本格的な秋の訪れを感じる11月末。
第154回天皇賞(秋)を制してGⅠ馬となったスペシャルラピッドは、美浦トレセンを離れていた。
東京競馬場でのレースを終え、馬運車で美浦トレセンに帰ってきた彼は、見事に体調を崩していた。レース前、ピカピカだった馬体は見る影もなかった。
幸いケガはなかったものの、肉体へのダメージも大きく、暫く筋肉痛などで苦しんでいた。また、肉体面の消耗が原因か、トレセンに帰っても体調は安定せず、食事量もかなり減ってしまっていた。
縣達は、天皇賞が非常にキツイレースであったことを改めて認識したのであった。
『それで今は北海道の方にいるということですが……』
『そうですね。新井牧場で休養に入っています』
大宮は、自分の馬の様子を知るため、縣とビデオ通話をしていた。
縣の話した通り、スペシャルラピッドは、美浦トレセンから離れ、生まれ故郷の新井牧場で休養に入っていた。
『一度完全に休ませた方がいいですからね。天皇賞のダメージは相当でした』
当初は、美浦トレセンで調整を行う案や、外厩を利用する案も検討されたが、肉体的にも精神的にも一度完全に休ませた方がいいと判断したため、北海道の新井牧場で放牧されることになった。
『暫く体調が安定しないと聞いたときは冷や冷やしましたよ』
『それについては心配をおかけして申し訳なかったです。ケガこそなかったですが、かなり体重も落ちてしまって……』
天皇賞後のスペシャルラピッドの写真を見た大宮は、あのパドックで威風堂々としていた馬と同じ馬なのかと驚いていた。肋骨が浮き出て、毛並みもボロボロの貧乏くさい馬になってしまっていた。
これを見た大宮は、縣達が提案する年内は休養したいという提案を即座に吞んだ。
『昨日勇作さんから写真を貰いましたが、前よりはましになっていました。ゆっくり休めているみたいでよかったです』
『新井牧場はその辺りの調整が上手ですからね。それに洋子さんや裕子さんみたいな大好きな人がいる場所に戻れて精神的にも落ち着きますでしょうから。真冬の北海道に行くというのはちょっと心配ではありますが、やはり休みなれた場所にいた方がいいでしょう』
レースの後、疲労が大きかったら新井牧場で休む。これはデビュー後のスペシャルラピッドにとってはいつもの行動パターンであった。このため、環境の変化に敏感な彼でも、美浦トレセンと新井牧場の往復は苦に感じていないようだった。あまり外厩や育成牧場等を利用しないのはこういった事情もあった。
『まあ、ラピッドは今のところは問題ないです。それよりも大宮さんは大丈夫ですか?』
縣の言う大丈夫とは、天皇賞馬のオーナーになったことで起きるいろいろな弊害であった。お金を持っていることを大衆に公開したようなものなので、それを狙うような人が増えないか縣は心配であった。
『まあ、変な連絡は増えましたよ。ただ、会社の経営者をやっていたりするとそういうのはよく湧いてくるものですから……』
自称親友や、自称親戚などが大宮に連絡を取ってくることがあったとのことだが、大宮は特に気にしていなかった。
『それならよかったです。いろいろと苦労するオーナーもいるので……』
『お気遣いありがとうございます。縣先生もいろいろ大変だったのではないでしょうか?』
大宮もだが、縣も管理馬の初GⅠ勝利であった。開業からそこまで時間がたっていないこともあり、話題にはなっていた。
『少し取り上げてもらった程度ですよ。まあ、世間一般から見ればたまたま強い馬を管理していただけって感じですから。まだまだ未熟者です』
『何をおっしゃいますか。私が預託した馬のほとんどを勝ち上がらせてくれたじゃないですか』
大宮は、馬主を始めたばかりの時に出会った縣(大宮曰、いつの間にか預託することになっていた)にこれまで4頭の馬を預託していた。そのうち3頭が勝ち上がり、1頭はオープンクラスで走り、購入額の何倍も稼いでいた。1頭は条件戦を走っている牝馬のオティオースス、そしてもう1頭はGⅠ馬にもなったスペシャルラピッドであった。
