明蘭村。それは田舎と呼ばれるに相応しい長閑(のどか)な村であった。
嘗てこの村には女夜叉伝説という物が存在していたという事を除けば。
話は平安時代へと遡る。
未だ人々が呪術や呪いの類を信じ始めた頃、ある1人の貴族の娘が何者かの恨みをかって殺された。
それもかなり残酷な殺し方だったという。
泣き叫ぼうが喚こうが日夜問わず大勢に辱められ挙句の果てにはその身をバラバラに引き裂かれて殺されたのだ。
それからその遺体は都の外にある湖へと無惨に葬られた。
だが暫く経ったある日、その湖へ訪れた者が殺されるという事件が頻発し亡くなった貴族の娘の祟りでは無いか?と噂される様になっていった。
夜中に湖へ見回りに来た検非違使(現代で言う警察)らは恐ろしい物を目撃した。
それは般若の面の様な顔をし、下半身は紫色の衣を纏った女性。手には刀を握り締めていた。その者は湖の水面に立っており、目は白く爛々と輝いていた。その姿は夜叉そのもの。
震える声で1人が何者かと尋ねると
「我は汝ら人共に辱められ殺されし者。この恨み晴らさせよ。さもあらざらば汝らの命差しいだせ。」
そう話したと言う。
検非違使らが断った所、駆け付けていた5人全員が無惨にも殺されてしまった。
犠牲者が止まぬ中、事態は深刻だと判断した当時の陰陽師の中で強力な存在である如月は御魂を鎮めるべく都から湖へ赴いた。
そして数多の術の駆使により彼女を祓う事に成功したのだった。
それは三日三晩の交戦と交渉による賜物だったと現代へ語り継がれている。
女の話によれば既に自身を辱め殺した者達は家族共々皆殺しにしてしまったらしい。この話は当時の貴族と平民との身分の格差から生まれたのでは無いかとまことしやかに囁かれているらしい。
その湖は夜叉ヶ池と呼ばれ、現代では明蘭村の観光スポットとなっている。
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「ええーーッッ!?紗那ちゃん来られないのぉ!?」
誰よりも声を上げたのは浩介だった。
2年生全員で行く2泊3日の体験学習が今日から始まる。大自然の中で過ごし、それを感想分として提出する物。
修学旅行とは違い、進学校ならではの物であった。
「あはは、何も来られないという訳では……。」
「じゃあどうして!?折角、紗那ちゃんと色々見て回ろうと思ってたのに…!」
2人のそんなやり取りを見ながら有紀は呆れていた。既に生徒らは観光バスへ乗り始めていた。
「…浩介ってホント遊び人って感じ。」
「アイツも見境が無いな…全く。」
有紀の横の席へ冴月が腰掛けた。
校門の前で紗那と話している浩介を共にバスの車内から見ていた。
「私は少し用事が有りますので…それが終わり次第合流します。先生方にも話はしてありますから、浩介殿は先に現地へ!」
ズイズイと彼をバスの方へ追いやる。竜弘に浩介を任せると紗那はニコニコしながら学校の方へ戻って行った。
それからバスは浩介を乗せてから発進し明蘭村のある山奥へと向かって行った。
冴月はバスに乗るのはコレが初めて。
少し心配していたが途中で落ち着いたのか大人しく座っていた。
バスは約2時間半掛けて明蘭村の有る方向へと向かった。
明蘭村は川下り等のレジャーが楽しめたり、夏と秋に掛けてキャンプに来る人も居る程自然が豊か。
宿泊施設も最近では増え始めていた。
村とは言えど歩けばスーパーやコンビニも有る事から余り不便では無い。
「冴月、お菓子食べる? 」
有紀が棒状の細長いチョコ菓子を取り出すと冴月の目の前へ突き出して来た。
美味しいよ?と一言付け加えて。
「…オレは要らない。」
冴月は有紀を見ずに渡されたしおりを確認していた。
「もーッ、ちょっとは楽しみなってば!滅多にはしゃげないんだよ?ウチの学校じゃ出来ない事も有るんだからぁ!」
「…有紀はいつも遊んでる様なモノでしょう。それより、何処写真撮るか決めたの?」
今度はカバンから事前に教員から渡された資料を有紀の方へ手渡した。
「それなら大丈夫、決めといたから!これで同好会から部活動へランクアップよ!!活動日誌さえ真面目にやってれば大丈夫、大丈夫!」
