アリスもEx-sに乗りたいです!   作:来亜昌

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友情砲。或いは比翼連理

 

 銃弾飛び交う場所とは遠かれど、戦場という意味では同じくするヴェリタスの薄暗い部室に、小さな呟きが浸透した。

 

「アリスは、大丈夫かな」

「バイタル値は正常です。Ex-lへ換装したヤーヌスの性能も100%発揮できていますし、問題はないでしょう」

「そうじゃなくて」

「分かっていますよ。ちょっとした天才病弱美少女ハッカージョークです」

 

 数字は嘘をつかない。ただし、数字は計算できる部分のみを表しているのであって、計算できない未知の領域は、当然数字で表せない。

 圧倒的な弾幕を形成する射撃戦特化のExtreme-Shiny unit 時とは異なり、多種のギミックを生かして近距離で敵を制圧する白兵戦特化のExtinguish-Life unitを装備したヤーヌスの運用には、コックピットの後方に設置された機体運動補助システム、ケイ(Knell of End Yesterday)の起動が必須。けれどもケイの起動は、常にアリスの人格がすり替わる可能性と、イコールで繋がっている。

 いつ、アリスという存在が無名の神々の王女へと、魔王へと移り変わるか。常に危険と隣り合わせである後友人の身を案じ、やり場のない焦燥感に駆られるエイミを、画面から顔を離したヒマリが嗜め、数秒置いて発した。

 

「…そうですね。エイミ。貴方は、自分が人を殺す為に作られたとしたら、どう思いますか?」

「…普通に嫌だけど」

 

 意図を図りかねているエイミに、だからですよと返したヒマリは、言葉を続ける。

 

「私達は基本、他者の心情を深層まで理解しようとしません。家族や友人であるならともかく、関係のない他者の心情まで理解しようとすれば、自身の基盤を構成する常識が、いとも容易く壊れてしまいますから。ましてや、可愛い後輩に害を為す者の心情など、思考すら放棄するでしょう」

「…成る程」

「ふふっ。よくよく考えてみれば、なんて事のない話です」

 

 詩を詠んでいるように、すらすらと音を紡ぐ彼女の言わんとする事を理解し、エイミは納得する。

 人並と呼ぶにはあまりに不出来な旧世代のAIなら、きっと心配は止まなかった。だが、ケイは古代文明が作り上げた人間と遜色ない知能を有するAIであり、従って一般的な倫理観が、心が備わっている。

 産まれたばかりの無垢で無知な赤子ではなく、ある程度善悪の判断を下せるケイは、果たして自らの役割に疑念を抱かないのか?その空欄を埋める解を得たからこそ、彼女は、アリスは、システムの起動に恐れを抱いてなかったのだろう。

 

「それに、言葉とは所詮、思考を出力し、伝達する為の手段に過ぎません。時が経つにつれ、四季の変遷の如く意味が改まるようなものになんて、縛りつけられる必要はないでしょう」

「そうだね。最近では、魔王をヒーローと解釈する物語もあるくらいだし」

「ええ。魔王とは、人々を守る者。そんな解釈だってなしではありません。救国の英雄が、視点を変えればただの怪物であるように、千差万別な要素で構成される人間にとって、一様にニュアンスが揃う言葉なんて殆どないんですから」

 

 理を外れた風な外観である【ヤーヌスEx-l】の性能が、限界まで引き出されている様子を、愛おしそうにヒマリが見つめる。

 

「…ケイが、自らをどんな鍵と定義するのか」

 

 勇者と魔王。大多数が相反的なイメージを浮かべるジョブを、同義語だと解釈する彼女達の前には。

 

「この特等席で、拝見させて頂こうではありませんか」

 

 険しくも眩しい道が、拓かれていた。

 

 

 

 

 

「…ケイ。アリスは、ケイと話したい事が沢山あります」

[私もです。王…いえ、アリス]

 

