マガメスになった元ヒトが怨嗟を慰める話   作:バンバ

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 これにて完結。お付き合いいただき、ありがとうございました。


怨嗟の悪鬼

 元凶住まう、破滅の暗穴。

 

 そこで対峙するは龍と人。

 

 海の中。ぽっかりと開いた縦穴。

 大口を晒して這い出でるは、御伽噺の存在として伝えられていた怪物。

 

 『人々の心が闇に染まるときに大地から現れ、国を食らう悪魔』と称されていた、深き地の底から現れる古龍。冥淵龍“ガイアデルム”。

 

 一度地表に出たところを、叩き落とされ。

 這い上がろうとした所を更に落とされた。

 

 その怒りか、あたりのキュリアを吸い込んでは全身に堆積する赤い結晶を、炎のように燃やしていた。

 

 相対するはカムラの里が誇る狩人と、共に戦う王国騎士。

 百竜夜行の元凶を討伐し、カムラの里に安寧をもたらした、今を生きる英雄“猛き炎”。

 

 王国に所属する、王国騎士の一人。

 その中でのリーダー的存在にして、猛き炎との共闘の末に爵銀龍“メル・ゼナ”を討った誇り高き王国騎士“フィオレーネ”。

 

「──GrOoooOOOOOOO!!!!」

 

「深淵の悪魔……。貴様は、太陽の下へ出てはならない存在だ……!」

「誰が悪いとかは言わないさ。だけど、俺たち人間も、生きるのに必死なんでね!」

 

 命を重ね燃やし叩きつける翼腕を潜り抜けるようにして回避した二人は、各々の武器で持って攻めかかる。

 技巧を凝らした剣技を。舞うような鋭い斬撃を。

 強力無比なブレスを、その巨体が何故そこまで動けるのかと思わせる俊敏な攻撃でもってガイアデルムも攻める。

 

 しかし、届かない。神業と言えるだろうか。攻撃を掠める、紙一重の回避の直後に一刀を浴びせる猛き炎。

 

 力の逃げる場所。最も受け流しやすい箇所を即時見抜き、受けるにはあまりに小さな盾で受け流し、重いカウンターを浴びせる王国騎士。

 

 地上の騎士たち、エルガドの面々からの援護を駆使して、確かな傷を悪魔に刻む。

 

 埒があかないと。このままでは負けることを悟ったのか。悪魔は上を目指して壁を這い上る。

 

「逃げ……いや違う!」

 

 フィオレーネが気付く。キュリアが群れてたむろしている。あれを呑み込んでより一層の強化か、或いは強力な攻撃の準備か──。

 

「──おおぉぉーーーい!!! なんかヤバそうなのそっちに行ったぞおお!!!」

 

 地上で援護をしていた、竜人族の研究員。変人ではあるものの、明晰な頭脳を誇り、いち早くガイアデルムの存在まで行き着いた天才、“バハリ”の大声が響き渡る。

 

 既に崖を登り始めていたガイアデルム。そこに、何者かが襲い掛かった。

 

 赤黒い爆炎。龍属性のエネルギーの中に、揺らめく真紅の鬼火が紫電のように混ざる。

 遠目から見たのなら、皆既日食中の太陽が降ってきたようにも見えたことだろう。

 

 それを全身に纏った乱入者の、突撃。

 

 着弾と同時に、破龍砲の如き大爆発。

 

「GoooooOOOOO!!!??」

 

「なっ!?」

「……おいおい、ここにきてまたマガイマガド!?」

 

 三度叩き落とされる深淵の悪魔。下手人はそのさまを嘲笑うように軽快に着地してみせた。

 

 姿形は、確かにマガイマガドのそれである。しかし、あまりにも見知った姿とはかけ離れていた。

 

 通常のマガイマガドに比べ、明らかに黒い体。黒曜石のようにも、鈍く光る鉄のようにも見える甲殻。ところどころ火の入った炭を思わせる、体の奥に燻る“何か”は龍属性のエネルギーだろうか。

 

 左右非対称に、しかしそれぞれが明確な殺意に富んだ腕刃。特に右の刃に至っては、血を吸う妖刀めいている。

 

 七つの刃を持つ槍の如き尾には、ガイアデルムの背中の結晶のようなものがこべり付き、どれだけの獲物を屠ったのかすら想像もつかない。

 

 全身より濃密な真紅の鬼火を燻らせるその姿は、怨嗟に呑まれた落武者か、或いは響めく怨嗟すらねじ伏せる悪鬼か。

 

 その角もまた異様そのものだ。右側は根本から、左側は半ばからへし折れた角。その、半ばから折れた角の断面からは、鬼火が吹き出し、おどろおどろしい実体のない角を形成していた。

