もう思い出す事の無い記憶。
だけど決して避けては通れない。
ずっとずっと心の奥深くに閉じ込めた筈だった。オレ…いや、私が何故剣を握ってホラーと戦う事になったのか。
本来なら鎧の継承者である魔戒騎士はその家の男子でしか継ぐ事は出来ない。
何故なら鎧や剣はソウルメタルと呼ばれる特殊な金属で造られているからだ。
それに女子はソウルメタル製の武器を扱う事も、鎧を召喚する事も出来ない。
なら何故、私は鎧を纏えるのか?
それは私自身の過去が大きく関係している。
優しく、そして悲しい私の過去が。
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冴月は魔戒法師の母そして魔戒騎士の父の間に産まれた。
上には姉が居て、その姉は面倒見が良く
常に彼女と冴月は一緒だった。
しかし彼女が産まれた事はあまり良い事では無かったのだ。
父が持つ鎧である蒼牙の鎧の継承者が存在しない事。それが何よりの問題だった。弟子を取って鎧を継がせる者を探すという手法も考えられたのだが中々それに見合った騎士は現れなかった。
弥那瀬ジン。彼は数多く存在する騎士の中でもとても強かった。たとえ牙狼には及ばなくとも守りし者としての覚悟は同じ位強く抱いていた。
冴月はそんな父が大好きだった。
彼の横に立って共に稽古を詰む事も有った程。
だが、それでもジンは決して言わなかった。
女子は魔戒騎士には成れない事を。
今日も冴月は父と森の奥で稽古をしていた。それが彼との日課だったから。
そして何時間か訓練した後、2人は普段使う帰り道を歩いていた
「父さん、私…魔戒騎士になりたい。いつか父さんより強くなって皆を守るんだ!」
「…そうか。それは楽しみだな!冴月と一緒に戦えるなんて父さんは嬉しいぞ?」
ジンは微笑みながら冴月の頭を撫でた。
彼女の笑顔はジンにとって何よりの励ましだったからだ。鎧の継承者に関する悩みも冴月や家族の笑った顔を見れば和らぐ。だから彼も考えるという気力が湧いてくるのだ。
家へ帰れば妻ともう1人の娘が出迎えてくれる。
彼の家庭は笑顔が耐えず、明るい家族だった。
あの日までは。
いつも通り、冴月が部屋で目を覚ますと普段なら部屋に来てくれる父は居なかった。ジンは数週間前に番犬所の依頼でホラーの討伐の為、魔戒法師の姉と共に出掛けていた。姉は母から直々に鍛えられた事もあり優秀な魔戒法師として将来が期待されていた。
冴月は身体を起こし、部屋の外へ出ると
何やら騒がしい。
階段を降りて行くと居間で姉と母が泣いていた。見た事の無い顔触れが何人かおり、彼らもまた下を向いて俯いていた。
冴月は母へ何があったのかを尋ねた。
そして一言、彼女へ告げた。
「……お父さんが死んだ。」
未だ幼い冴月には理解が出来なかった。父が持っていた蒼い鞘の剣、それから魔導輪。それが近くに置かれていた。
回収したのは彼と共に戦った仲間の騎士の1人。少ししてから彼等は出て行ってしまった。残ったのは姉と母、それと自分。姉によれば何としても彼女だけを逃がす為にジンは最後まで戦い続けたのだという。それを聞いたのはジンの葬儀が終わってから。
明るい笑顔が耐えなかった家庭はその日から笑顔が消えてしまった。
それでも母は笑って振舞おうとしていた。冴月はこの時7歳、母が無理をしているというのは直ぐ解った。
更に月日が経ち、今度は姉が家から姿を消した。母の制止を振り切り、姉は父の仇を討ちに行くと言い残して出て行ったのだ。最後に姉と言葉を交わしたのは姉と喧嘩した日の夜だった。
「女が魔戒騎士なんかになれる訳ない!!いい加減、現実を見なさいよ!冴月と同い歳の子は皆、魔術をある程度会得し鍛錬に励んでいるの!…もう父さんの背中を追うのは辞めて!父さんはもう死んだの!だから剣の鍛錬なんかしても意味無い!私が代わりに魔術師稽古してあげるから…冴月も魔戒法師になって。それが無理ならもう私に関わらないで!!」
姉はそう言うと冴月を自分から突き放してしまった。冴月はずっとその日から姉は自分せいで出て行ってしまったのだと責める様になった。
自分が魔戒騎士なんて志したから、姉を傷つけてしまったのだと。
残ったのは自分と母の2人だけ。
もう木刀を持って鍛錬に励む事はすっかり無くなってしまった。
1人で鍛錬をしていれば同い歳の男子らにからかわれ、同性の子からは笑われる。それも彼女にとっては問題の1つだった。この日、冴月は何も持たずに母へ「出掛けて来る。」と伝えると外へと出て行った。
1人で道を歩いていると道中で家族連れとすれ違った。兄と妹、それから両親と見られる人達。何気無い会話を続けながら冴月の横を歩いて行く。
あの家族連れがとても羨ましく見えていた。
不意に自分の父と自分の姿をあの家族へと重ねてしまった。
ニコニコと微笑んだ父が自分の頭を撫でてくれた事、時には自分を肩車し歩いてくれた事。だがそんな父はもう居ない。
胸が酷く締め付けられ、両目からは大粒の涙が零れた。
「父さんッ…どうしてッッ…何で…!!」
