Special Rapid Service   作:永谷河

22 / 24
誤字脱字報告、感想いつもありがとうございます。


ドバイへの道

スペシャルラピッドは、生まれ故郷である新井牧場で年末年始を迎えた。

帰郷当時は、やつれていた様子だったが、生まれ故郷で2か月ゆっくりと休養を取ったことで、体調は回復していた。

一時は見ていられないほどガレていた馬体も元に戻っていた。それどころか、12月後半から妙に食べるようになったことで、5月のケガ明けのときよりも体重が増えていた。

その様子をみた関係者は、1月上旬に美浦トレセンに帰厩することを検討していた。

 

 

「いやぁ、年末に悪いですね」

 

 

縣はスペシャルラピッドの様子を確認するため、年末に北海道を訪れていた。競馬関係者に年末年始は関係ないのである。縣の厩舎には、年末の大レースを走る馬も年始の金杯を走る馬もいないため、多少の余裕があった。

 

 

「いえいえ、これが仕事ですから」

 

 

生産牧場である新井牧場も、交代制で休みは取らせているが、基本的に年末年始の休みなどない。

 

 

「ぴょん吉……スペシャルラピッドですが、肉体的なダメージは回復したと思われます。真冬ですから、大丈夫かと思いましたが、全く堪えている様子はありませんね」

 

 

「思ったより早く回復してよかった。体調の方も安定しているみたいですし、これなら1月上旬にはこっちに来れそうですね」

 

 

「そうですね。11月の1ヶ月間は発熱等で体調が安定しませんでしたが、12月中旬以降、発熱等はありませんね。食も戻って、しっかりと馬体重も増えてくれてますよ」

 

 

天皇賞のダメージが抜けきっていない11月は、かつての虚弱体質を思い出すかの如く体調不良を繰り返してきたスペシャルラピッドであった。しかし、そのころとは異なり、2か月ほどで体調を回復させることができていた。大きな成長であった。

 

 

「まあ、普通の馬に比べるとダメージの回復が遅い馬であることに違いはないですが……」

 

 

縣は、馬房でゆっくりしている馬の様子を見ながら彼の弱点を嘆く。勇作もそれに同意していた。

 

 

「キタサンブラックも頑丈な馬だよなあ。ジャパンカップも勝って、有馬記念も走って……」

 

 

あの時激戦を繰り広げたライバルたちは、当然のように年末のレースを走っていた。キタサンブラックは当たり前のようにジャパンカップ、有馬記念を走り、1着、2着と好成績を収めていた。モーリスは香港カップに出走し、圧勝していた。ドゥラメンテは香港ヴァーズに出走し、サトノクラウンとハイランドリールと激戦を繰り広げた。両者は年内で引退が決まっており、種牡馬として大きな期待が寄せられていた。

 

 

「まあ、他の馬のことを言ってもしょうがないですね」

 

 

「そうですね。それに、彼にはタフさはありませんが、圧倒的なスピードがありますから」

 

 

スペシャルラピッドは、頑丈さこそ平均的なサラブレッドに比べて低いが、競争能力は他を圧倒するほどのものがあった。それがやっと世間に認知されたのが天皇賞での勝利であった。彼の才能について疑うものはほとんどいなくなっていた。

 

 

「それについては本当に天性の才能ですよ。あの秀明先輩が絶賛するほどの才能ですからね」

 

 

「天才か……」

 

 

「それに、彼はまだ完成しきっていません。もっともっと強くなりますよ。天皇賞はまだ成長途中で出走したレースです。私も彼が完全体になった瞬間、どんな馬になってくれるか楽しみですよ」

 

 

「あれで、完成していないのですか」

 

 

「まあ、そうなってもらわないと困るというかなんというか……」

 

 

縣の言葉の歯切れが悪くなる。その様子に勇作も訝しむ。

 

 

「大宮オーナーから次走の要望が出ておりましてね。ドバイに行くことはほぼ決まったようなものなんですが、どのレースに出走するかが検討中でして」

 

 

「ドバイシーマかドバイターフに行きたいと聞いていましたが、違うのですか?」

 

