Special Rapid Service   作:永谷河

14 / 24
復帰戦

東京競馬場のパドックは、第1レースということもあり、混雑はしていなかった。

パドック周回をしている馬を眺めている観客の中に、大宮はいた。

 

 

「ラピッドは大丈夫だろうか……」

 

 

「おいおい、大丈夫だからレースに出るんだろ?」

 

 

大宮の隣には、釣り仲間の友人がいた。復帰戦を見に来ないかと誘ったところ、今後釣りに付き合うなら行ってやるという約束の元、競馬場に同行していた。

 

 

「いや、そうなんだけどさ。やはり心配じゃないか」

 

 

2月のあの日、馬運車で運ばれる姿を見たときは、卒倒しかけていた。生命や競走能力に影響が出るケガではなかったので良かったが、あのような光景はみたいものではなかった。

 

 

「5000万の馬となれば心配にもなるか……」

 

 

「そこは金の問題じゃあないんだよなあ。まあ、実際馬を持たないとわからんよ。この気持ちは」

 

 

大宮は、二度と見たくない光景ではあった。しかし、競馬にかかわる以上、馬のケガというものは避けては通れない出来事でもあった。重度のケガでなかったことは不幸中の幸いであったと思っていた。

 

 

「それで、今日は勝算があるのかね。新聞だと結構いい評価はもらっているみたいだけど」

 

 

スペシャルラピッドに本命の印が付いている新聞を見ていた。

出走予定の夏至Sは、1600万以下の条件戦で、ダート1400メートル競走であった。

1400メートルという距離は、スペシャルラピッドにとって初めての距離であり、復帰戦ということもあってか、以前ほどの人気は集めていなかった。

 

 

「調教師の縣先生からは、問題ないと聞いているよ」

 

 

「なら心配いらないんじゃないの。ま、せっかく早く来たんだし、競馬を楽しみましょうや」

 

 

「うーん、ってもう酒飲んでいるし……」

 

 

こうして二人は、午前中から競馬を楽しむという贅沢な時間の使い方をしていた。

友人が有り金を溶かしているのを眺めていたら、あっという間にメインレースの時間になっていた。

パドックで見たスペシャルラピッドは、輝いて見えた。「なんか大きくなってないか?」とも思ったが、馬体重は510㎏と前走からそこまで大きく変動はしていなかった。

友人も、なんかすごい雰囲気があったと語っており、復帰戦にも関わらず、1番人気に躍り出ていた。

パドックを見終えて、馬主席(友人は大宮が招待した)に行くと、妙に視線を感じた。

 

 

「大宮さん、スペシャルラピッドをこのレースに出すのは卑怯ですよ……」

 

 

知り合いの馬主から、このレースにスペシャルラピッドが出走してきたことを嘆かれた。

 

 

「相当評価されているな。これで負けたら結構怖いな」

 

 

友人が言わないでほしいことをはっきりと口にする。

 

 

「そういうこと言うのやめろよ……」

 

 

復帰戦という重要なレースであったが、気心の知れた友人のおかげで大宮はそこまで緊張することなく、レースを観戦していた。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

能海秀明は、スペシャルラピッドを化け物と評した。

正直、アクシデントがなければ負けようがないとも思っていた。それは慢心ではなく、スペシャルラピッドの実力と、他の出走馬の能力を考慮したうえでの結論であった。

 

 

「ま、身体が万全ならGⅠにいてもおかしくない実力の持ち主だからな」

 

 

「秀明さん、言いますね~」

 

 

騎手の待機室で自信満々な秀明の言葉に、後輩たちが反応する。

 

 

「ケガ明けだからほどほどに乗ってくるよ」

 

 

その言葉を信じる騎手はいなかった。いつもこうやってへらへらしているのが能海秀明という騎手だからだ。

 

 

「ただなあ……」

「あれはなあ……」

 

 

明らかに馬体が違うスペシャルラピッドの様子を見て、あれに勝たなければいけないのかと、他の騎手たちは思っていた。

 

 

パドック周回も終え、騎手が乗り込む。

スペシャルラピッドは珍しく大人しくしていた。厩務員の伊藤が、「元気ないの?」と心配になるほどであった。しかしダートの本馬場に入場すると、急にテンションが上がり始めていた。

 

 

「お~元気がいいな。だが、それはまだ先だぞ」

 

 

いつも乗っている危険な馬に比べたら何倍もマシだと秀明は思いつつ、テンションが上がったスペシャルラピッドをなだめる。

 

 

「さて、仕事をしますか」

 

 

ゲート入りを嫌がることもなく、ゲート内で暴れることもなく、スムーズにスペシャルラピッドはゲートインした。

全頭が入った数秒後、ゲートが開き、スペシャルラピッドの復帰戦が始まった。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

『4コーナーカーブに入って内からスペシャルラピッド。ラピッドが出てきた』

 

好スタートを切ったスペシャルラピッドは、先頭3番手で競馬を進めた。そして第4コーナーからスピードを上げていき、そのまま先頭を奪った。

 

