牙狼外伝 蒼キ牙-SOUGA-   作:秋乃楓

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悪夢-NIGHT MARE-

それは1人の会社員の女性が見た夢から始まった。彼女が自室で寝ていた時、不意に目が覚めて辺りを見回す。そこは自分の部屋では無く何処かの森。

薄暗く辺りの木々が不気味に生い茂っている。

若干ではあるが霧も出ていた。

するとザッ、ザッ、ザッ・・・と何処からか靴音が聞こえ誰かが此方へ近付いて来るのが解る。

 

 

「だ、誰…?」

 

 

 

女性は思わず声を出した。

そして足音が止まる。彼女の目の前に居たのはシルクハット、それから黒いスーツを着た1人の男。彼の髪色は金髪でやや長め。顔や肌の色は不気味な程に白かった。

 

 

「…初めましてお嬢さん。ようこそ、夢の世界へ。私は貴女が来るのをずっと待っていました。」

 

 

 

 

「私が来るのを…?貴方は誰?」

 

 

 

 

 

「私ですか?私は…案内人とでも名乗っておきましょう。さぁ、どうぞ此方へ…何も恐れる事は有りません。此処では貴女が望むモノ、欲しいモノも何でも手に入りますよ?貴女は何がお望みですか?」

 

 

 

 

案内人は彼女へ手招きをする。

女性が警戒していると急に案内人が目の前から消え、彼女の真後ろへ現れると耳元で囁いた。

 

 

「最近…貴女は仕事で疲れている。毎日色々と小言を言われ、理不尽に怒鳴られ続け…もう心身共に限界に来ている。本当はその相手を殺してやりたい…そう思っているのでは?」

 

 

 

 

「え…何で解ったの……?」

 

 

 

 

「では貴女のその願い…叶えて差し上げましょう。貴女はただ私を信じてくれれば良いのです…さぁ目を閉じて……また貴女の夢の世界でお会いしましょう。」

 

 

案内人が前へ来て指をパチンと鳴らすと女性は意識が一瞬で遠のいてしまう。

それから目を覚ますともう外は朝日が昇っていた。

それから朝食を済ませ、着替えると電車に乗っていつも通り会社へ向かう。

今日も何気なく仕事をこなしていると

そこに来たのは自分にやたら突っかかる嫌な上司。彼こそが女性が1番憎んでいる相手だった。

 

今日も彼に些細な事で色々小言を言われ、それを謝ったりしながら受け流していくのだろう。そう思っていた。

女性の予感は的中し、昨日作った資料だけでは無く彼女自身の事も色々とネチネチネチネチと言われた。しかも空いた会議室に呼び出されて。

それから1時間程で解放され、女性は会議室を出た。人格も色々言われたせいで今にも泣きそうな程に辛い。もう彼女は限界だった。

女性は1人で廊下を歩きながら呟いた。

 

 

 

「……あんな奴、死ねば良いのに。」

 

 

すると彼女の後ろから男性の悲鳴の様な声が聞こえた。近くに居た社員も皆が見に行く。女性もそれに混ざって見に行くと階段の下、つまり踊り場で先程の男性が倒れていたのだ。しかも頭から血を流して。その後、救急車が呼ばれ男性は運ばれたが病院で死亡が確認されたのだった。それを知ったのは昼休みを過ぎた後だった。

それから女性は体調不良を理由に早退し帰宅。

自分の部屋の中で動揺していた。

 

 

「本当にアイツ…死んじゃったよ……。」

 

 

 

カバンを置いてから近くの姿見鏡を見る。そこには夢で見た男が笑いながら女性の後ろに立っていた。

 

 

「ふふふ…どうでした?思った事が現実になったでしょう?これが私の力なのです…信じて頂けました?」

 

 

 

 

「え、ええ…他には何が出来るの?」

 

 

 

 

「ふぅむ……他にも色々出来ますが、貴女が一番望む事を既に叶えてしまった。残念ですが…もうコレでお終いです。貴女の夢を叶えた代償…支払って頂きましょうか。」

 

 

 

「払う!?まさか…お金取るの!?冗談じゃないわよ、夢の話を本当にしてしかも金取るだなんて!!」

 

 

 

 

「お金?…いえいえ、そんな物は頂きませんよ。私が欲しいのは…。」

 

 

 

男はゆっくりと女性の両肩へ手を置く。そして一言呟いた。

 

 

 

「……貴女の命です。」

 

 

 

 

「はぁッ!?何言って…きゃぁあああッッーー!!?」

 