 

前に縣や大宮と話したときはこの2レースに出走が望ましいのではという話をしていた。しかし、目の前の縣の様子をみるにそうではないのだろうと勇作は思った。

 

 

「まさか、ドバイワールドカップの方ですか?」

 

 

「そうです。そうなんです。ラピッドはダートも走っていたのでそっちに出してみたいという話になっていまして……」

 

 

「それは……大変ですね。GⅠで勝負できる能力はあるのでしょうか」

 

 

スペシャルラピッドは関屋記念までダートのレースを走っていた。このため、普通に走れるだろうと勇作は思ってはいたが、国際GⅠで走れるほどの能力があるのかはわからなかった。

 

 

「間違いなく走れます。ラピッドは日本の一線級のダート馬と戦っても勝てるくらいにはダート適性があります。」

 

 

縣の言葉は、ダートのGⅠやJpnⅠのレースに出走しても問題なく勝利できるという、ダート馬を管理している陣営に言ったら「舐めてんのか?」といわれてもおかしくないほどの発言であった。それほど自信があるならなぜ出走をためらっているのかと勇作は思った。

 

 

「アメリカにやばい馬がいます。その馬が出走してくる可能性が高いのですよ」

 

 

「アメリカの……ああ、アロゲートですか。でもBCクラシックを勝利しましたし、引退してもおかしくないと思いますが。あの国は3歳引退なんてよくあることですよ」

 

 

アロゲートはアメリカの競走馬である。トラバースSを大差で圧勝し、BCクラシックではドバイWCを勝利したカリフォルニアクロームとの決戦を制し、2016年度世界最強馬になった馬である。

 

 

「私もてっきり今年で引退するものだと思っていました。しかし、1月末のペガサスワールドカップに出走するとの情報が入ってます。ドバイに行くかはまだ不確定ですが、4歳も走る気があるようです。そうなると昨年のカリフォルニアクロームと同じようにドバイに来る可能性が高いです」

 

 

「そうなるとかなりまずいですね。あの馬はおそらくゴーストザッパー級の馬ですよ。強さについては21世紀最強馬の一角といっていいほどです。」

 

 

二人は、昨年のアロゲートの走りを思い出す。あれだけのパフォーマンスができる馬はアメリカ競馬の中でもそうはいないと思った。

スペシャルラピッドの母父のゴーストザッパーや、ウルグアイの英雄インヴァソール、重戦車カーリン、女傑ゼニヤッタ、三冠馬アメリカンファラオ。アロゲートという馬は、21世紀のアメリカ競馬の歴史に名を刻む馬だと評価していた。

 

 

「ラピッドも府中の2000メートルなら間違いなく勝てます。ただ、ダートだとわからないです。ドバイは比較的砂に近いダートですが、これまでのレースの勝ち馬を鑑みるとアメリカ馬でも問題なく走ってきますね」

 

 

数多くの日本のダートの一流馬が敗れてきたレースがドバイワールドカップであった。それほど、レベルの高いレースであった。

 

 

「やっぱり芝の2レースのどちらかにした方がいいのでは?」

 

 

「ワールドカップと芝の2レースのどちらかを第1希望、第2希望で予備登録する予定です。アロゲートがレースに出てくるかはわかりませんが、出走してきた場合、非常に厳しいレースになるでしょう」

 

 

縣は、決めるなら今週中に決めた方がいいと思っていた。ダートのレースに出走するのであれば、それに対応した調教を行いたい。芝もダートも走れるとはいえ、早めに準備はしておきたいと考えていた。また、海外遠征が未知数ということもあり、出発を早めるという案も検討していた。

悩む縣を見た勇作は、調教師も大変だなと思いながら、馬房でくつろぐスペシャルラピッドを見つめる。

その視線に気が付いたのか、「なんだ?この野郎?」と不機嫌な様子で睨みつけてきた。いつも通りであった。

 

 

「先生。彼は大丈夫ですよ。彼の母の父はあのゴーストザッパーですよ。2000年代最強のダート馬だと思うくらいには強い馬です。それにタニノギムレットも強い馬です。ケガがなければ3歳秋以降にシンボリクリスエスらと激戦を繰り広げただろう馬だと思っています。彼はその血を強く受け継いでいます。だから、大丈夫です」

