あの後、竜弘は疑問を抱きながら家へ帰宅しそのまま普段と同じ様に過ごした。
そして朝を迎えた。
自分が見たアレは果たして何なのか?
あの女の子は誰なのか?
考えれば考える程、混乱してしまう。
竜弘は難しい顔をしながらリビングにて1人で朝食を取っていた。両親は夜にならないと帰宅しない上、オマケに朝は早い。そんな生活をこの歳まで続けている。
「昨日の事、テレビのニュースに出てるかな…っと。」
リモコンを手に取り、テレビの電源を入れる。ニュース番組へ画面を切り替えると女性アナウンサーがニュースを淡々と読み上げていた。政治や事件、事故のニュースを取り上げていく中で気になる物を見つけた。
〔連続盗撮犯、謎の失踪!手掛かり未だ掴めず〕
というタイトルのニュース。簡潔に纏めると連続盗撮犯として警察にマークされている男が依然行方が解らないとの事。
近隣の家のドアが開きっぱなしになっていると通報を受け、訪れた警察官らが見つけたのは点けっぱなしのパソコン、それから足元には大量の生活ゴミが散らばっていたというもの。最後に目撃されたのは駅構内の防犯カメラで、それ以降は行方不明となっていた。
警察は引き続き探し続けるという声明を発表している。
だが竜弘は男の服装に見覚えが有った。
昨日、あの時に見たバケモノの服装。テレビに映っていた男の写真と同じ服装だったのだ。つまり、
ー男は突然バケモノに変化し、人を襲って、最後はあの子に斬られた。ー
竜弘の頭の中で全てが繋がった。だとしたら男は行方不明になった訳では無い、バケモノに成り果ててあの子に斬り殺されたのだ。竜弘は朝食のトーストを大急ぎで食べ、立ち上がる。片手でそのまま食器を持って歩いては流し台へ突っ込み、自分のカバンとカメラを手にして足早に家を後にした。
目的はただ1つ、昨日見た彼女を探す事だった。
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舞台は変わり、街中にある喫茶店へと話は移る。店の名前は名前はGRACIAという。
店内は今時の喫茶店の雰囲気を出してとり、とても落ち着いた様子。従業員の数が大体3人、それから店長と思われる女性が1人。
合わせて4人という体制で営業していた。
客がテーブルに有る呼び鈴を鳴らして注文を取るシステムで、店内には4人がけの席が4席。カウンター席には椅子が6個。2人〜3人がけの席も有り、それが合わせて4席。オフィスビルが多い為か休憩時間のサラリーマンやOL、学校帰りの学生らが利用したりとそれなりに人気は有る。
店内入って左側は大きなガラス張りで、店の中から外を見る事も出来る程。
そしてこの喫茶店の2階、此処に1人の少女が住んでいた。決して広くは無いが人が生活するには丁度いい広さの部屋。
女の子らしい物は全くと言って良い程、置かれていない。壁には青色の鞘と同じ色をした持ち手の剣が掛けられている。
テーブルの上には円形状のリングが1つ、丁寧に立てかけられていた。
少ししてから部屋の持ち主が中へと入って来た。首から白いバスタオルを掛け、美しい黒い髪はほんのり濡れている。スタイルは細めで抱き締めたら折れてしまいそうな程。身に付けているのは黒い薄手のシャツ。無論、下はちゃんと穿いている。
[…相変わらず、女の子らしい所はガサツなのね。髪はちゃんと拭いた?]
「……拭いた。これでもちゃんとやった方。」
[冴月、もっと身嗜(みだしな)みの事も考えたら? 素材は良いんだからもっと気を使うべきだと思うけど?]
「余計なお世話……カガリはオレの親じゃ無いだろ?」
[親じゃ無くても、相棒なのは変わらないでしょう?私が居ないと誰が苦労するのかしら?]