ニコニコしながら有紀は右手の親指を立てて微笑んだ。
数台のバスは高速道路を走り、トンネルを抜けて更に進む。
そして暫く経つとバスは村へとたどり着いた。
続々とバスから生徒らが降りて来る。点呼を取ってから宿泊施設へ向かうと
教員から説明を受け、自由行動となった。
「さーつきッ!何処行こっか!」
冴月はもう有紀に捕まってしまった。
後ろから抱き着かれると慣れた手付きで彼女をあしらう。それから同好会のメンバーらで固まると宿泊施設から外へ出て散策を始めた。
竜弘を先頭に6人は歩いて行く。
「しっかし…本当に何処見ても田んぼばっかだなぁ此処。ゲーセンとか無いの?竜弘。」
浩介が歩きながらぼやき出す。
「有るとしても此処から更に歩かないと街には行けないよ。偶には自然を満喫したら?」
竜弘はパンフレットを見ながら呟いた。
優一と楓も色々と資料を見て話している。
一方の有紀は片っ端からデジタルカメラで撮影していた。
[…自然が凄いのね。辺りを見ても木や花が多いわ。]
「そうだね…空気も澄んでいる。」
冴月もカガリと話しながら歩いていると人の気配を感じ、立ち止まった。
視線の先に居たのは黒い髪の少女。歳は自分達と同じ位だろうか。
その少女は何処かを眺めていた。
「…あの格好、うちの制服か?」
[似てるけど…違うわね。リボンも白い。]
「おーい、置いてくよー?」
途端に有紀に呼ばれ、冴月は走って合流した。
それから周囲を見つつ歩いて行く。
すると女夜叉伝説伝承の地と書かれた立て札と地図を見つけた。
「凄いね…迫力が有る絵だ。」
竜弘は携帯で写真を撮る。
それから博物館の場所を確認し、6人は再び歩き出した。博物館へたどり着くと中へ入り、資料や展示されている物を見ながら進んで行く。そこには巻き物や絵も飾られていた。
「うわぁ…凄いじゃんコレとか!刀だよ刀!綺麗な色してる…!」
興奮気味で有紀はガラスケースの中の刀を見ていた。それに釣られて楓や浩介も集まって来る。
竜弘、優一は近くに有った絵や書物を見ていた。
一方の冴月は伝承に関する文書を真剣な目で見つめていた。
「…この時代にも化け物が居たという事はもしかしてホラー?」
[何方かと言えば妖怪…若しくはそれに近い何かが居たって事よ。]
「ふぅん…カガリは物知りなんだな。」
[まぁ…私も深く知っている訳では無いけどね。]
この女夜叉伝説の起源は平安時代へと遡る。つまりこの頃にもバケモノが居たという確証が少なからず有るという事だ。
更にページを読み進めていくと気になる部分を見つけた。
「…注連縄で結ばれた大岩に夜叉の御魂が封じられている。さっき通りに有ったあの岩の事か?」
[冴月、皆貴女を置いて行ってしまったから追い掛けないと。]
「え?…解った、行こう。」
冴月も博物館を後にする。
外へ出ると再び竜弘達と合流し道中を進んだ。それから各地を周り、約2時間の散策を終えて宿泊施設へと戻るのだった。
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食事と入浴を有紀や楓の女性陣と先に済ませ、冴月は部屋の中に居た。食事の最中に合流してきた紗那と相部屋という事で共に同じ室内に2人は居た。
「どうでした?例の伝説の話は。」
「ん?ああ、不思議な事ばかり書いてた…平安時代にもバケモノは居たとか、陰陽師が居たとか色々。」
「陰陽師…私達の言葉で言う魔戒法師ですね。それで、何を使って祓ってるとかは解りましたか?!」
紗那は目をキラキラさせながら座っている冴月へ近寄る。そして見つめていた。
「え?…ごめん、そこまでは見てない。有紀達がさっさと出てったからさ。」
「ぐぬぅ…良いアイデアが出ると思ってましたのに。」
紗那は肩を落とすと落ち込んでしまう。
先程から冴月が気になっていたのは彼女の近くに置かれている布に包まれた何か。細長い形をしている。
「…紗那、それは何?」
「ああ、此方ですか?ふふッ…良く聞いて下さいました!我が研究において完成した対ホラー用の魔戒銃の連射タイプですッ!!」
