Special Rapid Service   作:永谷河

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ヤマニンウルス、ジャスタウェイ産駒だし、ヤマニンの冠だし、頑張ってほしい。


連勝へ

8月29日の新潟競馬場で、スペシャルラピッドは躍動した。

ソエによる休養明けで、3か月ぶりのレースであったが、常に先頭でレースをし続け、ラストの直線で後続を突き放してゴールしたのであった。着差は5馬身差と、デビュー戦よりは控えめであったが、圧勝といっていい勝ち方であった。

馬主の大宮も、デビューからの2連勝に大喜びし、競馬場に同行していた友人たちと新潟で祝勝会を開いていた。馬に5000万も使うなんてという嫌味っぽいことを言ってきた人には、ラピッドの2連勝を見せつけて、ニヤニヤするくらいには大宮は俗物であった。

 

 

「いやー、強かったですね。本当にありがとうございます」

 

 

「これもラピッドが頑張ったおかげですね。秀樹君の騎乗もよかったですし、今後にも期待が持てます」

 

 

「やっぱり彼でよかったじゃないですか!これからも彼に乗ってもらいましょうよ」

 

 

「次も条件戦かオープン戦のどちらかになると思いますし、それでいいと思います」

 

 

「いえいえ!重賞の時も秀樹君に任せましょうよ!初重賞制覇は私の馬!」

 

 

2次会のバーで酒を飲みまくっているせいか、あまり呂律が回っていない大宮であった。縣は酒に滅茶苦茶強いので、大宮との飲み程度では全く酔っぱらっていない。

縣は、あくまで飲みの席での話だと思いつつも、重賞挑戦も遠くないぞと思っていた。

 

 

「お兄さん!俺の馬は強いぞ~」

 

 

酔っ払い過ぎて、変なことを口走る大宮を「面倒くさいな、この爺さん」と思いつつ、馬主の飲みに付き合っていたのであった。その後、縣は酔いつぶれた大宮をホテルに送り届けて、始発の新幹線で仕事場に戻っていった。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

2015年10月末、美浦トレセン。トレセンに勤めるホースマンたちは、徐々に秋の訪れを感じていた。

そんな秋の一日、広大な敷地の中にある坂路コースを一頭の馬が走っていた。

その馬を、真剣な目で縣は見つめていた。

 

 

「……これなら、11月末頃のレースに出してやってもいいかな」

 

 

軽めで1本だけとはいえ、坂路を走り終えたスペシャルラピッドを見て、縣はつぶやく。前走の条件戦から2か月ほどが経過しており、状態がどの程度まで回復しているのか確認していた。

スペシャルラピッドは、体質があまり強くない。つい最近までは強めの調教を行うだけで体調不良を起こしてしまうほどであった。

実際、5月末のデビュー戦の後に、ソエを発症したうえ、暫く体調が安定していなかった。

 

 

「やはり成長はしている。それに前のレースで、消耗をかなり抑えることができたのが大きかったか」

 

 

前走から2か月程度経過して、ここまで走ることができる状態になっているのが、縣にとって驚きであった。

レースを終えて、美浦トレセンに戻ってきたときは、ぐったりして動けなくなっていた。ただ、今までとは異なり、3~4週間ほどで疲労による発熱や筋肉痛が収まっていたのであった。そして2ヶ月ほど経過した現在では、調教を始めることが出来るくらいには、体調が整っていた。このため、3戦目の目途が立ちそうだと考えていた。

 

 

「先生、指示されたことは終わりました」

 

 

スペシャルラピッドに騎乗して坂路を走っていた能海秀樹が戻ってくる。彼は、調教の手伝いの一環で縣厩舎の馬に騎乗することがある。

 

 

「お疲れさん。2戦乗った騎手の目から見てどうだった」

 

 

縣もまだ45歳であるため、調教の際に、自ら騎乗することもある。スペシャルラピッドには、助手の森本が調教で騎乗したこともある。ただ、レースでスペシャルラピッドに乗ったことはない。騎手の目線からの意見も欲しいため、能海に意見を求めることがあった。

 

 

「そうですね……やはり1か月間ほとんど体調不良や筋肉痛で動いていなかったため、身体のキレは落ちていますね。可能なら、もう少しだけ休ませてあげたいところです。ただ、今の状態から、仕上げていっても、十分勝てると思いますが」