「……はいはい。解った解った!」
冴月は着替えを手に取ると昨日と同じ服装へと着替える。そして左腕に時計やアクセサリーの代わりとしてカガリという魔導輪を嵌めた。両手に革の指ぬきグローブも嵌めると立て掛けてた剣を取り、ドアを開けて部屋を後にする。階段を降りて1階へ来ると店内は開店前の支度をしていた。するとカウンターの方から1人の女性が冴月へ話し掛けて来た。
歳は間違いなく冴月より上。茶髪で緑色の目をしている。
「サッちゃん、朝からお仕事?昨日も帰り遅かったのに……大変なのね、魔戒騎士って。」
「それがオレの仕事…それと人前でサッちゃんって呼ばないでよ、八千代さん…恥ずかしいんだから。」
「えぇー、昔からの馴染みなんだから良いじゃない?後、ちゃんと番犬所にも顔出すのよ? 報告もしないとだから。」
「はーい……行ってきます…。」
「行ってらっしゃい!」
八千代という女性に送り出され、冴月は調子狂うと一言残して店から出る。
そして人混みに紛れながら目的地へと歩いて行くのだった。
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魔戒騎士の仕事、特に昼間はゲートとなる可能性の高いオブジェの陰我を浄化、封印をして回るのが主となる。
冴月の歳は16で、本来の同い歳の子なら普通の学生と同じで学校へ通って勉学やスポーツに打ち込むのが普通。しかし冴月の場合は違う。様々な複雑な事情によ名も知らぬ人々を護るべくして鍛えられた。
「女は絶対、魔戒騎士には成れない。」
そんな事を幼い頃から何度も何度も言われ、誰からも浴びせられ続けた。同じ戦う存在でも魔戒法師であれば女性でも成れる。しかし、冴月は魔戒騎士に対して特別に強い憧れを抱いていた。
父が鎧を纏ってホラーと戦うその姿はまさに自分の憧れそのもの。
だから自分もいつかそうなりたいと強く願っていた。守りし者になりたいと。
だが彼女の夢を誰もがバカにして笑った。大人達も、同世代の子供達も。
しかし彼女が出会った1人の男だけは違った。普段と同じく、外で木の剣で素振りをしていた時に出会った1人の白いロングコートの男。彼は何故、冴月が剣を振るうのかと尋ねて来た。冴月は彼もまた自分を馬鹿にするのかと思っていた。でも、彼は彼女の夢を真剣に聞き入れてくれた。そして柔らかな笑みを浮かべ、こう返した。
「…強く信じていればいつかきっと成れる。だから誰に何を言われても決して諦めてはいけない。キミと同い歳で騎士を目指す男の子達より負けない真っ直ぐで強い心を持っているのだから。」
その後、彼女は彼の言葉を胸に鍛錬を続けた。そしてある日、冴月は男の紹介で出会った別の騎士と共に更に鍛錬を積み重ね、騎士となった。父から継いだ鎧の名である幻創騎士という名を持つ騎士に。異例とは言えるが現実を覆した瞬間でもあった。
それが弥那瀬 冴月という少女なのだ。
同い歳の子が知る道楽も何もかも捨てて、ただ真っ直ぐに突き進んだ末に掴んだ希望。それこそが彼女の全てであり、原点なのだ。
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ー路地裏ー
外へ出歩いてから約1時間半。
陰我の有るオブジェクトの封印、及び浄化が半分片付いた頃。冴月は次の場所へ向かっていた。
「カガリ…次の場所は此処からどれくらい掛かりそう?」
[大体、歩いて30分位かしらね?…ところで冴月、さっきから誰かに付けられてる気配が有るけれど気付いてた?]
