Special Rapid Service   作:永谷河

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初勝利を終えて

【東京1R3歳未勝利戦結果】タニノギムレット産駒スペシャルラピッド、9馬身差圧勝

 5月31日、東京競馬場1Rで行われた3歳未勝利戦(3歳、ダート1600m・16頭)は、3番人気のスペシャルラピッド(牡3、美浦・縣厩舎)が第4コーナーから先頭に立ち、直線でそのまま後続を突き放して、2着のデストリーライズ(牡3、美浦・鹿戸厩舎)に9馬身差をつけ優勝した。勝ちタイムは1分34秒9(良)。

 勝ったスペシャルラピッドは、父タニノギムレット、母ゴーストミステリアス、その父ゴーストザッパーという血統。

 

 

 

 

 

2015年5月31日、東京競馬場にて行われた日本ダービーは、圧倒的な強さを見せつけたドゥラメンテが勝利し、見事二冠を達成した。12年生まれ、15年クラシック世代の頂点に立ち、多くの賞賛を受け、最強の3歳馬として名乗りを上げていた。

そんな栄光の裏に、ひっそりと話題に話題になっていたのが同じく15年クラシック世代のスペシャルラピッドである。

12月入厩、5月未勝利戦デビューという、逆に珍しいくらいの経歴の持ち主である。所属厩舎も開業して5年の若手調教師の厩舎で、騎乗した騎手も5年目の若手騎手である。美浦の関係者はともかく、一般の競馬ファンからは、そこまで注目されている存在ではなかった。

その馬が、ダービー当日の第1レースで圧巻の走りを見せたのである。未勝利戦とはいえ、9馬身差での圧勝劇であった。

競馬新聞やネットニュースにもひっそりと掲載されるくらいには衝撃的であったようで、馬主の大宮は鼻が高かった。

そんな彼は、祝勝会と称して都内で飲み会が行われていた。彼は零細馬主なので、自分が所有する馬が勝つたびにこうやって友人や関係者を誘って祝勝会を開くのである。

本当は縣や能海といった関係者も呼びたかったようだが、時間の都合が合わず、不参加であった。その代わり、生産者代表として新井勇作が招待されていた。

 

 

「いや~私も参加しちゃってよかったんでしょうか」

 

 

「いいに決まっているじゃないですか。今度はご家族の方も呼びますよ?」

 

 

「妻や娘たちは忙しいからなあ……」

 

 

勇作は牧場の責任者であり、結構忙しい立場であるが、妻の裕子に「馬主さんとのつながりを大切にしなさい。たとえ零細の馬主さんでもね」という言葉に従い、こういう祝勝会には積極的に参加している。

 

 

「それにしても本当に強かったですね。あれで本質は芝馬なんですか。」

 

 

「ダートも得意って感じらしいです。今はやりの二刀流ってやつですね」

 

 

投手と野手で活躍する野球選手を思い出しつつ、その能力を讃える。

新井としても、芝の高速競馬に対応できるスピードを兼ね備え、マイルから12ハロン程度までなら対応可能なスタミナを兼ね備えた馬を作りたかったため、想定通りといえばそうなる。ダートも走れるのは、母方の血統のおかげかな?とも思っていた。

 

 

「まあ、それらを全部帳消しにする弱点がたくさんあるんですけどね……」

 

 

「ダービーの日にデビューになるとはさすがに想定外でしたね。遅生まれなので、2歳でデビューは無理だろうなあとは思っていましたが。あと、想像以上に大型馬になってしまったのも要因ですね。足の仕上がりが遅くなっているみたいです」

 

 

新井は当歳馬の貧相な見た目の時代を思い出していた。しかし、未勝利戦を走ったスペシャルラピッドは、501kgであり、新井の想像以上に大きくなっていた。

 

 

「大きい方がかっこいいじゃないですか~ダービーのキタサンブラックとか黒くて大きいしカッコよかったですよ」

 

 

「あの馬も大きいよなあ~。大手牧場じゃないところ出身だし、馬主があの方ですから応援したくなりますね」

 

 

キタサンブラックの馬主は大物演歌歌手である。かなり長い期間馬主を続けている人であるが、GⅠは未勝利であった。

 

 

「馬主を50年近く続けてもGⅠは取れないものなんですね……」

 

 

「その辺りは、運の要素が強いですからね。高い馬が必ずしも走るわけではないですので。大手牧場とのコネと、あとは強い馬を見つけ出す相馬眼が重要ですよ」

 

 

ディープインパクトの馬主の相馬眼の良さは有名な話である。

 

 

「相馬眼ねえ……」

 

 

「大宮さんにはあると思いますよ、相馬眼。だってラピッドを見つけたじゃないですか」

 

 

「え、そうですか?いや、そうかも」

 

 

酒に酔っ払った人間特有の大声で二人は会話をする。それを聞いていた大宮の友人は、こうやって馬で身を崩していくんだろうなあと思っていた。

祝勝会は夜通し行われ、年甲斐もなくオールをした勇作は、東京に住む息子に呆れられながら北海道に帰っていった。

 

 

