キタローとハム子の戦争 作:ハーイヨールニャル
P3Rはとても嬉しいのですが、この物語根本から吹っ飛びそうです。
それはそれでいいのですが、ネタが死蔵するのも少し悲しいので投下します。そのネタの出来が荒すぎたのでそこに繋がるよう書いてたら実質的にこれがエンディングだった。
前書きネタはこれしかないのだけど、ちょっと違うというかオサレなので誤魔化して書いておきます。このセンスほんと好き。
――僕は、ついてゆけるだろうか。君のいない世界のうんたらかんたら
春の風香りて桜で彩られた四月──
月光館学園は始業式の日を迎えていた。
まだ朝も早いとあって学園内は閑散としていたが、クラス分けが張り出された掲示板には生徒達の姿があり、仲の良い友人や気になる異性と同じクラスになったことを喜ぶ姿が見受けられた。
だが、そこに載る筈のない名前があることには誰もが気付きながら見ないふりをしていた。
前年度の終わりに起きた痛ましい事件は多くの生徒達の心に暗い影を落とした。立ち直るにはあまりにも短い時間。なんとかそこから抜け出せた者、初めから然程ダメージを受けなかった者。
そして未だ抜け出せず混迷を抱えたまま日常に紛れようとする者。
頬杖をついて窓の外をぼうっと眺めていた茶髪の少年、友近健二もそんな一人だった。
「よう……同じクラスみてえだな」
「宮本……早いな。朝練か?」
不意に声をかけてきたのはスポーツ刈りに白ジャージと見るからに体育会系な宮本一志である。
その表情は友近と同じく憂いを抱えていた。
「ああ……っても軽めにだ。まだ新学期も始まったとこだし、部内の空気もマシになっては来てっけど……いいとは言えねえしな……」
「……」
二人の視線はそっと教室の端にある机に向かう。混乱から抜け出せていないのは学校側も同じなのか。掲示板といい、おそらく前年度の早期に決められたクラス分けのまま彼の席はそこにあった。机にはクラスの誰かが置いたであろう花瓶に悼むよう花が活けられている。
「まだ……慣れねえよな……たった一ヶ月しか経ってねえんだし……」
「そうだな……まあ、でも少しは感情の整理も付いてマシにはなったよ。今年のインターハイのこと考えっとまた落ち込むけどな」
「ああ……あいつ運動神経もよかったけ。掛け持ち頼まれまくってたもんな……」
「一応、うちの部所属なんだけどな。他の部が困ってんのに行くなとも言えねえし」
「生徒会に文化系もだろ。後、寮のボランティア部だっけ? ふぁっしょん同好会なんてのもやってたよな。それにバイトまでして生き急ぎ過ぎだっつーの」
指折り数えながら途中で呆れたと言わんばかりに友近は数えるのを止めた。
「詳しいな……忙しそうだとは思っちゃいたけど、そこまでだったとはな……」
「んーまあ仲良かったしな……あいつはあまり自分のことは話さなくて俺が一方的に喋ってばかりだったけど……。こんな事になるってわかってりゃ止めたのにな……」
「別に原因がそれってわけじゃねえだろ? 少なくとも有里は好きでやってたんじゃねえのか?」
「どうだろうな……あいつ頼まれっと嫌とは言わねえと言うか、なんかそんな選択肢自体ねえんじゃねえかって思う時あったからな……」
「……」
「まあ、一個だけわかってんのは俺がこうやって悩んだ所であいつはきっと、どうでもいいって言うんだろうなってことだけだ。ほんと……笑えねえ……」
友近が目を細めて追憶の湊を掘り起こせば、何処か気怠そうにそう言ってる姿があまりにもしっくりと来て乾いた笑いが出た。けれど、宮本から見た友近の顔はそうではなかったようだ。
「十分笑えてる方じゃねえか? 葬儀の時のおまえ……いや、おまえだけじゃねえけど世界の終わりみたいな顔してたぞ」
「あー…………たぶん……理緒のおかげかな……」
「理緒って……確か……よく西脇と一緒にいる……岩崎さんか……? そんな関係だったのかよ?」
