ジャパンカップを見に来た競馬ファンの前で、スペシャルラピッドは躍動した。2着に6馬身差をつける圧勝であった。
ただし、条件戦かつダート戦ということもあり、そこまで騒がれることもなかったのであった。「これは将来が楽しみだ」や「まあ所詮は条件戦」と様々な反応であったが、少なくない人にスペシャルラピッドという名前を覚えてもらうことができたようだった。
条件戦ではあったが、スペシャルラピッド陣営にとっては、うれしい勝利であることに間違いはなかった。大宮と勇作と縣は、恒例行事となっている祝勝会で飲みまくり、縣以外はダウンしていた。森本は縣達のバカ騒ぎには参加せず、さっさと美浦トレセンに戻っていたのであった。
騎手の能海も、今日はうまく乗れたと手ごたえを感じていた。次の騎手も能海であると、大宮から言われており、少しだけだがモチベーションが上がっていた。
そんな勝利から2週間後、縣達は驚愕していた。
スペシャルラピッドがレース後3週間ほどで、騎乗して運動ができるくらいに回復していたのである。
「スペシャルラピッドが、元気だと!?」
「あ、ありえない。レースが終わったら1か月以上はまともに動けなくなるのに……」
「ちょっと酷いですよ!ラピッドも成長しているんです!」
縣と森本のあんまりな言い様に、伊藤が抗議する。自分が管理している馬に対して言っていい言葉ではない。
ただ、スペシャルラピッドの管理に苦労してきた二人にとっては、信じられない状況であった。レースが終わればすぐに体調を崩して、熱を出す。コズミが酷いうえに、治りも遅いため、調教の再開がいつも遅くなる。最新の治療器具を使っても回復が遅い馬であった。
そんな問題児が、レースの3週間後に人が騎乗できるくらいには元気になっているというのである。
縣達にとってはうれしい誤算であった。
「これなら、2月くらいのレースは使えるかもしれん」
「もしかしたら当初の目標だった根岸ステークスに行けるかもしれませんね。彼の強さなら間違いなく通用しますよ」
森本の口から重賞の名前が出たことで、「お~」と感心する縣であった。スペシャルラピッドが少しずつ成長していることに驚きつつ、初重賞のチャンスが訪れたことに喜びを感じていた。その一方で、それは難しいのではないかとも思っていた。
「どうだろうな。三歳限定戦ならともかく、古馬混合戦ではちょっときついかもしれんな。根岸ステークスに出走するなら、年内にオープンクラスには昇格しておきたかった」
「ダートの中央重賞は数が少ないですし、重賞はさすがに難しいですか……」
来年1月末の根岸ステークスに出走するためには、除外されずに出走枠に滑り込む必要もある。実績が少ないスペシャルラピッドが希望通りに出走できる可能性は低かった。
「一応、次走については、大宮さんにも聞いてみる予定だ。ただ、今は調子がいいみたいだし、2月くらいには一回レースで使いたい」
「わかりました。重賞は無理でも、とりあえず2月初旬に走れるように調整していきます」
今回のスペシャルラピッドは、これまでとは違い、レースの疲労を引きずっていないため、このままの調子であれば、2か月程度の間隔でも問題はないと縣達は考えていた。
「このまま調子が保ってくれるといいのですけどね」
「そうだぞ~このまま元気でいてくれよ~」
縣がスペシャルラピッドの顔を撫でる。レース前では、絶対に触らせてもらえないはずであるが、この日は、撫でることができたのであった。
「……やっぱりちょっと元気がないのかな?」
「その判断基準はどうかと思いますよ……」
結構気まぐれなスペシャルラピッドであった。
この後、特に体調不良を起こすこともなく、スペシャルラピッドは年越しを迎えることができたのであった。
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大宮は隠居して、人生の余生を楽しんでいる人間である。顧問として、自分が取締役を務めていた会社に席があったりするが、名ばかりの役職であるため、ほぼ引退したといっていい人間であった。
馬主として活動する大宮であったが、釣りやゴルフ、車と行った男の嗜みも彼の趣味の範疇であった。
「そういえば馬主になったんだよな。ちょっとは勝っているのか?」
久しぶりに会った旧友との釣りの途中、どこから聞きつけたのか、大宮の馬主活動のことを聞かれる。
「おう、勝っているぞ~ついこの間もな」
「へ~そりゃあ景気がいい。なかなか勝てないと聞くがそうでもないのか」
