表記に誤りがあったので修正しました。
息ができない。呼吸している筈なのに、空気が吸い込めていないような錯覚に陥る。
体の内から食い破られているかのような、酷い痛み、不快感。
生命というもの。それを根こそぎ奪い取られているような感覚。
環境の激変、疲労による病気の類の可能性も考えた。だけど、それ以外の事柄にも心当たりがある。
今、私が生きているのがどのくらいの時期なのかは不明だが、“それ”が原因の可能性はだいぶ高い。
モンスターハンターライズ:サンブレイクのストーリー中の出来事だ。
王域生物たちに起こっている凶暴化、それに伴う生態系への影響の変化。
あまりに突発的に起こったその異変の調査を行なっていた、王国騎士の女性。
ある時、その異変の元凶とされた古龍の攻撃を受けた彼女は『誤解を承知でこう表現するが』その古龍が持つ毒に侵されてしまう。
結果として彼女は生死の狭間を彷徨ったものの、棘竜“エスピナス”の毒を用いた薬を服用する事で、無事に生還するのだが。
この毒、いや毒と呼べるかどうかすら怪しいそれの正体を、私は知っている。
そうであったなら、この体調の急変も少しだけ納得してしまう。
“それ”の名は噛生虫“キュリア”。
発生起源は全くもって不明瞭。
だが、冥淵龍“ガイアデルム”が関与していることは間違いない。
なんならそれこそ黒蝕竜“ゴア・マガラ”とその成体、天廻龍“シャガルマガラ”のような増え方をしていても驚きはない。
キュリアはこれまで発見されてこなかった新種の生命体であると同時に、その疫病めいた毒の効能から、“成熟するまでは目視確認するのも難しく、結果として発見されていなかったのではないか”と仮説が立てられていた。
さて。このキュリアの毒、端的に言うならば“対象のエネルギーを無理矢理引き出し暴走させる為のもの”とでも言おうか。
キュリアは寄生先の生き物の生命力を奪い、喰らい、集めたエネルギーをガイアデルムに捕食されることで還元する。
蟷螂や鮟鱇でも、もう少し穏便に思えるような歪な生態をしている。
そしてガイアデルム亡き後、還るべき居場所を無くした奴らは必死に生き残ろうと足掻くのだが、それによって引き起こされる事件もまた、酷いものであるのだが。
まあ、その部分の話は今は関係がない。
つまるところ何を言いたいのかといえば。
あのバルファルク、龍気のせいで気が付かなかったが、もしかすると成熟前のキュリアに寄生されていたのではないか、と。
幼体であれ、毒を持つのには変わりない。
幼体であった為に発見が遅くなり、結果として疫病として処理されたケースも存在したと、知識が訴えている。
ともすると。
奇しき赫耀のバルファルクというモンスターは、そもそも龍気以外の要素でもって異常をきたした個体なのだろうか。
まあ、“獰猛化”の元凶はバルファルクではないかとも考察が蔓延っているし、私のこれもまた確証もない思い付きの諸説に過ぎないのだが。
「──!」
「…………Grr」
私にすり寄ってくる子供たちに、『あまり寄ってはダメだ』と弱く威嚇する。
キュリアに直接的に寄生されているわけではないにしても、その毒が子供たちにも移り得る以上は、例え寂しそうに甘えてくる子供たちであっても、触れ合うのは避けるべきだ。
悲しいが。とても寂しいが。
◆
あのバルファルクの襲撃から、何日が経っただろう。
旦那は私たちの前に姿を表さず、不安は募る一方で。それに増長するように毒もまた力を強めていく。
私にすり寄ってくる子供たちを抑えきれず、弱る様子もない子供たちを見てなんとなく思う。
この子たちにはまだ早過ぎるが、最悪の場合は親離れも視野に入れてもらうしかない。
恐らくは、私の体が弱いのが痛烈に表に出ているのかと。
そう思うと本当に腹立たしい。
怒る気力すらないが。
