「お前に私は殺せない…!」
その言葉だけが冴月の脳裏から離れなかった。あの法師の姿…いや、その顔は見た事が有った。自分の夢を真っ向から反対して否定し、父の背中を追わずに現実を見ろと幼き日の冴月へ言い放った存在。それこそが冴月の姉だった。
弥那瀬 舞衣。
冴月と似た顔付きだが目の色だけは違う。まるでルビーの様に赤い瞳と鋭い目付き。時に強く時に優しい、冴月にとって彼女は良き姉だった。あの日迄は。
そして月日が流れ、冴月は敵となった舞衣と対峙する事になってしまった。
運命のイタズラなのか?それとも仕組まれた事なのか?
それは誰にも解らない……。
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冴月は舞衣と戦い敗れた。
鎧も大きく傷つき、彼女自身もまた傷付いていた。冴月が次に目を覚ましたのは誰も居ない空き家。下着姿で毛布を掛けたまま眠っていたらしい。
辺りを見回すと白いカーテンが窓を覆っていた。ゆっくりと立ち上がるとカーテンを引き、外を眺めた。既に外は朝だった。
「…カガリは?それに剣も無くなってる。」
左手の違和感に気付くと冴月は置かれていたテーブルの周りや棚を見回すがカガリも剣も何処にも無かった。
物音がすると斗真が入って来た。手にはコンビニの袋を持っている。
「…目が覚めたか?」
「うん…此処は?」
「俺の寝床。…先ずは腹ごしらえと行きたいが、服着たらどうだ?」
「あ…先に言えッ!このバカッ!!」
冴月は斗真を追い出し、ドアを閉めると直ぐに着替え始める。置かれていたジャージに着替えると冴月は再び斗真を呼んだ。
「終わったか?やれやれ…相変わらず血の気が多いんだから。」
「誰のせいだ、誰のッ!ホント、昔からデリカシーが無いんだから…!」
テーブルに置かれた弁当とお茶を取ると冴月は早速食べ始める。あまり食べた事が無い為か新鮮だった。
「初めてか?こういうの。」
「うん、いつもは学食だから。」
「そうか。冴月…それ食ったら外に来い。話がある。」
「話?…解った、後で行く。」
斗真は立ち上がると先に部屋から出て行く。それから少しして冴月も同じ様に部屋の外へ出た。建物の外へ出ると斗真が待っており、此方を手招きしている。
冴月は彼の元へと駆け寄って来た。
「…話って何?あと剣とカガリは?」
「ほら…これだろ?」
そっと斗真は冴月へ青い鞘に収まった剣を差し出す。冴月はそれを受け取ったが何かが違った。思わず彼女は地面へ座り込んでしまった。
「ッ…!?何でッ……!?」
「やっぱりそうか…。」
斗真が冴月から剣を拾うとそれを片手に持つ。冴月も立ち上がると不思議そうに見ていた
「単刀直入に言う。お前は剣に見放されたんだ…あの時、お前の心に迷いが有ったから。」
「ッ…!」
「精神面でも魔戒騎士は強くなければ成らない。そいつを再び振るには認めて貰うしかないって事さ。」
斗真は冴月へ言葉を投げ掛けた。
つまり、剣を扱えない冴月は唯の同い歳の少女と何ら変わらないという事を意味していた。
「オレが躊躇ったからか……。」
「なぁ冴月…お前にアイツが斬れるか?もし斬れないならこの剣を握る資格はお前には無い。そういう事だ。」
「斬れるッッ…だから…!」
「…冴月ッ!!」
斗真がいきなり叫ぶと木刀を投げ渡す。そしていきなり斗真は冴月へ左右の短剣を振り翳すと斬り掛かって来た。冴月は飛んで来た木刀を片手で受け取り、一撃を防ぐと距離を取った。
「どんな結末になっても…その剣を取る勇気がお前に有るか?ジンさんの意志を本当に継ぐ意思がお前に有るのかッ!!」