「うーん、その辺は運が良かったと思っているよ。勝てない馬の方が多いし、儲かるようなものではないな。馬の値段も高いし、調教師への委託料もかなり高い。それこそこの間レースで勝った馬は、5000万以上したしな。儲けるのは無理だな」
「やっぱりそう甘くはないんだな。それにしても5000万か。家が買えるぞ」
「安い馬って言われるような馬でも、新車が余裕で買えるぐらいの値段だからな。それに俺の5000万の馬も、そこまで高額な馬ではないそうだ。俺レベルじゃ億単位の馬はバンバン買えんよ」
「まさに金持ちの道楽ってやつか」
「うーん、そうでもないかな。みんな本気でやっているから、道楽ってわけではないな。競馬を生業にしている人は別として、超本気の『遊び』って感じで楽しんでいる人が多いね」
大宮が所有する馬は、一頭だけ重賞のレースに出走したことがあった。人気も低く、着外に終わったが、貴重な経験ができたと思っている。
権力も財力もある大人たちが、全力で自分の愛馬を応援しており、彼ら彼女らの姿を見ている大宮としては、馬主を道楽という一言で片付けることはできなかった。
「本気の遊びねえ……」
「お前もどうだ?一口馬主や地方競馬ならいけると思うぞ」
「俺は釣りとゴルフでいいや。それに馬に手を出したら母さんに殺されちまう」
「ははは、独身はいいぞ~」
気楽な男二人組である。
そんな会話を楽しんでいる最中、大宮の携帯に連絡が入る。
「メールか……ちょいと失礼」
メールの送り主は、縣であった。
そして内容は、次のレースについて相談したいという内容であった。
「噂をすればなんとやらだ」
「ん?どうした?」
「次のレースについてだよ」
「……?」
「だから、俺の馬の次のレースについて連絡が来たってことだよ。5000万以上した馬のこと」
「ああ、そういうことか。次はどんなレースだ?天皇賞とかか?」
「さすがにそんな格のあるレースには出れんよ……」
「冗談だよ。ただ、お前がそこまで入れ込む馬だ。今度見に行こうかな?」
「そうだな、今度招待するよ」
こうして大宮は競馬の話をしつつ、釣りを楽しんだ。友人には、いつかGⅠに出るときは、競馬場に呼んでやるという約束をしていた。
暫くして、大宮と縣は、スペシャルラピッドの次のレースプランについて話し合うのであった。
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年が明けて2016年1月。
4歳になったスペシャルラピッドは、充実した日々を送っていた。
11月末の条件戦を勝利し、3連勝で3歳シーズンを終えていた。これまでの2戦では、レース後の回復に時間がかかるスペシャルラピッドであった。しかし、3戦目の後の回復は比較的早かったこともあり、1月には調教が再開できるくらいには回復していた。
スペシャルラピッドは確実に成長している。
陣営がそう思うのも無理はなかった。
「やはり、根岸ステークスは難しいかな……」
「賞金が足りないですね」
スペシャルラピッドは強い馬であることに間違いないのだが、実績がどうしても欠けていた。5月末に未勝利戦デビューと遅いうえに出走間隔を3か月程度は明ける必要があったため、レース数が限られてしまっていた。このため、他の馬たちに比べて収得賞金を積むことができていなかった。
「これなら、秋のレースは格上挑戦させておけばよかったか。いや、そこも弾かれていたかもしれん」
スペシャルラピッドの体質の弱さの弊害はレース選択にも及んでいた。体調が不安定であるため、出走除外になりうるレースを選択しにくい状況だった。確実に出走できるレースを選ぶ必要があったため、結果的に堅実にクラスアップをしていくような出走歴となったのであった。
「まあ、焦ってレース数を増やす必要はないかな。4歳や5歳で重賞やGⅠを勝っていけばいいか」
「確かに、この時期に重賞レースに出す必要はないですね。ラピッドがGⅢレベルでどこまで通用するのかは見たかったところですが」
「それは……確かに見たい気持ちはある。あとさっさと条件クラスから出ていけって言われるくらいだしなあ」
一部の関係者からは、条件戦には来ないでくれと言われていたりする。
「ただ、この時期はダートのオープン戦が全くないんだよ……」
1月下旬から2月にかけて、スペシャルラピッドが走れる競馬場でダートのオープン競走が全くなかったのである。地方交流重賞も同様である。
「根岸ステークスがダメなら、3月くらいまで休ませて、夢見月Sとかに挑戦してみるのもいいかもしれないです」