物珍しそうに宮本が伺えば、友近はまさかとでも言わんばかりに肩をすくめた。
「ただの幼馴染だっつうの。けど、感謝はしてる。有里のことでおまえが言ったよう相当ひでぇ面してたみてえで飯もろくに喉通らなくてさ……。あいつが心配して毎日家まで様子見に来てくれてたんだよ。当初はそれこそ当たり散らしてたけどな……ずっと一緒にいる間になんか元気も出てきたみてえだ」
「へえー、そりゃよかったな。そういや俺も似たようなもんか……。どっちかつうと俺のほうが励ます側だったけど、西脇といる時間が多かったな」
「おっ? ひょっとして?」
「ねえって。まあ、付き合いは長えけど、向こうだってマネージャーだから俺に気遣ってくれてるだけで恋愛対象として見ちゃいねえだろ」
順平辺りが聞けば、どっちも惚気じゃねえか!! と涙を流しなら嫉妬する会話だったが、幼馴染フィルターと朴念仁フィルターが強固な二人ではその先というのは想像しがたい。
それに岩崎理緒はともかく西脇結子は湊と付き合っていた過去があり、簡単に割り切れるようなものでもないだろう。
「あーあ、高校も後一年で終わるってのにお互い色のねえ学園生活だったな」
「諦めるの早くねえか? 後、一年もあんだぞ。それに俺はそういうのは今はいいや。インハイも控えてるしよ」
「前向きな考え方だよな、それ……。ほんで恋より部活か。俺もなんか打ち込めるもんでも探すかね。そしたら湊ほどとは言わねえけど一人くらい俺に気を持ってくれっかもしんねしな」
「そうしろよ。新しいクラスになったことだし可能性はねえわけじゃねえぞ」
「ははっ……ありがとよ……ん? てか、なんか静かじゃね?」
「あ? そういや変だな……」
そんな風にたわいもない会話をしていた所で二人は教室内の静けさに気付いた。ふと周りのクラスメイトを伺えば皆一様に開けっ放しの教室の扉辺りを見ている。何事かと友近も目をやって、呼吸を忘れたよう時を止めた。
窓から差し込んだ春の木漏れ日の中に一人の生徒が立っている。誰もが見覚えがあった。長身の割には細身の体、首から下げたイヤフォン。
そして青みのかかった髪に見間違いようもない青い瞳。何処か儚さを感じさせていた雰囲気は生前と相まって
皆が一斉に息を呑んだ音が教室に響き渡る。気にする様子もなくその生徒は動き始めると机に置かれた花瓶を見て訝しげに首を捻った。そこが間違いなく自分の席であることを確認すると少しだけ悲しそうに顔を歪める。
次の瞬間、青い瞳は友近を捉えた。
「…………嫌がらせ?」
「ぎゃああああああああああ!!!!!!!!!!」
この日、有里湊は三学年への進級を迎え初登校となった。
しかし、状況はどうにもよくない。クラスメイトは怯えに怯え、友近でさえ宮本と抱き合って震えている有様だ。湊自身この状況を生んだのは自分の死が原因だということはわかっているが、どう説明すればいいのかわからない。なにせ葬儀すら行っている。
前もって携帯で伝えるという手段もあったが、そもそも信じてもらえるか疑問であり、山のように届いていたメールを一つずつ懇切丁寧に返信するには手間がかかり過ぎた。
それに美鶴の、君は何もしなくていい。すべてこちらでやる、と言う台詞を信じたからでもある。
一応、生きている、と小さく呟いて見たのだが。
「嘘よ……有里くんが生きてるわけないじゃない……お葬式だって行ったのに……」
「そうか、これは夢だな。はっは! 痛くねえや!」
「悪霊退散……」
「夢でも幽霊でもいい……湊、また会えたんだな……」
結果は散々なものであった。宮本は自分の顔を殴って確かめたようだが唇が切れており、どう見ても痛そうだった。友近は喜んでくれてはいるが、明らかに湊を超常やオカルトの類として片付けようとしている。
このままでは祈祷や悪魔祓いの儀式が始まってしまうかもしれないと危惧した所で、ふと彼女の顔が思い浮かぶ。
