その日は、雨が降っていた。
ファインモーションは、車を飛ばさせてトレーナーがいる病院に到着する。看護師の案内の元で、トレーナーが手術中だと聞く事になった。その時、彼女の頭の中は真っ白になり、倒れそうになったところをSP隊長が支える。
『手術中』の赤いランプが暗い病院の廊下を照らす。誰もが沈黙し、喋らない。時間だけが経過する。この時ばかりは、SP隊も遅くなりそうだから帰りましょうなど口が裂けても言えなかった。
待つこと一時間半。手術室の扉が開き、点滴が繋がれ痛々しい姿になったファインモーションのトレーナーが運ばれてくる。すぐさま、駆け寄るファインモーションだが、医師に制止され己の行動を省みる。
「先生、トレーナーの容態は?大丈夫なんですよね」
「最善を尽くしました。しかし、今夜が山でしょう。思い残すことが無いように、言葉を交わして置いてください。我々は、これから彼の親族の方にご連絡をします」
今夜が山?思い残す事がないように?
その言葉を聞いたファインモーションは、思わず医師を掴み上げていた。止めにはいるSP隊だが、それは叶わない。単純スペックで言えば、ファインモーションを上回るウマ娘など少ない。
ファインモーションの単色の瞳が医師を冷たく刺す。
「何を言っているのですか? 今夜が山?思い残すことがないように? 貴方は医師なんでしょう?治しなさいよ!! 今すぐ!! それとも、あなたはヤブ医者なんですか?なら、もっと腕の良い医師を呼びなさい。必要な物は何でも用意させます。さぁさぁ、早くしなさい。トレーナーが死んだら、許しませんからね」
「落ち着いてください殿下!! それより、トレーナーの所に」
SP隊長の声で少し我に返るファインモーション。八つ当たりであった事を理解し、医師から手を離す。そして、非礼を詫びた。
「落ち着かれましたか。医師を長くやっていますと、こういうことは良くあります。お伝えした通り、最善を尽くしましたが腹部を20箇所以上刺されており、運ばれたときには心停止しておりました。今が奇跡的なんです……どうか、気を確かに」
ファインモーションは力ない足取りで看護師に連れられトレーナーの病室へと入室する。
ピ
ピ
ピ
静かな部屋の中で人工呼吸器の機械音が静かに響く。パイプ椅子をベッドの近くに持っていき、座る。トレーナーの手を握り、彼女は神に祈った。
………
……
…
「ねぇ、覚えている? 初めて会った時の事。今だから聞くけど、お湯を入れる係の人がって聞いたとき絶対に世間知らずって思ったでしょう」
「………」
「あれから、自分でお湯を沸かしてカップラーメンを作れるようになったんだよ。今度ごちそうしてあげるから」
「………」
「覚えてる?私が最初に重賞を取った時の事を。トレーナーったら、ライブを最前列で見てくれて居てさ。後から、シャカールに私が踊るよりキレッキレのパフォーマンスをしていたって聞かされたんだよ。酷いよね~、担当ウマ娘よりライブで目立つなんて……」
「………」
「後さ~、お父様とゲームでMHWってのをやっているんだっけ。お父様がトレーナーと一緒にゲームしているなんて、担当ウマ娘より仲が良いっておかしくない。普通、誘うなら担当ウマ娘からじゃない。今度は、私も誘ってね……ねぇ、だからさ、元気になってよ」
「………」
「なんで、何も返事してくれないの!? 私に走る楽しさを教えた責任とってよ。トレーナー………とれーなぁ」
自らが泣いている事すら気が付いていないファインモーション。だが、トレーナーの返事は返ってこない。
病室の外で待機しているSP隊にもファインモーションの悲痛な泣き声が聞こえてしまう。だが、SP隊の誰も彼女の元に駆け寄ることはしない。二人だけの最後の時間を決して邪魔などしない優秀なSP隊であった。