「それもそうなんだけど、せっかくラピッドの調子が上向きになっているのに、レースを使わないのはちょっともったいないと思う。それに、今年の夏以降に重賞レースを走らせたいなら、今のうちに賞金は加算しておきたい」
中央競馬は、4歳の夏季レースから、賞金額が半減されるシステムになっている。俗にいう「降級制度」である。
スペシャルラピットは未勝利戦で400万、500万以下条件戦で500万、1000万以下条件戦で600万円の収得賞金を得ている。レース数を制限する必要があるスペシャルラピットにとっては、賞金額を半減されるのはあまりうれしくない制度であった。
「2月中に走らせるとなると、左回りのダートのオープンはないから、1600万以下の条件戦を使うことになりますね。2月の東京競馬場開催となると、数は絞れますね」
「そうだな。そこから5月くらいにオープンを使えば、賞金が半減されてもオープンクラスのまま夏競馬を迎えることができるだろう」
「5月あたりは、ダート重賞がないですからね。交流重賞もかきつばた記念やかしわ記念も出走は難しそうです……」
「その5月の出走計画も、ラピッドに何かあればおじゃんですからね」
「そこなんだよね。今調子がいい時に走っておかないと、次走れるのがいつになるかわからないのがこの馬の弱点だからな。また体調不良や脚部不安で長期休養ってことになったら、どんどん重賞挑戦が遅れてしまう」
「ソエが回復してからは、レース後の疲労以外で問題は見つかっていませんが、脚に爆弾を抱えていて、体質の弱い馬ってことを忘れてはいけませんよね」
「そうなんだよなあ。ただ、この調子を維持できるなら、芝を走らせてみたい」
スペシャルラピッドは芝のスピード競馬でも勝負できる馬である。今は負担軽減のためにダートを走らせている状態であるが、身体が完成し始めたら、芝のレースも走らせてみたいというのが縣たちの考えであった。
「芝については、馬の成長具合で判断していくしかないですね。春競馬の結果次第で決めるのがいいのではないかと思います」
「やはりそうなるよな。まあ、もう少し詰めてみるしかないかな」
こうして、縣達によって、スペシャルラピッドの次のレースプランが考えられていった。
そして、数日後。
縣は大宮と会っていた。いつもの作戦会議である。
内容としては、スペシャルラピッドの次走が主であった。大宮はスペシャルラピッドのほかに2頭の馬を縣に預けているため、その馬たちの話もしていた。
「オティオーススについては以上ですね。さて、次は問題のスペシャルラピッドです」
「調子がいいと聞いていますが、次のレースはどうしますか?春シーズンまで休みですか?」
「それも考えましたが、スペシャルラピッドの調子が最近は非常にいいので、2月に1戦使いたいと考えております」
「2月中か……」
「はい。おそらく1600万以下条件戦になると思います。一応候補のレースはいくつかありますが、2月6日の東京競馬場開催の白嶺ステークスを第一候補にしています」
「ダート1600メートルですか。経験した距離ですし、いいと思いますよ」
「ありがとうございます」
「それにしても2か月ほどでレースに出れるとは。しかもかなり調子が良いと聞きますし、どうしたんでしょうね」
今までは3か月近く開けないと、レースに出すことができなかったほどである。それも、あまり調教を施すことができていない状態で出走することがほとんどであった。
それが今回は、坂路調教も含めて、強めの調教ができるようになっていた。
「やはり身体が成長しているのだと思います。ラピッドは他の馬よりも成長が1年近く遅れているのかもしれませんね」
「成長しているのか……今までも十分強いと思うけど、もっと強くなるのか」
「その答えは、今年の秋くらいに見せることができると思います。ただ、まずは目の前のレースを勝っていくことが重要になります」
「そうですよね。しっかり勝たせてあげてください」
「わかりました。楽しみにしていてください」
こうして、スペシャルラピッドの次走が決まった。
珍しく、というより初めて調子がいい状態でレースを迎える彼はどのようなパフォーマンスを見せるのか、縣も大宮も楽しみで仕方がなかった。
スペラピ君、まさかの3週間で回復(なお調教はできません)。
根岸Sの出走馬決定順とかの話は、現実に即していない可能性が高い(複雑すぎてわからん)ので、ご容赦ください……スペシャルラピッド君は、下積み中です。
ちなみに縣調教師と馬主大宮のノリは、ジャスタウェイの馬主を参考にしています。割とあの人も脚部不安があるジャスタウェイに結構キツイことやっていたり……