「有るさ…!だからオレは騎士になったッ!!」
今度は冴月が斗真へと斬り掛かる。
その攻撃を斗真は右手に握った短剣で軽々と受け流した。本来なら鞘から抜くのだが、抜かずにそのまま使っている。
「なら俺に勝ってみせろ…精神的に弱ければそれを鍛えて補えば良いッ!!」
「言われなくたって…ッ!!」
冴月は何度も何度も木刀を打ち込む。
ある時は縦一線に、またある時は下から右上へ切り上げる様に。
体術を織り交ぜて斗真へと攻撃を仕掛け続け、互いに何度も渡り合った。
こうして斗真との修行の日々が幕を開けた。幸い、学校は今日から春休み。冴月はその春休み全てを修行へと充てる事になったのだ。
再び父に認めて貰う為に。
再びその身に鎧を纏う為に。
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その頃。有紀は1人寮の自室でぼーっとしていた。本来なら冴月が居る筈なのだがその本人が居ない。
今日の昼前に終業式が終わりもう各々が解散していた。
先程まで部活も有ったのだが、一先ず活動報告のみ上げて此方も解散。
竜弘と浩介、それから楓も帰宅。
残っているのは自分と紗那、それから冴月。つまり普段の3人という事だ。
「はぁーあ…暇だなぁ……冴月も帰って来ないし…。」
ごろんと部屋の床へ寝そべる。
有紀自体にも家族が居ない訳では無い。
だが顔を見せに帰ろうとかは思わない。両親の反対、特に父親の反対を押し切って此処へ進学した。
家に帰れば父親の顔を見なければいけない事、それから進路に関して色々兎や角言われるのが好きでは無い。
だから帰ろうとは思わないし、自分から家族の事を話そうとは思わないのだ。
「……また暇な春休みが来ちゃった。今年こそ暇じゃ無くなるって思ってたのに。」
身体を起こすと有紀はブツブツと独り言を呟きながら生徒手帳を漁り、そこから1枚の黒いカードを取り出す。
点数がこの間加算され未だ自分は5000点。既に春休み前に退学になった生徒もチラホラ出始めていた。
退学になればどうなるのかは自分にも解らないし誰も知らない。
別に辞めさせられるという訳では無いらしいがそれも解らない。
有紀はカードを翳しながら不思議そうに眺めていたのだった。
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冴月はあれから稽古を続けていた。
気が付けばもう3週間以上は経過している。春休みが終わるのは後2日。
学校の宿題を取りに戻ってからはずっと斗真と2人きりで過ごしていた。
昼間は鍛錬、夜はホラー狩り。
更に休憩時間は宿題を熟す形で振り回されている。
同世代の子が友達と遊んだり、出掛けたりといった形で春休みを楽しんでいるのに対して冴月は違う。彼女は魔戒騎士になる為に剣を振り続けて来た。
だから何とも思わない。
「冴月、そろそろ休憩するか?」
「いや…まだやれる。続けて!」
ふと斗真の魔道具であるエルバが口を挟んで来た。
[お嬢ちゃん、随分熱心だな…相当やる気らしい。]
「だろうな。初めよりもかなり強くなってる…それに、鞘を使った二刀流もまたキレが上がったよ。筋が良いんだろ、流石はジンさんの娘だな。」
斗真はエルバと話していた。
冴月が遠くで首を傾げて見ている。
「…何してんの?」
「ちょっとした相談だよ。さ、行くぞッ!!」
斗真が左右に持つ剣を構える。
それに対し冴月も剣を構えると互いに走り出し、正面からぶつかり合った。