白い布を取ると出て来たのはどう見ても唯のアサルトライフル。
ニコニコしながら冴月へ見せて来た。
「…ただの玩具だろ?」
「ふふ、実は…!」
紗那が何か言おうとした時、廊下から悲鳴が聞こえる。2人は互いに頷くと冴月は剣の入った黒い筒状の鞄を、紗那は新作の魔戒銃を手にすると部屋から廊下へ飛び出した。
長い廊下を2人は駆け抜けて行く。
悲鳴が聞こえた方へ駆け寄ると1人の女子生徒が座り込んでいた。
「大丈夫?何があった!?」
冴月が近寄り、しゃがみこむと彼女は廊下を指さしていた。冴月による目線の合図で紗那が走ってその先を見に行った。
「…?これは……血?」
紗那が木製の床に付いた血痕へ触れる。赤いという事は恐らく人間の血液で間違い無い。
それは点々と明かりの無い方の通路へ続いていた。
「ホラー…いや、まさかそんな筈は…。」
離れから冴月へ見て来ると声を掛けると紗那は背負っていたライフルを構える。
そしてゆっくりと血痕を辿りながら歩みを進めて行った。部屋の戸を片手で引いて中を覗くと暗くてよく見えない。紗那は意を決して部屋の明かりを点けた。
「ッッ!!?」
そこに居たのはこの旅館の従業員。何かを貪り食っている。バキバキと噛み砕く様な音を響かせ、乱暴に引きちぎると何かが飛沫した。それは血液で奴が引きちぎったのは恐らく何かの肉。紗那の気配へ気付いた従業員が振り向くとその醜態を晒した。
グレーの作業服は血で真っ赤に染まり、口元も血で汚れている。右手にはか細く白い肌の腕を持っていた。腕の持ち主は見るも無惨な姿で彼のすぐ近くに倒れている。衣服も荒々しく引き裂かれ、殆ど裸だ。
「俺ノ…食事ノ邪魔ヲ……スるノか…?」
途切れ途切れの言葉で従業員が話す。その目は白く爛々と輝いており、口から血の混じった唾液を滴らせている。
「随分とマナーの悪い方もいらっしゃるようで…?お引き取り願いましょうか、此処は貴様の居るべき場所では無いッッ!!」
紗那がアサルトライフルのセーフティを外し、狙いを定める。従業員が咆哮し走り出したと同時に弾丸が掃射された。弾が命中する度に従業員と思わしき男は踊る様に身体をくねらせ、その都度血飛沫を撒き散らしている。足元の畳一面が血液で染まっていった。
「ガァッ!?ガッ…アガァアッッー!!!?」
「くッ…やはり試作品では威力が!」
弾を撃ち終わり、次のマガジンへ交換している時だった。従業員は後退しガラスを突き破って外へ。紗那も窓際へ駆け寄ると外を覗く。高さは大体3階建て。紗那は窓枠へブーツを掛けると振り向いて叫んだ。
「外へ逃げました、先に後を追います!私の居場所はコレに!」
ヒュッと部屋へ小型の装置を投げ入れると紗那は飛び降りた。無論、この高さから降りれば骨折は免れない。途中で左腕を突き出し、木にワイヤーを引っ掛けると器用にそれを利用し木の枝の上へ飛び乗った。逃げたのは真っ直ぐ。紗那は従業員を木の上を伝って追っていた。一方の従業員は走って逃げたが道中行き止まりに当たってしまう。引き返そうと振り向いたが近くの岩へ弾が命中し跳弾する。
木の上の方を目を凝らしてよく見ると先程の派手な黒い格好をした少女が目に飛び込んできた。
「まサか…貴様…魔戒法師カ…!!」
スタっと紗那が木の上から降り、ニヤリと微笑んだ。
「ご名答…貴様は……あぁ、話さなくても私には解る。人間を食べる魔物はこの世で貴様らしか居ない。」
小さな鈴を取り出し、紗那が少し振って鳴らす。
従業員の両目は即座に刻印が浮かび赤く染まった。
間違い無くホラーだった。
「ウゥ…ガァアッ!!」
人間の擬態を解くと現れたのはホラーの素体だが何かが違う。暗闇のせいか身体の色が土色にも見えた。
「こんな所まで来てホラー狩りとは…ッ!!」
紗那がライフルを構えて再び掃射する。
銃声が響き渡り、ホラーの身体へ無数の穴が空く。
悲鳴を上げて苦しんでいるが直ぐに穴は再生して元通りになった。それだけでは無い、いつの間にか数も増えていた。1匹が3匹に増えている。
「小娘…貴様ヲ…喰ッテヤル…ッッ!!」
