Special Rapid Service   作:永谷河

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閑話を投稿する際は、必ず本編と一緒に投稿しますので、よろしくお願いします。


初戴冠

スペシャルラピッドは、第154回天皇賞(秋)の勝者となった。7頭のGⅠ馬を抑えての優勝であった。

最初の1000メートル通過時点で、先頭集団にいた馬の関係者は冷や汗をかいていた。エイシンヒカリもキタサンブラックも逃げて勝利したことがある馬だったため、「逃げ」は想定の範囲内であった。また、多少ペースが早くなることも想定の範囲内であった。しかし57.4はさすがに早すぎた。

スタートから血眼になってスペシャルラピッドの姿を追いかけていた大宮も、これはまずいのではないかと焦っていた。隣の友人が、「ペースが早い」と驚く声も、彼の焦りに拍車をかけた。

このまま最後に力尽きてしまうのではないかと冷や冷やしていた。

 

そして、最後の直線に入り、各馬が一斉に仕掛け始める。それに伴い、競馬場内が一気に盛り上がっていく。地鳴りのような歓声が響き渡り、18頭の馬の足音をかき消していた。

 

 

「行け!行け!ラピッド、行け———————!」

 

 

最後の200メートル。後方から猛追するモーリスやドゥラメンテ、リアルスティール。このままの勢いなら差し切るかもしれないと場内の大半が思った。しかし、先頭を走るスペシャルラピッドの脚色が衰えず、捉え切ることができていなかった。

時間にしてわずか10秒程度。大宮は周りが見えなくなるほど、全力で自分の馬を応援した。

 

 

「行け—————‼」

 

 

持っていた帽子を引き裂かんばかりに引っ張って、声を出した瞬間、何かが破ける嫌な音共に、17番のゼッケンをつけた馬が、先頭でゴール地点を通過した。

 

 

「あっ!」

 

 

ゴールの瞬間、一瞬呆けた大宮であった。そして、自分の馬が勝利したことを自覚し、歓喜の声を上げる。

 

 

「ああ、やった。勝った!勝った‼」

 

 

「ああ、勝ったぞ。お前の馬が勝ったんだよ!天皇賞馬だ!」

 

 

酒で酔っ払っていた友人は、大宮の肩をたたきながら、勝利を讃えた。

暫くすると、ターフビジョンに17番の文字が映し出された。審議はなく、ほぼ100%スペシャルラピッドの勝利が確定した。

 

 

「天皇賞だ。本当に勝ったんだ……」

 

 

現実味がないからか、喜びの言葉を発するだけの人間になっていた大宮であった。そして、口取りなどがあることを思い出し、急いで装鞍所に向かった。

 

装鞍所には、スペシャルラピッドが帰ってきており、鞍などの馬具を外されている最中であった。

近くにいる縣たちに駆け寄り、勝利の喜びを分かち合う。

 

 

「縣先生、おめでとうございます!」

 

 

「いやいや、それはこちらの言葉ですよ。大宮さん、本当におめでとうございます。それと、ありがとうございます」

 

 

大宮は初のGⅠ勝利であった。そして、それは縣にとっても同じであった。

 

 

「天皇賞ですよ!本当に取っちゃいました……」

 

 

「いや、本当に取っちゃいましたね」

 

 

二人とも実感がないのか、他人事のような言葉を発していた。

 

 

「何言ってるんですか二人とも。しっかり勝ちましたよ。審議もなし。正真正銘スペシャルラピッドの1着ですよ」

 

 

そんな二人に、騎手の能海秀明が声をかける。

 

 

「秀明騎手、本当にありがとうございます。本当に……」

 

 

「全員倒してくるって約束でしたしね」

 

 

二人は、そういえばそんなことを言っていたなと本馬場入場前の言葉を思い出す。

 

 

「本当に全員倒してくるとは……」

 

 

「それを言えるぐらいラピッドは強いよ。本当にね……」

 

 

秀明はそう言うと、疲れた顔をしているスペシャルラピッドの首元を撫でる。いつもは男は触るなと不機嫌になるのだが、今日は目を細めながらそれを受け入れていた。

 

 

「ラピッド、強かったなあ。本当にかっこよかったぞ」

 

 

大宮も、彼を讃え、肩を軽くたたく。「ヒヒン」と軽く嘶き、大宮の顔を舐めまわす。そして、「俺ってすごいでしょ」といわんばかりの顔をしていた。

その姿を見て、縣は「じゃあ俺も」と近づいたが、手を伸ばした瞬間に、その手をかまれていた。お前はお呼びではないといわんばかりの行動である。

 

 

「なんで俺だけ……」

 

 

「なんかラピッドに嫌われるようなことをしたのでは?」

 