 

 

「そうなると、11月末から12月中旬ころのレースがいいか。オープンは除外される可能性が高いから、もう一回条件戦かな……」

 

 

縣も能海も、スペシャルラピッドはさっさとオープン特別やGⅢやGⅡといった重賞戦線で走るべき馬だと考えている。ただ、デビューが遅れたうえ、レースもなかなか出ることができないため、下のクラスで燻らざるを得ない状況であった。

 

 

「抑え気味に走って、以前よりダメージが少なくてもこれですからね。次のレースも3か月近く開ける必要があるかもしれないです」

 

 

「根岸ステークスや東海ステークスに挑戦してみたかったが、無理っぽいなあ……」

 

 

「12月初旬に走ったとすると、2か月弱しか期間があきませんね」

 

 

「2か月か……ただ、スペシャルラピッドが成長しているのは事実なんだけどな。なんだかんだ坂路調教や併せもできるようになったしな」

 

 

デビュー当時は、まともに調教すらできない状況であったが、6月~8月の放牧で、体質はかなり改善され、負荷のある調教もこなせるようにはなっていた。ただ、依然として、体調不良の回数は多いうえ、レース後のダメージの大きさと癒えるまでの時間は、普通の馬よりも大きかった。

 

 

「次のレースも、暴走しないように、全力を出し過ぎないように走らせれば、何とかなるかもしれません」

 

 

「そうか……まあ、次のレースも能海君になると思うので頼むよ」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

歩きながら能海と会話していたこともあり、会話が終わるころには、厩舎についていたのであった。能海は別の馬の騎乗があるため、すぐに別の厩舎に向かっていった。一方の縣は、身体を洗っている最中のスペシャルラピッドのところに向かった。

レース後にぐったりとしていた姿を見ているだけに、厩務員の伊藤に身体を洗ってもらっている様子はほほえましかった。

 

 

「ラピッドだけど、異常はなさそうか?」

 

 

普段一番スペシャルラピッドを見ている伊藤に聞く。伊藤もほかの馬に比べて、脆さが目立つ馬であったため、特に注意して世話をしていた。

 

 

「今のところは、体調面に問題は出ていません。本当に体調不良を起こす回数が減りましたね。特にレース後に元気になる速度が、春頃に比べるとかなり早くなりました。間違いなく成長しています」

 

 

「成長しているか。やはり本格化は、来年以降かな」

 

 

晩成型といわれる馬でも、3歳秋くらいから強くなっていく馬もいれば、4歳以降に強くなった馬もいる。ラピッドも4歳からが本番になりそうだと、縣は予想しているが、この時点でもう、GⅠ戦線で戦わせることができるほどの馬になりつつあると感じていた。

ただ、能力があっても実際に重賞級のレースに出れるかは別問題である。また、一戦一戦の消耗が激しいGⅠレースを、未熟な状態で出すべきではないとも考えていた。

 

 

「あと、ちょっと精神面が幼いところがありますね。賢いことは間違いないのですが……」

 

 

「幼いか……確かにその傾向はあるな。調教もあまりできていなかったし、レースもあまり使えなかったからなあ。経験が足りていないのかもな」

 

 

「2歳馬かな?と思ってしまうことが良くありますね。精神面だけではなく、体質や身体の成長速度的にみても、普通の馬に比べて1年程度成長が遅くなっているのかもしれませんね」

 

 

「1年遅れか……遅生まれの馬はみんなこういう感じなのかな?」

 

 

ナリタタイシンは、スペシャルラピッドよりも遅い6月生まれであるが、皐月賞を勝利している。このため必ずしも遅生まれの馬の成長スピードが遅くなるとは限らない。

 

 

「精神面については、彼は賢いので、経験を重ねれば成長すると思います。実際、パドックやゴール板を覚えていたりするので……」

 

 

「そうなってくれるとありがたいねえ」

 

 

そう思い、身体を拭かれてご満悦の様子のスペシャルラピッドを見る。隣には、鹿毛の馬がいるが、その馬に何か話しかけて遊んでいる様子である。

 

 

「なんだ、オティオーススに気があるのか?スケベめ」

 

 

