Special Rapid Service   作:永谷河

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パソコンが直ったので、定期投稿に戻れると思います。


覚醒のとき

7月末日、猛暑に美浦トレセンは襲われていた。

馬は基本的に暑さに弱いため、有力馬のこの時期は、休養期間に充てられることが多い。

しかし、関屋記念を目標に掲げたスペシャルラピッドには、牧場などで休んでいる暇はなかった。2月から5か月近く休んだ彼には、夏季休暇はいらないのかもしれない。

復帰戦の疲労やダメージが抜けたため、7月初旬から芝へ適応するための調教が始められていた。

 

今日も、美浦トレセンの芝コースをスペシャルラピッドが走っていた。その姿を見て、縣は、確かな感触を得ていた。

調教を担当していた森本が、様子を見守っていた縣のところにやってくる。

 

 

「最初は戸惑っていましたけど、今はかなり良くなりました。ダートの時よりも軽やかに走れるようになっていますね」

 

 

「ここまで早く順応するとはなあ……」

 

 

「入厩当時から、芝でも走れると評価していましたからね。ある意味期待どおりです」

 

 

体質や脚部へのダメージなどを考慮したため、今までダートを使っていた。しかし、これらの要素が改善されつつあることから、芝を使ってみることになったのである。

実際。スペシャルラピッドは、芝への適応を見せていた。走り方もダートのそれから、芝馬の走りへと変わりつつあった。流石に少しぎこちない部分もあったが、全く走れないという事態は回避できそうであった。現時点ですでに、少なくとも芝のレースに出してもいいだろうと縣が判断するレベルには到達していた。

そもそも、彼は入厩当時から、二刀流も可能と判断するレベルで両方の馬場に対応できる能力を持っていたのである。それが今、本格的な調教で花開き始めていた。

 

 

「父がタニノギムレットだから、芝適性があってもおかしくはないということだ。とにかく、関屋記念は走れそうだ」

 

 

「レース間隔は約2か月弱ですが、調子の方は安定していますね。昨年までは考えられないような成長ぶりです」

 

 

6月の夏至Sを全力で走らなかったとはいえ、レース後の回復能力の向上は、うれしい誤算であった。

このまま調教が進めば、8月14日の関屋記念には間に合いそうであった。

 

 

「それにしても、走ることに関しては本当に天才ですね……」

 

 

「まあ、右回りが苦手なことと超長距離は厳しいこと以外は、天性の才能を持っていると思うよ」

 

 

今なら、右回りコースでも勝利を望めるのでは?と考えることもあったが、無理に走らせる必要はないだろうという結論に達したため、当初の予定通り関屋記念に向かうことが確定したのであった。

 

 

「実際のレースで芝を走るのは別ってこともあるから、本番までは気が抜けないがな」

 

 

「ダートと芝は本当に違いますからねえ。どこの世界も二刀流は難しいってことです」

 

 

どちらも一流というのは、滅多にいないものである。ただ、スペシャルラピッドは、走りの天才であり、間違いなくどちらでも結果を残せるはずだと縣達は確信していた。

 

 

「とりあえず、ケガの再発には気を付けましょう」

 

 

2月の競走中止からの骨折判明は、縣達にとってかなり大きなダメージとなった事件であった。このため、ケガには最善の注意は払っていた。それでも競走馬はケガをしてしまうあたり、競馬は難しいものである。

 

 

 

「あとは騎手ですね。今回も秀明騎手に依頼する予定ですか?」

 

 

「その予定だ。先輩もラピッドのことを気に入ったみたいでね」

 

 

復帰戦で騎乗した能海秀明が、関屋記念での騎乗の約束をしていた。外国人騎手やリーディング上位の騎手やそのエージェントから熱烈なアピールをもらっていたが、縣は秀明に当分は任せるつもりであった。

縣も森本も、秀明の腕は間違いなく、スペシャルラピッドを勝利に導いてくれるものであると信頼していた。また、縣は、秀明がこの馬にこだわる理由をなんとなく察していた。

 

 

「それに、先輩は秀樹君のことを待っているんだよ」

 

 

「秀明騎手がですか?」

 

 

「あの人、あんな感じだからわかりにくいけど、親バカだからね。息子が帰ってくるまで鞍上を守り続けるつもりらしいよ」

 

 

