クロノススクールの一室。ガラスの外の青空をバックに、スケバンは断言した。
「間違いねぇ、アイツはUZQueenさ。俺ぁ詳しいんだ」
「UZQueenとは、あの伝説の?」
「ああ。ゲーマーなら知らない奴はいねぇ。あのUZQueenだ」
ホド攻略作戦に参加した最後のパイロットにして、匿名の生徒。彼女が一体誰か暴くのを趣旨とした生放送への出演で、若干興奮ぎみなスケバンに、川流シノンはその根拠を欲した。
「根拠、ねぇ…アンタ、Age Combatっつうゲームは知ってるか?」
「ええ!確か戦闘機に乗って戦うゲーム、でしたよね」
「ああ。俺ぁ、そのゲームで奴と何度も戦った事がある。だから分かったのさ。あの機動は、あの飛び方は!UZQueenに間違いねぇ、てな」
随分と客観性に欠けた推測で訝しげシノンに、なら、他のパイロットにも聞いてみな。おんなじ答えが返って来るぜとスケバンは鼻で笑う。
確信めいた予感があるのか、それともただの目立ちたがり屋か。どちらにせよ、面白ければ問題ないとシノンは判断し、スケバンへ趣向を変えた質問を送った。
「では、
「…最初は、傲慢な女だと思ったさ。何せ、自ら女王を名乗るんだからな。一度ボコして、そのプライドをへし折ってやろう。そう考えた俺ぁ意気揚々と愛機のステイシスに乗って…いつの間にか、水没してた」
元々口が達者なのか、相手の心をグッと掴む話し方でシノンを、延いては視聴者を引きつけるスケバンは、一度たりとも攻撃を当てられずにな、と付け加える。
「そん時、俺ぁようやく理解したんだ。ああ、コイツは傲慢で女王を名乗ってるんじゃねぇ。新入生が自己紹介でキチンと苗字まで名乗るみてぇに、自分が女王だからただそう
「それは、貴方が弱かった訳ではなく?」
「失礼だなアンタ…俺だって、界隈じゃそこそこ名は知れてると自負してたし、事実そうだった。だから、俺が完敗したって聞きつけた奴らが気になって、女王に挑んだんだ」
「その、結果は?」
スケバンは口を開かず、ただ肩をすくめ、両手を上げた。
「嘘だと思うだろ?雑な作りの法螺話だって、そう思うだろ?だがな、これはフィクションじゃねぇ、リアルの話なんだよ。俺達は負けた。惨らたしく翼をもがれ、惨めにも地を這わされた。そこで、俺達は何を感じたか、分かるか?」
「チートの使用、ですか?」
「いいや、違うね。アイツはチートなんてチャチなもんさ使っちゃあいなかった。俺達が感じたのは…喜びさ」
「…は?」
新しい扉でも開いたのか?放送しても大丈夫か不安になったシノンの心配を他所に、スケバンは音を奏でていく。
「これを見てるアンタらだって、あるんじゃないか?好きなゲームをやって、やって、やりこんで。そうしている内に、こう気づく。このゲームは、
「…」
「ゲームは所詮作り物。んで作り物の世界には、限界がある。小学生のガキだって分かる、単純な話さ。だがな…俺達はそんな世界で、紛い物だって笑われるような世界で。必死に、汗垂らして、戦って、夜を明かしてたんだ!生きてたんだよ!!」
闘争に魂を魅入られた獣の慟哭が、室内を反響する。
馬鹿みたいに画面に齧り付き、何の生産性のないものに青春時代を費やす。滑稽だと、嘲笑う者もいた。そんな事をして何の意味があると、正論を振り翳す者もいた。だが、彼女は結局戦闘機から、ステイシスからは降りなかった。
ここが、この戦場が!俺の魂の場所だと、そう信じて止まずに。
「だから、嬉しかったんだ。アイツが権威を示す度に、俺達はまだ上を目指せるんだって。俺達はどこまでも行けるんだって。そう信じることができたんだからよ」
「…なる、ほど」
「っと、悪りぃ。つまらねぇ自分語りに付き合わせちまった」
話に圧倒されたシノンに、スケバンは片手で謝りながらあと少しだからよと言い、再開する。
「…俺ぁなぁ。連続する世界で愛機に乗る毎に、身体が震えるんだよ。歓喜と恐怖が混濁した、ぐっちゃぐちゃな感情に内臓を掻き乱されるみてぇに。そしてその度に、つくづく思うのさ。この空が、あの女王の王国だったんだって」
首を回し、背後に広がるいつかの日に焦点を合わせて。スケバンは、最新版Age Combatのトップランカーは、インタビューを締め括った。
「───大空こそがアイツの王国だった、ってよ」
極彩色の翅で、自らの王国を優雅に飛行するMSS四号機、巡航形態の【ティターニア】が、民を脅かした罰を与えんとホドへ強襲した。
「遅くなってごめんね。二人共、今のうちに…!」
「っ、ありがとうユズちゃん!」
背部に搭載する二基のビーム・ガンから夕色の粒子弾を立て続けに発射し、ホドの装甲を炙る【ティターニア】に目標を変更した触手が、矢となって飛びかかる。
だが、まるで実体がなく幾度の攻撃をすり抜ける妖精の女王は、最後の触手を機首を上げて回避すると、そのままにホドの横を通過して機体が地に対し垂直になった時点で機体を反転。進路を百八十度転換すると、無防備なホドの背に光の雨を浴びせた。
「い、インメルマンターン…」
『…ゲームの世界じゃないんだけど』