斗真の放った一撃を冴月が剣で受け流せば今度は左手で繰り出された一撃ですら受け流す。それから反撃で冴月が斬り掛かると剣を連続して上下から左右に振り下ろし、追い込んで行く。突きを繰り出すとそれを斗真が左右の剣で防いでみせた。だが、冴月はそれを振り払うとその場で身を翻し、素早く左足による正面蹴りで突き放す。
「やぁああッッ!! 」
怯んだ所へ容赦無く連続して斬り込んでは斗真の左手にある剣を弾き飛ばした。
「お見事…ッ! 」
「……まだまだッッ!!」
斗真が褒めるのを無視し、冴月は再び攻撃を繰り出そうとする。だが斗真はそれを避けて右手に握った剣だけで冴月の攻撃を軽々受け流す。そして間合いを詰めて冴月を蹴飛すと、彼女が吹き飛んで地面へ転がる。
「だぁああッッーー!!!」
「ッッ…!うぉおおおッッーー!!」
飛び掛って来た斗真の剣の刃が冴月の左頬を、突き出した冴月の剣の刃が斗真の左脇の下を掠めた。
[…相討ちだな。]
エルバが呟くと2人はゆっくり離れる。
斗真は弾かれた剣を拾うと再び此方へ向いた。
「まさか此処まで追い込まれるとは…正直驚いたよ。良く頑張ったな。」
「なぁ斗真…オレは父さんの意志を継ごうと思って魔戒騎士になった。でも、やっぱり間違いだったのかな…?女のオレが剣を振り回して戦うなんてさ…。」
冴月が不安そうに斗真の方を見て呟く。だが斗真は首を横に振り、彼女の頭を撫でて来た。
「冴月…女だろうと男だろうと大切な人を守りたいという強い気持ちさえ忘れなければそれで良い。最後まで何があっても絶対に諦めない…それが強さになる。だから諦めるな…最後まで!」
斗真は冴月の頭から手を離すと着いて来いと促す。2人が向かったのは斗真の隠れ家から離れた位置にある古い教会。
斗真は入口で立ち止まると冴月が中に入った事を気にドアを閉めてしまった。
「おいッ、斗真!!どういうつもりだ!? 」
「最終試験だ…冴月。」
「試験って…ッ!?」
ドア越しに斗真の声を聞いていた時、途端にボウガンの矢が突き刺さる。
それを避けると飛んで来た方向を見据えた。そこに居たのは女神の石像だった。
手にはクロスボウを構えている。
「石像?…どうして石像が勝手に!?」
冴月が警戒すると同時に石像は再び姿を変える。今度は冴月自身へと姿を変えて。彼女自身の影となった。
「ねぇ…貴女は私より強い?」
「…どうだろうな。それは戦えば解るだろう?」
「良いよ…貴女がそれを望むなら。」
互いに見据えると冴月の幻影は壁に掛けてあった剣を手に取り、それを向けた。
冴月も左手に持っていた練習用の剣を構える。そして冴月の幻影は走り出した。
「…ッ!!」
「来るか…ッッ!!」
幻影が繰り出す攻撃方法は全て自分と同じ。互いに同じ動きを幾度か繰り返す。だが今の冴月は違った。相手が繰り出した剣を左手の鞘で弾くと右手に持った剣で斬り裂く。刃が冴月の幻影へ掠めると黒い塵が飛沫する。
今度は相手が蹴りと斬撃による攻撃を仕掛ける。防戦しつつも弾きながら冴月は様子を伺う。
「…剣の腕も戦い方も全て同じ。でもコレは今のお前には出来ない!!」
冴月の幻影は冴月から離れると目の前で鎧を纏う。その姿は黒い蒼牙。
両方の目が緑色に光り輝いていた。
握っていた剣も形状が変化し、刃先が輝いている。
「鎧が無いのに…どうすれば…ッ!?」
「油断すると死ぬよッッ!!」
黒い蒼牙は冴月へ剣を振り翳す。
重い一撃は教会の椅子へ当たり、椅子がバラバラに砕け散る。
冴月は距離を取って構えながら警戒する。ふとある言葉が脳裏を過ぎった。