秀明とは別の騎手がスペシャルラピッドに乗り替わったら、能海秀樹が騎乗する機会は永遠に失われる。そう考えている秀明は、来るべき時まで鞍上を守り抜くつもりなのだと縣は考えていた。

 

 

「秀樹君が返ってくるまでですか……」

 

 

「彼だって1年目で9勝して、2年目で15勝以上しているんだ。通算12勝しかできなかった俺より、よっぽど才能があるよ」

 

 

ただ、縣も秀明も、無条件で秀樹に鞍上を渡すつもりはなかった。もし乗りたいなら、それ相応の覚悟と実績を見せろと考えていた。

そうならないなら、秀明騎手に最後まで乗ってもらう予定であった。

 

 

「とにかく、関屋記念の鞍上は先輩で行くとオーナーからの了承も得ているから、心配はいらない。重賞を獲れる可能性があるとかなり期待しているみたいだから、それに応えるように準備していくぞ」

 

 

「そうですね。スペシャルラピッドの調子も上向きなので、期待にこたえたいです」

 

 

ケガからの休養後、スペシャルラピッドの能力は目に見えて上昇していた。初めての芝のレース、それも重賞でも、間違いなく通用すると縣達は見ていた。ただ、虚弱体質であったことが脳裏から離れないため、全員が慎重になってはいた。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

8月14日、日曜日。新潟競馬場は真夏の暑さに襲われていた。豪雪地帯のイメージが強い新潟であるが、夏は普通に暑いのである。

そんな真夏の競馬場に、大宮貞治郎はやってきていた。

 

 

「ついに重賞か……」

 

 

縣から、次は関屋記念、GⅢの重賞に出走させたいといわれたときは、大丈夫かと思っていた。しかし、復帰戦を終えた後の、輝くような馬体を見た大宮は、決して無謀な挑戦ではないと確信していた。それほどまでに、馬の状態はよく見えたのである。

 

 

「メインレースの発走は3時半くらいか。それまでゆっくりしているか。それにそのうち新井さんたちも来るでしょうし」

 

 

生産者代表として新井牧場のメンツも来るようで、あとで合流することになっていた。それまでは競馬場らしく、馬券を買って時間をつぶそうと考えていた。

競馬新聞を購入すると、今日の関屋記念の特集が組まれていた。大宮はあまりネット記事を見ないため、新聞や雑誌が競馬の情報源であった。

 

 

「まあ、あまり新情報はないな」

 

 

自分の馬が出走するレースということもあり、数週間前から、関屋記念の記事がある新聞等は閲覧していた。しかし、当日の新聞にもそこまで目新しい情報は乗っていなかった。

 

 

「事前で1番人気じゃなかったのはいつぶりかな。やっぱり初の芝挑戦。それも重賞となると、さすがに厳しい目で見られるか……」

 

 

よく考えてみると、スペシャルラピッドは、オープンクラスに昇格したばかりで、ダートの条件戦でしか勝利したことがない馬である。それが初の芝の重賞で1番人気になるというのもおかしい話である。

ただ、父の血統や、調教の様子、馬体診断などが評価されたのか、それなりに印を貰ってはいた。

 

 

「それにしても、GⅢとはいえ重賞でも4頭も出走させることができるのか。大手のクラブはすごいなあ」

 

 

出走メンバーには、日本最大級の馬産グループと関わりの深いクラブ馬主の名前が連なっていた。1番人気と2番人気の馬もこのグループの馬であった。

 

 

「……勝ってほしいなあ」

 

 

こういった有名な馬主を押しのけて、自分が口取りをしたいと思っていた。少し欲の出た大宮であった。

そんな彼の心を知ってか知らずか、スペシャルラピッドは、その期待に応えることになる。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

午後3時45分。新潟競馬場にファンファーレが鳴り響く。16時近いが、真夏ということもあり、暑さはほとんど和らいでいなかった。

 

 

『新潟競馬場、サマーマイルシリーズ第2戦。第11レース、第51回関屋記念、GⅢ。芝外回り、1600メートル戦。天候は晴れ、馬場状態は良であります』

 

 

2枠3番のスペシャルラピッドは、すでにゲートに入っており、発走に備えていた。秀明は、鞍上で、早く早くとそわそわしている彼の首を撫でて、落ち着かせていた。

 

 

『ゲートインは順調。最後に18番のタガノエトワールがゲートに入ります』

 

 