その場に膝をついて冴月は泣いていた。
幼い彼女の心はもう限界だった。
暫く泣いていると通り掛かった人に声を掛けられる。顔を上げるとそこに居たのは母の知り合いの魔戒法師だった。
事情を説明すると彼女は何も言わずに冴月を抱き締めた。
それから彼女の手を引き、冴月の家へと向かう事に。
その後、母の頼みで冴月は自分の部屋に居た。ベットの上で横たわりながらぼーっと天井を見ていた。
暫くしてから部屋のドアがノックされると入って来たのは先程出会った魔戒法師。
彼女は自分を八千代と名乗ると冴月は身体を起こした。そして八千代は隣へ腰掛け、彼女へと寄り添う。
「…冴月ちゃん、未だお父さんとの夢は諦めてない?」
「…夢?」
「ええ、魔戒騎士になるって夢。」
「……無理だよ。女の子は魔戒騎士になんか成れない…そう決まってる。知らない訳じゃないでしょう?」
「そっか…じゃあ、もし成れるって言ったらどうする?」
「嘘でしょ…どうせ。私のせいでお姉ちゃんも出て行っちゃった。私が騎士に成りたいって言ってたから。」
冴月は目を逸らすと背を向けてしまった。少し溜息をつくと八千代は彼女をそっと後ろから抱き締めた。
「大丈夫、嘘じゃない。その代わり…お母さんの元を離れて私と一緒に暮らす事になるけど。お父さんの思いを貴女に継いで欲しいの…でも無理にとは言わない。貴女が自分で決めて頂戴?貴女には貴女の生き方、人生が有る。どうしたいのかは自分が良く知っている筈よ?それと明日の朝には此処を出て行くから。それじゃあ…お休みなさい。」
冴月から離れると八千代は彼女の部屋を後にした。1人残された冴月は再び横になると考え始めた。
父を失ってからは何も興味が湧く事は無かった。母から貰った魔導筆で練習をする事も有ったが上手くは行かず、結局は辞めてしまった。
料理も裁縫も何1つ出来ない自分が情けなかった。
目を閉じてずっと考えていると冴月はそのまま眠ってしまったのだった。
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冴月が目を覚ますと辺りは真っ暗だった。部屋で寝ていた筈なのに何も無く暗闇が広がっている。
「此処は…何処?」
冴月は見回しながら1歩1歩と歩いて行く。彼女の前に居たのは自身の父、ジンだった。
「父さんッ!?ずっと、ずっと会いたかった……父さんッ!!」
冴月は駆け寄ろうとする。
しかし、ジンはそれを片手で制止すると拒んだのだ。
「…大きくなったな、冴月。父さんは嬉しいよ。本当なら抱き締めてやりたいが…もうそれは出来ないんだ。此処から先は未だ冴月が来る場所じゃない。それだけは解って欲しい。」
「何で…?折角会えたのに…私は父さんとずっとずっと一緒に居たい!お姉ちゃんは出て行っちゃったし…母さんだって本当は父さんに会いたがってる!だから…帰って来てよ…父さんッ!!」
「それは…すまなかった。冴月、魔戒騎士は鎧を纏えるからって騎士を名乗っている訳じゃない…大切なのは心だ。誰かを守りたいという強い心。例えそれが自分と関わりの無い人間だろうとも。俺は大切な事全てをお前に教えたつもりだ。お前は騎士には…俺の背中なんてもう追わなくても良い。お母さんを頼んだぞ…。」
ポンと冴月の頭を片手で撫でるとジンは目の前から消えた。
冴月が目を覚ました時にはもう外は朝。
冴月は初めて父の夢を見た。
「父さん…?」
泣いていたのか両目は少し濡れていた。
目を擦ると冴月は足早に部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。居間へ来ると支度をしていた八千代の前へ来る。彼女は優しく冴月へ微笑み掛けた。
「おはよう、昨日は良く眠れた?」
「うん…八千代さん、お願いが有るの。」
「何?」
「……私を魔戒騎士として育てて欲しい。どんな辛い事も耐えてみせる。私が父さんの後を継ぐ…継いでみせるから!!」
冴月は頭を下げると八千代へ頼み込んだ。その八千代は頷くと着替えて来る様にと彼女を促した。
それから暫くして朝食を済ませると母に別れを告げた。
「母さん…ごめんね。私、母さんに何もしてあげられなかった…本当は母さんを1人にしたくない。でも私は…!」
「…解ってる。さ、行ってらっしゃい!冴月の笑顔は私とあの人の宝物。だから笑って頂戴?離れていてもずっと私は貴女の事を思っているから……。」
母親であるユキは冴月を抱き締めてから八千代と冴月を共に送り出した。
冴月は母へ向き直ると微笑んでみせ、それから前を向いて八千代と共に歩いて行った。
あの日から冴月は血の滲む様な鍛錬を重ね続け、父の後継者として蒼牙の鎧を継ぐ事になった。いつしか自分が女である事も捨てて。蒼牙の鎧はソウルメタルの加工技術の進歩に伴い、冴月でも纏える様にと改良が施されていた。そして魔導輪カガリ。彼女もまたジンの左腕から冴月の左腕へと渡る事になる。
魔戒騎士 弥那瀬冴月。
彼女は今宵も闇に蔓延るホラー達を父から継いだ鎧と剣で斬り裂く。
魔戒騎士として…守り者として。