへへ』
『褒めてないし、むしろ引いてるよ……』
『はいはい、漫才はもういいでしょ。湊は誰にするの?』
『はぁ……それじゃ……天田で』
『乾くん? また意外なところを……』
『一応、ないとは思うんだけど……疑惑は完全に晴らしておきたくて……』
『疑惑……?』
『うん、疑惑……』
『……』
『……』
『……この戦いの勝者はどうやら私のようだね』
『僕もそんな気がしてきたよ……まあ、それはそれでいいか……』
『いくよ、湊。今回はちょっと痛いから覚悟してね』
『お手柔らかに……』
湊と琴音、二人が出会った時、その第一印象はけして悪いものではなかった。別世界の自分自身だと知らされた後には知りたいと興味が強くなった。傍から見れば幸福とは言えない短い生涯で、二人とも自覚がないまま互いへとある種の期待を抱いていた。
会話ではそれが叶うことはなかった。それどころか話せば話す程に互いの違いを浮き彫りにして自分の大切な思い出を汚された気がした。共有していた罪の意識は相手の否定へと繋がり戦う事と相成った。
魂さえも傷つけるような激闘を経て、二人はまだ戦い続けている。だが、もはや会話はなく、ペルソナを召喚することもない。これは──ただの喧嘩ですらなかった。
相手に何かを伝えようなんて、欠片も考えていない。ただ自分の奥底にあった感情を受け入れがたく、発散先を求めて同一である自分へとぶつけるだけの作業。いつのまにか武器も手放して素手での殴り合い。避ける気もなく、湊が一発殴れば琴音も殴り返す。刻まれる痛みさえ今の二人にとっては救いに近かった。
それを繰り返す内にバランスを崩した琴音が湊に倒れ込んだ。咄嗟のことで湊も受けきれず二人はもつれるように倒れ込む。湊は直ぐに払いのけようとして──頬に注いだ雫に熱を感じた。初めて間近で見た琴音の顔は、涙でぐしゃぐしゃに潰れていた。
「なんであんたは……っ! みんなとコミュもないのに……こんなに強くて……! 私が知らないペルソナだってあるのに……ッ!! なのに、なんで────死んじゃったのよ!!」
「ごめん……」
「ごめんじゃないよ……ほんともう……!」
震えた声で胸元に縋り付いた琴音を湊は突き放しはしなかった。泣きじゃくる顔は朧げな母の面影と重なって見えた。やはり顔は思い出せない。けれど最後の言葉は何重にもなって響いた。
「……君こそ……僕よりもみんなに好かれて……コミュを築いて……上手くやっていたのに…………なんで……っ!?」
「なんでかなんて……わかってるでしょ……」
また琴音もだ。朧げな母の願いが頭の中で繰り返されて消えない。
もし、出会わなければ、戦い合わなければ、思い出さなければ、こうはならなかった。母の願い通り、精一杯この一年を生きたのだ、と胸を張って言えただろう。
けれど出会ってしまった。戦ってわかってしまった。どうしてこんなにも相手が気に入らないのか。認められないのか。その力があるのに、その絆があるのに、なぜ君は────
「ああ、そうか……君たちは──」
崩れたまま泣きあうかのような二人を見て、ようやく綾時もわかった。もし、この出会いに、この戦いに意味があるとすれば──
「きっと僕が聞いても君たちは答えなかった筈だ。後悔なんてない、そう笑ってニュクスの封印に身を捧げることを嘆きはしなかっただろう。僕じゃ駄目だったんだ……っ! 同一で在りながら、けして自分ではない存在。いわば鏡合わせのシャドウのような君たちだからこそ、未練を生み出し、自身の奥底に潜んでいた生への執着をも引きずり出した」
だからこそ────悲しい。