大外の馬がゲートに入ったことで、ゲートインが完了した。係員がゲートから退避して数秒後、ゲートが一斉に開く。

 

 

 

『態勢完了。スタートしました!そろったスタート。おっと、13番カレンケカリーナが出遅れたか』

 

 

13番と18番がやや出遅れたものの、他の馬たちは好スタートを切ったこともあり、スタート直後から熾烈な先頭争いが始まった。

 

 

『先頭を取ったのは4番ピークトラムか。横から11番ロサギガンティアが上がってくる。さらに外から10番レッドアリオンも上がってきた。熾烈な先頭争いになりそうだ』

 

 

4番の馬が先頭になったと思ったら、外から11番、さらに外から10番と、逃げポジションの奪い合いが発生していた。

 

 

『……5番手内側に3番のスペシャルラピッド、その後ろに5番のダンスアミーガ、その後ろに……』

 

 

スペシャルラピッドは、スタートすると、先行争いに加わるように前に加速していった。しかし、数頭の馬が先頭争いをしていたため、無理に前に出すことはせず、4~6番手付近で競馬を進めていた。

 

 

『……3コーナーカーブに過ぎて、3番クリノタカラチャン、さらに……』

 

 

第3コーナーに入ると、先頭で逃げるレッドアリオンがやや加速していき、2番手と3馬身程度差ができていた。その後ろを11番と12番が追走していた。

実況が最後方の馬の名前を挙げる頃には、先頭は第4コーナーに入っていた。『8』の標識を最初に通過したのは、10番のレッドアリオンであり、そこから3馬身ほど後方で11番のロサギガンティア、12番のダノンリバティが通過した。12番の1馬身後方にスペシャルラピッドは走っていた。

ペースはやや速めであったが、それはスペシャルラピッドにとってデメリットになる要素ではなかった。

 

 

『4コーナーを通過して直線コースに向かっていきます。先頭は依然としてレッドアリオン、それを追うようにロサギガンティアとダノンリバティが追走する』

 

 

新潟競馬場の長い直線に入ると、各馬がスパートを開始する。直線に入り、残り600メートル地点で、4番手にいたスペシャルラピッドは、貯めていた力を一気に開放した。

能海秀明騎手は鞭を使うことなく伸びていく馬の様子に、目を見開いたが、すぐにこれがこの馬の本当の強さなんだと確信し、追い始めた。

 

 

『残り400メートルを切って、スペシャルラピッドが出てきた。これはすごい脚だ。先頭粘るレッドアリオンを楽々と捉える。先頭はスペシャルラピッドだ!』

 

 

 

残り400メートルを切って、スペシャルラピッドは先頭で粘るレッドアリオンの外側を悠々と抜け出し、そのまま先頭に立った。

そして、どんどんと加速していき、後続を突き放していった。

 

 

『残り200メートルを切った、先頭スペシャルラピッド、独走だ。これが芝初挑戦の走りなのか。2番手はダノンリバティとロサギガンティアが、外からヤングマンパワーが追い込む。しかし先頭には届かない!』

 

 

残り200メートル地点で、スペシャルラピッドは6馬身以上を突き放していた。熾烈な2番手争いには無縁のように、先頭を悠々と走っていた。

 

 

『スペシャルラピッドが独走だ。差が縮まらない。スペシャルラピッドだ!圧勝でゴールイン!』

 

 

秀明騎手とスペシャルラピッドは、先頭でゴール板を通過した。そこから、8馬身ほど遅れて2着の馬が入線した。

 

 

『初の芝、初の重賞、そんなものは関係ない。スペシャルラピッド、遅れてきた怪物の覚醒か。関屋記念を圧勝です』

『時計は1分30秒9。文句なしのレコードです。上がり4ハロンは……』

 

 

マイルレースで8馬身差、そして2012年のドナウブルーのレコードを更新したことで、競馬場内は騒然となる。

 

 

『これは秋に向けて恐ろしい馬が誕生しましたね。最後は能海騎手もほとんど追っていませんでしたね。まだまだ余力があると見ました。次のレースは、天皇賞秋か、マイルチャンピオンシップか。大きな期待をさせてくれる馬になりそうです』

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「本当に強い。強いわホンマ」

 

 

クールダウンとウイニングランを終えて、検量室にやってきたスペシャルラピッドの鞍上の能海秀明の第一声であった。

縣達がスペシャルラピッドに駆け寄り、馬具を外しながら、馬体をチェックする。

 

