旦那が私を連れて獄泉郷に訪れて、そこそこの月日が経った。
まず、旦那の子供、その卵が無事に産まれてくれたのだ。それも三匹。
とはいっても、特別な様子もない、ごく普通の子供だ。白くもなく、体の何処かに異常をきたしている様子もない。
旦那のような特殊個体に至る例は、マガイマガドの種としての、雄の宿命が大きく関わる。
どのように生きるにしても、先天的な戦闘センスはあるに越したことはない。
が、本質的には『旦那のようにならない』のが理想的な私たちの種としての生涯設計とも言えるだろう。
翻って私のような例は、まあ起こらない方がいい。
アルビノ、“先天性色素欠乏症”とも呼べるそれは、まあ色々と不都合だ。
まず目立つ。本当に目立つ。私の場合、角や甲殻などの、本来梔子色になっている箇所に、辛うじてその色味が薄く残っている程度。
他の部位はとにかく白一色。そこに鬼火の噴出口の紫色が並び揃うので、とにかく目立つ。隠れるのにも一苦労だ。
まあ、アルビノの人間の体と違って日焼けを起こさないのは多少なりとも救いかもしれない。
衛生的とは言い難い野生環境で水膨れの火傷を負った暁には私のような弱い雌はそれだけで死にかねない。
ただでさえ、ラージャンにつけられた傷のせいで動きにくいというのに。
もしかしたら。旦那がこの獄泉郷を縄張りにしたのは、この立ち込める湯気を私の体を隠すのに使えるかもしれないと考えたのだろうか。
まあ、それ以外にもここは温かいし、過ごしやすい。
気が付けば一日微睡んで終わってしまうようなことも少なくなかった。過ごしやすいという点でも、これ以上ない。
脱線してしまったが、総括して。
できるだけ私たち両親、特に私に似ないでほしいという切実な願いは、無事に通じたらしい。
まあ、旦那の角や隻眼、腕刃や槍尾の特徴が出ないのは当たり前といえば当たり前だ。あれらは後天的なもの。私のそれとは違う。
ここまで私に似ないでほしいと切望するのにも、訳がある。
私は、本当に弱い。悲しいくらいに弱い。改めて最近、自覚した。
マガイマガドお得意の、腕の鬼火を爆発させ、その爆風を利用して空を舞うなんて動きは出来なかった。
出来るには出来るが、大ジャンプや着地の際の勢いの緩和くらいであり、とてもではないが戦いに活かせそうもない。
言葉をあえて選ぶなら、運動音痴とかそういうレベルだ。
旦那は獲物を咥えたまま空を飛ぶので、本当に同種なのかと疑わしく思ってしまう時もある。格好いい。
「────!」
「──────!」
「──!!」
子供たちが旦那の狩ってきた獲物の……脚だろうか? そこの部位を巡ってか、綱引きをしている。
まあ、喧嘩に発展するようなら止めるし、元気なのはいいことだ。
私の都合で、あまり外界との関わりがないのは少しつまらない想いをさせているかもしれない。
……子供たちに色々な外の環境を見せてやりたいが、親離れすれば嫌でも見るようになるか。
◆
旦那が獲物を咥えて帰ってきた。が、一匹だけではなかったらしい。また住処を離れてすぐ戻ってくるを繰り返して、成果を持ってきた。
アプトノスだ。それも大ぶりのを三匹も。
私たちが鬼火を作るにあたって、どうしても獲物の骨ごと食らう必要がある。
その点で言えば、そもそもそこまで量を食えない私や、体格的に許容量が少ない子供たちにとっては上物だ。
食える肉の部分も多く、骨もしっかりあり、その骨も強固過ぎるわけでもない。
子供たちもきっと喜ぶ。
旦那にもお疲れ様とグルーミングをしようとして、ふと。左側の角に目を向ける。
「……Gooo……」
私の腕刃を根本からへし折った金獅子“ラージャン”。
そのラージャンを殺さんと怒り狂った旦那の姿。
一昼夜にも及んだ闘争の果て、死の間際、金獅子に決死の力で殴り付けられた旦那の角は、半分程の長さになってしまった。
残った半分もヒビが入り、一部は割れたり、欠けてしまっている。
だが、それでもなお猛々しさを示し続ける隻角は、確かに私にはこれ以上なく勇ましく映るのだ。
というより、殴られた衝撃からか、折れた左角の断面からも鬼火が吹き出すようになった姿は、おどろおどろしさと、幾多もの死線を超えて尚強敵に挑まんとする歴戦の戦士のようで、大変“刺さる”。
グルーミングを終えて顔を擦り付けると、旦那も顔を擦り付けてきた。
おお。
旦那がこうして顔を擦り付け返してきたのは初めてではないだろうか。
打算込みの想いではあるものの、私の想いは決して一方通行ではなかったようだ。とても嬉しい。
まあ、何はともあれ。
私と子供たちが獲物を食べない事には旦那も食べられないので、早く食べてしまおう。
チラリと視線を旦那に向ける。
旦那の顔は、やはり見えない。最近気がついた事だが、私が食事している時、私の姿をなるべく見ないようにしているらしい。
そんなに食べ方が下手だろうか。
寂しさを感じるといえばそうだが、何か違う。悲しい訳でもない。知識を頼っても、この感情に言葉の形を与えるのが難しい。
下手に知識が、知恵があるというのも難儀だな。本当に。
子供たちは子供たちで既に一匹齧り付き始めていた。旦那はそれをただじっと見守るばかり。
私も半分程骨肉を食べて、お腹いっぱいになってしまったので旦那へ一鳴き。
私が粛々と時間をかけて食べたアプトノスの半分はあっという間に旦那のお腹の中に消えた。残る一匹も、私が食べた時と同じくらいのペースで血痕を残して姿を消してしまった。
子供たちは三匹だったとはいえ、一匹丸々骨すら残さず食べ切ってしまった。驚きの食欲だ。
「Grrrr……」
「Grrroo……」
旦那の顔周りに付いてしまった血を舐め取ってやると、喉を鳴らしてご機嫌な様子。
子供たちも私の真似をして、自分たちで各々の血汚れを舐め取っていた。
辺りは湯気が立ち込め、川は赤錆によって血塗れのような形相ではあるものの、私たちはこの今、幸せを噛み締めている。
突然だった。
衝突音。まるで隕石でも落ちてきたかのような衝撃。川の水は弾け飛び、血霧のような有様。
即時に臨戦態勢に入る旦那。一歩遅れて、子供たちを連れて距離を取る私。
血霧が晴れる。四足歩行に翼を持つ、古龍種の特徴。しかし、翼があまりにも特異な形をしている。
とてもではないが“飛ぶ”為にはあまりに適さないだろうそれ。
銀の流星。赤き絶望の星。
吹き荒れる龍のエネルギーを隠す様子もなく、甲殻の一部さえ変色させるほどの尋常ではない力に蝕まれた、狂乱の光を瞳に湛えた彗星。
天彗龍“バルファルク”。その変異体。
“奇しき赫耀のバルファルク”。
現れないことを願った、古龍という生きる天災。それが、現れてしまった。
怒る。怒る。
俺の弱さに。白いお前を傷つけた敵に。
狂う。狂う。
傷を負う。知らない。角を折られる。知らない。
殺す。殺す。
白いお前。弱いお前。
俺の子を産んでくれたお前。
俺に甘えてくるお前よ。
お前は、俺でいいのか。