 

男はその場で女性を捕食した。

それから満足そうに微笑むと男は姿を消したのだ。

それからこの事件を切っ掛けに男女問わず、何人もの人間が謎の失踪を遂げる事となる。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「よく…眠れていない?」

 

 

 

「うん、最近…ちょっと変な夢ばっかり見るからそれで怖くて……。」

 

 

 

昼休み。同好会メンバーの楓と紗那は教室で話し合っていた。2人は同じクラスであり、紗那が転校してきてからはこうやって話す間柄になっていた。

 

 

「怖い夢ですか。なら逆に楽しい事を想像してみては?そうすればきっと眠れる筈ですよ。」

 

 

ニコッと紗那は微笑む。だが楓にとっては余程深刻な悩みらしく、首を横に振った。

 

 

「…それが出来たら苦労しないよ、紗那ちゃん。同じ夢を見るの…ここ最近ずっと。」

 

 

 

 

「同じ夢を?」

 

 

 

 

「うん…シルクハットの人が私に何か叶えたい事は有るか?ってずっと聞いてくるの。断っても断ってもずっとずっと。」

 

 

 

 

「シルクハットの人…その方は男性ですか?それとも女性?」

 

 

 

 

「うーん…声が高い様な低い様な感じだから…男の人だと思う。」

 

 

紗那は少し考えていた。

すると別のクラスメイトが2人の元へ来る。百合香という少女で有紀程では無いが中々活発な子だ。

 

 

「アレじゃない?夢の魔術師って奴。その人が出て来ると…どんな願いも叶えてくれるって奴!」

 

 

紗那が百合香の方へ少し振り向く。

 

 

 

「詳しく教えて貰えますか?…私は雑誌とか読まないので。」

 

 

 

「うん、良いよ。他にも知ってる子居ると思うから当たってみる!」

 

 

 

百合香は2人を後に聞きに向かった。

楓は紗那の制服の袖をクイっと引っ張って自分の方へ引き寄せて来た。

 

 

「…どうしよう、何か大変な事だったら。」

 

 

 

 

「大丈夫ですよ!後で私が趣味で作ったお香を差し上げます。今夜はそれを炊いて寝てみて下さい。それと…。」

 

 

 

「それと……何?」

 

 

 

 

「ちょっと失礼して…っと。コレをどうぞ!」

 

 

 

紗那はノートの1ページを器用にハサミで切るとそれを更に人型へ切った。

指先を紙の前でサインする様に動かしてから楓の前へ人型の紙を差し出す。

 

 

「これは?」

 

 

 

「ちょっとした魔除けです。枕元の近くに置いて置くと良いですよ。」

 

 

 

 

「ありがとう…試してみるね。」

 

 

 

楓はそれを自分のカバンへしまう。

百合香が戻って来ると詳細を全て話してくれた。ご丁寧に雑誌も付属品で渡して来た。

昼休みが終わるチャイムが鳴り、それから3人は午後の授業を受けるのだった。

 

放課後。楓は部活には出られないと紗那へ伝えると教室を後にする。

紗那は百合香やクラスメイトから教えて貰った情報を元に部室へと向かった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

部室内は相変わらず賑やかで、やはりシルクハットの男の話で持ち切り。

有りもしない噂話も飛び交っていた。

紗那は挨拶し、奥の席で1人椅子に腰掛けると雑誌を取り出して調べ始める。

記事のタイトルは

[怪奇、頻発する男女の失踪!]の他に

[消えた男女の行方は?巷で語られる謎の男とは?]

といったどれも過激な物ばかり。

 

 

「ふむ…唯の噂話なのか、それとも……。」

 

 

紗那が考えながらペラペラとページを捲る。すると浩介が近寄って来た。

 

 

「お、夢の魔術師の話やってんじゃん!」

 

 

 

 

「おや…浩介殿はご存知なのですか?」

 

 

 

 

「知ってるも何もその話が本当なら嬉しいよなぁ…何でも叶えてくれるんだって言うからさぁ!俺は可愛くて美人な彼女が欲しいなぁ〜!有紀ちゃんは?仮に会えたら何が欲しいんだ?」

 

 

 

「私?…私はアクセサリーとか買えない化粧品とか欲しいかなぁ。」

 

 

 

紗那が2人の話を少し笑いながら聞き流していた。とは言え、何でも願いが叶うという部分に引っ掛かりが有る。

ふと竜弘も紗那の元へ来ていた。

 

 

「紗那さん…何でも願いが叶うって言うのはどうなのかな?悪魔で夢の話なのに。」

 

