冴月は番犬所を訪れていた。
というのもホラーを斬り続けた魔戒剣の浄化の為。そして魔導火の補充の意味も兼ねて。
古くなった寺の前で鈴を鳴らすと扉が開き、中へ入る。それから奥へ進むと
白い着物を着た黒髪の少女が座っていた。名をコハクと言い、此処の神官でもある。
「久しいのう…どうじゃ?事は順調に進んでおるか?」
「…はい、今の所は。」
やって来た黒服へ剣と魔導火を入れている容器を手渡すと彼らは去って行った。
それから少し経つと小さな剣を板の上へ載せ始めた。
「これで12本…。後で魔界へ送り返しておくとしよう。ところで冴月よ、今宵は陰我消滅の日…特別にお前の行動制限を解いてやろう。明日、新たな指示書を魔戒法師の小娘宛に送る故に確認する事じゃの。」
「解りました…では失礼致します、コハク様。」
冴月は魔戒剣と魔導火の入った容器を受け取ると番犬所を去った。
外へ出ると青空が広がっている。冴月はその足取りで街中へと向かうのだった。
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街中は様々な年代の人が行き交っている。人混みに紛れながら冴月は路地を歩いていた。
[冴月が倒したホラーも数が増えたわね…それに少しずつだけど向こうの思惑も解って来た。]
「そうだね…あの学園はもしかしたら闇そのものなのかもしれない……。」
[八千代の読みが当たってしまった。言うなれば彼処はホラーの巣窟…ね。]
これ迄倒したホラーの何体かは学園側の人間が変異した物。そして冴月が出会った学園の校長、月島秀という男。
彼もまた関係している事は間違い無かった。
「…陰我消滅の日とは言え、対策を練るのに越したことはないよカガリ。明日にはまた普段通りの日々が始まるんだから。」
[そうね…あら?あれは…。]
カガリが声を掛けると冴月は前を向く。
そこに居たのは竜弘だった。向こうも立ち止まると冴月の方へ手を軽く振る。
「あ、弥那瀬さん。今日はどうしたの?」
「いや…ただの散歩。そっちは?」
「ああ…僕は買い物だよ。ほら、同好会で吾妻さんが買って来いって言ってた資料が有ったでしょ?それだよそれ。」
竜弘は冴月へ紙袋の中身である本を取り出して見せて来る。そこには【世界の都市伝説】と書かれていた。
「…またオカルト系の雑誌。」
「今度、同好会で泊まりがけで旅行するって話あっただろ…この街から離れた場所に有る村に泊まるってさ。」
「明蘭村(めいらんむら)…だっけ?」
「そうそう、巫女の伝説が有るんだってさ。」
「巫女…ね。」
冴月は成程と頷いた。
それから竜弘が本をしまってから2人は並んで歩き始めた。
「吾妻さんが言うには明蘭村には古くから女夜叉伝説があるんだってさ。人間を喰らおうとする女夜叉…それを祓う為に遣わされた巫女が村人の為に戦ったって話らしいよ。こういうのは吾妻さん詳しいからさ…気になるなら聞いてみるといいよ。」
「成程、有紀らしいな。それと…無理にオレに付き合わなくて良いんだぞ?折角の休みなんだから他の奴と遊ぶなりしたらどうだ?」
冴月は歩きながら竜弘の方を向く。
そう言われると竜弘は少し黙ってしまった。
「…どうした?」
「実はそういった友達が少ないんだ…。僕は真面目というかちょっと固い所が有るし…仮に休みの日だとしても勉強だよ。将来は有名な大学に入りたい人も居るからさ。」
「確かに…お前は真面目だよ。でも優しい。竜弘はどうするんだ?その、大学って奴。」
冴月はそういう学歴に関する知識は疎い。だから知らないのだ。
「僕は未だ解らない。自分が何をしたいのか…よく解らなくてさ。だから毎日考えてる。自分がこの先、どうしたいのかをずっと。弥那瀬さんは、どうするの?」
暫く歩いてから2人は木々の生い茂る通りを進み、近くにあるベンチへと互いに腰掛けた。
「……オレにはホラーを討滅する役目が有る。だから進路の事とかはオレに何も関係は無い。」
「魔戒騎士だからか…弥那瀬さんは騎士を辞めたいとか思った事は無いの?」
「…有るよ。何度も何度も思った。憧れや理想は現実とは異なる。他の同い歳の子が経験する事の殆どを押し殺してオレは騎士となった。お前達の言葉で言う小学校…中学の期間は殆ど鍛錬しかしてない。」
冴月はカガリを手で軽く撫でる。
前を向いたまま互いに2人は話していた。
「あのさ…今は楽しい?僕達と一緒に居て。前からずっと気になってたから聞きたかったんだ。」