 【ヤーヌスEx-l】の内側で、アリスは優しく囁きながら、操縦席の背に靠れる。

 普段は青白いコックピットを命の色で満たす、両脇から迫り出した双眸を思わせる機械と心を通わせる風に。操縦席の背に靠れる彼女は、側面が自身を名を呼んでくれた事に頬を緩ませ、微笑した。

 

[ですが、この場所は些か騒がしく、語るには適切でないと判断します]

「はい。ですから、この戦いが終わったらにしましょう。ハンモンのクエストを、周回しながら」

[…アリス。貴方は本当に、ゲームが好きなのですね]

「はい。帰ったら、ケイもやってみてください。きっと楽しいですよ」

[…考慮しておきます]

「ふふっ」

 

 ほんの少し前の対立など忘れたとばかりに、小慣れた会話を交わすアリスは、ほどなく瞼を閉じ、新鮮な空気を取り込む。

 次に瞼を上げた彼女は凛とした目つきで戦場を、敵を睨み、操縦棍を握った。

 

「…行きます!」

 

 アリス達の出方を伺い、斜めに大太刀を構えるKAITEN FX MK.0。ならばと【ヤーヌスEx-l】は姿勢を低く前に傾け、力を足一点に込める。

 ひたすら、ただひたすら。容量など知らないと無制限に押し込んでいくそれは、膨張しきった風船を見る者全てに想起させ、ともすれば風船に待ち受ける末路を再現するように、膨大な力は一斉に解放され。

 

「ケイっ!!!」

 

 【ヤーヌスEx-l】は、姿を消した。

 

「っ!?」

 

 瞬間移動染みた跳躍で、五十メートルはあった間合いを一瞬の間に駆けた【ヤーヌスEx-l】が振るう黄金の双剣と、KAITEN FX MK.0の大太刀が衝突し、火花を散らす。

 ギリギリ防げたのは、予め防御の構えを取っていたから。そうでなければ、最初の一閃にて勝負は決していたかもしれない。

 カイテンジャーレッドは未知なる敵の強さに驚愕すると同時に、顔を歪ませ、出力を上げた。

 

「ふっ、ハッハッハ!面白いっ!!悪とはそうでなくてはなっ!!」

 

 ぶつかりそうなまでに頭部を近づけ、凄み合う二機。その剣は、互いの正義に似て一歩も譲らず、退がる事はない。

 何者かの介入がなければ、だが。

 

[回避を推奨]

「っ!」

 

 どこからともなく打ち込まれた砲弾を認識し、アリスは敵機に頭突きをかますと、スラスターを吹かして下がる。して、相対する二機に割り込んだ不届者へ、ケイがサブアームの掌から粒子砲を撃ち込んだ。

 

「…雑魚モブの登場ですね!」

 

 破滅の光を伴う砲弾が重なる瓦礫の暗闇に滑り込み、穿ったのは、バズーカを肩に乗せたオートマタだ。躯体にミレニアムの紋はなく、代わりに栄光の僕だと示すデカールがある。

 その一機を皮切りに、何処からともなくホドのインベイドピラーに侵食された無人兵器が、地響きと、風を切るプロペラ音を引き連れて舞台に上がり、全ての銃砲口で【ヤーヌスEx-l】を貫く。

 

「へぇ?デカドラゴンだかクソデカマクラだか知らないが、共闘してくれるのか」

「ほう?ならば来い!カイテンジャーの正義はここだ!皆、KAITEN FX MK.0の下へ集え!!」

 

 大型のオートマタやゴリアテ、戦車が築く陣形の中心で、KAITEN FX MK.0が意気揚々と大太刀を掲げる。

 

[目標の達成に問題はありません。適時殲滅し、押し通りましょう]

「はい!」

 

 身を串刺す無数の射線にも恐れず、尾を地に叩きつけ威嚇した【ヤーヌスEx-l】は、大型スラスターを咆哮代わりに吹かし、再び機動した。

 

「はぁぁぁ!!」

 