「ごめんよ……。僕にはどうすることもできない……。君たちの魂を戻してあげることも、死を迎えた体を蘇らせることも……っ!! 封印から君たちを解き放つこともだ……!! 君たちの人生を狂わせ、すべてを奪ったのは僕なのに……ッ!!!」
綾時もまた膝をついて崩れた。
忘れていたわけじゃない。二人の両親を喪わせた事故の原因。デスであった頃の綾時が実験事故からの逃走中に二人が乗っていた車に偶々ぶつかった。
けれど二人は一度たりとも綾時を責めなかったから。
綾時はデスであり、絆を結んだファルロスでもある。まるでそんなことは無かったかのように振る舞う二人の姿に、いつの間にか綾時は本当の家族のようになった気さえしていた。けして忘れてはならない罪だというのに。
「そして……ニュクスを呼んだのも僕だ……」
宣告者として生まれ出て滅びを告げる鐘を鳴らした。その意思がなかったとしても言い訳にもならない。二人にかける言葉も資格も始めからなかった。そう、悟り、絶望の淵に立たされた時に不意に声が届いた。
二人のものではなく激しく争う姉弟の声だ。
「まだです!! まだですよっ!! 姉上……ッ!!!!」
「しつこいですね。いい加減に体力も尽きたでしょうに」
ずたぼろになって破けた服に煤をこびり付かせた弟と埃一つすらない姉の姿。何度もテオを吹き飛ばしては追いかけ、戦場が転々と変わってはどうやら近くまで戻ってきたようだ。戦況は圧倒的にエリザベス有利。それでもは未だテオは食い下がっていた。
「こんな所でくじけるようでは、とても琴音さまの傷は──」
ここまで、この二人がどんな戦いをして言葉を交わしてきたのか、はわからない。けれど辿り着いた結論は湊と琴音のように変わらないものであるのだろう。テオがそう言った時に姉弟の間の空気が変わった。見下ろすエリザベスの顔はいつになく真剣なものである。
「テオ、貴方がそれに気付いていたことは褒めてあげましょう。お客人は命を失うほどの献身を持って世界を救った。まさしく救世主と呼ぶべき偉業であり、
「ええ……、わかっておりますよ、姉上……」
「ですが、そんなものは私には関係のないこと。お客人が選んだ道に案内人たる私がケチをつけることほど野暮なものはない。私はただ湊様が歩む道をもっと見ていたかった……。このような趣味の悪い牢獄に囚われるのではなく、私が焦がれた生の輝きを持った湊様のままで……」
「姉上のお気持ちは……痛いほどにわかっております……」
綾時は姉弟が封印の門を訪れた理由がやっとわかった気がした。自分や湊と琴音、二人自身でさえ気付かなかった想いに、この姉弟は気付いていたのだと。
運命を呪うことない強さに惹かれ、輝きで満ちた生に魅せられ、死を受け入れた儚さを尊んだ。故に姉弟はここにいる。案内人としての役割を放棄し、部屋を飛び出して本音を語らぬ客人に寄り添うことを選んだ。
貴方の孤独を──、貴女の痛みを──、少しでも和らげたくて。
だけど、それを二人に自覚させたのはこの姉弟ではなく──。
いや、姉弟は自覚させることは望みはしなかっただろう。気付いてしまえば、なぜ自分だけ? なぜ自分が? と苦しむことは容易に想像できたから。
そして、その苦しみさえも許さない契約に署名させたのもまた綾時である。
(汝、自ら選び取りし、いかなる結末も受け入れん……。結局、二人はその通りに……)
鬱蒼とした想いにまた綾時が苛み、希望のように姉弟を見た。その契約に異議があるようなエリザベスとテオドアなら二人を任せられるのでは、と。
「ですが、それは叶わぬこと……。故に貴方はお客人に寄り添い、気付かれぬようせめてもの慰めとなろうとした。それでよろしいですか、テオ?」
「ええ、その通りに──」
「このヘタレ野郎ッ! で、ございます」
