ブラッディ・トリガー   作:ホッシー@VTuber

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第32話

 体調を崩して気を失ってしまった私だったが、保健室で休んだおかげですっかり元気になった。これもずっと気にかけてくれたあやちゃんと運んでくれた鶴来君。そして――。

「影野さん、足元に気を付けてくださいね」

 ――南町まで車で送ってくれただけでなく、マンションの中まで付き添ってくれた漣先生のおかげだ。彼女は入口までの短い階段を昇る際、私に気遣って声をかけてくれた。

「……はい、ありがとうございます」

 そこまでしてくれる彼女に私はお礼を言うものの、心の中は申し訳なさでいっぱいだ。こんなことになるなら無理せずに早退すればよかった。それにあやちゃんのことだから今も心配しているに違いないので後でメールしよう。

(……また鶴来君に迷惑かけちゃったなぁ)

 なにより、一番気がかりなのは私の隣の席に座る男の子。

 保健室に運んでくれた。

 南町住みだからと家に帰るのが遅くなるのを覚悟で学校に残ってくれた。

 こんなところまでついてきてくれた。

 本当に彼には入学初日からお世話になりっぱなしだ。私の我儘で一緒に登校してくれるし、色々と助けてくれる。

 それだけでなく、私としては不本意だが鶴来君の噂のおかげでクラスメイトたちは私を心配していた。あやちゃんがクラスメイトを紹介してくれた時、決まって鶴来君のことを聞いてきたのは記憶に新しい。つまり、初手の話題に困らず、あやちゃんもいてくれたため、そこから話が続いたのだ。

 きっと、彼は自分のおかげではないというけれど、感謝してもしきれない。それだけ私は彼に助けられている。

「……はぁ」

 それなのにまた鶴来君に迷惑をかけてしまった。明日、どんな顔で会えばいいのかわからず、思わずため息を吐いてしまう。だが、すぐに隣に漣先生がいることを思い出してハッとする。

「影野さん?」

 ため息を吐いた後に気付いたところですでに遅く、隣を歩く先生にしっかりと聞かれてしまった。彼女は眉をひそめて私の顔を覗き込んだ。罪悪感が再び私を襲う。

「あ、いえ……何でもないです。今、番号打ちますね」

 慌ててそう言った後、入り口に設置されている端末を操作してマンションのエントランスに続く自動ドアを開けた。

 おじさんとおばさんが用意したマンションにはエントランス前に住人しか開けられない自動ドア。そして、万が一、侵入されても部屋の扉にはオートロック機能が付いている。これだけでも過剰気味なのに入り口には必ず警備員が配置され、今でも私たちのことをジッと見つめていた。私は警備員さんに会釈した後、マンションのエントランスへ入り、エレベーターに向かって移動する。漣先生もマンションの外で言っていたように部屋まで付き添うつもりらしく、私の隣にいてくれた。

「……鶴来君のことですが」

 エレベーターが降りてくるのを待っていると不意に先生が話しかけてくる。先生は彼のことを怖がっていたのは明らかだったので彼女から鶴来君の話題を出したのが意外だった。思わず目を見開いて彼女へ視線を向ける。

「実は私、ずっと彼のことが怖くて……情けない先生ですよね」

「え、あ……その……」

 何か言わなければと言葉を紡ごうとしたが、それを邪魔するようにエレベータの到着音がエントランスに鳴り響く。それを聞いた先生は苦笑を浮かべながら『行きましょうか』とエレベーターの中へ乗り込み、『開』ボタンを押した。慌てて彼女の後を追い、自分の部屋がある階のボタンを押し、先生は手を離す。

「だから、影野さんのこと、心配してたんです」

「……」

 やはり、先生も皆と一緒で彼のことを誤解しているのだろう。私は気にならないが彼の容姿と雰囲気はそれほど周囲の人を怯えさせてしまうものなのだと再認識させられる。

「でも、私の勘違いだったとわかりました」

「え?」

 しかし、その後に続いた言葉に私は思わず言葉を漏らしてしまう。私がどんなに説明してもあやちゃんを含めたクラスメイトたちは様子をみるとしか言ってくれなかった。一体、車の中で先生と鶴来君はどんなやり取りをしたのだろう。

