イクイノックスが想像を超えてきたので、主人公の能力値も上方修正しました。これ以降の展開については、イクイノックスに文句を言ってください。
冬の寒さが厳しい1月下旬。美浦トレセンの一角で、能海秀明と縣浩平が話し合っていた。話題は、秀明が主戦を務めるスペシャルラピッドの遠征計画についてであった。
「ラピッドですが、2月上旬の便でドバイに行くことが決まりました」
「輸送は大丈夫か?」
「そこについては、未知数としか言えませんね。できる限りのことはしますが」
「検疫も大丈夫なのか?あいつ結構精神的に弱いところがあるし……」
「最初は怖がっていたみたいなんですが、向こうの職員に女性がいたので、すぐにデレデレしたようです。相変わらずですよ」
「本当になんであんな性格になったんだろうなあ。20年以上騎手をやっていて、あんな性格の馬は初めてだよ」
スペシャルラピッドは、検疫のため、美浦トレセンを離れている。知らない土地で暫く過ごしているためか、最初は少し寂しそうにしていると検疫の関係者から話が入っていた。
しかし、女性の職員を見つけてからは、その人に懐いているとの話も聞いたため、心配して損したと縣は思っていた。
「まあ、検疫の方は何とかなりそうだ。問題は当日の輸送なんだよ。絶対輸送負けするだろうし……」
縣達は、スペシャルラピッドが航空機輸送の影響で、発熱レベルの事態が起きることまで想定していた。
「海外のレースの難しさだな。ドバイや香港は挑戦する馬が多いから、ノウハウができつつあるからマシといえばマシだな」
秀明は00年代初頭に香港国際競走に騎手として出走したことがある。海外経験が全くないというわけではなかったが、ドバイに行くのは初めての経験であった。
「というか俺が乗っていいのか?正直外国人が乗るかと思ったよ」
天皇賞を勝利したことで、スペシャルラピッドの実力を疑うものはほとんどいない。そのため、有力騎手やそのエージェントの営業が強まっていた。その中には有名な外国人騎手もいた。
実績的に、秀明は一歩劣る存在であった。
「先輩の方がいいという大宮オーナーの意思を尊重しますよ。天皇賞に勝ったのが大きかったみたいです。ただ、私もよほどのことがなければ乗り代わりは検討しませんよ」
「そういってくれるとありがたいね。俺もドバイワールドカップに騎乗したことがある先輩や後輩に話は聞いておくよ。時間があればね」
こんなことを言っている秀明であったが、事前に準備は怠らない男である。すでに何人かの騎手から話を聞いていたりする。
「あとはラピッドの状態がどうなるかだな。俺は調教には参加していないからわからんが、見た感じ調子はかなり良さそうだったが」
「状態はいいですね。1月に戻ってきたばかりのころは、太ったせいでちょっと身体のキレが落ちていましたが、今は状態が戻りつつあります」
「なんかまた大きくなったような気がするけど気のせいか?」
騎乗はしていないが、定期的に馬房を訪れて、様子は確認していた。休養明けのむっちりした身体は、少しずつ絞られてた。
「それがまた腹帯や鞍を変えることになりましてね。馬体重は、今は530kgほどですが、もう少し絞れます。まあ輸送と現地での滞在もあるので、1月は調整レベルに留めていますよ」
鬼門の航空機輸送があり、さらに現地で調教をしていくことを考慮したため、完全に絞り切らなかった。これが3月中旬出国なら、話は変わっていただろう。
「本当に規格外の馬だな。初めて見たときはもっと薄い印象だったけど、全部筋肉になったのかな?」
「入厩当時から馬体、特に体高は大きい馬でしたね。ただし、遅生まれのせいか、馬体は大柄だけど未熟さがありましたからね。まあ、その時でも十分素質は感じされてくれましたけど」
現在のスペシャルラピッドの体高は170cmと平均より大きく、胸囲も195㎝を超えている。
馬体重は、3歳頃は500〜510kgで走っており、昨年のベストパフォーマンスだった天皇賞は、509kgで出走していた。しかし、この調子でいけば515kg〜525kgくらいで落ち着くのではないかと縣は考えていた。馬体重が重ければ良いというものではないが、昨年の夏頃から徐々に体高に見合った馬体になりつつあると感じていた。
厩舎スタッフ全員が、休養時に蓄えた栄養が全て筋肉に置き換わるのではないかと考えていた。こんな成長をする馬は見たことがなかった。
「なんとかドバイのレース前の万全の状態にしたい」