何か綾時が思っていたのとは違う展開が始まった。テオもまた予想外の台詞に口を半開きのままで呆けた。姉の不可思議な言動には慣れていたが、直球の暴言となると中々にない。つまり、それだけエリザベスは怒っているということである。
「私、よもや弟がこのような萎びたキャベツの如き軟弱者とは思っておりませんでした。一瞬でも同士へとなり得るかと思った私の純情を返して頂きたいものです」
「あ、姉上? それは一体どのような意味で……」
「虚偽の安寧で満足する者にはけしてわからぬこと。されど、それが貴方が選んだ道ならば、姉として私は怒りを鎮め、祝福して門出を見送ると共にお米を丸めて投げつけることにしましょう」
「姉上……、使う場も使用方法も間違っております……それではただのおにぎりです」
「シャ、ラァップ!!! であります。おにぎりを侵食せんとする一粒の具材ほどの野望も持てぬ甲斐性なしに私は用はないのです」
「なんと……おにぎりの具材にはそのような意思が……いえ、違います! そのようなことではなく、先程のお言葉の意味を……ッ!!」
「まったく、少しは成長したかと思えば……そういう所は変わらないのですね」
縋り付くようなテオの視線にエリザベスは客人に出会う前の弟の姿を思い出した。この地まで追いかけて来ている癖に肝心な所は不器用なままである。生来の真面目さと言えば聞こえは良いが、それがさらなる一歩を踏み出すことを躊躇っている。
「よいですか、テオ。お客人を救うことは確かに今は叶いません。幾星霜の時が流れたとしても叶わぬやも知れません。ですが、時間の概念に縛られない私達にとってそれが如何程の障害となりましょうか」
「姉上……仰っている事はわかるつもりです。いつの日か、お客人を封印より解き放ち、せめて人々の心の海へと還すことでその孤独よりお救いしようと……しかし、それはもはや案内人としての範囲を……」
諭すような言葉は先達として、姉としての優しさが垣間見えた。だが、その姿もここまで。なお迷いを見せる堅物に苛立ちを募らせては檄が飛ぶ。
「それがどうしました? 私も貴方も、そして姉と妹も。お客人の旅路の傍らでずっと探していた筈。私はいったい何者であり、何を為すべき存在なのか、ということを。例え、それが夢幻の如く泡沫の夢より更に儚きものであったとしても、それこそが私の大望。それを邪魔する者は弟といえど容赦はないと知るのです!」
「別に邪魔など──」
「な、なんとッ!!?」
されど弟の口から出た言葉にエリザベスの体は震えた。侮っていたのだ。何処まで行ってもテオは弟であると。しかし、ここに至り、姉弟は同格になったのだと聡明な彼女の頭脳は解答を叩き出した。
「私が案内人としての職務をサボり、主や姉のお叱りも完全スルーしようというのに貴方はお客人とのんびり憩いの時を過ごし、あまつさえ、その功績のみを享受するつもりでしたとは……! これはもしや世に伝え聞く下剋上。私を散々に崇めてこき使い、搾り取れるだけ搾り取った後はポイ、と捨て去り、その地位をも奪おうという……もはや姉を姉とは思わぬ暴挙……!」
「えっ!? いえっ、そのような恐ろしい真似は……!!」
「なるほど……成長しましたね、テオ。よもやそのような野望を企てていたとは……されど、されど、このエリザベス! 姉としてのプライドというものがございます。簡単に超えられるなどとは思わぬよう! ドロー、ペルソナカード!!」
エリザベスの抱えたペルソナ全書が宙に浮かんではページが捲られ、一枚のカードが浮かび上がる。そして現れた可愛らしい金髪の少女はニコッとテオに微笑んだ。それはまるで大切な妹が悪魔に変わったかのようで。
──死んでくれる?
