夜。それは昼間の様な明るさとは違い、静寂が訪れる時間帯。
そして魔が蔓延る時間も夜なのである。
今宵もまた闇に喰われた人間を狩る為に1人の騎士が戦っていた。
「素体が2体…それから既に喰われた奴が1匹か。」
[油断するなよ斗真…コイツはかなり強敵だぞ?]
「解ってるよエルバ…ッ!」
1匹のホラーが斗真と呼ばれた男へ襲い掛かる。彼はホラーの繰り出した攻撃を避け、右足で蹴り飛ばした。鈍い音と共に蹴りがホラーへ直撃し倒れる。怯んだ隙を見逃さず、左手に持っていた短刀で突き刺し消滅させた。今度はもう一体のホラーが斗真へと組み掛る。
だが、それを素早く避けるとすれ違い様に右手に持っていた短刀で袈裟懸けに斬り裂いて消滅させた。残された女性は下半身を蜘蛛の足の様な多脚と見た目へと変貌を遂げた。
「…エルバ、アイツは?」
[恐らく前の管轄だった奴が倒したホラーの残滓だろうな。形からしてラパクスなのは間違いない。誰かが意図的に解き放ったんだろう……それが陰我を持つ女に取り憑いてホラー化したって所だな。]
「前の管轄…成程、アイツの事か。それより…先ずはお前から始末しないとな。何人喰った?1人か?それとも…2人か?何れにせよ…お前は俺が討伐する。」
「ギッ…ギギギッッ!!」
「行くぞ…ッ!!」
ラパクスが片足を振り翳し、攻撃を仕掛けたタイミングで飛び上がる。空中で両手を左右に広げると円を描いて鎧を身に纏った。白銀の鎧、金色の目を持つ鋭い眼差し。街灯の上へ着地すると見下ろす形で立っていた。
その名は双刃騎士 零牙。
「貴様の陰我、この俺が断ち切る…!!」
タンッと街灯を蹴り、零牙は再び宙を舞う。そして両手の剣を勢い良く振り翳すと人の形の部分にあったラパクスの両腕と足2本を斬り落とした。悲鳴を上げると黒い血が辺りへ飛沫する。
暴れ狂ったラパクスは零牙を殺そうと躍起になり、彼へ目掛けて糸を放出し絡め取ろうとする。しかし飛んで来た糸を全て零牙は剣で斬り裂いてしまった。
「…これで終わりだッ!!」
更に零牙は足による刺突攻撃をも跳ね除けると走り出し、ラパクスが屈んだ所を狙って身体を大きく右袈裟懸けに斬り裂く。悲鳴を上げながら消滅する姿を見ぬまま、着地し斗真は鎧を解いた。
「討伐完了……ふぅ。」
[邪気は完全に消えたな。ご苦労さん。]
「ああ、エルバもな。帰って寝るとするか…番犬所には明日報告する。」
赤髪の男は黒いコートを翻しながらエルバという魔導輪と共にその場を去った。
一条斗真、またの名を双刃騎士零牙。
冴月の代わりに一体の管轄を担う魔戒騎士。彼が冴月と会う日は直ぐそこまで来ていた。
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「連続キャバ嬢失踪事件…そして盗撮犯失踪事件…その他事件全ても何かよからぬ事が関係しているッ!」
今日も放課後に空き教室でオカルト同好会は集まって話をしていた。
この部の部長である竜弘を除いて。
話題の中心として話していたのは有紀。
机には新聞紙の切り抜きと写真が何枚か置かれていた。
「流石、副部長!そのよからぬ事とは?」
「そうねぇ…幽霊とか心霊?」
浩介が茶化す様に有紀と話している。楓はそれを見てニコニコと笑っているだけ。そしてその2人から離れた所で冴月と紗那は話し合っていた。
「冴月殿が見付けた例の小瓶なのですが…間違い無く、中身は嘆きの滴と見て間違い無いでしょう。」
「その嘆きの雫って何なんだ?」
「…古くから魔界に伝わる秘薬で、またの名を紅き雫とも言います。嘆きの滴と呼ばれるのは人間や獣を刃物で斬った際や殺した際に飛沫するのが血…そして断末魔の悲鳴。そこから名が取られたのだと思われますが詳しくは私にもさっぱりですね。」
[けれど、その秘薬は原液として使う事は無いの。幾度と無く調合を重ねた上で傷薬や飲み薬として使うのよ。もしこの原液を飲めば……。]
「ホラーになるから…か。因果関係が解らない以上、どうしようも無いな。」
冴月はお手上げだと言わんばかりに天井を見上げていた。小瓶自体も奥村が持っていた物を冴月が回収した為、確かな効果は解らぬまま。
「…少し外に行って来る。もう夕方だからそろそろ危険だろうし。」
「解りました、では例の瓶は我がお師匠にも見て貰いましょう。」
紗那に見送られた冴月は1人で教室の外へ。廊下には夕陽が差し込んでおり、オレンジ色の夕陽で辺りが照らされていた。廊下を歩きながら窓からふと外を見る。そこには部活でランニングしている生徒や校門から出て友人と帰宅する生徒達の姿があった。
「…カガリ。」
[何かしら?]