鹿毛の馬は、オティオーススという4歳牝馬であった。縣厩舎に所属しており、数少ない大宮の所有馬であった。スペシャルラピッドはこの年上の牝馬に構ってもらうのが好きなようで、よく見かける光景であった。

 

 

「馬っ気を出しているわけではないので、単純に遊んでもらいたいだけみたいですね」

 

 

事故が怖いため、あまり牡馬と牝馬を一緒にはしたくないというのが本音であるが、ラピッドの精神安定に強く貢献しているため、無理に引き離そうとはしていなかった。

ただ、ラピッドの方が一方的に絡んでいるだけで、オティオーススの方は、うっとうしそうにしていることが多かった。

それでもちょっかいをかけようとしたスペシャルラピッドに業を煮やしたのか、厩務員の伊藤に、早く何とかしろと要求するかのように前かきを始めてしまっていた。

 

 

「あ~、もう終わったから戻ろうね~」

 

 

伊藤に連れられて、馬房に戻っていく牝馬を見ながら、いつもの穏やかな顔つきをするスペシャルラピッドであった。正直何を考えているのかわからない顔である。

 

 

「振られちまったな……って危ない!

 

 

慰めるように顔を撫でてやったら、自分をバカにしたのかと思ったらしく、縣の脚を踏みつけようとしてきたのであった。

賢いためか、人間の機微に敏感に反応できるようで、こういうことはよくあった。ちなみに女性には基本甘いのは幼駒時代から変わっていない。

 

 

「……成長してんのか?こいつは?」

 

 

徐々にふてぶてしさが増してきたスペシャルラピッドにため息をつく縣であった。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

2015年11月29日、東京競馬場。

この日は、GⅠレースである、ジャパンカップの開催日であった。このため、たくさんの競馬ファンが東京競馬場にやってきていた。

メインレースのジャパンカップは15時40分発走であったため、それまでは前のレースを観戦していた人が多かった。

そんな状況の中、第8レースのシャングリラ賞にスペシャルラピッドは出走予定であった。

相も変わらずパドックでは厩務員の伊藤を困らせるようにチャカついていた。

 

 

「あのお馬さん可愛い~」

 

 

JRAが力を入れてきたかいがあってか、パドックを見学するスペースには、女性や子供連れの親子がそれなりにいた。

彼ら彼女らには、厩務員に甘えるしぐさを見せて、元気いっぱいに跳ね回るスペシャルラピッドは可愛く見えていたのであろう。「可愛い」という声が聞こえていた。

ただ、馬券を賭けようとしている人たちには、あまり好印象には思えていなかったのであった。

 

 

「8番はなしだな。仕上がりもそんなに良くない。2連勝でも信用できんな」

 

 

「あれぐらいなら許容範囲かな。2戦とも圧勝だったし、こいつは本物だ」

 

 

前走のパドックでも、このようなチャカつき具合であったため、そのレースを知っている人からすれば、特にマイナスポイントにはならなかった。しかし、知らない人からすれば、入れ込んでいて集中できていないと判断されても仕方がなかった。

しかし、2戦の勝ち方が圧倒的であったため、1番人気は揺るがなかった。

 

パドック周回が終わると、すぐに騎手が騎乗の準備を始める。

緑を基調とした勝負服を着用した能海秀樹騎手が、スペシャルラピッドに騎乗する。まだ5年目の若い騎手である。競馬ファンからは、伸び悩んでいる若手という評価を受けていた。少なくとも、騎手で馬券を買うような騎手ではない。

 

スペシャルラピッドに賭けたファンたちは、「頼むぞ能海」や「下手こいたらぶっ飛ばす」などと好き勝手に考えながら、馬が地下馬道に消えていくのを見ていた。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

レースの開始を知らせるファンファーレが鳴り響き、東京競馬場の第8レースが始まろうとしていた。

ダート1600メートルのスタート地点では、16頭の馬がゲート入りを始めていた。

 

『東京競馬場第8競走、シャングリラ賞3歳以上1000万以下条件戦、ゲート入りが進んでおります』

 

『……1番人気8番のスペシャルラピッドが入ります……』

 

最終的に、スペシャルラピッドは1番人気でレースを迎えることになった。

次々と競走馬たちがゲートに入っていき、最後の一頭がゲートに入る。

 

『全頭ゲートに入りまして……態勢完了しました』

 