彼女なら、ドッキリでした!! の一言で全てを有耶無耶に誤魔化してしまえるのだろうかと。
羨ましくはなかったが、少なくとも解決手段は普段無口な自分よりは豊富に思えた。
と、そこで困っている湊を助けるかのように全力で廊下を駆けてくる音が響き渡り、ピンク色の制服に身を包んだ少女、岳羽ゆかりが教室に姿を見せた。
「あー! よかった。居た!! 何で先に一人で行っちゃうかな!? 昨日、みんなで登校しようって言ったでしょ!」
「ごめん……朝起きたら、ちょっと一人で街を見てみたくなって……」
息を切らせながら湊の顔を確認すると、ほっとまた息を吐いては捲し立てる。
「い、いや、別に怒ってないからね! ちゃんと書き置きはあったし……あっ、ほら! 私達同じクラスだって!! や、やったよね!」
だが、ゆかりに去年ほどの圧はなく、ぎこちない笑顔を慌てて作ると話題を逸らすよう喜びを見せた。しかし、それをフォローのつもりで掘り返す男がいる。
「まあ、ゆかりッチが怒んのもわかるけどな。俺だってどう説明したもんか、ずっと考えてたんだぜ。湊の入院が長引いて退院後も寮から出てねえとくりゃ、ここらで少し一人になりてーつうのもわかっけどよ」
続けて教室に現れたのは伊織順平である。こちらも走ってきたようでトレードマークである野球帽を被った額には汗が滲んでいた。そんな順平に対してゆかりはむっと顔を顰める。
「だから怒ってないって……てか、なんで順平もいんの?」
「いやいや、俺っちも同じクラスだからね! 有里と伊織だよ!? 直ぐ下に名前あったでしょーが!!」
「あー見てなかった。目に入れたくなかったのかも」
「どんだけ!?」
あくまでゆかりの態度は湊限定であり順平への塩対応は相変わらずだった。信頼があるからこそ出来ることでもあり、少し遅れてやってきた少女、山岸風花の顔は朗らかに笑っていた。
「まあまあ、ゆかりちゃんも順平くんもせっかく同じクラスになったんだから仲良くしようよ」
「ってもねー風花、寮で嫌でも顔合わせるんだから学校くらい静かに過ごしたいとは思わない? 先輩達は寮出ちゃったから順平が騒いでも止める人いないんだからね」
これからの一年を思い、ゆかりが威嚇するよう順平をキッと睨んだ。
有里湊の生存と三学年への進級。
本来の世界では在り得なかった奇跡は各所へと波紋を及ぼし違う歴史を歩もうとしていた。
対シャドウの前線拠点としてその役目を終えた巌戸台分寮は前年度をもって閉鎖予定であったが、湊の突然の死から蘇りと対応すべき案件とそれに伴う混乱が大きすぎて予定通りには進まなかった。
当初は転寮を受け入れていた現寮生達も影時間の記憶が蘇り、湊が退院を迎えると一転してこれを拒否。籠城戦も辞さないとばかりにラボへの帰還要請を無視した対シャドウ特別制圧兵装七式を守りの要に徹底抗戦の構えであった。
一連の事態すべての最高責任者となり、桐条グループ次期総帥でもある桐条美鶴は自身の進学に加え、上がってくる報告に忙殺されており、後輩達の小さな反乱に気付くのが遅れた形である。
最終的には美鶴の一声で一年の延期が決まった。ただ、喜ぶ寮生達とは裏腹に卒業を迎え、寮に留まる権利を失くした美鶴の顔は酷く寂しそうなものであったことを付け加えておく。
同じく真田明彦も進学と退寮を決めたことにより、寮内は順平の天下のように進むと思われたが、現実はそう甘くない。
「大丈夫です。湊さんの生活を脅かす輩は例え順平さんであろうと排除するであります」
「い、いや、俺っちも三学年だし、アイちゃんが心配するようなことは何も起こんないからね?」
カチャリ、と腕に仕込まれた機銃のロックを外しながら突きつけるアイギスに順平の顔が引き攣った。
どうやらアイギスは湊が一人で寮を出たことに気づかなかった事を失態と捉え、また学園内を全力疾走するわけにもいかず、出遅れたことを気にしている様子であった。