『それは大宮さんの馬を見る目がいいだけですよ。私は余り関与していませんから……』
『自分でいうのもあれですが、いろいろと問題のあったラピッドをここまで導いてくれたのは間違いなく先生ですよ』
大宮流のヨイショであったが、一部は本心であった。
『そこまで言われると悪い気はしませんねえ』
そのヨイショに乗っかる単純な縣であった。ある意味いいコンビである。
『とにかく、大宮さんも天皇賞馬のオーナーになったので、言動には気を付けてください。そういうのをかぎつける悪いやつがいないわけではないので』
『ご忠告感謝します。あと、縣先生も気を付けてくださいね。先生、結構調子に乗りやすいところがありますから』
『それは大宮さんにも言える言葉ですよ……』
『言ってくれますねえ……』
大宮も縣も調子に乗りがちというのは、祝勝会や飲み会でお互いによく知っていた。
『『……気を付けましょうか』』
何か良くないことが起きそうな予感がした二人は、言動に気を付けることを誓った。
『あ、そうだ。それとラピッドの次走について提案がありました』
このままお開きになりそうだったが、今日の重要な議題の一つであるスペシャルラピッドの次走について話を始める。年内休養は確定しているが、2017年シーズンについては未定であった。
『次のレースですか。確か安田記念あたりとおっしゃってましたが来年の6月ですよね。それとも2月のフェブラリーSですか』
スペシャルラピッドが出走できるマイル上の距離で左回りの芝のGⅠレースとなると、来年の6月の安田記念が一番近い。また、ダートとなると2月のフェブラリーSである。
『6月の安田記念まで休ませる。それかどこかGⅡレースを挟むというのも考えました。ただ、前々から検討していたレースがいくつかありまして』
『安田記念でもフェブラリーSでもないとすると、海外ですか?それとも地方ですか?』
『海外レースで、場所はドバイを考えています。3月末に開催されるドバイワールドカップミーティングです。その中の、ドバイターフやシーマクラシックなら十分勝利を見込めると思います』
縣が提案したのは、中東のUAEで開催される国際招待競走であった。数多くの重賞競走が実施され、日本馬の遠征も毎年積極的に行われているレース群であった。
『天皇賞を勝利したおかげで、招待されるのに十分な評価を受けることができました。登録料などは掛りますが、それでも招待競走なので、通常の遠征に比べて負担は軽くなります』
招待競走であるため、招待されるためには、ある程度の評価を受ける必要があった。スペシャルラピッドは、天皇賞秋を勝利したことで、LWBRR(ロンジンワールドベストホースランキング)で124ポンドを獲得し、I区分で世界第7位となっていた。
招待を受けるのには十分な評価であった。
『ドバイのレースは見たことがあります。遠い世界のことだと思っていましたが……』
大宮もドバイミーティングのことは知っていた。競馬新聞や雑誌などでドバイ特集を読んだことがあった。しかし、そこまで詳細に知っているわけではなかった。海外のレースであるため、自分には縁のないものだと思っていたからである。
『ラピッドには遠い世界ではなかったということです』
『ドバイかあ。確かに行ってみたいなあ。賞金額もすごいですし』
メイダン競馬場はかなり豪華な競馬場であると雑誌で読んでいた。
『ドバイターフもシーマクラシックも1着賞金が360万ドル。日本円で4億近いですからね。一気に億万長者ですよ』
『夢があるねえ。流石オイルマネー』
『まあ、出走するメンバーもハイレベルですので、甘いレースではないですが』
日本馬は勝利しているが、それでも回数はまだ少ない。世界の一流馬が集結するレースだけあって相当ハイレベルになることが予想される。
『1800メートルか2400メートルか……』