「これ以上筋肉つけて重くなっても困るなあ......バランスよく頼むぜ」
「ラピッドを筋肉ダルマみたいに言わんでください。こいつは筋肉もすごいですけど、身体の柔軟性もかなり高いですからね」
「筋肉ダルマは冗談だよ。こいつがただのマッチョ馬じゃないのは、騎乗していつも感じるしな」
秀明は、スペシャルラピッドの圧倒的なスピードは、大きな体躯と柔軟性、そしてそれを支える圧倒的な筋肉量に支えられていると考えていた。
スペシャルラピッドのストライド幅は、普通の馬よりも大きい。その割に脚の回転数も馬鹿みたいに早い。一完歩が長いのに、脚の回転が速いというあまり見かけない能力を持った馬だった。筋肉だけでなく、柔らかな関節を有していないと、ここまでの走りはできないだろう。少なくとも、こんな馬に秀明は騎乗した経験がなかった。
要するにただの筋肉ダルマではないということである。むしろ、スペシャルラピッドの走りを支えるために必要な体幹や筋肉が、この冬を経て完成するのではないかとも考えていた。
「まあ、こんな走りをしていたら消耗するのは当たり前だよな……」
こんな走法をしているのだから、体力の消耗は激しいのは当然であるが、ラピッドはそれに対応できる驚異的な心肺能力も有していた。しかし、消耗した体力の回復能力は高くないようで、体質の弱さも相まって、出走できる回数は少なくなっていた。
「最近は抑えが利くようになったとはいえ、一戦一戦の消耗が激しい馬ですからね。前哨戦は使えないですが、その分本番で爆発してもらいましょう」
「そうだな。それまでにきっちり仕上げてくれよ」
「期待していてください。まあ、現地では森本君が主担当になりますが……」
縣は自分の厩舎の馬の管理もあるため、ドバイに常駐することはできない。そのため、森本や伊藤が現地に常駐することになっていた。もちろん、定期的に現地を訪れる予定であったが、関りはどうしても少なくなる。ただ、縣は森本たちの能力を信頼しているので、そこまで心配はしていなかった。
「ほお、森本君が。なら期待だな」
ニヤニヤとした顔で縣を揶揄う。
「え、俺よりいいってこと?」
「……冗談だよ」
「冗談に聞こえないんですが……」
「……」
縣の追及に顔をそらす秀明であった。後輩をいじって遊ぶのが彼の趣味である。息子から性格が悪いといわれるだけのことはあった。
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2月上旬。検疫が終わったスペシャルラピッドがドバイに出国する日となった。
検疫厩舎のある場所から、空港に移動し、専用の航空機でドバイに向かうことになっていた。
経験と実績のある会社が航空輸送を担当するため、縣達は輸送そのものに対して心配はしていなかった。しかし、スペシャルラピッドが初めての航空機輸送にどこまで耐えることができるかが未知数であったため、気が抜けなかった。
「あれが輸送用のストールなんですね……」
大宮たちは、輸送用のストールで飛行機に積み込まれる様子をライブ映像で視聴していた。輸送会社に頼み込んで、映像を回してもらっていたのである。
「ああ、あんなに怖がっちゃって……」
専用のストールに入っているスペシャルラピッドは、かなり怯えた顔をしていた。飛行機のエンジン音が軽減されるように、『新快速』と書かれた特別なメンコを付けていたが、それでも怖いものは怖いのだろう。
輸送用のストールには3頭入ることができる。このため、両隣に今回の遠征の帯同馬が乗っていた。1頭は同じ厩舎の年上の牝馬であるオティオースス。もう1頭は新井牧場でリードホースを務めているキョウテンドウチという牡馬であった。この遠征に縣は2頭の帯同馬を付けたのであった。
「まさかラピッドが仲良くしている馬が全員集合するとはなあ……」
「本当に贅沢な奴ですよ。休養地で仲の良かった馬まで連れて行くんですから」
キョウテンドウチはスペシャルラピッドの生まれ故郷の新井牧場でリードホースを務める13歳の葦毛の牡馬である。島本牧場で生産され、10歳まで地方で走り続け、引退後に島本牧場でリードホースを務めることになった異色の経歴を持つ馬である。
放牧中のスペシャルラピッドはこの馬と仲が良かった。リードホースを務めあげるくらいには気性が良く、リーダーシップのある馬であった。寂しがり屋なところがあるラピッドとは相性も良かったのである。