 

「レコードに8馬身差ですか……」

 

 

スペシャルラピッドは体質が弱い。それに骨折をしたことがある馬である。このため、レコードで8馬身差という圧巻のパフォーマンスが何か悪影響を及ぼしていないか心配であった。

 

 

「本気で走らせましたけど、限界までは走らせませんでしたよ。鞭は使いませんでしたし、ラスト200は追いませんでしたから」

 

 

「それについては、見ていたのでわかります。そこまですごいですか……」

 

 

縣も元騎手で、調教師である。秀明が目いっぱいに走らせていないことはわかっていた。

 

 

「ええ。前走の時も良かったけど、今日はさらに良くなってます。このままの調子なら、自分が過去に乗ったどの馬よりも強くなるかもしれないですね」

 

 

「それは……」

 

 

能海秀明は20年以上騎手を続け、GⅠを含めた重賞を多数勝利している騎手である。名馬と呼ばれているような馬に騎乗したこともある。その騎手がお世辞抜きにべた褒めするレベルの能力が今日のスペシャルラピッドにはあった。

 

 

「今日に関しては、スピードが乗ったところで抑える方が危険だと判断しました。気持ちよく走っていたところを邪魔して、へそを曲げられても困りますからね」

 

 

「それはそうですが、やはり心配になりますよ」

 

 

「その気持ちはわかりますよ。ただ、ラピッドもケガをしたくないのはわかっているから、限界を超えるようなことはしないと思いますね。それこそ、騎手の指示がなければ。ちゃんと我々が教えたことを覚えて実践してくれる。賢い馬ですよ」

 

 

「そうか……それならよかったです」

 

 

騎手の指示を聞かず、常に全身全霊で走り続けようとしていたスペシャルラピッドではなくなったということである。

「それじゃあ俺はインタビューとかあるから、また後で」と言って、秀明は素早く別の場所へ向っていった。残された縣は、馬体のチェックが終わったスペシャルラピッドに近づいていった。

 

 

「頑張ったな。ゆっくり休んでくれ」

 

 

厩務員の伊藤に撫でられて、ご満悦のスペシャルラピッドの首を撫でながらねぎらいの言葉をかける。

 

 

「いてえ……」

 

 

その手を首で振り払い、うるさいとばかりに腕に噛みつかれていた。お前はそういうやつだったなと思いながら、かまれた腕をさする縣であった。

 

 

 

その後、破れた帽子を持っていた大宮(曰く、興奮しすぎて、破っていたとのこと)と、縣厩舎のメンバー、新井牧場の関係者が集合して、ウィナーズサークルで関屋記念の表彰式と口取りが行われた。

初めて、重賞を勝利したレイをかけられたスペシャルラピッドは、自分が讃えられていることがわかっているのか、人間でもわかるほどのどや顔をしていたという。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

関屋記念後のインタビュー

 

『見事関屋記念を制しました、スペシャルラピッド騎乗の能海秀明ジョッキーです。おめでとうございます』

『ありがとうございます』

『初の芝、それも重賞挑戦でしたが、非常に強い勝ち方でした。不安はありませんでしたか』

『ないといえばウソになりますが、そこまで深刻には考えていませんでしたね。むしろ走らせすぎないように気を付けていました』

『最後は余裕の手ごたえでした。ここまでの勝ち方、レコード勝利は想定されていたことでしょうか』

『レコードはちょっと想定外でしたね。ただ、勝てる馬であると思っていたのは事実です。まだまだ粗削りなところも多いですが、どんどん成長していますからね。次は、『想定通り』といえるようになりたいですね』

『まだまだ成長できるということですか。これは次回以降も楽しみになりますね』

『そうですね。次のレースは未定ですが、大きなところにも挑戦していきたいです。皆さまの期待に応えたいと思います』

『また、今日のような走りが見れるよう、応援しております。そして、最後になりますが、2016年シーズン、重賞5勝目おめでとうございます』

『ありがとうございます。もっと勝てるように努力していきますので応援よろしくお願いします』

『本当におめでとうございます。能海秀明ジョッキーでした』

 

 




ちなみに能海秀明騎手の重賞5勝のうち3勝が地方交流重賞である。意外と地方に強い騎手。

ラピッド君の能力を盛りすぎたかもしれないですが、次走以降に戦う馬がちょっとやそっとじゃ勝てない馬ばかりなので……
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