『まだ、時間はありますので、今日はこういうプランもあるということだけお伝えします。自分でもいろいろと調べたいと思いますので』
『わかりました。ちょっと考えてみようと思います』
ビデオ通話を切り、縣の提案を振り替える。
パソコンでドバイのレースについて検索すると、動画や記事など多くの情報がヒットする。
自分の知っている情報もあれば、初めての情報もあった。
「ターフの方はアドマイヤムーンにジャスタウェイ、リアルスティールか。天皇賞で一緒に走った馬だな。ジャスタウェイは天皇賞勝った後に出走したのか。それにしても強いな」
ドバイターフ(旧ドバイDF)のレース映像を見る。ラピッドと同じように天皇賞秋を勝利して、その勢いのままに世界最強馬になったジャスタウェイには心が惹かれた。
「シーマクラシックの方はステイゴールドにハーツクライ、ジェンティルドンナか。どの馬も強い馬だな」
シーマクラシックの方も、勝利した馬は、名馬と呼べる馬ばかりであった。
どちらかといえば、2000メートルに近いドバイターフの方がいいかもしれないと思っていた大宮であったが、調べていくうちに他のレースにも興味を持ち始める。
「ドバイワールドカップか。確かこっちがメイン競走だったな」
ダートの2000メートル競走で、日本馬はヴィクトワールピサが2011年に勝利していた。
「1着賞金600万ドル!夢があるねえ」
賞金額は目が飛び出るほどであった。天皇賞のおよそ4倍以上。これに少し欲が動かされたのは言うまでもない。
「ドバイワールドカップかあ。ラピッドはダートも得意だったよなあ」
ドバイワールドカップに興味を持った大宮は、昔の競馬雑誌や新聞の記事、パソコン(ビデオ通話等で使い勝手がいいので最近勉強している)を使って情報を集め始めた。
これがキッカケで、縣たちにとってはあまりうれしくない提案をすることになったのである。
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天皇賞での激闘後、スペシャルラピッドは寒さが本格化してきた12月の北海道で過ごしていた。
「それにしても本当に勝つとはなあ……」
勇作は、壁一面に貼られた天皇賞(秋)の記事を見てつぶやく。勝利を祝って、長女の洋子が作ったものであった。
あの日、勇作と洋子は生産者代表として東京競馬場を訪れていた。モーリスやドゥラメンテ、キタサンブラックなどの強い馬が出走しており、勝利は難しいのではと思っていたが、関屋記念の圧勝もあったので好走を期待していた。
ふたを開けてみれば、約1馬身差の勝利であった。猛追するモーリスやドゥラメンテを見て、差し切られると思った。しかし、残り200メートルからの伸びは、長年馬に携わっている勇作たちでも驚くほどであった。
気が付けば、口取りと表彰式に参加していた。記者の質問に何を話したのかも覚えていなかった。
あの日は、大宮オーナーと共にずっと飲み食いしていたことだけは覚えていた。
新井牧場に帰ってきてからも大変であった。近くの牧場から祝いのメッセージが引っ切り無しに届いた。何より、ゴーストミステリアスの産駒を見たい、取引をしたいという話が次々に舞い込んできた。
11月はそういった対応に追われた日々であった。そこにスペシャルラピッドが放牧に戻ってきたのである。
「まあ年内休養は当然だったな」
天皇賞秋を勝利した後、スペシャルラピッドは年内休養が発表されていた。体重が落ちて弱弱しくなった馬体を見れば当然の選択だと勇作も思っていた。
これから寒さも本格化する北海道で体調管理は大丈夫かと心配する声もあったが、生まれ故郷に来て落ち着くことができたのか、食事量は徐々に元に戻っていった。
天皇賞から1か月半程度経過すると、萎んでいた馬体は元に戻っていた。裕子や洋子に甘やかされている様子を見ると、帰ってきて正解だったと思った。
