ヒナと歩くこと数分、アクアリウムに到着した。昼過ぎから入る人は少ないのか、スムーズに館内に入る事が出来た。順路に従って水槽を見て回る。
「イチゴが全部出さなくてもよかったのに」
「オレの割引券なんだし気にしなくていいよ。金も今んとこ余ってる状況だしな。それより本当にここに寄っちゃって良かったのか?早く帰ればゆっくり休めたのに」
「大丈夫。元々夕方くらいまで掛かると思ってたし、小鳥遊ホシノがあんなに推す場所は興味がある」
「随分と小鳥遊先輩のこと買ってるんだな」
「今の印象とは異なるけど、彼女は本物のエリート。ゲヘナの潜在脅威としてリストアップもされてた」
「あのゆるゆる小鳥遊先輩がね〜」
そんな話をしながら館内を巡る。南国系の色鮮やかな魚たちが目に映る。
「お、チンアナゴだ。懐かし〜」
「見た事あるの?」
「ああ、昔ダイビングやっててな。色々なとこ潜ってたから結構魚にも詳しいよ」
「本当に多趣味ね」
「まあな。ここにいる魚くらいなら解説していけると思うけど、いる?」
「……お願いしても、いい?」
「もちろん。まずあそこでホバリングしてるのがハタタテハゼでーー」
そんな感じで解説を交えながら歩いていく。時折、オレが潜った時の話なんかも加えて語っていくと、案外興味が湧いたのかしっかり話を聞いてくれていた。
大型水槽の前で普段じゃ見ることの無いサイズの魚を見て驚いたり、ライトアップされたクラゲの水槽を見つめるヒナの姿は新鮮で、なんだか胸がザワついた。
イルカのショーがあるということで、屋外のプールに向かった。始まる5分前なのに満席状態で1番上で立見することにした。前の方に座っても水がかかるから、案外こっちの方が良かったのかもしれない。始まる前にトイレに行こうと思い、ヒナに伝えその場を離れる。思いのほか近くにトイレがあり、空いていた事もあってすぐに戻ろうとする。と、その途中で良いものを見つけたオレは少し寄り道して帰ることにした。
「ごめん、おまたせ」
「遅い。もう始まってる……なにそれ?」
「見た目通り、アイスだよ」
最初の挨拶は始まっているが、ショー自体はまだ開始されて無かったようで安心する。遅くなったオレに目を向けたヒナが手に持っているアイスを不思議そうに眺めていた。たまたま帰り道に出ていた屋台がアイスだったのは運が良かった。
「アイス、奢る約束だったろ。味は独断と偏見でバニラと抹茶しかないけどね」
「それは覚えてたけど、ここで食べても良いの?」
「いいんじゃない?座ってる人も食ってるし」
下を見ればオレたちと同じようにアイスを食べている人やホットドッグを食べている人が見える。汚さなければ飲食OKといった感じだ。一応外の注意事項にも目は通したが、禁止とは書いてなかった。
「それじゃあ、バニラにする」
「ほいよ」
「ありがと。……美味しい」
「なら良かった。それじゃあオレも1口っあ!?」
「……イチゴは学習しない」
美味しそうに食べるヒナからバニラを1口貰おうとすると頭に弱めのチョップを食らった。蔑む様な目で見られ、ようやく気付く。
「もしかして間接キスを気にして……痛ってぇ!」
「気付いても言わない!イチゴはデリカシーが無い……」
口に出したら、今度はガチめのチョップを食らった。今まであまり気にしたことが無かったから驚く。よく遊んでたグループの女子も気にする様な繊細な奴らじゃなかったし、なんならオレのを強奪する様な奴ばっかだった。
「もしかして、この間イオリが怒ってたのも……」
「そう。ようやく気付いたの?」
「……あ、ショー始まったよ」
「話を逸らさない」
タイミング良くショーが始まり、話を逸らす。初めは不服そうなヒナだったが、いざ始まると食い入るように見ていた。今日の反応を見るに、あまりヒナは娯楽というのを知らなそうだ。次のタイミングが合う時にでもまたどこかに連れて行けたら良いなと思う。
そんな事を考えているうちに、ショーはフィナーレを迎えようとしていた。全頭のイルカが一斉に水面から飛び上がり、
ーードッガアァンン!!!