 おどろおどろしいシステムの駆動音が揺れ、楕円を描く軌道に赤い光芒を残し、魔王が疾走する。

 行手を塞ぐ戦車は踏み潰し、大型のオートマタはサブアームで殴り飛ばして。全ての障害を退けつつ、KAITEN FX MK.0へと瓦礫の山を蹴る。

 行かせる訳にはいかないと兵器達が弾を送るも、全ては【ヤーヌスEx-l】の影に吸われ意味を為さない。KAITEN FX MK.0との、衝突を許した。

 

「一人ではありません!この戦い!!」

[…!]

 

 二振りの剣と大太刀の甲高い剣戟が、絶え間なく響き渡る。

 助走を付けた分推力を持った【ヤーヌスEx-l】が押し込み、負けじとブースターから火を吹かしたKAITEN FX MK.0に後退りを強いられるも、サブアームで頭部を殴り、怯んだ隙にコンクリートを液状にする程の火力で噴射して、KAITEN FX MK.0を高層ビルへとぶつける。更に背後へ飛んだ【ヤーヌスEx-l】は、サブアームから光の雨を降らせ、攻撃しつつビルを崩し敵機を埋めた。

 

「やったか!?」

[…いいえ、まだです!]

 

 お決まりの台詞に返ってきたのは、飛翔する斬撃だ。

 尋常ではない速度で飛来してきた斬撃に対応が遅れ、何とか身を捻って事なきを得た【ヤーヌスEx-l】だが、矢継ぎにやってきた HYPER鱈ミサイルを避ける余裕はない。清渓川に巣食うピラニアが、覚悟なき者を貪る光景を体現した【ヤーヌスEx-l】は、制御を失い落下していく。

 

「正義は滅びぬ!何度でも蘇るさっ!!」

「きゃあっ!?」

 

 ビルが立ち昇らせた煙中から出現したKAITEN FX MK.0は、そんな【ヤーヌスEx-l】の胸ぐらを容赦なく掴み、下に向けると背部の胸ビレ型ブースターで加速して、地面へと激突させる。

 勢いは止まらず、地をガリガリと引き摺って行くKAITEN FX MK.0は、一際巨大な右サブアームの鋏を閉じ鋭利な先端を形作ると、大きく引き絞り、発射した。

 

 

[…っ、損傷拡大]

「どうした!この程度か!?やって見せろよアリス!!」

「なんとで、も、なるはずです!」

 

 剣で軌道を逸らした鋏は、果たして有する超威力で【ヤーヌスEx-l】の左脇腹を抉る。

 コックピットを直撃すれば、【ヤーヌスEx-l】の機能は間違いなく停止していた。冷や汗を垂らすアリスは、これ以上好きにはさせないと右膝をKAITEN FX MK.0に密着させ、仕込まれた杭を射出する。

 

「パイルバンカーだとぉ!?」

「貴様!良い趣味をしているなっ!!」

「一気に行きます!ケイっ!!」

[了解…!]

 

 思わぬ浪漫武装での反撃に蹌踉めいたKAITEN FX MK.0をサマーソルトでかち上げ、自身も烈火の翼で羽ばたき更なる上を取った【ヤーヌスEx-l】が、剣を交差させ襲いかかる。

 噴射で一回転し迎撃体勢を整えたKAITEN FX MK.0は、恰も狩をする鷹な魔王に怯む事なく、いやむしろ嬉々とした様子で大太刀を浴びせにかかった。

 

「はぁぁぁ!!」

「やぁぁぁ!!」

 

 両者の武器が激しく鬩ぎ合い、均衡を崩さんと展開したサブアームが組み合われる。

 

「ハッハッハ!見ろ!純粋なる力だけが輝きを放つ舞台に、奴ら(オートマタ達)は圧倒されている!!」

「くぅぅ!?」

 