「……言おうと思ってた。向こうは1人?」
[その様だけど…用心する事に変わりは無いわ。]
「…ホラーなら斬る、それだけ。」
そんな会話をしてから路地を曲がる。すると足跡も冴月が曲がった位置で止まると同時に冴月は待ち伏せする形で相手へ掴み掛かった。
「…お前、何者だ?」
「ぼ、僕だよ!覚えてないの!?」
「……人の顔を一々覚えてられる程、オレは暇じゃない。」
冴月は男の前でポケットからライターの様な物を取り出し、着火する。オレンジ色をした炎が彼の眼前で照らされた。ゆらゆらとその炎が揺らいでいる。
「ホラー…じゃない。人間か。」
「全く、何言ってるんだよ…僕だよ、昨日キミに助けて貰った!」
[ああ、成程…昨日のお坊っちゃんね。冴月、大丈夫よ。安心して良いわ。]
「……で、そのお坊っちゃんが何の用?」
「いや、お坊っちゃんじゃ無くて…僕の名前は岡本竜弘!」
「…名前なんて聞いてない。礼なら要らない、仕事をしただけだから。」
「じゃあ聞くけど……人を殺す事がキミの仕事なの?」
冴月はその言葉を聞いて少し目付きを変えた。じっと睨む様に竜弘を見ている。最後まで言い掛けた途端、竜弘の胸倉を掴んだ。
「どうなんだよ…キミが殺したんじゃないのか?あの人の事を恨んでるか何かで……ッッ!?」
「アレは人間なんかじゃない…ホラーだ! 人としての域を既に超えたバケモノ!!だからオレが殺したんだ……!!」
ギリッと歯を食縛ると冴月は睨み付ける。そしてカガリに止めろと言われ、手を離した。
「その、ホラー…って何なのさ?」
「……一般人が知る事じゃない。寧ろ知らない方が良い。」
「でも、僕には知る権利が有る。そうだろ?キミが僕を助けてくれたんだ、理由位聞いても……!!」
「……どうしても知りたいなら此処で待ってて。後で行くから。」
引き下がらない竜弘を見た冴月は呆れた様子を見せると竜弘へメモ用紙を渡す。そしてそのまま歩き出した。
「…グラシア?お店の名前?」
竜弘は首を傾げると一先ず、冴月とは正反対の方向へと歩き出す。疑問を抱きながら、彼女に指定された店へと向かったのだった。
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ー工場跡ー
一方、冴月は工場の跡地に来ていた。残る1つのオブジェを浄化しに。中は薄暗く、日の明かりは差し込まない。不良の溜まり場となっているのか壁には落書きが、更に辺りには転がったドラム缶や木の箱等が乱雑に放置されている。
「…カガリ、オブジェはどれ?」
[……ふむ、どうやら浄化の必要は無さそうよ? もう出てるわ。]
そうカガリが喋る。するとパキパキと何かを踏み付けながら此方を見ている何かが居た。黒い身体、2本の角が生えたドクロの様な頭部には白い目。両手足の爪は鋭利に尖っており、背中には小さな羽が。そして背面には先端の鋭く尖った尾。これが人間に取り付いて変化する前のホラー、即ち素体ホラーと呼ばれている者。
「……成程、確かにそうだ。お前は此処で私が斬るッッ!!」
懐から剣を鞘ごと抜いた途端、向こうから飛び掛って来た。冴月は防御する姿勢になり、剣を両手で持って防いでいる。
そして押し戻し、その間に右足による鋭い蹴りを喰らわせた。
向こうは吹き飛び、箱に当たると物音を立てて箱ごと崩れ落ちる。しかし素体ホラーは未だ立ち上がる。蹴り位では死ぬ訳が無いのだ。
するとホラーは周囲を素早く移動し始め、冴月の背面を取ろうとする。自らの飛行能力を生かし、再び飛び掛って来た。
「……ッッ!!」
ザシュッという音と共に一瞬で勝負が着いた。奇妙な鳴き声を上げながらホラーは身体を斜めに分断されて消滅した。飛び掛って来ると同時に冴月は抜剣し、振り向きざまに剣を左下から右上へ振り翳して斬り裂いたのだ。
[お見事、綺麗な立ち回りだったわね。]
「…これくらい出来ないと仕事は務まらないでしょう?」
冴月は剣を鞘へ収めると現場を去った。そしてその足取りのまま、とある場所へと向かった。もう1つ行かなくてはならない場所。それは冴月からすると余り近寄りたく無い場所でもあった。