疑問を呈したのはゆかりである。
「ねえ、当然のように居るけどアイギスの名前は何処にもなかったよね?」
「私は当初ラボに戻る予定でしたので、学園の方には退学手続きを取ったまま再度の申請が間に合わなかったようです」
「それってこのクラスになるとは限らないんじゃ……」
「問題ありません。私のバックには桐条グループが付いており、ここはグループ傘下の学園。私がこのクラスに配属されることは確定的に明らかであり、使えるものは美鶴さんでも使えであります」
「そりゃそうかもだけど、変な悪知恵付けるのやめてよね。それにそういうのって美鶴先輩すごく嫌いそうなんだけど…………いや、待って……私達全員が同じクラスって……これ、既に手を回してない?」
一度その考えが浮かべばゆかりはそれ以外考えられなくなった。いくら美鶴が不正を嫌う真摯な人間であったとしても、それを押し曲げてでも叶えたいことがある。風花もそれに思い当たり賛同する。
「お目付け役ってことかな? 自分の見てない所で無茶しないようにって。桐条先輩すごく心配してたから」
「美鶴さんからは何があっても目を離さないようにとの任務を申し付けられています。という訳で湊さんの隣の席は確保であります」
「なっ!? 初日から席順無視とか何考えてんのよ! じゃ、じゃあ、私、ここね!」
アイギスの答えよりも瞬時に湊の隣をキープした姿に焦ってゆかりも自分のカバンを湊の後ろの席へと叩きつけた。本当は隣が良いが最前列の角とあってはここしかない。しかし、有里が右上の席であるのなら。
「いや、ゆかりッチ……、そこ、俺っちの席だかんね……」
「いいでしょ、別に。担任はまた鳥海先生なんだから席順なんか気にしないわよ。去年もそうだったでしょ」
「そりゃ、もっともだけど……さっきまで怒ってた人の台詞じゃ……」
「なによ? 文句ある?」
「いえ、ないっす……」
「えっと……私は……」
きょろきょろと首を振って残る一枠争いに参加したかった風花だが、流石にクラスメイトがこちらを凝視している手前、そこまでの勇気は持てなかった。がっくりと肩を落として対角線上の遥か後方であろう自分の席へと向かおうとして順平から待ったがかかった。
「あー湊、ちょい斜め後ろの席に移れよ。先生が気にしなくてもクラスメイトはそうもいかねえだろ。前の席だから変わるつったら、みんな喜んで変わってくれると思うぜ。そんで風花は湊のいた席な」
「……!」
「別に僕はどこでもいいけど……」
「おまえが良くてもこっちはそうもいかねえの! 寮の中の空気も考えてね。面倒事が起こる前に防ぐのは大事よ、これ」
そう言って湊の腕を掴んで移動を促した順平であったが、ただの親切心というわけではなくある種の予感に基づいたものだった。
湊が亡くなった時の女性陣の狼狽ぶりと言えばとても見てはいられなかった。そして生き返ってからの過保護とも言える干渉には順平だって気づく。元々鈍い方でもないが、自身のことやニュクスのことで精一杯だった日々が終わればより鮮明に見えるというものだ。
(ゆかりッチはそうだろうとは思っちゃいたが、やっぱ風花もかよ。アイギスは変わんねえ気もすっけどよくわかんねえな。いつも通りっちゃいつも通りだし)
寮の中で湊を取り合っての喧嘩沙汰なんてまじで勘弁してほしい。真田、桐条が退寮した今、必然的に止めるのは順平になる。
(つーか湊は動じねえな……。自分が原因だってわかってんのか、こいつ? いや、まさかもうそんな段階通り過ぎてる……? えっ!? いやいやウソウソ、ないですよねー)
若干意識を飛ばしながらも被害を一番くらうのは自分ではという、もはや未来予知のような予感を感じ取った順平の機転により、湊の席が斜め後方へと一つずれることになる。
追いかけるようアイギスはその隣へとスライドし、思わぬ幸運にゆかりは満面の笑みを浮かべた。そして遠慮がちながらも空いた角には風花が着席して事なきを得る。