 最早自分達の出る幕などないと感じたのか、或いは何やってんだアイツらと単純に呆れたのかは不明だが、ホドの僕は己が武器の使い方を忘れたように動かず、静観を保つ。

 上記を逸した様相をそう解したレッドが、青天井な昂る気持ちのままに右腕の海老マシンガンを撃ち込む。そして、【ヤーヌスEx-l】の胸部装甲が傷つき、ひび割れて行く様に高笑いをかますと共に、柄を潰しかねない力を大太刀に込め、振り抜いた。

 

「っ、違います!この力は、あなたが求めているものとは違うものですっ!!」

 

 黄金の双剣が音を立てて砕け散り、胸部に浅くない袈裟斬りが入る。

 されど、されど尚魔王のラインを走る赤は斯くも巡りて、不滅を謳う。正義を騙る暴虐に、悪の鉄槌を下さんと猛々しく吠えて。

 

「ケイ!お願いします!!アリスの全てを使って、カイテンジャーの全てを奪ってくださいっ!!!」

[…了解っ。現時刻をもって、プロコトルATRAHASIS、起動します…!」

 

 方舟より確保したリソースが、バイザーを爛々とさせた【ヤーヌスEx-l】の右腕の先にて渦を巻き、身の丈程の騎乗槍を形成する。

 強大な贅力を見せつけんばかりに片手で掴んだそれで、KAITEN FX MK.0を横に薙いだ【ヤーヌスEx-l】が逡巡なく騎上槍の切先を敵に合わせると、花開き表面化した砲口から、極光の奔流が迸った。

 

「ぬぅっ!イかれているなっ、アリス!!」

「…ねぇ、真面目にやってるの私だけ?」

「黙っていてくださいピンク。ここで勝たなければ給料が出ません」

「えぇ…」

 

 左サブアームを焼き溶かした暴力の権化を、大木に絡まる蔦の如き軌道で避け肉薄したKAITEN FX MK.0が大太刀を振り上げ、【ヤーヌスEx-l】の騎乗槍による防御を破ると、返す刃で反撃を試みようとした右サブアームを横断するだけに飽き足らず、左腕で腰部装甲の隙間を突く。

 

「くぁっ!?」

「例え如何なる巨悪が現れようと、我々は正義のレールを外れはしない!その事を思い知れっ!!」

 

 蹴り飛ばされた【ヤーヌスEx-l】は、這い寄るKAITEN FX MK.0に手を開いた左腕を力一杯左へ伸ばし張る。

 遠距離攻撃は騎乗槍やサブアームの粒子砲しかなく、よってこの距離でその行為をして何の意味がある。不気味さは絶えずとも、何であろうと突っ切るまでと空に輪を作りて猛追したKAITEN FX MK.0は直後、視界がブレた。

 

「ぐおっ!?何だ!!」

「アレは…チェーン!?」

 

 天を染め上げる無辺の藍に一条の真紅を捉えたブラックは、謎の攻撃の正体がチェーンロッドである事を悟った。

 かつてトラウマを抱いていた敬愛する先輩の教えを活かしたアリスは、騎乗槍を前面に出して背部の大型ブースターを点火し、いつかの時を生きた騎兵をイメージさせる構えで突撃を敢行する。

 

「ケイ!お願いします!届けさせてくださいっ!!!」

[…!]

 

 キュォォォォォン!と唸り散らすシステム音を正面から受け止めたKAITEN FX MK.0は、大太刀を軽く振るうと顔を沈め、【ヤーヌスEx-l】を迎え撃つように同じ体勢で加速し、大太刀を見舞わんとする。

 

「我々の行手を阻むのならば、今度こそ殺してやろうっ!!!」

 

 危機迫る気迫を放つ双方。己の信念を賭けた一撃がぶつかり合う。

 

「きゃあっ!!」

 

 左腕を犠牲に被害を緩和しようとした【ヤーヌスEx-l】に、予想を遥か上回る威力の大太刀が叩き込まれる。

 左腕を貫通し、大型ブースターをぶち抜いた大太刀は天へと昇り、両方を断った。

 