 

 

 

「恐らく正夢でしょう。夢に関しては不思議な部分が多いと聞きます。ですが失踪に関しては結び付きませんね…。」

 

 

 

すると、少し考えてから竜弘が何かを思い付いた様に口を開いた。

 

 

「ホラー…!失踪したんじゃなくて皆ホラーに食べられたとしたらどうかな?」

 

 

 

 

「…その可能性は捨て切れませんね。ありがとうございます、竜弘殿!」

 

 

 

紗那が立ち上がるとカバンへ雑誌を押し込むと教室を出て行こうとする。

それを見た有紀が声を掛けてきた。

 

 

「ちょっと、紗那!?何処行くの!?」

 

 

 

 

「調べ物です!あと冴月殿にもお伝え下さいッ!それでは!!」

 

 

 

「あ…行っちゃったよもう!折角、色々話し合おうと思ってたのにぃ!」

 

紗那は軽く手を振ると走って行ってしまう。当の冴月は実家兼飲食店のグラシアに用事で戻っていた。

 

 

「竜弘殿の言う通り、もしホラーが絡んでいるとしたら次の獲物は楓殿…!早く対策を練らねば……!」

 

部室から出て階段を1階へ駆け下りると

靴を玄関で履き替え、紗那は走って校門を飛び出す。

紗那が向かったのは学校裏の山奥にある自分が普段から魔術の鍛錬や工房として使っている小さな小屋。

ドアを開け、中へ入ると数多くの本に加えて試作品の武器やら何やらが置かれている。それからカバンを椅子へ置き、

カーテンを閉めると紗那は着替え始めた。魔法衣と呼ばれる黒い衣服、それから長い髪を後ろで縛る。

魔導筆、普段使う武器も含めて1箇所へ纏めた。

 

 

「後は夢に干渉する術が解れば…。」

 

 

戸棚にある本を取るとそれを読みながら必死に探し続ける。10冊以上の本を読んでいた時にその項目を見つけた。

 

 

「有った…これなら行ける!!」

 

 

紗那は方法と術を紙へ記すと

先程纏めた道具類と共に持ち出す。

気付けばもう夜、時間が無い。

足早に小屋を後にすると彼女は走りながら一通の紙飛行機を飛ばす。

その飛行機は綺麗に風に乗ると何処かへと飛んで行った。

 

 

「確か楓殿のご自宅はこの辺の…!」

 

 

 

市街地へ来てから近くの家の屋根へ飛び移ると屋根伝いに走って移動する。

成る可く人目を避けて。

紗那が立ち止まったのは1軒の白い外壁の家。別の所から部屋を見ると楓が部屋着に着替えているのが見えた。

 

 

「ほっ、未だ寝ていない…。じゃあ行きましょうか!」

 

 

紗那は器用に電柱の上に飛び乗り、電線を避けながら進むと彼女の部屋のベランダへ来る。コンコンとノックすると楓が窓を開けて来た。

 

 

「紗那ちゃん!?どうしてこんな時間帯に…それにその格好は?」

 

 

 

 

「詳しい話は後で。少しお散歩でもしませんか?」

 

 

 

 

「で、でも…勝手に外出たら怒られるよ。もう夜だし……?」

 

 

 

 

「大丈夫、その点はご心配無く!」

 

 

紗那が楓の後ろへ何かをポイッと投げる。すると楓とソックリな姿をした人形が現れた。

 

 

「何これ…私?」

 

 

 

「身代わりの傀儡です。さぁ履き物をどうぞ。ちょっと大きいかもしれませんが…ご容赦ください。」

 

 

紗那は足元へ自分が学校で使っているスニーカーを置いた。楓がそれに履き替えると彼女をお姫様抱っこし、ベランダを閉めてから再び屋根伝いに走る。

 

 

「さっきから屋根の上飛んでるけど…し、紗那ちゃんって忍者か何かなの!?」

 

 

 

「さぁ、どうでしょう?それより眠気の方は大丈夫ですか?」

 

 

 

 

「うん…あれから無理矢理起きてる…やっぱり怖くて眠れないんだ。」

 

 

楓はポツリと呟いた。

少しばかり紗那の方へ寄り掛かると紗那も心配そうな顔で彼女を見ていた。

それから2人が向かったのは夜の公園。

広めの草むらに着地すると楓を下ろした。

 

 

「彼処の屋根のある場所にしましょう。この時間ですから人は来ませんし。」

 

 

 