[冴月、鎧を纏えるだけが騎士の全てじゃない…大切なのは誰かを守りたいという強い心だ。]
「…父さん、オレは大事な事を忘れていた。鎧を纏える事が騎士の全てじゃない。大切な誰かを守る事…それが守りし者…それが魔戒騎士…ッッ!!」
冴月は深呼吸し、向き直る。その目には一切の迷いも何も無い。
蒼牙の幻影は振り向くと冴月と同じ構えを再び取る。此方へ振り向いた幻影へ冴月は更に喋り続けていく。
「あの日、オレはアイツらを守る…そう決めた。誰1人欠けさせたりなんかしない…アイツらの笑顔をオレは絶対に守るッ!!」
冴月も同じ構えを取る。そして近くに置かれていた燭台が落ちるのを合図に2人は再び正面からぶつかり合う。
蒼牙により振り翳された剣を冴月は防ぎ、押し返す。そして冴月が勢い良く自身の剣を鎧へと叩き付ける様に斬り裂いた。鈍い音と共に大きな袈裟懸けの傷が付けられる。
「ッ…あがぁッッ…!!?」
「もう迷わない。オレは魔戒騎士…弥那瀬冴月!!またの名を…幻創騎士蒼牙ッッ!!」
その瞬間、冴月の周囲に青い光が漂う。
そして冴月は走り出した。
蒼牙の幻影は体勢を立て直すと走って来た冴月へ目掛けて剣を大きく振り翳しす。それを冴月が飛び越えると空中で姿勢を変え、突き抜ける様に蒼牙の背中を斬り裂いた。それから冴月はしゃがむ様な姿勢で地面へ着地した。
「あ…ああ……ッ!?」
「…さようなら、昔のオレ。」
幻影の蒼牙は天井から差し込む月明かりの元に消滅した。それから冴月は立ち上がると入って来た入口の方へ向かおうとする。先程、鎧が消えた辺りへ来ると地面に突き刺さった剣を見つける。
紛れも無くそれは魔戒剣だった。
「もう一度オレに力を貸して欲しい。オレに騎士としての資格が有るのなら…大切な人を守る為の力を!!」
冴月は剣の柄を握り締める。それを地面から引き抜いた。前の様な重さは無く、寧ろ軽い。例えるなら羽根の様だった。
引き抜いた剣を鞘へ収めると鍛錬で使っていた剣と共に持つと教会の外へ出た。
「…合格だ。後はお前次第だよ…冴月。その剣はお前しか振れない。」
「その…ありがとう斗真。色々助かった。これでまた戦える、騎士として。」
冴月は斗真へ練習用の剣を手渡す。
再び手にした青い鞘の剣を握り締めながら2人は再び隠れ家へと戻った。
剣は再び冴月を主と認めたのだ。
1人の少女を守りし者として、魔戒騎士として。
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短い様で長かった春休みが終わろうとしていた時。同好会の部長である竜弘は1人の少女と共にある時を境に過ごしていた。それはある教会で冴月がホラーと戦い、斬り捨てた時に遡る。その時に彼女が戦っていたもう1人、黒い鎧を纏った怪物の正体である真宮朱音。
それを知らずに竜弘は彼女が倒れていたのを発見し密かに連れ帰っていたのだ。
彼女が目を覚ましたのは春休みに差し掛かる前。それからずっと竜弘は彼女に食事や身の回りの世話をし続けていた。
家族には事情だけ説明し、自分の部屋に住まわせていたのだ。
「…ケガもだいぶ良くなったね、真宮さん。」
「タツヒロの…お陰、ありがとう…。」
「気にしなくて良いよ…治ったらまた学校に行けるからさ。」
そんな些細なやり取りをしながら竜弘は彼女を看病していた。斬られた様な大きな傷を負った彼女を竜弘が助け、それからずっと世話をしている。
今の竜弘にとっては彼女が自分の守るべき相手。
彼女の正体を知らぬまま、竜弘は彼女と共に過ごしていた。
これが後に大きな惨劇に繋がるとは未だ誰も知らなかった。