「ぐぁぁぁ!!」

 

 左腕の盾で受け止めんとしたKAITEN FX MK.0に、直前で急速回転し始めた騎乗槍が降りかかる。

 盾を破砕し、背後のサブアームをもかち割った馬上槍は獲物へと噛みつき、KAITEN FX MK.0の脇腹を削りながら横へ吹き飛ばす。

 SN極の磁石の反発に似て弾きあった両者が落下し、盛大な着地失敗音を轟かせた。

 

「ぅ…はぁ、はぁ」

「っ…はぁ、はぁ」

 

 十数秒の静寂の後、やっとという様子で、二機が立ち上がる。

 どちらとも損傷がない所を探す方が難しいまでに傷だらけだが、【ヤーヌスEx-l】は特に酷く、不時着時の衝撃で顔を閉ざす扉の右方が剥がれていた。

 

「次がラスト、ですね」

「ふっ。そのよう、だな」

 

 最早いつ倒れてもおかしくない二機が、熱い視線を交わす。

 

「…出せ。貴様の。光の、剣を」

 

 それまでは待ってやる。大太刀をぶらりと下げてそう伝えたKAITEN FX MK.0に、アリスは瞠目すると、顔を綻ばせ、Ex-s unitを呼出した。

 

「…ケイ」

[…何でしょうか、アリス]

 

 脚部以外の破損した左半身を補充し、スーパーノヴァを手にした【ヤーヌスEx-l】の面の左側が閉じて、青の瞳を輝かせた瞬間。同じ側のラインに淡い水色が流れ出し、胸部は元来の色彩を取り戻す。

 

「いつも、アリスと一緒にいてくれて、ありがとうございます。きっと憎んでいた私と戦ってくれて、ありがとうございます」

[───]

「最後に、もう一度。力を貸してください」

 

 対となった左右の体は、然るに調和して互いの領域を侵そうとせず、受容し合って平静を保ち、次第に黄の粒子を放出し始める。

 

[──いいえ。私の愛おしきアリスよ」

 

 善悪を超越し、MSSの限界スペックを大幅に更新する出力を発揮する【ヤーヌスEx-ls】は、左方のメインカメラでロックオンしたKAITEN FX MK.0に、左腕で持った光の剣の機蜂を定め。

 

[これからも、でしょう?]

 

 右腕と右方のサブアームで、それを支えた。

 

「鍵との絆によるリソースの制限解除っ…そうくるか!!仲間誑しめ!!」

 

 右上段に大太刀を構え、最後の刹那を待ち受けるレッドに、アリスは穏やかな笑みを浮かべて反論する。

 

「失礼ですね…友情ですよ」

 

 手を組んだ勇者と魔王が織り成すモノクロの光剣。相手にとって不足なしとKAITEN FX MK.0は己が奥義たる無限回転・FINAL 鯖スラッシュを繰り出し。

 

「ならば、こちらは正義だ!!」

 

 閃光が、辺り一帯を包んだ。

 

 

 

 

 

 一方。数多のオートマタがひしめき、無数の触手が乱舞するもう一方の戦場では、黄金と銀灰の兄妹機が激戦に身を投じていた。

 

『…っ、C&Cより通信!工場を破壊したって!』

「ありがたい…けどっ!」

 

 夏に蔓延る蚊よりもうざったい量のヘリに移動を制限され、これでもかと増産された対空砲に足を止める事を許されない現状の打開には、やはり最後の一機を含めた総攻撃が必須。

 無限湧きを止めたのは感謝に尽きるが、光明一筋すらない状況ではそう保たない。現実的な視点で気持ちが一層暗くなっていくミドリに、姉は敢えておちょくるように声をかけた。

 

「ふーん。ミドリはもう限界なんだ」

「…何?その言い草」

 

 余裕なんて全くない中、カチンと来た煽りに言い返してやろうとしたミドリの声を遮り、モモイは続ける。

 