「本当に勇作さんたちには苦労を掛けてしまいますね……」
「快く送り出してくれましたからねえ」
縣と大宮は、遠い北の大地にいる新井勇作に感謝の念を送った。
大宮は帯同馬の輸送費や滞在費を支払うことになっているため、大きな負担を強いられていた。しかし、最強の愛馬が勝利するためなら、いくらでも出せると豪語していた。
「大丈夫かな……」
万全の対策をしたつもりであったが、不安なものは不安であった。
「私も現地に向かいますので、大宮さんは安心して待っていてください。定期的な報告は欠かしませんので」
縣もすぐに出国して、ドバイに向かう予定であった。現地には常駐はしないが、定期的に向こうに行く予定であった。この旅費もすべて大宮持ちである。
「頼みます。もしも、本当に無理だと判断したら、ためらわないでください」
「承知しました。向こうで万全の状態に仕上げて見せます」
ライブ映像では、3頭の馬を乗せたストールが、飛行機の中に入れられる様子が映っていた。
「耐えてくれ……」
大宮の祈りは、空港で恐怖体験を味わっているスペシャルラピッドに届いたのかはわからなかった。
爆音が響く中、飛行機に詰められたスペシャルラピッドは、想定通りかなり怯えていた。すべてが初めての経験であった。鳴り響くエンジン音と浮遊感はかなりのストレスであった。
しかし、彼がボスと慕っている牝馬のオティオーススは平然としていた。それどころか、ヒンヒンとうるさく嘶いていたラピッドを見て、「うるさい」といった感じで一喝していたのである。
厩舎のボスに怒られたラピッドはたまらず隣の葦毛の牡馬に助けを求めるが、キョウテンドウチは初の飛行機なのに平然と爆睡していたのである。
「なんというか本当に豪傑な姉さんって感じですね」
航空機内で馬たちを管理していたスタッフはオティオーススを見て、すごい馬だと感心していた。
ストール内では、食事もできるように食料と水が用意されていた。スペシャルラピッドは、怯えて食事どころではなく、全く手を付けていなかった。しかし、オティオーススは自分の分を爆速で平らげていた。それどころか、食わないならよこせといわんばかりに隣のラピッド用の食事を食べていた。
キョウテンドウチの方もずっと寝ているか、同じように自分の食事を平らげて、ラピッドの食事にも手を付けようとしていた。
「何というかマイペースな帯同馬ですね……まあ、神経質な馬にはこういう馬が一緒の方がいいのでしょうけど」
実際、自分の目の前にある食事が両隣の馬にどんどんと奪われる様子を見て、なんで平然としていられるの?といった反応をラピッドは示していた。要するに2頭とも厩舎や放牧地にいるときと全く態度が変わっていなかったのである。
このため、少しずつであるが、ラピッドも飛行機に慣れることができていたのであった
スペシャルラピッドにとって恐怖の空の旅は、ドバイの空港に飛行機が着陸したことで終わった。事故もなく、安定したフライトであった。
スタッフが機内から搬出されるストールを大宮向けに撮っていた。そこには、元気がなさそうなラピッドと、新しい場所に興味津々な様子のオティオースス、眠そうにしているキョウテンドウチの姿が映されていた。
「なんとか無事についてくれたか……」
無事についたことに安堵しつつ、これからの調整に苦労しそうだなと感じた大宮であった。
このドバイの地でどこまで彼の真価を発揮できるかはわからなかった。しかし、縣や森本たち厩舎のメンバー、そしてスペシャルラピッドの底力を信じていた。
「さて、ドバイに持っていく帽子はどうしようかな」
天皇賞で破壊した帽子の代わりを探す大宮であった。
これが破れるかどうかは、レース当日の結果にゆだねられた。
ラピッド君ですが、母父がゴーストザッパー(デピュティミニスター系(ノーザンダンサー系))
母母父がエーピーインディ―(シアトルスルー系(ボールドルーラー系)
母母母父がストームキャット(ストームキャット系(ノーザンダンサー系))
母母母母父がミスタープロスペクター(ミスタープロスペクター系)
という米国血統の詰め合わせセットのような血統をしています。
母のゴーストミステリアスのモデルになった馬が、セクレタリアトの4×5、ミスプロの5×4、バックパサー(マルゼンスキーやイージーゴアの母父)の5×5、ノーザンダンサーの5×5のクロスがあります。
新井牧場はどうやって日本に持ってきたんですかねえ。