「偶に思うんだ。人を守るって言ったって全てを守り切れる訳じゃない…取り零す事だってある。あの子達にも仲の良い友達や家族が居る…もし帰って来なかったら相当苦しむ事になるんだろうな…って。」
[そうね…人は1人では生きていけない。誰かの支えが有ってこそ生きていけるものよ。だからこそ守らなくちゃいけない。貴女の手にしたその剣で。]
「…そうだね。その為にオレはもっと強くなる。」
冴月は深呼吸し、小さく頷く。
歩いて屋上へと行くが普段使っている筈の屋上は立ち入り禁止になっていた。
「立ち入り禁止?…仕方ない、場所変えるか。」
振り向いて階段を下り、再び廊下を歩いていると後ろから話し掛けられる。
冴月が振り返った途端に短刀が突き出された。
「ッ!?おい、何のつもりだ!?」
「何のつもりって…お前に用が有って来たんだよッ!!」
仮面を付けた男は冴月へ何度も攻撃を繰り出す。それを冴月は巧みに躱し、距離を取ると拳を突き出し、構えた。
肝心の剣が無い以上は徒手空拳で戦うしかない。
「今度は此方から行くぞッ!」
冴月は走り出すと短刀による攻撃を受け流し、仮面の男の胸元へ右手の拳を突き出して殴った。怯んだ所へ今度は身体を捻って左足による蹴りを繰り出す。立て続けに食らった事でふらついている。
だが即座に体勢を立て直すと冴月へ再び斬り掛かってきた。
「やるじゃん…流石ッ!」
「蹴りと拳を喰らっても倒れないなんて…ッ!なら今度は思いっ切り蹴りを喰らわせてやる…!」
再び身構えた冴月だったがカガリがそれを制止させた。冴月の眼前で短刀の刃先が止まり、男の顔の側面で冴月の蹴りが止まった。
[そこまでよ。…全く、何のつもり?斗真。]
「は…斗真?」
「おいおい…忘れたのか?俺の事。お前の父親、ジンさんの一番弟子だぞ?」
斗真は剣を退かし、片手で仮面を取ると冴月を見ていた。冴月も足をゆっくり戻すと彼の方を同じ形で見つめる。
「斗真…本当に斗真なのか!?」
「ああ、本物だぞ?久しぶりだな、冴月!」
斗真は冴月の頭を撫でると頷いていた。
だが冴月は恥ずかしいのか直ぐに離れてしまった。
「こほん…恥ずかしいから撫でないで!」
「えぇ?昔は兄様、兄様って言って俺に付いて回ってたのに…ジンさんに変わってお前に剣術を教えたのも俺なんだぞ?」
冴月は背を向けると俯いていた。
しかも珍しく顔を赤らめて。
「だからって…今それ言わなくても良いだろ!?」
「可愛かったなぁ…あの頃のお前は。今も十分可愛いけどさ。」
「はぁッ!?バッッッカじゃないの!?」
冴月は顔を真っ赤にして叫んだ。
何を隠そう、斗真は冴月から見れば兄弟子。八千代の元へ冴月が来てからは彼に剣術の指南をして貰っていた。
先程の冴月が見せた格闘術も斗真がジンから教わった物を彼女へ教えたのだ。
「…バカは無いだろー?バカは。折角お前の顔見に来たのに。」
「オレなら大丈夫だから!帰って!早く!!」
冴月はグイグイと彼の背を押して階段を下ろさせ、そのまま1階の玄関の方へと追いやる。そして外へ出た事を確認すると勢い良くドアを閉めて斗真を追い出してしまう。
何とか平静を取り戻した冴月は、つかつかと階段を上がって部室へと戻って来た。
「おや、早いお帰りですね?冴月殿。」
「ちょっとね…!」
[ばったり会ったのよ、冴月の兄弟子の…!]