「私はまだイケるけどね!新入部員のアリスに負けてられないもん!」

「新入って…ちょっとしか違わないじゃん」

「ちょっとだとしても、私達の方が先輩でしょ!なのに、後輩一人に強敵を任せて、私達は時間稼ぎすらできないって、すっごく情けなくない!?」

 

 彼女なりの熱く、感情的で、向こう見ずな意見。ミドリとは正反対だからこそ生まれる戦闘への情熱は、光沢が消え燻るに燻った【アーポロー】のツイン・アイと同じぐらい輝いていた。

 

「それに、仲間の信頼に応えるのが真の仲間じゃん!だから、どんなに厳しい相手だからって、私は諦めないよ!!」

 

 【へーリオス】で空を滑り、向かって来るホドのクローを不規則に揺れていなしつつ、回復しようとするドローンを散弾で撃ち落としていく【アーポロー】の背に、戦車の迫撃砲の照準がのっかる。

 確実に一撃で葬れるよう、AP弾を装填した戦車が砲撃を行う寸前、対物ライフルの弾が弾薬庫を貫き、爆発した。

 

「!」

 

 異変に気づき、若干地上から距離を取ったモモイに、狙撃を為したミドリが独り言みたく零す。

 

「…限界だなんて、一言も言ってないもん」

 

 パイロットの負けん気の発露に共鳴し、【アルテーミス】の新緑の瞳が極まる。

 無事焚き付けに成功し得意満面なモモイは、【へーリオス】の機銃でヘリを蜂の巣にすると並行して、オペレーターへ問うた。

 

「マキ!ユズが来るまでどれくらい!」

『今カタパルトで射出したって!だから大体二、三分ぐらいかな!』

『…二分二十四秒。遅くても、二分半で到着するよ。それまでは何とか持ち堪えて!」

「りょーかい!行くよ、ミドリ!」

「あんまり先走りすぎないでよ、お姉ちゃん!」

 

 クリア条件は、援軍到着までの二分二十四秒を生存し、且つホドの回復を阻止する事。難易度は当然最高ランクで、コンティニューは不可。

 理不尽甚だしいゲームに、姉妹は苦しげな面持ちで、けれど口角は吊り上げて挑む。

 それがなんだ、私達はゲーマーだと。味わった理不尽なら四肢の指を合わせても数えきれないし、絶望の淵に蹴落とされた経験だって飽きて久しいし、虚無に心が染まった日数で軽く夏休みは作れるぞと。

 不撓不屈の精神を燃やし、姉妹は一秒すら焼きつくようなひりついた闘争へと臨んだ。

 

「【へーカーテー】!【セーレーネー】!」

 

 自律思考型オートマタ。【ヘーカーテー】と【セーレーネー】が呼応し、迎撃に専念する。

 彼女らの活躍によって、完全なフリーとはいかずとも一定の自由を得た【アルテーミス】は、狩猟の女神の名に恥じない素早さで、次々と蝿を落としていった。まずは二十秒。

 

「私達もやるよ!【へーリオス】!」

 

 ホドの注意を一身に受けながら、筋斗雲に乗った孫悟空宛らの三次元機動で逞しく生き延びる【アーポロー】が、最早確認すらせずバズーカを下へ乱射し、弾がなくなるとついでとばかりに本体も投げつつ、【へーリオス】の機体下部のハッチを開いて特製爆弾をドカドカと投下する。

 危ないとは分かっていても、味方に囲まれ動けないオートマタ達は無念にも爆炎に呑まれていき、集団の規模を目減りさせていった。これで四十秒。

 

「ミドリ!」

「分かってる!」

 

 ドローンの修復が進行するホドをこれ以上回復させてたまるかと、未だ立ち直りきれてない敵が蠢く地面近くから防衛設備の内部に侵入した【アーポロー】が、回転しつつ触手の根元を機銃と散弾で叩く。