 

 

生産者として、彼の強さは間違いなく本物であると自信を持って言えた。彼の異常な強さも、血統に名を連ねる馬の血が暴れているからだと思っていた。

縣は、その自信に満ち溢れた言葉を聞いて、腹をくくった。

 

 

「ラピッドの強さを信じないといけませんね」

 

 

「その強さを作り上げたのは、先生なんですから。私は先生たちの努力も信じていますからね」

 

 

「……ありがとうございます」

 

 

縣は頭を下げながら、勇作の言葉に感謝した。

 

 

「ドバイワールドカップに行きますか。行きましょうか!」

 

 

「ええ、行きましょう。挑戦しましょう!」

 

 

【(#^ω^)】

 

 

縣達の会話がうるさかったようで、馬房から首を出したスペシャルラピッドが、大きな嘶きをして、二人に威嚇をする。食事後ののんびりタイムを邪魔されたと感じたのかかなり怒っていた。

 

 

「「ごめんよ……」」

 

 

二人して謝りながら、お詫びのおやつを与える。それでも機嫌が元に戻ることはなく、結局、洋子と裕子がくるまで二人は彼にリンゴやニンジンを与え続けることになった。

 

 

 

 

———————————————

 

 

2017年1月上旬。スペシャルラピッドは美浦トレセンに帰厩した。正月に見たときよりもさらに健康的な姿になって帰ってきた。具体的にいえば再び太っていた。森本や伊藤といった管理を担当するスタッフも苦笑しながらも、元に戻ってよかったと安心していた。

 

 

「スペシャルラピッドのドバイワールドカップへの予備登録は完了しました。2月ころに招待が届くと思います」

 

 

「私と森本君、それに伊藤君がドバイには向かう予定だ」

 

 

縣は、厩舎のミーティングでスペシャルラピッドの海外挑戦をスタッフに伝えた。ドバイミーティングに必要な予備登録は1月上旬に行っていた。例年通りなら2月中旬頃に招待が届く予定であった。

 

 

「先生。ラピッドは輸送にあまり強くないと思うのですが、その辺りはどうなりますか?」

 

 

もう一人の調教助手からも懸念点が指摘される。彼もたまにスペシャルラピッドの調教に参加していた。

 

 

「それについては、森本君とオーナーとも相談して、二つ案を検討している。一つは他の出走馬と同様に、レース直前に日本を出国し、現地で調整して本番を迎える案。もう一つは2月上旬にドバイに入国して、3月のレースまで現地で調整を行う案だ」

 

 

「ラピッドは輸送にあまり強くありませんし、航空機輸送もだめだと思います。輸送負けのリカバリー期間を含めると、2月ころにドバイに行って現地で調整した方がいいともいますが……」

 

 

改善されたとはいえ、スペシャルラピッドは基本的に輸送にあまり強くない。そして初の海外で航空機輸送となれば、何が起こるか分かったものではなかった。

 

 

「ただ、その案にも懸念点があってな……」

 

 

縣の考える懸念点は、幾つかあった。

まず、厩舎のスタッフの経験不足である。縣厩舎は管理馬房もそこまで多くないため、常駐するスタッフもそこまで多くない。調教助手が2人と調教厩務員が10人ほどである。年齢が若いスタッフが多いが、その分やる気も高かった。特に、厩舎の馬が天皇賞を勝利したことは、スタッフたちのやる気をあげる要因にもなっていた。今回の海外挑戦も前向きにとらえていた。ただ、若いスタッフが多いということは、経験不足も多いということでもある。縣厩舎には、海外経験があるスタッフが全くいなかった。

 

 

「現地では何が起こるかわかりませんからね。環境が異なりすぎて、逆に調子を崩す可能性もありますよ」

 

 

また、現地の環境に2ヶ月程度では適応できない可能性も挙げられた。長く滞在すればいいというものでもなかった。美浦トレセンとは全く異なる場所、気温や湿度も日本とは異なる環境。長期間滞在するリスクというのも考える必要があった。