1か月半で調子は元に戻ったが、レースに向けて調教を行えるほど回復はしていなかった。走ることが大好きな彼も少しボケっとしており、もう少し休養が必要であると勇作たちは考えていた。
机に置いてある競馬雑誌を読むと、ジャパンカップ特集記事が目に入った。
「それにしてもあのレースに出走していて、なんでジャパンカップを勝てるのだろうか……?」
天皇賞で、スペシャルラピッドと共にハイペースで走っていたキタサンブラックは、11月末のジャパンカップに出走し、勝利していた。
「頑丈さがラピッドにもあればなあ」
スペシャルラピッドは馬体も成長しており、その辺の馬よりは体つきも立派になっている。ただ、それでも自身の能力に身体が付いていかない様子であった。
「食事量も増えたとはいえ、青草やおやつばっかり食べたがるのは何とかしたいよなあ」
昔から体質が弱い馬にしては食がしっかりしている馬だった。ただ、勇作たちが専用に配合した濃厚飼料を食べるのがあまり好きではないようで、干し草や青草ばかり食べようとするのである。出された食事は食べるし、量自体もしっかりしているので、放牧をするとしっかりと太ってはいた。
「まあ、濃厚飼料ばかり食べて栄養過多になるよりはマシか。いつも健康的な太り方もしているしな」
もう少し内臓面が強化されれば、さらに身体も強化されるかもしれないと勇作は思っていた。
事務所を出ると、一面の放牧地が勇作の目に入る。しばらく歩くと、スペシャルラピッドが暮らしている厩舎に到着する。
当歳馬や繁殖牝馬と一緒にするわけにはいかないため、古い厩舎を改造して作った現役馬用の厩舎であった。
「あ、今ぴょん吉の動画を取っていたところだよ」
厩舎にはスペシャルラピッドと長女の洋子がいた。洋子は新井牧場の動画チャンネルを運営している。定期的に放牧地の景色や牧場犬や猫を紹介していた。勇作は繁殖牝馬や仔馬や放牧できている競走馬は映さないという約束の元動画は作られていた。
ただ、その例外がスペシャルラピッドであった。
大宮オーナーが許諾したうえ、馬の気性も問題なかったため、特別に動画にすることを許可していた。
「ぴょん吉が関屋記念、天皇賞を勝ったおかげで、登録者も再生回数も増えているよ~。よかったねえ~」
カメラを回しながら、馬を撫でる。軽く嘶いて喜ぶ馬の姿が映っていた。
「それで今日は何しているんだ?」
「今日はぴょん吉の手入れの様子を撮る予定だよ。やっと馬体も元に戻ったからね」
流石に天皇賞後のガレてしまった馬体を動画にするわけにはいかなかったため、回復するのを待っていたのであった。
「あまり無理はさせるなよ」
「はーい。手入れの時はお母さんも呼ぶよ」
一応現役の競走馬なので、二人係で動画は撮らせるようにしていた。何かあった時のためである。
「ぴょん吉。ちゃんと洋子のいうことを聞くんだぞ~」
【(ꐦ`•ω•´)】
近づいた勇作の手を首で振り払い、耳を絞りながらそっぽを向いていた。
洋子との時間を邪魔されたと思い込んだようである。
「う、可愛くない奴やなあ……」
相変わらずの嫌われようであった。
「へいへい、俺はお呼びではないってことか」
まあ指示には従ってくれるからいいかと思いながら厩舎を出ていく。
「このままいけば1月くらいにはトレセンに戻れるかな」
馬体の回復は順調である。あと半月ほど休めば、気力も体力も回復するだろうと勇作は読んでいた。
そうなると気になるのは次走のことである。大宮や縣からは、海外に挑戦したいという話を聞いている。
「ドバイか……」
新井牧場が生産した馬で、海外の競走を勝利した馬はいない。厳密にいえば、アメリカに売られて、アメリカで走った馬が勝ったことはあったが、日本で調教を受けた馬が海外レースに出走したことはなかった。
「輸送、大丈夫なのかねえ……」
気がかりな点は、スペシャルラピッドが航空機を使った輸送に耐えられるかどうかであった。
「波乱がまた起きそうだ……」
2017年もスペシャルラピッドを中心に、いろいろと振り回されそうな予感を感じた勇作であった。