「うぉぉぉおおおおおお!!!!!?」
槍を抱き抱えたトランプの兵隊がとめどなくテオの頭上より降り注いだ。だが、即死無効耐性を持っているテオには十分なダメージは入らない。ただ精神へのダメージがやばい。ただでさえ末妹の姉化という幻影に心を砕かれた後だ。それを具現化したかのようなアリスの姿。
そして技名もそうだが、改めてエリザベスの怖さを知ったような気がしてテオの足は勝手に逃げ出した。またそれを追いかけエリザベスの姿も遠ざかる。
「待ちやがれ!! そんな弟修正してやる!! に、ございます!!!」
(本当に任せて大丈夫かな……)
綾時の心は混迷を極めたが、それでもやはり自分よりはマシな筈だと煮え切らない感情に決着を付ける。
勇気を持って湊と琴音の方を見れば二人は立ち上がっており、琴音は湊の頬に手を添え、湊はそれをただ受け入れていた。感極まって綾時の目元に熱いものが込み上げる。紡いだ言葉は偽りない想いであり、願いであった。
「きっとこの出会いは奇跡だ。だからこそ、僕は君たちに仲良くしてほしい……」
独りでは耐えられぬ痛みでも、独りでは理解出来るはずもない苦しみも、同じ二人なら誰よりも理解してわかりあえる筈だから。
そして綾時のその願いが成就するがの如く二人が──、湊が、琴音が、互いを見据えて声を振り絞る。
「君は僕だ……僕がそうなりたくて……なりたくない私──」
「あなたは私よ……私がそう在りたくて、在りたくない僕──」
それを見届け、綾時は二人に背を向けた。
もう側にはいられない。二人にとって過去の負債でしかない自分が側にいればいつまでも悲しみを思い出してしまう。自分がいなくとも湊には琴音が、琴音には湊がいる。二人を想うエリザベスとテオドアだっているのだ。だから、きっと大丈夫。そう確信して────
「「決着をつけよう!!」」
「えっ!? はっ!? はぁ!!? いや、そこ違うでしょっ!!!!」
思わず罪も忘れて振り返ってツッコんだ。悔しそうに地団駄すら踏んでしまった。
次の瞬間、赤と青の双眸が同時にギロっとこちらを向いて綾時は怯える──が、ツッコんだ手前、行かないわけにもいかない。恐る恐る二人に近づくと遠慮がちに尋ねた。
「い、いや、だって今の流れどう見ても和解でしょう? どうしてまだ戦うのさ?」
はぁ、というため息と、フン、という鼻鳴らしが響き、先に口を開いたのは琴音だ。
「綾時、話聞いてたでしょ? こいつ、私のことをなりたくないって言ったんだよ。これは尊厳の問題だよ。叩きのめして是非なりたいですって言わせてやらないと」
「そういう所がなりたくないって言ってるんだよ。大体君だって僕のようでは在りたくないんだろう。おあいこじゃないか」
「そりゃそうでしょ。私は今までずっとこの体で生きてきたんだから。愛着だってあるよ。それにこんなに可愛い私になれるっていうのに何処が不満なのよ」
「あいにく自分自身を愛する趣味はないんだ。そういうのは荒垣先輩にでもやりなよ」
「なっ!? 荒垣先輩は関係ないでしょ、いま!!」
「やっぱり本命なの?」
「しつこいなぁ。君こそ、ちゃんとゆかりに告白したの? 適当だったら許さないからね」
「…………」
「おーい、黙るな黙るな。やっぱぶっ飛ばすね」
綾時はただ驚いていた。先程までは嫌悪して憎み合い、時には殺意すら感じ取れたのに、それら一切が消えているからだ。それに湊がこれほどまで饒舌に喋っているのを見たことがない。
思い返せば本気でキレた姿もそうだが、琴音だってこんな風に誰かに喧嘩腰で絡んだり、ましてや縋るような姿を見せたことはなかった。
これはおそらく自分が──デスが取り付く前の湊と琴音、本来が持っていた性格ではないのか、とまた綾時の胸が罪悪感で締め付けられる。だが、結論から言えばそれは違う。
同一だとわかったらこそお互いの心を守る必要もなければ飾り立てることもない。ただ言いたいことだけを言って気の向くままに喧嘩する。まるで子供のように。10年の時を他人に頼らず、頼れず、過ごしてきた二人だからこそ、その反動は凄まじい。
「綾時……?」
「いや……何でもないよ……」
「綾時も驚いてるんだよね。今まで根暗だった君が急に喋りだすんだもん。あっ、ひょっとして演技だった? 女の子の前じゃクール系装ってカッコつけてたんだね。この女の敵め!」
「…………」