楓の手を引いて屋根と囲いのあるまるで小屋の様な建物の中に有るベンチの近くへ来る。楓に座る様に促し、近くに枕を置いた。

 

 

「まさか…此処で寝るの!?だったら家の方が…!」

 

 

 

 

「不埒な輩は来ませんのでご安心を。ささ、どうぞどうぞ!」

 

 

 

楓をゆっくりその場に寝かせてやる。

それから紗那は囲いの四隅に札を貼って結界を作る。一般の人間とホラーが介入出来ない様に。万が一の事も有る為、昼間作った人型の紙も数十枚程、並べた。

 

 

「本当に大丈夫?」

 

 

 

 

「どうか私を信じて下さい…楓殿。私は学び舎に入学してから貴女に色々と助けられました。だから今度は私が貴女を助ける番です。貴女が眠っても私は傍に居ます…安心してお眠り下さい。」

 

 

紗那は微笑むと彼女の手を握り締める。

彼女の言葉に頷いた楓は目を閉じた。

 

 

 

「後は…この紙の通りに。はぁッ!」

 

 

 

魔導筆を手に取ると楓の額へ何かを印す。それから自分の手にも印を施すと

彼女の方を向いたままその場に座る。

そして紗那も目を閉じて眠った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

楓が次に目を覚ましたのは薄暗く木々の生い茂る森の中。

地面にも草が生えている。霧も若干ではあるが出ていた。

 

 

「…やっぱりあの夢だ。」

 

 

 

楓は震えていた。この後の展開も解っていたからだ。そして彼女の予感は的中してしまう。現れたのはシルクハットを被った金髪の男だった。

 

 

「…いい加減、決まりましたか?貴女が望むモノは何です?お金…それとも宝石…地位?それとも名誉ですか?」

 

 

 

 

「私は何も要らないッ…!だから消えてよ!!」

 

 

 

 

「そうは行きません…これはチャンスなのですよ?欲しいモノや望むモノが現実でも手に入るというのに…そのチャンスを手放すのですか?ならいっそ、貴女の中に直接聞きましょう…その方が早くて良いでしょう!!」

 

 

男が歩みを進める。普段ならこのまま背面へ周り込める筈だった。

バチィッという弾ける音が響くと男が後ろへ吹き飛んだ。

楓は何が起きたのか解らず、動揺していた。すると彼女の前へ1人の少女が走って来た。

 

 

「ご無事ですか、楓殿ッ!!」

 

 

 

 

「紗那ちゃん…どうして!?」

 

 

 

紗那は吹き飛んだ男の方を見つめる。

すると男は手を使わずに起き上がった。

 

 

 

「成程…その身なりとその筆…魔戒法師ですか、貴女。でもどうやって此処へ?彼女の夢の中だというのに。」

 

 

 

 

「答える義理は無い。ところでお前は今までに何人喰った…?」

 

 

 

 

「ふふッ…そうですねぇ、ざっと10人以上は食べてますよ。皆幸せそうな顔をしていた…自分が欲しいモノや望みが叶ったり手に入った時の幸福、そしてその幸福から絶望のどん底へと引き摺り落とされる時のあの顔…!あれが堪らないのですよ!!まさに極上…!!」

 

 

 

紗那はギリッと歯を食い縛った。

夢を弄び、現実にも干渉しそれすらも弄ぶ。何とも悪趣味極まりない。

確かに人間誰しも欲しいモノが有る。

希望を望む事も有る。時にそれが残酷な事だとしても。

だが、それを在らぬ形で叶えて

魂と肉体を貪っても良いという理由にはならない。

 

 

「……それだけ聞ければ充分。お前を此処で滅ぼすだけだッ!!」

 

 

 

 

「ほぅ…私に勝てますか?貴女が手にしているのは筆のみ。対する私は…こんな事も出来る!」

 

 

男が指を鳴らすと左右の手に剣が出現しそれを握り締めた。刃を互いに擦り合わせるも男は奇声を発しながら紗那と楓に襲い掛かる。

楓は思わず声を上げてしまった。

 

 

「きゃああッ!!?」

 

 

 

 

「楓殿、逃げて下さいッ!!」

 

 

 

紗那は男が振り翳した右側の剣を避け、左側の剣も何とか避ける。

距離を取ると反撃し、筆から光弾を幾つか放つが全て弾かれてしまった。

 

 

「弱い弱い!!その程度ですか?」

 

 

 

 

「くッ…それなら!」

 

 

 