 

 しかし、最も二人の目を引いたのはそれらの要素ではない。

 目だ。隻眼の瞳に宿る、怒りの情念。

 

 野生に生きるモンスターが持つにはあまりに希少な、煮えたぎるような復讐心。

 

 明確な目的があって、この場に現れたのだと察した。

 そしてその目的は、奇しくもガイアデルムの討伐で一致していることを看破する。

 

「──総攻撃だ!!」

 

 猛き炎が吼える。練り上げた気を刃に宿し、一振りそれそのものが必殺と呼んで過言でない攻撃を連撃として叩き込む。

 フィオレーネの細身の騎士剣が、甲殻の、鱗の隙間を縫うように、丁寧に、しかし痛烈な攻撃を叩き込む。

 地上からの後方支援もフル稼働。連装式撃龍槍も二発、三発と降り注ぎ、着実に悪魔の命を毟り取っていく。

 

 堪らず起き上がり、逃げる事さえ視野に入れ始めたガイアデルムは、しかしそうすることは出来なかった。

 

「──GrrrrrooooooOOO!!!!!」

「GoooooOO!?」

 

 前脚。そこに一極化して鬼火を噴き出す、黒いマガイマガド。

 鬼火と呼ぶ事さえ憚られる、“血霧”とさえ呼べるようなそれを、大地に擦り付けるようにして、振るう。

 

 大地は哭くように割れ、それを成した斬撃は血を這うように悪魔に迫り、右の翼腕の一部を斬り落とした。

 

 バランスを崩しかけた、逆の翼腕。それ目掛けて弓矢のように跳躍する猛き炎とフィオレーネ。

 しっかりと着地し、踏み締め再度跳躍。寸分の狂いなく兜割を、シールドバッシュを叩き込み、体の支えを奪い取る。

 

 攻撃は止まらない。鬼火を起爆させ、その爆風でガイアデルムに迫る。腕刃を、槍尾を、鬼火を、牙を、刀殻を、全身を最大限に、最大効率的に利用して容赦なくガイアデルムを屠らんと乱舞する。

 

「G……OO……」

「GrrrrOOOOOO!!!」

 

 満身創痍。辛うじて生きている。そう例えられるのも妥当なほど切り刻まれ、爆ぜ飛び、致命傷を幾重にも負ったガイアデルム。

 

 その姿に“待望の時だ”とでも言いたげに咆哮する黒いマガイマガド。倒れ伏すその悪魔の頭に向けて、赤き妖刀を振り下ろした。

 

 

 後に、研究が進み。

 

 件のマガイマガドは獄泉郷の片隅に住む特殊個体であることが判明したのだが。

 

 三匹のマガイマガドの幼子を養い、時折白い同種の雌の物と思われる角を気にかけている様子から、『今回の一件でお気に入りの雌を失った雄だったのではないか』と。

 

 そのような仮説が立てられた。

 

 マガイマガドの角は、雄の象徴である。それが折られた雄は、本来番を作ることは不可能である。

 

 その悲嘆の果てに至るのが特殊個体であり、しかし、もしもそれを受け入れる雌が存在したのならば。

 

 そしてそれをもう一度失ってしまうような事件に遭遇したのならば。

 

「まっ、ボクの推論でしかないけどね」

「随分とロマンチストのようなことを言うな……」

「フィオレーネ。竜人族は、古龍と共鳴するって話は聞いたことある?」

「ああ。確か、カムラの里の百竜夜行の際にも同じような現象があったと聞く」

「起源が同じだからかとか、いろんな仮説が出てるけど、まあ今はいいや。なんでか知らないけど、僕たぶん、あのマガイマガドと共鳴したんだよね」

 

 ポカンと。驚くようにサンドイッチを食べる手を止める騎士。

 研究員はしかし、そんな騎士の様子を気にも止めず、何処か疲れたような顔をしている。

 

「取り敢えず、僕は決意したよ。何がなんでも横恋慕はしない。仮に結婚できたとしても浮気もしない。一途に相手を想って、相手の健康を第一に考えるってさ」

「…………お前が、恋愛? 結婚? ……バハリ、何徹目だ?」

「おっと、手厳しい。でも残念。まだ起きてから三時間くらいなんだよねえ」

 

 特殊個体の、特殊個体。

 例外中の例外として、傀異化したモンスターたちへの対応に追われる中。

 とあるモンスターの“二つ名”が定められたのだ。

 

 

 

 “黒鎧将”マガイマガド、と。

 








 白いお前。弱いお前。

 俺は成したぞ。お前の仇を殺したぞ。

 これで、お前への、慰めになるだろうか。



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