係員がゲートから離れると同時に、ゲートが解放される。

 

『スタートしました!ポンと飛び出したのはスペシャルラピッド。好スタートです。3番マハロマナも鼻を取ろうと先頭に向かいます。これは先行争いになりそうだ』

『芝コースに入って先頭に立ちましたのは内から3番マハロマナ、外から4番サンタクローチェ、6番マドリードカフェ、4番手にスペシャルラピッド……』

 

スペシャルラピッドは好スタートを切り、先頭の馬から2馬身ほど後方で競馬を進めていた。場内実況が、後方の馬の状況を伝えるなか、先行策の6頭が、向こう正面を走っていた。その4番手にスペシャルラピッドはいた。

ターフビジョンでもわかるほど、能海騎手が馬を抑えようとしているのが見えていた。

 

『第三コーナーを通過して、残り1000メートル。先頭は依然としてマハロマナ、その後ろに……』

 

第3コーナーに入り、少しずつペースが上がり始める。5番手ポジションで控えていたスペシャルラピッドが外からペースを上げ始めていたからである。

それにつられて、その近くにいた馬たちもペースを上げ始めていた。

 

『第4コーナーに入って、外からスペシャルラピッドが並びかける。11番イダクァイマ、マドリードカフェもそれに続く。内からマハロマナが粘っている』

 

第4コーナー中間から一気にスピードを上げて、先頭に立ったのが1番人気のスペシャルラピッドであった。それにつられて、外から別の馬が並びかける。

 

『残り600メートルを通過して先頭スペシャルラピッド!第4コーナーをカーブして直線に入りました。先頭は、スペシャルラピッドです!』

 

スペシャルラピッドは、第4コーナーで外側を通って先頭に立ち、直線に入るころには、2番手に2馬身ほど差をつけていた。

 

『残り400を通過、先頭は依然スペシャルラピッド、2番手にイダクァイマ、内側マハロマナ、外から追い込んでくるのは12番アナザーバージョン、大外ニットウビクトリー!しかしスペシャルラピッド、これは余裕のリードだ』

 

先行勢が後退していく中、スペシャルラピッドはぐんぐんと加速していき、後続を突き放していった。後方から控えていた馬たちが一気に追い込んでくるが、間に合わなかった。9番の馬が大外から追い込むも、先行策をとっているのに、上がり最速クラスの足を使うスペシャルラピッドには届かなかった。

 

『先頭スペシャルラピッド!余裕のゴールイン!2着はニットウビクトリー。3着に……』

 

2着馬はスペシャルラピッドよりも上がり時計が良かったものの、直線から一気に突き放したスペシャルラピッドをとらえきることはできなかった。

 

『勝ち時計は1.34.5。非常に強い競馬でした。これでスペシャルラピッドは3連勝。今後が楽しみな馬です!』

 

残り600メートル付近で先頭に立ち、そのまま後続を突き放していった。6馬身の着差を付けて、余裕の勝利であった。

 

『いやー本当に強いですね。よく見ると鞭も使っていませんし、余裕が感じられます。このクラスにいていい馬ではないですね。来年が楽しみな馬の一頭です』

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

スペシャルラピッドが先頭でゴールする瞬間を、競馬ファンは間近で見ていた。

 

 

「6馬身差、つっよ……」

 

 

「やっぱり強いね。確かここのコースレコードが1:34.1だったから、結構なハイペースだね。先行策の馬たちはみんな後退したけど、この馬だけは全くそれを感じなかったね。出力が違うよ。多分上がり時計も最後に追い込んできた馬と大して変わらないんじゃないかな」

 

 

聞いてもいないうんちくを語り始めるおじさんもいれば、圧勝ともいえる勝ち方にあっけにとられる人もいた。

 

 

「当たった!めっちゃっ強い!」

 

 

「クソ、外れだ。なんだあのバケモンは」

 

 

「2着があかんかったな。それにしても6馬身か。さっさと重賞に行けよ。G Iでも普通に通用するよ、あれは」

 

 

第8レースの馬券を当てた人もいれば、外した人もいる。下品にも馬券を投げ捨てていた人もいた。

ただ、スペシャルラピッドという謎に強い馬が、ジャパンカップ当日の条件戦で圧勝したという記憶が、少なくない人に刻まれたのであった。

 

 

 

 





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