 

「そんなことはないと思うがなあ……」

 

 

調教師は馬に嫌われやすいから仕方がないかと思いつつも、何か納得いかない縣であった。

そんな感じでスペシャルラピッドは一同から労われていた。一番喜んだのは、伊藤に撫でられて、褒められていたときであった。

 

その後、新井牧場の関係者も合流して、ウィナーズサークルへと一同は向かっていった。

『第154回天皇賞』と書かれた優勝レイを肩に掛けたスペシャルラピッドが本馬場に登場すると、大きな歓声が上がる。

関屋記念をはるかに超える観客が、縣達を待っていた。これだけの観客がいるのは当然初めての経験であった。

縣達は、初めてのGⅠの口取りということで、緊張した顔で、JRA職員の誘導に従っていた。鞍上の秀明は、そういえばGⅠを勝つとこれぐらい人が集まるよなと、昔を思い出しながら観客に手を振って歓声に応えていた。

 

 

「ラピッドの隣は大宮さんとして、どういう順番で並ぶか」

 

 

「先生も隣でいいでしょう。時間がないから早く並びましょう」

 

 

初めての経験ということもあり、写真撮影はグダグダであったが、馬の方が大人しくしていたため、大きな問題は起こらなかった。

写真には、騎手の能海秀明と縣調教師と中心とした厩舎のメンバー、馬主の大宮とその友人。新井牧場の勇作と従業員数名。これに加えて、育成牧場の関係者などもいたが、GⅠの勝利馬にしてはかなり少ないメンバーで撮影が行われた。

 

写真撮影が終われば、次は表彰式である。ターフの上に、『第154回天皇賞(秋)』と書かれた表彰スペースが作られていた。

馬主の大宮、調教師の縣、騎手の能海秀明、調教助手の森本、厩務員の伊藤、生産者の勇作がそれぞれ壇上に立っていた。

会社の経営者時代でも、ここまで大人数の前に立ったことはなかったため、かなり緊張していた。そのため、自衛隊による生演奏の国歌斉唱もあまり頭に入ってこなかった。

花束を受け取り、そして念願の天皇盾を受け取るときが来た。

受け取るとき、白い手袋を着用するのが通例であるが、大宮はそれを持ってきていなかった。このため、JRAの職員から借りることになり、恥ずかしい思いをしていた。次があったら、絶対に自分の奴を持ってくると誓ったのであった。

 

「おめでとうございます」

 

受け取った天皇盾は、想像以上に大きく、重かった。その後にもらった優勝カップが小さく感じるほどであった。そして、念願の天皇盾を持った瞬間、自分は天皇賞馬の馬主なんだと改めて実感し、胸が熱くなった。

その後も、表彰式は粛々と進み、何事もなく終了した。表彰式が終わっても、大宮の興奮は収まらなかった。終わったからこそ、勝った実感がわいてきて、今になって喜びを爆発させ始めていたともいう。

 

馬主席に戻ると、今日の出走馬の馬主が勝利を讃える。形式的とはいえ、他の馬主からの言葉は大宮に優越感を与えた。彼がいい感じで調子に乗っていると、また一人大宮に話しかける人がいた。

今日の天皇賞に出走していた馬の馬主で、日本最大級の馬産グループの関係者であった。

 

 

「おめでとうございます。本当に強い勝ち方でした」

 

 

「ありがとうございます。秀明騎手と、ラピッドが頑張ってくれました。あと縣先生のおかげでもあります」

 

 

「そうですか……油断したわけではありませんが、やられてしまいましたね」

 

 

「いえ、そちらの馬の追い上げも見ていて怖かったです。何とか逃げ切れました……」

 

 

「最後にあんな足を使われてしまってはさすがに厳しかったですね。本当に素晴らしい能力を持った馬です」

 

 

ラスト200メートル付近から見せた再加速は、長年馬にかかわっていた彼でも、感嘆に値するものであった。

 

 

「ありがとうございます。ラピッドに出会えて本当に良かったです……」

 

 

勝利した余韻が抜けないのか、大宮は、自分とスペシャルラピッドが出会ったときの話を始める。その話を聞いていた男は、「ああ、なるほど」といった顔をする。

 

 

「本当に良い巡り合わせだったようですね。スペシャルラピッドは、あなたと出会う運命だったのだと思います」

 

 

「運命ですか……」

 

 

「そういう出会いが競馬にはあったりするものです」

 

 

「運命……ロマンがあっていいですね」

 

 

運命の出会いという言葉を大宮は気に入ったのであった。

その後、クラブの一口会員にならないかと誘ったり、牧場見学に誘ったりと、会話は盛り上がった。

そして、大宮との会話が終わると、男は今日の勝利馬のことを考える。

 