「じゃ、俺は……」
「順平は前でしょ。アイギスが座ってた席が空いてるわよ。よかったね。勉強に集中できて」
「げっ! い、いや、最初の席と大して変わらねえか……俺だけ後ろっつーのもなんだしな」
どうやっても被害を被るのだけは避けられないようだった。苦笑いして帽子の上から頭をかいた順平が最前列へと座ると湊から声がかかった。
「……変わろうか?」
「やめて! せっかく上手く収まってんだから混ぜ返さないで!」
「そう……じゃあ……これ、あげる」
「なんだ、これ……? 花瓶? いらねえよ! 縁起でもねえな!!」
瞬間、怒り任せに叩き割ろうとしてしまった順平であったが、なんとか思いとどまって受け取った花瓶を床へと置いた。
そこでようやくクラスメイト達が自分たちを凝視していることに気がついた。
「あー湊、説明は?」
「……」
「……よし! 俺っちに任せとけ」
湊が首を横に振ったのを見て順平も悟る。湊は珍しく本気で困っているようで無言のままぎゅっと握り拳に力を込めて助けを求めているかのようでもあった。
説明は困難を極め、それでも湊なら何とかしてしまうのではないかとも順平は考えていた。だが、それは叶わず、そこに自分が手を差し伸べられるという状況が、なんとなく順平は嬉しかった。
「おい、順平!! 何で普通に喋ってんだよ!!? 何がどうなってんだよ!!!? い、いや、湊は生きてんのか!!?」
「えーとだな。うん、まあ……生きてんな」
とはいえ、ずっと考えても思い浮かばなかった説明が即座に浮かぶ筈もなく、耐えきれなくなった友近に相槌を返すのみに留まった。
「け、けどよ!! 葬儀は……!!?」
「あーあれは……その手違い……? うん、手違いだったね」
「あんたそれでゴリ押すつもり? まあいいけど」
今度は宮本が叫んだが順平は無難に返すのみである。ゆかりは呆れていたが、ゆかりとて詳しい説明は出来ないからツッコミにもキレがない。しかし重要なのはそこではないだろう。
「ほんとにだな……? 本当に湊は生きてんだな……?」
もはや友近の目は順平を見ていなかった。二度と会えないと思っていた友人。思い出のままにその姿がそこにある。
「ごめん……心配かけて……生きてるよ」
「ばかやろう……っ! あやまんじゃねえっ!!! 湊──ッ!!」
「おおお!! 有里──っ!!!」
瞳に涙を溜めながら友近が湊へと駆け寄ってくる。足はもつれて上手く進まない。その後ろからは雄叫びを上げながら宮本が続いた。そして感動の逢瀬が──
「──ブロックであります!!」
「うおっ! やわら……硬ッ! いたっ!! えっ……
「いってええ!!」
出来なかった。突如として進路に割り込んだアイギスの胸に顔から突っ込んだ友近は軽々と吹き飛ばされ、宮本とも共に机をなぎ倒しながら転がる。見下ろすアイギスの表情はどこか得意げであった。
「湊さんに急速接近する人影を確認。速やかにこれを迎撃し任務を完了しました。引き続き警戒を続けるであります」
「そこは防がなくていいでしょ……じゃなくて! えーと、と、友近くん! 女の子にぶつかって硬いはないんじゃないかな!?」
「そ、そうだよね。硬いはちょっとおかしいよね!」
「えっ! あ……ああ……ご、ごめん?」
友近は尻もちをついて顔を擦っていたが、思わぬ所でアイギスの正体がバレそうになって慌てて口を挟んだゆかりと風花に何故か謝罪することになった。必死な二人の剣幕はクラスメイトに余計な誤解も生んだようだった。
「ひょっとしてアイギスさんって胸パッド入れてる……? なんかショックだわ……」
「ばっか! 萌えるだろ! あの顔とスタイルで実はなんて……てか、友近、羨まし過ぎんぞ……」
「男子、サイテー」
「……わかるよ。その気持ち……」
一部、共感も集めたがアイギスは気にしないから良いだろう。