 

 

「一応、ドバイの経験がある人にいろいろ聞いている。向こうでの調教方法とかね」

 

 

縣は、ドバイのメイダン競馬場に管理馬を出走させたことがある関係者から情報を収集し始めていた。

 

 

「前哨戦はどうしますか?芝からダートに代わりますし、一戦使ってもいいと思いますが」

 

 

ドバイワールドカップに出走する馬は、大体が1月~2月ころのレースを使ってから出走することが多い。

 

 

「川崎記念を使ってもよかったが、さすがにスケジュール的に厳しい。フェブラリーSは間隔が短すぎるからさすがに無理だ」

 

 

「現地で調整する場合、ドバイのレースも使わないということですね」

 

 

「その予定だ」

 

 

消耗が激しい馬なので叩きとして別のレースを使うことはできなかった。2月にドバイ入りし、現地調整を行う場合でも、マクトゥームチャレンジラウンド3などのレースを出走することを検討したが、レース間隔が短いため、出走はしないことになった。

スペシャルラピッドは休養明けでも問題なく走る馬であるため、前哨戦は使わなくても問題はないと判断したのであった。

 

 

「前哨戦なしで、芝からダートに代わるというのも怖いが、それは関屋記念の時もそうだったからな。今回は前に走っていたダートに戻るだけというのもある」

 

 

「前哨戦で慣らすより、消耗しない方を優先するということですね」

 

 

「そういうことになる。輸送の手配や、現地の準備、手続きに検疫もあるから、今週中には結論を出す予定だ」

 

 

正式な招待が届くのが2月上旬ころだと聞いていた。このため、その時期には出発しておきたかった。

 

 

「帯同馬は……まあ、オティオーススですよね」

 

 

「その予定だ。ラピッドがよく懐いている馬は彼女しかいないからな」

 

 

オティオーススは、大宮オーナーの所有馬である。そして、スペシャルラピッドが一番仲良くしている馬であるため、帯同馬に選ばれるのは当然であった。

 

 

「あとは、出走予定の馬ですね。怪物が参戦しそうな予定なんですが……」

 

 

「アロゲートについてはまだ出走は確定していない。ペガサスワールドカップで引退というのもあり得る」

 

 

「それは現実逃避では?」

 

 

縣の希望的観測に基づいた発言に森本が突っ込む。

 

 

「それは、そうだけど。あれと戦いたくないなあ。4歳になって衰えたとかないかなあ……」

 

 

「そういうことを言うと大体逆になるので、辞めましょう」

 

 

大丈夫かなこの人と思いながらスタッフは縣と森本を見ていた。

主担当の厩務員である伊藤は、ラピッドならどんな相手でも大丈夫だろうと思いながら、ドバイを走る姿を想像していた。

 

この日のアロゲートが4歳になって衰えていたらなあ……という縣の希望的観測は、1月末のペガサスワールドカップで打ち砕かれることになる。約5馬身差という圧勝であった。

そのうえ、陣営は明言こそしなかったが、ドバイワールドカップへの出走に前向きであった。

 

これに縣達が青い顔をしたのは言うまでもない。平然とした顔でドバイのレースをどう走るか考えていたのは秀明くらいであった。

 




ラピッドくんの能力を、盛るに盛らないといけなかった原因がドバイにやってきます。フライトラインといい勝負ができる馬の一頭だと個人的に思っている馬です。


2010年にレッドディザイアとウオッカが2月10日に出国しています。招待通知を受け取ったのが出国後のようで、正式招待前にドバイ入りしてもいいのかはわかりませんでした。
案2を採用した場合、スペシャルラピッドは、ほぼ確実に招待される(レーティング的に問題なし)なので、予備登録時点でドバイ入りします。輸送費とかはどうなるかわかりませんが、通常遠征と同じ馬主負担になった場合、大宮オーナーがすべて負担予定です。
あと、ラニと一緒に出国しても良かったのですが、あの怪獣と一緒に飛行機に乗ったら何が起きるかわからないので、回避します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。