素早く印を結び、再び魔導筆を向ける。

すると地面から光の鎖が出現し男の身体を四方から縛り上げる。

 

 

「ぐッッ…おのれ…!夢の世界から逃れられると思うなッッ…!!」

 

 

 

 

「逃れられない?それなら方法を探せば良いだけだ。必ず出口は有る…!」

 

 

 

紗那は男から背を向け、楓と合流。

彼女の手を引いて薄暗い森の中を駆け抜ける。

 

 

「ねぇ、アレは何なの?紗那ちゃんは何者?」

 

 

 

 

「落ち着いたら話します!今は兎に角走って!!」

 

 

 

暫く走ると森の中を抜けた。

すると景色が一変し今度は西洋風の屋敷が目の前に広がる。風景も足元も全て変化してしまった。

 

 

「今度は何!?」

 

 

 

 

「景色が変わった!?夢の中だから何をしようにも思うがままか…!」

 

 

2人は広間の四方を見回す。

天井には大きなシャンデリア、その近くには来客用のソファが有る。

中には大きな時計や白い花瓶といった高級感のある物も。西洋を思わせる様な白い壁、その下は木目の作りになっている。

 

 

「ッ……。」

 

 

 

 

「少し休みましょう、未だ此方には気付いていない筈ですので。」

 

紗那の提案に楓が頷く。

2人は同じソファへと腰掛けた。

どうやら家具は普通らしい。

楓から徐ろに話を切り出して来た。

 

 

「あのさ…紗那ちゃんは普通の高校生じゃないよね?屋根の上を飛んだり、さっきみたいに筆で何かしてみたり。どうしてそんな事が出来るの?」

 

 

 

「……私は楓殿の言う通り、普通の女の子ではありません。幼き頃から格闘技やあらゆる術の訓練を重ね、今も修行の身です。私の役目は会得した力で迫り来る闇から人々を守る事。それが私の役目なのです。」

 

 

紗那は楓の方を振り向いた。

幼い頃から紗那は修行を重ねて来た。

漫画を読んだり、友達と遊んだり、テレビを見たりと同じ歳の子なら誰しも経験しているであろう事を彼女は知らない。

今も彼女は一人前の魔戒法師となる為に修行を続けているのだ。それは魔戒騎士である冴月と変わらない。

 

 

「役目…か。私は同好会に居ても目立たないし、クラスでもあまり誰かと関わろうとして来なかった…でもあの日変わった気がしたんだ。紗那ちゃんが転校して来てから。あのね、私も強くなりたい…なれるかな?紗那ちゃんみたいに。」

 

 

 

 

「…なれますよ、きっと。」

 

 

紗那は楓の手を優しく握り締める。

するとガシャン、ガシャンという音と共に廊下から西洋騎士の甲冑が歩いて来る。それも一体では無く何体も。

紗那は楓と共に立ち上がると周囲を見回す。前方、左右の通路をそれぞれ塞ぐ形で騎士らは立ちはだかった。

 

 

「紗那ちゃん…ッ!」

 

 

 

 

「…楓殿は私の様に強く成りたいと仰いましたね?なら約束して下さい…大切なのは決して目を逸らさない事、そしてどの様な過酷な状況だろうと絶対に諦めない事をッ!!」

 

 

紗那は魔導筆を取り出し前へ出る。

深呼吸し目を閉じると、自分の言葉を思い出していた。夢の中なら何でも出来る事。つまり夢の中であれば自分も武器を持ち込めるという事だ。

そして強く念じる。左手を自身の左足太腿へ持って来ると彼女の手に銃が出現した。普段から彼女が愛用している魔導銃。それから背中には魔導弓が現れた。

 

 

「…私は魔戒法師。魔戒法師、紗那ッ!!貴様ら邪悪な者を祓い…人々の安寧を守る者だッッ!!」

 

 

紗那は左手に握った魔導銃を向け、目の前の騎士へ発砲する。銃声と共に甲冑の頭部を射抜くと弾き飛ばした。

ガシャンという大きな音を立てて甲冑の騎士は倒れてしまう。

それを皮切りに今度は左右の騎士が同時に攻撃を仕掛ける。

左右から刃が迫り、振り下ろされる前に紗那は飛び上がると互いを相殺させてから地面へ再び降り立つ。

 

 

「さぁ…次は誰から来る?」

 

 

紗那が右手の指先をクイクイと何度か自分の方へ曲げると残った騎士達が襲い掛かる。

魔導銃と魔導筆を駆使し、紗那は戦闘を続けていった。

相手の突きを飛び上がって躱しては蹴りを放って倒し、後ろから襲われようならバク転し背後を取ると魔導銃で至近距離から撃ち抜いてみせる。

粗方騎士達を倒すと退路が開かれた。

 