「カガリは黙って!!」
冴月はカガリを覆い隠すと無理に誤魔化した。紗那もまた不思議そうな顔をしながら冴月の方を見ていると前方のホワイトボードを有紀がコツコツと叩いていた。それに釣られて2人も前を向くとそこには
〔緊急捜査!〕
と赤い字で大きめなタイトルが記載され、その下には幾つもの写真がマグネットで固定され貼られていた。
新聞の切り抜きやネットの記事を印刷して切り取ったらしい。
「今月のオカルト同好会のテーマは連続失踪事件を追え!というテーマに決まりましたッ!尚、異論は認めません!」
有紀は副部長なので、竜弘が居ない日はつまり部長代理となる。
決めた事は絶対がこの部活の変なルールでもあった。呆れた顔で紗那が冴月を見ていた。
「…これは止まりませんね。有紀殿は一度決めた事は曲げません故。」
「そうだな…そしてどの事件にもホラーが絡んでいる。」
冴月はホワイトボードに貼られた写真を1枚1枚見る。
1つ目は痴漢の犯人が消えた事
2つ目は風俗店の従業員が消えた事
3つ目は当高校の教員が消えた事
他にも様々なニュース記事が写真と共に貼られていた。
「…誰が一連の事件に関わっているのか。オレが未だ知らない何かが有る。この間拾った嘆きの雫と関係が有るのかもしれないな。」
真剣な顔で冴月は写真や記事を見ていた。間違い無く裏で誰かが暗躍しているのは確かであり、高校やその周辺でホラーが発生するのは何か理由が有る筈だと思っていた。
「おっ、珍しく冴月が食い付いてる。感心感心♪普段は素っ気ないのに珍しい事も有るんだねー?」
「え?ま…まぁ?」
冴月は少し笑って誤魔化した。
その日の部活は少し経った後に解散となり、メンバーはそれぞれ教室を後にした。冴月は全員が出てから部室の鍵を掛けると職員室へ足を運んでいた。
鍵を返すのは副部長である有紀の仕事なのだが彼女は別の部活の掛け持ちでもある事から冴月に鍵の施錠と返却を任せて先に行ってしまったのだ。
「失礼しますっと…珍しい、先生は全員帰ったのか?」
[変ね。未だ残っていても可笑しくない筈なのだけれど…兎に角、返したら直ぐに出ましょうか。]
鍵をケースへ戻すと蓋を閉め、職員室から廊下へ出た。
「…奥村を倒したそうだな。やるじゃないか蒼い騎士。奴は我が仲間でも一二を争う実力の持ち主…それを打ち破るとは。」
「お前…この間の!?」
声を掛けられて振り向くとそこに居たのは仮面を付けた魔戒法師。以前、冴月と戦った事がある。身体付きや髪の長さから女性だというのは解る。
だがそれ以外は何一つ解らない。
「……私もお前の実力が見てみたくなった。少し手合わせ願おうか?」
「…嫌だと言ったら?」
「関係の無い者が傷付く事になる…さぁどうする?選択肢は既に決まっていると思うが?」
冴月はカバンを足元へ置くと無言で剣を取り出し、向き合う。対する法師側も腰の後ろにある鞘から刀を引き抜き、構えた。ゆっくりと互いを睨みながら横へ移動し、走ると開かれたドアから外へ飛び出した。冴月が先に仕掛け、法師へ数回攻撃を繰り出した。
だが何れも弾かれてしまうとそれからは素早い剣撃が繰り出された。
互いの刃が交錯し、何度も切り結ぶ。
冴月が蹴りを繰り出すとそれを同じく法師が蹴りを繰り出して相殺。
まるで互角かそれ以上の戦闘を続けていた。
「流石だな…魔戒騎士となっただけの事は有る。その剣捌きも…構えも…全て私は知っている…!」
「ッ…お前は誰なんだ?」
「そう簡単に答えるつもりは無い…戦えッ!!」
再び互いの刃が激しく何度もぶつかり合う。放たれた横一線の攻撃を冴月が下がって躱したと思えば立て続けに法師による攻撃が続く。相手の片手による連続での斬り込みを何とか受け流しながら冴月も押し返そうと反撃を続ける。が、一瞬の隙を突かれると冴月は左足による蹴りを避けられず腹部へ真面に喰らってしまう。ふらついた所へ今度は右足による蹴りが容赦無く冴月の脇腹を直撃した。
蹴られた脇腹を抑えながら法師を睨んでいた。
「ぐぁあッ!?あ…ぐぅッ…くそッ……!!」
「どうする…騎士らしく鎧を召喚するか?例え召喚出来たとしても結果は変わらない。」
「ッ…その言葉…後悔するなよッ!!」
冴月は剣を前へ突き出し、円を描くと瞬時に鎧を纏う。瞬時に姿を変えた冴月は魔戒剣を法師へと振り翳した。
それを自らの刀で受け止めると再び鍔迫り合いが始まる。
「うぉおおおッッーー!!!」
「…鎧を纏えば力が増す。だが言い方を変えれば術で強化すれば鎧ですら圧倒する事が可能という事だ…ッ!!」
法師は蒼牙の剣を振り払うと自らの刀へ取り出した魔導筆の筆先を這わせてみせた。その瞬間、刀は金色に光り輝いた。
「何!?刀を強化したのか!?」
[あの術…やはり……!!]