浮かれていた大宮とは対照的に、縣厩舎の関係者は、スペシャルラピッドが原因で、大変な思いをしていた。

早朝は忙しい美浦トレセンも、昼以降になると比較的余裕が生まれてくる。縣厩舎も、厩舎所属の馬たちの調教等が終わり、スタッフたちも一息ついていた。

そんな中、縣と森本は、一頭の馬の様子を確認していた。

 

 

「……かなり疲れているみたいだな。予定調和というか、想定通りというか」

 

 

縣達の前には、美浦トレセンに戻ったスペシャルラピッドがいた。大好きな厩務員の伊藤に世話をしてもらってご満悦の様子である。

ただ、昨日から軽い発熱が確認されているうえ、筋肉痛に苦しんでいる様子も見られた。マッサージ装置といった最新設備をフル稼働して、疲労などを回復させているが、全快の見込みは立っていなかった。

 

 

「能海騎手が抑えていなかったら、もっとひどいことになっていましたね」

 

 

「それはそうだがなあ。見せ鞭すらなく、抑え気味なのになんであんなに走るんだろうか……」

 

 

「それは、ラピットが先頭で走るのが好きな気性だからですね」

 

 

「それは知っているわ!全く、末恐ろしい馬だよ……」

 

 

一般的に分類すれば、スペシャルラピッドは逃げが得意な馬である。しかし、縣達は、単純に馬の出力が高すぎて、スピードが乗りすぎて勝手に逃げになってしまっていると考えていた。今回も、能海騎手が抑えたおかげで、途中まで2番手で競馬を進めていた。しかし、道中で少し抑えを緩めたら、リミッターが解放されたかのように、スピードを上げてしまったのであった。

9馬身差は、能海騎手が必死になって抑えたゆえの結果であったのだ。

 

 

「ダービーに出走したら、勝てなくても、いい勝負はできたんじゃないですか」

 

 

森本がとんでもないことを口走る。

 

 

「それは……ドゥラメンテは流石に無理だろうよ」

 

 

縣は、流石に二冠馬は無理だろうと思っていたが、万全の状態でなら勝負になるかもしれないと心のどこかでは考えていた。

いつか、ラピッドが仕上がったら、どこかで倒してやる!とは意気込んでいたのだった。

 

 

「まあ、1勝はできたことだし、ゆっくりとレースを使っていけばいいか」

 

 

縣が、ラピッドに「お疲れ様、次も頑張ろうな」と言って撫でようとするが、そっけない態度で無視される。

伊藤に「先生を無視しちゃだめだよ」と優しくしかられると、渋々といった感じで、縣のなでなでを受け入れる。

 

 

「相変わらず俺にはキツイね〜」

 

 

「本当に露骨に態度を変えますね。女性騎手は……今はいませんでしたね」

 

 

「騎手学校にはいるらしいが……いや、でも全力で抑えんといけんから、力がないとダメか……」

 

 

「次の騎手はどうするかはしっかりと決めないといけませんね」

 

 

「GⅠ級のレースを使うってなったらまた別の騎手になるかもだけど。どうしようかねえ......まあ、まだ未定だな」

 

 

スペシャルラピッドの状態が全く分からないため、次のレース選択はまだ決められていない。当初は1勝クラスといった条件戦も検討していたが、未勝利戦の走りを見るに、次はオープン戦でいいのではとも考えてた。ただし、デビューした時期が時期なので、条件戦で賞金を積み上げていく必要もあった。

 

 

「8月初旬には走らせたいかな。3ヶ月開ければ大丈夫だとは思うが......正確なことは言えんな」

 

 

「3ヶ月ですか......回復してくれればいいですけど」

 

 

「その辺りは注意して管理するしかないかな。レースといえば、今年の冬辺りには芝のレースにも出してやりたいね」

 

 

「冬の芝重賞というと、金鯱賞あたりがねらい目ですね。得意な左回りコースですし。ただ、そのままダート戦線に行って武蔵野Sとか良さそうです」

 

 

「どこかで重賞に挑戦はしたい。ただ、来年の春くらいになりそうだな」

 

 

「おそらくそうなりますね」

 

 

スペシャルラピッドの出走ローテで二人の話は盛り上がる。そんな姿を見て、厩務員の伊藤は、馬房の前で話すなと思いつつ、目の前にいる懐っこい馬の世話をしていたのだった。

 

そして1週間後、その野望は見事に打ち砕かれることになる。

未勝利戦の疲労はまだ回復できておらず、発熱もあったが、馬の運動のための歩かせていたときであった。

 

 

「ソエですか……」

 

 

運動中に、歩様の乱れが確認されたスペシャルラピッドは、すぐに専門医に見られることになった。

その結果、管骨骨膜炎と診断されたのであった。

すぐに気が付いたため、軽傷であるのが幸いであったが、考えていたレースプランがすべて白紙になった瞬間であった。

 

 

「確か育成牧場でも発症していたからなあ……」

 

 