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冴月が向かったのは小さなお寺。左右には狐の石像が置かれていた。その合間を通り抜け、前へ立つと鐘を2回鳴らす。すると景色が一変し、真っ暗闇の中へ放り込まれてしまう。今度は正面左右に青い炎が灯り、通路が明るみになった。そこを真っ直ぐ進むと目の前に現れたのは紅白の巫女服を着た少女。髪は冴月よりも短く、首辺りの長さ。そしてゆっくり此方へ向くと口を開いた。
「久しいのう…調子はどうじゃ?冴月よ。」
「…普通です、良くも悪くも有りません。」
「ふむ…初めてホラーを斬った気分はどうじゃった? 御主が望んでいた魔戒騎士はホラーを狩るのが役目……形はどうあれ、願いは叶ったじゃろう?これでお前も守りし者となった訳じゃが……?」
「…気分が良いと思いますか?ホラーと言えど、元は普通の人間です。斬った相手にどの様な事情が有ったかは知りませんが少なくともオレは良い様には感じません。」
淡々と話を続けていると、横から来たスーツ姿で仮面を付けた男が剣を差し出す様に手を向けて来る。冴月は剣を彼に渡し、その様子を見送った。話は再び切り出される。
「俺…か。前に父と共に来た時は私と言っていたのに随分と様変わりしてしもうたのう……御主は女、本来なら魔戒騎士には成れぬというのに。だが、御主の父は自身の鎧の継ぐ者を御主に決めた。血筋を絶えさせぬ為に……。」
「…それが父の望みなら、叶えるべきだと思ったから。それだけの事です。」
冴月は言い切った。ゆっくりと頭を下げ、その場から去ろうとした時だった。
「……冴月よ。今回、御主が斬ったホラーは出方が本来と異なっておる…今後も十分に用心せよ。」
「出方が異なっている?……どういう意味ですか?」
「それは…御主がその目で見てみる事じゃの。」
巫女服の少女は手を振ると冴月を見送った。去り際に剣を受け取り、冴月はゆっくりと歩いて外へと出て行った。
気が付くと景色は元に戻っていた。この辺りは地元の人間しか立ち寄らない為、中々気付かれにくい。オマケに普通の人間が鈴を鳴らしても何も起きないのだ。
此処が番犬所、冴月の管轄としているエリアを治める者が居る場所。そして冴月からすれば近寄るのは出来れば避けたい所でもあった。彼女の生い立ちや過去を知るもう1つの存在が此処だから。
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ー喫茶店ー
あれから竜弘は此処でかれこれ1時間以上は待っている。グラシアという看板の店は直ぐに見つかった。しかし注文を取ろうにも特に腹が空いてる訳でも、喉が渇いている訳でも無い。2人がけの席にぽつんとただ1人座っていた。
「遅いな……もしかして騙されたのか?」
そんな事を考えていると、カランカランと店のドアの呼び鈴が鳴る。入って来たのは冴月だった。1人の女性が冴月へ駆け寄ると何かを話している。そして冴月は竜弘の待つ席へ腰掛けた。
「幾ら何でも時間が掛かり過ぎてる!てっきり来ないかと…!」
「でも内心は来ると信じて待ってた。そうでしょう? 八千代さん、この人にコーヒー1つ。」
冴月はカウンターの方へ振り向くと注文をした。竜弘は別に良いと遠慮したが遅れた詫びだと冴月は言い、説き伏せた。
そして話は本題へと移る。
「…それで?何が知りたいの。」
「えっと、昨日僕が見たあのバケモノは…何なの?どう見ても人だったのにいきなり変化して……。」
「…お前が昨日見たバケモノの名はホラー。人間の持つ欲望や絶望、強い怒りや殺意といった陰我に反応して憑依する。」
「それじゃあ、あの人は……。」
「…過程は不明だけど、何かしらの形でホラーに喰われた。そうなればもう斬るしかない。」
冴月は説明を続けた。運ばれてきたコーヒーがテーブルへ置かれるとそれを冴月が竜弘の前へ差し出した。
「…悪い事は言わない、これ以上オレに付き纏うな。下手に関わればお前が死ぬ羽目になる…それに、守ってやれる保証は無い。」
「…じゃあ最後にこれだけ聞かせて欲しい。本当は普通の女の子として生きていたいんじゃないの? 」