絶句するモモイを他所に猛攻を仕掛ける【ティターニア】は、ホドが伸ばしきった触手を戻し振り返るタイミングで寸分違わずすれ違い、急上昇。ある高度まで行くと更に機首を上げ、最終的に二百七十度回転し、ビーム・ガンの弾丸と共に空からホドへ加速する。
それに対し、ならば迎え撃ってやるとホドは全ての触手の爪先を妖精の女王に向け、獲物に群がる狼染みた挙動で解き放った。
「ユズちゃん!」
肉薄する獰猛な爪を気にも留めず、【ティターニア】はひたすらにビーム・ガンをホドに食らわせる。一番槍を頂いた触手を軽く横に避けた後も。二番、三番と続く刺客を機首を二次元的に上下して難なくいなした後も。狂った風に、ひたすらホドの頭部を焼く。
「ユズ、ちゃん…?」
それは最早、戦闘ではない。
機械染みた人外的な操縦技術で、最適化された挙動を行う花岡ユズに、ミドリは唖然とする。
地上からその様子を目撃しているオートマタと【アルテーミス】越しに顔を合わせ、再びユズを見る彼女の表情にも、若干恐怖が混じっていた。
「いや、でも流石にあれは…」
ヤケクソになったホドが五本の触手を、角度や方向もバラバラな状態から、一斉に【ティターニア】へ集中させる。
いくら彼女とはいえ、これは捌けまい。そう判断し、援護に回ろうとする【アルテーミス】は、比較的前方から来る三本の触手の合間を縫い、次いで背後から降りかかるものを視認すらせずに微かな揺れのみで対処した【ティターニア】の姿に、思わずスコープから目を離した。
「もうユズ一人で良いんじゃないかな…」
『私もそう思います…』
急速変形でMSS形態に移行し、眼前を遮る触手二本を一対のビーム・ソードで転がり落ちるように切り裂いていく【ティターニア】は、そのままの勢いで防御の手段のないホドの頭頂へ粒子の剣を突き立てると、すぐさま抜いて飛び立ち、腰部のドレスを模した造形のブースターを再噴射して、ホドの全身を独楽となって駆け巡っていく。
一つ、また一つと増える赤熱した傷に、悲鳴を上げるホド。無慈悲なる妖精の女王は、何処ぞのペイントボールを投げられまくる蛇と同様に、その尊厳の一切を破壊し尽くしていった。
「…!」
身を捩り、触手を荒ぶらせるホドに黄昏を双眼に宿した【ティターニア】は、かの者の背に一際大きなクロス字の斬撃を置き土産に残し、瞬く間に【アーポロー】達の下に戻った。
「モモイ、ミドリ、怪我はない?」
「う、うん」
「ユズちゃんこそ、あんな操縦して大丈夫なの…?」
「…?全然、大丈夫だよ」
あと二段階強さのレベルを上げられると言われても、全く不思議ではないユズの平然とした気配に、もう何も言うまいとミドリは一人心に決める。
心配の原因を測りかねているユズは、一先ず置いておき、ゲーム開発部のもう一人のメンバーの安否を確認した。
「あ、アリスちゃんは?カイテンジャーと戦ってる、とだけは、聞いたんだんだけど」
「アリス、パーティーに合流します!」
刹那、件の【ヤーヌスEx-ls】がヒーローの如く降ってきて、右サブアームで補助しながら堂々と着地する。
万全な箇所など見当たらず、塗装は剥がれ、亀裂に塗れた機体は、戦闘の様相を語らずとも三人に理解させた。
「アリスちゃん、その、装備は」
「問題ありません。今のアリスは、ケイと二人で一人のスーパーパイロットです!」
[…信用できないのも無理はありません。当機は、それだけの事をしました。ですが、どうかこの作戦中だけは]
目を瞑って頂けませんか。機械から発せられているにも関わらず、鮮明な悲哀の感情に絶えない言葉を耳にし、閉口したユズは、ゆっくりと首肯する。
「ユズ、でも…」
「きっと、大丈夫。アリスちゃんがそう言ってるし、それに」
彼女らしからぬはっきりとした口調で、冗談も混ぜて、モモイを説得した。
「序盤のボスが、後半で仲間になるのはお約束の展開、でしょ?」
不器用に笑むユズに、モモイは釣られて向日葵のような笑みを浮かべ、肯定した。
「確かに、そうだね!」
「じゃあ、ケイちゃんもゲーム開発部の仲間、かな?」
「はい!」
信頼する仲間の言葉を信頼し、【ヤーヌスEx-ls】の右隣に【ティターニア】が立つ。
そんな彼女に共感した黄金と銀灰の兄妹機も降り、二機を挟む形で、並び立った。
「五人で挑む、初めてのクエストです!」
「MVPは私が貰うよ!」
「お姉ちゃん、本当に先走りすぎないでよ…?」
「ふふっ…じゃあ、行こっか。ケイちゃんも一緒に、ね」
[…!]
双面神の片割れが、光の剣を握り締める。
太陽の男神が、ファイティングポーズを取る。
月の女神が、対物ライフルから空薬莢を排出する。
妖精の女王が、極彩色の翅を伸ばす。
個性際立つ勇者のパーティーに加入した新たなる仲間は、瞠目した風に数秒黙し…憑き物を祓うように右腕を振るって、騎乗槍を構え直した。
『!!!』
栄光の玉座が触手を唸らせ、津波のように一行を狙い呑まんとする。
栄光が従える無人の機械達が、那由多の銃砲弾で一行を潰さんとする。
「皆、行くよ…!」
「はい!」
「「うん!」」
[…はいっ!]
彼らの煌めきに勝る、眩しい友情を以て挑んだ五人は、そして伝説へと至った。