大宮貞治郎の所有馬となったゴーストミステリアスの2012は、1歳冬に、北海道にある育成牧場に送られることになった。
2歳近くになっても、すぐに体調を崩すもやしっ子ぶりを発揮していた。しかし。馬具の装着や人が乗るような馴致訓練では手がかからないため、優等生として扱われていた。
同期にはすでに本格的な訓練を行っている馬もいたが、この馬は、馬体が未成熟であり、体質が弱いという理由から、強めの調教は行われていなかった。
それでも、体調がいいときに見せる走りは、間違いなく一級品であると、スタッフから言われていた。
育成牧場に勤めて5年目の山崎恵子は、鞍などの馬具を付ける訓練からこの馬を担当していた。オーナーが名前をまだ考えている最中ということもあり、生産牧場時代のあだ名で呼ばれていた。
大人しく賢い馬であるというのが山崎の最初の印象であった。騎乗を行う訓練でも、他の馬より早く乗られることに慣れていた。意外とここで躓く馬も多かったりするが、この馬に関しては問題なく訓練を進めることができた。
山崎は、女性ではあるが、トレーニングも担当する時もあり、この馬の素質を間近で実感じていた。馬房では、彼女に甘える姿も見せており、とてもかわいい馬であった。
ただ、男性スタッフに対してはそっけない態度をとることが多く、かなりえり好みが激しい性格でもあった。
「間違いなく、自分が担当した馬の中では最高の能力を秘めていると思います。ただ、体質が弱いため、発揮できる出力に身体が付いて行っていないみたいです。その辺りは、骨や筋肉などの身体の成長が遅いのでしょう。今は、強めの調教はしない方がいいというのが我々の判断です」
「そうですか……そうなるとデビューも遅れてしまうのでしょうか」
「申し訳ありませんが、そうなる可能性はあります。平均に比べると、やはり遅いというのが実情です。ただ、彼は本当に素晴らしい脚をもっています」
大宮は、育成牧場にいる愛馬の様子を定期的にチェックしていた。新井牧場の伝手で有力な育成牧場に入厩することができたまでは良かったが、なかなか調教が進んでいないことにやきもきしていた。
しかし、牧場を訪れて、馬の顔を見るたびに、将来のライバルたちに囲まれ、ストレスを受ける環境にいながら、大宮の愛馬は購入したときと同じような穏やかな顔をしているなあと思っていた。
その顔を見ると、もう少し気長に考えてみるかという気持ちにもなる。
担当者の山崎を筆頭に、馬に真摯に向き合ってくれていることがわかっているので、大宮も文句を言うことはない。
「いつ見てものんびりした顔をしてるなあ……」
「そうですね。大人しいので、助かってます。ただ、走ることが好きみたいで、いつも前に行こうと頑張ってくれます。ただ、全力を出し過ぎてへとへとになってしまうのが玉に瑕ですが……」
身体が未熟なのに、常に全力で走ろうとしてしまうという悪癖があるというのも、調教が本格的に始められない理由の1つあった。
闘争本能も非常に高く、前に馬がいると、がむしゃらに前に出ようとする強気の気性の持ち主であった。普段は大人しいが、競争になると闘争心を見せるというメリハリを持っている馬であった。
ただ、その全力で走ろうとする気性が体質の弱さと噛み合っていないのである。
「粘り強く付き合っていく必要がありますね。いろいろと欠点もありますが、それに付き合っていくのが我々の仕事ですので」
「手のかかる子ですが、よろしくお願いします」
大宮にとっては、初めての素質馬である。そして5600万という割と洒落にならない金額の馬である。そして、自分が心から欲しいと願った馬でもある。
ケガや病気になるくらいなら、ゆっくりと育ってくれればいいと思っていた。
「高く評価している調教師もいらっしゃいますね」
「それは……それは光栄ですね。まだ、遅生まれで、身体も未熟、体質も弱い、それに後ろ脚の見栄えが良くないのですけど、わかる人にはわかるものなんですかね」
「たくさんの馬を見てますからね。それにこの程度の弱点を抱えていても、名馬と呼ばれるくらい活躍した馬はいますから」
馬主としての経験が薄い大宮でも、自分の愛馬の弱点は理解しているつもりだった。本格的な調教が始まっている馬に比べると体つきも未熟であるため、「そこまで評価が高いのか」と驚くのも無理はなかった。
実際に騎乗している山崎たちには、この馬がスペシャルな存在であることを理解するのに時間はかからなかった。日本有数の育成牧場の人間の「あの馬、やばいですよ」は、それなりに影響力があるのである。