まったく。本当に嫌になる。しかし、安心でもある。子供たちが私に似なかった。その証明そのもののようで。
痛い。苦しい。辛い。
発狂できたのなら、どれだけマシだったか。
だが、他ならない私がそれを許さない。
まだ子供たちの成長を見届けていない。
まだ旦那の無事を確認していない。
まだ、死ぬことが、恐ろしい。
ああ、だというのに。
何という体たらくか。
もはや動くことさえ、瞼を開け続けていることさえ億劫だ。
しかし、その抗い難い睡魔に似た感覚に身を委ねようとして、何者かが私の前に現れた。
黒い体。焼け焦げた樹木のようにも、黒曜のようにも見える甲殻に、その奥に燻る龍の力に体をひび割れさせるマガイマガド。
しかし、左の腕刃。ノコギリのような相手をズタズタに斬り裂き、爆発をもって対象を断斬するよく見知ったそれ。
それとは非対称に、鋭利に研がれた真剣のような右の腕刃は、赤よりも赫く、宝石の如き煌めきを湛え、その斬れ味を誇示しているようだ。
七つの刃を持つ槍の如き尾は血垢のような色合いの結晶を装飾とし。
全身より真紅の鬼火を燻らせている。
特筆すべきは、角か。二度目の破損を経験した隻角、その、左側。
断面からは、鬼火が吹き出し、おどろおどろしい実体のない角を形成していた。
誰かと思えば、まったく。
ああ、まったく。まったくだ、遅いぞ。旦那よ。
「Grrr…………」
「──────…………GrroOOOO!!!」
悲嘆の声。怒りの声。慟哭の声。失意の声。
ないまぜになった、絶望感。怨嗟の群れすら響めかす、激情の咆哮。
旦那のそれはきっと、他でもない自分自身に向ける怒りのそれだった。
ああ、いけない。よくないぞ、旦那よ。
力すら入らないと諦めていたが、こんな姿を見せられては、お前を愛した雌として、沽券に関わる。
震える四肢に喝を入れ、立ち上がる。そうして、顔を舐める。
「…………」
刃を、七刃槍を、鬼火の噴出口を舐め回す。
ああ、馬鹿者。帰ってくるのが遅過ぎる。たった数日会えなかっただけで、初めて会った時ほど汚れているではないか。
しかし、最期を看取りに来たのなら、致し方あるまい。他ならぬお前の“番”である私が許してやろう。
子供たちを、頼む。
愛している。
大好きだったぞ、旦那。
視界が暗転する。その刹那。
互いの牙と牙とが、ぶつかり合った事だけは、確かにわかった。
ああ、確か。
人間は互いの唇を重ねる、キスで愛を示すのだったか。
なんて不恰好なキスだろうか。自身の最期に、なんておさまりの悪い。
私という個人が、暗闇に溶けて消えるような感覚。四肢の末端から自分が薄れていく、喪失感。
ああ、でも。悔いと未練もタラタラだが。
旦那が生きている。子供たちも生きている。
それなら、まだ許せる。そう、自分を慰めた。
◆
臭いがした。嗅ぎ慣れた死の臭いだ。喰らい慣れた死の臭いだ。
それが、弱いお前からする。白いお前を連れ去ろうとする理の臭い。
咆える。怒りのままに。悲しみのままに。
子供たちも、受け入れ難い様子で弱く吠える。
お前を守れなかった。
お前を幸せにしてやれなかった。
お前に何も返せなかった。
存在意義が、崩れ落ちる音がした。
そんな俺に、お前は、愛を示した。愛してくれた。最期まで。
崩れ落ちるお前。その時、お前から確かに、嗅ぎ取った。
あの時襲い掛かってきた、糧にした星の龍。
ここに戻るまでに喰らった、多くの獲物。
その喰らった血肉と、同じような、臭い。
命を弄ぶような、俺をも喰らわんと牙を向ける、死の臭い。
理解した。“元凶”がいる。
せめてもの懺悔だ。罪滅ぼしだ。
俺がお前のところに逝くまでに。
土産の一つくらいは、持っていく。
だから、待っていてほしい。
死んだ白いお前の体に、牙を突き立てた。
時系列的には、“猛き炎”、王国騎士たちがメル・ゼナとドンパチ殴り合ってるあたりです。