湊は無言のまま妙に口が悪くなった琴音の頬を抓ると力いっぱい上へと引き上げた。
「イタタタっ!! な、何するのよ!!? 乙女の柔肌に傷がついたらどうするのよ!!」
「心配しなくていいよ。その傷が目立たない位ぶっ飛ばしてあげるから」
作り物めいた湊の満面の笑みに琴音は大げさに喚き立てて手を振り払らう。にやけた本当の顔は相手には見せないよう互いに背を向けて。
誰もが経験があるかも知れない。小さな子供が素直になれず意中の子にちょっかいを出す。帰ってきたリアクションは予定調和のもので表情や言葉とは裏腹にこっそりと喜んだ。傍から見たら今の二人はそんな感じだった。
要はこれは──けして裏切らない相手に甘えあっているだけなのだ。本人たちは絶対に認めはしないが。
そしてまた二人は距離を取るよう離れては向き直る。琴音はぶつぶつと文句を言いながら頬を擦っていた。
「ほんと信じらんない。ゆかりも風花も美鶴先輩もこんな奴のどこがいいのよ」
「……僕も順平は賢明だったと思うよ。騙された先輩たちと天田が可哀想だ……」
「ちょっと! 私が順平に振られたみたいな体で話すのやめてくれる!? というか、さっきみたいに喋らないの? 私はそっちの方が好きだよ」
「……君に少し影響されただけだよ……それに、僕が急にお喋りになったら、みんな気味悪く思う……」
「君がそう思っているだけでしょ?」
「そうかもね……君も少しは口を閉ざせばいい……」
「やばっ!」
呑気に話していた所で湊が召喚器をいきなりこめかみへと押し当てた。言葉ほどは琴音は焦っていなかった。見てからでも遅くはないと余裕を持って────マジで焦った。
「来い、"マーラ"」
「ななな、なに出してんのよっ!!!!?」
荷車に乗った緑色のグロテスクな物体に琴音が首まで赤くして抗議の声を送る。琴音とて自分で召喚したなら平然としたものだが、湊のモノを不意打ちで見せられては慌てるしかない。湊は素知らぬ顔で告げた。
「ナニって……ペルソナだけど……。マララギダイン」
未成熟なバナナとも、ご立派様とでも言うべき物体が琴音に向かって一直線に疾走する。
──マララギダイン。
それは響きこそマハラギダインによく似ているが魔法攻撃ではない。単なる物理攻撃である。
そう、御立派様の体当たりという。グエッヘッへッヘェと言わんばかりに高速で疾走しその巨体をまるで相手に突き刺すかのような動き。更に一撃では終わらず執拗に何度も体当たりを繰り返す様はまるでピストン運動のよう。限定特攻を有し考えたものの正気を疑うほどに凶悪な攻撃である。
「いやあああああ!!!!! "ルシフェル"!!! "サタン"!!!!」
逃げ回りながら琴音が叫ぶ。おそらくこれまでの戦歴で一番精神を乱され集中した召喚であったであろう。その触手一本でも触れれば自分の大切な何かが終わる。果てしない恐怖の中、救いの天使と悪魔は舞い降り、極光が広がりマーラの巨棒を包み込む。
──ハルマゲドン。
ミックスレイドにおける最大にして最強の技である。ただし燃費が悪すぎる。先程までの戦いで二人が使わなかったのは消耗戦にしかならないことを知っていたからだ。なにせ相手も使えるのだから。
最大最強攻撃の前にご立派様はあえなくその体液を撒き散らしてイった。うっ、とくぐもった声と萎れた姿が何か見えたような気がした。
「あんたマジぶっ殺すわよっ!!!!」
「この反応……」
「なによ!!?」
「いや、いい……少し安心しただけ……」
荒い息を吐いて琴音ががなり立てた。内心では湊はエリザベスのようにまあ、ご立派、とでも言うのかと伺っていたが、そんなことはなかったようだ。ナニがとは言わない。
「やっていい事と悪いことが……ッ……」
台詞の途中で琴音がふらついた。ハルマゲドンは精神力すべてを持っていくような技である。精神体である今、肉体という上限の枷がない分ぶっ倒れるようなことはないが、代わりに眠気がやばい。散々争った後であり、魂も少しばかりの休息を求めている。
それは湊も同じであり、次が最後になることを両者共に感じ取っていた。ただ出てくる言葉にそんな緊張感は欠片もなかったが。
「あーもう、ほんと疲れた。次で終わりにするから。終わったら私は門に帰って寝るから湊は外で寝てよね。入ってきたら大声上げてやるから」
「……あの門、僕の力でもあるんだけど」