 堪らず反撃するべく触手のクローを直下へ放ったホドに、小判鮫に似てピッタリとくっつく支援ドローンをロックオンした【アルテーミス】は、ありったけのミサイルを叩き込み、過半数を撃墜した。

 

「くぅっ!」

「お姉ちゃん!?」

「大丈夫!時間はどれくらい!?」

『今半分を過ぎた!あと少し耐えて!』

 

 地面に突き刺さったクローの内一爪にショットガンを握った右腕をもがれ、更に【へーリオス】から足を踏み外しかけた【アーポロー】が気合いで踏ん張り、フライトユニットに急がせて外側へと離脱する。

 予定到着時間の半分を過ぎたという報告が抱かせた希望のままに、二人は何としても生き抜くべく神経を尖らせた。

 

「二人共、これ持ってお姉ちゃんに付いて!」

「ちょっとミドリ!私は大丈夫だって!」

「私が不安なの!!」

 

 射撃能力を失った【アーポロー】に、【アルテーミス】の予備のマシンガンを携えた【へーカーテー】等が付く。

 姉妹喧嘩はいいからと無言で語る二機の圧に屈し、マシンガンを受け取ったモモイは、ならばと【へーリオス】から降りて本来の機動性を披露する風にホドの死角へ回り込み、弾を撒きつつ、要らなくなった【へーリオス】を【アルテーミス】に遣わせる。

 

「ちょっとお姉ちゃん!これじゃ意味ないでしょ!!」

「【アーポロー】は元々機動力が高いから【へーリオス】がいなくても平気だもん!むしろぽっちゃりちゃんな【アルテーミス】の方が必要でしょ?」

「っ!」

 

 青筋を立てるミドリに、ウチの者がすいませんと声無しに謝罪の意を伝えてくる【へーリオス】が近づく。

 仕方なしに多連装ミサイルをパージし、ホバーモード状態を解除した【アルテーミス】は【へーリオス】に乗ると、固定砲台と化してキャノン砲をホドに撃ち込み、迫る触手は腕部のグレネードで一度すら触らせない。

 

『…不思議ですね。言葉を交わさずとも、こうまで連携できるとは』

 

 喧嘩で仲を悪くしたのに、互いの持ちうるものを交換したのに、二機のコンビネーションには一切の隙はなく、刻一刻と時間は過ぎていく。

 予定時間まで残り三十秒を切った。このまま行けば!そう想像した頭が僅かな安らぎをコタマの心へ与えた時。事態は動いた。

 

「そんな見え見えの攻撃には当たらなっ、て、ブラフ!?」

『モモイ!?』

 

 虚空を薙いだクローにすかさず煽りをかまそうとしたモモイが、プロフィティア・イーリスの予測に従いむりくり身を退いた数フレーム後に、龍の如く触手が天へと翔ける。

 千載一遇の好機を確実にものにする為、ホドは吸気口から大気を取り込み、玉座に不朽不滅の栄光を充填した。

 

「お姉ちゃんっ!!」

「ミドリ!?」

 

 モモイの脳裏を、走馬灯が過ぎる。

 締切間近までのんびりしていた思い出が浮かび、もっと少し真面目にやっておくんだったなと後悔が沸々と浮かぶ最中、【アーポロー】が突き飛ばされた。

 メインカメラの端に映るのは、【へーリオス】で駆けつけた【アルテーミス】の姿。引き伸ばされた時間が、秒針によって削られていく毎に彼女は栄光に照らされていき…突然、ホドの発射口が爆発した。

 

『…!!?』

 

 的確に口腔を穿ったビームにより、制御できなくなったエネルギーで内部を焦がされたホドが、黒煙を吐いて恨めしげに上を仰ぐ。

 かの預言者が睨んだ、空には。

 幽玄にして無限を具現する、蒼穹には。

 

『嘘!?まだ二分経ったばかりだよ!?』

 

 女王の轍たる、二本の白線が敷かれていた。

 

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