「…どうだろうな。少なくとも有紀がオレにベッタリなのは解る…でも本当は楽しいのかもしれない。」
「良かった…入る前はかなり機嫌悪そうだったから、それだけでも聞けて嬉しい。」
竜弘は安堵すると微笑んだ。
すると何かを決意したのか、冴月の方を向くと竜弘は呟いた。
「それともう1つだけ…前から言おうと思ってたんだけど…僕は弥那瀬さんの事が好きだ…ずっと言えなくて…その…!」
「はぁ…?オレが好き?どうしたんだよ、突然。竜弘らしくない。」
冴月も振り向くと互いに見合って固まっていた。
[坊やが言ってるのは異性として冴月が好きって事。そういう所が鈍いのよねぇ…貴女は。]
カガリが彼の代わりに冴月へ伝える。
竜弘は顔を真っ赤にして頷いた。
「ふぅん…成程。友達が少なくて…マトモに自分の行先もロクに決められなくて…ちょっと頼りない奴がオレの事が好きだと?」
じっと冴月は竜弘の顔を見ていた。
それから彼女は立ち上がると竜弘の前へ来た。
「はぁ…よく解らないけど良いよ。」
「本当に…良いの?」
「…二度も言わせるな。」
冴月は竜弘を見ずに片方の手を差し出す。それを竜弘が握り締めた。
「ありがとう…弥那瀬さん…。」
「礼なら良い。ほら、行くぞ。」
竜弘も立ち上がると歩き始めた。
冴月の柔らかい手を竜弘の手が握っていた。それから冴月の提案で彼女の実家へと訪れる事になったのだった。
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店内は丁度昼時の為、客足も落ち着いている。冴月の実家は言わば喫茶店だった。
出迎えて来たのは彼女の母親代わりの八千代。ニコニコしながら手を振っている。
「その…ただいま、八千代さん。」
「お帰りなさい、さっちゃん!あら、あらあら…?ふふ…もうそういう関係なの?お2人は?」
八千代は竜弘と冴月を見るとニコニコ笑っている。ふと手元を見ると手を繋いだまま店内へ入っていたのだ。冴月は大慌てで手を離すと引っ込める。
「ち、違うから!そんなんじゃない!そんなんじゃないんだってば!!」
「良いのよ、隠さなくても。それも青春だわ青春♪うふふ…ごゆっくりー♪」
八千代は笑いながら奥へと引っ込んだ。
頭を抱えながら冴月と竜弘は奥の席へ腰掛ける。
「…大丈夫?弥那瀬さん。」
「大丈夫じゃない!よりによって知られると厄介なのに知られた……!」
冴月は髪の毛を片手で抑える様な形で頭を抱えるとブツブツと何かを呟いていた。それからテーブルに2人分のお冷が置かれると近くの4人掛けの席に八千代が座った。彼女は茶色の髪を少し掻き分けると2人の方を見ている。
「竜弘君と、さっちゃんがいつの間にかそんな関係になってたなんてビックリしちゃった。」
「あ、いや…その、ほんのさっき……。」
竜弘が照れながら話し始めると冴月は顔を上げて竜弘を睨んで来た。
「竜弘、頼むからそれ以上喋るな…!」
「ええー?私は聞きたいなぁ、さっちゃんの話とか色々。どう?学校は楽しい?」
そんな事はお構い無しに八千代は2人を見ると話を進めて来た。
竜弘は冴月の方を見ると代わりに話し始めた。彼女が同じ同好会に居る事も含めて様々な話を。冴月はそっぽを向きながら彼の話を聞いていた。
「成程ねぇ…じゃあ結構大変なのね、お勉強とか色々。」
「ええ、今日は校長先生が突然行方不明になったって騒ぎが有ったから臨時で学校を休みにするって言われて…それでこうしています。」
竜弘は丁寧に八千代へ説明する。
納得したのか彼女は微笑んでいた。
「…そう。さっちゃん…冴月が前より柔らかくなったのも竜弘君とお友達のお陰かしらね。あ、そうだ、ちょっと良いかしら?」
八千代は何を思い立ったのか竜弘へ来る様に促す。2人が立ち上がり、竜弘は八千代の後に続いて奥のドアから別の部屋へ入って行った。
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「…此処は?」
2人は階段の直ぐ真下にある別の部屋へ入った。だが、そこは部屋というにしては何も無くただ広い。
コンクリートと思わしき床と壁が広がっているだけ。
「…今から10年前、此処で冴月は修行していたの。」
「此処で…ですか?」
「ええ、全ては彼女のお父さんの鎧を継ぐ為。あの子がそう願ったから…。」