「まだ、身体が出来上がっていない状態だったのでしょう。いや、普通の競走馬はその状態でも走っていたりしますが、ラピッドの場合、発揮される出力が骨とかの成長に追いついていないのでしょうね。正直、想定ははるかに上回ってます」

 

 

「注意はしていたが、あれでも駄目だったか」

 

 

いろいろと問題発言も多い縣たちであるが、スペシャルラピッドは脚部に問題があることは知っていたため、かなり注意を払って調教などは行っていた。

そのため、これ以上に警戒が必要になるのかと頭を抱えることになった。

 

 

「とにかく、一度牧場に戻しましょう。回復のスピード次第で、次のレースは決めます」

 

 

「そうだな。大宮さんもがっくりさせてしまうなあ……」

 

 

こうして、スペシャルラピッドは一時的な休養に入ることになった。軽症だったため、休養期間はそこまで長くないのが幸いだった。

休んでばかりじゃねーかというツッコミは無粋である。

関係者は頭を抱えながら、夏以降の競馬を見据えていた。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

能海秀樹は騎手である。騎手になって5年目の若手で、現在は縣厩舎に所属している。彼の一族は競馬関係者が多数占めている。父はGⅠを勝利したこともある現役の騎手である。

父を超えようと頑張っているが、なかなか成績が向上しない、未熟な騎手であった。

 

 

「は~疲れた……」

 

 

彼は、朝から縣厩舎の調教に参加していた。そのため、くたくたな様子で昼食を食べていた。

そこに、一人の男が声をかける。

 

 

「お疲れさん。こんなことでへばってたら、これから先心配だぞ」

 

 

「うるさいなあ……息子に絡むなよ」

 

 

男の名前は能海秀明。能海秀樹の父親である。彼もまた中央競馬の騎手であった。2015年で46歳とベテラン騎手として活動している。GⅠも10勝しており、名騎手の一人である。フリーではあるが、美浦トレセンを拠点にしているため、たびたび息子の様子を見に来ているのである。

 

「秀明さ~ん。息子さんをあんまりいじめるなよ~」

 

別の騎手たちからもこんな言葉が出るあたり、日常的な光景なのだろう。

 

 

「それにしても、あのスペシャルラピッドだったか?すごい馬だな」

 

 

秀明は日本ダービーで人気薄の馬に騎乗していたこともあり、31日は東京競馬場にいた。そして、9馬身差をぶっちぎって勝利した衝撃的な強さを見ていた。

 

 

「ああ、本当にすごいよ。今は休養中だけどね」

 

 

「確かソエで休養中だったな。秋ころから復帰って感じか」

 

 

「多分そうなると思う。縣先生に聞けばいんじゃない?」

 

 

そう言って秀樹は休憩スペースから出ていく。

 

 

「振られちゃいましたね」

 

 

能海と歳が近い別のベテラン騎手が、心温まる親子の交流を茶化す。

 

 

「親子のコミュニケーションなのになあ~」

 

 

「自分はこんな父親だったら嫌ですけどね」

 

 

「おいおい、ひでえこというじゃねーの」

 

 

「二世ってのはどの界隈も大変なことで……それにしても秀明さん、まさかスペシャルラピッドを狙っているんじゃ……」

 

 

「そりゃあお前、当たり前だろ。あんな化け物級の馬、狙わんほうがおかしいだろ」

 

 

スペシャルラピッドのことは、すでに美浦中の競馬関係者に知れ渡っている。栗東の関係者からも、美浦の秘密兵器が動き出したと話題になっていた。

実際、デビュー前から、秘めた能力は化け物級であるということは噂になっていたが、未勝利戦で、その片鱗を見せつけられていた。秀明も先約がなければ騎乗してみたいと思っていたほどである。

そして、今も主戦騎手の座は狙っていた。息子だろうとその辺は容赦しない。

 

 

「あんまりいじめすぎないでやってくださいね。彼、頑張っているんですから」

 

 

「頑張っているのは認めるが、まだまだ甘い」

 

 

「厳しいねえ……」

 

 

美浦トレセンの騎手の日常的な風景である。

別の騎手もいなくなり、休憩場所に一人残された秀明は、おちゃらけた雰囲気から一変して真剣な表情で外を眺めていた。

 

 

「バカ息子、マジで奪っちまうぞ……」

 

 

秀樹は5年目になるが、物足りない成績を残している。

ちょっとしたことで乗り替わりになるのが競馬の世界である。スペシャルラピッドは間違いなく怪物級の馬になると秀明は読んでいた。そうなれば、自分よりも実績のある騎手たちが全力で奪いに来ることは容易に予想できた。

一応、彼にもいろいろと事情があることは秀明にもわかっているつもりである。騎手なら何度でも味わうことになる悲劇に、彼は2年目で見舞われていた。

それでも、一人前の騎手として、戦っていくには、それを乗り越えないといけないとも思っていた。

 

 

「あの馬が秀樹を変えてくれりゃあいいんだけどなあ……」

 

 

父は意外と子供のことを考えていたのであった。

 




騎手のモデルはじゃじゃ馬グルーミン★UP!の竹岡親子です。

ラピッド君が覚醒するのはまだ先です。
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