 

「楓殿ッ!逃げますよ!」

 

 

振り向くと楓の手を取り、右側の通路から屋敷の奥へ走った。後方からは鎧の摺れる音と足音が響く。

長い廊下を進むと目の前からスーツを着た執事の様な格好をした何者かが立ちはだかる。顔は文字の書かれた頭巾を被っており、表情迄は見えない。

紗那達を見ると構えてみせた。

後ろからは先程の騎士、前には執事。

再び通路を塞がれてしまった。

 

 

「くッ…至れり尽くせりか…!」

 

 

 

 

「どうするの!?」

 

 

 

「やるしか有りません…ッ!」

 

 

 

楓の手を一度離し、彼女を通路の端へ。

紗那は執事と向き合うと構えて見せる。

互いに見合った状態が続くと先に執事が仕掛けた事で戦闘が幕を開けた。

鋭い蹴りが繰り出され、それを紗那が同じく蹴りを放って相殺。

互いに足を振り払うと今度は紗那が右手に持つ魔導筆から光弾を放つ。

光弾が命中し、執事が仰け反るものの倒れない。スーツから煙が上がるとそれを手で払い、再び紗那へ牙を向いた。

彼女の反撃をさせない様に連続して蹴りや拳を繰り出し、追い込む。

紗那は防戦を強いられてしまうと防ぎ切れずにすり抜けた男の蹴りが腹部へ命中し倒れてしまう。

 

 

「ぐふぅッ!?ッ…!」

 

 

すると今度は踵落としを放ち、追い込みを掛けて来た。あんなのを喰らえば自分の顔はトマトの様に潰れてしまう。

紗那は両手をクロスしそれを防ぐと跳ね除け、執事を転倒させようとする。しかしその反動を利用し一回転すると着地した。

 

 

「一筋縄では行かないか……それならッ!!」

 

 

魔導銃をホルスターへ戻すと札を何枚か取り出す。それを魔導筆でなぞるとニヤリと笑った。再び執事が紗那へ襲い掛かると飛び蹴りを繰り出す。

紗那も駆け出すとスライディングし背面へ回り込むと執事の背中へ札を貼り付ける。残りを壁や床へ貼ると近くに居た楓の手を引き、自分の方へ寄せる。

 

 

「耳を塞いでッ!!」

 

 

 

「えッ!?」

 

 

紗那が楓を抱き締め、魔導筆を上から下に振ると2人の前に光の壁が現れる。その瞬間に凄まじい爆発音と共に通路が吹き飛んだ。

 

 

「…試作の札を持っておいて良かったです。さぁ、参りましょう。」

 

 

 

楓と共に再び歩き出し、屋敷の廊下を抜けて玄関へ辿り着いた。

ドアノブへ触れると拍手が響き渡る。

 

 

「よく此処まで辿り着けましたね?森を抜けて…更にこの屋敷の出口まで辿り着くとは。流石は魔戒法師といった所でしょうか。生き残ったご褒美に…貴女達を此処で私が食べて差し上げます。夢の中で死ねば二度と現実へは帰れない。そして貴女達は私の中で生き続ける。」

 

 

金髪の男は紗那達を見下ろす様に話し始める。それから紗那も魔導筆を握り締め、口を開いた。

 

 

「…願いを叶える気も無くし、喰らう事だけに執着したか。醜い。」

 

 

 

 

「醜い?ご冗談を…人間の方が醜いでしょう?叶いもしない夢や理想を追い続け、それに固執し続ける。ならいっそ…叶えてあげた方が良いでしょう?」

 

 

 

 

「望まぬ形で叶えた夢など…夢では無いッ!!夢は自分で叶えるからこそ美しい。貴様の勝手な理屈で理想や夢を踏み躙るなッ!!」

 

 

 

「このッ…言わせておけばぁあッッ!!」

 

 

男は飛び降り、紗那達の前へ着地する。

そして顔を上げると不気味に微笑んだ。

先程の剣を右手へ握り締めると紗那へ襲い掛かる。紗那は楓をトンッと押して突き放すとその一撃を避けた。

再び攻撃が来ると紗那は再び避ける。

 

 

「ちょこまかちょこまかと…ッ!!」

 

 

 

 

「…貰ったッ!!」

 

 

 