「知らないよ、そんなの。こういう時はレディファーストでしょ。それともなに? 私と一緒に寝たいの? 湊がどうしてもって頼むのならスペースくらい空けてあげるけど?」
ツンとすました顔ながらも赤い瞳は何処か期待を込めている。
「……遠慮しとくよ。寝相悪くて蹴り出されそうだし。それにどうせ琴音は僕に負けて気を失ったまま外で眠ることになるだろうしね」
「毛布くらいかけなさいよ! 風邪引くでしょ!」
「……別に琴音が望むのなら僕が一緒に連れて帰ってあげるけど?」
やれやれと言う空気を全身から醸し出しながらも青い瞳は折れる言葉を待っている。
「意識のない私になにするつもり!? このスケベ!」
「……やっぱりなしで」
両者共に思惑を外され、苦虫を噛み潰したような顔になったが、それすら共に予想していたことである。琴音は久々に召喚器を取り出してこめかみに押し当てると屈託のない笑顔で言った。
「そうね、やっぱりないね。となると、負けた方が外ね。もっとも既に勝敗は決まってるけどね。だって湊が結んだ絆は私の半分だもん。来て──"メサイア"」
またコミュがないことを揶揄するような言い方だったが、湊は不快にはもう感じなかった。不敵に口元を歪めて召喚器を構えると挑発には挑発で返す。
「そうだね……僕がみんなと結んだ絆は琴音には劣る……。けど、それでも勝つのは僕だ。琴音の絆は言うほど大したものじゃないからね。来い──"メサイア"」
(魂を削り合うような死闘の果てにたどり着いた戦いでかかっているのが寝室の権利とはね……)
何とも締まらない結末だけど……二人らしいか、と綾時は毛布の代わりにロングマフラーを外し置きながら苦笑いを浮かべた。
結局、離れるタイミングを逃したまま側にいる。これが最後だと二人の姿を瞳に焼き付けるよう目を細めた。しかし、そこで異変に気付く。
二人が召喚したメサイア。始まりのアルカナである愚者は審判へと至り、オルフェウスもまたその姿を変えた。清貧な法衣を纒い、まるで天の使いであるかのような翼をはためかせ、何処か儚げに佇んでいる。
対応したコミュニティの名はニュクス討伐隊。愚者のコミュでもある特別課外活動部の面々が占める。琴音の言うよう男性陣の個人コミュがないことを前提に入れるのなら湊は劣っているのだろう。
問題はそこではない。
そのメサイアが──ブレて揺らいだ。いや、湊と琴音の姿さえも。
「い、まのは……? これはまさか……統合が始まる……っ!?」
これだけは綾時は危惧していなかった。湊と琴音、同一だと理解しながらも彼らは別人だと思えたから。しかし、先ほど彼らは自らの心の奥底にたどり着き、同一であることを認めた。更に湊の影響されたという言葉。
認識の壁が崩れ去れば後は自我の境界のみ。
「待て……待ってくれっ!! 行かないでくれ……ッ!!!」
その結果、何が生まれるのか。湊と琴音であって、湊と琴音ではないもの。それが良いことなのか、悪いことなのか、は綾時にはわからない。ただ二人の友達を失うことだけは理解できた。
「湊っ!!! 琴音っ!!!! これは
駆け寄り、間に入ろうとした綾時はせめぎ合う二人から放たれた重量波のような見えない力に足を止められた。どれだけ力を振り絞ってもそれは崩せず、それはまるで綾時の存在を拒んでいるかのようで。
その力で自我を強化して引き合う精神と魂を無理矢理引き留めているに過ぎない。逆に言えば、それをしなければ、もう避けられぬ程に統合の時が近づいていた。
「待ってくれ……っ! こんなの……」
声に気付いて二人が綾時へと申し訳無さそうに顔を向けた。そして儚くも微笑んで告げられた言葉は綾時にとって──何よりも聞きたくない言葉だった。
「綾時……ごめんね」
「悪い……」
「なぜ……ッ!? なぜ君たちが謝るんだ……っ!!? 謝るべきは僕だっ!!! 僕、ひとりだけなんだ……ッ!!!」
綾時の絶叫が響き、それを振り切るよう二人は駆け出した。メサイアもまた翼を広げ、お互いを目指して。その手で握りしめた小剣と薙刀、最後の決着はせめて自分が自分である間にと。
そして二つの宇宙はぶつかり合う。それは一瞬にして永遠──。
──さよならだ。
刹那の時の流れの中で誰かが、そう言った。
すべてが収まった後、
何処を見渡しても湊と琴音の姿はなかった。
メティス「彼……後悔とかはしてないと思いますよ」
作者もそう思う。だからハム子をぶつけた。でなければね……。