「…行くぞッッ!!はぁああッ!!」
刀を構え直すと再び走り出し、飛び上がると両足による蹴りを空中から何度も繰り出し圧倒してみせる。
下がった所へ法師は刀を振り翳し、鎧を斜め掛け、更に横一線と連続で斬り裂いた。金属音と共に火花が辺りへ散る。
「ぐぅッッ!!?この…ぉおッ!!」
「…幾ら闇雲に振っても当たらないぞ?所詮、貴様はその程度という事だッ!!」
法師が屈んだ際、魔導筆が蒼牙の腹部へ当てられると強烈な光と共に蒼牙が吹き飛ばされ宙を舞う。鈍い音と共に地面へ叩き付けられると鎧は強制的に解除され、冴月の姿が露わとなってしまった。
「はぁッ…はぁッ…!」
「…終わりだな魔戒騎士。お前は此処で死ぬ。私の見込み違いだった様だ。」
刀を向けて近寄るが、冴月も魔戒剣を手に取ると寝た状態の姿勢から法師へと刃先を突き付けた。
「その目…未だやれるという事か。変わっていないらしいな…負けず嫌いな性格はそのままか。」
「さっきから…何を言っている…?」
「特別に見せてやろう…お前の敵である私の素顔を……。」
法師は刀を地面へ突き刺し、片手で仮面を外す。そこにあったのは冴月と似た髪型をした女性。その目は赤く、目付きは鋭い。その瞳が冴月をじっと見つめていた。冴月は驚いた表情で彼女を見つめている。
「え……?嘘だ…だって……そんな事は有り得ない…何で……ッッ!?」
「…有り得ないか。そうだろうな、私はあの時誓ったのだ。もう彼処には帰らないと。そしてこうしてまた巡り会った。」
「ッ…!!」
動揺する冴月を他所に法師は更に話を続けていく。
「私は魔戒法師…お前は魔戒騎士として戦う宿命を背負った。私はお前の敵だ。それには変わりは無い…紅き滴で生み出したホラー達。それら全ては私が仲間と仕組んだに過ぎない。これからも私はホラーを生み出し続けるよ…理想の世界の為に。」
「理想の世界…?ふざけないでッ!!そんなの絶対にさせない…させてたまるかッッ!!」
「…なら止めてみるか?」
「ッッ……うわぁああッッーー!!」
冴月は立ち上がると剣を半狂乱になりながら振り翳した。信じられない、信じたくないと強く強く思いながら。
心做しか剣が重く感じる。冴月の心とソウルメタルが共振する事で始めて扱えるのだが、それが次第にぶれ始めていた。 振り翳した刃はとてもでは無いが剣術とは程遠く、ただ子供が闇雲に振り回している様にしか見えない。
[冴月、落ち着きなさいッ!冷静になって!!惑わされちゃダメッ!!]
「でもッ…でもッッ!!」
「…これ以上、言葉を交わす事は無い。お前に私は斬れない…そうだろう、冴月ッ!!」
刀を引き抜き、冴月の剣を防ぐ。顔を近づけて来た法師の赤い瞳が冴月の黄色い瞳と見つめ合った。
その瞬間、冴月の手から剣が落ちると地面へ突き刺さる。それと同時に雨が降り始めると2人の服を濡らしていった。
まるで爆音の様な強い雨はグランドの土をも濡らしていく。
「これで…最後…ッ!?」
冴月を突き飛ばして刀を振り翳そうとしたが、突如現れた斗真がその刃を短刀で防いだ。法師は舌打ちすると距離を取り、姿を消した。
「くそッ…八千代さんの感が当たったか。冴月、大丈夫か?おい、冴月ッ!!」
冴月の身体を揺さぶるが返事は無い。
冴月は今、ショックで茫然自失となってしまっていた。斗真の声は彼女の耳には届いていない。その後、斗真により冴月は剣と共に抱えられると2人はその場を去った。それから雨は一晩中、降り注いだ。
冴月は自分が戦う相手の正体を思わぬ形で知ってしまったのだ。自分と最も深く関わりが有り、慕っていた存在。それが冴月にとっての最大の敵となってしまった。