「まだまだ、これからが本番です。また何か進展がありましたら、連絡します」
山崎としても、大宮が調教やデビューを急がせてくる馬主でなくてよかったと思っていた。馬主の意向で未熟な馬体でデビューを早めようとした結果、ケガなどで競走馬として「死んで」しまった例もある。
「そういえば名前はもう決めているのですか?一応、生産牧場時代からの名前でぴょん吉と呼んでいますけど……」
「さすがにぴょん吉はカッコ悪いなあ……カエルのアニメみたいですしねえ」
愛着のある馬だからこそ、いい名前にしてあげたいと考えていた。それが理由でなかなか候補すらも絞り込めないでいたのである。ちなみに大宮は冠名を持っていない。
「意外とフィーリングで決まったりすることが多いので、悩み過ぎない方がいいですよ」
「そうはいってもなあ……」
優柔不断な馬主のせいで、名前の候補すら決まっていない鹿毛の若駒であった。ただ、親は子に似るというように、のんびりした雰囲気を持つ大宮に買われたことは幸運だったのかもしれない。
ゴーストミステリアスの2012は、1歳冬、2歳春を育成牧場でゆっくりと育てられていった。梅雨時期に入厩に向けて準備が進められていたが、ソエが判明して休養を余儀なくされたこともあった。
それでも、何とか2014年12月中旬に、彼はトレセンに入厩することができたのであった。
既に2歳馬のGⅠレースが始まっている時期であった。
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茨城県美浦村に、日本中央競馬会の美浦トレーニングセンターはある。
12月も中ごろになり、本格的な冬の寒さが到来していた。冷たい北風が吹く中、そんなトレセンの一角に、縣(あがた)厩舎は存在していた。
厩舎内の馬房で1頭の馬を見つめる男がいた。
彼こそ、縣厩舎の主の縣浩平である。もともとは中央競馬の騎手であったが、28歳で騎手を辞めて、厩務員、調教助手を経て5年前に開業した調教師であった。2年前から連続して重賞馬を輩出するなど、徐々に評価を上げつつある調教師であった。
そんな若き調教師(45歳)は、目の前にいる1頭の鹿毛の牡馬を見て、この馬の馬主である大宮貞治郎や育成牧場、生産牧場の従業員たちのことを考えていた。
縣とこの馬との出会いは、昨年の冬ころに遡る。
調教師として開業したばかりの時に出会った馬主である大宮から、連絡を受けて育成牧場で出会ったのが、目の前にいる競走馬であった。
この馬を預かる際には、大宮や育成牧場の関係者から、
「縣先生。いろいろと手がかかる子だとは思いますが、よろしくお願いします」
という言葉をもらっている。
話を聞くところ、素質は最高峰だが、虚弱体質でまともに調教ができないという何とも言い難い評価の馬であった。その言葉は、厩舎に入厩してすぐに味わうことになった。
輸送の疲れや環境の変化の影響か、入厩後すぐにダウンしてしまったのである。2週間ほどで体調は戻ったが、いきなり洗礼を味わった気分であった。
「やっと落ち着いてきたか……輸送で疲れたのかな?」
サラブレッドは繊細で環境変化に弱い生き物であることは承知であるが、それでも目立つレベルには体質が弱い馬であった。
「『スペシャルラピッド』か……速そうな名前だこと」
大宮曰く、とりあえずスピードがありそうな名前にしたとのことである。また、彼のあだ名の「ぴょん吉」から連想したウサギの「ラビット」と快速の「ラピッド」を合わせた名前にしたようである。
ただ、一部の関係者は、関西地方で暴れまわっている鉄道の優等種別を頭に思い浮かべたようである。
ただ、そんな名前を付けられた馬は、調教すらできるか怪しい馬であった。
実際、かなりの素質馬なのに、大手の調教師から断られてしまったのは、遅生まれと、体質の弱さ、後ろ脚の外向が要因であることに間違いはない。
縣も、育成牧場で過ごしている馬の姿を見て、それらの欠点を見聞きしたときは、預かることに難色を示していた。
しかし、一度だけ見た彼の本気の走りは、名馬たちの走りを彷彿とさせるものであった。「モノが違う」という育成牧場のスタッフたちの言葉の意味を、一瞬で理解できる走りであった。
このため、縣は不安以上に、わくわくする気持ちも抑えきれていなかった。この馬が、本気を出したとき、どんな結果になるのか。どんなレースを勝てるのか。想像するだけでも気分が上がる馬であった。
「縣先生。馬房の掃除が終わりました」