『……4コーナーを終えて直線に入る。先頭はスペシャルラピッド。2番手に……』 

 

第4コーナーを抜けて直線に入ると、先頭を走っていたスペシャルラピッドは、ノーステッキでするすると加速していった。

2番手以降の馬もスパートをかけたが、それをじわじわと離していた。

 

『さあ、残り200を切った。スペシャルラピッド先頭。2馬身、3馬身とリードを広げていく。余裕の手ごたえだ!これは強い!』

 

残り200を過ぎてから、さらにスピードが上がり、2番手以降を突き放していった。

 

『スペシャルラピッドだ!ラピッドが先頭でゴールイン!ケガもなんのその、復帰戦を快勝しました。2着に5馬身差。余裕綽々の競馬でした!』

 

『2月に剥離骨折と診断され、約4か月の休養明けでしたが、その強さは全く衰えていません。まさに怪物の復活です』

 

鞍上の能海秀明は、スペシャルラピッドをほとんど押していなかった。さらにノーステッキであった。

息を全く乱さないで帰ってきたスペシャルラピッドを縣達が迎える。

 

 

「強かったです。むしろ抑えるに一苦労でした。ここまで行きたがりとは思いませんでしたね。ただ、こっちが全力で抑える指示すれば、ちゃんと従ってくれましたし、想定の範囲内です」

 

 

馬の方は疲れている様子を見せていなかったが、騎手の秀明の方は、かなり疲れていた。疲れた顔はしていたが、笑みは隠せていなかった。

 

 

「秀明騎手。ありがとうございます。ラピッドはどうでしたか?」

 

 

大宮が初騎乗だった秀明に感想を聞く。

 

 

「最高ですよ。本当に強い馬です。これならどこでも勝てますよ」

 

 

リップサービスでも何でもなく、本心からでた言葉であった。彼はGⅠを10勝した騎手であるが、その名馬たちと比較しても全く劣らない実力があると確信していた。

ケガ明けということもあり、縣達が歩様などを確認するが、ケガの兆候は全く出ていなかった。

 

 

「ケガの再発はなさそうです。よかった……」

 

 

スペシャルラピッドは、厩務員の伊藤に、褒められたことがうれしくて、デレデレとしていた。それを横目に、縣たちは、今のところ異常がないことに安堵していた。

 

 

「それにしても疲れの一つも見せないなんてなあ……」

 

 

走り終わった後だというのに、ピンピンとしている姿を見て、森本があきれたように呟く。

 

 

「そりゃあ本気で走らせませんでしたからね。走ってたら大差でしたよ」

 

 

森本の言葉を聞いた秀明が、馬が本気で走らせなかったと話す。1400メートル戦で大差をつけることができたという発言に、唖然とする。

 

 

「とにかく、精神面では全く問題ないよ。こいつは。本馬場に入って、ものすごくテンションが上がっていたからね。根っからの走り屋だよ」

 

 

「それは朗報といえば朗報なんですけど。やっぱり暴走が怖いですね」

 

 

「そこは俺の腕の見せ所ですよ。次も勝ちますから」

 

 

そこはさすがのベテランであった。自分の腕に自信があるが故の発言であったが、スペシャルラピッドという馬だからこそ、はっきりと口にできるのだと思っていた。

 

 

その後、オーナーも含めた関係者全員で口どりを行い、スペシャルラピッドの復帰戦は終わった。ふたを開けてみれば、完全勝利であった。

大宮の馬主業に茶々を入れていた友人も、スペシャルラピッドの強さには脱帽していたようで、次も応援に行くと約束していたのであった。

 

そして、祝勝会で、縣と秀明以外の全員が酒で潰されていた。騎手たちは酒に強いのである。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

運命の復帰戦から1週間後、スペシャルラピッドは元気に馬房で食事をしていた。今まで、レース後に体調不良を起こしていたとは思えないほどの成長ぶりであった。

 

 

「もう元気になったのか。全力全開で走らせなかったとはいえ、本当に強くなったなあ……」

 

 

「ここに戻った直後はさすがに元気がなくなっていましたけど、前よりも格段に回復が早くなってますよ。本当に強くなったね~」

 

 

伊藤と縣が、運動を終えて馬房で大人しく食事をしているラピッドの姿を微笑ましそうに見ていた。

 

 

「これなら、8月中に1回走れるな。それにやっと賞金的にもオープンクラスを走れる。」

 

 

「次は、芝にする予定なんですよね?」

 

 

「その予定だ。いろいろと馬の方が戸惑うこともあると思うから、厩務員として、ケアの方を頼むことになる。よろしくな」

 

 

「わかりました。異常を少しでも感じたらすぐに伝えますね」

 

 

頼もしい言葉である。縣は意外と昔気質な人間であるため、最初は女性騎手や厩務員なんてと思っていたこともあったが、今はそのような考えは捨てている。伊藤にはお世話になりっぱなしだと実感していた。