「……そんな感情はもう捨てた。オレは確かに女だ。…例え身体は違ったとしても、オレは自分が男だとそう思う限り男として生きていくつもりだ。もう良いだろ、それを飲んだらさっさと帰れ。」
冴月は立ち上がると席を後にしようとする。だが、ちょいちょいと八千代に手招きされると其方の方へ行ってしまう。そして赤い封筒を受け取ると再び店の外へと出て行った。
「…行っちゃった。」
竜弘は再び1人だけ席に取り残されてしまう。するとカウンターから先程の女性が出て来て、竜弘へ話し掛けて来た。
「あの子、無愛想でしょう?…そんなだといつまで経っても友達は出来ないぞっていつも言ってるんだけど聞いてくれなくて。」
「そうなんですか?」
「ええ。本当は根の優しい良い子なの…それにもっと色々知って欲しいと思ってる。魔戒騎士として戦うだけがこの世の全てじゃないって事も。」
「あの…八千代さん、じゃあ僕はどうしたら良いですか……?」
「…あ、そうだ!貴方の制服、月ヶ丘の物でしょう? 丁度、冴月も同じ所に体験入学に行ってもらおうと思ってて……!良かったぁ!歳並みの子と同じ位、勉強しろって周りが五月蝿くてねぇ……。」
突然、何かを思い出した様に八千代は両手を合わせて微笑んでいた。そして竜弘にだけ詳細が話されると、彼は店を後にした。コーヒーの代金は冴月の初友達料金として勝手にタダになったが。無論、当の冴月は事細かな部分迄は知る由もない。
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ー街中ー
もう夜になり、辺りは真っ暗。人の気配が殆ど無い。明かりが点いているのは居酒屋やキャバクラを始めとした夜営業の店や風俗系の店。無論、そういった場所でも油断は出来ない。そして今宵もまたホラーに取り憑かれた人間が姿を現した。
「…モっと…モッとォ…キれイにィイイ!!」
女性は金髪のボブカットに対し、透けた服を纏っている。中は黒い下着を着用していた。彼女はある店の人気ナンバーワンだった。しかし、新人に抜かされてからは狂う程に嫉妬し、そして美を追求し過ぎた事で喰われたのだ。
しかも、あの男と同じ手段で。
「……カガリ、あれがそう?」
[そうみたいね。指令書が正しければアイツで間違いないわ。]
冴月は彼女の方へ近寄る。そして向こうは気配に気付くと振り向いて来た。
カラコンを入れているのだろうか?目の色が紫色だ。
「アら…良イ、オトこ……ねェ、ワタしのコと、ドう思ウ? キレい?」
「……生憎、そういう趣味はオレには無い。それにお前はもう人間じゃない。」
「…ヘェ?なラ、ワタしガ貴方ヲとリコにシてアげル!!」
にぃっと笑うと冴月の方へ右手に握ったアイスピックを振り翳して来る。血が着いてる所を見ると、此処に来る前に誰かを殺しているのだろう。冴月はそれを左手で受け止め、振り払う。そして反撃として彼女へ拳を繰り出す。だが女性はそれを躱して距離を取った。
「外した…ッ!?」
冴月が視線を戻した時、女は路地に捨てられていたゴミ袋を冴月へ投げつけて来た。それを走りながら左右に躱すと冴月は剣を取り出し、鞘の部分で彼女の腹部を勢い良く正面から突いた。ドスッという鈍い音が響き、女性は苦しそうにしている。
「オまエ…マさカ……ッッ!?」
「そう、そのまさか…。お前らが忌み嫌い、そして恐れる者。」
冴月は女を睨み付け、同時に剣を鞘から引き抜く。そして刃先を突き付けた。
「ッ……私ハ…死ニたクなイ…コんナ所デ……死ネるカぁアアア!!!」
「…元の肉体も魂も、取り憑いた既に死んでる。それにお前がこれ以上誰かを襲うのを……」
「殺シてヤる……殺しテやルゥウウッッーーー!!」
「見過ごす程、オレは甘くないッッ!!」
瞬間的に正面へ円を描き、蒼牙の鎧を纏う。
蒼い鎧が月明かりに照らされて独特の光を放っていた。
そして女性もまた人間の姿から人型のバケモノへと姿を変えていく。ステンドグラスの様に不気味な色を放つ女性の肉体。髪は先程よりも伸びている。
「死ネぇええ!!」
直後に右手の長い爪を振り翳して来る。
それを剣で防ぐと金属の擦れ合う音が響いた。
[スペキュラム…鏡のホラーね。攻撃を反射させたりする厄介な奴!]