「お疲れさん。ラピッドも今のところは大丈夫だから、もう上がってもいいよ。最近忙しかったでしょうし」
縣に声をかけてきたのは、厩舎所属の厩務員の伊藤百花であった。こちらに来たばかりで体調を崩していたスペシャルラピッドが、やたらと懐いていたのが、伊藤であったため、そのまま世話を担当している。
「ありがとうございます。ぴょん吉の体調も戻ったみたいでよかったです」
スペシャルラピッドは、伊藤が戻ってきたとわかった瞬間、馬房から顔を出して、甘え始める。
縣は、この馬が幼駒時代、女性の従業員に育てられたからか、人間の女性によく懐くという話は聞いていた。
そんな1頭と1人の様子を見ながら、縣は、このガラス細工のような馬をどのように仕上げていくかを考えていくのであった。
「あああああああ……」
「楽しみにしている」そう思ったのもつかの間、スペシャルラピッドの想像以上の厄介さに、縣は頭を抱えることになった。
「想像以上に体質が弱いです。よく食べるのに、すぐに体調を崩します。」
調教助手の森本康もかなり難しそうな顔をして、彼の弱点を分析する。
「特にほかの馬との併せはだめだ。すぐにムキになる。これじゃあ身体が付いていかない」
この馬を紹介してもらった育成牧場の山崎に、「他の馬がいると、その馬を意地でも抜かそうとする闘争心の高さが特徴」だと聞かされてはいた。縣たちも、それが弱点でもあるということは知らされてはいた。ただ、想定を上回る酷さであったのだ。
縣達が抑えようとしても、それを無視して、一生懸命走ってしまう。そう、彼は常に全力なのだ。頭が先頭民族なのである。
そして、疲労がたまりやすく、体質の弱いスペシャルラピッドにとって、それはプラス方向には作用しなかった。
「我慢を何とか覚えてもらうしかないですね。これは時間がかかりそうだ」
「新馬戦は間に合わないかもしれんなあ。それでも何とか2月くらいまでにはデビューしたいが……」
「その辺は大宮さんが気にしなくていいといってくださっているので、ありがたいですが……」
大宮は、育成牧場のスタッフから、デビューは間違いなく遅れるという話を聞いているので、その辺りは気にしなくていいと縣達に伝えている。
「それに甘えてはいかんだろう。ただ、焦って仕上げてもいいことはないだろうから、ゆっくりと粘り強く付き合うしかないかな……」
このように、気苦労の種となっているスペシャルラピッドであったが、その秘めたる素質は、全員が認めていた。
先日の調教では、2歳の、それも未成熟な馬とは思えないタイムをたたき出している。騎乗した人間全員が、身体のバネと筋肉のしなやかさは超一流であること、そこから繰り出される驚異的なスピードは、素晴らしいものであることは認めていた。
素の身体能力でこれだけの力を発揮できているため、成長して、しっかりと調教を施すことができれば、とんでもないほど強い馬になるのではと期待していた。
ただし、今のところは絵に描いた餅でしかないのである。
「まったく、気苦労の種だよ……」
自分で預かるといっておきながら酷い言い草である。
「そんなにひどいことを言わんでくださいよ。結構繊細なんですよ、彼」
厩務員の伊藤が、馬房で大人しくしているスペシャルラピッドを撫でる。
「ただのスケベな馬なんじゃないですか?」
競走馬は厩務員には懐くというが、彼の場合は、女性限定で愛想がよかった。例外はオーナーの大宮だけである。厩舎の手伝いに来た別の女性厩務員にも甘えていたので、割と確信犯であると縣や森本は考えていた。
「そんなことは……ないとは言い切れませんね」
伊藤本人も苦笑いしながらスペシャルラピッドを撫でていた。
こんな会話が、毎週のように縣厩舎で繰り広げられていった。良い意味でも悪い意味でも、スペシャルラピッドは縣厩舎のアイドルになりつつあった。
縣厩舎での調教の日々はあっという間に過ぎていった。同期の馬が次々とデビューし、有力馬が2歳戦線を賑わせているなかで、彼はなかなかデビューすることができなかった。
調教が進まなかったのである。3歳になっても相変わらずであったが、3月ころになると、多少の融通が利くようになり、少しずつではあるが、調教を進めることができるようになった。
そして、2015年の5月にやっとデビュー戦を迎えることになったのである。
ダイユウサクは3歳(現2歳)の12月に入厩しているんですね。遅生まれが原因か、彼も若駒時代は体質の弱さに苦しめられたようです。また、オウケンブルースリは、3歳3月に入厩しているようで、なかなかの遅さですね。。