巻き起こされた騒動に徐々にクラスの中に湊の生存が確かなものとして広がっていく。新しく教室に入ってくるクラスメイトからはまだ奇声が響いたがなんとかなりそうだった。そんな時に、また湊と縁の深い人物は姿を見せた。
「もう、ミヤ、うるさい。朝から何騒いでんのさ?」
「すごい悲鳴だったね。下まで聞こえてきたよ…………」
年中日焼けしていた肌が部屋に閉じこもりがちな失意の中で少しだけ白さを取り戻した宮脇結子と活発なスポーツ少女の岩崎理緒である。朝練を終えた後には二人で話し込んでいたようで始業時間ギリギリでの入室となった。すぐ近くの席に座る湊を見つけた時の反応は対象的である。
「うっそ……!? なんで……!? どうして……!!? あっ!! ミヤ! 見てみて!! 有里くんがいるよ!!? って見えるわけないか…………あっ!? でも、消えないな……この有里くん……ちょっとだけ触ってみたりして……」
「…………? ……!!?」
ぷにぷにと湊の頬を突きながら混乱する結子に対して理緒は何も言わずにふらっと崩れ落ちた。
とっさに側にいた風花と順平が慌てて受け止める。
「あぶね……っ!」
「岩崎さん……!?」
「おいっ!? 理緒っ!?」
一番焦ったのは友近である。急いで駆け寄ると二人から理緒の体を奪い取るよう抱きかかえては顔をペチペチと叩く。
「おいっ! しっかりしろ!」
「う、うーん。なにこれ…………夢かな……。有里くんが居たと思ったら……今度は健二の顔が見える……こんな近くに……」
「いや、夢じゃねえから……。夢みてえだけど……」
「おっ、お二人さんあっついねー。羨ましー」
「なに、バカ言ってんだ、順平……」
そんな友近の姿に湊は一つの約束を思い出した。だが、二人の姿を見る限り自分の出番はなくてもいいように思えた。ほんの少しだけ友近が自覚できるよう背を押す必要はあるだろうが。
そして順平はニヤケ顔で野次を飛ばしたが、友近には一蹴され、理緒が離れようともせず、頬を赤らめているのを見て真顔になった。
「えっ!? なんなん……? おまえらなんなん!!? 俺っちを置いて、そんな……!?」
本日、二度目の衝撃に順平が白目を剥いた。順平だけではなくクラスの男子からはアイギスの胸と合わせて友近に殺意にも似た嫉妬が送られ、女子からは羨望が理緒に向けられた。
それは湊の横に座るゆかりも例外ではなかったようで、湊がその視線に気付くと目が合い、ぷいっと逸らされた。
そして、じわりじわりと侵食してくるような感覚はおそらく立ち上がった風花から放たれている圧であろう。流石、感知系ペルソナ所持者である。湊の位置から風花の顔は見えなかったが、真っ赤に染まった顔が表すよう感情が高ぶって願望が漏れ出している。
(見なかったことにしよう……)
これらに気付きながら、湊は最低男のムーブをかました。以前、湊は何人もの女性と付き合い、それがどうにもならなくなってバレた後、激昂した美鶴に処刑され、女性関係を清算させられている。
同じ愚を犯すわけにいかないというのが一つ。湊に好意を寄せる彼女たちもそれは望んでいないということもある。だが、一番の問題はこれらではなく湊自身の心にある。はたしてそれが晴れる日が来るのか、今の湊にはわからなかった。
なお、宮本が止めるまで湊の頬は結子に突かれ続けた。
「はいはい、HR始めるわよー……って、有里君、本当に生きてたのね。先生、最初に聞いた時、驚きで心臓止まるかと思ったわよ」
チャイムは鳴り響き、賑やか過ぎた教室には担任を努める鳥海が少し遅れてやってきた。湊の姿を確認すると目こそ大きく見開いたものの、すぐに表情を整える。
「せ、先生、知ってたんですか?」
「そりゃ先生だから知ってるわよ。なんでもね、死亡は診断ミスだったんですって。今朝の新聞記事にもなってるわよ。有里君の名前までは出てないけどね。あの病院って桐条系列の大病院なのにとんだヤブ医者よねー」