 

「あの時に行くべきだったな……」

 

 

スペシャルラピッドが取引されたせり市に彼らも参加していた。同じ馬産グループの親類から、ゴーストミステリアスの2012が面白いという話は聞いていた。確かに動きの良さや母方面の血統には、興味を惹かれるものがあった。ただ、漏れ聞こえてきた体質の弱さ、そして素人目でもわかるほどの足の外向がネックであった。ただ、これらの不利があっても大成した馬はいないわけではないため、リストアップはしていた。

ゴーストミステリアスの2012のせりにも参加はしていた。しかし、5000万以上も投入することはできないと判断して、撤退していた。

 

 

「逃がした魚は大きかったか……」

 

 

落胆する一方で、大宮のような馬主に購入されたことを幸運だったとも考えていた。スペシャルラピッドは、3歳春までまともに調教すらできない馬で、3歳シーズンは常に未熟なまま走っていたと聞いていた。大宮の話を聞く限り、縣調教師をはじめとした関係者全員がゆっくりと粘り強く馬に向き合ってきたからこそ、今日の天皇賞で自分たちの馬を抑えて勝利するくらいに強くなったのだと感じたのであった。

 

 

「さて、次はどこのレースに出すのでしょうかねえ……」

 

 

有馬か、それとも香港か。レース傾向を見るに、左回りが得意であることはわかっていた。そうなると来年のフェブラリーSか、それともドバイか。

来年も手ごわい相手だと思いながら、手に持っていた帽子の残骸を眺めた。

 

 

「あ、大宮さんに渡し忘れていた……」

 

 

ゴール寸前に興奮で大宮が破った帽子の残骸であった。渡すために声をかけたのをすっかりと忘れていたのであった。

 

 

 

———————————————

 

 

スペシャルラピッド陣営は、天皇賞秋の勝利を祝い、夜遅くまで宴会を開いた。東京の高級な店でしこたま飲み明かした。お代はすべて大宮持ちである。1億5000万も稼いだのだからという理由で押し切られたようである。

 

 

「暫く酒は控えよう……」

 

 

酒が抜けず、頭痛と吐き気の不快感に襲われながらも、コンビニへ行き、お目当てのものを購入する。

 

 

「お!一面だ。やはり天皇賞は大きいな」

 

 

一面には、スペシャルラピッドのゴール前の写真と共に、天皇賞秋の結果を報じる記事が掲載されていた。

関係者のコメントも掲載されており、自分のコメントも当然載っていた。

 

 

「こうやって記事にされると恥ずかしいな……」

 

 

緊張して変なことを話したような気がしたが、そこはいろいろと編集をしてもらったようで、あたりさわりのないコメントになっていた。それでも気恥ずかしさは感じるものであった。

各社の新聞を読み終えるころには、二日酔いもマシになってきており、昨日から引っ切り無しに受信する祝いのメッセージに返信し始めた。いろいろと面倒なところもあったが、「俺はGⅠ馬の、天皇賞馬の馬主なんだ」と思うと、苦には感じなかった。

人生で一番幸せな時間を過ごしている大宮であった。

 

 

 

 

 

【天皇賞(秋)】スペシャルラピッドが初栄冠 ハイペースの消耗戦を制す
第154回、GⅠ天皇賞(秋)を勝ったのは、6番人気のスペシャルラピッド(牡・縣)。GⅠ馬7頭が出走したレースは、エイシンヒカリが逃げ、それをキタサンブラック外5頭が追走するという形になった。1000メートル通過が57秒4というハイペースな展開となったが、道中2、3番手でレースを進めたスペシャルラピッドが、残り200メートルで先頭に立ち、後続の猛追を振り切ってゴールした。勝ち時計は1分56秒4(良)。

 

2015年のダービー当日にダート未勝利戦でデビューを飾り、2016年の関屋記念で初重賞制覇。タニノギムレット産駒としてはウオッカ以来のGⅠ、天皇賞(秋)の勝利となった。

 

鞍上・能海秀明は今年初のGⅠ勝利となった。「ペースは早かったが、スペシャルラピッドは頑張ってくれた。最後しっかりと伸びてくれた。キタサンブラックの粘りやモーリス、ドゥラメンテの追込みは怖かったが、粘り切れた」とコメントしている。

縣調教師(美浦)は、開業以来初のGⅠ勝利となった。「最初は冷や冷やしたが、最後まで失速することなく走り切ってくれた。本当に強い馬」とし、次走については、「次走は未定。年内休養も考えうるが、馬の状態と相談して決めたい。府中が得意なのは間違いないので、来年は安田記念やジャパン・カップに出走してみたい」と来年の目標を宣言した。

 

 

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