「解った…ッッ!!」
カガリがそう伝えると同時にスペキュラムは蹴りを放って来る。ガツンと鎧に命中すると火花が散り、よろけてしまう。
すると今度は周囲に丸い鏡を放った。
それ等は蒼牙や本人を取り囲む様にクルクルと辺りを回っている。
「サぁテ…しょーノ時間ヨ!!」
ピンッと左手の指先を弾くと何かが鏡へ当たる。するとそれは空中を飛び掛って鏡へ反射、死角となる位置から放たれると蒼牙へ命中した。何度も避けようとするが、不規則に動き回る為か捉えるのが難しい。右斜め、左上と厄介な位置から攻撃して来る。それもその都度、鏡の位置や向きを操作して。
「ぐぁッ!? ダメだ…此方の予測が効かない……ッ!」
[落ち着いて!音を聞くの…微かだけど鏡に当たる時に音がするわ!]
「音…?そうか…!」
すっと構えを解くと蒼牙はその場に立ち止まる。鎧を自身の力で維持出来るのは99.9秒。それを過ぎれば鎧に魂を喰われてしまう。だから長引かせる事は危険なのだ。
「アラ?諦メたノかシら?……案外、弱イのネ、魔戒騎士ハ……。コれデ終ワらセてあゲる!!アッハハハハ!!!」
再び指を鳴らすと今度は2発。射抜かれるとすれば蒼牙の頭、それから心臓のある左胸。到達するまであと僅か、スペキュラムは勝機を悟ったのかニタニタと笑って勝ち誇っている。
「聞こえた……そこッ!!」
その瞬間、蒼牙は身体をぐるりと回転させて剣を振り回した。金属音と共に何かが弾かれて足元へ落下する。
「ナニ…ッッ!?」
「お前の攻撃は見切った…今度こそッ!!」
すると今度は鏡を呼び戻し、それをフリスビーの様に此方へ投擲し始めた。
蒼牙は剣で弾きながら突き進むと間合いを詰める。スペキュラムは最後の抵抗として再び何かをしようと目論むがもう遅い。蒼牙の剣が胸を刺し貫いていた。
「ア…あァ……ワたシ……キレ…イ……!」
「ッ……!!」
剣を引き抜くとスペキュラムは途端に身体が真っ黒になり、消滅した。
冴月は鎧を解くと少しふらつきながら姿勢を維持する。額の汗を拭うと深呼吸して落ち着きを取り戻した。
[ヤバかったわね…今回は。冴月、大丈夫?]
「ああ…大丈夫。それに父さんが言ってた。どんな過酷な状況でも諦めるなって……諦めなければ勝機は必ず有る…ってさ。」
冴月はゆっくりとその場から歩き出し、帰路へと着こうとする。その時、ふとコツンと足に何かが当たった。それは先程の女性が持っていたと思われる物で、世間で言う所のスマートフォン。ケースには派手にダイヤモンドの様な飾りが散りばめられていた。
「何これ……板?」
[板じゃないわ、これでも機械なのよ機械。貴女と同い歳の子も大人も子供も皆持ってる。]
「こんな物、何の役に立つんだ?」
[詳しい事は八千代に聞くと良いわ。教えてくれると思うから。みっちりとね?]
「はいはい……。」
冴月はそれをハンカチに包むとポケットへ入れると再び歩き始めた。倒したという感覚と同時に自分の力不足を微かに感じながら。未だ戦いは幕を開けたばかり。これから先、彼女に待ち受けているのは今以上よりも過酷な運命なのだから。