「……は?」
着水と同時にイルカのプールの後ろで真っ赤な火柱が上がった。同時にどこかの水道管が破裂したのか、噴水の様に水が吹き出て全身を濡らす。悲鳴をあげて逃げ惑う人々を眺めつつ、何があったか考えていると見知った銀髪ツインテールが目に映った。
「イオリがいるってことは……」
「……うちの生徒の仕業ね」
深い溜息を吐いたヒナから徐々にプレッシャーを感じる。まあこれには流石にオレも怒りを覚えた。
「行ってくる」
「お供するよ。オレも1発ぶん殴りたい」
「そう、じゃあ着いてきて」
そうして2人で事態の鎮圧に向かっていった。
***
「……ってな訳で、鎮圧しに来たわけ」
「いや、何言ってるかわかんないんだけど」
犯人はやはり、うちの学校の温泉開発部だった。あいつらマジで破壊活動しかしねぇ……。とりあえず全員簀巻きにして風紀委員の回収を待っていたところで、イオリがオレたちのところに現れたのだった。
「アコちゃん、とりあえず制圧完了したよ。なんでかヒナ委員長とイチゴがいるけど」
『お疲れ様ですイオリ。それはそうと、ヒナ委員長もイチゴも今日はオフのはずでは?』
「たまたま居合わせた。アコ、事後処理しに学校に行った方がいい?」
『いえ、大丈夫です。急ぎの案件はありませんので、こちらで対処します』
「わかった」
ヒナとアコのやり取りを見ながら回収班を待っていると、イオリの訝しげな視線に気がついた。何故かオレとヒナを交互に見比べている。
「イオリ、どうかしたか?」
「いや、イチゴもヒナ委員長もどうしてそんなにずぶ濡れなんだ?」
「ああ、バカどもが水道管まで爆発したせいで水が吹き出てたからな。そのせいだよ」
「……私達が着いた時にはそれ、治まってたぞ?」
「……え?」
「イチゴとヒナ委員長、2人でアクアリウムにいたのか?」
「……」
『……山楯イチゴ、少しお話があります』
「……行くぞ、ヒナ!」
「え?っちょっと待って!」
自分で自白したのだが、それはそれとして居た堪れない空気から逃げるようにヒナの手を取って走り出す。追いかけてくるイオリに向かって、物を投げつける。
「いたっ!何これ、鍵?」
「その鍵のコインロッカーに今日の買い出しの荷物が入ってるから、学校までよろしく〜!」
「おいバカ!面倒を増やすな!」
「後で場所の情報送っておくから〜!」
捕まって変に追及される前に、オレとヒナはアクアリウムから抜け出した。
***
「別にやましいことしてないんだから、逃げなくても良かったんじゃないの?」
「いや絶対邪推してくる。そうなったら、何言っても通じないぞ」
イオリを巻いて、残っていた最後の買い出しを済ませた帰り道。途中の事件もあってか、空は茜色から闇色に移ろいでいた。コインロッカーの位置情報をイオリに送ったら、『明日覚悟しろよ』と返信された。学校に行きたくないと思ったのは初めてだ。
「そういえば、これ急ぎ案件じゃないよな?流石にこの状況で学園には行きたくない」
「大丈夫。それにそれは、イチゴのだから」
「へ?オレ?」
「それ、今開けてもいい」
そう言われ、紙袋から取り出すと出てきたのは黒色の軍服だった。デザインで言うと旧ドイツ軍の様な見た目で、別個にブーツまで入っていた。
「ゲヘナ学園に男子生徒はいないから、それがイチゴの制服」
「制服……オレの」
「少し遅くなっちゃたけど」
「……ありがとう」
「別に。いつまでもジャージは流石に可哀想」
それでもやはり、制服を貰えたというのは仲間として真の意味で認めて貰えたみたいで、胸に込み上げてくるものがあった。感慨深くなった事を悟られないようにもう一度、ヒナに感謝を伝える。
「それでも、ありがとう」
「ん、これからもよろしく」
「おう」
短い返事を返してヒナと並んで歩く。前よりも少しだけ、距離が近くなった気がした。
ヒナと先生、真夜中の会合中
「そういえば、イチゴとのデートどうだった?」
「……?」
「あれ?この間の休日、2人で出掛けたんだよね?」
「別に、風紀委員の買い出しをしてただけ」
「そうなの?でも食事なんかには行ったんでしょ?」
「それは……」
「男女で買い物して食事したら、それはデートと言っても過言じゃないよ」
「……っ!」
「オマケにどこかで遊んでたりしたら、言い逃れ出来ないと思うけどね」
「……!?え、いや、あれはちがっ!?」
「おやおや、カマかけてみただけだけど。あの子も案外やるね〜」
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なんかうちの先生が愉悦部インストールしてる