「こんな情けない先生に彼は大丈夫だと言ってくれたんです。それが、すごく嬉しくて……なにより、たった数時間だけなのに鶴来君の優しさを何度も目の当たりにしたんです」

 そう言って漣先生は視線を上に向けた。その後を追うと丁度、エレベーターが目的の階に到着する。チン、という短い音と共に扉が開いた。

「この階ですね」

「……はい」

 先生は再び『開』ボタンを押して『お先にどうぞ』とこちらへ視線を向ける。その視線に甘えていそいそとエレベーターを降り、先生もその後をついてきた。

「……なんでわざわざ私に言ったんですか? 鶴来君のこと」

「なんででしょう。影野さんが一番鶴来君のことを気にかけてたから、でしょうか。話さないとって思ったんです」

 『急に変なことを言ってすみません』と先生が謝ったところで私の部屋の前に到着した。先生も入口で私がボタンを押していたところを見ていたので自然と立ち止まる。

「ここ、ですよね」

「……はい。すみません、送ってもらうだけじゃなくて部屋にまでついてきてくれて」

「いえ、病み上がりなんですから気にしないでください……って、言っても余計、気にさせちゃいますね」

「……気にしちゃいますね」

 どこか楽しそうに言う漣先生に私も釣られて苦笑を浮かべて頷く。彼女とちゃんと話をしたのは今日が初めてだったが、鶴来君の優しさを知る数少ない人なので親近感が湧き、不思議と緊張しなくなっていた。

「えっと、一人暮らしみたいですけど……大丈夫ですか?」

 私は鞄から鍵を取り出し、部屋の扉を開けると先生は中に入るつもりはないようでその場で気まずそうにそう問いかけてくる。そう言えば、あやちゃんから私が一人暮らしだと聞いて鶴来君は残ることにしたと言っていた。きっと、先生もそれを聞いて車を出してくれたのだろう。

「はい、ちょっとふらつくだけなので」

「……ね、念のために連絡先を交換しませんか?」

 そうスマホを取り出しながら提案する先生の顔には『すごく心配しています!』と書かれていた。連絡先を交換しなければ心配で眠れなくなりそう、と予想できるほどに。

「……では、お願いします」

 さすがに断り切れず、私と先生は連絡先を交換した。それでも先生は何か言いたげにしていたが、何かあったら連絡するようにと釘を刺した後、玄関から出ていく。

(……いい、先生)

 そんな彼女を見送った私は申し訳なく思いながらも胸の中が温かくなるのを感じた。本当に私のことが心配で親切にしてくれたのだとわかったのだ。

 入学式や普段の授業の様子から大丈夫なのだろうかと心配していたが杞憂だったらしい。むしろ、あれほど優しい先生はなかなかいないだろう。少なくとも小学校、中学校の先生にはいなかった。

「……はぁ」

 小さくため息を吐いて私はリビングへと移動する。シンと静まり返った部屋に何故か寂しさを覚え、冷蔵庫へと向かい、足を止めた。

(あれ、喉が……)

 ここ最近、喉の渇きが酷く、家に帰って来る度に500mlペットボトル一本を一気飲みしていた。しかし、今は不思議と喉の渇きを覚えておらず、首を傾げてしまう。いや、今までが異常だったのだ。もしかしたらあの喉の渇きは不調の前触れだったのかもしれない。

「……寝よ」

 お腹も減っていないし、お風呂に入る元気もない。明日の朝は早めに起きて家事も含めてまとめてやってしまおう。

 そう決めた途端、再び睡魔が襲ってきて欠伸が漏れた。それから手洗いうがいを済ませ、歯磨きをした後、寝間着のスウェットに着替えた私はそのままベッドへと潜り込んだ。

(そういえば……あやちゃんに、メール……)

 あれだけ心配していたのだ、今も連絡を待っているかもしれない。そう思いつつも体が動かず、意識も沈んでいく。駄目だ、もう眠って――。

 

 

 

 

 

 

 

 

(綺麗な、夕日……)

 

 

 

 

 ――薄まっていく視界の中、何故か思い浮かんだのは真っ赤な夕焼けに染まった教室だった。

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