マガメスになった元ヒトが怨嗟を慰める話   作:バンバ

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 あと一話で終わるか……?


白き怨虎と怨嗟の旅

 ズズン……と。地響き一つ。深々と降り積もる雪が音を吸い切れず、鈍く響く音を鳴らした。

 

 力無く、私の前に投げ出された亡骸の名は雪鬼獣“ゴシャハギ”。

 私が今現在拠点にしている、氷雪地帯の上位捕食者である。

 

 しかし、あまりにも凄惨極まる最期を迎えたらしい。

 

 片腕が欠損し、顔はひしゃげ、逆袈裟に切り裂かれた腹は抉れ、焦げた毛皮が痛々しい。

 

 溢れてしまったのか、あるいは既に大半が喰い尽くされたのか。腹の中の半分程が空っぽで、残りも多様で色味豊かな赤色が自己主張する粗挽き肉のような有様だった。

 

 それを成したのは、私の今の番の雄。特殊個体のマガイマガド、現私の番である。

 私の今の、旦那だ。

 

 性別が違う、特殊個体である……そういった問題を差し引きしても、あまりにも凄まじい戦闘能力だ。

 

 加えて、狩ったそれを咥えてここまで走ってきたのだろう。本当に尋常な身体能力ではない。

 

 だから、というわけでもないし。別に羨んでいるわけでもないが。ない、が……例えるなら、嬉しいというか。

 我が事のように誇らしいのは、何なのだろうか。

 

「Grrr……」

「Goo……」

 

 モンスターである我々に、言葉はない。一応私には、人の言葉を理解することはできるが、“この世界”の言語ではない以上意思疎通は不可能だと断言できる。

 

 なので、せめてそういった意思を込めて労わるように顔を舐めてやる。

 旦那はされるがままに受け入れる。嫌ではないらしかった。

 

 そうやって一通り、顔や腕の鬼火の噴出口まわりのグルーミングをした後、一鳴きして、私はいそいそと旦那の狩ってきた獲物に口を付けた。

 

 人間だった頃の味覚を引き継がなくてよかったとは、食事の度にしみじみ思う事ではある。きっと今のように、ゴシャハギのモツの粗挽きを美味い美味いと食べられなかった筈だ。

 

 しかし、既にない片腕は旦那が食べたとして、足りるのだろうか。

 

 チラと顔を旦那の方に向ける。旦那は旦那で寝そべりながらうつらうつらしている様子……でもないな。よく見れば尾先をゆらゆらと動かしては子供たちの遊び相手をしてやっているらしい。

 角度の関係で、どうしてもこちらからは右目……角が折れた際に、共に潰れたと思われる方の眼孔しか見えない為、どんな目をしているかまでは窺えないが。

 

 出来た旦那である。私も鼻が高い。

 

 そうやって右腕を噛み砕いて骨ごと頂いたあたりで、私は満腹になった。ご馳走様でした。

 

 子供たちに呼びかけてやれば、『待ってました!』と言わんばかりに突撃してくる腹ペコ幼怨虎たち。雪に足を取られて顔面から深雪に突っ込んでいる。

 

 私は、狩りが下手だった。

 他の雄たちが狩ってきてくれた獲物が届く間は良かったが、それでも、ふとした時から雄が訪れなくなってしまった。

 

 だから、どうにかこうにか小型モンスターたちを狩っては与える、かなり瀬戸際の生活をしていたのだ。

 

 恥ずかしい話、私に出来るのは突進とお手、それからそれらに鬼火を使っての攻撃範囲と威力の増強くらいのもので、本当に体が上手く使えない。

 

 子供たちには不便な生活を強いてしまっていたのが、心苦しい。

 

 だから本当に、旦那には感謝しかない。

 強い雄が好きであるとか、そんなのを二の次にするくらい、旦那に、私は入れ込んでいる。

 

 

 そうして何年かが経ち。子供たちが大きくなって、親離れをして私が住む氷雪地帯を離れた頃だ。

 

 寂しくなるなあと、元気でなあと、ないまぜになった気持ちを噛み締めていると。

 

 旦那が私の腕に軽く噛み付いて、引っ張ってきたのだ。

 

「……?」

 

 何だ何だと思ってみれば、あれよこれよと連れられて氷雪地帯を後にする事になってしまった。

 その、先の知れない旅の最中もまあ、色々とあった。

 

 火山地帯で私に求愛してきた別の雄を目撃した旦那が、我を忘れるほど激昂して雄を惨殺した。

 その後、これまで見たこともない程激しく求愛された後、交尾をすることになった事は記憶に新しい。

 

 雨がよく降る水没林でかの金獅子“ラージャン”に襲われて重傷を負った私の敵討ちか、旦那がそれはもう怒り狂い、残ったもう片方の角を半分程まで折って、挙句水没林を火事騒ぎにする程暴れ回ったりだとか。

 

 砂原で人間、武器を背負っていたので恐らくはハンターを目撃して、普段の様子とは一変した旦那を宥めてやった。

 きっと、旦那の角を折ったのはハンターなのだろうなと、怨みとも怒りともつかない目の色を宿す眼光にヒヤヒヤしながら知った。

 

 緑豊かな大社跡で多くのモンスターたちが大挙して逃げ惑い一つの群れのような姿を見せる中、その群れを食べ放題か何かと勘違いしているような虐殺を繰り広げる旦那に惚れ直したり。

 

 ……こうして振り返ると、僅かな間に色々と起こっているな、と。

 大半は旦那の強さを分からせられるエピソードばかりだが。

 

 そうして、辿り着いた先は、意外といえば意外な場所だった。

 

 まず気が付いたのは臭いか。硫黄臭さと鉄のような臭い。それを強く主張するかのような深い霧。しかしそれは不快ではない。温泉のような、私の知識にある限りでは問題無いはずの香り。

 

 湯気を伴って流れ出る、血のように赤い川。

 草木は碌に生えず、命を感じさせない剥き出しの岩肌。

 

 極め付けには折れた橋に石灯篭、風化して壊れた、何らかの施設跡。

 

 獄泉郷と呼ばれる、所謂“決戦場ステージ”である。

 

 旦那がここに辿り着くと、遠吠を一つ。そして、薄く、鬼火にも満たない紫煙を周囲にばら撒いた。

 詰まるところ、ここを新たな縄張りだと主張しているようだ。

 

 …………えっ。

 

 私、ここに現れるモンスターたちとは絶対に戦えないんだが。というより、今の私は産卵が近いのだが、その辺り、大丈夫だろうか。

 




 お前は俺を、愛してくれた。
 雄として決して魅力的ではない俺を、愛してくれた。
 お前に俺は、何がしてやれる。
 考えた。
 多くの食べ物を渡そうとした。お前は多くは食えないのだと知った。

 考えた。

 想いを伝えようとした。お前の方が俺に対して好きだと伝えてくるようで、嬉しいが、悔しい。

 考えた。

 自身の子種から生まれた訳でもない子供を育んだ。嬉しかった。楽しかった。

 考えた。

 より良い住みやすい場を与えてやろうとした。だが、後になってからお前なりに考えた住みやすい場を奪ってしまったのだと気が付いた。

 考えた。そうして、困った。

 俺が何かを与えようとすればするほど、俺はお前に与えられ続けている。お前を困らせている。

 弱いお前。白いお前。
 俺はお前に、何をしてやれるだろう。
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