教卓で出席簿を片手にテキトーに確認しながら生徒の質問にも難なく答える。回答は少しばかりの皮肉と怒りが込められていたが。
「い、いや、でも完全に息止まってて……」
「そうよねー。だから尚更びっくりよねー。まあ、棺桶から生き返った例がない訳じゃないし、心臓だけは動いてたんじゃないのかしら? それか仮死状態だったとか?」
「か、軽い。いいんですか、そんなんで……」
「いいのよ──。有里君は生きてるんだから。それと比べたら他の事なんてどうだっていいでしょ。あっ、でも香典はきっちり返してもらうわよ。先生、薄給なんだからね」
最後の台詞には鳥海以外誰も笑わなかったが、皆がそれもそうか、と不思議な連帯感で包まれる中、ゆかりは順平の背を突付くと小声で話し始めた。
「ねえ……これってさ……」
「あーあれか……影時間で勝手にって訳にはいかねえから無理やり辻褄合わせにいったんだな……こっわ……」
「自分のグループとはいえ桐条先輩の本気を見た気がするね……」
風花も少し怯えながら反応した。
お昼のTVのニュースには偽の謝罪会見の様子が映し出されるだろう。変に隠そうとした所で湊が生存している以上隠しようもない。主治医からカルテ、マスコミ対策に嘘の患者。何から何まで全てを捏造した方がこの後の対応もやりやすい。
鳥海の台詞ではないが、美鶴からしてもグループの株価の急降下も病院の評判に傷がつくことも取るに足らないことである。
湊もまた美鶴の言葉の真意を知り、ようやく納得する。ただ何か肝心な部分をすっ飛ばしているような気もしたが、そこは美鶴だからしょうがないのかもしれない。いや、湊が一人で登校しなければ、その役割はゆかりや順平達に託されていたのかもしれない。ともかく、これで湊は社会的に生きているという認知を得たのだ。
「──と、もうこんな時間。それじゃ時間になったら体育館に集合ね。先生ちょっとやること思い出したから先に行くけど、遅れたら怒られるの先生なんだから遅れないでよねー。アイギスさんの復学届あったかしら……? まさか失くしてないわよね……」
嵐のようにやって来ては去っていく鳥海だったが、生徒の不備を疑わず、自分のミスを疑う辺りは教職の鏡かもしれない。単にさぼり癖とやらかし癖を自覚しているだけかもしれないが。順平の評価はどちらかというと後者だった。
「んっと、あの先生だけは……いや、今はあのテキトーさが助かるか。色々と聞かれたほうが面倒だもんな」
「大丈夫です。いざとなれば美鶴さんに頼んで担任の変更を……」
「やめなさい! もう、なんかアイギス攻撃的になってない? 彼が帰ってきてはりきってるのはわかるけどさ」
「確かに……。ねえ、アイギス、ひょっとして病室で有里くんと話した時なにかあった?」
「病室……ですか……?」
「風花……!」
「あっ……ごめん……」
風花がそう聞けばアイギスだけではなく順平、ゆかりも気まずそうに顔を顰める。言った風花ですらやっちゃったと顔を青くした。
湊が生き返ってから完全に目を覚ますまでに一週間程の時間がかかった。そこから更に二週間程は検査と合わせて入院生活は続き春休みのほぼ全てを棒に振った。
ゆかり達、現三年生組はやはり心配ということもあって連日病院に詰めかけていたのだが、それを逆に心配した美鶴によってお見舞い制限がかけられた。
曰く、
「君たちはもうすぐ三学年に上がる大事な時期だ。有里が心配なのはわかるが、こう毎日病院を訪れるだけの暇は無い筈だ。ちゃんと宿題はやっているんだろうな、伊織?」
勿論やっていなかった順平を除いて抗議の声はあげた。しかし、後処理とこれからの対応に追われ目の下に何重もの隈を作ってまで時間を割いてお見舞いに来ている美鶴の迫力には敵わなかった。
翌日には屍となった順平を引きずり、揃って宿題を終わらせたと散々にアピールするが、
「看病する側が疲れていてどうするつもりだ? 有里に余計な心労をかけるな」