八千代は落ちていた木刀を拾うとそれを見ていた。それを立て掛けると八千代は少し奥へ進む。すると竜弘は八千代へ声を掛けた。
「…あの弥那瀬さん…彼女が言う魔戒騎士って何なんですか?」
「簡潔に言えばホラーを狩る者。元々ホラーを狩っていた魔戒法師の後に現れたのが魔戒騎士。特殊金属であるソウルメタル製の武器を扱って戦うのが彼等って事ね。そして冴月は特別…彼女は本来なら男性でしか扱えない筈のソウルメタルを扱えるの。」
八千代は竜弘の方を向くと笑顔で説明した。
「弥那瀬さんが…特別?どういう事ですか?」
「あの子が扱う剣は確かにソウルメタル製…でも、あの子には扱えるのよ。」
八千代が取り出したのは小さな小刀。
それを竜弘へ差し出した。
竜弘が受け取った途端、急に重さを感じる。小さいが重量物を持たされている気分だ。
「これ…前にも…ッ!?」
「これが本物のソウルメタル…そして冴月が使う剣の素材もこれと同じだけど、彼女のは私が特別に加工した物を使っている。大丈夫?手が震えてるけど。」
八千代は微笑み、それを竜弘の手から取ると鞘へ戻した。
「竜弘君には冴月の支えになってあげて欲しいの。あの子、内心は結構脆いから…。普段は強気に振舞ってるけど本当は普通の女の子で居たいのかもしれない。まぁ…私の勝手な推測だけどね。さ、戻りましょうか?冴月が心配するから。」
八千代は竜弘の肩へ軽く触れると出口へと歩き出した。
「弥那瀬さんの…お父さんは?」
「…彼女が幼い時に亡くなったの。彼も魔戒騎士だったわ…あの子の母は未だ生きてる。そしてもう1人、あの子には家族が居るの。」
「…え?」
「弥那瀬舞衣……冴月のお姉さん。でも彼女は今も行方不明…父親と共にホラー狩りへ出掛けたらしいけど、帰って来たのは彼女だけだったの。それから彼女も姿を消した…。」
「そうだったんですね…。」
「それと竜弘君、もしその気が有るなら…貴方も魔戒騎士になってみる?辛く厳しいだろうけど……返事は貴方の決心が決まったらで良いわ。」
八千代は竜弘と共に部屋から出る。
そして振り返ると彼に問い掛けて来た。
竜弘だけは考えながら店内へと戻った。
店内は穏やかな曲が流れている。
冴月が2人を見ると立ち上がった。
「……竜弘、オレはそろそろ帰る。寮の門限が有るから。八千代さん、また今度。」
「ええ、またね。サッちゃん。」
竜弘は頭を下げ、冴月と共に店を出た。
それから2人は何も話さず暫く歩き続ける。ある程度進んでから冴月が話を切り出した。
「…竜弘、八千代さんに何か言われたのか?」
「え?…いや、特には。弥那瀬さんを宜しく頼むって。それだけだよ。」
「八千代さんらしいや…それと!コレは内緒にしろよ?バレたら面倒なんだから!!」
冴月は振り向くと竜弘を指さして来る。
竜弘は苦笑いして頷くと返事をした。
「解ったよ…あの、弥那瀬さん?」
「何だよ?」
竜弘は拳を握り締めて話し掛けた。
「…成れるかな?僕も弥那瀬さんみたいに強く。誰かを…その…守れる位に!」
一瞬だが沈黙が訪れた。
冴月は笑う事は無く、呟いた。
「何があったか知らないけど…大丈夫、成れるよ。その思いだけ忘れなければ。大切なのは諦めない事。それと鍛錬を重ねればいつかきっと。」
冴月は急に竜弘の片手を握り締めると歩き始めた。そして途中で別れると2人はそれぞれの場所へと戻るのだった。
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竜弘が家へ戻り、部屋へ入ると1人の少女がベットに座っていた。オレンジ色の長い髪がドアを開けた時に入った風で少し靡いた。
「おかえり、タツヒロ。」
「ただいま…真宮さん。怪我も良くなったからそろそろ学校に戻れそうだね。 」
「…タツヒロ、変わった匂いがする。どうしたの?」
朱音は立ち上がると彼の方へ近寄る。
スンスンと鼻を近付けて匂いを嗅いでいた。
「ああ…友達に会ってたんだ。女の子なんだけど、ちょっと気の強い子で。その子の家が喫茶店だからコーヒーの匂いがするのかも。」
「…名前は?」
「えっと…弥那瀬冴月さん。クラスは違うけど良い人だよ。今度、真宮さんにも会わせてあげる。きっと直ぐ友達になれるよ。」
「ミナセ…サツキ……。」
朱音は小さく頷いた。
少しずつでは有るが、冴月と朱音が出会う日もそう遠くは無いのかもしれない。
こうして冴月が迎える初めての陰我消滅の日は終わりを告げた。