紗那が魔導銃を再び取り出す。それを数発、発砲すると男の腹部と両肩を射抜いた。男はフラフラとその場に立ち上がる。

 

 

「ぐぅうッ…!!」

 

 

 

 

「このまま…ッ!?」

 

 

 

ザシュッという音と共に痛みを覚え、紗那は魔導銃を落としまった。

左肩から服を伝って血が滴り落ちる。

振り向いた先に居たのは刃物を手にした楓だった。

 

 

「楓殿!?何を…ッ!?」

 

 

 

楓は無言でナイフを何度も何度も紗那へ突き立てようとする。殺意を剥き出しにしながら。男はケラケラと笑っていた。

 

 

「この夢は彼女の夢…だから私が弄ればこんな事も出来てしまう。あはははッ!!」

 

 

その間にも紗那へナイフを突き刺そうと楓は何度も振り回して来る。

それが刺突へ変わると紗那へ向けて楓が走って来た。

 

 

「…ッ!!」

 

ドスッという音と共に楓と紗那が向き合う。魔導筆が足元へ落下すると2人の足元に多量の血が滴り落ちた。

我に返った楓は恐る恐る紗那から離れた。紗那の腹部には楓が握っていたナイフが突き刺さっている。

 

「あ…あ……ごめん…なさッ…!」

 

 

 

 

「大丈夫…ですッ!この程度…!」

 

 

 

紗那はナイフを引き抜くと傷口を左手で抑える。痛みと共に手には血が滲んで来る。男はニヤニヤと笑って紗那を見ていた。

 

「哀れですねぇ…魔戒法師?自分が必死に守ろうとした相手に刺されて死ぬ事になるとは…!」

 

 

 

 

「死ぬ……ふッ、ふふッ…!」

 

 

紗那は何故か笑っていた。

俯くと長い前髪がだらんと下へ垂れた。

 

 

「…何が可笑しい?気でも狂ったのか?」

 

 

 

 

「これで…上手く行った…後は…任せます……!」

 

 

紗那が座り込むと泣いている楓が目に入った。自分の近くでずっと泣いていた。

 

 

「…大丈夫、必ず助かりますよ……守りし者は1人では…有りません…だから泣かないで…。」

 

 

紗那は近付くと楓の手を握り締め、血に濡れた手で彼女の事を抱き締める。

男が首を傾げると剣を向けて2人へ近付く。

 

 

「何を訳の解らぬ事を…。今度こそ終わりに……!」

 

 

 

 

「終わるのはお前の方だッ!!」

 

 

 

叫び声と共に天井のガラスが割れ、誰かが飛び込んで来る。そして振り下ろされた一撃が男の右腕を切り落とした。

悲鳴を上げて男は後退りする。

2人と男の合間へ着地するとその人物は顔を上げた。

 

 

[遅くなってごめんなさい…けど、もう安心して良いわ。後は此方で引き受ける!]

 

 

カガリが2人へ声を掛ける。

冴月がゆっくりと2人へ振り向く。

 

 

「…2人とも大丈夫か?後はオレがやる。下がってろ!!」

 

 

楓が紗那を抱えて後退る。

男は冴月の方を見て睨み付けた。

 

 

「次から次へと何なんだ!?それに誰なんだお前は…!!」

 

 

 

 

「オレか?…オレは魔戒騎士。貴様らホラーの天敵だよ。」

 

 

 

[冴月、コイツの名前はメアー…人の夢に巣食う最悪のホラーよ。]

 

 

 

「…なら早々とご退場願おう。此処にお前の居場所は無いッ!!」

 

 

冴月が魔戒剣をメアーへ向ける。

するとメアーは人型から本来の姿へ変化した。左右の肩甲骨から更に2本の手が増え、全身も気味の悪い黒色へ変わる。更に頭部には羊の様な角が左右から出現した。その目は金色に爛々と輝いている。そして大きく咆哮した。

 

 

「グギャアアアッッーー!!!」

 

 

 

「…正体を現したかッ!!」

 

 

 

冴月へ目掛け鋭利な爪が振り下ろされる。それを剣で防ぎ、弾きながら戦い続けていた。左右からの攻撃を巧みに受け流すと距離を取ると今度は背中に生えた腕を用いて推し潰そうとして来た。

冴月は大きく飛び上がると空中で剣を突き出し、正面へ円を描く。そこから光が放たれると蒼い狼を象った鎧を纏った。

 

 

 

「グギィイッ…!!?」

 

 

 

 

「これで…終わりだぁあッッ!!」

 

 

 