病院の前で仁王立ちした真田に門前払いを食らった。真田は大学生活を控えてはいるが、それだけで特にやるようなことはなく、湊の看病という意味では一番多くの時間を過ごした。
病室には多様な筋トレグッズとプロティンが持ち込まれており、はたしてそれが湊の役に立ったか、と言えば疑問が残る。
「まあ、僕はまだ小学生で暇なんで行きますけどね。いいですよね、真田さん?」
「む、まあ天田はかまわんか」
「やったぁ! 行こ、コロマル」
「……」
普段子供扱いすると怒るくせにちゃっかりしてきた天田を見送り、病院に犬を持ち込むな! 追い出されろ! という嫉妬しかない儚き願いもぬいぐるみ作戦を発動したコロマルにより叶わなかった。
そもそも桐条グループの病院であり湊はVIP待遇の個室と願い自体無意味であった。
そんな風にゆかり達は悶々とすることが多かった湊の入院期間だが、湊と二人きりで話す機会は必然のように彼らだけではなく皆に訪れた。
ただ、その内容については共有していない。湊は喋らないだろうし、ゆかり達だって誰かに話そうとは思わない。勿論、他の人の話は気になるが、皆、聞かれたくないことはある。自身の醜態と恥辱をこれでもかと思い知ることになった美鶴なんかは特にだ。
互いを大切だと感じるからこそ踏み込まない。疑心暗鬼だった彼らの関係は一年の時を経て改善され、また湊が蘇ったことで安定さを取り戻している。成長しているかどうかはこれから次第といった所だが。
そんな中で湊と二人きりになることを一番尻込みしていたのはアイギスだった。葬儀の折には姿を消し、寮の自室に引き籠もって居た所で湊の生存を知った彼女だが、積極的に会いに行こうとはせず、皆に引き連れられる形での対面を迎えた。
その時も発言は少なく、湊の顔を見ることすら避けている様子であった。それ以降も自室に引きこもりがちな姿に、ついにゆかりがキレた。
ゆかりとしては溜まっていた鬱憤がある。湊と最後の時を過ごしたこと。側にいることが一番だと言いながらも別れの時にはいなかったこと。だが、何よりも一番勘に触ったのは湊の生存を喜んでいるような節すら見せなかったことにある。
大喧嘩──になったのなら、まだマシだった。ゆかりがどれだけ怒りをぶつけようとも反応すら返さない姿にゆかりの方が根負けした。怒りを発散して多少落ち着いたというのもある。結局の所、湊に任せるしかないという判断に至り、二人きりでの対面は果たされる。
結果は見ての通りで、アイギスは以前の自分を取り戻したのだと思っていたが、その心まではわからないのだ。
逡巡するかのように口を開いてはまた閉じるアイギスに、不躾に踏み込んでしまった事を風花は後悔した。自然と空気は重くなり、固苦しい沈黙が訪れようという所でチャイムが鳴り響き、湊の救いの声が聞こえた。
「ねえ、みんな? 行かないの?」
「ほんと、おまえは……」
順平は無遠慮な湊の姿に何か物申したくなったが、よくよく考えればいつもこんな感じだった。意見が割れた時、揉め事が起きた時、最後に解決するのは決まって湊の一言や行動だった。空気を読まないと思ったこともあるが、実は読んでいた上での事だったのかもしれない。
今だって結果として気まずくなりかけた自分たちの空気は払拭され、アイギスは勢いよく返事を返し、ゆかりはしょうがない、といった感じで呆れ、風花の後悔の色も何処へやらだ。だが、その分、損をしていたのもまた湊だ。かつて自分が食って掛かったように。
あの頃のことを思い出すのは順平にとってもきついものがある。病室での会話により、それらは軽減されたが、未だ心にしこりは残る。
(しっかりしねえとな……)
自分に気合いを入れ直して順平は教室から出ていく湊の背を追いかけるのであった。
そして、ここより湊の苦難は始まることになる。
キタローの処刑への経緯はドラマCDをどうぞ。