1匹が紗那へ突撃し、それを再び紗那はライフルで撃ち落とそうと試みる。しかし今度は怯まず突進されライフルが弾き飛ばされてしまった。
「ちぃッ…!!」
すかさず札を取り出し、ホラーへ貼り付けると印を結ぶ。その瞬間爆発し1匹目は塵となった。
だが回り込んだ2匹目が紗那の背面から襲い掛かる形になると後ろを取られそうなる。牙を剥き出しにし飛び掛ろうとしたがそれは失敗に終わった。
「紗那…後ろ、ガラ空きだった。新作は良いけどもっと周りに気を配らないと。」
追い付いた冴月が咄嗟に剣を投げ付けて串刺しにしたのだ。紗那は助かりましたと一言告げ、微笑んだ。これで2匹目を倒し、剣を木から引き抜くと冴月と紗那は背中合わせになり周囲を見回した。
「…ところで気付いてますか?邪気が先程より更に強まったのを。」
「あぁ、此処に来るまでに少なくとも4匹は斬った。つまりこの森は……。 」
「ホラーの巣窟…!!」
冴月も違和感を感じていた。実は昼間見た看板には夜間は絶対に出歩くなと記されていたからだ。
山より少し離れた所に有る事からクマやイノシシが出ると思っていたが、そうでは無かった。
目の前に居るのはそれ等獣よりタチの悪い化け物だったからだ。冴月と紗那は互いに武器を構え、睨み合う。
「結界を張ります、鎧を召喚なさるのならその中でお願いします!見られる可能性も有りますから!!」
「解った、時間は稼ぐ…頼んだッ!!」
冴月は飛び掛って来た内の1匹と戦闘状態へ突入し胴体を真っ二つに斬り裂く。続けて右から来た2匹目のホラーを串刺しにし素早く剣を抜いて正面へ蹴りを放って突き飛ばした。紗那はライフルを置き、魔導筆を右側のポケットから取り出すと空中へ印を描く。その瞬間、ホラーと冴月、紗那を取り巻く様に周囲の景色が一変した。地面、左右の空間は全て銀色に光り輝いている。これぞ紗那の隠し持つ術の1つ。驚いたホラー数匹が壁へ体当たりや攻撃を繰り出している。
「無駄だ。邪な力ではこの空間は破れぬ!今です、冴月殿ッ!!」
「あぁッ、行くぞッ!!」
冴月は剣を真正面へ突き出し、走りながら円を描くと蒼い狼の鎧を纏う。紅く鋭い目付きが獲物であるホラーを睨み付けている様にも見えた。
此方に気付き走って来たホラーを剣で斬り倒す。
続いて2匹、3匹と縦斬りや横斬りといった形で葬っていく。残るは1匹だけ、従業員が変化したあのホラーだけだった。
「シャアアアッ!!」
威嚇する様に咆哮するがそんなモノは何の役にも立たない。蒼牙は左足と左手を前に突き出し、そこへ右手に握っていた魔戒剣を添える様な構えを取る。
「これで終わりだ…ッッ!!」
先に仕掛けたのは蒼牙、剣を横一線で振り翳す。対するホラーも爪を蒼牙へ突き立てようとしたが掠るだけで自分は胴体を真っ二つに切り裂かれてしまっていた。最後の一体が黒い塵となり生滅すると空間が解かれ、冴月も鎧を解いた。
[冴月、貴女が斬ったホラーが剣に封印されていないわ。]
「え?…9匹共全て斬ったのに?」
[ええ、そうよ。変ね…本来なら魔戒剣に封印出来る筈なのだけれど……。]
確かにあの時全て斬った。手応えも有ったし、何なら血飛沫も見ている。封印されていないとはどういう事なのだろうか?魔戒剣の浄化なら此処へ来る数日前に済ませている為、他に考えようが無い。
「……この森、村に住む火羅(ホラー)は私でなければ封印は出来ません。」
原因を考えていた冴月と紗那の前に現れたのは
冴月が昼間見た少女。黒い長髪に紫色の目、顔立ちもスタイルも整った美少女そのものだった。
紅白の巫女衣装を身に纏っている。
「キミは昼間、森に居た……。」
「名は輝弥(かぐや)。如月輝弥(きさらぎかぐや)と申します。初めまして…現世の魔戒法師そして魔戒騎士。」
じっと輝弥は2人を見つめ小さく頭を下げる。
森の奥で2人は謎の少女、如月輝弥と出会う。
彼女が果たして何者なのかは未だ解らなかった。
そして女夜叉伝説の裏と事の真相が少しずつ明るみになりつつあったのだった。不慣れな土地の夜は未だ明ける気配は無く、長く、そして不気味であった。
(つづく)