蒼牙はメアーの頭上から剣を振り翳すと頭上から股下迄を一気に剣で斬り裂いた。真っ二つに裂けたメアーは塵の様に消滅してしまった。蒼牙の鎧を解くと冴月は2人へ駆け寄る。

 

 

「…おい紗那ッ、大丈夫か!?」

 

 

 

 

「ええ…何とか…それより…楓殿は?」

 

 

 

 

「…楓は無事だよ…ほら、忘れ物!」

 

 

 

冴月は魔導筆を彼女へ握らせると紗那は頷いた。それから空間が真っ暗になると

3人の意識はそこから遠のいた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「ん……んん?」

 

 

暫くして紗那が目を覚ます。

公園に居た筈なのに何故か室内に居た。

腹部や左腕には包帯が巻かれている。

身体を起こすと部屋のドアが開いた。

 

 

「起きた?なっちゃん。」

 

 

 

「お、お師匠様!?どうして…?」

 

 

 

入って来たのは八千代。手には食事の載ったお盆を持っている。彼女はドアを閉めるとテーブルへそれを置いた。

 

 

「…此処は何処ですか?」

 

 

 

 

「何処って…私と冴月の家であり喫茶店。忘れちゃった?」

 

 

ニコニコしながら話すと八千代は紗那の方へ近寄り、椅子へ腰掛けた。

 

 

「…さっちゃんが探しに行ったのよ、貴女とお友達の事。そうしたら公園で倒れている貴女と泣いてるお友達を見つけて連れ帰って来たからビックリしちゃって。」

 

 

 

「……そうだったのですね。ご迷惑をお掛けしました。」

 

 

 

 

「謝らなくて良いわ。それより今はゆっくり休んで?疲れたでしょう?ご飯はそこに有るから後で食べてね。」

 

 

「あの、つかぬ事をお聞きしますが…今の時間帯は?」

 

 

八千代へ紗那が聞くと彼女は時計を見てから呟いた。

 

 

 

「もう直ぐ夜が明ける…位かしらね。じゃあね、おやすみなさい。」

 

 

ニコッと微笑むと立ち上がり、八千代は部屋から出て行った。

紗那はベットから降りてテーブルで食事を取る。食べ終わる頃には朝日が差し込んでいた。紗那は立ち上がるとブラインドの隙間から外を見ていた。

 

 

「…夜が明け、また新たな一日が始まる。短いですが私も寝ますかねぇ…ふぁあ…ッ!」

紗那はベットへ戻ると横になり、そのまま就寝した。

紗那は怪我の為、この日は学校を欠席。

彼女が再び起きてからは八千代による怪我の治療が待っていた。

刺し傷と切り傷を魔導火により治療され、包帯は完全に取れた。

それから彼女は八千代の店をその日だけ手伝うと夕方には寮へと帰って行った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

次の日には何事も無く紗那は登校していた。自分のクラスへ入ると真っ先に楓が駆け寄って抱き着いて来た。

 

「紗那ちゃんッ、大丈夫!?」

 

 

 

 

「おっとっと…楓殿、おはようございます。大丈夫ですよあの程度で死ぬ程ヤワでは有りませんので!」

 

 

 

「そっか、良かった…それともう1つ。」

 

 

 

 

「…ん?何ですか?」

 

 

 

楓は紗那の右手を取るとそこにブレスレットを嵌めた。紫色の玉が付いた綺麗な物。

 

 

「…前にコレずっと雑誌で見てたでしょ?だから欲しいのかなって。昨日のお礼。受け取ってくれる?」

 

 

 

 

「あ…ありがとうございます…大切にしますね。」

 

 

 

事実、気になっていたのは確かだった。

それを物珍しそうな顔で紗那は見つめていた。楓は未だ話しがあるらしい。

 

 

「あと…私もなってみたい。魔戒法師に。無理だよね、やっぱり私には…。」

 

 

紗那はそっと彼女の肩へ手を置くと微笑んだ。

 

 

 

「…成れますよ。私で良ければお手伝い致します。まぁ…そう言っても私も未だ半人前ですが。」

 

 

 

「じゃあ…やってみる!これから宜しくお願いします、先輩!」

 

 

 

「ふぇッ!?せ、先輩!?いやぁ…それは流石に…いきなり過ぎるのでは…?」

 

 

唐突な事に紗那が苦笑いする。

それから2人が話しているとチャイムが鳴り、

各々の席へと着いた。

今日もまた学業とホラー討伐の掛け合いのある一日が始まるのだった。

 

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