私はマガイマガドである。名は無い。
私は他のマガイマガドにはない、極めて奇妙な特性を持ってこの世に生を受けた。
いわば、前世の記憶である。しかし間違ってもこの世界の人間ではなかったのだろう。
私という生物──モンスターは皆、“ゲームの中の存在”であったからだ。
前世の性別がとか、どのような性格をしていたかとか。とんと思い出せはしない。
が、特に必要もない。
この知識のおかげか、他のメスのマガイマガドらよりも小柄で、白い色合い……アルビノと呼ばれる先天性の色味の薄さからもたらされる目立ちやすさに反して生き残れていたのだと、ハッキリ言えるだろう。
多少過ごし難いが、雪に紛れることのできる色と、マガイマガドとして持ち得る鬼火のガスを上手いこと焚き火のように燃焼させ続け、子供らの体温が下がりすぎるのを防ぐことができる。
「────!!」
「────!」
私が起こした焚き火を囲うように、二匹の子供たちがじゃれあっている。
今はまだ、この辺りにはさほど強力なモンスターたちはいないのが救いだろうか。
それでも何処ぞの絶対強者のような、『美味いものを食べに本来の生息域とはかけ離れた地域まで遠征しにきました!』とでも言いたげにふらっと現れる輩もいる為、そう気を緩めてもまずいのだが。
野生環境において、食事の重要性は語るまでもないが、それを“本来の生息地域外から現れて”なおかつ“食べる獲物の選り好み”ができる時点でかの飛竜のポテンシャルの高さが窺える。
寒すぎるというのは、やはり環境としてよろしくないのだと識っていたとて、やはり体験するまではわからないものだと痛感する。
私はまだいいが、子供たちへの負担を考えるとどうにかしたいが、こういった環境以外では私の体は目立ち過ぎる。
まあ、だからこそ。そういった環境を根城とする或いはそういった地域にも現れるモンスターたちの凶暴性もまた言わずもがなであろう。
◆
さて。私事ではあるのだが。
知識はともかく、ほとんど残りもしていない前世の、特に体を動かす感覚が、私の生活の足を引っ張っているのは重々自覚している。
四足歩行は何処かぎこちなさが残るし、尻尾の扱いも下手。
というより、マガイマガド特有の十文字槍にも似た、特徴的な尻尾の先端を開けないのだ。感覚がわからない、とも言おうか。
しかしそれでも、雄のマガイマガドを“引っ掛けて”は彼らに助けられる形で生活できている。
私のような白い色合いの雌は、逆に雄から見てどのような存在に映るのかはほとほと疑問ではあるのだが。
マガイマガド。知識によれば、雄は広い地域を駆け回り、縄張りの中で複数の雌と番に、いわばハーレムを築く生き方をしているのだという。
雄々しき角を、長く生やしたそれはより長い年月を生きた勇猛な雄として、磨き上げた強さの象徴、セックスシンボルとして、より自己の種内での子孫繁栄を目指す。
故にこそ、その角を折られた雄というのは、悲惨な末路を辿る。
端的にいえば、雄としての魅力の喪失だ。
「…………Grrr…………!」
そうして雌に見向きもされなくなった雄は、その悲嘆からか、或いは本能の暴走か。とにかく、縄張りとする領地を広げることに腐心するようになる。
より強く。より苛烈に。より悍ましく。より果てなく。
そうした飽くなき戦いに明け暮れる生き方を続ける事で、その雄はより猛々しい荒ぶる力を更なる次元へと押し上げる。
常に鬼火を纏い。過剰な量の鬼火を一極的に集中させる。そして、喰らい続けてきた獲物たちの怨嗟を響めかせ、ついには龍たちが扱う属性にすらも手を伸ばした、悲嘆に狂う竜。
【怨嗟響めくマガイマガド】と呼ばれるようになる、特殊個体。
私が知る限り、角が折れてしまった同種の雄というのはそういうものなのだが。
ここに、私という例外がある。
まず、これは断言してしまおう。
私はその知識があるからこそと言うべきか、人間の、知識でいうところの性癖というべきか。角が折れていようがあまり関係がない。というよりより強さを求めるその姿勢はあまりにも“刺さる”のだ。
人間の知識でいうところの、“範馬勇次郎”なる人間……人間と呼べるかも怪しい男とか、“アンデルセン神父”なる吸血鬼に挑む男たち。
種は違えど例えるならそれだ。ともかく、そのような“強い雄”は大変私の好みなのだ。
加えて言うのなら。私は端的にいえば、弱いマガイマガドだ。
体の使い方も下手であれば、アルビノであり、もしかすると内部的にも何かしら問題を抱えている可能性がある。
守ってもらう為なら相手をえり好んでいられない立場なのである。
子供たちにそれが遺伝している様子がないのが幸いなのだが。
ともかく、他の雌たちのように雄がいなくても過ごせるかと言われるとかなり怪しい。
「…………」
「…………!」
なので、威嚇しているような、距離を取りかねているような……隻眼隻角のマガイマガドに無遠慮に近づいていく。
もっとも、威嚇ならば特殊個体が常に纏っている鬼火を引っ込める必要もないはずなので、特に気にする必要もないだろう。
しどろもどろな様子で距離をとりあぐねる内に、目の前に困惑した隻眼の輝きがよく見えるようになる。
鼻先を、相手の鼻先に押し当ててやる。
「!?」
そのまま顔を舐めてやって、汚れ……特に鬼火の噴出口になる部位を舐めとってやる。ああこら動くな動くな……口の中にザラつく砂利のようなそれは、鬼火の発生、燃焼・爆発の際に生じる煤や焼け焦げた鱗や甲殻、獲物の返り血が固まったそれら。垢といえばそうだが、これが口の中で砂利のように感じるほど固まっていては、この雄がどれだけの期間を闘争に費やしてきたのかと思いを馳せる。
とりあえず顔周りだけでも舐め取って、顔を擦り付けて、“敵対の意思がない”ことをアピールする。というより割と本気で積極的にしているつもりだ。
強い雄が、好きなのである。言うなればブス専という奴だ。
確かに。折れずに常勝無敗を誇るような、そんな雄も良い。
しかしだ。一度大きな挫折を味わい、それでもなお、戦い続ける雄。それもまた良い。
私が顔を舐めた雄を見て、「キャッキャ」とはしゃぐ子供たちを見た雄は、やがて少しだけ距離をとって、吼えた。
それは私たちにとっての、言ってしまえば番の契り。
「────GrrrooOOO!!!!」
不思議と、その咆哮には。重ねに重ねた万感の思いが込められている気がした。