特に伊藤はスペシャルラピッドから懐かれており、彼の精神安定剤としていろいろな場面で助けられていた。

最近は、伊藤を通じて、縣達の指示を彼に伝えているほどである。そうすると、素直に従うのである。

そんな困ったところをみせるスペシャルラピッドであったが、以前に比べると、素直に鞍上の指示に従うようになっていた。怪我や調教を経験したことで、肉体的にも、精神的にも成長していたのであった。

 

そして復帰戦の内容、レース後の様子を考慮して、縣たちは、スペシャルラピッドの次走を検討していた。

 

 

「スペシャルラピッドの秋競馬の大目標は、天皇賞秋にしようと思っている。まあ順調にいけばの話だけどね」

 

 

スペシャルラピッドは、まだオープンクラスに上がりたての4歳馬である。しかし、彼の実力はGⅠの舞台で間違いなく通用すると確信しているからこそ、ここまで大胆な出走計画を立てることができた。

 

 

「天皇賞ですか。となると、どこかで1戦挟むことになりそうですね」

 

 

「そうだ。前のレースで賞金を加算できたとはいえ、GⅠに出走するには不安が大きいからな。あとは初の芝のレースがGⅠは、さすがに怖い」

 

 

「確かに、経験的にも、賞金的にも厳しいと思いますね」

 

 

森本の懸念はもっともであった。天皇賞秋は、伝統あるGⅠレースである。また、近年注目されつつある2000メートルという中距離であるため、多くの有力馬が集結するレースであった。

収得賞金的に厳しいことが予想されていた。優先出走権を狙うという選択肢もあるが、前哨戦の3戦はともに1か月程度しか間隔がないため、脚部不安があるスペシャルラピッドには厳しかった。

 

 

「しかし、天皇賞秋ですか。ジャパンカップに照準を合わせるのもアリだと思いますが……」

 

 

「それも考えたが、2400メートルをGⅠの舞台で初めて走らせるのはさすがに怖いかなと思ってね。せめて2000メートル以上を経験してから挑戦したい。あとは大宮オーナーも天皇賞の盾に興味を持っていてな」

 

 

スペシャルラピッドは、これまでのレースで、1800メートルまでしか走ったことがなかったが、父のタニノギムレットはダービーを勝利しているので、東京2400メートルは走れるだろうというのが縣達の見解であった。それでも、距離延長は少しずつ行っていった方がいいのではと思っていた。

 

 

「そうなんですね。天皇賞が10月末だから、8月ころに1戦入れたいですね。前に比べたらタフになったとはいえ、2か月くらいは休ませたいので」

 

 

「それも考えてある」

 

 

縣は、8月の芝のオープン特別戦を使おうと考えたいた。

スペシャルラピッドは、夏至ステークスを勝利したことでオープンクラスに昇格した。このため、オープン馬が出走するレースを走る必要がある。

そして、馬の特性上、左回りコースの競馬場を走らせる必要があった。8月中に左回りの競馬場は、新潟競馬場しか開催されていない(東京競馬場は10月から開催)ため、出走可能なレースがかなり限られていた。

この時期の芝のオープンクラスのレースは、関屋記念(8月14日)や新潟記念(9月4日)、朱鷺S(8月28日)くらいであった。

 

 

「朱鷺Sは1400メートルのスプリント戦ですけど、ここを使うんですか?」

 

 

「いや、関屋記念を使う」

 

 

関屋記念は、新潟競馬場で行われるGⅢのマイル競走である。立派な重賞競走である。

 

 

「芝の初戦が重賞というのは少し無理がありませんか?」

 

 

「普通の馬ならそうだろうな。ただ、スペシャルラピッドに関しては、重賞に挑戦してもいいレベルにあると思っている」

 

 

縣は、スペシャルラピッドが芝もしっかり走れる馬だと思っていたが、さすがに芝が苦手とわかれば、芝路線への挑戦は諦めようと思っていた。ただ、もし芝に適応できるのであれば、重賞を使っても問題はないと確信していた。

それぐらいの馬体と走りを復帰後に見せてくれていたのである。

 

 

「それにスペシャルラピッドの蹄や馬体、それに走り方を見ると、芝もしっかりと走れると思う。少なくとも彼は完全なダート馬ではないな」

 

 

「それでダートであれだけの走りができるのですからね。末恐ろしいですよ」

 

 

「まあ、だからと言って確実に芝も走れるといえないのがつらいところですけどね」

 

 

美浦トレセンにも芝のコースがあるため、それを使って、芝に慣らしながら調教を進めていく予定だ。この時点で、芝に合わないと判断したら、今回立てた計画は破棄することになる。

 

 

「とにかく、芝への慣らしと同時に調教も行う必要がある。関屋記念に間に合わないようなら、新潟記念に変更するとか、そんな感じで計画も変更していく予定だ」

 

 

「わかりました。いよいよ重賞か……」

 

 

「そうだな。森本君にも負担をかけると思うが、頼むよ」

 

 

こうして、スペシャルラピッドの次走が決められていった。

初の重賞挑戦が決まったスペシャルラピッドであったが、本当に芝を走れるかという不安だけが心残りであった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。